聖杯戦争に臨む上で真っ先に頭に置かねばならん事は、この儀式が約2週間から3週間で強制的に終わる『期間限定』だという点と、最後の一組が聖杯を得るのだから、途中の過程は関係ないという点だ。つまり無理して個別撃破を狙う必要などありはしない。弱い陣営から叩けば良い。何より重要なのは、相手がどういう陣営なのか、サーヴァントは何者なのか、マスターはどういう魔術師なのか、そちらを探る事の方がより重要だろう。
召喚直後に名前の交換をした後、ざっと以上のような事を話した。そして今朝、寝坊をしたリンを咎める事もなくお茶を入れ、『良い表情』を頂戴し、こういう質問を投げ掛けた。
「昨夜の話は憶えているかね?」
「ええ。要約すると『期間限定』、『個別撃破は必要ない』、それと『情報が重要』って事よね?」
「その通り。ではどうして『期間限定』なのだ? サーヴァントが召喚できるのは、君個人の魔力だけでは無かろう?」
うむ。本当に良い表情を見せてくれる。
「それが聖杯?」
私は頷いた。
「争いの果てに得る賞品が聖杯なら、この儀式を司るのも聖杯。では、その聖杯とは何だ?」
私は召喚の際に記憶が曖昧になる事がなかった。後に『エル』や大魔導師と出逢って教えられた事だが、経験の多さから時系列がバラバラな傾向はあるが、100人からの統合体のため記憶の重複も数多く、それらが芯となって残るから憶えていられるそうだ。これは記憶という絶壁に、重複という名の岩が幾つか突き出た状態を想像してみるとわかると思う。要はそれらを手掛かり足掛かりとして記憶が次々と蘇(よみがえ)るのが私という英霊だった。ただし、この聖杯戦争の頃は『エル』達に出逢う前だったので、その全貌までは知らなかったし気付けなかった。
それでもリンの遠坂家が『情報隔離』され『断絶寸前』なのは理解していたし、前者が言峰に拠る嗜虐心の為せる技であり、後者が間桐臓硯の罠である事も理解していた。その上で私は桜を取り戻す事と、慎二をこちらに取り込む手立てを考えていた。なのでまずはリンの口から御三家の事と、アインツベルンが用意するという聖杯について語らせねばならないと考えた。それは私の正体を誤魔化すためだ。だから今朝はこういう風に話を切り出したのだ。
「まぁ、そこは追々考えるとして。リン。私の召喚でかなり魔力を消耗しているようだ。なので今日は1日休み給え。それで、もう少し今後の行動指針などを検討しよう」
「……そうね」
そうして私は自分の考えに埋没していた。リンは廊下の玄関口付近に置いてある電話を掛けていた。学園に欠席の申し出でもしているのだろう。ところでこの電話の位置が実に謎だ。自分自身が学生の頃は疑問に感じなかったし、仮に感じてもそこにしか電話線が来ていないからだと勝手に納得していたろう。だが私の場合なら居間、リンの場合なら居間か食堂に設置してある方が便利だ。子機があるならなお良い。また、今どきなら電話線を引き直すのも簡単だし、今後のインターネットを考えるなら電話線やファイバーケーブルを全面的に見直すべきだろう。そういう意味で私を含め、周囲の者も私の知る遠坂もこういうのには本当に疎かった。
ガラクタいじりの趣味が役に立たなかったとは思わないが、解析魔術の向上以外で実生活で役立ったのは、家電でなくバイクやクルマの修理がほとんどだった。後はAK-47の手入れと修理? まったく、ロクな人生を歩んどらん。
「何をやってんのよ、アーチャー?」
「うん?」
私は無意識にオニギリを握っていた。今朝早く冷蔵庫を覗くと、タマゴと期限切れ寸前のウインナーしかなかったのだ。だが米だけはあったので、それを1合だけ研いで水に浸け、玉子焼きを作り、パックの鰹節でおかか醤油を作ってご飯を炊いていたのだ。つまりオニギリの具はおかか醤油だ。
「炊飯器が1合対応なので助かったよ」
「へ?」
