『We must be over the Rainbow』
声の主はオルガマリーなのだけど、私には彼女の近くに居たセイバーがライオン、グレイがブリキの木こり、先生が藁の案山子(カカシ)に見えた。それで私が東の魔女(悪)、アオレアールが西の魔女(悪)に思えた。まぁ、当たり前だがトリシャは北の魔女(善)だ。スヴィン君はトト(ドロシーの犬)しかないだろう。そして少女は、この冒険でまた一つ成長するのだろう。在りし日のウェイバー君のように。めでたし、めでたし……。
と、なれば良いのだけれど……。これまた箱庭という環境が、狭い情報と狭い経験値しか与えてくれないが故(ゆえ)の思考から来ているのか、或いはそういう短絡的な思考方法しかバックボーンにない文化圏で育ったが故(ゆえ)の結果から出て来た質問だったのかは、実際のところ判別が難しいだろう。
というのはそれくらいマリスビー家のオルガマリーと言えば、『賢く』『期待が持て』『申し分のない』、跡取りとして名の通った子だったからだ。私はこの子の家族構成を知らない。それはほぼ父親とこの子の名しか表に出ないからだ。もしかしたら母親はおらず、父親との二人暮らしなのかも知れない。尊敬する父親と、後は使用人しか居ない父子家庭。父親しか頼る人が居ないとしたら、承認欲求は、想像以上に強くなりそうだ。
だから周囲の人々は皆んな、レアンドラの口上を止めてしまったオルガマリーの『『虹』の魔眼』発言に注目した。
「虹の魔眼よ。極東で発見された『直死の魔眼』のような。ああいうのは出品されないの?」
在庫確認っぽく軽く話しているが、あんな『欠陥魔眼』に興味と憧憬を持つのは、やはり情報が少ないからだろう。
「日本刀が世界でも稀な切れ味を誇るのは、優れた鋼(ハガネ)を得られる製法を精錬所(タタラ場)の人々が発展させたのと、その火山の多さから独特な『仕上げ砥石』が、その日本でしか得られえなかったからです。また几帳面な日本人は、その刃物を最大限に活かす体術を長い時間を懸けて体系づけました。仮に西欧人の誰かが『直死の魔眼』を偶然得たとしても、動く相手の『死の線』や『死の点』を確実に斬ったり突き刺したりする技量が備わっていないと、ただ単にそういうモノが視えるだけの魔眼で終わります。それが視える段階でしかないのに『虹』と名付けたのが、魔術協会が何もわかっていない証拠ですよ、オルガマリー?」
我が意を得たりという回答が、アオレアールの発した朗々とした声で紡がれ、この場を制した。
「視えるだけ……?」
「ええ、オルガマリー。あなたが『直死の魔眼』を得ても、死徒やサーヴァントを相手に、彼らに『確実な死』は運べない。視ただけでは相手を斃せない。相手の肉を斬り、皮膚を突き破り、確実に死を喚ぶ線や点に、刃物を届かせねばならない。こういう『神の制限』までもを併せ持つのが『直死の魔眼』です。私はその魔眼の持ち主を二人ほど知っていますが、一人は剣法の達人で、もう一人は『物の怪』や『化け物』を退治する事を生業とした一族出身だと聞いています。そして相手が誰であろうと、確実な『死』を送り付ける者達の運命や如何(いか)にですよ。それはもう魔眼から、自身の思考方法や運命まで捻じ曲げられている事でしょう。オルガマリー? ロードの娘として今でも交友関係で多大な影響(制限)を受けているでしょうに、そんな魔眼まで得れば封印指定待ったなしですよ? しかも、これは未確認ですが、もしその死を運ぶ線や点が、ある特定の鋼材を使って、ある特定の技法で鍛造した刃物でしか斬ったり突いたり出来ないとしたら?」
「そんな……?」
「噂とはそういうものですし、そういう制限が課されるのもあり得る話です」
そしてアオレアールは空中の何もないところから、大小様々な和包丁を取り出してテーブルに並べた。そこから5本の特殊な形状の包丁を選び、残りを仕舞った。そして『それをくれよ』と思わず叫びそうになる、20cm四方の大きさがありそうな砥石を出した。パッと見たところ、亀岡辺りの天然物で間違いない。小売値で4~50万円はしそう(2005年当時の価格)。けれど出した包丁は出刃でも柳刃でも、ましてや中華包丁でもなかった。私は3本目で『何用』の包丁かわかったけれど、普通はわからないだろう。ところが面白い事に、この『食材』を英国人も昔から食べているのだ。アオレアールが私を見て回答を促した。
