※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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9、冥府に愛されし者

 それからカレンダーが2月に入っても、目に見える動きはなかった。ただ僕の知らないところでナニかはあると思う。新聞やテレビを賑わす事も、学園でのくだらない噂話に上る事もない。それでも日増しに空気は変わった。そしてその変化は、日常を送る普通の人には気付けないだろう。

 

『慎二、これで遠坂になんぞ贈ってやれ』

 

 僕の身体なのに、ジジイの声も変化していた。杖の時のような電子音声かボーカロイドっぽい声でなく、威厳のある鋭い声になっていたんだ。ジジイは日中忙しいらしい。ルビーというもう1本の杖が言うには……。

 

『内緒ですけど、生前贈与のためですよ。毎回思いますが、間桐の財産は凄いですね? 遠坂なんて破産寸前なのを、凛さんが一所懸命に回して何とか保っているのが現状ですのに。まぁ、それもこれも相続税が問題なんですけどね』

 

 毎回というのが謎だけど、ジジイは財産を僕と桜へ全部回す手筈を整えているようだった。と言うのは、『ジジイが杖になった=ランサーの宝具になった』だからだ。つまり聖杯戦争が終わり、ランサーが還ればジジイも消えてしまう。そんな事が漸くわかりかけていた僕だった。

 

 

 目の前には10万円あった。

 

「お祖父様?」

『遠坂の跡継ぎは2月3日が誕生日じゃろ? 来月の桜の分は別に用立てておくので、それで『じゅえりぃ』でも贈るが良い。慎二、全部終われば、お前が間桐の財政当主、桜が魔術の当主じゃ。落ちぶれても遠坂はセカンドオーナー。桜を鍛えて貰うには、必要な存在なんじゃ。また、やがて桜が衛宮の小倅と結ばれようものなら、お主と遠坂であの者達を見守らねばならん』

 

 ジジイは僕にそんな遺言のような言葉を吐いた。当然僕の気分は宜しくない。したくはないのにムスッとしてしまう。今更だけど僕は杖になってからのジジイは好きだった。その含蓄ある教えを聞いたりするのが好きだった。だけどジジイはどこからかイヤホンを取り出し、音楽を聞き始めた。そして僕を『早く学校にいけ』とばかりにシッシと手を払った。

 

「ジジイは何を聞いているの?」

 

 玄関まで見送ってくれる『一』に尋ねた。

 

「以前はマーラーでしたけど、最近はブルックナーに嵌ってますね」

 

 クラシックらしい。モーツァルトやベートーヴェンなら知っているけど、聞き慣れない作曲家の名前だった。

 

「わかりますよ、それ。私も古典派なので、ブラームスの方が良いな」

 

 知らないよ。だけどあの杖が、携帯音楽プレーヤーやビデオカメラになると知って仰天した。それで出て行こうとする僕に『一』はこう言った。

 

「遠坂家も家宝に杖を持っています。凛さんにそれを3千万円で買い取りたいと伝えて下さい」

 

 へぇ、遠坂にもあるのか。どういう流れで、そんな魔術礼装が遠坂に……。やっぱり腐っても鯛だな、さすがはセカンドオーナーか。と、そんな風に何の違和感もなく思っていた。この『思考の枷(暗示)』に気付いたのは2年後だった。

 

 

 

 慎二には話しておらぬが、とっくにシフトしとるであろう時臣と奥方が、何故墓地を彷徨っていたかの理由……それは降霊術の結果じゃった。儂が間桐臓硯のままであったなら見落としていたろう。じゃがしかし、エルマ達と仲間になってこうして冴えた頭を取り戻した今ならわかる。術者はキャスターであろう。

 エルマの読みでは、キャスターの正体は『エル』の前世の可能性があるという事じゃった。これも以前ならちんぷんかんぷんじゃ。しかし昔も分割思考の名人で、魂の扱いに長けておったとすれば、人の世で輪廻する己と、座に召し上げられる己とを分けていたのだと理解できよう。

