ここエッペルハイムは学舎と宗教施設が並ぶハイデルベルグのベッドタウンで、ライン川とネッカー川の合流地マンハイムを擁する一大商業圏に含まれても、流れる時間はとても穏やかで緩やかだ。レンガ製造に携わる人々が集ってできた街だと聞くが、学生の一人住まいを受け入れるアパートも多いように感じる。
徒歩で行ける距離にある、昔からの交易の拠点でもあったマンハイム。そちらに向かって歩くと商業施設だけでなく工場なども増えていく。郊外は農地だらけで、ハイデルベルグへ向かうと学校施設だけでなく宗教施設もやたら多い。カソリックの教会の横にプロテスタントの教会が建ち、その近くにユダヤ教やイスラム教の集会所があったりする。
実はこのライン=ネッカー商業圏は、先の大戦で連合軍からの空爆を受けておらず、また学び舎となったハイデルベルグという旧都に著名人が集った背景があるので独特の文化がある。空爆されず古城や旧市街が残ったのも、言ってみれば当時の文化と文明を支えた人々がこの地に多かったからだ。だからどの街にも郊外に墓地がない。農地の脇に墓苑や墓がない。死者は全員、ハイデルベルグ城の背後にある『山の墓苑』で眠るのがこの地の風習であった。
そして先の宗派の多さから、墓苑はより拡大され区切られ、死者の1/3は土葬でなく火葬だ。しかも墓地は限られるので土葬であろうと火葬であろうと、25年で掘り返され遺骨は廃棄処分になる。全ドイツがそうなのではない。このマンハイム=ハイデルベルグがそうなのだ。墓苑は広いが、次から次に掘り返されるのでカタコンベなどありはしない。だから獅子劫などはこの街と相性が悪いと常から話していた。それはどういう意味かと説明すると、あのデュラハンなどは作り物で、おまけに素材も碌に手に入らない街だから、術者が運ばない限り天然の怪異なんて起こるべくもない街だという意味だ。
一方、隣の州とは言え、フランクフルトやマインツよりダルムシュタットは近く、ハイデルベルグから5号線を40kmも北上すれば行けてしまう。何だって? 知らんのかね? 英国の女流小説家メアリー・シェリーが残した『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の着想を得た、フォン・フランケンシュタインが建てたフランケンシュタイン城の廃墟が今も残っているのだよ。物語の博士はスイス人で、ドイツ人貴族のフォン・フランケンシュタインとは関係がない。あくまでも名を借りただけに過ぎない。が、土着の民話をメアリー・シェリーは調べており、そこでは遺体を繋ぎ合わせ、錬金術で新しい生命を生み出すという奇談があったのだ。
医学で有名なハイデルベルグ大学は近く、またハイデルベルグは錬金術師が集ったという黒い森の北端でもある。人造生命体鋳造に長けた『エル』が、ドナウエッシンゲンでなくエッペルハイムに居を構えたのは、何も表向きのビジネス上の利便性からだけでは無かった。素材さえ調達できるのなら、マナを多く含むラインの水とネッカーの水が利用できる。ここはそういう土地だった。
なお余談だが、友人でもあるイヴの部長(今の役職は知らん)、フンボルトの祖母の家が、そのネッカー川の上流ネッカーズルムにあるのだが、そこはハイデルベルグから40kmと離れていない。シュツットガルトとの中間くらいに位置し、アウディの大きな工場があるので、そこも自動車産業で成り立つ都市だった。イヴに勤める前のフンボルトがそのアウディの下請け企業で働いていて、彼がアウディ好きなのはイヴの者なら皆んな知っている事だ。
だが、チェコから夫とともに移民してきた祖母がネッカーズルムに居を構えたのは、そこの水と環境やマナが、祖母に合ったからだという。そう聞くとわかると思うが、先祖代々の土地が必ずしも子孫である術者に合うとは限らない。『エル』がスイスでなくドイツで事業を始めたのは経済面の要素も大きいが、この水(マナなども含む)の合う合わないもあったのだ(ドナウ川でなくライン川が合うという。だから相続したドナウエッシンゲンでなく今のところに家を構えた)。マキリ(間桐)が枯れて行ったのも、この水の相性が決定的に合わなかったからだし、五大属性を持つリンが水系の魔術を余り使わないのも家の属性である火と相性が悪いからだった。
蒼崎姉妹の姉が跡を継げなかったのもここがありそうだし、並行世界のほとんどのリンが冬木から出てしまうのも、そこに遠因がある気がしている。何も彼女は衛宮士郎だけを追っていた訳ではない。時計塔に渡るのは五大を持つ彼女を導ける教師が必要と感じていたからだし、受け継いだ冬木の地が度重なる霊脈調整で自らと合わなくなっていたからでもあったのだ。やはりあの土地は未遠の地であり、聖杯戦争向けにアインツベルンに塗り替えられてあったのだ。
ここのように未遠と遠坂、アインツベルンが上手く調整している冬木は他所にはない。こういう部分からも見ていけば聖杯戦争の趨勢は、驕りさえしなければ最初からアインツベルンが決めていたというのがわかるだろう。
そしてこの錬金術の天才である義妹は、聖杯戦争の終わった翌1995年から開発に取り組んだ『ある触媒』を1997年には完成していた。トヨタがプリウスを発表し、京都で議定書が取り交わされた年だ。排ガスに含まれる二酸化炭素や窒素酸化物を取り除く奇蹟の触媒。イヴはこの技術を独占し、世界の全自動車・自動二輪メーカーと契約を交わしていた。その理由は、この触媒装置を分解し、成分を分析しても解析不可能という、現代科学では計り知れない未知の素材が使われていたからだった。
『エル』は当然目眩ましに、この触媒に関する論文を社員を使って何本も上げていた。しかしその式には『魔術』や『マナ』が欠けているのでそういう兆候は認められても再現できないものだった。だからカー用品店に並ぶオカルトグッズの如き怪しいものでしか無いのだが、効果だけは確実にあり、それがどうしようもない現実だった。年々厳しくなる規制、それらすべてを無かった事にできる奇蹟の触媒。どの国の独占禁止法にも触れないのは、論文が発表されており、誰でも同じものが作れるからだ。だが、誰も真似できなかった。
そして痛快な話だが、魔術協会もこれをして『魔術使い』と誰も言えなかった点だ。と言うのはこれが神秘の乱用だと言おうにも、当の協会ですら再現できない高度な魔術が使われているからだった。まさに盲点。クルマやバイクや建機が売れる度にイヴは儲かる。そういう仕組みに世の中が決まってしまった。またスポーツ走行用のパーツとして、この触媒を扱うのもイルマのショップ一社だけ。かつての霊脈探査装置と同じで、本当に肝心要な部分を開発して独占するのだ。
幾ら延命しようとも、やがて化石燃料は遠ざけられ電気自動車の時代が来る。しかしそれの『答え』も『未来』もイヴは既に完成している。地球の自転で生じる電力から動力を直接得られる、電池の要らない自動車も、その電力で分解した水素ガスで動く高出力エンジンも既にイヴの試験室に揃っていた。それらはEUどころか世界が覆るシロモノだ。これが『答え』の方で、『未来』とは電磁場発生装置に拠る反重力効果と瞬間移動効果だった。ニコラ・テスラが発見したこれらは、主にペンタゴンが隠蔽している訳だが、それが空間転移が行なえ、箒さえあれば空を飛べる『エル』には都合が良かった。
また、これらの再発見は『アイツラ』を潰すために必要なものであった。一介の魔術師には不可能な戦いに、『エル』は十代を費やして来たのだ。
夜半、館の東西南北を四匹のデュラハンが警戒にあたっている。昨夜の今夜だ。既にこちらの命しか聞かぬ優秀な使い魔が、四匹も投入されているのだ。
「少年。あの子に掛かれば、そこらの魔術師は幼児同然だな?」
「まったくだ……」
打ち上げパーティーを終えた昨日。翌本日の日中はスイス経由でジイさんがこちらに立ち寄り、アイリスフィールや小さいイリヤ、姉のイリヤ達を引き連れて日本に帰った。実はその一行に『エル』も居たのだが、人形の『エル』が残りを全部引き継ぎ、現在八体に増えたデュラハンを閲兵していた。
「まさかセイバー並みの剣技を仕込んであるとか」
「ありそうだな」
私とアルさんは彼らの動きからそれを見抜いた。勿論、英霊の中でも剣技に特質化したセイバーと比べるべくもないが、彼女の妙技を研究し、彼ら向けに改良されたであろうそれは、『あの八体に囲まれれば、私では太刀打ちできん』と考えるに十分であった。
「堪らんな」
「うむ。研究され尽くしとる」
私とアルさんが残っているのは、イヴ人材派遣会社の次の仕事が数日後にあるからだが、ここ数日出ていたバゼットが湯気の立つホットワインを持って庭に現れた。彼女も戻っていたらしい。
「いつ戻ったのだ?」
「今しがたです」
私とアルさんは先程まで夕食を頂いており、食後の休憩とばかりミトのガレージ裏にあるベンチに座っていた。どうやら食堂に居た頃に戻ったらしい。『ほぅ』とばかりに少し腰を浮かせて彼女の部屋のある方を見やれば、1階のガレージにボンネットの凹んだ珍しいクルマが止まっていた。現地で手に入れたものなのだろう。
「あれは?」
「先方が『11代目が喜ぶだろう』と。ルノーの8ですが、ゴルディーニ(R1135)というフィアットのアバルトのようなモデルらしいですね。ブルガリア製だそうですよ」
バゼットとはホッケンハイムの警備でちらりと逢って以来で、パーティーにも来ていなかった。本当に数日ぶりだった。どうもブルガリアまで行っていたらしい。現地の移動用にクルマを探していたら、先方が提供してくれたという。1966~68年頃のモデルと言うが、チューンナップ・モデルを買うだけの金はあったが、そこまで贅沢もできないという田舎魔術師の悲哀が透けて見えるシロモノだ。余り儲からん仕事と思う。いや、『エル』なら対価はあのクルマで十分なのか?