「鰻裂き(ウナギざき)ですか?」
「はい、正解です」
この『鰻裂き』は江戸型(関東型とも。別名江戸裂き。一番包丁らしい形をしている)、名古屋型(伊勢・名古屋裂き。ナイフにしか見えない)、京都型(京裂き。小型の鉈(なた)っぽい)、大阪型(関西型とも。大坂裂き。まるで切り出しナイフだ)、九州型(北部と南部、養鰻場で使わる形が違うので(大きくは上半分が途切れた出刃型と、クジラのようなナイフ形のなまこ型がある)、九州裂きと総称する)などなど、私の知る限りで6~7種類はあった。
たった一つの食材に、ここまでの種類の包丁があるのは、三重県の津市を境に関東と関西で開き方や串打ちの仕方や串そのものの材質が異なるからだ。関東は背開きで、脂の乗った腹側が真ん中になる。それを二つに切って、その脂がくどいのか一度蒸してから焼き(二つに切るのも蒸籠に入る大きさにするためだという)、竹串で形を整え炭で焼いた。これは蒲焼き(語源は『蒲(ガマ)の穂焼き』で、その昔は一本の長い串を口から尾まで刺して焼いていたらしい)が基本で、大抵鰻重や鰻丼として提供されている。
(鰻丼を邪道という人も居る。それは敷き詰めた熱々のご飯で蒸らしきれないからだそう。お重と違い丼鉢は例え蓋付きでもそこが駄目らしい。確かにカツ重とカツ丼で卵の『出来』が変わって来る。お客の前に運ばれる間も調理は進んでいるという事だ。その火を使わない余熱調理は、まるで大好きなストウブのようで、初めてそれに気付いた時は感動したものだ)
ところが関西以南は今でこそ蒲焼きもあるが、その昔は寿司での提供が基本だった。そして開き方は腹開きが基本で串は金串。しかも必ず一本で焼いていた。
(中間部の名古屋はひつまぶし(櫃まぶし。使われるウナギはぶつ切りだ)か蒲焼きだけど、これも高級なウナギを少量で済まそうという庶民的なアイデアだけでなく、ご飯に鰻を混ぜる事で蒸す効果を得て最高の味でお客に届けたいからだそうだ。名古屋人はお味噌とエビフライと手羽先だけではなかったのね。しかもひつまぶしは甘辛いタレが最後まで続く鰻重と違って、ダシやお茶を掛けたりするので最後まで美味しいし、さっぱりと頂けるところが素晴らしい。これで口直しにウザクでも付いてくれば最高なのだけど。(うざくはきゅうりとウナギの酢の物の事))
驚きだろうが江戸前寿司(東京湾から獲れる魚を使っていた)には、穴子はあっても鰻はなかった。それは当時の人が鰻を川魚と考えていたからだ。けれど昔から『熟れ(なれ)寿司(醗酵寿司)』のあった関西は、江戸から伝わった『早寿司(はやずし/普通のお寿司の事)』のタネにも鰻を取り入れた。また江戸は江戸で関西から入った『箱寿司(押し寿司)』を発展し、江戸前の魚をふんだんに使った『ちらし寿司』を完成した。これが海鮮丼の原型だ。一方関西の庶民は、『箱寿司(押し寿司)』を独自に発展させ、鮮魚を使わない『ばら寿司』を完成させた。ただ、瀬戸内の海から魚の獲れる岡山辺りは、鮮魚を使っても『ちらし寿司』とは称さず『ばら寿司』という。
話を戻そう。『ウナギのゼリー寄せしか生み出せなかった民族に、『直死の魔眼』は扱えない』。アオレアールは遠回しにこう指摘したのだ。この意味は大きい。発想できないとは、理解できないのと同義だからだ。そしてここにこそ大きな落とし穴がある。
西欧の、特に何代も続く名門の魔術師ほど東洋文化や東洋人を蔑むが、『直死の魔眼』なんて根源の一部を視ているから可能な現象だとは想像できても、それが東洋人にしか出来ないのではないかとは考えが及ばないらしい。だからいつまで経っても、『内なる根源への扉』に気付かないのだ。自分も宇宙の一部だと理解できない。だから自分の中に『根源への裏口』があるとは、想像だに出来ないのだろう。講師となれば口に出して言えないのだけれど、私は学生に『時計塔に通うより、柳洞寺で3年ほど座禅を組む方が根源に近い』のではないかと考えている。お祖父様の入れ知恵があったのかどうかは知らないけれど、『エル』はよく日本への移住を決心したものだ。
「もう一度言いますね。つまり『黄金』より上の、神話に出て来る魔物が持っていたような『宝石』以上の魔眼は、私達人類には扱えないか、仮に扱えても人生が破綻するほどの代償を支払わなければならないシロモノである可能性が高い訳です。となれば、それは『商品』として扱えないものです。金庫や保管庫にはストックがあるかも知れませんが、そこを尋ねるのは野暮という前に、考えが浅薄(あさはか)ですよ」
