※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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今回はお鍋回です。けれどこれで英国が多少見えてくるかも。


81、魔眼蒐集列車事件 Ⅱ

 翌朝、いよいよ出発の当日。私とセイバーは子供達を起こして着替えさせ、それが済むと皆んなで食卓を囲み朝食を摂っていた。この家は私以外は基本料理ができない。トーストの朝食セットや、目玉焼きくらいならセイバーにもできるが(冬木の喫茶店で覚えた範囲)、手の混んだ料理は難しかった。カレー程度なら作れそうなものだし、実際彼女は日本でなら作っていたのだ。だというのに、アルトリアとの共同生活で簡単な煮物やおひたしも覚えたにも係わらず、ここ英国ではそれらも無理な話しだった。

 その理由の1が、英国にはカレーやシチューの『ルウ』がなく、カレーライスという概念が無いという点。つまりカレー味を効かせるためのカレー粉はあれど、どのスーパーに行ってもルウは売っていないからだった。スパイスから合わせろというのは、さすがにセイバーには無理がある。そもそも子供達がカレーライスを知らないし、お米は比較的簡単に手に入るのに、ご飯があまり好きではない点も大きかった。

 理由の2がキッチンにある。掘り下げて言うと英国……否、欧州各国の主要都市での住宅事情にある。ここを知って頂くためにもう少し詳しく話そう。ヨーロッパと言わず先進国の大きな街は、どこであっても賃貸のフラットやアパート(どちらも日本で言うマンション)が多く建ち、戸建ては少ない。それは収入が得られる仕事が都会に集中するからだ。となると政府は需要と供給を円滑にするため、より都心部周辺の開発を推し進めてマンションだらけになる。私達の住んでいるここらが正にそうだった。

 そこで考えて欲しい。あなたがもしそういう賃貸マンションのオーナーだったら? 怖いのは火災だよね? そうなの。欧州のフラットやアパートって、ガスコンロでなく、IH(Induction Heating)が多いのだ。それも21世紀に入ってからグッと増えた。『エル』の会社にあるキッチンも、彼女の家にある客間(館の方の客間と、庭にある家族やゲストのための家や、バゼットに貸している方の棟)はオール電化だ。ドイツなんて他国から電気を買うような国(※)なのによくやるわ……。

 個人的にはそう思っても、取り巻く社会の実情や情勢がガスコンロを許さなくなって来ているのも事実で、仕方ない面もある。現に私が借りているこの家もキッチンはIHだ。そして英国はEU諸国と同じで電気は240Vの50Hzだ。つまりコンセントアダプターを持っていても、日本から持ち込んだ100V用家電、特に西日本の60Hz家電は変圧器やコンデンサーがないとまともに使えないし危険なのだ。だから私はドライヤーやカーラーですらこちらで買い揃えた。

 この知識は『エル』から譲り受けた部分もあるが、私が体験して得た知識でもある。シロウさんも話している。『英国生活で本当に欲しかったのは味噌・醤油・味醂などの調味料だった』って。そして『多層鋼のステンレス鍋に慣れるまでが大変だった』とも。この意味は深い。

 

※)電力は化石燃料に代わる巨大利権だ。ウソの温暖化やデタラメな二酸化炭素の方法論が活かせると思ったのだろう。だけど中国の政権が代わってから、それらは叫ばれなくなった。もっと言うと『現象の彼女』が『神』となって世界の法則が、人のあり方が変わった。これからも世界は変わるだろうけど、それはより良い方向にだ。

 

 

 それまで料理をおざなりにしてきた英国のご家庭は、ユーロトンネルの開通で一気にフランスに侵略された。何の話かって? お鍋やフライパンの事だ。よく耳にする『英国の料理は不味い』というアレ。産業革命の弊害など歴史的背景があるのも事実だけれど、英国人が不味い食べ物で満足している訳ではない。誰だって美味しいものを食べたいものだ。だから外食産業が成り立ち、レシピ本が売れるのだ。つまり行けばわかるが、意外と各ご家庭の料理はまともで、食べられる普通の味なのだ。スーパーにズラッと並ぶ冷凍食品や冷蔵の半加工食品は時短のための商品で、日本人の口に合う合わないや、個々人の好みはあれど、こちらも味は普通だ。

 そのように家庭の味や人々の意識まで普通のレベルに持って来たのが、ル・クルーゼやティファールなどに代表される、フランスの琺瑯鍋(ホーロー鍋)やフライパンなのだった。そこでストウブだ────ル・クルーゼやアンヴィクタ社(薪ストーブでも有名な会社)のシャスールと並ぶ鋳物ホーロー鍋の巨頭の一角は、ベルギーに近いフランス北部のエーヌ県に本社を置くル・クルーゼやアルデンヌ県に同じく本社を置くアンヴィクタ社と違い、ストウブはドイツのお隣アルザスで産声を上げた。だからなのか女性的な柔らかさがあるル・クルーゼや中性的なシャスールと違い、ストウブには男性的なガッチリ感があるとされる。ただしこの説はル・クルーゼが家庭の主婦に好まれ、ストウブの人気が主にプロの男性から火が着いたからでもある(シャスールは本国フランスでも通好みという位置付け)。

 

 1925年に創業し鋳物ホーロー鍋の改良発展を行ってきたル・クルーゼ(シャスールは1924年)と違い、ストウブが今の鋳物ホーロー鍋を作り始めたのは1970年代に入ってからだった。だけど1974年に発表された『ココット・ストウブ』は先程のように主婦よりもプロの料理人にウケて一気に広まった。ウチでもそうで、真っ先に手に入れたのは『大婆』だそうだ。