 また、『エル』は前世を観(み)、未来を視(み)るチカラがあると聞いた。となればじゃ。キャスターも転生した己をある程度視る事が可能と考えて良いと思う。未来視は分岐があるので、とても難しい。当たるも八卦当たらぬも八卦とは本当の事で、『どちらの世界』を視た(占った)のかで、答えが大きく変わるものじゃ。まして術者の能力もまちまちじゃ。能力が高過ぎて、これから分岐する世界でなく、もっと過去に分岐した、現在の世界とは何の関係もない並行世界の未来を視てしまう場合もある。

 じゃが、己という起点、或いは錨があるならどうじゃろうか? 転生するとはこういうメリットもあるのじゃ。儂は己を振り返って言ってやりたい事がある。どうしてそこまで死を恐れておったのじゃと。結局は理想に溺れ、長い時間で摩滅し、目的と手段を履き違えてしまったんじゃな。そこに気付いていから、衛宮の小倅をアーチャーにしてはならんと強く思うようになったのじゃ。そしてそれには桜だけでなく慎二も必要じゃ。今回の介入はそういった理由で儂とエルマとで決めたんじゃ。

 どこの世界であろうと慎二は、基本的に聡い。この世を何となく胡散臭いものとして見ておる。それはまさに正しく、歴史を紐解けば大筋が見えるものじゃ。表立ったものでも、この世に於ける紛争や戦争のタネは概ね大英帝国がばら撒いとる。つまり欧州の悪の本体である、黒い貴族には英国王室も名を連ねておるという事じゃ。金銭面はバチカンじゃな。そに下に背乗りした偽物のユダヤが居り、世界の金融を支配しとるんじゃ。まぁ、19世紀からは軍需や石油に係わる者達、これからは『こんぴゅうたぁ』などで財を成し、そこに加わる者達も居ろう。

 この歴史ある巨悪に我ら魔術師は、ほとほと泣かされたものじゃ。悪魔崇拝者。馬鹿を言うでない。確かに黒魔術を扱う一部にはそのような者も居ろう。しかしそれはごく僅かじゃ。ほとんどは己の家に伝わる、或いは新たに発見した神秘を追い求めるだけの学者なのじゃ。それなのに奴らは儂らを追い詰めた。歴史から抹消しようとした。魔女狩りだけでは無いんじゃよ。

 なお、奴らからあらぬ罪を被せられた者も居ってな。良く知られた名じゃとヴラド三世が有名じゃな。死徒でもあるまいに生き血を啜る? それは赤子や幼児の血を啜っておった、奴らの罪を覆い隠すための嘘なんじゃよ。ヴァンパイアやグールの伝説は奴らの事じゃ。アドレノクロムは麻薬でもあるんじゃよ。若さを保ち、脳を活性化させる……その代償は常習性と切れた場合の壊死にある。最初は目の下に隈ができ、やがてそこが腐敗しおる。もっと行けばその腐敗は全身に及ぶんじゃ。しかも必ず精神は錯乱し、気が狂う。

 お前がそうじゃろって? おうよ、儂も常習者じゃった。常習者になる前に狂っておった故よ……。

 

 しかし、そういう輩に立ち上がる者も居った。かつての儂もその一人で、身体を蟲に変えて闘った。まぁ、身体は『呪い』もあったのじゃがな。ところが仲間は次々と卑劣で汚い手に掛かり消えていった。一時は英国王室を手中にし権勢を誇った時計塔。その頼りにしておった、学長も今は行方知れずじゃ。儂の聞いとる範囲で今も健在なのは『エル』の世界の学長だけじゃろう。そんな敵地へセイバーとともに旅立ったエルヴァ。泣いて止めるクロエやイリヤ達妹を振り切り旅立った。姉であるイリヤと妹のエルマに後を託して。『エル』の分身とは言え、英霊の能力を持つは言え、余りにも過酷よ。よくもまぁと驚きを隠せんかったな。

 今のアルビオンには、拐った子供を幽閉したり、アドレノクロムを抽出する場があるという。歪んだ性と薄汚れた金で堕落しきったのが今の時計塔よ。嘆かわしいがの。時の流れで摩滅し狂っておった儂は、時臣が外部から、時計塔内部に居る正義の者達を支援しておった事に気付けんかった。六代目遠坂はそんな先代の気質を良く継いでおる。