「あ……。し、質問を取り消します……」
それを聞いたレアンドラは微笑んだのだった。そしてほとんどの人が『さっきのウナギ裂きとは何だったのだ?』という顔をしていた。だけどそんな中で、ジャンマリオだけはその事をとても聞きたそうにしていた。包丁の存在の前に、鉄の製法はどこの民族のどこの国であっても、昔から最高機密だった。それが時代が下って、誰もが扱う農具や包丁という道具に変化した。
そして包丁はある期間使うと切れ味が悪くなる。それを回復するために研ぐのだけれど、この『研ぎ』の意味を知っている人は少ない。『研ぐ』という漢字は『お米を研ぐ』の『研ぐ』と同じで、『砥石』の『砥』とは異なる。その理由は『切れ味』とは尖らせるだけでは出ず、顕微鏡レベルで刃先を鋸(のこぎり)のように、荒れさせて出すものだからだ。
時代劇で『寝刃を合わせる』ために砂山に刀を刺すのも、襲撃に備え水を張った盥(たらい)に刀身を浸けるのも、シャープナーで鈍った包丁の刃をなぞるのも同じ意味だ。要はミクロレベルで刃先を荒らしたいのだ。その意味で砂山に刺すのはドラマ向けの嘘だとわかる。けれど水に浸けるのは微細な錆を浮かせたいからだとわかるだろう。何故なら鋼は短時間でも必ず錆びるからだ。そしてその目に見えない微細な錆(酸化)が、切れ味を高めているのだ。そしてその『切れ味』は人工砥石より天然砥石の方が高くなり、包丁の場合、切った時の感触だけでなく、文字通り『味』にも影響を与える事になる。
この『切れ味良い包丁は美味しく感じる』という論は、スパスパ切れるので料理人のモチべーションが上がるのと、食材の裁断面が綺麗だから食べる側の期待が膨らむのと、口当たりが良くなるからなど様々な要因がある。つまりオカルトっぽい部分もあるという事だ。けれどステンレスの包丁と鋼の包丁で切った場合、味が異なって来るのは、一見嘘っぽいが事実だ。
淡白なカレイやヒラメだと鋼の包丁とステンレスの包丁で切ったものに、かなりわかりやすい変化を感じると思う。結論から言うと鋼の方が絶対に美味しい。これは錯覚だ、勘違いだと思う人が居るのはわかる。だけど包丁屋さんも研師の方もこの話は否定しない。試しに馬刺しで比べると喫煙家でもわかるレベルで違いを感じるだろう。だけどどうしてそういう違いが出るのかは、未だに謎であった。ステンレスに消臭効果があるので匂いだろうかという人も居る。微細な錆が食材に鉄分を乗せるからという意見もある。けれど『これ』という決定的な理由は今も不明だった。私にしてもイカ刺しやタコの刺身が甘く感じるのは鮮度なのか、包丁から来たものなのか明確にはわからない。けれど甘く感じる機能は、純粋な日本人でなくとも備わっていた。そこは本当に有り難かった。
そして人工砥石と天然砥石の違いは、刃先の粒子の研がれ方に現れる。顕微鏡で見ると、人工砥石は満遍なく研がれるのだが、天然砥石の仕上げ砥石だと、刃先の粒子の『固い』ところを残すのだ。その残ったところと削られたところの凹凸が、微細な鋸歯となって切れ味を高めている訳だ。これをして『天然砥石で研いだ刃は向こうの景色が透けて観える』と言うそうだが、どんな目だ、その人は。
ともあれこんな知識を持ち、そういう研ぎを自分の手でも出来るシロウさんに教わった『エル』と姉さん。私も『エル』の中で聞いていたので知っている訳だが、知らない『どこかの士郎クン』の投影とは根本からして変わって来るのはわかるだろう。鋼材とか粒子の並びとか研ぎであるとか刃先の仕上げとかもあるけれど、その上で投影なのに焼戻しの温度を変え、靭性まで変えてくるのだ、あの人は。そういうところが普通じゃないし、何もかも違っていた。だからシロウさんの干将莫耶は折れないし欠けない。お兄ちゃんですら教わって学ぶまで再現できなかったそうだ。
そしてシロウさんはサーヴァントと対峙した時、『造るぞ』という。お造り(刺身)にするぞという意味だ。『エル』もこれを真似てか『卸すぞ』という場合がある。三枚に卸すという意味だけれど、私は『開くぞ』とか『煮付けるぞ』の方が凄味があると思うのだけど、どうだろうか?