正面から見るとV字に凹んだボンネットも変わっいるが、ラジエーターグリルが無いのも珍しい。あ、RR(リアエンジン・リア駆動)か。色はスカイブルーっぽい青で、平行2本のストライプがボンネットからルーフに続いている。古臭いのだが妙にカッコ良くも見えてしまう不思議なクルマだった。きっと来歴などをきちんと調べれば、それなりのクルマなのだろう。
ブルガリア産のルノーとなればノックダウン生産だろう。ゴルディーニなんて多分イタリアのチューナーの名だと思う。名を借りた提携なのかそこは知らん。だが、本国フランスのカタログ・ラインナップにあるのは想像できるが、ノックダウン生産のブルガリアでそんな高性能モデルが出るのだろうか? 個人でパーツを集めて改造したか、本当に珍しい掘り出し物なのか。シトロエンのHバンのようなレトロ・バン(どこのか知らんが今も古臭いが珍しいバンに乗っている)や、デュトロのダブルキャブ(※)、ルートキャブ(日本での愛車)が好きな『エル』ではあるが、このルノー8もあの子が狙いそうなクルマではある。
歴戦の猛者は、そこらをうろつく首のない甲冑の騎士を見ても驚かず、私の隣に座ってただただ愚痴を零していた。それを聞いていて思った。相当簡単な、別にバゼットでなくとも良いような仕事だったのだ。そしてメインは間違いなくあのクルマを持ち帰る事にあったのだろう。
※)ダブルキャブの4WDはキャンプに最高らしい。それはキャンプ用具だけでなく、現地で遊べるオフロードバイクや自転車が載せられるからだ。
また『エル』は、何を考えているのか私には理解不能なのだが、小型ユンボが後ろに載っていたら似合いそうなマツダ自社生産の青いタイタンと、セメント撹拌機が似合いそうな白いニッサンのアトラスの4WDダブルキャブも持っている(ただしコレクションのようで森の館に置きっぱだ)。このデュトロ・ダブルキャブはルートバンの次に出番が多いのだが、時々三菱ふそうのキャンター、あれの高床タイプ4WDのトリプルキャブというのを出す時がある。外装色はマットなダークグレーでミリタリー色が濃いシロモノだが、デュトロともどもパワーゲート付きだから、荷物の積み上げ積み下ろしは楽だ。『エル』はこんなのを小学生時代に家族の遊びグルマとして手に入れ、ジイさんに運転させていた。ロングなルーフラックに、グリルガードを付け、トリプルキャブともなれば長さはそこらの中型バス並みにある。アメリカのフルサイズ・ピックアップトラックも顔負けだ。しかし、先にも言ったがオフロードバイクや自転車も載せるとなればこういうのしか無いだろう。おまけに内装なども良質な素材を使った改造品に交換済みなので、子供なら2列目や3列目でもそう不快な思いをせず長時間乗れてしまう。金の掛けどころが違うなと感じさせる1台だ。
なおこの手のダブルキャブやトリプルキャブは消防のポンプ車のオリジナルだったりする。また、出番の多いデュトロのダブルキャブは現在外装が薄いピンク色に塗られている。これは英国の軍用ランドローバーに因んだ色だ。本人はカッコイイと思っているようだが、私から見ると電信柱の点検か工事に来た車両にしか見えない。本人には言わないがな。
余談の余談だが、トラックにキャンプ用のキャビンを背負わせないのは、バイクや自転車もあるがそれが邪道だと考えているからだ。まず第一に専用のキャンピングカーではないから重心が高くなると不安定になる。第二に箱を載せるとバイクや自転車が積めなくなる。第三にキャンプはテントを張ってナンボだから。確かにこれはそうであり、快適性(特にトイレやシャワーなどの水回り)を求めるならロッジやコテージを借りるべきだろう。もっと言うと日本国内のキャンプ場ならトイレはあるし、温泉や風呂屋が近くに建つ所も多い。ならば使用後の清掃、操縦時の重心バランスを考えれば、アメリカのように牽引型を選ぶか、テントがあるのだからハナからそういうのを考えない方が良い。
と言うのは、私見ではあるがキャンパー内での調理ほど虚しいものは無いと私は考えているからだ。わざわざ野外にまで来てキッチンに立つのは何か違う気がせんか? そしてそのキッチンは学生向けのワンルーム・マンション以下の機能しかない訳だ。なら最初から外で調理する方が良いとなる。
『大陸を移動するならプロパンガスを積んで、本格的なキッチンを用意しても良いですが、日本国内ならCB缶のコンロを2~3種持って行き、野外調理する方が断然楽しいですよ』
私も『エル』と同意見だ。マイナス20度の極寒や酸素の薄い山でファミリーキャンプなど誰もしない。日本国内ならCB缶が正解だ。
アウトドア料理で一番楽しいのは、タコパ(義姉談)、冬はキノコ、春は山菜などの鍋(アイリスフィール談。〆はうどん。ただしアク抜きの必要な山菜は前々日に採っておく必要がある)、渓流で釣れた魚を使ったホイル焼きやテンプラ(イリヤと『エル』談)だと言う。
『キャンプでBBQなんて素人です。換気扇の掃除を考えないで済むテンプラやカツが至高のキャンプ料理ですよ』
私はキャンプ先で天ぷら盛り合わせやおろしトンカツを『エル』と出逢って初めて食べた。衝撃だった。キノコ丼や山菜うどんを野外で頂くのも乙なものだ。
『究極は冷蔵庫を積んでの、山中でのお刺身盛り合わせね』
これも凄いぞ? キャンプで刺身だぞ?