 なお、言い訳じゃが……桜を遠坂の体質から間桐の体質に調整したのは必要じゃったからだ。これはどこの家でもやっておる。言い訳できんのは飲み薬と食事で済むものを、蟲を使ったところじゃ。その頃の儂は、完璧に狂っておった。その罪滅ぼしに少しでもなればと、こうしてエルマやルビーとともに世界を渡っとる。勿論、送り迎えは魔法使いの六代目、そのどちらかじゃ。

 

 ところでキャスターが何故降霊術を使ったのかじゃが、それは情報収集の一貫で間違いないじゃろう。時臣と奥方を降霊する事で得られる情報は余りにも多い。正攻法で当時の資料を漁り、生き証人を探すのも良いが、降霊して聞き出すというのが一番じゃ。きっと前回のアーチャーの存在も既に気付いておると思う。また、儂はそこから中盤か或いは終盤に、衛宮切嗣と聖杯じゃったその奥方、更には最終局面でユスティーツァを降霊するのではないかと見ておる。

 アサシンの報告では、やはりあちらのアサシンの警戒とキャスターの結界があり、拠点には忍び込めぬようじゃった。ただ相手マスター2人の為人(ひととなり)は問題なく、目的も姉であるイリヤスフィールを救け、この聖杯戦争を無事終える事にあるようじゃった。これは少々意外な存在でもあった、衛宮の小倅と手を組んだセイバーのマスター、アーデルハイドにも言えた。

 人拐いや諜報機関の者もアサシン達や、アーデルハイドの手下達が排除しておる。こうなれば、後は神父の秘蔵する前回のアーチャーのみじゃった。この休戦はあ奴らを焦らし、炙り出せるじゃろう。なのでそれまでにセイバー陣営、キャスター・ライダー陣営とは上手く話を通す必要があった。その役をランサーに頼んでおったのじゃが、これはアーデルハイドの性格であろうか、見事に撒かれ一向に居場所が掴めんらしい。

 

『やはり、部屋から直接空間転移をしておるんじゃろうなぁ』

「だろうね。私もそう思うよ。あのお姉様と渡った世界のアーデルハイドさんとは違うね?」

『マコトの居る世界じゃろ? 儂はそのアーデルハイドを知らんからのぅ。こちらはオーストラリアじゃと聞いたから、以前エルヴァが教えてくれた、カールという者に育てられたんじゃろうなぁ。それならば相当異なると想像できよう』

「だね」

 

 仮初の肉体を得た儂は、これを良い機会と捉え、できる限り慎二の身体に良い影響が残るような行動に努めたんじゃ。それは天上の調べの如き良き音楽を聞き聴覚を癒やし、佳き薫りを放つ花を愛で、香を炊き臭覚を研ぎ澄ませつつ視覚をも和ませ、バランスの取れた食事を摂り五臓六腑に滋養を行き渡らせ、質の高い睡眠を得る事にあった。また、この世界の儂が築いた財産をできる限り、慎二や桜に多く残せるようにも動いておった。有価証券も寝かせておく方が得なもの以外は、できる限り金や銀に替えた。これは絶対、20年後に役立つ。

 

「怖いのは出会い頭だね」

 

 エルマの言う出会い頭とは、街中でのセイバーと前回のアーチャーとの邂逅であろう。まだまだ序盤じゃが、一旦落ち着いた今の状態が、近々誰かが動く予感を抱かせるのじゃろう。そしてそれは儂も同じじゃった。

 

 

 

 アストルフォがすっかり元気になったのは良い事なんだが、野郎とアントニーはとうとう一線を越えやがった。いや、越えてやがった、と過去形かもしれない。気付いたのはバスルームの前だった。上がったばかりの、濡れた身体をバスタオルで拭いていたアントニーに、今から入るアストルフォがキスをせがんでいたんだ。オレは隣のトイレへ小便だよ。その帰りに手を洗おうとして目撃したって訳。