そんなシロウさんから『エル』と姉のイリヤはお料理や包丁研ぎを学んで、それが私や他のナンバーズ、おそらくはアオレアールにも伝わっているのだけど、初等部の3年生頃に薦められた包丁は貝印の銀寿、それの鋼の方だった。鋼と言ってもホームセンターでぶら下がっている安い包丁だ。青紙や白紙という事は絶対にないし、その下の黄紙と同等かそれよりも下の鋼材だろう。だから長切れなんて望めないし、鯵程度の魚を一匹捌くだけで研ぎ直しが必要な場合もあった。けれどこの包丁はやたらと研ぎやすく、研ぎを覚えるのに最適だった。
身体が小さかったので、最初は135mmの出刃と180mmの刺身、165mmの鎌形薄刃をシロウさんから渡された。この包丁は関孫六シリーズの一つで、そのシリーズ名通り岐阜県の関市で作られている。だけどシロウさんは『洋モノの関、和モノの堺って言ってな、得意分野が違うんだよ』とも話していた。だから、国内のシェフから絶大な人気を誇るミソノは関だし、世界中のナイフメーカーから依頼されたりする工房がたくさんあるし、それらの工房を支える研師も大勢いる。ツヴァイリングがゾーリンゲンを見限って工場を建てたのも関な訳だけど、それでもこの銀寿で和包丁を知れと言ったのは価格が手頃で、研ぎやすいからだ。
(だからといって関に銀寿以外の和モノが、堺に洋モノがないわけではない。例えば堺なら青木刃物は和・洋・中から特殊な、絹漉豆腐を切る波切り包丁や、スイカ切りどころかカボチャ切りまで取り揃えている。また『LOGナイフ』で知られる芦刃物製作所や、和泉利器製作所の『堺刀司』という洋包丁を愛用する若いイタリアン・シェフも多い)
シロウさんは言った。『切れ味の6割から7割が研ぎだ。鋼材の違いや鍛造方法の違いなんて、切れ味に関して3割から4割しか貢献していない』と。そんな事はないだろうと最初は思っていたけれど、研ぎというものをある程度覚えて来ると、その言葉もあながち間違っていないと思うようになった。きっとシロウさんレベルになればもっとわかるのだろう。
シロウさんはその昔(英霊になる前の生前)、マグロ専門の仲卸をしていたという。勿論、卸売市場に入っていないモグリだ。ヤの字が付く人達が多重債務者や、債務超過に陥ってにっちもさっちも行かなくなった人達から返済させるために使う手段……即ちその筋の遠洋漁業の船から直接買い付けて流通に乗せるという、言ってみれば『お魚ロンダリング』をしていたのだ。けれどこれがシロウさんのような『わかっている人』には茨の道だった。
どこの料理人も師匠との縁を重視し、師匠と同じ『わかっている』仲買人や卸業者と付き合う。そしてそういう縁を大切にするからこそ、『わかっている』漁師と知り合えたりする。そこを大切にする料理人は、どこの卸の◯◯産は間違いないとか、今の季節でこの魚なら日本海側の◯◯さんが入っている漁業組合が仕切っている魚だとか、そういうのまでわかってくる。
当然商売は人の縁と価格が天秤に乗る訳だから、時には損をしても買わなきゃならないときもあるし、逆に優先的に良いものが安く買える場合もある。仲卸もこれは同じで、同じ箱に良いもの一尾、イマイチなもの二尾でも仕入れを断れない場合もある。それが皆んなが共倒れにならないための伝統であり、仕きたりでもあった。
けれど新規参入の回転寿司などはそうではない。密猟問題と同じく、シロウさんのようなルートも必要なくらい、日本人は魚という天然資源を食い漁っているのだった。ちなみに1番酷いのは鰻だという。『土用の丑の日』は鰻の旬とは関係ない。つまり1番美味しい時期とは違うのだ。けれど『そういう風習』があるので、1番鰻の捌(は)ける頃がそうなってしまう。だから養鰻(ようまん)業者も卸業者もそれを見越した年間スケジュールを立てざるを得ない。学生時代、テストは100点ばかりだった水産庁の官僚は、こういうのをどう是正するかを思いつかない。日本をダメにしているのは政治家ではなく、テスト脳しか持たない電卓以下の官僚だ。
それだからシロウさんは輪廻から外れて以降は鮪の卸をしていない。釣り船を持ったのも、『エル』の世界に来てからだった。
『『寿司』は庶民の食べ物だけど、カウンターに6席とか8席とかしかない、完全予約制でメニューもお任せだけの……夕方6時頃から1回しか回さないような店があるだろ? ああいう『鮨屋』はこれからもっと増えるぞ。小料理屋も小さな割烹や天麩羅屋もそうだ。その味とともに大将や女将さんの人柄も含めた『世界観』を売るニッチな商売が、口コミだけでなくネットで広がるから成り立つ時代になるんだ。エーデルフェルトのニコだっけ? 彼もそういう店を目指しているんだと思うな』
シロウさんがこちらによく来ていた頃に話していた言葉だ。お一人2万5千円とか3万円とかのコースしかなく、カウンターの6~8人だけで2時間も3時間も掛けて『本気の料理』を出すお店。そういう商売が成り立つ時代になるのだという。3万円で6人の予約が毎月25日間埋まれば、皮算用でも月の売上は450万だ。誰にでもできる事ではないけれど、好きな事に本気で取り組み、そういう形態の商売がお客に認められて……。幸せだろうなぁ。私も家族に喜んで貰えるお料理を作り続けたい。
