エルマのお披露目はゴールデンウィークが明けてしばらく経った、試験一週間前の前の週末(5月13日)だった。それでその中間試験は23日の月曜日から始まった。終わりは選択コースや選択科目で異なっていて、だいたい短い人で四日間、長い人で翌週の月曜日まである。そんな中でイリヤ姉さんは、エルマのルビーとゾウケンくんを連れて香港に出掛けていた。
どうしてと考えても無駄だ。『事情は知らないけれど、倫敦のお姉様からの依頼だから』────これでエルマの思考は止まる。『お姉様が仰った』『お姉様から頼まれた』、エルマはこれだけで良いのだ。その日が例え風速50mの台風であっても、溺れる人を未遠川で発見したら、姉さんは飛び込む人だ。実際そうなったら、空間転移で拾うだろうけど。
だけどエルマは姉さんに着いて一緒に飛び込む子だ。そして姉さんに『頼む』と言われたら、もっと酷い激流でも誇らしげな笑顔で向かうだろう。『造物主命』のホムンクルスでも躊躇うような行為が平気でできてしまうのは、エルマの忠節心回路がある条件下で自己保存回路を上回るからだ。ロボットじゃないのだからそんな回路はないのだけれど、あのどこまでも『お姉様命』なエルマの忠義は私達創作物の領域を越えているのではないかとさえ思う。
だからそういう意味でエルマは壊れている。だけどそれが壊れる場合というのは人間でもある。これは極端な例え話だけれど、その流される人がもし我が子なら、躊躇わない母親は居ないだろうし、女性である妻に代わって飛び込もうとする夫も少なくないと思う。勿論、頭の隅では生存本能に基づいたある種の計算が働く。そしてその計算は決まって正しい答えを出す。自分の遊泳力・水流の速さ、体力やスタミナの残量、現在の年齢、子供の体重と年齢、恐怖からしがみついてくるチカラの強さ……などなどを、まぁ1秒掛けずに弾き出すと思う。
だけど人間だからこそ『愛情』という目に見えないファクターで、その計算を御破算にしてしまう。そしてそれで親子もろとも溺死してしまったら『バカだなぁ』と蔑む第三者も人間なら、『遣る瀬ないな……』と呟くのも人間なのだ。私らにロボット三原則は入っていない。そんな術式は組まれていないし、睡眠学習もされていない。
旧来の鋳造法なら絶対的命令を利かせるために、そういう枷が組み込まれるのは当然だ。過去の文献を漁るともっと枷のキツいものがあったと書かれてある。今のアインツベルン本家でも、対象が一族に属するヒトなのか、家人として働くヒトなのか、家族の一員なのか、頭首本人なのかという、命令系統を明らかにする段階分けを組まれている。これは当たり前の事だ。だから私らにも当然それは入っている。けれど『エル様』は私達に、そんなキツい三原則などはまったく組んでいなかった。
組まれていたならエルマが命を賭ける対象は『エル様』だけになる。そこから姉さんや姉さんに連なる家族へと、私達ホムンクルスが自主的に対象を拡げられる可能性なんてまずない。だけれどそれができてしまうホムンクルスがエルマや私といった成長型ホムンクルスなのだった。
姉さんなら自力でどうにかなる、だけれど溺れているのがおチビちゃん達なら私は飛び込む。こういう事ができてしまうのは、『精神と心』だけの『ヒト』であるナンバーズを解析して、私達が造られたからだ。私達はそういう意味で『試作品』であり、限りなく『ヒト』に近い存在な訳だ。そしてエルマはヒトにしか理解し得ぬ本当の『愛』を獲得したのだと思う。
だから例えヘンなところが少々あったとしても、エルマは誰よりも人間らしいと私は思うのだ。
家に戻り自室に帰った私は、買ったものを仕分けてから着替えに掛かった。日増しに日中が暑くなって来た。滲んだ汗でキャミが背中に貼り付いていた。はしたないが思わず今脱いだブラウスの匂いを嗅いだ。洗濯のローテーションが早くなる。面倒くさいなぁ……。ここに来て間もない頃の私は何度もヘマをした。学園に編入したての私は、ある日姉さんにしこたま叱られた。それは脱いだブラウスをほったらかして、2日ほど忘れていたからだ。
私らにも新陳代謝がある。まして成長型だ。なのでブラウスを黄ばませてしまったのだ。今ならわかる事だけど、衣類を放置すると肌から出る油脂で衣類を汚すという知識はあっても、いざ買い換えるとなったら、制服のブラウスが普段着として着るブラウスやシャツより遥かに高いなんて知らなかったのだ。まだ1年生の夏の頃だ。しかもそんなに袖を通していない、制服店から届いたばかりのブラウスだ。まだ部屋のゴミ箱に包装されていたナイロンの袋と台紙、袖を留めていたプラスチックの小物が残っていた記憶があるから我ながら呆れる。
この学園のブラウスはパフスリーブと、隠しボタンになった第一ボタンの縫製が難しいらしく、他校の女子ブラウスより断然高いのだ。それに袖口や襟に臙脂のフチといった装飾がやたら多い。これも価格を釣り上げている原因だという。そんな事を姉さんは私をフローリングの床に座らせ、コンコンとわかるように叱ってくれた。
『洗えば落ちるんじゃ……』と言ったら、スリッパで頭を引っ叩かれた。このブラウス、臙脂という柄物のフチがあるので漂白剤も浸け置きもできないのだった。おまけに生地が透け防止で少し厚く、元から黄ばみやすいらしい。昔の青み掛かった、白さを際立たせるために蛍光染料が使われた糸で編んだ生地ならそうでもなかったらしいが、透け防止や皮膚を傷めないように工夫された今の生地だと、直ぐに黄ばむので、毎日洗うのは仕方ない事だとも教えられた。
目からウロコの話だった。何故ならアインツベルンのあのメイド服、糸を撚る段階から魔術が使われているので、汚れが付き難く、洗えば簡単に白さを取り戻すシロモノだったからだ。そしてここエーデルフェルト家のメイド服にも、そういう生地が使われていた。だから姉さんは、お掃除の時などにメイド服へ着替えていたのだ。
ちなみに私の部屋のクローゼットにも、エルマの部屋のクローゼットにも、このアインツベルンのメイド服がぶら下がっている。当然それは私達のものだ。そしてそこに並んでエーデルフェルト家のメイド服までぶら下がっていた。これは『便利だから』と姉さんが配ってくれたものだ。実際家事の時は便利なので、姉さんなんてしょっちゅう着ていたし、マルガリータさんもよく着ている。
ただし、その格好で表に出てセラさんに見付かると睨んで来る。逆にアインツベルンのメイド服だったらニコニコだ。だけどそっちだとおチビちゃんがいい顔をしない。リーゼリットさんなんて『ヘンな格好』とまで言って来る。あのさぁ、あっちじゃ『エル様』も着ているんだぞ? 薬品を扱ったりするのに都合がいいからと(全身をぴったり覆い、頭巾まであるのはそういう用途にも使う衣類だったからだ)。
それはさておき、この夏のブラウス、実は冬のブラウスと価格がほぼ同じで、その頃の私と姉さんが着ていた『155』というサイズで1枚1万2千円だったのだ。もう少し背が伸びて、『160』になっても1万3千円はしない。税別で1万2千5百円だ。他校のなら6千円から8千円くらいだ。だから3~4千円で買える男子のワイシャツが羨ましいと言われる訳だ。まして冬で学ランなら、下に公立中学校のような汎用品を着ていてもわからない。あちらだと2千円台で買えてしまうだろう。
去年、私がギターストラップで肩を汚してしまった時に、上にベストを着ておきなさいと姉さんが言ったのもそういう意味だ。もう、わかるだろうが、この場合のベストはあの四つボタンの茶色い方でなく、ニットの指定品の方だ。あれだとアクリル混紡でクリーニングがお手軽だし、最悪買い替えになったとしても懐へのダメージが少ないからだった。
またあちらの穂群原は部活時の規則がここより緩く、『エル様』は放課後、慎二さんが中等部時代に着ていたお古のシャツや、汎用品のシャツやブラウスに着替えていた。その汎用品も小学生向けの安いものを敢えて選んでいらっしゃった。お金持ちは意外な面でケチなものらしい。そして姉さんが学園祭で、どこかの小学校の制服姿にコスプレしても平気だったのは、そういう経験を『エル様』と共有していたからでもある。
という事はだ。姉さんは以前、あちらの慎二さんが好きだったはずだ。それが吉川先輩に変わったのは、世界が異なるから『遠い人』だと諦めていたからだろう。確か、倫敦でどうとか遠い目で話していたのを憶えている。こっちでこちらの慎二さんと偶然逢ったかして、何かあったのだと思う。詮索はしないけれど。
いや、詮索なんてとんでもない。さっきのブラウスだけでなくお洗濯にお料理、帳簿の付け方などなど、知らなかった事をたくさん教えて頂いた。そんな人だからエルマがああいう風になったのだろう。まぁ、そうやって私を導いてくれる身近な教師は、姉さんだけでなく凛さんやルヴィアさん、マルガリータさん、アーチャーさんなどなど大勢居るのだけど。勿論そこにはエルマも含まれている。
という訳で、私は脱いだブラウスを地下室で即座に洗い、シワを伸ばしてハンガーに干してから部屋に戻った。地下には大浴場や給湯器のためのボイラーがあって、オーギュストさんが居ない今は、アーチャーさんが管理している。だけど鍵はいつも開いていて、そこに洗濯物を干すと直ぐに乾くのだった。だから去年の夏から皆さん、制服のブラウスと下着はボイラー室で干していた。
戻った部屋の机の上と、作業台の延長として使っているアーチャーさん特製の足を拡げて板を置くだけの簡易サイドテーブルには、ギターのパーツや、組んでいる途中のエフェクターの箱にドライバーなどの工具が散乱していた。これらの惨状は、お披露目の後日再度確認したエルマの集めたギターが予測通り多かった事と、試験前だと言うのに5月16日の月曜日に近藤先輩から1台のエフェクターとその回路図を預けられた事にある。
5月14~15の土日にチェックしたら、エルマのギターは全部で70本をゆうに越えていた。どれだけ仕入れたんだと腰が抜けそうになった。ジュニアを指して『こんなの他にもある?』と聞けば首を振っていたくせに、ちゃっかり『Orville by Gibson LPJ(シングルカッタウェイのジュニア)』や『Orville MM-65(メロディメーカー)』(アメリカの姉さんが今の型の改造品を持っている)、型番不明でカタログにも掲載されていない『Orville by Gibson』のレスポール・スペシャルまであった。確かにダブルカッタウェイは、あの2台以外無かったけどさぁ……。TVイエローのスペシャルって、カッコイイし欲しいぞ。
ともかくそうしてちゃんと見ると、やっぱり全般的に程度が良かった。どうしようもないほど悪いものは見当たらず、エルマなりにちゃんと選んでいたのがわかる。そこで『どうしても』と言われ、結局ステッカーの貼られた白い『Orville LPC-75』も頂いた。