 で、キッチンに居たエルに慌てて話したら、怪我が少しマシになった頃からそういう仲だと教えられた。しかも真面目な顔で……。

 

『サーヴァントの回復を促進するのは、何と言っても体液交換ですよ』

 

 それはわかるよ。でもな……。

 

『そうは言ってもだな……』

『それに仕方ない面もあります。碌な触媒を用意せず召喚すると相性の良いサーヴァントが引けるのが、この儀式の特徴のようですが、それは何も心根だけとは限りません。アストルフォにはアントニーが合っていたんですよ。性格的な相性も、魔力的な相性も。仕草や容姿、声に言葉。そういうのも好みだったようですね』

 

 エルが言うには、『時を超えて出会ってしまった理想の相手』だったらしい。そんなマスターが怪我を負った自分のために好きでもない女を抱いたと知って(笑顔だったが、エルの目は笑っていなかった)、感動と嫉妬と色んなものがごちゃまぜになって、アントニーを口説き落としたらしい。けど、アイツはオレの従兄弟で親友だぞ?

 

『でも、今まで恋愛感情も肉体関係も無かったんでしょう?』

『あってたまるか。男同士だぞ? 当たり前だろ』

『マスター。アントニーはそうでもなかったようですよ』

 

 マジで!?

 

『マジです。アストルフォの部屋は私の隣です。マスターが鼾(いびき)をかいて、クロエの抱き枕になっている間に、アントニーはアストルフォと。こちらまで、欲求不満になりますよ』

『そ、そんなに?』

『それにアストルフォは男色も当たり前だった時代の人でしょうに。私も年上の巫女とそういう関係をもった事がありますから』

 

 あったのかよ!? ってか、女同士はOKだったのか!? オレはショックでヘロヘロとへたり込んだ。ま、まぁ、そこはいい……そこはまだ良いんだ。問題はアントニーだ。オレ達はテキサンだぜ? 東海岸や西海岸のへなちょこ野郎とは違うだろ?

 

『そういうのを、今の言葉で同調圧力って言うのかなぁ。あ、でも。確かにそういうのが厳しい邨(むら)は、昔もありましたね』

 

 な~んて、顎に人差し指を立てて呟くエル。それが可愛くて可愛くて……。思わず抱きしめ、キスしようとしたその時に、買い物に出ていたクロエが戻ったので、寸止めしたのが先日の事だった。

 

 

 そして本日。アントニーがそうならオレも自制なんてするものか。少し買い物に付き合って欲しいとエルを誘い出した。クロエには疑われたが、『全部解決した後の姉達へのプレゼントの下見』という口実で、2人きりで川向うの繁華街に行ったんだ。

 大昔の人だけあって、物珍しいのか辺りをキョロキョロと見回していた。その仕草が小動物みたいで可愛かった。転生した女のオレは、並行世界のこの街で暮らしているという。なら、そいつの記憶を掘れば色々わかりそうなものだ。だけど、そいつもかなりの魔術師で、容易には覗けないのだという。だから『妹』を探れないかと掘ってみても、そいつはそいつで凄いらしく、どうにも限界があるらしい。

 

「ですが感触が……ホムンクルスっぽい気がします」

 

 今回わかった事だが、オレと姉達の母親はホムンクルスだった。だからオレ達はヒトとホムンクルスのミックスだ。となると並行世界の女のオレもミックスだろう。つまり『妹』も。

 

「いえ。双子の妹や歳の離れた妹とは違って……。ランサーのあの子はホムンクルスです。それもかなり高度な」

 

 これには驚いた。一体どういう理由で、鋳造物を家族なんかに……。

 

「そこは謎ですね。私も別け隔ての嫌いなタイプなので、そこが極まっているのかな?」

 

 そうだったな。エルはクロエにとても優しい。だからクロエも嫉妬しつつも、エルには素直だ。きっと思慕のような感情があるのだと思う。

 

「ただ、彼女は……何度も世界を救っています」

 

 世界を救う? そんな事が可能なのか? と言うか、そこはどういう世界だ?