「魔力の消耗はあっても病人ではないのだから、食事くらいはするだろう? 手持ち無沙汰なので、ついキッチンを借りてしまった」
手持ち無沙汰なのは、このリンがダイビング召喚しなかったからだ。なので私は夜を徹しての屋根修理という憂き目に合わずに済んだ。過去数回そういうリンに出逢っているが、どのリンも優秀だった。中には遠坂家悲願の『宝石剣』を完成してるリンまでいた。使いこなせている訳ではないが、その魔力を帯びた輝きは今も忘れていない。そんな才能溢れるリンよりも、いや今までの誰よりも今回のリンは素の魔力が豊富で質が高かった。だから期待が大きかったのだ。
せっかくだからとオニギリを頬張るリンの目は、私への疑念に満ちていた。私としては味噌汁くらい添えてあげたかったのだが、この聖杯戦争序盤に味噌を切らいている事と、食材の備蓄がほとんどない事に呆れと共に、得も言われぬ思いがあった。ましてこんな序盤に相互不信になっても良い事など一つもない。となるとそのすべてを覆す言葉が必要だ。
元々私は正体を隠す理由などなかった。あるとすれば、並行世界とは言っても生前の知人を混乱に陥れる事態を避けたいだけである。また、おそらくその部分には世界からのリミッターが入るものと予測もできた。ならば……。
「リン。私のステータスは見たか?」
「見たわ」
「期待外れといったところか」
「そこまでは言わないけれど……」
「だが、どうしてここまで低いのだとは考えたろう? それには理由がある」
「理由?」
「ああ、私は君の曾々孫に当たる。未来の英霊なのだ。真名をトオサカシロウと言う」
ちらりと見たリンの顔は最高だった。彼女のように優秀な者ほど、この虚言を信じてしまう。ステータスの低さは、知名度補正がないからだったのかと勝手に納得してくれる。おまけに逢っただけでわかる優秀さだ。となれば第二魔法を標榜する遠坂であるなら、証拠がなくとも、私をどこかの『曾々孫』だと信じざるを得ない余地が生まれてしまう。ましてや『孫』や『曾孫』ではないから面識がなくとも問題ない。そうなると私はこの第五次について隠し立てなく、何でも彼女に助言できる。だからこそ、この先が重要だった。
「私はアーチャーとして召喚されたが、おそらくこれは該当しそうな枠がほとんど残っていなかったからだろう。本来の私は、たった1つの魔術だけを極めた落ちこぼれの魔術師だ」
「たった1つって、何?」
「『固有結界』だよ」
「こ、こ、固有結界!?」
特大の爆弾でリンの思考力を削いでおいた。これにも理由があって、私はリンや桜は勿論だが、イリヤを救けたいという願いもあったからだ。そのためにも対AUOに備えて戦力が欲しかった。そこで白羽の矢を立てたのがランサーだ。この時点ではまだバゼットがマスターだと思う。そこで言峰を殺(や)って、預託令呪を奪い取る。大聖杯(システム)に眠る汚染された聖杯(降霊される前のタネ)は、キャスターにでも浄化させれば良い。ともかくはランサーであり、バゼットだ。ここと組めれば衛宮士郎を参戦させずに済む可能性があるし、リンに宝石を使わせずに済む。
既にマスターが言峰に代わっている場合はプランBを進めるだけだ。セイバー? ククク……眠らせた衛宮士郎から鞘を取り出し、私が召喚しても良い。ルール違反など関係ない。重要なのは大聖杯に残る召喚用の魔力を使い切る事だからだ。
「曾々孫って本当なの?」
「信じる信じないは自由だが、少なからず私は第五次聖杯戦争で起きた事の大筋は知っているし、この儀式の根幹も知っている。喚ばれたサーヴァントの真名もわかっているよ。ただ注意して欲しいのは、私の知る情報は並行世界の可能性が高いという点だ。第二魔法を追い求める6代目遠坂当主なら理解できるな?」
「う……」
「それよりもリン。その儀式の根幹だ。ここが君には情報隔離されている。そこは気付いていたか?」