そんなこんなでメンテや清掃などの面倒を私が見る事が確実に決定した。と言っても元々受けるつもりだったし、ここまでの数のギターを前金として頂けた訳だから文句はない。それに、姉さんに差し上げる分を先にどうにかすれば、残るは『寝かせる』前提だから、一応の目処として学園卒業までに終えればいいだけだ。その姉さんの分も夏休み前に終えれば良い。となると、イリヤ姉さんのジュニアとエルマの分を今月中に終えればOKという事になる。
逆の観点から言えば、イリヤ姉さんとエルマのジュニアだけ早急にどうにかすれば、後は期限が結構あるという事だ。なのでそういう計算が頭で成り立った日曜の夜から深夜2時まで掛けて、両ジュニアのピックアップや回路が生きている事を確認した。その後、錆びた弦を切って、フレットをヤスリ掛けし、指板にレモン・オイルを塗ってから磨き、ボディもピカピカに拭いた。サーキットも全部チェックして、接点復活剤を掛けて弦を張り替えてからようやく眠りに就いた。
そうした翌朝、つまり次の週の5月16日月曜日だ。洗面を終え、少し外で運動してから同じく外を走っていたエルマに昨夜のジュニアができたと伝えた。大層喜んでくれたので良かった。朝食が始まるので急いで着替え、エルマにジュニアを渡してから食堂に向かった。イリヤ姉さんに渡したのは朝食後だ。
「アンプないの?」
「ありますけど、それ、学園から帰ってからで良いですか?」
「仕方ないわね」
その後、私達は学園に登校した。
放課後、試験前だからと皆さんササッと学園を去る中で、近藤先輩は私に箱を預けてくれた。それがそのエフェクターだった。そしてその中身こそが私が先輩に興味を懐いた切っ掛けとなったもので、当時学園祭に来ていたアメリカの姉さんと旦那様を唸らせたピックアップと対になった『ブツ』だったのだ。それは簡単に言うと真空管を使った、プリ・プリアンプだった。
このプリ・プリアンプには『12AU7(ECC82)』や『12AX7(ECC83)』というミニチュア(mt)双3極管が使われているのだが、この『12AU7』や『12AX7』はギターアンプだけでなく、オーディオのプリアンプにも広く使われた信号増幅用真空管だ。つまり出力を増幅させるパワーアンプに使用される『KT66(6L6/5881)』や『KT88(6550)』といったパワー管と違い、『12AU7/12AT7/12AX7』などのプリ管は音質を決める真空管な訳だ。それを回路の設計で『わざと歪ませる』ところがキモなのだ。
『Fender』のギターアンプが歪みにくいのは、歪みにくい回路設計だったからだ。だけどあるミュージシャンは設計者の想定外な入力をアンプに押し着せた(ブースター)。またある別のミュージシャンはアンプの出力ツマミを最大にした(フルアップによるオーバードライブ)。そこでブースター設計者は最初から歪む回路を作った(ファズ)。ブースターは本来、間奏の時に音が前に出るようにするための、音量アップ装置だったのだのにだ。そうしてロックに求められる音の方向性が決まってしまった。
それから年月が経ち、やはりダイオードやトランジスタの作る波形をカット(クリッピング)した歪みより、真空管が過度な入力で飽和した状態の歪みの方が人の耳に自然に聞こえ、人々がそちらを好む事が厳然とわかった。だからそういう音をシミュレートできないかと設計者が錯誤する時代になったのだ。
だけど近藤先輩のお父さんは、 『アンプってのはなぁ、いっつもコンセントに繋がる場所に置いてあるものなんだ。ならアンプの傍に置け、アンプの前に繋げられるプリ・プリアンプを作れば良いんだよ』なんて考えた訳だ。言っておくがこれは別に新しい発見ではない。昔からあったものだ。なのでそういうものを使っているプロは居た。ただ、その音が決め球だとツアー中に壊れたら大変困った事になってしまう。なので普及せず、一般人が知らないだけだったのだ。
やがてお父さんは息子のためにと、コンセント(ACアダプター)以外に9Vのアルカリ電池6本で真空管3本をドライブできるプリ・プリアンプを作った。内蔵電池だけだとそんなに長時間は持たないが、学生が行うライブくらいは十分持つ。このエフェクターはそんな真空管3本タイプでなく、最新版の4本タイプだった。先輩はそんなのを私に貸してくれたのだ。
そこも感激なのだけれど、プリ管4本とは『エル様』がお持ちで、姉さんが使った『Marshall JCM900 model 2100 SL-X』と同じだ。極上のウォームでホットなドライブサウンドが、男子のお弁当箱くらいの筐体で得られるのだった。
「ジャズコ(JC-120)がマーシャルやレクチファイヤーになるぞ?」
少し大袈裟な気もするが、先輩はそんな風に話していた。実はこれと似たようなものをトントさんも作っていて、あの人はプリ・プリだけでなくセンドリターンのリターンに繋ぎ、ギターアンプのプリを使わず、まんまプリアンプという使い方もしていた。だから先輩の回路図を見たり、現物の配線を見れば『なるほど』と思うところがたくさんあった。
先輩はこれに『BOSS ME-50』という一昨年前に出たマルチエフェクターを繋いでいた。発想が似ているのか、トントさんもその前の型である『BOSS ME-30』や、もっと古い『BOSS BE-5M』という単体エフェクターを並べたようなタイプも併用していた。それで2人とも歪み系エフェクターは、ブースター代わりの軽いオーバードライブ以外は使っていなかった。マルチで空間系やモジュレーション系ばかりを使っていたのだ。そりゃプリ・プリアンプでいい感じに歪むからねぇ。
そういう事で、先輩のそれやトントさんのを思い出しながら図面を書き、私はカラの電気用アルミケースやラグに抵抗、配線材などなどを通販で求め、そのプリ・プリアンプを作っているのだった。散乱していたのはそれらだったのだ。ちなみに楽器店で買って来た物は、換え弦のセットとピック数枚、ギターポリッシュにクロス、それと簡単な教則本だった。これらが2セットだ。それを少し可愛い柄の紙袋に入れて、貸し出せるアンプの用意をした。
それが終わると作業台を少し片した。穴を開けたばかりのケースを見て思う。このケース選びが意外と難しくて、専用品なんてないからそれっぽい大きさのものを探すしかなかったのだ。だけどいい感じに思えても届けば帯に短し襷(たすき)に長しといったところで、しっくり来るものがなかった。真空管を入れたいので、放熱スリットも必要だし、そこそこの大きさも必要だ。私的な理想は昔のローランドにあった『AF-100 BeeBaa』や『AG-5 Funny Cat』のような上面に少し傾斜のあるケースだった。されはもうこの最終版ケースが届くまでに何回通販を利用したか。あの使わないケースどうしよう?
それはともかく、そういうピッタリなケースが無かったのでもんもんとしていたのだが、唐突に『うん?』と思い付いたものがあった。それが吉川先輩が愛用していたドカベンだったのだ。だから、倫敦の姉さんにあんなお弁当箱はどこに行けば手に入りますかとメールした。すると『トロンメル、そんなに食べるようになったの!?』と驚きの返事が来た。
そうではないと、エフェクターの事やプリ・プリアンプの事を含めてもっと詳しく書いてから送り直したら、吉川先輩のお弁当箱はアルマイトの古いもので、今はどこにも売っていない事がわかった。だからトントさんみたいにジャンクを安く買って中身を入れ替えた方が良いとの返事だった。
ところがこれまた別の日に先輩に尋ねたら、そういうケースを扱っているところを先輩のお父さんがご存知だった。傾斜コンソールケースという名前で売られているらしい。それが数日前に届いたので穴開けを終えたところだったのだ。幅が270、高さが70、奥行き180。良いんじゃないかな? 真空管2~3本タイプならイケルと思う。私の設計も2本だし。それに最初から立てないで横に寝かせて使うつもりだったから。
さて少し場所が開いた。ん~と思案していたら、『ここだ。オレを手に取れ』と白いカスタムの入った、黒い瓢箪(ひょうたん)ケースが言ったような気がした。あんたかよと思いつつも毳々(けばけば)しい内張りの中から白いカスタムを手に取ると、今度は『この膏薬を早く剥がしてくれ』と言った気がした。
(瓢箪はギブソン系のあのケースの事。軽音部の人は皆んなそう言う。そして『Orville』のこれは内張りがピンクだから、開けると目が痛いほどピンクが飛び込んでやたらケバい。どうやら過去の先輩が『Orville』を買って、その色から少しエッチな連想をして叫んだらしい。だから『ケバいケース』と今に至って伝わっている。だけど作りは良く、年代に拠ってはギター保護のためのカバーまで付いている。ただしそれもピンクだ。なのでネグリジェを着た女性のようにも男性には見えるらしい。それで別名スケベ・ケースとも言う)
全部気のせいなんだろうけど、途端に私は妙な親近感を覚えた。だから私は椅子に座ってカスタムを抱え軽くチューニングを合わせた。それでおもむろにアンプを通して、クレイジー・トレインの一節を弾いた。選曲はランディ・ローズを思い受かべたのでベタだけど、錆びた弦なのに随分と良い音がした。
だから作業台の上にギター用に置いてある毛布を敷き、ステッカーをドライヤーで温めながら剥がした。40分は掛かった。いきなり温めたのは、観察したらポリ系の厚い塗装だとわかったからだ。定価7万5千円なら仕方ないと思う。それでもバインディングの浮きやインレイの剥がれ(その頃のボンドのせいなのか、こういう事例が時々ある)は見当たらず、良い個体だと思えた。
また、指板も流石にエボニーとは行かずローズだけど(当たり前)、この個体は思った以上に色合いが濃く、エボニーに見えなくもない。それよりボディの響きが良く、生鳴りが大きい。アンプを通した音が好みだったのも嬉しかった。小豆袋と枕木を取り出し、そこにネックを置いて弦をニッパで切った。フレットにおかしな跡はない。端の処理が良いのだろう。妙な引っ掛かりもなかった。
小キズは多いから弾き込まれているのは間違いない。本当にアタリ品だ。エルマの探した中古品の中のアタリという意味でなく、このギターが『Orville』の生産品の中のアタリという意味だ。ほら、あったでしょう? 千挺に一挺のアタリってあれ。ああいうレベルにあると思う。それだけに下部の大きな打痕と、構えた時に下になるコントロール部側の塗装剥がれが惜しい。それ以外はシャンとしてるだけに本当に惜しい。いや、音が響くだけじゃない。シャッキリし過ぎだ。まるであまり弾かない人……先日の『TL52-95』のようだ?