研ぎの話に戻ろう。おかしな話だけれど、ご家庭で使われているごく普通の三徳包丁や牛刀の方が研ぐのが面倒くさい。これらは洋包丁に属し、両刃だから手間が2倍掛かるというのもあるけれど、安物ほど上から見たら柄と峰が左右に曲がっていたり歪んでいたり、刃が欠けないようにか、愛用の砥石を削ってくるような、やたら硬い刃が使われていたりする。当然そういう包丁の刃は鋼でなくステンレスが多い。
それでこの安物のステンレスが本当に泣かせるのだ。鋼とステンレスの違いなんて、成分で言えばクロムの含有量が多いか少ないかの違いでしかない。どちらも鉄が主成分の合金だ。添加物の関係で多少はステンレスの方が研ぎ辛いと感じるけれど、『ZDP189』みたいなやたら硬いものを選ばない限り、良い包丁ならきちんと研げるものだ。けれどさっきも言ったように自分で研ぐ事なんてない主婦層に向けた、価格も手頃なステンレス包丁は本当に研ぎ辛い。硬いのでなく刃先の角度が刃が欠けないようにか妙に鈍角なのだ。それで切れる包丁にしようと鋭角にしようとすると、研ぐのに何倍も時間が掛かる。
そしてそういう包丁を身近な人が持っていたりして、断りきれない事情と接点を持ってやって来る。ズバリ言うと桜ちゃんだ。士郎クンに研いで貰えよと言いたいが、凛を経由して『お上手なエルヴァ先輩がイギリスに行かれる前に是非』なんて頼んで来るし、エルマやトロンメルまでもが頭を下げるのだからどうしようもない。
それで手渡された包丁はヘンケルスの古いタイプだった。きっと雁夜さんが、小学部時代の桜ちゃんの希望のまま買い与えたものだ。『初めてのちゃんとした包丁だから、とても愛着があって大切なんです』と力説していたからね。『それが最近切れなくなって……』。当たり前だ。何年研いでいないのだ? いや、シャープナーで研いではいたらしい。けれど刃を挟んでいるステンレスに隠れて、本来の刃が出ていない状態になっていた(シャープナーのV字の溝と刃先の角度が合わなくなっていた)。
だから『刃先から変わるよ』と断りを入れて、名倉砥石を併用しつつ荒砥(♯120)から研ぎ直した(名倉砥石は砥石の砥糞を速やかに促す効果がある。本来は天然砥石用だけど人造砥石でも使える)。♯120→♯220→♯320→♯800(*)→♯1000→♯1200(*)→♯1500→♯2000→♯5000→♯8000(2種)と11種類の石を使って仕上げた。私はこの上の♯12000と♯30000も持っているけれど、そこまでは必要ないと今回は判断した。((*)は別のメーカーの砥石。2種ある♯8000は片方だけ他のメーカー。どれも人造のセラミック砥石か焼き砥石だ)
桜ちゃんから預かった包丁はたった2本だけれど、三徳は150mmの小型タイプで、ペアは180mmの牛刀だった。包丁の選び方なんて人それぞれだと思うけれど、ここに120~130mmのペティがあっても良いなと思った。また、これだけ和・洋と作れるお料理好きな子なのだから、もう少し上のランクの包丁でも良いのになとも思った。
例えば関孫六の『5000CL』だ。これは鋼をステンレスで挟んだもので、大体5~6千円クラスの包丁だ。そしてこのシリーズは三徳と牛刀、それとペティしかなかった。これの何が凄いのかと言うと、とにかく長切れするのだ(逆にこの下の『3000CL』は今の『茜』や『萌黄』の前の型だけど、とにかく刃持ちが悪かった)。しかも鋼のくせに、妙な固さがあって研ぎ難かった。だから割り切って半年に1回、研ぎ屋さんに頼む方が楽で早い包丁でもあったのだ。だけど考えれば、普通の女性は自分で研いだりしないし、切れ味よりもお料理の味の方にこだわる。そういう意味では、長切れする方が有り難い。ある意味『5000CL』は、メーカーの良心を現す包丁だと言えるだろう。
更に言うとこの包丁は、後に出るダマスカスや『旬』より切れた。けれどそういう見た目の派手な包丁の方が売れるから、2000年代の半ばに『5000CL』はカタログから消えてしまった。仕方ないと思う。だけどその売れない『5000CL』が、モデル末期にテコ入れで柄が明る目の物に変わった。要はマイナーチェンジだ。この時に出た三徳、牛刀ならぬシェフズナイフ、ペティナイフは見付けたら買いだと思う。自分で研ごうと思えば梃子摺(てこず)るだろうけど、桜ちゃん向きな包丁だと私は思う。
結局イリヤは中等部の途中で白二の堺モノの良いのに自腹で買い替えていた。絶賛反抗期中でも、お料理と書道と弓道の練習だけは真面目に続けていたのは、どういう心理からだろう? それは措いて『エル』も『エル』で、中等部時代に良い包丁を買っていた。けれど、練習で使っていた銀寿も捨てずに使い続けていた。いや、買い足していた。105mmの出刃とか、240mmの刺身とか、165mmの舟行とかだ。
その理由が呆れる。彼女はそれら銀寿を家のキッチンで使わず、キャンプや釣り船の上といったアウトドアで使っていたのだ。船の上なら錆び難いステンレスで揃えないのかと疑問だけれど、『錆びればクレンザーで磨いて、刃は研げばいい』『船から海に落としても安いから諦めが付く』『失くしたり折れたりしたら、出先のホムセンに走れば良い』なんて軽く言ってのけていた。私はそういう発想ってアリなのかと驚いたものだ。とは言え釣り船の上でのお魚のお鍋や、揚げたてで熱々な天ぷらは、塩だけでもオツなものだ。揺れる船上だと危ないので魔術の併用は必須だけれど。