 

 下見は本当にした。ただ、エルにもペンダントを買った。安物だけど、あいつが気に入ったのかジッと見ていたからだ。ヴェルデという駅前のモールの中のショップだった。その後、軽い食事を摂って、カフェに入った。他愛ない話をして、ヴェルデを出て……足は自然と裏通りに行き、エルに誘われるまま(オレの気持ちを読んでいたらしい)、妙な作りのホテルに入った。

 

「この写真で部屋を選ぶのか?」

「ですね。そういう事をするための専用のホテルだからでしょうか?」

 

 知らない。テキサスだとクルマでモーテルだ。それに部屋はどれも同じだった。だというのに、ニッポンは……とことん未来に生きている。その感想は部屋に入って、より一層強くなった。まずガラスの透けたバスルームだ。浴槽は完全に2人で入るためのものだろう。椅子も何だかヘンな形だ。部屋はベンチソファーとベッドと簡単なドレッサーで占領されてるけど、大きなモニターがそのソファーの前とベッドの足側天井付近にあった。恋人と並んで見ろとの意味らしい。

 ベッド脇のドレッサーにはトレイがあってゴムが置かれてあった。エルは英霊なので避妊は不要だ。簡素な衣装ケースには、それっぽい衣装がいくつかぶら下がっていた。彼女に着せて楽しむためなんだろう。

 

「ここまでやんのか、ニッポン人って」

「ね? もしかしたらエルヴァ達のご両親も、こういうところで……」

「聖杯戦争中だろ? 逆算してみろ。オレ達はそのころ8歳前後だ」

「あ、そっか」

 

 そうして与えられた90分一杯を使って、3回した。

 

「もう、神言も唱えられないかも……」

 

 そう言いつつ3回目の前に、オレのをその口で奮い立たせてくれた。

 

「エル、残れないのか?」

「エルヴァは生きている、可愛い子を見付けなさいな。私は半身であるあなたに会えた。それで十分です」

「オレのために残ってくれと言っても無理なのか?」

「大聖杯の補助がなければ、あなたには難しいと思います。自分でもわかっているのでしょう?」

 

 わかっている。この出会いは奇跡だ。その奇跡に巡り会えただけで満足すべきなのも。

 

「決着が着くまでは、恋人で居てあげますよ」

 

 そんなピロートークを終えてから、オレ達は身嗜みを整えてホテルを出た。そしてそこで信じられない者に出遭った。

 

 

 

「セイバー。ここで逢うとはな。我に早速抱かれようと……初い奴め」

「な!? あなたは……アーチャー! 何故ここに……」

「まさか……第四次のサーヴァントが残っていたの!?」

 

 あ、もう1人の姉もいた。本当ならここは逃げるに限るんだが、姉はほっとけないだろう。それで覚悟を決め、姉に近寄ろうとしたら……。

 

「ギ、ギルガメッシュ王……!」

 

 エルがアスファルトの地面に平伏していた。前回出ていたとは資料にあった。だけどまさか……。

 

「おい、エル……」

 

 エルは地面に固まったままだった。

 

 姉が結界を張り(裏通りとはいえ、こんな真っ昼間から)、可愛い服から鎧に変わったセイバー。対するギルガメッシュという男はその美貌に胡乱げな表情を浮かべて、その背後に黄金のさざ波を背負った。そして、そこから飛び出てきた宝剣や宝槍がセイバーと姉を襲った。

 オレにできる事は風の魔術を掛けながら空間圧縮する事のみだった。それで何とかアイツの武器は逸れてくれ、セイバーが手に持つ見えない何かで叩き落としていた。オレやエルとは異なる、血のように赤い瞳がオレ達を睨めつけた。

 

「雑種、その女に免じて命だけは救けてやろう」

 

 黄金のさざ波からニョキニョキと切っ先が顔を出した。手足は置いていけって事だろうな。そうしてオレは幾本もの剣を躱さざるを得なくなった。セイバーが叫び、姉が悲鳴をあげた。平伏していたエルが顔をあげ、オレの前に立った。そして短い呪文で剣をすべて消した。

 