「情報隔離……?」
「そうだ。君の父、遠坂時臣の死に乗じ文献や書付などを廃棄したのは、君の困った顔を見たい言峰神父の嗜虐心が為せる技だろうが、おそらくは第四次聖杯戦争が起きる前の平時から、君の父親は妖怪・間桐臓硯の手中に落ちていた。その一手が後継ぎでない兄弟姉妹を必ず養子に出すという言葉だ」
「あなた……本当に全部知って……」
「ああ、桜を救けるぞ。君の妹をな」
リンの目付きが険しくなった。
「でも、魔術協会がそう決めて……」
「では、北欧のエーデルフェルトは何故当主が2人になる場合があった? あの家に残る秘術とされる、双子の魔術とはなんだ? 聖杯を確実に手に入れるためならどうする? 同じ街に暮らし、必ず参加する魔術師同士だぞ? 相手を枯らそうと考えるのは当然だろう?となると当然、桜を手放すように仕向けられていたと考えるべきだ。しかも先代が戦死し、君の母親も病没した。そしてこの儀式の期間内は殺人の隠蔽を聖堂教会が請け負ってくれるのだ。君、召喚していなかったら、確実に言峰か臓硯に殺されていたぞ」
リンが目を瞠った。
「臓硯って間桐にいるお祖父さん? 学園のPTA会長よね?」
「そんな役までしているのか……? 妖怪の考える事はわからんな……」
間桐臓硯がPTA会長という情報は知らなかった。もし私の生前もそうであったなら、その頃の私は何も周囲を気にせず生きていたのだろう。
「それで綺礼に殺されるって、胡散臭い奴だけどそこまでする?」
「する。君の父親以外は誰が参加し、どういうサーヴァントが出ていた? 君ほどの者がそれを調べようともしなかったとは思えん。また、途中までかも知れんが、君の父親も何らかのものは残していた筈だ。となるとだ。それら第四次の手掛かりとなるものを消したのは誰だ? この家に入れる君以外の人間は誰だ?」
リンは唇を噛んだ。
「これは余計な情報かも知れんが、言峰綺礼という人間は、他者が災難に遭ってあげる悲痛な声や、苦渋に歪む顔を眺める事を悦びとするサイコパスだ。『胡散臭い』レベルではないぞ? 第四次で街が焼けたのも、あの者が聖杯に願ったからという情報も耳にした憶えがあるよ」
「そんな。でも……」
「願う資格があったのかだろう? 奴はアサシンのマスターだった。そして途中からアーチャーのマスターに成り代わった」
「え?」
近未来に於いて、私は今目の前に居るリンに再召喚されるのだが、それとは別にこの話はやはり第五次聖杯戦争のあった世界に於ける未来で召喚された際の記憶と、生前時計塔で出逢ったエルメロイⅡ世から得られた情報に基づき、私なりの考えを足して話している。エルメロイⅡ世はどうしてもライダー陣営としての視点しかない訳だから、他陣営に関しては憶測や類推なども含まれる。それを補ってくれたのが、召喚陣の外に居た老境に差し掛かったリンだった。彼女から第四次での大まかな流れを教えられたのだ。なおこの時の召喚者はリンでなく彼女の孫である男性だった。
魔力の都合で短時間しか顕界できなかったが、それこそが彼女なりの『アーチャー救済方法』だった。『記録に落とし込まず、記憶としてこの話を覚えていて欲しい』と言われたのだ。ほとんど直感だが、おそらく彼女にとってのアーチャーは私とは別人だ。そこで私は『アーチャーは何人か居る』と気付いたのだ。そして私という英霊に至った何人かは、私というアーチャーに出逢っているだろうが、私とは異なるアーチャーに出逢った者も居た事だろうとも気付けた。
『この奇運に巡り合ったのは、私が一度たりとも並行世界の衛宮士郎を否定しなかったからだろうか?』
その疑問に対して『その通り』と答えてくれたのは、もっと後に出逢った大魔導師だった。