そう言えばステッカーを剥がしても、剥がし跡というかそこだけ焼けていないという色合いの段差が見当たらない。う~ん……。だけど、この全体的な黄ばみはどういう事だろう……? 鼻を寄せてもニコチン臭くないから、やっぱり焼け跡だなぁ。日光でなくライト焼け? しばらく考え、そこで以前の持ち主が二人目か三人目ではないかと思うに至った。
つまりこのライト焼けが残るほど使い込んだ元のオーナーは、普段から手入れをキチンとし、メンテナンスのプロにも定期的に出していたのだと思う。そんな人が何か事情があって、別の若い人にこのギターを譲ったのだ。そしてその若い人がステッカーを貼ったのだと思う。
「ライト焼けって……バーで弾くようなプロかセミプロが使っていたのかなぁ」
『そうだ』と返事があったような気がした。
「膏薬(ステッカー)、剥がせたからね」
そう言ってから私は指板にレモンオイルを塗り、外せるパーツは外して磨いた。ヘッド裏の刻印の数字は『3』から始まっている。93年製って事かな? 93年なら2PUオールマホ/エボニー指板で『'57 Classic』が載った『LPC-57B』、いわゆるブラックビューティが出た頃じゃなかったかな? カスタムだったら断然そっちか3PU、若しくは95年に出たオールマホでエボニー指板の『LPC-85』だと思う。だけどこれはこれで良い。どっちにせよ、『Orville』で評価が高いのはやっぱり『フジゲン』が関わっていたこの93~97年頃(※)なんだろうね。
※)『Orville by Gibson』は立ち位置として、簡単に言ってみれば『Fender Japan』だ。だけど『Fender Japan』のような会社を興した訳じゃないので1982年といったような明確な設立年は不明だ。おそらくだけど『Orville by Gibson』の製品が市場に出回り始めたのは、ソウルオリンピックのあった1988年頃だと言われている。
この1980年代、『Fender』も『Gibson』も低迷……いや、迷走していた。過去の遺産(人気・技術・そしてストックされていた良く乾燥された木材)に胡座をかいて来たビジネスと、コストダウンのための改悪でファンの心が離れて行き、自分達を見失っていた時期でもあったのだ。その両社が90年代から王道に回帰し復活したのが2000年代だった。
結局、懲りない彼らは(特に『Gibson』)2010年代にまたまたやらかすのだが、それは置いて復活の起爆剤となったのが日本人ギター技術者達の存在だった。
日本のギター造りは60年代の黎明期によく見られた『ギターっぽい何か』から、『日本らしいオリジナル』と『海外ブランドのコピー』へと両極化していった。コピーは良くない事だけれど、次の1970年代を通じて日本のギターはそのクォリティをどんどんと高めていった。その徒花が『Greco』の『EGF1200 Super Real』や『Mint Collection』などだ。
そしてこの日本産コピーに『Fender』も『Gibson』も頭を痛めた。何故ならそれらは日本国内に留まらず、ヨーロッパやアメリカにも輸出され、『Fender』や『Gibson』が持つマーケットを食い潰しに来ていたからだ。これが60年代のビザール感あふれるギターだったなら目を瞑るか黙っていてくれた。アジアだなぁと。70年代に入ってもまだ余裕はあったと思う。
トーカイやフェルナンデスのロゴ改変(スパゲッティ・ロゴなど)は完全な商標侵害だった。そうして真っ先に『Fender』から訴えられたのが東海楽器で(『トーカイのストラト』という言葉が生まれるくらい、ロゴだけでなくギターのデザインも完コピだった)。次に『Gibson』から訴えられたのがフェルナンデスだった(なんで? そこは『Greco』で神田商会じゃないの?)。特に『Gibson』は怒るより気持ち悪かったと思う。もう自分達では作れない、あの50年代や60年代のヴィンテージをほぼ『再現』していたのだから。
そんな理由から最近ではこの頃のギターが見直されている。『Japan Vintage』なんてムックも出ていて、私も買っている。中でも『Greco EGF1200』は『Gibson』を持っている私でも少し欲しいなと思うくらいだ。
ともかくフェルナンデスやトーカイは抜け穴的に使っていた似たようなロゴを止め(石ロゴはFが石川県の石に見えるからそう呼ばれるらしい)、『FR』などのメタル/スーパーテク向け路線や、新素材に活路を見出そうとしていた。そんな80年代、『Greco』を擁する神田商会と大手楽器取扱い会社の山野楽器、富士弦楽器(後の『フジゲン』)が手を組みアメリカとの交渉に入った。
その手始めが『Fender』であり、その結果が『Fender Japan』創設だったのだ。『Fender』の思惑はこうだ。
『日本国内でのみ『Fender』を名乗る事を許そう。その代わり国外輸出は制限、若しくはサブ・ブランドの『Squier』を使え。ついでにその極まった技術もこちらに伝授しろ』
これを横暴と思うか温情と思うかはあなた次第だ。少なからず日本の技術者は『本場へ技術指導に行ける』と喜び勇んだ。そしてそれは政治の世界でプラザ合意がなされた頃でもあったのだ。プラザ合意とは『1ドル=360円』という戦後日本への救済措置を撤廃するという事だ。つまり今後の日本は円安に進み、輸出商売は茨の道に落ちるという意味だった。
となると自動車や船舶などだけでなく、楽器の輸出販売も厳しくなる。そんな頃合いに『Fender Japan』に参画していた会社や工場が手を組んで『Orville by Gibson』というブランド(会社ではない。共同事業だ)を起ち上げたのだ。なお『Orville』は『Fender』で例えるなら『Squier』の立ち位置だった。なので本国では当初『Gibson』の名はどこにも入れさせないつもりだったのだと思う。それで『Orville』で行くなら『Epiphone』を使うなという書類にでもサインしたのだろう。なのでこの『Orville』や『Orville by Gibson』のあった時期、日本市場から『Epiphone』の名が消えていた。
『Gibson』が欲しかったのはどこまで行っても『腕がそこそこ良く、安い下請け工場』だった。だからこれ以降中国で生産されるまで『Epiphone』は一部のシリーズを除いてほぼ韓国製だった。そんな『Orville』のブランドが消えたのは1997年だ。『Orville by Gibson』はもう少し早く1995年で消えている。これらは『Gibson』と同じく山野楽器が取り扱い、製造は『Orville by Gibson』も『Orville』も当初寺田楽器だけが請け負っていた。だけれど1992年頃から『フジゲン』が参加し翌93年には完全に移行した。その頃からパーツの精度や時代考証が良くなったと言われている。これは工場が替わったからでなく、『Gibson』研究が進んだからだ。だけど例え『Orville』であっても、同じ買うなら93年以降の『フジゲン』というマニアが居るのは、この研究が進んだという点を見逃しているからだ。
なお、この一連の流れでアメリカは『商標』や『ライセンス』に絡む契約に厳しくなった。『microsoft』のOSやソフトウェア使用契約がどこか腑に落ちない内容なのは、アメリカがそうやって学んだからだ。何かの事象はそこだけに留まらない。必ず他の事にも波及し影響を与えている。そこを理解できない者はビジネスにも政治にも向いていない。
そんな割りと評価の高い『Orville by Gibson』であっても、80年代末期の初期型はイマイチとされているのは、ブリッジなどの形状が時代考証と合わないから。特に底に基盤が着いた『HB-L/R』というピックアップは、これがアメリカの『Gibson』製かというくらい音がカスだと言われている(本当にこの80年代末期の『Gibson』は足掻いていて、やる事なす事裏目だった)。
そんな訳で、マニアの間ではそこそこ満足できるギターに変化するのは1990年以降だとされていた。で、その1990年はコリーナ三部作としてフライングV(FV-58K、定価12万8000)やエクスプローラー(EX-K、定価12万8000)、エリック・クラプトンと同じエルボーカットされたエクスプローラー(EX-KC、定価13万8000)が出た年だった。
(そこはモダーンじゃないんだ? と思った人はそこそこ居たらしいけれど、そんなヘンテコ・ヘッドのギターでなくエルボーカット・エクスプローラーが選ばれたのは、次のような背景があったからだ。色々ツッコミたくなるが先輩のお父さんの証言が以下だ。
『きっと、企画の人達も、工場の人達も、販売店の人達もさ、皆んなクラプトンの初来日コンサートにヤラれていたからだよ。その初来日ってのは1974年の事だった。ツェッペリンは72年、ベック・ボガート&アピスは73年だ。未だ来日していない『世界三大ギタリスト』の最後の一角がクラプトンだったんだよ。また彼はクリーム解散後、日本のファンにはほぼ音信不通状態だったんだ。ブラインド・フェイス、デラニー&ボニー&フレンズ、デレク&ザ・ドミノス、バングラデシュ・コンサートといった単発的なアルバムでしか耳にする機会がなかった。だから日本のファンは彼に餓えていた(ヤク中になっていて引きこもっていたそうだ)。そんな彼がやっと日本に来たと思ったら、見た事もないギターを抱えてステージに現れたのさ。それがエルボーカットされたエクスプローラーだったんだ。58年に僅か20本前後しか制作されなかったギターだよ。当時は今と違ってギブソン研究もまだまだだし、そういうムック本もインターネットもなかった時代だ。一般の日本人はおろか、楽器店の人でもエクスプローラーなんてギターを知らなかった。『ギターの神様が妙ちきりんなギターを持っているぞ!』と、もの凄く話題になったんだ。そしてその頃に彼が使っていたアンプが『Music Man』だった。で、ちょうどその頃に『Music Man』が日本に進出してねぇ。広告に掲載したショットがさ、そのエクスプローラーを構えながらアンプの前に立つ彼の姿だったものだから、クラプトン=エクスプローラーという図式ができあがったんだろうね。僕もそのクチだから』
という事だ。ちなみに当のクラプトンはこの頃、後のブラッキーをサブにしていて、75年の二度目の来日では白いテレキャスターを使っていたそうだ。だから先輩のお父さんは、その70年代の白い『Fender Telecaster』も持っている。先輩の家に行けば例の黒い『Fender Telecaster Custom』や、91年頃の『Fender Japan ST57-95、ST57-85LS』と並べて床の間に置かれている。当然『ST57-95』の色は黒でセレクターは5Wayに交換済み(信じられないだろうが、この頃のアメリカ製セレクターは3wayだった)。トレモロブロックも板で止めてある。『ST57-85LS』の色はピューターだ。という事でそんなお父さんから譲られた黒いストラトを先輩も持っている。それがトーカイ製だった。四度目の来日の頃にお父さんが手に入れたものらしい。