(その前がシャスールで、大婆は恐ろしい事に創業時の最初に出たシャスールを今だに持っている。でも、これがル・クルーゼだったら博物館行きだというくらい両モデルの人気は異なっている。けれど根強い愛好家は居て、大婆もその1人だった。そんな人がストウブに手を出したので当時のメイドは皆んな首を捻ったという。裏返せば後発のストウブはそれだけ画期的で機能的だったのだ。その影響でマアエモ・ママもルオン・ママも『ストウブ使い』になった。そんな2人に育てられた『エル』は、お祖父様の影響で立派な『(キャンプ用)ストーブ使い』になってしまったのだけれど)

 それはさておき、私もストウブが好きで日本で買ったのを2個倫敦に持って来ていた。14cmくらいの小さいのと20cmのラウンド・ココットだけど、これで作ったお料理が本当に美味しいのだ。

(お料理の基本としてお鍋の容積に対して具材は腹八分でなく、70%を目安として調理するのがベスト。ただしこれも具材の種類やメニューに拠って多少は変化する。わかりやすい例がご飯で、どんなお鍋を使おうとお米を美味しく炊くベストは3合から5合の間なのだ。だからそのお米と水で70%になるお鍋が、家庭用の5合炊き炊飯ジャーなのだ。0.5合だとイマイチだとか、給食のご飯があまり美味しくないというのも、銘柄だけでなく、食材のポテンシャルを引き出せない程、少なくても多くてもダメだという事だ。こう考えると兵式飯盒の4合に執念を感じない? そうでもしないと戦場で兵士が動かないと上層部は考えたのだろうか? ともあれストウブなどのサイズ選びもこういうのが基準となる。よく4cm刻みが良いと言うけれど、それよりも家族の構成(食べる量)から考えて、それが70%になるサイズを選ぶ方が正しい。ストウブの14cmは私の一食分プラス明日のお弁当用で、20cmだと2食分プラスお弁当数回分となる。もっと言うと20cmで私、エルマ、トロンメル、凛、ルヴィアのお弁当用のメインのおかずが作れ、14cmで5人分の副菜が作れた)

 

 このストウブはこと煮込み料理に関しては、ドイツのWMF、フィスラー、フランスのクリステルなど高級ブランドのステンレス鍋を越えていた。これは思うにお鍋の側面にある。アメリカのビタクラフトは全面5層や9層なのだけど、WMFやフィスラー、クリステルなどは底が3層なだけで、側面は単層だ。ところが鋳物ホーロー鍋は全面多層鋼と同じで、側面まで温度をしっかり保ち、気密性がビタクラフト(アメリカの最高級ステンレス鍋)に負けないくらいある(いわゆる無水調理ができる。なおこの無水鍋に日本では有名な製品があるが、アルミ製というのがどうにも解せなく私は使っていない)。しかもお鍋の内面が黒いので(シャスールも基本は黒。有名なピンクは中が白)、白いル・クルーゼのように染まった後がわかりづらいのが良い。

 いや、黒ずんで染まるのが長年使った『味』なんだという人も居る。お隣のアンズさんちのお祖母ちゃんがそうだし、アンズさんもそうだ(お隣はル・クルーゼとティファールで揃えている)。が、私はその染まりがあまり好きじゃないし、オーブンで蓋のつまみが変形したのを見ても『ああ』って思ってしまう(本人に聞いた訳ではないが、おそらく大婆も内部がくすんで染まるのが嫌なのだと思う)。

 ところが内部の黒いストウブ(や一部のシャスール)はその染めが全然目立たず、オーブンに突っ込んでもつまみが変形しない(ストウブの内面は黒マットエマイユ加工というホーローで食材が鍋にくっつかない)。だからマアエモ・ママはしょっちゅうストウブごとオーブンに突っ込んでいたし、パン作りが趣味のルオン・ママは愛用のストウブでパンを焼いていた。日本に来れば、ストウブでご飯まで炊いていたのだ(蓋さえあればどんなお鍋でも、原理さえ知っているとご飯は炊けるものだ。ただ不思議な事に、食材から出る水分を水蒸気に変え対流を促す『ピコ』という突起物を裏蓋に持つストウブの方が(シャスールにも同心円状の突起物がある)、何もないル・クルーゼよりご飯がやや固めに炊きあがる。お米のα化が少し足りない気がするのだ。密閉性に差があるのではない。事実、お野菜やお肉だと甲乙付け難い出来上がりだ。この差は何なのか? お鍋の中で何が起きているのか未だに謎だ)。

 そしてこのストウブというブランドが正式にストウブ・ジャパンを設立したのが2004年だった。それまでが並行輸入だったのか、正規代理店があったのかどうかは知らない。だけど重量があり嵩張る鋳物ホーローだから、正規の輸入ルートがあるル・クルーゼより、2004年以前のストウブは高くて高級品だった。私の14cmと20cmはストウブ・ジャパンの正規品だけれど、それでも2個で2万円を越え、3万近かった。これはル・クルーゼを超える価格だ(その2004年当時、シャスールは日本で手に入らなかった)。

 ところが同じユーロ圏内で関税が掛からない英国では運賃が安い貨物列車で運べるからか、同じもの2個が英ポンドの日本円換算で9000円くらいだった。つまり価格が逆転し、ブランドの確立したル・クルーゼより遥かに安かったのだ。なので私は24cmのココットや27cmのオーバル(楕円)を倫敦で買い揃えた(この辺りが家庭で使うサイズの限界。買い足してもラウンドの26cmだろう)。27cmにもなるとかなり大きく、横幅は30cmを越え、重さは4.5kgにもなる。鶏一羽丸ごと調理できるし、20cm級のお魚を数匹使ったアクアパッツァも楽勝で作れてしまう。