「第四次のアーチャーはメソポタミアの英雄王・ギルガメッシュだ。君の父親はシステムに刻まれた英霊召喚範囲……主にギリシア辺りまでだった範囲を、トルコを飛び越えてイラク辺りにまで拡張したんだよ。だがそこは否定される事ではないだろう。それも一つの手だ。しかし監督役である聖堂教会と手を組み、言峰綺礼を偽装で弟子に迎えたのは失敗だった。策士策に溺れるとはこの事だ。もう大体想像が付くだろう? 君の父親を殺したのは言峰綺礼だよ。そしてその父親を刺殺したナイフを君に遺品だと渡して、陰で嘲笑っているのさ」
「あ、あいつッ!?」
髪が逆立つほど怒った美人は本気で怖い。思わず謝りそうになった。
「まぁ、過去の話も追々話してやろう。それよりも今現在の、この聖杯戦争をどうするのかだ。そしておそらくだが、人目が多く私が実体化できるチャンスなどない学園には、既に網が張られている事だろう。それが間桐臓硯なのか言峰綺礼なのか、或いは第三、第四の勢力かはわからんが」
「私が居るからというのはわかるけれど、どうして学園?」
「開始が早まったからだ。凡(おおよ)そ60年周期で不可解な事件なり災害が起きる事は、新聞に頼らずとも寺社仏閣に残る資料や、郷土史を追い求める人には存外簡単に見破られるものだ。まして過去の遺物と言っても良い魔術を追求する者達ならなおさらだろう。そして60年とは召喚用の魔力が貯まる期間だと気付いて当然だし、今回10年と早まったのはシステムのバグか、これまでの余剰魔力がそこまで溜まったからだとも推測できる。となると御三家でも準備期間が足りない。中でも最大のものはマスター候補の育成だ。そして学園の名簿を調べれば遠坂に間桐だ。理解したかね?」
「え、ええ……」
そこからは『あくまでも参考』として、記憶にある限りのマスターとサーヴァントの名をつらつらとメモに書いてリンに渡した。そうしてこの儀式の根幹、真の狙いを話した。
「じゃ、サーヴァント7騎を燃料にして根源に!?」
「そうだ。『万能の願望器』という謳い文句なぞ、自主的に燃料を掻き集めてくれる生贄4人を集めるための方便だ。君は情報隔離で生贄側の5人目にされているのだ。もはや御三家でなくニ家vs生贄5だという点を自覚しておけ。それと巻き返しを図るためにも、間桐の誰かや言峰に会おうと、今は『騙された顔』を通す事だ。特に間桐慎二や桜は操られている可能性が高い。気を抜くな」
再びリンの目が大きくなった。
「アーチャー、間桐は誰がマスターだと思う?」
「召喚者という意味でなら桜だろう。それと慎二にサーヴァントを貸すくらいの魔術なら、間桐にあって然るべきだ。あの家は令呪や英霊召喚の術式を開発したり組み込んだ事で御三家に数えられている。当然、臓硯もやろうと思えば召喚できるだろうがな」
「7騎目も喚ぶって事?」
「8騎目、9騎目も召喚できると考えろ。それこそが御三家の特権だったら? 聖杯はサーヴァントか霊でなければ触れられんのだろう? 6騎斃して自陣のサーヴァントに操作させるなんて有り得んよ。それ専用の『ナニカ』を最後に喚べるものだと考えるべきだ」
ここまで話を進めて、リンも漸(ようや)く自分がどれだけ危ない橋を渡ってるのかを自覚したようだ。やはり情報というファクターは大きい。過去にはここまでの記憶が私にはなかった。それでもどの『リン』にも、例え私が敗退しようとも『生き残る芽』は与えて来れた。それが密かな自慢だ。
この後、召喚の疲れが抜けたリンが街を案内すると申し出てくれたが、当然ながら却下だ。インターネットとまでは言わないが、それなら本屋で地図でも買い求める方が良い。何よりリンに使い魔を用意させ、それを間桐の自宅近くと教会の近く、学園の校庭などに設置し、夜中に人やサーヴァントの出入りを監視する方が建設的だ。