『はい。で、〆はメスティンで自動炊きするタコ飯です』
加工品も含めた肉類は保存性の問題があるのと、アウトドア色が薄くなるので敢えて使わないのがこの家の流儀だった(バーベキューは庭でするものと考えているのもあるし、肉料理だとキャンプに感じないらしい)。それでやってみるとわかるのだが、野外でのタコ焼きや鍋料理は確かに楽しいし、刺身の盛り合わせなんて色んな意味で新鮮だ。OD缶やガソリン・ストーブを常用する人には思い付かない発想だろう。クルマでの移動だからこそCB缶のコンロを幾つも運べ、キャンプ場に小型冷蔵庫を持ち込めるのだ。
わざわざ街で薪を買い込み、キャンプ場で火熾しして……こういう定番パターンに厭きた人や、昼間の遊びに重点を置く人は食事から見直すと新たな発見があるかも知れん。
癒やしを求めてキャンプに来るのに、誰だって洗い物にまで頭を悩ませたくはないものだ。煤で黒くなった飯盒やカレー鍋とはオサラバして、メスティンで炊き込みご飯を作り、インスタントの味噌汁かお吸い物で間に合わせる夜があっても良いではないか。朝はホットサンドで良いのか? 白いご飯とハムエッグでも良いのではないか? 焚き火が残っているなら、干物を炙っても良いではないか。牛丼寄りの味付けにした、肉多めの肉ジャガをご飯にブッ掛けてスプーンで食べても良いのだ。
私はイリヤや『エル』からそれを教わった。砂漠に縛られ、いい意味での手抜きを知らなかったのだ。
なお、現地でバイクに乗らないとわかっているのなら、牽引免許の必要ない重量750㎏以下のキャンピングトレーラーを、宿泊や水回りを考慮せず移動倉庫と割り切って、ランクルなどに繋げて行くという方法もジイさんは深山町時代によく取っていた。また、電磁ブレーキ付きの750㎏タイプなら軽自動車でも引っ張れるし、350kg以下なら免許も保険も何ら問題ない。
そのトレーラーは今義姉の家のガレージに置いてあるが、やはり何も考えずにガサッとキャンプ道具一式を運べるところは便利だ。そして最大のメリットは冷蔵庫とサブ・バッテリー、各種充電器、発電機にある。今どきなら牽引車のバッテリーから連結された電力だけでなく、屋根の上のソーラー発電機、軽油などを使った小型発電機、オートキャンプサイトやRVパークのAC100Vなどなどを連結して蓄電できる総合バッテリーの搭載は当然だ。なので雨天ならIHコンロ一発でラーツー(ラーメン・ツーリング)もありだろうし、プロパンと業務用コンロを積んでタコツー(タコ焼き・ツーリング)もありだろう。要は不便と非日常を楽しむキャンプに、ほんの少しの便利さと快適さを追加できるのがトレーラーなのだった。
そして最高の武器は車載用の冷蔵庫にある。冷蔵庫一つでキャンプの質がグッと上がる事請け合いだ。ダッチオーブンで作る重厚な肉料理やバーベキューが、行程半ばで行えるのだからやはり効果は大きい。また、忘れてはならないのはキャンプの目的だ。普通の人にとってそれはレクリエーションだろう。このレクリエーションは、『リ・クリエーション(Re-creation)』という意味で創造的活動と日本語で訳す。そして『娯楽を楽しむ(Enter-tainment)』ものでもある。つまりは日々の仕事や日常の家事から離れるための気分転換行為なのだ。そんなレクリエーションの場で、汗をかく作業などナンセンスと考えるのが『エル』であり、イリヤだった。そして2人は、何ならジイさんも含めた3人は、メイドと一緒のキャンプの場合は彼女達に料理をさせなかった。
これは雇用者としての気遣いもあるが、キャンプは自然の中で英気を養うものという認識が、『エル』達だけでなくジイさんにも強くあるからだった。だから総じて欧米のキャンプ場やオートキャンプ場、RVパークなどは静かでマナーやモラルがきちんと守られているのだ。シロウも言う。
『人は糞袋なんだと。これは自虐や卑下でもなく、人間も動物だから食って寝て糞をしてというルーチンが根本にあるんだぞって意味なんだ』
奴にとっての一成が教えてくれた言葉らしいが、まさにそれを確認するために人はキャンプに行くのだとシロウは言う。だから適当に食べ、自然の中で眠り、翌朝は会社や学校の事など忘れ、トイレから再びゆったりとした一日を始める。いや起きるのも適当だ。昼まで眠っていても良いし、1~2食抜いても良い。持って行っても、バイクや自転車に乗らなくとも良い。とにかく自分のスタイルで自然と静かに対話する。ここが肝心なのだ。なので日頃の事で疲れているのに、騒いではしゃいで更に疲れるような行為、場所を共用する他者を不快にさせる行為ほど愚かしいものはない。
スピリチュアル系の人が話す、睡眠は肉体の休息だけでなく精神を癒やし、チャクラを通した宇宙エナジーのチャージ時間であるというのは魔術的にも正しくて、回路の回復や成長も夜半に行われている。だから長じてオドをより多く取り込めるようになるために、夜の睡眠は大切だと教えられるのがまともな魔術師の家だ。そして各々の肉体や精神、神経、回路にマッチングした質の高い睡眠が重要となる。こちらの確認という意味でも、魔術師のキャンプ活動は重要なのだった。
『魔女とか魔法使いって、深い森の奥で自然とともに暮らしているイメージがあるだろう? それで自然を求めてさ、日本列島に流れ着いた西洋の魔術師が、鬼や天狗の始まりだったんじゃないか?』
この話も妙に納得だった。
なお、『エル』はこっち(本部の駐車場)にもそういう小型のキャンピング・トレーラーを置いていて、社員達に貸し出していた。ただしこっちは海外なので、免許や保険がどうなるのかは知らん。多分会社でそこも面倒を見ているのだろう。またCB缶でなくOD缶が標準なので、そちらの2バーナー・コンロが備え付けられているそうだ。
考え方も掛けられるコストも人それぞれではあるが、超小型の750㎏以下なキャンピング・トレーラーを牽くという方法を私はアリだと思う。そう思う理由は幾つかあるが、やはり1に免許、2に保険、3に車検などのコストだ。これらが日本でなら軽自動車をもう1台持つ程度に収まる。そう考えると安い方ではないだろうか。
また、コンバージョンした(キャブコンというトラックを改造したものが多く、そちらのタイプの乗り心地はトラックのそれだ。架装やサスから専用にしたフルコン、バスを改造したバスコンなら乗り心地はまだ良い。高いがな)キャンピングカーを持つというのは、使わない期間は死蔵しているも同然だ(なのに初心者ほどこのタイプを欲しがる)。しかしトレーラーなら切り離せる。牽引車を普段の生活で使えるのだ。ここは大きいだろう。
逆に1番無いなと思うのはトレーラー・ハウスだ。アメリカでは大型のキャンピング・トレーラーも含めてモーター・ホームと呼ぶが、私が言うのはいかにもキャンプ用というアレでなく、木造の外壁を持った別荘を丸ごと運ぶアチラだ。よく雑誌には固定資産税が掛からないなどとメリットばかりが謳われるが、設置する土地には掛かっている。また定置する住宅物件では無いので、住宅控除がない。なので10年住めば、トレーラー・ハウスの方が支払う税金が高く付く場合もある。アレは庭に置いて子供達の遊び場、或いは別棟と考えるべきだ。もしくは書き入れ時が季節や天候に縛られる移動店舗に限られるように思う(要は屋台の延長だ)。
どうしてそんな夢のない事を考えるのかというと、普通の人が1年365日をトレーラー・ハウスやキャンピング・トレーラーで暮らすのは無理があるからだ。まず数年も掛けて行う長期旅行で困るのが風呂にトイレ、そして洗濯だと思う。そういう設備のあるキャンプ場やRVパークならまだしも、世界中どこにでもそういう施設がある訳ではないし、ハウスと呼べるサイズのトレーラーを駐車できるスペースがない。つまりそういう状況はトレーラー・ハウスやキャンピング・トレーラーを作るメーカーも想定していないのだ。
それと家族構成だろう。あなたが良くとも連れ添いや家族がそういう不便な生活を受け入れるだろうか? ゆったりと風呂に浸かりたい、仕事があるので食事はササッと済ませたい、揺れないベッドでぐっすり眠りたい……人として当たり前の事だ。そこを我慢してくれと家族に言えるだろうか?