 日本人の男性なら、大概お母さんが作ってくれた、大きなジャガイモがゴロゴロ入ったカレーが記憶にあると思うのだけど、それは決まって大鍋(24cmクラスの半寸胴か26~28cmクラスのシュウ酸アルマイト鍋)で、200g近いルウを使っていたと思われる(約10皿分)。このジャガイモ1個が1/4個とかのゴロゴロカレーは、80~100gの少量パック(それでも5~6皿分)のルウでは作れないのだ。コーちゃんの家ではお義母さんが持てる最大の36cm(容量17リットル)シュウ酸アルマイト実用鍋でカレーやおでんを作っていた。ルウは3箱くらい使い、それが2日持たないのだ。なお36cmは中華鍋の36cmと同じで、二口コンロなら隣のコンロまで侵食してくるサイズだ。コーちゃんも大概だが、弘二お義兄さんは、大学の帰りに餃子10人前60分以内完食無料チャレンジなんてあるお店にふらりと寄って、30分くらいで食べ切り、家に帰ってから晩御飯を食べる人だ。きっと生身の人間なのに英霊のセイバーといい勝負だと私は思っている。この倫敦でセイバーはよく我慢していると思うよ。

 それはさておき、そんなゴロゴロカレーがストウブなら2皿分くらいから美味しく作れる。そこが鋳物ホーロー鍋の凄さだ。これは小さなシュウ酸アルマイト鍋や普通のお鍋では無理だ。全体が鋳物で、無水調理ができるほどの密閉性があり、内部で対流が起きるストウブだからこそできる料理なのだ。

 なおアメリカのストウブUSAは2001年に設立され、その場所はカリフォルニア、ロスアンゼルスのロング・ビーチだ。そこはエルヴァ達の住むハンティントン・ビーチのすぐ近くで(隣街とは言わないが、隣の郡で距離は40kmくらい)、日本向けの輸出品が船に乗る昔からの貿易港だった。エルヴァは昨年のサンクスギビング・デイでのパーティの様子を撮影した画像を添付してメールを送ってくれたのだけど、それを見れば、しっかりそのオーバルのストウブが使われていた(それも3つも。おそらく2つは27cmと31cm。それでもさすがに七面鳥は無理があったようで、七面鳥に使っていたのは最大の41cmかその下の37cmのようだった。と言うかお祖父様のアメリカに幾つかある別荘の一つらしいが、41cmのオーバルがゆうゆう入るオーブンに、1口1口が結構離れている4口の大型コンロって。アメリカだなぁ)。

 ただ14cmより小さなラウンドの10cmや12cm、オーバルの11cmは何用で何に使うのだろうか? 蓋付きの取皿か、小鉢か、コレクション用なのか。可愛いしオシャレだと思うけれど、ラウンドなら14cmか16cm、オーバルなら15cmか17cmが実用の最小サイズだと思う。ともあれ高価なお鍋だけれど、とろ火と弱火という基本を守れば10年20年と使えるので損のない製品だから、気になる人は一度試してみて欲しい。

 

 また、今はフィンランドに戻られたエーデルフェルトのニコさんだけど、この人が料理研究の果てに選んだ、自分用のお鍋がビタクラフト・プロとストウブだった。そしてマアエモ・ママとルオン・ママが日本に来てから少しずつ買い揃えたストウブ以外のお鍋が、宮崎製作所のジオ・プロダクトだった。その影響で『エル』もジオ・プロダクトを使っている。それは半寸胴のポトフ鍋が20cmと22cmの2種類、これと本当に使えるパスタ鍋がラインナップにあるからだ。

(パスタ鍋の中の網の目が細かく、パスタどころか素麺でも流れたり挟まったりしない。ストレスなく麺やパスタが湯掻けるのだ。ポトフ鍋も4リットルと5リットルだからかなり便利だし、両手鍋のサイズが豊富なところも良い。蒸し器もあるし、ソテーパンも使いやすい。『エル』が言うには、玉子焼器は予熱が面倒くさいけれど、とろ火でキレイに焼けるそうだ。けれど蓋付きの片手鍋もあるのに、蓋なしの行平鍋のあるところは謎だ。専用のカッコイイ落し蓋があるならともかく、無水調理やウォーターシールとも無縁なのに、どういう意図で存在するのだろう? デザインを揃えたい人向けだろうか? 少なからず朝のお弁当大戦争の時間だと予熱ですら煩わしいと思う。やはり行平鍋はアルミだと思うのだけど)

 この日本製のオールステンレス鍋は全面7層でコストパフォーマンスがかなり良い。ただし蓋の密閉性が少々甘いと私は感じた(蓋がそこまで重くないので、そこから感じた錯覚かも知れない)。けれどデザインが抜群に良く、ビタクラフトのコロラドはこれを真似たのではないかというくらい似ている。どこの製品であろうと多層鋼のステンレス鍋には予熱という過程が必ず必要だ。要は弱火での空焚きなのだが、これに拠ってお鍋全体を温めるのだけど、ここを疎かにすると具材がくっついてしまう。これは鉄のフライパンでも行う事だ。鉄のフライパンなら煙が出て来たところで油を流し、具材を入れるのだけど、多層鋼ステンレス鍋の場合は、水滴を垂らしそれが滑って踊るのを確認してから具材を入れる。この予熱をしっかりすればほぼ焦げないし、くっつかない。