私は使い魔を6つ用意させ、それらを学園が一望できる峰に生えた樹、間桐の向かいの家の樹、教会の坂道の途中の樹、それと想定している方の双子館へ向かう道の途中にある藪の中、衛宮の家の居間の前に置いてある和箪笥などに仕込んだ。悪意がなければウンともスンとも言わぬ鳴子の結界……なんともはやだ。表にリンを待たせているので、感傷もそこそこに私は外に出た。この時点で衛宮士郎が最後のマスターになる可能性は話してあったし、魔術師としては三流以下でも衛宮士郎がキーパーソンであるとも教えてあった。勿論、その際に衛宮切嗣の事も話したし、それ故に桜の行動に気をつけろとも話した。
それでリンの口から、桜が料理の勉強という名目で衛宮士郎の家に出入りしている事を話させるのに成功した。
『その桜の恋心は疑わないが、監視目的もある点を忘れるなよ?』
『どういう意味?』
『使い魔や強制的な五感の共有だよ。本人に悪意はなくとも、歩くアンテナにされている可能性は否定できんという意味だ』
『ああ……』
そしてマウント深山で食材や地図などの買い物を済ませてから遠坂の家に戻ったのだった。
まずは買って来た突き出しコンニャクをアク抜きに塩茹でする。茹で上がったらザルに空け水気を取って、更にキッチンペーパーで水分を取る。次に皮を剥かず輪切りにしたサツマイモを塩茹でする。それが終われば他の材料の下拵えだ。まな板が綺麗な内に、根菜類を切る。洗ったゴボウは笹掻きにし、人参と大根は薄いイチョウ切りにする。厚揚げ(生揚げ)を賽の目に切り終えたら、お好み焼きに使うような豚バラ肉の薄切りを適当な大きさに切り分ける。ここでフライパンを火に掛け、まな板を洗い、鍋を用意する。フライパンに菜種油を入れ、少量の胡麻油を垂らす。十分に熱したところで、豚バラをさっと炒める。これは本当にサッとで、赤い部分が残っても良い。豚バラを取り出せば、そこでコンニャクを炒め、ゴボウ、人参、大根、厚揚げの順で具材を投入する。これらは適度に火が入る程度でいい。
次に鍋に水とダシを張り、火に掛ける。沸騰寸前で炒め終えている具材や塩茹でしたサツマイモの輪切りなどを全部投入し、それらを煮込んで完全に火を通す。できればサツマイモは時間を空けて最後の方で入れる方が良いだろう。この間にネギを小口に切り、火が通れば止めて味噌を溶かす。椀に盛って、ネギを散らせば薩摩汁風豚汁の完成だ。本日の夕飯は、この豚汁と漬物とご飯だけだ。
「どうかね?」
「どうかねって……どんぶりにお味噌汁というのも驚きだけど、このサツマイモ、皮付きなの?」
「そうだ。お好みで七味唐辛子を振り掛けてくれ給え。またこの料理は鶏肉でも代用できるし、根菜を他の物に入れ替えても良いし、野菜を追加しても良い。アレンジは幾らでもできるし、冷蔵庫処理用料理として覚えておいて損はない。キモは先に油で炒めたところと、その油に香り付けの胡麻油を加えたところだ。これはキンピラにも通じる手法だ」
リンは呆気に取られた顔をしていた。
「む? 一人暮らしに必要な知識と考えた次第だが、迷惑だったかね? それとも口に合わなかったか?」
「いえ……お、美味しいわよ。お料理好きなの? お味噌も2種類くらい混ぜてたわよね?」
「ああ。味噌は米味噌の合わせタイプ……いわゆる田舎味噌をメインに少量パックの麦味噌を混ぜた。それで薩摩汁風という訳だ。それと料理は趣味の延長なんだ。こんな英霊なんてザマになっている訳だから、生前は察して知るべしだ。まぁ、それでこういう大勢で食べられる料理が結構好きなのだよ。日本で幼少期を過ごした訳だから、自分の好みは和食全般だが、北アフリカから中近東、アジアの一部……などの料理は一通り作れるよ」
「なにそれ?!」
「察して知るべしと言ったろう? この現代で英霊に至るとは、自らが好んで戦場に赴く馬鹿と相場が決まっとる。しかし、人としての潤いは欲しい。それで難民キャンプや反政府軍で料理番を率先してやっていた。要はそういう事さ」
リンの呆気度が3~4倍になったと顔が告げていた。
「絶望したわ~」
え?