こう考えると見えて来ると思う。使わない時は庭に別棟として置けるサイズのもの、もしくはガレージの隅っこで邪魔にならない超小型。この二択しかないと。例え便利かつ安上がりな軽自動車であろうと、キャブコンは無い。そして年に数日のレクリエーション用なら、超小型のキャンピング・トレーラーで十分なのだ。後は出先でどう過ごすかの工夫次第だと私は思うがな。
勿論アメリカのような広大な国で、州を跨いで移動し、しかも何もない荒野で宿泊するとなれば、断然エルヴァやモードレッド達が使っていたようなトレーラーが1番だと思う。しかしアレを日本で使うとなると何かと無理がある。それは道路事情だけでなく、取り巻く文化の違いや歴史の違いもあるからだ。
エルヴァのトレーラーは室内拡張できたり、外壁に折り畳み収納のキッチンがあったりして随分と立派な作りなのには驚かされた。最新こそ最良とは良く言ったもので、やはりああいう旅には、最近の設備が整ったトレーラーだな。しかしその高機能を活かせるのは、文化と歴史があってこそだ。端的に言うとRVパークやオートキャンプ場の充実度だ。それとキャンピング・トレーラーなんてものを持てる家は、さすがにアメリカでも限られる。が、そういう好き者の家は決まって、庭が広く、そういう設備もあるものなのだ。
その設備とは────ズバリ言おう。うんこタンクの中身をお手軽に廃棄できる設備と、汚物タンクを洗い流せる設備だ。想像してみたまえ。そういう専用設備のない普通の家だと、どんなに広いガレージがあろうと地獄だぞ? それでなくとも環境問題に厳しいカリフォルニアだ。ゴミの分別は当たり前だし、そんな汚物なんてゴミ袋に入れても収集車が持って帰ってくれるかどうか。何よりそういう設備があったとしても、汚物の処理は嫌な仕事だ。だが、エルヴァはそれを嫌がりもせず、きちんと洗っていた。2/3以上が受肉したモードレッドの排泄物だろうに……。立派な事だとつくづく思う。
ちなみに私は60~70年代の、下半分が窄まっておらず、丸っこいヴィンテージ・エアストリームに学生の頃から憧れを持っていて、『エル』のお供でアメリカに行った際は、目の端にそういうヴィンテージものが入るとついつい眺めてしまう癖があった。中が少々狭かろうが、設備が古臭かろうが、やはり良いものは良いと思う。
なおこのエアストリーム、義姉が中くらいの大きさのを持っていて、深山町にある彼女の家の庭に常時置いてあった。一番小さなシリーズの旧バンビでなく、サファリという中サイズくらいのシリーズなのだが、寝室が別室でシャワー&トイレがセパレートという贅沢な作りなので、支えるタイヤは1軸でなく2軸となっている。全長は23フィートだから日本だとかなり大きい方だろう。しかし幅は8フィートなので日本の車検にはきっかり通るところがミソだ。
これは『エル』が両親に贈った特注の巨大エアストリームを、私とアルさんがぶっ壊してしまったお詫びとして、義姉が両親に貸したり、親娘3人でキャンプに行くためにアメリカで手に入れた70年代の中古だ。勿論私やアルさんも出資しているが、内装や電化品、外装のコーキングなどが新しく改装・置き換えしてあって(インバーターやトランスの設置、内装の手直し、ダンプ口の規格変更などは私とシロウが行った)結構な値段がした。なので利子の付かない『エル・ローン(諸々を一括で立て替えてくれている)』ではあっても、支払いは今も継続中で、私とアルさんが毎月『エル』に納めている(輸入手続きは『エル』がしてくれた。ロングビーチと横浜の税関も『エル』が通しているが、実際には船便でなく宝具に収めての空輸だった)。だから義姉が使う分には良いが、たとえ両親であっても『贈る』となると難しいらしい。まぁ、そこは『エル』の判断に任せるしかない。
だが日本で使うために電圧関係を見直し、家電や冷蔵庫にエアコンを新調したり、家のダンプ設備を整えたのは正解だった。何より内装は義姉の好みと使い勝手を考慮して凝ったから、かなり気に入ってくれている。実際、アイリスフィールを交えて何度かキャンプに出ており好評だった(牽引車の運転は私)。
普段は上水道に電源がダンプ設備と同じく庭に突き出た専用の口で繋がっており、シーズンになるとそれらのパイプを外し、牽引車に繋いでいつでも出掛けられるようにしてあった。70年代の、マットでなくメッキしたようにピカピカな味のあるエアストリームだ。だから日本の住宅街の中で芝生の庭にドンッと置いてあると目立つ事この上ない。ご近所の人から羨望の的となっているだけならまだしも、クレープ屋か何かと勘違いされる場合もあった。なお、チビやクロに美遊はこのエアストリームで泊まるのを結構楽しみにしている。
だが、それなら森に置けばと考えてはいけない。あちらは焚き火こそ可能だが、秘匿された森なのでダンプ設備がないのだ(トイレはあるが水洗でなくバイオ)。なので水こそ小川や地下から調達可能でも、ガスや電気がない。どちらもボンベの持ち込みか発電機の持参となる。対して義姉の家の敷地内ならライフラインがしっかりある。庭もそこそこ広いので、ペール缶で造った小さな焚き火台で熾せる範囲の焚き火や、七輪や一斗缶を使ったバーベキューを行ってもご近所迷惑にならないというメリットがあった。義姉としてはそういう使い方を想定してあの家を建てたらしい。
なお、牽引車にはヒッチメンバーという被牽引車と連結するための装置の取り付けが必要だ。そしてそのヒッチメンバーの先にあるヒッチボールというジョイント部は、アメリカと欧州で規格が異なる。要はほんの数ミリの、ボール部の大きさの違いなのだが、アメリカンのボールは少し大きい(2インチ)のでヨーロピアンの受けに入らない。だから誰でも気付くのだが、ヨーロピアンのボールは小さい(5センチ)のでアメリカ型の受けに入ってしまう。これが大変危険なので、本部ではボールジョイントの先だけを交換できる構造のヒッチメンバーを用意してあるそうだ。まぁそれも念の為で、ブレーキランプなどのソケットの規格も違うので普通は気付くだろう。『エル』はそれの変換ソケットも用意してあると話していたので至れり尽くせりだ。
ところで私はこんな図体なのだが、軽の箱バンの荷室でギリギリ横になれるという。これを実証した男が同じ身長のシロウだった。
『本当に? 本当に眠れるのか?』
『眠れるぞ。ハイゼットなら2列目を倒せば荷室が1950mmあるんだ。エブリイは少しだけ短くて1910mmだったかな?』
『エル』にキャンプの楽しさを教えたのはノイント老やマアエモ達だが、イリヤに教えたのは主にシロウだったりする。リンと結婚し『アーチャー』という存在とは別の道を歩んだ男だから、ファミリーキャンプにはよく行ったそうだ。上の男の子2人とは男3人旅と称して、セカンドカーで釣り用でもあるハイゼット・カーゴの四駆で、冬の長野にまで行って車中泊をよくしたという。
まぁ、どんなに寒かろうがそこは日本国内だ。舐めてはいかんが道具を揃えておきさえすればまず死ぬ事はない。何よりキャンプはレクリエーションなのだ。砂漠でのキャンプや、霊地開発のためにイルクーツクの奥地に行った『あのキャンプ』と比べるべくもない。あの時は空輸した『UAZ-452(四躯のバン)』で奥地を確認、その後『Ural-5323(4軸8輪のオフロード型フルトレーラーヘッド)』で満載の道具や資材を運んで最前線基地(ベースキャンプ)を造って、霊地開発を行った。極寒の世界で足掛け3年の事業だった。