 また余談だけど、しっかり育てた(油の重合反応を起こし表面がコーティングされた)フライパンは、毎度毎度油返ししなくても、温めたフライパンに加熱しながら満遍なく新しい油を回せば具材はくっつかない。手抜きだけれど、トータルで使う油が少なく済むので、そういう方法も覚えておいて損はない。

 それでニコさんがルヴィアに薦めたのもこのジオ・プロダクトで、あの子はこのシリーズを全種類一気に揃えた。普通は1~2個買って試してみて、気に入ればそこから少しずつ必要に応じて揃えるものだ。それをまぁ、一度にガバっと。らしいと言えばらしいのだけど(お料理は妹に負けないという気持ちが透けて見えて妙に可愛い)。

 ではこちらのマアエモ・ママはというと、これがスイスのスプリング社から出ている、全面5層のクリスタルというシリーズのお鍋をお使いだった。ただこのお鍋はあちらのお祖父様の館でも広くメイドに使われていたもので、言わばアインツベルン家の指定品のようなものだ。つまりメイド皆んなの共有で、マアエモ・ママのものという訳ではなかった(この辺りの女性心理をお祖父様は理解できていない。またエルヴァちゃんも気付くには早かった)。

 そして偶然だけれど、こちらのセラさんがこれを数点持っていた。日本では正式に販売されていないのでかなり珍しい(お父さんのお土産の可能性が高い)。なおメインのお鍋は、お父さんとお母様がセラさんのために揃えたというヨシカワのクックパル・コレクションと、2004年にリニューアルされたクックパル・プライムだ。1978年に発売されたクックパル・コレクションは1980年にグッドデザイン賞を取っていて、かなりオシャレなデザインのお鍋だった(炊事を手伝う時に、そのクックパル・コレクションに触れられたので嬉しかった)。メーカーのヨシカワは家電メーカーの電子炊飯器の釜を作っている会社で、この事を一般の人はあまり知らないだろう。けれどホットサンドメーカーも作っていると聞けば、キャンプ好きは『あそこか』と思うかも。

 では『エル』のところのセラはと言うと、あの人は宮崎製作所の全面3層十得鍋を使っていた。このお鍋は簡単に言うと、日本版クリステルで、ステンレス製やっとこ鍋にティファールのような柄がワンタッチで付くというものだ。収納は全部入れ子状にスタッキングできるので非常にコンパクトになる。また3層だけれど全面なので、価格が安い割に無水調理や余熱調理、ウォーターシールなどの欲しい性能はきちんと備える優れものだった。セラがこのような十得鍋を選んだのには理由がある(と私は考えている)。それはマアエモ・ママとルオン・ママにキッチンの棚が占拠され、彼女が自分のお鍋を置けなかったからだ。そこに何とも言えない上下関係が垣間見える気がしない? マアエモ・ママもルオン・ママも能力が高く個々人はできた人だと思うけれど、2人になると厳しいところがある。特にルオン・ママがそういう風に変貌するというか……。そこにマアエモ・ママも引きずられて乗るというか……。セラはそういう『圧』を感じ取ったのだと思う。

 

 けれどこちらのマアエモ・ママは、ルオン・ママと同僚ではあっても職種が異なる。なのでそういう『圧』を出したりしていないようだった。何より『エルヴァちゃん命』なので自分を前に出さない。そんな理由からご自分専用の調理器具をお持ちではなかった(エル調べ)。あっても厨房の仲間と一緒に使うために買った、フィスラーの圧力鍋くらいしか無いようだった。

 なのでエルマ→エルヴァちゃん経由で、アサヒ軽金属の『プリンセスなべ』というのを私から送った。これは2002年頃に発売された5層のお鍋で、ニコさんが既にお試し済みでエルマやトロンメル、凛にも薦めていたものだ。この会社の有名製品に圧力鍋の『活力なべ』があるが、こちらは昨年の夏にIH対応になった。ニコさんはそれを持ってフィンランドに帰ったから、かなり気になる会社だったのだろう。

 

『賢い揃え方だと思うがな。しっかり作られた日本製のステンレス5層だろう? 大小2個もあれば一般家庭では十分だろうし、あの少女のための料理でしか使わんのならピッタリだろう。使いもしないものを持つのでなく、必要最低限で揃え、そこにプラス定評ある圧力鍋。交換品も手に入りやすいだろうし、どれも無駄にならんよ』

 

 とはアーチャーさんの弁だ。これを聞いてエルマも『プリンセスなべ』をオプションとともに自分で買っていた。だけど圧力鍋は私が控えさせた。あれはもっとお料理のレパートリーが増えてから揃えるべきと考えたからだ。それと私はおチビちゃんとクロエちゃんの事をエルマとトロンメルに託すしか無かった。そんな状況だったから、それなりに気持ちが通じている(と信じている)エルマには、とりわけ期待が大きかった。それはエルマの方がトロンメルより料理が上手かったり、世話焼きさんだったからでもある。要は高2になった今から大人になった今後……結婚した自分をイメージして欲しかったからだ。それに『食育』は教える側にも残るものが多い。恋愛には奥手っぽいけれど、あの子はきっと良いお母さんになると私は考えていた。

 

 