「我に逆らうか!」

「それは畏れ多き事。然しながら、私にはマスターである彼を守る義務があります。よって剣はすべて裁定のため冥府に送りましてございます」

「まだ、繋がっておったのか……。わかった、ここは引こうではないか。また会おうぞ、エルヴァ」

 

 そう言い残して男は結界から姿を消した。

 

「空間跳躍?!」

「違います。あの方がお持ちの礼装(魔術装置)です」

「礼装(魔術装置)で空間跳躍なんてできるのか?」

 

 エルが言うには、あのギルガメッシュは魔術師ではないそうだ。回路があるのかないのかも不明。だけど、それを用いれば『誰でもその術を発動できる』という礼装が当時は出回っていたし、それなりの対価を用意できるなら、奴隷でもない限り手に入れられたそうだ。また、特級の魔術を発動する礼装は王が独占していたという。

 

「結果としては独占ですが、王は現在でいう三権を統治する方です。王が法そのものなんです。道徳観念や社会的存在意義の薄い当時の人々が、そんな大魔術をポンポン使えたら大問題ですよ」

 

 なるほど、それは言えるな。そこへセイバーとそのマスターである姉が寄って来た。

 

「あなたは……?」

「祖父さ……ノイントに『双子の姉を救けろ』と言われた弟だよ。その双子が、オレにとっての双子なのか、双子の姉なのかを聞き漏らした大馬鹿だ」

 

 思いっきり笑われた後、自己紹介をお互いにした。その後、立ち話も何だからと近場のカフェに入った。セイバーからは感謝され、その男には第四次の頃から求婚されていたと聞き驚いた。もの凄くエルが困った顔をしていたのが印象的だった。アーデルハイドからはオーストラリアで育った事などを教えられ、オレもアメリカのテキサスで育った事を話した。そして今回参戦した目的も。それはマルっとオレと同じだったんだ。

 そこからお互いの陣営の事なども話した。2人からはアストルフォとアントニーに感謝を伝えて欲しいと頼まれた。また、イリヤスフィールが今回の小聖杯で、余命が2年もない事も打ち明けた。だけど……。

 

「アーデルハイド、安心してくれ。オレのキャスターがイリヤスフィールを治す方法を知っている」

「良かった……」

 

 姉は泣いていた。その顔はエルと微妙に違っていた。あれだけ似ていると思っていたのに、こうやって話してみると結構違う部分がある。それはともかく、オレとアーデルハイドは随分と打ち解けあえて、お互いのテレフォン・ナンバーを交換するまでの仲になったんだ。そして国は異なれど、お互い同じ両親から産まれた、血を分けた姉弟だとシンパシーを感じた。だから、イリヤスフィールを絶対に救ける事と、何があっても生き延びて再会する事を誓いあったんだ。

 ただ、アーデルハイドと話してわかった事があった。それは彼女の言葉だ。オージーって単語が基本キングス・イングリッシュなんだな。発音もそうだし。でも、オージーならではの言い回しもあって面白かった。逆に彼女もオレの英語は崩れすぎ(ブロークン)だと笑っていた。だけど、アーデルハイドの提案で試しに聞いたセイバーの古語はちんぷんかんぷんだった。

 

「本当にセイバーはブリテンの王だったのか?」

 

 これはオレが先にセイバーの正体を知っていた事を明かした上での会話だ。『失礼な』とプンプンする姿が面白い。要はそれくらい現代の英語とは懸け離れていたんだ。

 

「古英語というより古ウェールズ語なのでしょうね」

 

 アーデルハイドの説明を受けて、オレは素直に時代の違いを面白く感じていた。

 

 

 

「今日は大漁だな?」

「はい。数えたら63人居ましたよ」

「ほぅ~」

 

 オレはアサシンの選抜隊と森の周囲を警戒していた。今話しているのは例の女アサシンだ。そろそろ教会の手下が小聖杯を奪いに動くだろうと、エルマから指示が出ていたんだ。案の定、わんさか湧いて来やがった。

 

「漏れはナシか?」

「ええ」

 

 オレとコイツラも結構長い付き合いだ。だから気心も知れていた。

 