それはともかく、船の上なら釣れた魚をその場で〆たり捌いたりして、血塗れの手のまま次の2匹目に行ったりするから、朴の柄が直ぐに真っ黒になっていた。それで彼女は定期的に柄を替えていた。135mmより大きな出刃も同じ銀寿で出ているけれど、成長してもそれらを買い足さなかったのは、この片刃の舟行があったからだ。そしてこの舟行は洋上の三徳包丁になり得る万能包丁でもあった(元々舟行という包丁がそういうものだ)。なので鎌型の薄刃はアウトドアへの出番が少なくなり、やがて持って出なくなった。
(関西の鎌形薄刃をシロウさんが私達に向けて選んだ理由は、その鎌になった先部分が剥き物包丁や面取り包丁のように野菜の飾り切りに使えるからだ。180mmというやたら短い刺身包丁も、磨り減ればペティのように使えるし、イカ裂き代わりにもなるし、やはり飾り切りに向いていたからだった。なおさっき挙げた剥き物包丁は6寸(180mm)くらいが標準サイズなので、時々桂剥きに使っているプロが居る。外形はカクカクしていて、関東型の長方形な薄刃とデザインがマッチしている。それで面取り包丁は関西の鎌形薄刃の小型版なので、鎌の上部分は丸いし、大きくとも5寸(150mm)くらいとペティ代わりになる、少し遊び心のある和包丁だ。ここを長々説明したのは私達がテーブルナイフに慣れ親しんでいたからだ。今のスイスはビクトリノックスだけだけど、以前はウェンガーもあったし、ドイツには19世紀(1800年代)から、ゾーリンゲンにロベルト・ヘアダーという風車のマークが特徴の、テーブルナイフが得意なメーカーが今も存続している。このテーブルナイフはカラトリーでなく、果物の皮を剥いたり切ったりするペティナイフで、大抵どの家にもあるものだ。国や地方によっては1人1本というところもあって、とあるフランスの田舎町では堂々と街中を持ち歩き、カフェで料理やデザートを切っていたりする。スイスもフランス文化に親しんでいるので、ドイツ語圏の街でもマイ・ナイフは皆んな持っている。『エル』も私もそういう文化が背景にあるのだ)
『エル』は『これで105mmの小出刃が鯵切りだっらなぁ』とも言ってた。小出刃と鯵切りは横から見ると変わりないけど、その違いは背(峰)側から見ると一目瞭然で、大きな違いはその厚みにある。それで誰でも想像できると思うけれど、小さな魚は厚みのない薄い包丁の方が捌きやすい。また、余程のめり込んだ釣り好きでない限り、道具や餌などの問題もあってそこまで大きな魚は釣れないものだ。だから子供の頃から使っていた135mmで十分だったというのもあって、結局105mmは早々と家での鶏肉用になっていた。
私も和包丁で揃えていた時は、出刃でお肉を切って柳刃で筋を切っていた。これは私が三徳使わず、牛刀やペティで済ますタイプだからだ。
なお『エル』が愛用していた135mmの出刃は寸に直せば4.5寸だ。他のメーカーにも4寸(120mm)や3寸(90mm)なんて小出刃があるのはそれだけ需要があるからだし、刺身包丁や柳刃が別にあるからでもある。極端に言うと捌きたい魚の体高の半分程度の刃渡りがあれば魚は問題なく捌ける。それは三枚に卸す場合、上下半分ずつに刃を入れるから、中骨に届けば良いからだ。それで片身を取り外す時は骨に刃が当たる事なんてないのだから、尾っぽ側を切る時は、そこだけ刺身包丁を使えば何ら問題ないのだった。釣り好きのお料理好きはこういうのを知っているから(※)、極端に大きな出刃包丁を持たない。『エル』はそれを真似ていた訳だ。
180mmから240mmの刺身に替えたのは、家で尺一(330mm)の柳刃を使っていたからだ。アウトドアでも、ある程度長さが欲しかったらしい。と言うか、今更だけど和包丁をアウトドアで使うな。
※)アーチャーのお兄ちゃんは、生前アラブが活動拠点だったので、魚捌きの経験値がほとんど学生時代にしか積まれていない。だからご家庭のまな板サイズ、つまり魚屋さんで手に入るサイズまでの魚しか最初捌けなかった。ところが『エル』や姉さんは、シロウさんが用意した1メートルはあるハタ、クエ、ブリ、アンコウ、マグロなどを捌いて来たから、知識も腕も半端ない。それがあったから私もマグロを捌けたのだ(さすがに王様のマグロは大き過ぎたので、我ながら無茶をしたものだと思う)。
そうこうしている内に本日のエキシビションは終わった。それで私達はそのままサロンになった車両の方に移動した。イヴェットが言うには、前の型の列車とはサロン車や食堂車の位置が違うらしい。
「細々した違いはもっとあるけど、わかりやすいのは先頭の機関車とこの食堂ね」
料理の監修を外部の者に依頼するくらいだから、この新天地向けの列車として何か色々考えているのだろう。ジャンマリオが手を振って食堂車の方へ向かった。厨房に入るのだろう。出ていく時は『期待してくれ』と言わんばかりにウィンク付きだった。私は彼の希望通りに『期待』した。それは、出ていく時の彼が『匂って』いたからだ。
時計塔を出た後なのか、時計塔に入る前からなのか、そこは知らないけれど、彼は正式にフランス料理を学んでいると思われる。それも趣味の範囲じゃない。それなりの専門家から学んだとしか思えないので、もしかしたら調理師学校を出ているか、お店で5~6年は勤めた経験がありそうだ。だけど『ジャンマリオ・スピネッラ』という名が示す通り、何世代目かは不明だけど彼はイタリア系で間違いないので、きっと料理のルーツもイタリアンだと思う。