「絶望とはどういう意味だ?」
「ああ……そんな何十年も経った未来でも、世の中から争いが絶えないのかって」
ああ、その意味ではこの嘘も苦しいところだな……。確かにそう言われると胸が痛い。暗い未来なんて誰も望まんものな。自意識をかっちり取り戻せるのは、サーヴァントとして顕界できる聖杯戦争に限られるが、抑止として世界から派遣された場合も、見聞きしたものは覚えていられる程度に意識はある。正確に『何時(いつ)』だとは言えんが、これは100年くらい未来だなと思える景色の中に飛ばされる場合もあって……そういうところでも、やはり争い事は絶えんな……。
それが人の世の常とは考えたくないが、かつてジイさんが聖杯に縋(すが)るしかなかったのもそこだろうしなぁ……。
キッチンの片付けを終えた私は、風呂に入る前のリンに断りを入れてから屋根に登った。
(リン、掛かったぞ?)
〈ええ。待ってて、上がるから〉
(湯冷めするぞ。今夜は私だけで出る。おそらく戦闘にはならんだろう。まぁ、無茶はせんよ。必ず戻る)
〈わかった。待ってるわ〉
プランB発動だ。そうして私は屋根から飛び降り、霊体化したまま学園に向けて駆けた。
何故霊体化するのかというと、一直線で向かえるからだ。途中にある壁も家も団欒(らん)中の人も、全部すり抜けられる。が、それでもすり抜ける際に僅かながら抵抗がある。プールほどではないが、水の抵抗にも似た『重さ』があるのだ。ところがだ。我々英霊は、霊体(俗に言う幽霊)の中でも高位に位置する存在だ。なので中には霊体化すれば空中を飛んで行ける者も存在する。この『そういう事ができるのか?』という気付きと発見、『やっても良いのだ』という気持ちの切り替え。守護者家業の長い私は、それを何の迷いもなく有効活用させて貰っている。
『人間、ヤメてますか?』ではないが、人は死を迎えた段階で『人間』という存在とは異なるものにシフトしている。霊界がどういうものか私にはわからんが、きっと『英霊』は霊界とも無縁で、幽霊とも違う存在なのだ。だから霊魂がエナジー補給ゼリーになってしまう。天国なのか極楽なのかは知らんが、そういうところに向かわんとする霊は見逃しても、人に仇成す霊は補給食にして良い事になっているのが我々守護者だ。気持ち悪いのでした事はないが。
だが、こういう事を考えてしまうのが私だろう。『そこらの霊魂がエナジー補給ゼリー足り得るなら、サーヴァントの霊魂はどうなのだ?』と。まぁ、当然そんな事ができる筈もないので、これは私の妄想だ。しかし霊魂であろうと今を生きる人であろうと、越えてはならぬ線があると私は考える。それを越える者が夜の校舎に居た。
霊体化したままの私は、そいつにそっと近づき、そいつのサーヴァントが作業に没頭している隙きを突いた。霊体化したままそいつの持つ書籍を奪ったのだ。普通、幽霊は実体あるものに触れられない。しかしそれではポルターガイスト現象に説明が付かない。『訓練次第でどうにかなるのではないか?』と考えた私は、抑止の仕事がある度に、これを特訓した。そして今なら5kgくらいのものなら動かせたし、持つ事が可能となった。
奪った相手は間桐慎二。奪ったものはサーヴァントを服従させる魔導書。間桐慎二を昏倒させた私はライダーに命令した。
「間桐桜を必ず救ける。こちらの仲間になれ」