 さて、ここまで読んで『どうしてこんなお鍋の話ばかり?』と考えたあなたは、私達が魔術師で魔女である事を忘れている。特にアインツベルンが錬金術の家である事も。

『錬金術は台所で産まれた』────これは紛う事なき事実だ。まず考えて欲しいのは、私達の文化は日本のそれとは異なり、食生活は肉が中心だ。タンパク質も脂質も肉から摂り、炭水化物(糖分)はジャガイモから摂っている。これは小麦粉で作る白いパンをできる限り避けるためだ。勿論、土壌と絡む歴史的背景があってドイツもスイスも白い小麦粉パンは、ライ麦から作られる黒いパンより高価だったのもある。けれどグルテンが体に悪いというのは、私達は仕えてくれるメイド達から学んでいたのだ。脂質の摂り過ぎも良くないと知っていた。

 だから濾してスープにするか、煮込んでしまった。この煮込むという調理法が私達の特徴で、日本にないものだった。鋳鉄のお鍋でグツグツ煮る煮込み料理は、素材の味を活かしたい日本の鍋料理とは異なる料理で、土鍋では無理な調理法でもあったのだ。先に言っておくが、日本の鉄器が庶民に広まったのは江戸時代に入ってからで、それもかなり時代が下った後だ。それまでの鋳物師は時の帝(みかど)や地方豪族(後の武士)のお抱えだったのだ。鍛冶屋も特殊な部分があったが、鉄を溶かして型に流す鋳造の技術は門外不出だった。それは簡単に武器に転用できたからである。畑を耕す鋤(すき)や鍬(くわ)は、鉄になる前はずっと木製だった。鉄が権力者に拠って制限されていたのである。農家の囲炉裏に鉄の囲炉裏鍋がぶら下がったのも、鋤や鍬が鉄になってからだ。

(ただ例外はある。秋田のマタギや岩手の猟師などは江戸時代よりもっと前から、横の伝手で鉄の鍋を持っていて、獣肉を煮込んでいたという)

 

 ところでマイセンなどに代表される白磁は錬金術師が開発したという説があるが、琺瑯引きという手法も大昔の魔術師が絡んだ技術だ。その歴史は本当に古く、ギリシア・地中海文明最盛期の頃の琺瑯がミコノス島で発見されているし、エジプトのツタンカーメンのあの光沢も琺瑯引きされているからだという。

 因みに琺瑯は英語で『Vitreous enamel』といい、『Vitreous』が硝子体、『Enamel』が光沢を持つ釉薬を指す。だから総じてホーローをエナメルともいう。そしてこれは鉄器の弱点を補う画期的な発明だった。錆びやすい鉄器に釉薬を塗って焼き固める事で、錆を防ぎ、食材に妙な味を移さず、洗いやすく長持ちさせるものだった。つまり煮込み料理にピッタリな鍋だったのである。

 また、日本にもこの琺瑯の手法は伝わっているが、鉄が制限されたためか『七宝焼(飾り細工)』や『瀬戸引き(芯は鋳物でなく陶磁器)』という手法に別れていた(だから日本の琺瑯鍋は明治がスタートだ)。

 魔女が森の奥深くでグツグツ薬草などを煮込んでいたという話、そこに出て来るお鍋は間違いなくホーロー鍋だ(ホーロー鍋ならコトコトだろうけど、怪しげな干物や、薬草というより毒草や毒キノコだろうというのを煮込むのに、コトコトという可愛い擬音は使いたくない)。これは後年、医学での煮沸消毒や化学で使われる容器に琺瑯製が多かった事でもわかる(だから白一色で縁が青いタイプやメモリの入ったタイプは好きではない)。何よりお祖父様の館に、そういう医療用の琺瑯の容器がたくさん残っている。だから歴代の調理担当メイドは昔からホーロー鍋を愛用し、メーカーに拠るブランド物が出回ればそれらを買い求めたのだ。そして現代では芯材が鋳物でなく鋼板のものや合金、貼り合わせ(クラッド鋼)など様々なタイプが出ている。この鋼板琺瑯の代表が野田琺瑯や富士ホーローなどの製品だ。

 

(私は富士ホーローのフルータス・コレクションⅡ、あれの一番小さなミルクパンを持っている。使わず部屋に飾っていても絵になるからね。勿論、手に入れたのはこれで自分の子供のミルクを温めてあげたいとか、離乳食を作ってあげたいとか夢見ているからだけど。この手の小さなホーロー製ミルクパンやバターウォーマーなどは木製の把手が丸くてとにかく可愛い。私に感化されてエルマも『Dansk(ダンスク)』のを幾つか揃えていて(ミルクパンにバターウォーマー、ソースパン、ミニ・ココット、それと18cmの深型片手鍋だったと思う)、こちらも琺瑯用鋼板で作られたものだけどIHが使えたり使えなかかったりまちまちでややこしい。何より『Dansk(デンマーク風)』と名乗っておきながら企画はアメリカで生産はアジア(今はタイ)だ。エルマが気に入っているようなので何も言わないけれど。でもデザインは抜群に良いと思う。可愛いし綺麗だ。料理に使わず、サボテンを植えてキッチンに置いても良いなぁと思える。だけど今はせっかくの英国だ。花柄と言えば『Royal Albert』だから掘り出し物があったら欲しいし、『Sadler』のポッドも欲しいなぁ。まぁ、それらは陶磁器なのだけど。でもお花代わりに飾っておきたいよね)

 