あのウラル(サイドカーの会社とは別)のヘッドは、それまでのボンネット型とは違って、イヴェコと組んで作られた最新のキャブオーバーヘッドだった。それもダブルキャブだ。おまけに何台かの架装が荷室でなく、キャンピングカーのような特装だった。トレーラーも3台ほど特装車があって、それらは厨房・食堂車やサウナ・風呂車であった。ここまでしないとアサシンや私達と混ざって仕事をする本部社員の安全を確保できない。それがイルクーツクやサハ共和国といったロシアの奥地なのだ。
そして『エル』はベースキャンプ完成後、特装の『Ural-4320(3軸6輪の総輪駆動オフロード・トラック)』を現地で使っていた。これは2台あって、1台はイルクーツクの街に近い倉庫で保管し、もう1台はニジニ・ノヴゴロドにあるアサシン達の保養施設に預けてある。『エル』は3軸や4軸の総輪駆動に拘りがあり、『KamAZ-4310』や『Tatra T-815』なども持っている。中でもお気に入りはチェコの『Tatra T-815』で、これの特装車を移動オフィス兼仮眠室として使っている。
(まだこの頃は『MAN HXシリーズ』や『Magirus』の特装車が無かった。だから選択肢が他にない状況でもあったのだ。なお本人が貨物事業で選んでいるトラックは『MAN』と『Scania』だったりする。事業所に拠っては『Daimler』や『DAF』、『VOVLO』や『IVECO』を見掛けるが、何故か『Renault』は見ない。そこまでフランスを嫌うタイプではないので、事業所所長の好みや値引率など他の要因があるのかも知れない)
『それで子供はどこで寝たのだ?』
『角材とサブロクの板で造った二段ベッドさ。折り畳めるように作ってあってな。RVパークで鍋を突いたり、雪の積もったキャンプ場でテントを張ったりしたよ』
そういう角材やベニア板で棚を作り、仕事での使い勝手を良くする方法は知っているが、二段ベッドとはな。下段の自分の横はキャンプ道具を詰めたコンテナだろうか。私も元は日本人なので、ミニマムに旅をする歓びみたいなものはわからんでもない。
『貴様ほど器用なら、軽トラに自作の箱(シェル)を背負わせたりはせんのか?』
『だから普段は釣り用なんだって。確かに箱を自作してそういう移動小屋にする楽しみもあるさ。けどな、雪道で箱を背負うのは重量バランス的に危ないよ。何より軽トラだと道交法で人が2人しか乗れないだろう? それに運転席を下げないと、オレには厳しいからさ』
『あ、そうか』
本当に『そうか』という気分だった。軽トラならジャンボでも厳しいのが私やシロウだ。だから、最大限に空間を活用できる軽はバンしか選択肢がない。そして組み立て式の二段ベッドだったからこそ、2列目を起こして3人目が乗れたのだ。きっと普段の2列目は倒しっぱなしで、天井にロッドホルダーなどがぶら下がり、ベッドはもっと低く、1段目にクーラーやキャンプ道具、2段目に寝袋や毛布などを置いているのだろう。
四駆のワンボックスで旅やキャンプに出る。三菱のデリカが示し、マツダがボンゴフレンディで応えたオートフリートップ機能。新車を買うのでなく、小学生と幼稚園の男の子2人と父親だけの3人旅なら、軽でこういう事ができてしまう。これは私にとって新鮮な考え方だった。
『リンや娘は?』
このリンはシロウの妻である大魔導師の事だ。そしてシロウとリンの子供は4人で、男男女女の4人兄弟だった。長男の名は時義といい、次男は時嗣といった。そしてこの男、信じられないくらい子煩悩だった。長男は遠坂の家を継ぎ7代目になったそうだが、8代目となる子(シロウとリンの初孫)ができても『ヨシ君』と子供の頃の愛称で呼んでいたそうだ。
『その旅の頃はリンが身重でな。末っ子の梢が腹に居た頃だ。それで長女の絢芽にリンを任せて……』
その頃の長女は2~3歳じゃないのか。腹の大きな女房に小さな子を押し付けて遊びに出るのも酷いなと思うが、連休で暇を持て余すやんちゃ盛りの男の子2人を連れて出てくれるのだから、むしろ有り難かったとリンは補足で教えてくれた。
『それにその頃はセイバーも居たからね』
ああ、そんな頃か。シロウが割烹の小料理屋を開くのは40歳頃で、セイバーを見送った後だという。それまでは『コの字』のカウンターしかない居酒屋を開いていて、この店から得られる収入だけで子供4人を育て上げている。開業は倫敦から帰った2010年頃だから23~24歳頃の話で、リンやセイバーとともに並行世界をバリバリ渡っていた頃でもある。
日頃は店でしっかり稼ぎ、休日は好きなバイクでツーリングに出たり、ボランティア活動に勤(いそ)しむ。これが自分の世界でのルーチンだったとか。しかし渡った先で過ごした時間が加算されず、歳も取らない理論をリンが完成した25~26歳頃から、シロウに対して掛けてきた枷をリンが緩めた。そこで『エル』の言うところの『正義の味方ごっこ』を、思う存分こなした訳だ。これは肉体的にその頃がピークだとリンもシロウも理解していたからだ。またシロウは元々、そういう『正義の味方』を目指していた訳ではないが、やはり災害を生き残った身なので身近で災難に遭いそうな人が居るなら見過ごせないタチだった。だが、そういうので優先順位や線引を間違うような男でもなかった。
それは何十回、何百回と世界を巡り、ありとあらゆる国の様々な土地に住み、自分の狭い視野を広げていたからだ(リン曰く、シロウは他の世界の衛宮士郎と違い、元から切れ者だったという)。実はこの頃、長男の時義だけは既に生まれていた。なので息子もこの活動期間中に何度か一緒に並行世界を巡った経験があるという。時間凍結にも近い神秘の影響で肉体年齢は歳を経ずとも、頭脳は学習し経験した事を覚えている。
『長男の時義が真面目で真っ直ぐなのは、その経験があったからだわ』
だから時義と弟の時嗣は7歳くらい歳が離れているという。つまりその7年がシロウとリンとセイバーとの、本格的活動期間だった訳だ。もっと言うと、その期間中にセイバーや、ホシから派遣された王様と、とある世界の地球を丸ごと救ってしまった。それから徐々に活動を縮小し、元の世界で次男以下を儲けたそうだ。
この自粛と言うか心境の変化は、それまで並行世界間を移動する事で誤魔化して来たリンの努力が水泡に帰したからだ。地球を丸ごと救ってしまったとうのは死後の英霊化が確定したも同然だからだ。そしてそれがマトリクスなら余りにも悲しい。魔法使いとなった事でとっくに人の枠から外れた存在だったリンは、最終的にシロウとともに英霊化する事を望んだ。だから以降の活動は世界救済とか大それた方向は辞め、聖杯戦争での単発的な活動に収まっていった。
ここで現実的な話を一つ。時計塔から冬木に帰った当初シロウは小さな小料理屋を開いたが、実はそれが余り儲からず、親子3人で食べていくのもカツカツで、リンからの持ち出しがかなりあったという。当然セイバーは自分の食い扶持くらいはと、新都の喫茶店で働いていたそうだ。