なお、二度目の来日の時にクラプトンがエクスプローラーでなかったのは、ボブ・マーリーのところの若手ギタリストに譲ったからだそうだ。なので噂にあるような盗難でも紛失でもないらしい。それでお父さんは現在、お手頃価格に落ちた再生産物のエクスプローラーの中古を探しておられ、手に入れたら自分で切るお積もりなのだという)
その90年代初め頃はヤル気が漲った、まさに『Orville by Gibson』というブランドがピークを迎えた時期だったのだろう。不評だった『HB-L/R』が廃止され、『TM490』というピックアップに代わったのも90~91年のこの頃であり、91~92年には傑作『'57 Classic』が載せられる機種まで現れた。ここに至って、文字通りの『Orville by Gibson』が確立したのだった。
とは言え、そこまで気にしないなら『Orville』も『Orville by Gibson』も楽器としてなんら問題ない。寺田楽器も『フジゲン』も良いものを作っていたのは間違いない。ただ、絶頂期のすぐ側に落とし穴はあるもので、工場に納入されたボンドの質が悪かったのか、インレイやバインディングが経年変化で剥がれやすいのもこの頃の製品だ。
『Fender Japan』の時もそうだったけれど、私がこういうのに妙に詳しいのは『エル様』(この人、国産マニアなのもあるけれど、『ポルシェを買うより安い』なんて言ってコリーナ三部作を『Orville by Gibson』のみならず、『Gibson』の再生産ものも全部持っている)の他に、近藤先輩のお父さんという当時を知るマニアと御縁ができたからだ。
そのお父さんは90年製の『EX-KC』(※1)と、92年製のコア・トップ(※2)と、93年製の『LPS-59R』(※3)をお持ちだった。
※1)他の機種より定価が1万高なのは、エルボーカットの手間賃だろうか?
※2)定価はわからなかったが10万以上は確実だと思う。というのはこれはカタログに載っていないモデルで、その木材も希少なら、生産数もごく少量だったと思われるからだ。また、これに搭載されたピックアップは本来なら『TM490』が載っていると思うのだが、何故かフロント『490R(リズムの意味)』、リア『498T(トレブルの意味)』だそうだ。これは2000年代の今、『490シリーズ』と言われているもので、リアの『498T』は本来フロントとペアになるべき『490T』の高出力版だったりする。レスポール・スタジオなどに搭載される『490シリーズ』はこんな頃からあったのかと驚くとともに、カタログに記載されている『TM490』とは何だったのかと疑問が湧いたのだった。その答えはこの92年という年にあった。
92年は寺田楽器最後の年で、翌93年から『フジゲン』に完全移行する。その過渡期だったという点にある。おそらく『TM490』とは、アメリカから入る新ピックアップに、何らかの事情で当て馬的に名付けられたものだ。きっと『490シリーズ』がまだ公式に発表されていない頃で、『490R/490T』『490R/498T』というように記載できなかったのだと思われる。この他の見解もあるが、それは少し後に書こう。
※3)この『LPS-59R』は『LPC-57B』と同じく『フジゲン』渾身の作で、トラ杢のメイプルトップに『'57 Classic』を載せたものだ。定価で12万5000円だったそうだからこの出来なら安いだろう。
ところが実はこの上が更にあって、それが『LPS-FM』と『LPS-QM』なのだ。当時は『'57 Classic』が付いて定価19万8000円だった。そしてエルマが姉さんのために揃えたのが、この93年の前年の92年製『LPS-FM』と『LPS-QM』だったのだ。こちらも『'57 Classic』が載っているが定価は22万8000円と少し高い。
だけれどその価値はあって、正直エルマの探して来たモノの方が杢目が凄いのだ。思うにカタログ作成の事もあるし、ストックの杢目の良いところから使い始めたためなのかも知れない。こんなアサシンを使った人海戦術は、超反則なマニア殺しだと思う。それもあって私はラミネートと思わしき、もう1本の『LPS』に興味が湧かなかったのだ。
(たぶん92年までの『LPS-T』で、93年以降の『'57 Classic』が載った『LPS-57C』ではないと思う)
ん~、やっぱり。このカスタム、拭けばペグの汚れは多少あるけど、ペグ自体に目立つキズがない。ピックアップカバーのメッキ剥がれやエスカッションのキズは、ある一定の場所と範囲に留まっていてそれ以外にはキズが拡がっていない。ピックガードも綺麗なのはピッキングが巧いというか、激しいアクションを取らず座って弾いていたからだと思う。
おそらくこのギターの最初のオーナーはクラシックからギターを始め、その後ジャズやフラメンコを弾いていたような気がした。だから、もしかしたら指弾きだった可能性もある。あのピックアップカバーは爪の跡なのかな? それで多分メインでお持ちのギターはアコースティックなのだと思う。となるとこのギターは、お店のプログラム上仕方なく手に入れたものだった気がする。
やがてそれが必要なくなったので、知り合いかご自分の子供に譲ったのかも知れない。となると譲られた人が打痕の犯人だ。しかも犯人は飽きてギターを売っぱらい、それが中古市場に流れたのだろう。じゃ、三人目のオーナーは私になる訳だ。
少し気になったのでピックアップを外そうとした。カバーに残ったメッキ剥がれの方向が気になったからだ。弦を張った方向でなく、振幅の方向……ストロークの方向に削れているのだ。爪だとこういう削れ方をするのかと、勝手な想像で感心していた。カバーは意外にもあっさり取れた。蝋浸けされていない?
驚いてコイル部分を見たら、前後ともダブルのホワイトボビンだった。それもかなりキズの入った。オープンで使っていた時期があったのかな? それにしてもこういうのは普通、ダブルブラックだろうに。再び『え?』と思って、ピックアップの裏を見たら『DP103』と白いシールが貼ってあり、金属のプレート部分には『DIMAZIO PICKUPS MADE IN USA』と打刻されていた。
「これ、ディマジオのPAFじゃない!」
楽器屋さんでなく質屋にでも流れたの? それとも店員さんのチェック漏れ? こんな事があるんだねぇ。ん……。思うところがあって、私はこのPAFを解析した。するとこのピックアップが70年代のレスポール・コピーにオープンで着いていたものだとわかった。そこから移植したものなのだ。『Greco EG-900』という情報が頭に流れた。
部屋にある雑誌の特集記事を繰って、77年頃までは『U-4000』というオリジナルピックアップが搭載され、その年の途中からオープンの初代『DiMAZIO PAF』に載せ替わって居るらしい事がわかった。元は10万円もする『EG-1000』に載っている『U-3000』より上のピックアップだと、『Greco』側が一方的に謳っている『U-4000』が載っているからというだけで9万円もしたギターだ。
凄いな70年代。何の特性表も添えられず根拠の明示もないワケ? 当時の10万円や9万円って今のどのくらいの価値だろう? ああ……だから『DiMAZIO PAF』を載せた訳だ。そうして付加価値と価格の根拠を作ったのだ。売れたのかな? そこは謎だけれど、ともかくそんな『DiMAZIO』草創期の『PAF』なんて、本物の『PAF』に似ても似つかない音だったとしても、それはそれで貴重じゃないだろうか? このカスタムにはそんな『PAF』が載っている訳だ。もし、そういうこのカスタムの価値もわからず、ギターというものに挫折して安く手放していたとしたなら……このカスタムは、打痕の恨みをしっかり晴らせたんじゃないだろうか。
ちなみに後年、その『DiMAZIO PAF』が抜かれた『EG-900』が気になって仕方なかった。どうもその頃の『Greco』製レスポール・タイプの指板はローズウッドでなくエボニーだったらしいと知ったからだ。おまけにマホガニーでなくメイプル・ネックだったという。音質的に良かったんじゃないかな? もし、そのドンガラが今も残っているなら……なんてね。
次いで私は、裏蓋を開けてポットや配線を見た。だけどそこはしっかり国産だった。ザグリは綺麗だしハンダ付けも丁寧なんだけどねぇ……。まぁ、そこまでラッキーは続かないか。世の中、そんなものでしょう。
気を取り直して接点復活剤を噴霧してから蓋を閉めた。ピックアップを元に戻して、弦を張り直し、それからもう一度アンプを通した。うわぁ~、音が伸びるなぁ。オールド・ディマジオ、オールド『PAF』。ギブソンの本物の『PAF』ではないし、そんなのCDでしか聞いた事がない。けれど、これはこれで温か味のある良い音だと思う。
今度はジャズの『枯れ葉』を弾いてみた。あ~やっぱり、こういうのが合うなぁ。ただしカスタムらしい丸みや、マホガニー・ボディならではのウォームさはまったく感じられない。どこまで行ってもスタンダード特有の少し硬いメイプルの音を強く感じる。でもその音の角は尖っておらず、出しゃばらないので耳に優しい。ポリ塗装でもこれだけ音が張るのがわかるんだなぁ。でも、素直に良いギターだと思った。
「良いねぇ、『Herr Gips』。気に入ったよ」
『Herr』はドイツ語の『Mr.』だ。『Gips』は英語だと『Plaster』となる。意味は膏薬。クラスの子に言われたよ。ドイツ語や英語ってどうして格好良く聞こえるんだろうって。それを思い出したのはプラスターがブラスター(射出装置)に似ているから? ともあれ私は、そうカスタムに語り掛けてから、ケースに戻さずラックの『良い場所』に白いギターを置いた。初めてギターに名前を付けた。
それから私は、こちらもエルマから頂戴した『Orville by Gibson』の『LPS Standard』を手に取った。トラ杢でなく端の濃いヴィンテージサンバーストの方だ。こちらはトラ杢より弾き込まれた感が強い。一番弾き込まれているのは『YAMAHA』の2本と『SG』だろうけど。
あの『SG』はフレットを打ち替えないと弾けない。それは夏休みにでも入らないと無理だった。だからこの試験期間中はこうして自分のものになったギターを軽く検分しながら、どこを手直しするかを見極める積りだった。それと交互というか平行してプリ・プリアンプを作り、試験明けから姉さんのを手直しだ。その後は、エルマから5本ずつくらい預かって直していこうと思う。
ともあれこのタバコのスタンダードだ。これもトラ杢の方よりどうしてか気になっていた1本だ。さっきのカスタムみたいに声が聞こえるような気持ちにはならないけけれど、『何か』を感じる。アンプに通したら、フロント側のポットに結構ガリがあった。これは外して分解清掃だな。時間が掛かりそうだから、そこは一旦脇に置いてリア側のポットを確認した。するとトーンに少しガリがあるだけだった。
そこでアンプに耳を傾けると、これまた妙に音が良い。やっぱりこれもアタリ品だったのだ。まさかと思い弦を切ってピックアップを外した。それで急いで裏を確認した。黒いシールと白いシールが上下にある。黒い方には『PATENT→APPLIED FOR』と二行の白文字、白い方には黒文字で『57 Classic』とあった。これ、ただの『LPS』じゃなかった? シリアルが『G2』からなのに、まさかまさかの『LPS-57C』だったの?