 後年出たバーミキュラやユニロイといった日本製鋳物琺瑯は、日本のホーロー鍋の逆襲であり、新しい考えを取り入れたものだ。特にユニロイの軽さは素晴らしい。そして張り合わせのクラッド鋼をステンレスで覆ったものが多層ステンレス鍋だ。張り合わせたり挟む金属は熱伝導率の高いアルミで、これにより熱を帯び難い鉄の弱点を補っている。(鉄は一度温まると、その熱さを保持する能力があるが、火の当たるそこだけが熱くなるという悪いクセもある。だから内部の食材にムラができ、焦げ付きなどが起きてしまう。その問題を解消するのがホーロー鍋であり、多層ステンレス鍋な訳だ)

 一方、和食のお鍋にアルミ製の行平鍋ややっとこ鍋が多く使われるのは、一気に熱して冷ましたいからだ。ダシや旨味が染みる、つまり『しゅんだ』状態になるのは、煮ている時でなく冷める時だ。だから少ないコンロや冷蔵庫を有効活用できるやっとこ鍋をプロが扱い(味を染みさせるために冷ましては火に掛け、冷ましては火に掛けるのがプロ。その際に把手が邪魔になるので把手のないやっとこ鍋を使うのだ。それにやっとこ鍋は二本の木の棒を縁に渡すか、小さい方を下にする事で重ね置きができる)、ご家庭でも最低一つは行平鍋を持てと言われるのはこの熱しやすく冷めやすいという特徴が、和食やお弁当作りに向いているからだ。

 ただ注意点は、アルミなので酸や塩分に弱いので冷まし終えたら、料理を移し替えておかなければならないところだ(この時に蓋がプラで容器自体がホーローのタッパが便利)。その点でステンレスは耐食性が高いので邪魔にならなければお鍋ごと冷蔵庫に置ける(柄を取り外せる十得鍋やクリステルだとなお良い)。

 また、基本行平鍋には専用の蓋がない。だから落し蓋を使う。けれどお鍋の直径より2cm小さな落し蓋は蓋の意味を成さない。あれは密閉させたり味を染み込ませるものではなく、吹きこぼれや型崩れを防ぐものだ。となると圧を掛けて通常気圧とは異なる変化(高温にする、肉や魚の骨を柔らかくする、荷崩れしづらいなど)を求める圧力鍋の効果と、味が染みるのは別物だとわかる(圧力鍋で炊いたご飯が美味しいと感じる人は多い。この理由は圧が掛かる事でα化が促進されるからだ。けれどそれは無理矢理α化させる特殊な炊き方なので、想定以上に甘くなって、通常の気圧で炊いた方が美味しいと感じる人も居る。私なんかがそうだ)。

 このような特性から、アルミのお鍋は端まで一気に温まるが冷めやすいという特徴があるのがわかったと思う。だからキャンプのクッカーや時短料理のお鍋に向いているのだ。けれど重さをそこまで考慮しないのであれば、ましてクルマで現地まで行きコンロも運ぶオート・キャンプなら、断然ホーロー鍋や多層ステンレス鍋となる。そしてそういう弱火やとろ火でコトコト煮込むお鍋は、それ即ち家でもオーブンに突っ込めるお鍋となるのだ。

(オーブンに突っ込むとは、温度を上げたいからでなく、ムラなく全体に熱を回したいからだ。つまり食材の外に鍋があり、鍋の外にオーブンがある訳だ。これはダッチオーブンのあり方よりひと手間多い。あちらは食材の外にお鍋であり、そのお鍋を焚き火に突っ込み、鍋の蓋の上にも火の着いた薪を置く事でオーブンにしている。そして使った後は面倒くさいお手入れが待っている。素晴らしいお鍋とは思うけれど、ストウブみたいに倫敦まで持って行きたいようなものではない。けれど脚がなく蓋に通常の鍋のような耐熱の把手が付いたキッチン用のダッチオーブンは、ホーローを剥がした鋳物そのものだから意外と使えるお鍋だ。容量の大きなダッチオーブンに業務用一斗缶から油を注いで、屋外天ぷらや屋外カツのパーティなんて開くと面白いだろうね。アメリカのエルヴァがそういうのをしないかな?)

 

 お料理をしない男性だとわかりにくかったと思うけれど、以上で私がお鍋に熱心な理由がわかったと思う。そんな私に、ニコさんはある置き土産を置いていった。それがフィンランドはイッタラ社のお鍋、サルパネヴァ・キャセロールだった。元の世界のルヴィアが持っているので私は前から知っていたが、凛はこれを知らなかった。言ってみればフィンランドの田舎鍋なのだが、外は鉄鍋でも中がホーローで手入れがしやすい。そして蓋の上に専用の木の棒(この棒が鍋の蓋つかみを兼ねている)が通せ、その姿がなんとも言えない風情あるものなのだ(田舎鍋とはその意味)。外箱に1960とあるから、おそらく1960年から売られている古いものだ。だけど日本の人は誰も知らなかったし、当のルヴィアも知らなかった(このお鍋が有名になるのは『かもめ食堂』が映画化されてから。そこにこのお鍋が映っている。ルヴィアは舞台がヘルシンキだからと、凛と一緒に5回も観たそうだ。それで私が日本に帰った後、2人も持っていた)。

 それでこのお鍋、実に4.4kgもある(ストウブのオーバル27cmと同じくらい)。ギターで慣れている私やトロンメルはともかく、エルマも凛も随分と驚いていた。けれど大きなホーロー鍋もこんな感じで重いと話せば納得していた(またフィンランドはアウトドアに対する考え方が、スウェーデンやノルウェーの人とは少し異なっていて、荷物は軽くするのにナイフとククサ(木のお椀兼マグカップ)は外さないのだ。そしてこのククサ、どこにでも売っている。アウトドアブランドの『Retki(レトキ)』からも何種類も出ているし、スーパーでもフリマでも売っている。自分の気に入ったククサを見つける方が大変だというくらいに溢れているので驚くと思う)。