だから1年過ぎて店を改装し、コの字の居酒屋にした。メニューも絞りに絞り、メインは『煮込み豆腐(スジ肉とこんにゃくの煮込みに木綿豆腐を入れたもの/仕上げで特製タレを掛けてから客に出す)』と『豚キムチ(豚は厚切りのバラ肉で塩コショウで味付け済み)』、『マグロの刺身(刻み海苔付き/安いキハダマグロが旨くなる)』で、他は『もろきゅう(きゅうりの飾り切りにもろみ味噌を添えたもの)』と『トマトスライス(天然塩とマヨネーズが添えられる)』だけだった。
するとこのシンプルさと手頃な価格、その割に凝っていて美味しいという事で店は大繁盛した。その後は少しメニューが増えるが、呑んべなら『この店からスタート』、酒慣れした人なら『ここで一杯やってから家に帰る』という、長時間居座らない『通』な固定客ばかり増えた。それは暖簾の奥に見えるコの字のカウンターが酒慣れしていない若者を遠避けたのと、店の場所が駅の裏手で繁華街のハズレだった事、テナントビルの中ではないので、本当に酒呑みな客しか寄り付かない場所だったからだ。
そしてそれをシロウは狙っていた。そこから『マグロのアラでダシをとったおでん』『本日の炊き合わせ(煮物/小鉢で出す)』や『お茶漬け』『お握り』『マグロのアラ汁(ご飯物に付くサービス)』『天ぷら盛り合わせ』などのメニューを増やしたそうだ。
『とにかく仕入れ価格を抑えて、食材を無駄にせず、飽きないメニューを考えた。『煮込み豆腐』だけだと少し弱いから、『マグロのおでん』も最初から考えてあったんだ。それを客の流れを読みながら3年目に出したのかな? あれで客がグッとついて来てくれた。本音は料理一本で酒は二の次だ。けれどリンや息子を食わせるには儲けないとな。牛丼屋みたいなコの字のカウンターも、1人で切り盛りできるようにするためだった』
そうしてシロウは仕入れと仕込みの時間を除いて、夕方5時開店、11時閉店の6時間労働で年商2000万を叩き出す店にしてしまった。たった1人で月160~170万は稼ぎ(1日7万前後売り上げている)、経費と仕入れを差し引いて、1千万以上手元に残る商売にしてしまったのだ。
『キハダマグロやメバチマグロが安定して仕入れられたのは、そういうルートにオレが噛んでいたからだ。まぁ、有り体に言えば、裏家業で罪を犯した者や債権者が、そっちの本職の人によく漁船で稼いで来いってのがあるだろう? あれに噛んだんだ。つまりそれなりに仕入れるから、安くして欲しいってな。だからオレ、マグロの仲卸もするようになって、県の回転寿司にも卸していたんだよ。それだけで年商6~7千万は軽くあったよ』
リンの入れ知恵だろう。コイツとしては仕入れる事で、その罪が早く終る事も頭にあったと思う。結局『最後は金が物を言う』という真実と『正義の味方ごっこ』という真理を再度そこで気付いてしまった訳だ。だがコイツは私よりも少なかったジイさんの遺産と武家屋敷の家を守り抜き、リンの持ち出しも5年経たずに返してしまった。やはり元から違うのだな。
だから後に出逢った、そんな真実や真理を幼くして見抜く『エル』を、世界がどんなにあの子を抹殺しようと目論んでもシロウだけは庇い続けていたのだという。
『あんな抹殺しろなんて命令がホシや世界から来るのがオカシイんだよ。絶対アレは何者かが世界に介入したんだ』
ハッキングされたのではないかとシロウは話していた。それもあって『現象』となってまでして世界を守ろうとした、もう一人の『エル』が気になるという。それだからこそ『エル』はどこであろうと『エル』だと思い知ったという。
『ホシや世界じゃない。宇宙だ。『エル』の抹殺は宇宙の意思に逆らう行為じゃないか?』
私にはわからんが、シロウはその危険があったと感じているようだ。ホムンクルスをして『自然の触覚』と言うが、それはアハト系までの話で、ノイント老系は『宇宙の触覚』ではないかとまでシロウは話していた。本当に私にはわからん事ではある。だが、こんな朴念仁の私にもわかる事がある。それはマーヤ(マアエモ)やルオンの願いと祈りだ。
自分が今死んでも、明日死んだとしても、『エル』には何かを残せたと思える無償の愛、何があろうと『エル』の明日だけは信じていける強い愛、それを繋げるためなら自らの命も些末な事と割り切れる心。それを母の愛と言わずなんと言う?
私は燃える家から、父や母、姉から追い出された感覚が薄っすらとある。『シロウ、あなただけでも生きて……』。そんな声を聞いた覚えが薄っすらとある。それを告白したとき、マアエモは私の背中を優しく撫でてくれた。
『シロウ。これからは私があなたの傍にいます』
私はどれくらいの時間泣いたろう。私は『死後』にしてやっと心許せる人に出逢ったのだ。だが、そこに後悔は無かった。それは『エル』から聞いたからだ。
『マアエモ・ママの魂は、お祖父様の息子で私の兄でもあるアルトゥール様の愛娘の魂をコピーしたものです。ママの優しさも気高さも、何もかもがその愛娘『エルヴァ』さんのものです』
『き、君の名はその人から……?』
『はい。その方から譲り受けた名です』
その日から私は『エル』の事を義妹という感覚を持ちつつ、娘という感覚も併せ持つようになった。だから英霊の限界を知りたいと言うならどんな実験にも付き合った。いや、本当に半ば意地になってなんでもやった。
『英霊に近代兵器は本当に効かないんですか?』
では確かめようと目に22口径から順番に銃弾を撃ち込んだ。痛かった。22口径であろうと45口径であろうとマグナムであろうと、のたうち回るのは同じだった。だが怪我はしないし、痛みは一定の気がした。これは発見だった。
『ガ◯ダムの再放送を見て思い付きました』
ならやってみせよと王様がヴィマーナを出してくれ、それに同乗して大気圏まで行った。そんな上空から地上に向かって飛び立った私だ。錬金術で編んだらしい布のようなモノを預かっていたのだが、広げようとしたら風圧でどこかに飛んでいってしまった。燃え尽きるかと思ったが熱いだけで死にはしなかったし、焦げたり焼けたりもしなかった。落ちた後は地面にかなり大きなクレーターができたのだが、地上で回収してくれた『エル』が言うには、『見た目は割と平気そうだった』という。とは言え私は完全に失神していた。一応『エル』の宝具にある座に戻れば傷は治るのだが、3ヶ月は調子が悪かった。何にせよ色々考えさせられる体験だった。
『少年、頭がオカシイのか?』
『元からだよ、アルさん』
『ある意味、神の子を越える勇者よな』
『褒めてくれているのか?』
『そのデータが『エル』に残るのだからな』
そうして私は世界一勇気のある男と言われるようになった。なお私の座は先程も言ったように『エル』の宝具の中にある。つまり本体は彼女の中にいる。なので『エル』さえ健在なら何度でも復活できるのが今の私だ。それを知っているから王様には(私の不注意で)過去5回、アルさんには(訓練中の事故で)3回、アルトリア(『エル』達の姉で王様の奥さん)にも1回殺されている。
それはさておき、今でこそフォレスターの『STi Version』なんて贅沢なクルマに乗っているシロウだが、その昔はダイハツのハイゼット・ハイルーフ・バンから、日本での車歴をスタートしている。その8代目バンの中古を手に入れた理由は、倫敦から持ち帰ったバイク、『BT1100』を手放したくない一心からだったという。つまり店を開く上で仕入れに使うクルマをケチったのだ。だがその吝嗇が良い方向に転び、奴は軽ワンボックスの凄さを知ったのだった。天井にフックを取り付ければ釣り竿が掛けられ、荷室に棚を作れば、下の段に台車が載り、上の段にクーラーボックスが載った。縦に1/2と考え、半分にキャンプ道具やクーラーボックス、電源に水やストーブなどを積み、残る半分のスペースに寝袋を置けば車中泊も楽勝だった。そういうクルマだったからかなり気に入っており、随分と長く乗り続けたらしい。