「今回は敢えて逃した奴は居ないのか?」

「はい。エルマ様が全員捕らえ尋問しろと」

 

 エルマはエルヴァと違って容赦無ぇ。欲しい情報が手に入ったら、全員消すだろう。上策・中策・下策とあるなら、殺さず逃がすのが下策だ。エルマは中策だな。上策は『エル』やエルヴァのように掌握の魔術で洗脳し、こちらの手の者として返す方法だ。その意味でエルヴァはおっかない。オレも窓に映った自分に語りかけていたなんて事が何度もある。対魔力のある英霊にまで効く掌握って何だよって呆れるぜ。

 そんなエルヴァやあいつのセイバーと離れて2年が過ぎた。中国の事が片付いてから、オレはエルマと時たまこうやって世界を渡っていた。それはエルヴァに来ていた魔法使いの依頼が、エルマに回るようになったからだ。今の冬木は、(英霊の)イリヤが妹のクロエやイリヤの面倒をみながら、時々霊体化して旅客機に密航しては倫敦やロスに行っている。ランス(ランスロット)も居るんだが、あいつはルヴィアとリンにレンタルされた状態でプラハだ。ミユのシロウの師匠でもあるんで、あっちで今は暮らしている。

 要はルヴィアは学園卒業後、シロウとさっさと結婚しちまったって事だ。そんでもって御宝探しをあっちの魔術学校に通いながら続けている。そんなトコへ一緒に行っているリンにしちゃ、気不味い部分もあったと思う。けど、最近付き合い始めた男ができたと聞いたから、ちょっぴり安心した。

 そんな2人の代わりと言っちゃなんだが、ミユは今、冬木のエーデルフェルトでマルガリータと暮らしていた。そこを護るのがアーチャーだ。やっこさんは闘いでなく、ああいうでかい家を色んな意味で守らせるのに向いている。留守になっているシロウの家も掃除や手入れをしてやがるから偉いよな。そしてそういう掃除には、できるだけミユとクロエとイリヤを連れて行ってる。エルヴァに託されたイリヤがてんでからきしなんで、代わって家事を教えてるんだ。今のあっちの世界は、実に平和だった。

 

「これでコトミネは、次に金ピカを寄越すだろうな?」

「はい、そう思います」

「そん時が最終決戦だぜ」

「ええ」

「で、あっちのアサシンの正体はわかったか?」

「いえ……何代目かの教主だとは思いますが。一向に姿が掴めません」

「あっちも魔術の重ね掛けか?」

「可能性はありますね。或いはそれが、その者のザバーニーヤか」

 

 うん?

 

「そのザバーニーヤって先代までのは全部記録されてたんだろ」

「はい。ですので私の知らない後世の教主か、キャスターが重ね掛けしたのだと思われます」

 

 エルヴァの話だったと思うが、実はコイツラの教団は今も残っているらしい。ただ、どこかの時点でザバーニーヤという神秘の技が失われ、暗殺教団からまともな宗教団体に変わったという。アサシンの語源であるハシーシもご法度だろうとの事だった。まぁ、どのみちあの世界は『現象』のせいで、医療用以外の麻薬は消えたんだがな。

 

「さぁて、もう一回りするか」

「はい」

 

 

 

 ここ数日、慎二はずっとお弁当持参らしい。それも衛宮君や柳洞君と連れ立って生徒会室でお昼を摂っているという。また、放課後は真面目に弓道部に出ていて、綾子が言うにはとても熱心なのだとか。そういう理由で私は慎二からの情報を、手紙か電話でしか知りようがなかった。

 

「情報をコントロールされておらんか?」

「可能性はあるわね。でも動きがない理由は納得いくものだわ」

 

 そうなのだ。聖杯の汚染が明白だから、アインツベルンに本国へ問い合わさせている……というのがこの休戦状態の理由なのだ。

 

「だが、その汚染の話はその間桐の者からだけの情報だぞ?」

「そうは言うけれど、アーチャー。前回起きた災害の原因を慎二はきちんと論理建てて教えてくれたのよ?」

「その通りなのだが……余りにも話がウマすぎる。私の考えを述べても良いか?」

「?……どうぞ」

 

 そこでアーチャーは不思議な事を話した。

 

「リン。今回のこの聖杯戦争は、私達とバーサーカー陣営以外は同じ動きをしているのではないか? しかも……君は情報撹乱され、君と君の妹達は……守られている、と私は感じるのだ」

 

 君の妹『達』? 達って? それに守られているってどういう事……?