(シリアルの『G』は『Orville by Gibson』の意味。即ち『Gibson』製ピックアップが載っているという意味だ。次の数字は西暦の略で、つまりこれは92年製という事だ。完全に『フジゲン』に移行した93年からは『Orville by Gibson』であっても『G』が付かず、数字から始まるようになった)
だから薄っすらと杢目があったのか……と、一瞬納得しそうになったけれどどうにも腑に落ちない。そこでまたまた解析魔術を掛けた。するとこのギターが92年製の『LPS-T』だった事がわかった。こいつは『LPS』ではなくてラミネイトの『LPS-T』だった訳だ。そうなると今度は杢目の薄さが気になるが、きっと杢目のハッキリしたところが外側の濃い部分にあるのかも知れない。そして『'57 Classic』が載っていたのは、年越し前の過渡期だった可能性がある。私はそういう風に考える事にした。何れにせよラッキーだ。エルマは強運だなぁ。
ちなみにこの『'57 Classic』を元にして『Burst Bucker』の1~3が出たのが一昨年前か去年だ(2003~4年)。490シリーズもアルニコVの490R/490T、高出力型の498Tと3種あるのは知っているが、先輩のお父さんのもの以外に『Orville by Gibson』に載っているのは見た憶えがない。それと私の『Studio』には、80年頃の『Tim Shaw PAF(new PAF)』が前後に載っているらしい(『エル様』がそう仰っていた)。ただセンターが何なのかは不明だ。バランス上ノーマルではないと思うのだけれど。
さて、そうなって来るともう1本の貼りトラが気になって来た。こいつには最初、何故だか全然興味が湧いて来なかった。レモンドロップのそれを取り出して、しげしげと眺めれば確かに綺麗でもの凄い杢目だ。だけどというか、だからこそ念の為にシールドを挿しアンプからの音を確認した。幸いポット類にガリは無かった。だけどこれは使い難いと感じた。
「『Herr Gips』とは違って、バランスが悪いなぁ。フロントは好みなのにリアがウルサイよ」
このピックアップは『TM490』だろうか。『HB-L/R』よりはマシだけれどあまり嬉しくないぞ。というのはリアが随分と煩く感じるからだった。シリアルは『G2』から。これも紛れもなく92年製の『LPS-T』だ。ラミネイトならではのド派手な杢目が嘘臭くて好きじゃない。再生産のカスタムショップ製並みに杢目がバリバリに浮いている。私はこういう合成甘味料のようなものは苦手だ。エルマはこういうのをラッキーだと思うのかな? でも見た目より先に『音』でしょうよ、やっぱり。
「アメリカの姉さん……。これに合う枯れたビンテージ系のピックアップ、作りませんか?」
思わず声に出た。別にただで寄越せとは言わない。けれど『LINDY FRALIN』や『Tom Holmes』、『Tim Shaw PAF』ほど高くなく、『Dimazio』や『Seymour Duncan』くらいの価格で手に入らないかなぁと思う。決して姉さんの労力を舐めている訳ではないけれど。
どのみち張り替えるのだからと弦を切り、指板の手入れをしながらフレットをチェックした。何とも綺麗なものだ。全体で七分山、ハイポジションは八分山だろう。あまり弾かれていなかったのだと思う。一応ピックアップを外して裏を見よう。そうしてピックアップを裏返せば、フロントにもリアにも何の打刻もなければ、シールも貼られていなかった。
「何だ、これ? ニセモノ?」
そこで偶然目に入ったのが、さっきまでフロント・ピックアップが収まっていたキャビティだった。メイプルトップがマホガニーの部分までずっと繋がっている……? どう目を凝らしてもラミネイトの層がない。けれどセンターのブックマッチ跡はしっかりわかる。これ、本物のメイプルトップ?! もしや、『LPS-FM』だったの!?
どうやらそのようだった。3回も4回も確認し解析も2回掛けた。私の集めた資料も2回漁った。間違いない。シリアルを信じるなら92年寺田楽器製造の数少ない『LPS-FM』だった。資料によると『LPS-QM』『LPS-FM』の二種は、高級品だったのでそんなに出荷されておらず、中でも『LPS-FM』は『LPS-QM』よりも少ないのだそうだ。この理由は……まるで建具か家具といった、工芸品のようなキルテッド・メイプルの方が掃きやすい(売れる)と考えられたからだと思う。
つまりこのギターは、これより各所が更に綺麗だった姉さんの『LPS-FM』と同じ頃のものだ。板取りされたメイプルが、同じ木からだった可能性がある。でないとこの杢目は説明できない。そう考えたところである事が閃いた。このピックアップ、フロントが『57 Classic』のプロトタイプで、リアは『498T』のプロトタイプなのではないか? という考えがだ。だからフロントとバランスが取れず煩く感じたんじゃないのか?
私は急いで携帯電話を掛けた。
『はい、近藤電気商会です』
「もしもし、先輩のお父さんですか?」
『ああ、その声はトロンちゃんか。ごめんねぇ、啓司なら今出ているんだ。後で掛け直すように伝えるよ』
「いえ、お父さんが良いです。というかお父さんでないと……」
後で思い返すと誤解を招きそうな通話内容だ。だけれど偶々『Orville by Gibson』のレスポールを手に入れ、それの考証で迷っていると伝えたら理解して下さった。幸い時間も手も空いていると仰って下さったので甘えさせて頂く事にした。
『それは面白いのを手に入れたね。概ねその推測で合っていると思うよ。もし家にテスターがあるなら直流抵抗を測ってごらん。それでわかると思うよ』
その手があったかと手を叩き、お礼を言ってから電話を切った。それでオーギュストさんがお使いだったテスターを下から持って来てピックアップの抵抗値を測った。針が示す値をメモに録った。するとフロントは7.5kΩだった。ものの本に拠ると『57 Classic』は7.4kΩ~8.5kΩだから範囲内だ。ただ、かなり弱い方の個体だ。次いでリアを測った。するとこちらは14.5kΩあった。これは13.75kΩ~14.5kΩが範囲の『498T』最大値だ。それはバランスが取れない筈だ。
ここにアメリカの姉さんの『巻数が少ないと出音は弱くなりますが、音質はスッキリします』という言葉を足せば……。答えは出た。フロントは8kΩを切っているので、そもそもが8kΩ基準の『490R』ではない。こいつは『57 Classic』で間違いない。そしてリアは『498T』だ。どうしてこんな事にと思うが、シールが貼られていないから間違って取り付けられたのだと思う。しかもそれぞれがアタリ品。だけれど組み合わすとバランスが悪いという……。それでもってその犯人は……。
「きっと荷造り梱包したアメリカ側の誰かだろうなぁ。日本向けの梱包の段階から混ざっていたんだ。日本人なら作業効率を上げるためとミスの排除を狙って、最初からピックアップごとに箱で分けるだろうから」
自分の中で納得できたので、私は先輩のお父さんに報告がてらお礼の電話を入れた。すると試験があけたら、一度みたいから持って来て欲しいと頼まれてしまった。うぇ~~。このレスポール、5kgくらいある気がするんだけど……。
時計を見れば午後3時。夕飯まで、まだ余裕がある。なので私は再びギターを取り出した。今度は『SG』、『'62 Reissue』のブラック(エボニー)だ。こちらは『Orville by Gibson』でなく『Orville』の方になる。お値段は6万5000円。バイギブになるとこれが9万3000円に跳ね上がる。その価格差がギブソン製ピックアップの価値だった。それで『HB-L/R』だったらボッタクリだと思う。シリアルの頭はただの数字で『4』だった。来た、『フジゲン』だ。思わずガッツポーズを取った。
ちなみに本家本元のヴィンテージSGは、その60年代頃のものは奇っ怪なトレモロが付いているのであまり好きではない。やはり再生産物やリイシュー物、またはこれようなストップテイルピースの方が見た目がスッキリしていて良いと思う。そもそも『SG』はコストカットのためにレスポールの『工芸品』の部分を削ぎ落とし、『工業品』としたモデルだ。
しかも58年頃のデザイン最優先だったヘンテコ・ギター(フライングVやエクスプローラーの事)じゃなく、ギブソンが真面目に音響特性と演奏性を考えて作ったものだ(※)。
※)ギターの音に木材が影響するのは半分本当で半分ウソだ。磁石に銅線を巻き、それで弾かれた鋼線(弦)の振動を捉えて微弱な電気信号を生み出す────これは電気や電磁の話だ。そんなピックアップの磁界が板の振動を拾う筈がない。だけれどギターの材が変わると音も変わる。これがクラシックギターなどのアコースティックギターで、外部のマイクで音を拾っているなら胴の音も拾う訳だから、反響も含めた全体的な音が変わる理由も納得できる。だけれど、エレクトリック・ギターでも木材が変わると音が変わるのは紛れもない事実だ。これはどういう事だろうか?