そんなハイゼットを手放したのは、長男が中学生から高校生に上がる頃で、下の娘達が小学生、幼稚園とそれぞれ入学入園を果たしたからだ。リンの鶴の一声で、家族全員で乗れるクルマに買い換えろと厳命されたのだ。それであれこれ検討し、最終的に選んだのがヴェルファイアだったそうだ。別にシロウの口調には何ら訝しむ点はなかった。しかし私は『この男が、そんなファミリーカーを?』という疑念があった。子煩悩なのも聞いた。家族を大切にする男だというのも知っている。なのにどうにも腑に落ちなかった。
それでよくよく聞けば、ヴェルファイアは自家用で、店として経費でハイゼットグランカーゴ(1.3リッターの5人乗り)を中古で手に入れていた。このグランカーゴの乗用車版が7人乗りのアトレー7だ。『エル』が言うには、アトレー7は99年まであったスバル・ドミンゴの再来で、ルーフトップテントを屋根に背負えば本当に5人までは1台で完結し、小さなトレーラーを引いて、リビングテントを積み込めば本当に7人寝泊まりできるという。つまりグランカーゴは商用だから5人乗りという縛りと毎年車検という支出と煩わしさこそあれ、そういうユメ(発展性)が仕入れた食材以外に積めたのだ。さすがはシロウだ。
(グランカーゴもアトレー7もエンジンはともに、名機K3-VE型・直列4気筒DOHCで、ストーリアやテリオスと同じエンジンだ。私の記憶違いでなければ、時々見掛ける欧州向けコペンもこのエンジンだったと思う)
更には長男の時義は18歳で即免許を取り、10代目ハイゼット・トラックのダンプ(!)を手に入れていた。そうしてその軽トラックの荷台に載せるシェル、即ちモバイルハウスを弟の時嗣とともに自作し始めたそうだ。クルマ代、資材の費用などは時義が中・高時代にアルバイトで貯めた金だというが、シロウの援助もあったと思う。
(モバイルハウスは法規上貨物とされる。なので車検毎に下ろさなければならない。それがダンプだとハウスの積み下ろしが多少は楽だろう。これもシロウのアドヴァイスっぽい)
『オレさ、リンに一泡吹かせたかったんだ。子供の事もちゃんと考えているぞって。でもさ、リンの方がウワテだったな。義君の冒険心と時嗣のチャレンジ精神をあいつはちゃんと理解していたんだ』
子供の頃から色んな遊びやキャンプの歓びなんかを教えてくれたシロウという父を、子供達は全員尊敬していた。そして魔道の家族だ。魔法使いに至った母親のリンも子供達は尊敬していた。だから時義は早くからリンに弟子入りしていた。その上で遠坂の魔道に霊脈関係以外で魔術協会には、もう用がないと時義は考えていた。何故ならこの数千年で魔法に至ったのは何人だ? 権力争いに明け暮れるロードの誰が根源に至った? だから大学にも時計塔にも時義は興味がなかった。むしろ父のように旅の中から見付けられるモノの方が、その後の大きな糧になるのではないかと考えた。だから軽トラックとモバイルハウスを手に入れ旅に出ようと考えたのだ。
『遠坂の持つ不動産から不労所得を得られると知ってもさ、義君はそんなのをアテにしてこじんまりと生きたくないって思う子だったんだ』
しっかりシロウの血が入っていた。いや、母親と同じく五大属性を併せ持つのだから両親の良いところだけを継いでいた。これに輪を掛けるのが次男の時嗣だった。そして時義や時嗣の背中を押していたのがリンだった訳だ。時義は穂群原卒業後、各地でアルバイトをしながら4年掛けて日本一周してのけた。魔術師の家としても前代未聞だった。だが帰って来た時義は大きかったという。まさに7代目遠坂に相応しい男となっていたそうだ。
それから数年後。今度は次男の時継が旅に出た。その頃には時義は『割烹 凜』の元となる店を構えていたらしい。開店資金はリンやシロウの援助があったと思うが、時義は4年の旅の間に調理師免許を正式に取っていたのだ。つまり4年の内、どこかの店で2年は修行していたという事だ。7代目遠坂は、先祖の残した土地と霊地だけで満足せず、手に職を持つ男でもあった。そして次男は宅建などの免許を取り、後に不動産業に進んでいる。2人の息子の趣味も孫の趣味もキャンプや料理だという。
一介の『衛宮士郎』として言わせて貰おう。これ以上幸せな人生があるものか。後に続く子供がしっかり地に足を着けて生きている。その連綿と続く有り様こそがすべての生命に与えられた使命であり、あの最期を迎えたジイさんの言葉の答えだ。『呪い』なんかでは無かった。聞いていた私がガキで物知らずなだけだった。あれは親が子に託す『願い』であり『祈り』だったのだ。
私は知らず泣いていたらしい。リンからハンカチを渡されそれに気付いたのだった。
話を戻そう。
「コンスタントに仕事があるのは良いですが、こうも出張が多いと落ち着く間もありません」
バゼットの愚痴は続く。よく見れば本当にたった今しがた帰って来たらしく、はだけたワイシャツの襟から、緩めたネクタイが垂れていた。クリーニングなどの手配や、留守の間の掃除に郵便物の仕分け、帰った時の食事の支度や後片付けなどなど全部メイドが行うので、バゼットのような仕事人間にはうってつけの棲家とも言えるここなのだが、やはり顔馴染みとの会話は必要なようで……。
まぁ、砂漠という過酷な環境で生きていた私もその気持ちはわかる。意外だろうが自然の中に居れば、存外孤独感は感じないものだ。しかし見知らぬ人ばかりの環境下で長く会話もなく淡々と仕事をこなすと、猛烈な孤独感に苛まれる場合があるものなのだ。
「南極の基地で5年くらい1人で暮らしても、こうはならないでしょうね」
『わかる、それ!』と柄にもない言葉が喉まで出掛かった。実はアイルランド人としていつも爪弾きに会っていたバゼットは、時計塔での職種もあって長年心許せる友が居なかった。並行世界で言峰に絆されるのもそこが原因だ。だから私やアルさんは顔を合わせれば、彼女といつも気軽に話していた。
「英雄譚に酒や友との事での不始末が多く見受けられるのも、その孤独から来ているからなぁ。人間関係は背負い込むと厄介だが、人が人らしい幸福感や満足感が得られるのも、友や家族があってこそだ。何より人が成功するのも不幸になるのも、人との関係をどうしてきたかに拠る部分が大きい。その関係からどうしても避けられん試練はあるだろう。それが大きいとか小さいとか、簡単か難しかったかどうかではない。そこに誠実に応(あた)ったかどうか、毎回問われるのはそこだよ。君は幸いにも『エル』と出逢った事で、あの子の善きアンテナとなっている。それが結果として君にも幸福を齎(もたら)すだろう。そこを努々(ゆめゆめ)忘れん事だ」
アルさんからの助言だが、これが実に深く温かい。それはこの『アンテナ』にある。『エル』はバゼットに使い魔を何匹か持たせているし、与えたクルマにまで仕込んでいたりする。それらから得られる最前線で戦う者の最新情報から、魔術やビジネスのアイデアを拾っているのだった。だからここのバゼットは信じられないくらいあちこちに派遣されている。そんな事に君が出る必要はないだろうという簡単な仕事でもだ。それだからプラハにある『エル』の別宅も、各地にある別荘も彼女は自由かつ優先的に使える権限を与えられていた。要は仕事先がそれらに近いなら、ホテルを取らずに家や別荘で寝泊まりしろという事だ。