フランスは国土が広いので、海鮮を使ったフレンチは北西部と南部の沿岸部に限られる。だけどイタリアは内陸部にまで海鮮料理がある。だからだろう。彼の番組にはお魚料理もよく出ていた。それも高級魚でなく英国ならどこででも手に入るありふれたお魚だ。
まずイワシとアジだ。この魚は世界中で『庶民の魚』となっていて、サバと同じくどこででも漁獲される。そして西欧人にはもっぱらアジよりサバが好まれていた。それで学食でハマったルヴィアと同じで、彼らはアジフライを知らなかった。フィッシュアンドチップスがあるのに、どうしてアジフライはないのか? それなのにエイヒレ(その名をスカートという)のフライは英国にもあるのだ。
この辺を私は『開き方を知らない』からだと考えている。そもそも『魚を卸せない』から『魚を開く』なんて事も知らない。『開かない』から『干物文化』は育たなかったし『腹開き』も『背開き』も知らないのだ。まぁ日本人でも、アジフライは『背開き』で作るものだと知らない人が多いのだから仕方ないけれど。これは大きく見せるためと、最初の口当たりを柔らかくするためなのだけれど、背中から開くから腹骨をすくのと腹ビレの除去がやたら難しい。
アジが大きく骨が硬いなら、プロでも腹が破れて『V字』に破れたアジフライになる。だから学食なんかは揚げて縮んで10cmちょいの大きさになる、骨の柔らかそうな小さなアジを使っている。それでも腹骨を取るのは大変だ。だけどそういう加工が既に済んだアジが、流通しているのが日本なのだった。なので鮮魚のように開いた鯵を笊(ざる)に並べて、塩を振って寝かす(臭み取り)必要もない。
解凍してよく拭いて小麦粉をまぶし、卵液を潜らせてパン粉を付けて揚げれば良いだけだ。後は生野菜を添えて、自家製のタルタルソースを掛ければ学食にも出て来るおかずと思えないほど豪華になる。
元々お魚に抵抗がないフィンランド人で、揚げたアジなんて知らなかった訳だから、ルヴィアが熱々サクサクのアジフライにハマるのは当然だった。なので私も彼女のためによく魚介のフライや天ぷらを作ってあげた。下拵えで小骨を全部取り除いたサーモンフライや、背わたを抜いた特大シータイガーのエビフライ(ルヴィアのリクエスト。一人1尾で人数分1万5千円もした)、オリーブオイルとハーブを効かせたイワシの天ぷらなどはパクパク食べてくれたものだ。やはり刺身より熱の通ったものの方が安心感があるらしい。
こういうお魚のフライや天ぷらと合うのが明太子や海苔だったりするのは『のり弁』を知っている人ならわかるだろう。昆布の佃煮も良いけれど、ご飯で頂くなら断然明太子だ。それでフライは鯵も良いが、オヒョウやタラもやはり良い。フィレオフィッシュが凄いのはフライの罪深さ(カロリー)が、お魚だからと幾分(気分的に)帳消しになるところだ。そしてバンズ(ハンバーガーのパン)のクラウン(1番上のパンの事、底がヒールで、真ん中がある場合はそれをクラブという)を持ち上げて、醤油を1~2滴垂らすととても美味しくなる。これはタツタでも有効だけれど、『エル』に教える前にメニューから消えてしまったのは実に残念だった。
ところで私が英国に来て、割合お魚の強いスーパーで見掛けて驚いたのがヒメジの存在だった。『あるんだ? 英国でも……』と。そのお魚の名は英語で『red mullet(レッド・ムレット。発音はマレットとミュレットの中間っぽく)』という。
そしてこのお魚。ヒメジの一種には違いないが、一番近いのが九州の『おじさん』だった。と言うか、特徴的なヒゲはそのままなので近縁種なのだろう。さっぱりした白身なので、焼いて良し揚げて良し、煮付けて良しなのはわかっていたので、見付けて以来、私もスズキよりこちらをよく買うようになった。悲しいかな倫敦では未だに煮付けた事はないのだけれど。
けれど3人娘も嫌がらずに食べてくれるので、揚げたり、ハーブの効いたパン粉を付けて揚げ焼きにしたりと倫敦らしい工夫は何度も試していた。それで私は、ジャンマリオもこういう魚介の揚げ物や揚げ焼きを、コースの中に一品入れてくるのではないかと予測し、勝手に期待を膨らませワクワクしているのだった。
それからしばらくサロンで待機する事になり、私はオルガマリー達と相席して雑談をしていた。隣のテーブルにはセイバーと3人娘が、その後ろのテーブルにはエルメロイⅡ世先生とグレイにスヴィン君が座っていた。そこでアオレアールがこちらのテーブルに移って来た。
「本当、わかりやすいね?」
アオレアールだ。意味がわからない私は思わず『え?』なんて間抜けな返事をしてしまった。
「だから魔眼で『未来視』して、あなたが後ろの席に座ると考えていたのでしょう?」
あ。だから私を追い越してさっきのテーブルを『取った』のか。さっきまでアオレアールが座っていた座席を『呪腕』と『百貌』がせっせと拭いていた。アオレアールが飲み物を零したのだ。
「どういう意味ですか?」
「だから、空間操作のトラップ。さすがに相手が英霊だと発動しないのね。というか未来視を裏切った段階で、もう違う未来だから終わったのかな? この手の魔眼って覆すのが単純で面白いよね?」
アオレアールは誰かの未来視を、飲み物を零す事で裏切った(ひっくり返した)のか!? こんな不思議な驚きは、某府某O市にあるT中学校とS中学校が同じ番地で隣り合って建っているのを知って以来だ。あの辺りの校区って一体どうなっているのだろう?