その理由は木材の密度や水分保有量から来ている。それらが弦振動が持つ倍音成分に微妙な変化を与えているのだ。また、ギターはフレットを押さえる事で音程が変化する。この際、フレットの位置が正確な音程を刻んでいるかどうかは関係ない。その前に考えて欲しいのは、押さえるフレットが変化するたびに倍音に含まれる音程も変化するという事だ。
そして弦の振幅は低音ほど大きくゆっくりになり、高音ほど小さく早くなる。つまり弦長624mmなら、ブリッジの駒からナットの枕までが624mmあるという意味だから、開放弦を弾いた場合、真横から見ればブリッジからナットを渡る624mmの弦が大縄跳びをしているような状態になる訳だ。
この時に、ボディに耳を当ててみて欲しい。サウンドホールのないエレクトリックでも、もの凄い振動が耳に飛び込むだろうから。それも結構な音量で。次にこの状態で19フレットでも20フレットでも良いから、そこを押さえて弾いてみよう。今度は高い音が耳に伝わるから。どうかな? 自分でギターを弾く人ならわかると思う。シールドを挿さない(アンプに通さない)音なのに想像以上に大きな音だったと思わないかな?
耳に当てているから当たり前? それはそうなんだけど、それだけじゃないんだよ。弦を弾いて発生した音波が、ブリッジを通してボディまで鳴らしている事を理解して欲しいんだ。そしてそのボディを揺らす音波は、ボディ内部も伝わり、その内部で反響を繰り返し様々な倍音を生み出している。それらがブリッジを通して弦に帰る。それが木材の持つ固有の音の正体だ。
という事は、ブリッジの材質で音がガラッと変化するのも理解できると思う。このピックアップはイマイチだなぁと思って交換しようと考えるなら、その前にブリッジやブリッジの駒、ナットやフレットの材質から見直しても良いと思う。
また、弦長624mmなら、その半分は314mmだ。即ち12フレットのところでハーモニクスが出る。ハーモニクスの出し方は、オープン・ハーモニクスなら簡単だ。12フレットの真上で弦に触れ、弾いた瞬間に指を離せば良い。この12フレットのところは弦を二等分した分割点であり、そこを軽く押さえ直ぐさま放す事で弦の振動を1/2に分割した訳だ。
同じように1/3にした7フレット目と19フレット目にもハーモニクス・ポイントはあるし、1/4にした5フレット目とフロントピックアップ付近にもそれはある。理論上ハーモニクス・ポイントは整数で割れる数だけ存在し、慣れれば1/5や1/6、1/7などの音も出せるようになる。
それでハーモニクスを出した時に、このハーモニクス・ポイントはよく観察すると、ほとんど静止して見えると思う。つまりそこは振動のデッドポイントでもある訳だ。以前、弓道部のマネージャーをしている時に弓の話になって、どうしてあんなカタチをしていて、あんなところを握るのかと尋ねたら、馬上で使うためだと教えてくれた。西洋の弓が真ん中を、日本の弓が1/3辺りを持つのはそこに余計な振動が来難いからだとも。つまり連射した時に狙いがぶれないためなのだそうだ。色々考えさせられる。
それはさておき、ピックを持って弦を弾く瞬間にピックを持った指の人差し指先端や親指先端で一瞬だけ弦をミュートすれば、これまたハーモニクスが出る。こちらをピッキング・ハーモニクスと言う。ここでは、そのようなテクを交えてフレーズを弾けと言いたいのではない。そういった複雑な倍音がギターの木材(ボディ・ネック・ヘッドなど)の中で反響しあって、結果ピックアップが拾う弦振動に影響を与えて、そのギター固有の音色を決めている事を知っておいて欲しいのだ。
つまり……硬く密度が高い木材の方が、音波の伝わり方が早く、逆に柔らかく密度の低い木材だと、音波は伝わリ難いし反応は鈍くなる。そして得てして硬く密度が高いものは重く、柔らかく密度の低いものは軽い。エレクトリックの場合、ここから『重いギターほど鳴りが良い』と言われたりする訳だ。また、ギター・サウンドは塗装の質や厚さでも音色に変化を与える。これも内面反射(反響)と倍音に干渉するからで、塗装を剥ぐと音がスカスカになるのは、音の美味しい成分が外に逃げるからだ。
そして、ギターの形状を変えてもその倍音と音色は変化する。むしろこの形状の方がボディの材質より影響は顕著かも知れない。この実験が、ギブソンから1958年に出たヘンテコギターシリーズだったのではないかと私は考えてすらいる。
そもそもギターは人が抱え、身体に密着させて使うものだ。だからリュートの時代から人体に優しい丸みを帯びた形状をしていた。そしてその形状は理に適っており、ついでに言えば自然の摂理にも合っていたと思うのだ。抱えやすい形状は、内部に停滞したり残留する音波という振動の波(倍音)を、人の感性に合うよう上手く反射させたり打ち消したりしながら色付けしていた訳だ。
そしてそれはサウンドホールを持つアコースティックギターだけの話ではなかった。エレクトリックでもこの振動の残留停滞や反響は影響があった。その実験が58年のヘンテコギターシリーズだったと私は思うのだ。ヴァイオリンやヴィオラはあんなに小さいのに、どうして協奏曲でオーケストラに負けない音が出せるのか? そう考えない楽器製作者は居ないだろう。だからギブソンは試したのだと思う。
未来を行き過ぎたデザインだから販売が低迷した失敗作だった? そうかな? 見返りは大きかったように思う。自然の摂理には逆らえないと納得できるデータが残ったと思うから。耳の良い人ならわかるでしょう? フライングVって思ったよりも音がショボいって。あれはあの形状から内部の残っていて欲しい、美味しい倍音を含んだ振動が外に逃げているからだと思う。
オカルトじゃないけれど、あの矢印のようなカタチが、自然界の何かの法則に偶然触れてしまっている気すらしている。街中でもよく見掛けるピクトグラムの矢印サインは、人の行動を制限してある方向に促すためのものだけれど、あのデザインっていつからあったのだろう? ピクトグラムとしての規制・誘導サインの事でなく『矢印』そのもののデザインの事だよ?