 それに対抗した訳ではないだろうけど、オーギュストさんは同じくフィンランドの『OPA社』が出している、ステンレスのシンプルなケトルを置いていった。例のお父さんがコーちゃんの事を聞いた時に昆布茶をいれて貰ったケトルだ。そしてこいつが何と『IH対応』だった。なのでこの1.5リットルのケトルも倫敦に持って来ていた。

(日本での私は富士ホーローのランタンみたいなケトルを持っていた。けれど出番なんてないので部屋のオブジェだった。エルマに譲ったのだけれど、使ってくれているのかな? 因みに魔法使いの凜の家には月兎印のスリムポッド(ホーロー)があって、ル・クルーゼのココット・ロンドが幾つかある。小母様の趣味だろうけど、色合いが良いので随分と参考になった)

 

 私は毎朝『OPA』でコーヒー用の、午後は紅茶用のお湯を沸かしている。なのでお祖父様とチューリッヒのエルが用意したという電気ポッドは使っていなかった。けれどケンウッドのスタンドミキサーはよく使っている。

 スタンドミキサーとはなんじゃい? と思った人は、アメリカのドラマなどで出て来るハンドミキサーを思い浮かべて欲しい。小麦粉と卵を掻き混ぜるアレだ。そのミキサーの据え置き型というか卓上型というか……。そんな業務用にしか思えないシロモノが、私達欧州にルーツを持つガイジンの家にはあったりする。アメリカなら『Kitchen Aid』が有名だし、英国なら『Kenwood Manufacturing』のものが有名だ。

 当然このケンウッドは日本のカーステレオのアレとは別物だ。けれど私達が大阪人以上に『粉モン好き』なのがこれでわかると思う。そんなだから人間一人の生涯許容量を軽く越え、グルテン・アレルギーなんて新しい病気が蔓延し、スーパーではグルテンフリーの商品が大量に出回りライスが見直されるのだ。

 ある人はパン生地を練り、ある人はパイ生地やケーキスポンジを、またある人はクッキーやビスケットの生地を練る。そしてこの装置は掻き混ぜる先っぽに多種多様なアタッチメントがあり、それを交換する事で色んなものに対応できた。パパはガレージでドリルの刃先を換え、ママはキッチンでミキサーの先を換えてニヤニヤする。これが西欧人だ。

 そんなスタンドミキサーは元の世界の家にもあったし(巫女の姉はこれでお好み焼きの生地やタコ焼きの生地を練っている)、ここではルヴィアのところの厨房にもあった(電圧の関係でどちらもキッチンエイド製)。それだけにおチビちゃんの家にはハンドミキサーしかなかったので驚いたものだ(最初の顔見せで『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(黒い森のサクランボ・ケーキ)』を焼いた時の事)。

 それのケンウッドが、この倫敦の家のキッチンには鎮座していたのだ。しかもコイツは最新の複合型で、スイッチを切り替え上部に専用の容器を乗せると、普通のジュース・ミキサーやスムージー・ミキサー、フード・プロセッサーにもなった。優れものと思うし、感謝もしているが、『要るか、こんなの?』と内心思ってもいた。だけど私とセイバーだけでなく、子供達も同居しているので自ずと出番が増えた。やはりケーキなどを焼いて喜んで貰えると私も嬉しいし、あの子達の笑顔はおチビちゃんやクロエちゃんの笑顔を彷彿とさせ楽しくなる。笑顔には笑顔が連鎖する。それ即ち幸せの証だ。

 それで今朝は自分で焼いたパンをホットサンドにして出したのだ(『エル』としてだけでなく47番としても直接ルオン・ママに教わっていた。こんな風に個性を認められて出力され、直接家族と触れ合う事を許されていたのはナンバーズの中でも珍しく、ドイツのミト(29番)やパミ(83番)くらいなもので、冬木だと私と31番のミントだけだったと思う)。この家にトーストの型があるのが驚きだったが、チャレンジして良かった。とは言えホットサンドにしたのはパン自体に自信が無かったからだ。だけど皆んな大喜びだった。

 ところが私の持っているホットサンドメーカーはIH対応ではなかった。だから先日、キャンプ用具のお店に走ったのだ。お目当てはガスボンベ。今どきは倫敦でもこのカセットボンベ(CB缶)が手に入るのだ。それを知っていたので私は『イワタニ』の『カセットフーBOー』を旅行カバンの奥に積めていた(ボンベは機内持ち込み禁止)。3500kcal/hもの火力があるのに1万円もしないこのコンロは実に素晴らしい。ホットサンドなんてすぐに焼ける十分な火力だ。

 まだまだ至らない点や不満な点もあるが、フランスからやって来た、お鍋に代表される調理器具が英国の食生活を変えたのは間違いない。フィッシュ・アンド・チップスもこの多層鋼やホーローのお鍋で揚げるとカラッと揚がる。油の温度が一定に保てるフライヤーが普及するのは業務用の世界だけだ。けれど家庭ではそうは行かなかった。だからこそ多層鋼やホーローの鍋がウケたのだ。