だから意外とバゼットは『エル』に仕えるメイド達に精通していた。また、それが『エル』の狙いでもあった。チビやクロの知るバゼットは強いとは思えたが、生活能力皆無だったそうだ。そしてそれはここのバゼットも同じだった。しかも不器用なだけならまだしも、ただ普通に生活するだけなのに全身全霊を賭けないと立ち向かえない障壁が次から次へと。これもフラガに纏わり付く因縁から来る『呪い』なのだが、そこに気付けないところも痛い(逆行剣を扱うとは、限定的ではあるが『時の壁を越える』という世界の禁忌に触れ、世界が術者に何某かの対価を求めて来る。ランサーに運が無いのもここにある)。おまけに才能が暴力と魔術に偏っている。中身は純なところもある、か弱い女なのにな。
だからバゼットとウマの合う『エル』はあの手この手でバゼットに生きる道(仕事)と真っ当に給与が得られる職を与えていた。バゼットよ。『エル』から与えられた仕事で出会った人々を大切にしろ。そして5人でいい。その中から友人を作れ。そして腹を割って話せる仲になれ。人は人と触れ合う事で新しい気付きを得、変わって行ける。そうして自分が変われば周囲も変化する。やがては君が住みよい世界に変化するやも知れん。それが義妹の願いなのだ。
(ここのバゼットとランサーは無縁だが、どうもランサーという男は経験則とルーン使いという面から、そういう世界の法則を知っているようだ。一見すると粗暴に見えるランサーは影の国で当時最高の知識を手に入れていたそうで、ルーンがそれに当たる。実は文字を残さない文化だったケルト人の国アルスターには、ゲルマン人が残したルーンなど伝わっていない。主にドルイドが4世紀頃に使っていた文字はオガム文字だ。そしてルーンは2世紀頃のものだという。なのでランサーは1~2世紀の人で、影の国は今の北欧にあたるのだろうと『エル』は話していた。宵闇が早く降り、夏は影が薄い白夜と言われれば納得してしまう。また、世界の法則のようなものも師から学んだのだろう事は想像に難くないし、奴が自分を変える事は不可能に近いが、処世術にはやたら長けている。その辺りの理由も、お互いに譲り合わねば生きて行けぬ寒い環境で学んだ事のように思う)
なお『エル』とバゼットの仲が良いのは、バゼットの『ゴチャゴチャ言う前にぶん殴る』という姿勢を『エル』が気にいっているからだった。そもそも過去、バゼットは『エル』を殺しに来たのだ。しかし義妹はバゼットを実力で倒し、その後仲間に引き入れたという経緯がある。決闘前にバゼットの境遇を調べてあったのだ。だから仲間にしたらしい。勿論バゼットを送り込んだ者も調査済みで、そいつは今も病院で植物人間だ。
また、『エル』は会社経営者なので基本丁寧で友好的な態度を崩さない。しかしながら小娘と舐めて掛かって、阿漕な真似をして来る者には容赦ない。武闘派とはその意味もある。
『ジャンケン、死ねぇ~じゃダメです。叫んだりすると力みが出ますし攻撃が読まれます。笑顔のまま叩きのめすんですよ。そして2発目はない。確実に一発で仕留めましょう』
どんなアドヴァイスだ。だが、バゼットは確かに一発で沈められていた。脳と三半規管が持つ感覚だけを宝具に拠る亜空間に取り込みシェイクしたのだ。そしてアゴに蹴りを一発。それで終わりだった。英霊でも、五感を遮断されれば赤子同然だ。視力に聴覚、触覚やや嗅覚も奪われればなす術がない。それができる魔術師はあの子以外に居ない。
何よりだ────数日前から仕事に出ている『エル(人形)』が言うには、新しいドリンクは5割増しに上方修正した集荷予定数が早々に捌け、既に増産体制に入っている工場がてんてこ舞いだという。更に大きな工場を建設するかどうかを現在本部で会議中だとも話していた。アルさんは言う。
『現代でここまで稼ごうと思えば、エウリュステウス王の命(命令)の方が楽だ』
まぁ、考えたくもないが、あの魔術と才覚があればあの子でも十二の功業はこなしそうではある。ただ問題が……。
(慎二、大変だぞ。こんな子で本当に良いのか? お前が私の知る慎二と違い、兄の居る慎二というのが救いだな)
私はかつての友の顔を思い浮かべた。『エル』の言う『ヘタ慎(ヘタレ慎二)』とここの慎二は同じ顔なんだよなぁ。性格と行動力は全然違うのだが。だから『エル』と婚約にまで漕ぎ着けた。だが私は慎二にこっそりと話した。話したと言うか忠告を与えたのだ。
『冗談抜きで魔女を怒らせるなよ? 媚び諂(へつら)う必要はないが、道理から外れた真似だけはするな』
私の知る慎二なら、根拠のない自信に支えられた空疎な減らず口を叩くところだが、この慎二は違う。具体例を尋ね返して来たのだ。だから私は私の知る限りの地雷原を教えた。そのどれもが人としての『道理に適っているかどうか』でしかないのだが、ケースバイケースで微妙に沸点が異なるのだ。仕事中はまず見ないので知らないが、一族や家族に対しての誹謗や暴力には特に厳しいものがある。
例えば学園を買い取る前にあった、イリヤや『エル』に対するイジメにも似たイタズラは言語の違いから来ていたのだが、割合早く解決した。魔術でその場に居合わせた者全員の記憶と、過去の記憶の一部を奪い、更に中心人物の脳に一時的なダメージを与え、他人に暴力なんて振るえない身体にしたのだ。
そしてこれが実に効果的かつ巧妙で残虐な方法だった。学園側も家族を含む関係者も今だに犯人がわかっていない。そもそも犯罪と捉える者が居ないのだ。何故なら『エル』は指一本触れていないし、その子が倒れた場に居なかったからだ。だから突発的な病気とされている。だがその子は倒れた日から入院し、退院できたのは3ヶ月後であった。
現代医学では癲癇(てんかん)とでもされるのだろうか? どうやら本人の暴力心・嗜虐心がある一定のレベルを越えると、フィラメントの切れた電球のように意識を失うようだ。だから暴力行為もイジメもピタリと止んだ。長じて悪い仲間に入る事も無かった。至って真面目な大人しい子になってしまったのだ。
しかしこの過去話を聞いた義姉は、これを『エル』による魔術だと考えた。どういう魔術なのか今だに不明らしいが、偶然起きた病気だとは思えなかったという。『殺す』という選択肢を取らないとは、相手の頭脳や人格、生きる指針を捻じ曲げ、術者の支配下に置くという事だ。何故なら道理から外れた人間を野放しにはできないからだ。他人の考えが読める『エル』にしてみれば、『こいつはもう一度やる』『反省なんてしないタイプだ』なんて一発で分かるという。また日本育ちと言っても、それは日本通なだけで、根拠のない性善説も性悪説も信じていない。人は行動がすべてで結果だ。どんなに綺麗な心を持ち無害で、世の中のためになり得る人物であっても、動かなければ何もしていないのと同然だし、『いつかは私も』と考えていたとしても、そんな者を『エル』は信用しない。これは善にも悪にも言える。料理は完成してこそ料理だし、そこに箸を付けないと味がわからないのだ。
そんな事をつらつらと考えている内にその日は終わり、やがて仕事に出る日がやって来た。
今回は私、アルさん、バゼットの3人で『エル』を護衛しつつ、アフリカに飛ぶ。