これがまぁ、調べても全然出て来ないのだ。思ったより昔からあって、それは魔術師の知る神秘とはまた別の神秘に係るものではないのかな? 勝手な想像だけれど、どうもそんな気がするのだ、私は。だから低域に締まりがなく、高域にクセのある中域だけの音しか出ないのだと思う。
と、ここまでは私個人の考えだけれど、あのフライングVのデザインが音響的に良くないのは間違いない。フロント側の木材容積があまりにも少ない。これはエクスプローラーも同じで、どうにもこうにも肝心な『何か』が抜けた、例えるなら欠けた櫛のような音しかしていない。だからだと思う。せめて少しでも内部に振動が残留するように角を丸めたファイヤーバードが後年出たのは。
そして私もそれを検証した事はないのだけれど、クラプトンのエルボーカット。あれをするとノーマルのエクスプローラーより音のヌケが良くなるそうだ。おそらく内部反響の反射角が変化して、少しマシな倍音になったのだと思う。また、クラプトンはあの部分の木材にダメージを負ったから仕方なく切ったと話していたそうだけど、それはクラプトンの優しさだと思う。きっと犯人を庇っているんだよ。
普通に考えればわかるでしょう? そんなのローディーの誰かが、汎用的なケースに入らないエクスプローラーに癇癪を起こしたからに決まってるじゃない。それに変形ギターって四角いケースに入れると、把手の位置がいけないのか重量バランスが極端に悪いんだよ。一度自分で運べばわかるけど、他のギターの3倍は疲れる。ショルダーで背負うにしてもフライングVならまだしも、斜めになったエクスプローラーだと偏っているから腰に来る。
だから私はシャーベル・スターを持っている事を近藤先輩に話しても、学園に持って行った事はないのだ。こういうのをギターを弾かない評論家は知らない。
また、思い返して欲しい。この一連の『Orville』を鳴らす上で私はクリーンばかりでオーバードライブやディストーションなどを使っていないのだ。その理由は、ああいうエフェクターは倍音を過剰に拾うので木材の質を見極められないからというのと、歪ませるとピックアップとギター全体のバランスをきちんと測れないからだった。
とは言え……今まで話して来たように、ギターは響かないより響いた方が良いに決まっている。ところがエレクトリックの場合、響き過ぎると困る場合があるのだ。例えば演目がジャズで、クリーンサウンドで使うなら、響き過ぎるとこちらの望む角の取れたまろやかなトーンが得られなくなるのだ。これでホロウ・ボディだとおかしなフィードバックを起こす場合もある。また、ギターがソリッド・ボディで、ジャンルが昔風のハードロックだったとしても、響き過ぎると良い感じのクランチやオーバードライブ・サウンドが得られない場合があるのだった。
だから全面的にフライングVやエクスプローラーが駄目とは言えない事も知っておいて欲しい。ただ私の耳には音楽に重要な一部の倍音が消えて聞こえるし、上下の周波数……ある帯域の周波数の音がすっぽり抜けてしまっているように聞こえる。そして姉さんも、何となくこういう事を感じ取っていたのだと思う。あの人は意外と『ES-175D』なども好きなのだけれど、フルアコだから好きなのでなく、あのカタチが良いと言っていた。それはあのデザインが理に適ったカタチで、反射する残響に良い影響があると考えたか、倍音が豊富だと感じたからなのだろう。
だけど私は『ES-175D』を活かすならfホールを塞ぐべきだと思うし、内部の空気を魔術で固形化しないとダメだと思う。その意味でテレのシンラインは不思議な存在だと思う。
(エルマは知らなかったと思うが、今回のギターの中に『ES-175D』や『ES-335』、『Humming Bird』や『DOVE』が無かったのは痛かった。特に『坂上真帆さん』の話をする時に、『Humming Bird』に関して、姉さん、とても嬉しそうに話していたからね。きっと『エル様』がギブソンの方の『Humming Bird』をお持ちで、姉さんはそれに親しんでいたのだと思う)
それで姉さんは内部に溜まる振動の事を、何となくわかっていたのだと思う。そんなところもエクスプローラーをあまり弾かなかった理由にあったんじゃないかなぁ。そしてアメリカの姉さんも、そういう欠けた振動を少しでも拾えるピックアップに換えていたんだろうね。で、その感想をこそ知りたかったんじゃないかなぁって今になって思う。
私がこういう考えに至った理由は、自分自身がダンエレクトロ風のネックを持ったシャーベル・スターを弾いて『あれ?』と感じたからだ。えらく中域の、とある部分に音が偏っていたのだ。最初は付いてるトレモロのせいかと思ったのだけれど(『FLoyd Rose』にはその傾向がある)、これを取り外して試すのは難しい。それで幾つか送って貰っていたピックアップと交換して試したのだ。
するともっと酷い、帯域が歯抜けになった音になってしまった。そこでシャーベル・スターに載っていたピックアップは『足りない何か』を補正するような工夫がされていた事に気付いた。そこからあれこれと逆に追って行き、漸くボディに考えが及んだ訳だ。しかも姉さんの『Goth Explorer』も日本では珍しい『FLoyd Rose』付きだ。罷り間違えばトレモロばかりに気を取られていたろう。取り外しや固定化を億劫がったのと、『他のピックアップを試したい』という欲求がなかったら、袋小路に入っていたかも。
ところで、エクスプローラーやフライングVを使うギタリストに、やたらイコライザーを挟む人が多く感じないかな? それに内蔵プリアンプを備えた『EMG』を使う人も多いように感じた事は? これもイコライジングの一種だと思うのだ、私は。ワウペダルを半踏みしたりするのも、ブースター効果だけでなく、敢えて帯域を偏らせる意味があるんだと思う。
だけど見た目の格好良さや軽量なボディはやっぱり捨て難いし(マホガニーの単板は意外と軽いもので、『SG』はストラトやテレより軽い)、何よりメタルのような、粒の揃った、機械的なディストーション・リフに合う。きっとそんな時代が来るとは予想もしなかったギブソンの音響担当者や技術者は、後年『おいおい、こんなのが流行るのかよ』と驚いたに違いない。
そういう意味でレスポールというギターは理に適い、音響的にも優れたデザインのギターだと思う。当のレス・ポールさんが、ブランコ型のテールピースに拘ったのも、サスティーンだけでなく内部の振動を活かしたかったからだろう。あれを発展させてオクターブ調整できるブリッジ兼テールピースを生み出せなかったのがギブソンの限界だったのかな。
そしてレスポールの弱点がまさにここで、個人の好き嫌いや時代の流行り廃りを無視しても、バッチリ合うのはクリーンなジャズか大仰なハードロックだ。つまりジャンルが偏っていると思うのだ。それでメタルなどに使うと音(倍音)が多過ぎて、潰れがちになる。そんなギターだからボーカル殺しもいいところだ。その意味でもロバート・プラントと稲葉さんは凄いなと思う。あんな倍音が中低域に偏ったサウンドに負けない高域に寄った倍音を喉から出せるのだから。
(もっと高域が出せるボーカリストは居るだろうが、意外と耳に残らないのは、倍音が少なく響かないからだ)
その意味で白いカスタムは響き過ぎるし、鳴りが良過ぎると思う。だから合う音楽を選ぶだろう。それでも楽器として一級品だと思う。また、それは『エル様』から戴いた、スタジオライトのM-Ⅲもそうだった。あれなんて内部の木材からして改造してある訳だが、そういう鳴り過ぎ、響き過ぎという弱点を、手元のボリュームを少し絞るだけでコントロールできるようにしてあった。
ああいうのがこの『SG』にできたらなぁと思う。というのはこの『SG』というギターは、こんなに薄っぺらいのに、内部に振動が溜まるデザインなのだ。しかも角は短く内部振動を妨(さまた)げる程でもない。デザイン性と演奏性、音響特性を十分に考えたギターというのはそういう意味なのだった。
そんな『SG』に付いて回る問題は、やはり奇っ怪なトレモロを取っ払った時の重量バランスだろう。そう思ってストラップを着け、肩に掛けた。やっぱりネックが落ちるなぁ。落ちないようにネックを支えながら弾くなんて器用な芸当、私には無理だ。アメリカの姉さんは確か……コントロールパネル内の空きスペースに鉛でも貼って、そこを起点に『重力増加』させ、ヘッド側に『重力軽減』という逆方向の魔術を同時に使えば良いとメールに書いていた。これまた器用だ。
こんなのルヴィアさんや凛さんでも宝石を消費しないと無理だろう。そして絶対にしない。第一そんなの勿体ないし、そんな理由でと悩むこと請け合いだ。となると物理……ギターのボディ側にトレモロ並みの錘(おもり)を付けるしかない。穴は空けたくないしなぁ……。それで思い浮かんだのが、アメリカの姉さんみたいなメタル仕様だった。アンカーやチェーン、縞鋼板(チェッカープレート)などで飾るのだ。ああ、あの画像で見たエピフォンの変形SGはそういう意図があったのかと納得した。
(後にアメリカの姉さんに聞いたのだけれど、あの変形SGは改造してあるのでなく『Xtreme G-400』という、2年足らずしか造られなかった珍しいギターだったらしい。しかもこれまた『Floyd Rose』付き。それの重みがあるからヘッドが落ちないのだそうだ。なお、このギターは名前に『Goth』が付かない。それはドット・ポジションが入っているからだそうだ。それでメーカーの人に頼んで12フレット以外にインレイのない『Xtreme G-400』を特別に2本作って貰ったそうだ。それらの『Xtreme G-400』と、私も持っている『Goth Les Paul Studio』、それと『Goth Les Paul Studio 7-String』『Goth Les Paul Special II』『1958 Goth Explorer with Tremolo』『Goth '58 Flying-V with Tremolo』が姉さんのシンボルらしい。だけどエクスプローラーとVはほとんど使わず、使ってもアーム無しのVだという。その理由は、Vが両手タッピング専用機だからだそうだ)
「そうだよ。テスト明けににでも材料を買ってきて、そうしよう」
それまでに、フレットの打ち替えをお店に頼んでおけば時間が無駄にならない。フレット抜きの喰い切りニッパやフレット打ち込みの道具も持っているけれど、それをしようとしたら意識がそっちに行き過ぎる。今は試験期間中だ。その息抜きでギターを見ているだけなのだから。
あ、一応念の為の説明。本来私はギターの改造(カスタマイズ)が好きではない。それは製作者の意図を捻じ曲げる行為だと思うからだ。けれど弾きやすさや音質向上のための改造(チューニング)は何とも思わないし、むしろそれをしない道具なんてあり得ないと思っている。
そういう考えを持つのに、この『SG』に改造と言っても良い範囲の手を入れようと思えたのは、1に最初から重量バランスの悪い欠陥を持つから、2に『Orvill』も『Orvill by Gibson』も『SG』の型起こしの際に参考にした本家『SG』が、80年代のリイシューもので60年代のヴィンテージとは似ても似つかないものだと知っていたからだ。
これはヘッドのデザインやコントロールの配置を見れば一発でわかる。だけど『SG』のプレイアビリティの高さが前々から気になっていたし、この個体の『弾き込まれた感』や『枯れ感』は私にダイレクトに突き刺さった。私の持つレスポール・タイプとは違うものを出してくれると、直感で感じたのだ。だからそれをより引き出すために、手を入れようと決めた訳だ。
そんな事よりお前、試験は良いのかって?