 日本人は本当に美味しい天ぷら(揚げ物)を知っているので、この恩恵を理解していない人が多いが、どうして本職のお店は油をなみなみと使うのか、どうして天ぷら鍋は銅製や鉄製が多いのかは知っておくべきだろう。それもこれも油の温度を一定に保ちたいからだ。(ストウブで天ぷらや唐揚げを揚げると美味しいよ? 本当の話。それにたまの揚げ物はシーズニングの代わりになる。それと鋳物琺瑯鍋だとそんなに油を使わないので、怪しい合成オイルでなく大胆にもオリーブオイルで揚げられるし、蓋をして蒸すように揚げるから、胸肉でもふっくらジューシーに揚がるのだ。下拵えも大事だが、学園時代に褒められたお弁当の唐揚げは、ストウブの功績も大きい。士郎クンも漸(ようやく)くそこに気付いたようで、後年(消防署指定の)公務員寮に16cmのストウブを置いていたと聞いた)

 人と人の間もそうだ。一定の温度に保てない異分子は鍋から棄てるに限る。それが例え重役の息子であろうと社長の令嬢であろうと。それが決断できない会社(鍋)なら、鍋ごと棄てる。それが『エル』であり、私だ。時計塔という鍋はどうなのか。権力闘争に明け暮れようと、そこは『しっかり揚がれよ』と考えて動いている人が多いように私は感じる。メルアステアを除いては。

 

 おそらく列車で事件が起きるとすれば犯人はドクター・ハートレスではない。メルアステアと子飼いの中立派の誰かだろう。前回の裏にはアニムスフィアへの忖度があったし、法政科も動いていた。外部と繋がっている者を両者も探っていたのだ。メルアステア……腕試し程度のちょっかいならあしらった上で許すが、時計塔を裏切っているようなら潰す。殺しはしないが、魔術師として終わらせる。そう私は決心していた。

 

 

 

 朝食後、私達は掃除や洗濯をして時間を過ごした。子供達も空気を読んで庭に植えた種に水遣りをしてくれた。お昼はある程度冷蔵庫を片したいのでポトフにした。ドイツの国民食で周辺国にも広く普及している、冷蔵庫さらけ料理ポトフ。当然スイス(特にドイツ語圏の東スイス)でも食べられている。それだけに投入する材料が幅広い。だけど基本となる『ダシ』はベーコンで出す家が多いと思う。ところがあちらのマアエモ・ママのポトフは、そこに昔ながらの干し肉を入れていた。日本風に言うとシイタケかな?

 あいにくこちらのマアエモ・ママのポトフは口にした覚えがないけれど、お祖父様のお屋敷で作る場合は干し肉を使っているのかも知れない。そう思ったのは、この世界にも大婆が居たからだ。要は干し肉を入れるのは大婆のレシピなのだ。また大婆が居るなら、コンソメもブイヨンもインスタントでなく、自家製がストックしてある筈に違いない。

 因みにコンソメは牛や鶏などに香味野菜を加えて取ったブイヨンに、更に脂の少ないすね肉などを加えて、小まめにアクを取って濁らにようにした物を指す。ブイヨンは先程も述べたように牛や鶏などに香味野菜を加えて取ったもので、フォンと対になるフランス料理のダシの基本だ。両者の違いは何に使うかと(ブイヨンは主にスープのベースで、フォンはソースのベース)、先に焼いてコクを出したり、デンプンで繋いでとろみ出しているかどうかも違う。

 似たりよったりだろうと、昆布と鰹節ばっかの人が言ってはいけない。そしてブイヨンやフォン、その上位にあるコンソメで料理が決まるのは和食や中華料理でも同じだ。つまり西欧人は旨味を知らないのでなく、正確には魚介系の旨味に慣れていない、或いはそちらの感覚が鈍いだけなのだ。そしてこれは逆も言えて、西欧人は日本人だと感じられない肉の旨味を感じている。だからブイヨンやフォンが多種多様にあるのだ。

 なぁ~んて偉そうに言ったが、私も固形ブイヨンや顆粒コンソメを平気で使っている。それに日本でも、昆布や煮干は使っても鰹節は余り使わなかった。コストと手間が掛かるからだ。基本顆粒ダシは使わなかったけれど、アゴダシは顆粒を使っていたし、ダシパックもよく使っていた。普通はそういうものだよ。お兄ちゃんを含むアーチャーさん達の生前や並行世界の士郎クンが、マメというか特殊なのであって(鰹節を削いだ花鰹を使うと、コストがボンッと跳ね上がる。やればわかるが、ダシパックで作って冷蔵庫にストックする方が安いし、パックでも煮出し方で一番ダシや二番ダシが取れる)、自分らしさを出したいなら、そこに昆布ダシや、干しシイタケのダシを足せばいいだけだと思う。

 それであちらのママは、ポトフだとソーセージ後入れ派だった。これは煮詰めるとソーセージの旨味が逃げるからだった。なので冬木でカレーを作る場合でも野菜類を炒めた後にコンソメで煮、お肉はフライパンで焼いたのを後で入れていた。タイミングとしてはスパイスやルウを投入する前だ。こうすると日本式カレーが更に美味しくなる。

(勿論ルヴィアにも伝授済み。これと同じ考えで、大根、コンニャク、すじ肉を和風に作った後にコンソメで煮ると美味しい。もっと言うと大根って、洋風に煮ても美味しいのだ。ここ倫敦でもアジアン・スーパーに行かないで『Mooli』という名で売っている場合がある。少し細くてフニャフニャと柔らかめなので、傷み掛かっているのかと錯覚しそうな出来栄えだけど、味は大根そのままなので土壌の差なのだろう。イチョウに切って、スープに入れると美味しいし、お味噌汁が我慢できるよ)

 

 やがて夜になり、時間通りにインターホンが鳴った。ドアを開けると、そこに立つのはエルメロイⅡ世先生と、驚きのスヴィン・グラシュエートだった。

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