 

「一体全体、何が起きているって言うのよ?」

「わからん。わからんが……この聖杯戦争には、まだ何か裏があるのではないか?」

「裏?」

「うむ。先代から伝わっていない、君も知らない何かだ」

 

 それきりアーチャーは黙ってしまった。何だって言うのよ?

 

 

 そして翌日……間桐臓硯という人からお菓子の詰め合わせが宅配便で届いた。何、これ?

 

 

 

 エルとのデートで起きた、あまり有り難くないハプニングは、彼女がオレに話さなかったある事情を浮かび上がらせた。それに気付いたオレはエルを問い詰めた。すると彼女は渋々話してくれた。それは『忌み児』だった。エルがイシュタルの神殿に棄てられたのは、産まれた時から冥界と繋がっていると、当時の呪い師から忌避されたからだったのだ。

 実際後年は、イシュタル神殿の巫女でありながら、冥府の女神エレシュキガルの寵愛を受けていたという。そこで授かった魔術が『魂の改竄』『掌握』、そして『廃棄』という聞き慣れない魔術だった。『魂の改竄』も『掌握』も似たような術で、他者を意のままに操る術だ。その違いは掛かりの強弱と範囲の広狭でしかないらしい。残る『廃棄』は、ありとあらゆるモノを冥府に送り、この世から消し去る術だった。

 ギルガメッシュ王は、当時の世界にあった財という財を一身に集めた王らしく、その財宝などを二度と取り戻せない冥府に送られては堪らないとエルを忌避した可能性があったんだ。一方、棄てられたエルはどれだけ忌避されようと、歳を重ねるごとに王への思慕と情が大きくなるばかりだったという。

 だから、王と闘う事はできないと涙ながらに話してくれた。だけど王の財宝は冥府に送って、必ずオレを護るとも言ってくれた。それで十分だとオレはエルを抱きしめる他なかった。

 

 家に戻るとエルは『今日視たり聞いたりしたモノ』をオレとアントニーに報告してくれた。冥界と繋がっているエルは大した儀式もせず死者の声が聞けたし、彼らの行動をつぶさに観察してもいたんだ。オレとアントニーの出した結論は、やはり聖杯戦争にかこつけた人身売買だった。そして姉のアーデルハイドは、それらを壊滅させるべく部隊を引き連れていたんだ。と同時に、マキリのランサー(並行世界の妹)は、分裂するアサシンを使って、その人身売買に携わる聖堂教会の一派を消していた。

 

「シティ・オブ・ロンドンにある聖堂教会と、この儀式に係わる聖堂教会は別物なんだよな?」

「倫敦のは聖堂騎士団(テンプル騎士団)の流れを汲むもので、やはりあちら側には違いないよ。けど、この聖杯戦争に係わる聖堂教会はバチカンの下部組織で、本来は神秘を探る専門家集団だね。だから遺物を集める第八秘蹟会や、異端者を狩る代行者なんてのがある。どうもその神父は元代行者らしいけどね……」

「何だ?」

「神父と、その前回のアーチャーは運命共同体だと思うんだ。確かに被災した孤児を、アーチャーを支える魔力タンクとして搾取していたと思う。これはエルが子供達の霊から聞いているのでまず間違いない。でも、災害を見越しての人身売買計画はバチカン側から新たに出た指令だと思う」

「つまり神父は知らないってか?」

「いや、敢えて見逃しているんだと思うよ」

「消極的協力者って事か?」

「うん。トオサカの霊も以前は無かった動きだと言ってたろう?」

「そうだったな」

 

 そんな風にオレ達は、エルやアサシンのお陰でかなりの情報を得ていた。これからは、この儀式をどう終わらせるのか……そしてその後はどうするのかが問われるのだろう。

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