それはさておき、今はこの『未来視』だ。いや、『予知視』と言っても良いのだけれど、そういう魔眼の『確実性』はどのくらいあるのだろうか? というのは未来そのものが、一つであるとは決して言えないからだ。『ここと繋がる未来は一つだけ』というのも間違いではないが、それは観測者の主観や主体があってこそだ。客観的・客体的に考えれば、たった今ここで、私とは異なる並行世界の未来という道を歩む『私』とが分岐している可能性もあるのだ。もっと言えば分岐のトリガーが人の思考であるなら、『地球の人口の数』×『キーとなるシーンの数』だけ分岐している事になってしまう。
そこで頭を柔らかくして考えてみて欲しい。そういう風に無限にある選択肢の中から、針の穴に糸を通すよりも難しい『一』を選べる魔眼ってあるのか? そもそもその魔眼持ち(術者)はターゲットとなる対象の、一体幾つのパターンを視ているのだ? それを魔眼が自主的に選択しているの? それとも魔眼持ちの人が無意識に?
ともあれ100%全部は視てはいなだろう。では仮に、そんな中から『たった一つか二つの未来しか』視れないし、視ていないのなら? それは思うに冬木の聖杯と同じ事なのではないか?
要は、たかだか一対の魔眼に『人の未来を決める能力があるのか?』という事だ。つまり魔眼はあなたや私の歩む未来を視ているのではない。『そういう未来があるかも知れない』という可能性……即ち『たまたまアンテナに引っ掛かった並行世界の未来』を垣間視ているのに過ぎないのだ。私が死に至る未来を、意識して取捨選択して視るなんて事は絶対に出来ないと断言できる。しかも『視た』だけで、死に至らしめるには別のアプローチが必要だ。
こうなって来ると、最後はアオレアールと、その魔眼持ちの『理解度』で決まるのだと思う。別に『神秘に対する理解度』でもなくていい。SFを読み漁っているマニアでも良いのだ。なにせ魔眼に魔術回路は必要ないからだ。ただし『未来視』するたびに身体のオドが食われ、お腹が空いたり、目眩がしたりするかも知れないけれど。そしてお腹が空くのも失神するのも個人差なら、『学習』と『理解』も個人差があるという事だ。
幸いにも私は『並行世界の出来事や未来を夢で視る』事ができる『エル』の分身だ。なので私自身も時折そういう夢を視ている。なら、アオレアールもそうなのだろう。未来は固定されていない。だけど『こういう風な動きだと、このパターンになるだろうな』なんてのは読めてしまう。そして視た夢が災厄を呼び込むものなら避けようと努めるし、アオレアールのレベルにもなれば『魔眼持ちを裏切る行動』も簡単に取れてしまうのだろう。こういう風に魔眼の起こした現象や予測した未来は、結構避けて通れる場合があると思うのだ。
また、持って産まれた、或いは移植で得た『魔眼の能力』を、自身が受け入れられるかどうかの個人差は、一義的に意志の強さと対応力にあると思う。そしてその後に使いこなせるかどうかは、『学習力』と『理解力』から来る『想像力』に尽きると思うのだ。私も考えたし悩んだ。『英霊のチカラ』という、自分にとって余分なモノの事について。それとどう向き合い、どう咀嚼して自分の糧(チカラ)とするのかを。
本来あるはずのない余分なモノを、自分の個性として認めて生きて行く事。他人とは違う自分を認めて自分自身を愛する事。それが他者を思う心に繋がる。そんな事を大切な妹であるクロエちゃんやおチビちゃんには伝えられたと私は信じている。
そう、結局は『信じる心』だ。アオレアールも『エル』も、自分を信じ、他者を信じている。その心の強さは私以上なのだと思う。そしてそういう『強い心』持った者は運命をものともしない。魔眼が入り込む余地なんて最初からないと思うのだが、どうだろうか?