そこは大丈夫。姉さんもルヴィアさんも凛さんも、試験前だからとテスト前の勉強なんてしないタイプだ。試験期間中でもいつも通りの日々を過ごされていたし、している。それは普段の授業をきちんと受け、その時の内容とともに、先生が教えたかった事を毎回考察し把握しているからだ。
それを記憶して理解し、ついでに授業前や授業後の休み時間に教えられた内容の輪というか範囲を拡げておけば、まず困る事はない。何より時間に余裕ができて、家に帰れば全部自由時間だ。そんな事を私もエルマも真似ている訳だ。
『帳簿と同じですよ。確定申告の時期になって焦るのでなく、毎日付ける事。ほんの数分で済みます。そしてその数字の積み重ねが、あなたが頑張った結果なのですよ? それはスポーツでも、あなたの好きなギターにも言えますよね? 一夜漬けで、ギターは上手くなりますか? そういう事ですよ』
だから授業中は思いっきり集中してしまって、周囲が見えなくなる時がままあった。友人からは『普段はボーッとしているのに、集中し始めたらエルマよりすごい』なんて言われている。それはギターの練習時間を少しでも稼ぎたいからだった。そしてエルマは家事や炊事、魔術や弓道の事に時間を稼ぎたいタイプだった。なのでエルマの方が家庭科の成績が良いし、お料理が上手だったりする。
ただ、その時の姉さんの言葉で不思議だったのは、この人、書類上は扶養家族だろうに自分で税金を払っているのかという点だった。この疑問を姉さんに訴えたらお小言を頂戴した。
『あなたも色々な事をして儲けているのですから、ある程度真面目に税金は納めておきなさい。その実績が信用となって、あらぬ疑いを払拭するのですから』
そんな訳で姉さんは、いつの間にか個人で会社を起ち上げていた。しかもセラさんやリーゼリットさんを外注先に仕立て、あちらの日常のお買い物での領収書の取り方まで指導していた。例えばスーパーでお買い物をする時は、サービスカウンターのあるレジで並び、その日のお買い物分以外にお父さんのタバコも買って領収書を貰って来い、などだ。タバコって嗜好品だからヤバイんじゃないの? だけどタバコもお酒もスーパーで買って外注経費に含めてしまえば落とせるらしい。
しかも魔術師の世界では、アインツベルン家の一員であるのみならず、エーデルフェルト家とも繋がりを持つファースト・オーナーとして周知されている。これはそれなりの金を産み出す霊地を個人所有しているという意味だ。僅か1年でそこまで上り詰めたのだ。
そんな人がタバコを経費で落とすって……魔術師らしく悪どい人だと言えばいいのか、セコイと言えばいいのか、良くわからない人だ。
だけどエルマはそんな姉さんを見習い、個人事業主として確定申告し、国民健康保険や国民年金も支払っていた。アサシン達の会社を興す計画も、この保険関係を厚生年金保険や厚生年金に換えたいからだという。じゃセイバーはと言うと、姉さん、ちゃんと彼女の分も支払っていた。と言うか、ランサーの分とランスロットの分も支払い、『エル様』からアルトリアの授業料や保険代を代行して預かっており、彼女が現代の学園生活や日常生活で悩まないよう手を打っていた。
『だからそれがマスターになるって事だよ。彼、彼女らの生活が保証できないならマスターの資格はないね』
そう、エルマにズバッと言われた。それを聞いていたゾウケンくんが落っこち、アーチャーさんは厨房でズッコケ、こんな事を言っていた。
『聖杯戦争のような期間限定でなく……ずっと手元に置く……。それは、魔力量の問題だけではなかったのだな……』
そしてルヴィアさんと凛さんに深く感謝していた。アーチャーさんは『自分がそういう事になっている』と、そこで初めて気付いたのだ。
まぁ、そんな事は置いて、私は再び愛用のニッパで錆びた弦をブチブチと切っていった。改造前提だからピックアップには期待していないし、確認すらしなかった。フレットが減っていたので試奏すらしていない。ただただ弾き込まれた風格に惚れたのだ。それは黒ずんだ指板にも残っているし、5フレットから17フレット辺りまでのネック裏にも残っている。塗装が剥げているのだ。
塗装剥がれはエルボー部分にもある。ピックアップはカバーがないし、ボビンの端はピッキングで削れていた。普通、こういうのは嫌われると思う。セカンドハンドで、誰が使っていたのかもわからないわけだし。だけど軽音部でバンドをやっている女の子は、気にしない子ばかりだった。当然私もそうで、『味がある』『黒い塗装とマッチしてカッコイイ』なんて本気で思っている。
『Herr Gips』と同じように気に入る予感が最初からあった。
しっかし、テレカス(Telecaster Custom)のリアと、M-Ⅲのミドル、アリアのナッシュビル以外に今までこの部屋にシングルコイルがなかったとは。『YAMAHA』の2台が加わっても、凄く偏ったギター・コレクションだと我ながら思う。コイル数だけで数えたら合計5つなのだ。対するハムバッキングは幾つある? 数えるのも面倒くさい。
ちなみに、姉さんと交換した『aria proⅡ 615 Nashville』のナッシュビルは、アメリカのテネシー州にある音楽の街ナッシュビルを指しているのだが、そこでセンターを足した3ピックアップの改造テレキャスターが流行ったから、そう呼ばれるようになったらしい。そしてこの改造の場合、大抵全ピックアップをストラトキャスター用に換えるという。
こうするとテレの弱点であるフロントの弱さが軽減され、プレートがないのでリアのキンキン音が幾分マシになる。メリットとしてストラトのようなハーフトーンが得られるところと、ミニスイッチ追加で『F+C』『C+R』のシリーズ(直列)ができるところだろうか(※)。
そんな風に『SG』が使えたならというのが私の中での理想だ。本当はスタンダードやカスタムでなく、P-90が載りドット・インレイのスペシャルが一番使い勝手の良い『SG』だと思っている。それでもってP-90が3発だったら……。だからナッシュビルの事を考えたのだ。まぁ、それはあくまでも理想で、今の段階でそこまでしようとは思っていないけれど。
※)このシリーズ化はある点を許容できるならとても効果の高い改造だ。メリットはスイッチ・オンでストラトと思えない太い音が出るので、楽曲に幅が出るところ。デメリットは同じ磁極、同じ巻き方のピックアップを使う疑似ハムだから、ノイズがキャンセルされずに2倍になってしまうところだ。その対策としてセンター用逆巻・逆磁極のピックアップを用意しているメーカーもある。
だけどシングルコイルはそのノイズの中に美味しい倍音が含まれているので、センターを逆巻・逆磁極のタイプに交換してノイズともども倍音までも消してしまう手段を取るのはどうなのかと考えている。私はそんなノイズも含めてロックだと思うのだ。
そしてここが重要なのだが、ただのパラレル(並列)接続がどうして『ハーフトーン』などと独自の名で呼ばれるのか? それはピックアップ同士が近く、お互いの磁界に影響しあって倍音の少し欠けた独特な音を出すからだ。ではパラレルにしない場合はどうなのか? その時もやはり近いもの同士で磁界に影響しあっている。そこを気にして、センターを目一杯下げたり、取っ払うギタリストも居るくらいだ。そう考えると、ある意味で3ピックアップ化は良くない手段かも知れない。
そこをレオ・フェンダーも後年わかって来たのか、3ピックアップ・モデルを出していないし、ムスタングやジャガーは前後逆巻きの逆磁性だ。『エル様』はそれでご自分のムスタングの配線を変え、リアピックアップの上のスライド・スイッチをフロント⇔ミックス⇔リアというセレクターにし、フロント側のスイッチをシリーズ(直列)スイッチにしていたらしい。しかも切り替えは指でなくピックで、弾いている最中に換えるという(ピックはハードばかりを子供の頃から使用していたとは姉さんの話だ)。
そこでそんな姉さんにこのナッシュビルを贈った、アメリカの姉さんの事を考えた。いっその事、この件をメールでお知らせして相談しようと。なので私は違う事に頭を切り替えた。
「『Fee』……そうだ、『Schwarz Fee』って呼ぼう」
そして、どっと増えたギターにアテられたのか酷い中二病を発症していた。『Schwarz Fee』の意味は『黒い妖精』だ。翌朝の私は顔色も態度もヘンだったと思う。
後日、『SG』をデジカメで撮影し、その画像を添付してメールした。その返信メールには『SG』の欠点、木材の総質量の少なさから来る倍音の弱さと、持った時のバランスの悪さをきっかり指摘してあった。その上でペグをグローバーの『102』などの重いものに換えつつ、テイルピース側をビグスビーなどで重くすれば足りない質量を稼ぎつつ倍音を取り戻せるとあった。
ヘッド落ちだけなら、ホームセンターなどで売られている金属プレートで防止できるらしい。その分余計な穴は必要だけど、裏だから前からはわからないそうだ。
『元の印象が変わるようなカスタマイズはお薦めしません。質量と倍音、それと演奏性から考えましょう。何より希少性が高い生産終了品はノーマルの方が価値が高いものです。カスタムを楽しむなら安価な現行品か、ジャンクで行うべきです』
とあり、3PUのSGタイプが欲しいなら制作できると書かれてあった。添付ファイルには3PUの図面と使う木材ごとの価格が書かれていた。ちょっと普通の高校生にはお高い値段だけれど、ドーンと行くのもアリだなと思える魅力的な提案でもあった。というのはスケールで悩んでいた旨も書いていたので、そこも考慮してくれた上でのミディアム・スケールのテレキャスター・タイプと、それの3PU版、つまりナッシュビル・タイプの提案も載っていたからだ。
しかもナッシュビルは10~15万も出せばかなり良い物が作れるという。それは1からの制作でなくネックやボディを別々に揃えられるからだそう。アメリカにはそういうパーツが色々あるらしい。
「カリフォルニアって、フェンダーの地元だものねぇ」
また、ギターを送れば、フレット打ち替えやメンテナンスも割と安くできるそうだ。なので私はアメリカの姉さんにミディアム・スケールのナッシュビルを制作依頼した。それが5月の終わり頃で、完成した現物とメンテの完了した『SG』は、夏休みを利用して行った現地で受け取った。その時にアメリカの姉さんからこんな事を言われた。
『あなたも面白い子ですね。『ST-314』や『ST-M』シリーズを知っているなら、『Squier SST-314』の存在とその開発に関わった人の事も調べておきましょうよ。それで『Guyatone』の『H&M model30』や『H&M model10』『GA-300FC』というアンプの事も。それにミディアム・スケールのギターはヤマハやアリアにもありましたし、現行のフェンダージャパンやフジゲンなどにありますでしょう?』
『Squier SST-314』や『H&M model30』などは、秋までにエルマのアサシンが探して来たのは言うまでもない。そして私はある一人の日本人ギタリストの名前をそこで知ったのだった。ちなみに姉さんの話していたヤマハは私が持っている『RGX』の事だった。アリアは『Armoured Warrior』というそうだ。よくそんな80年代のギターの事まで頭に入っているものだと感心していたら……。
『グヤトーンの『LG-880 Marroly』『GLORY LG-1000』のシリーズ、カワイのムーンサルト、アリアの『PE』シリーズ、グレコの『MR』シリーズ、ヤマハの『SG』シリーズ……この他『SX』『SF』『SA』などなどに、アイバニーズの『AR』シリーズ、『AS』などのホロウもチェックしておきませんと』
な~んて、70年代に生まれたものや、現代にも続く国産ギターの名をつらつらと並べられた。ギターの工房を持つ旦那さんと結婚されているからか、倫敦の姉さん以上に詳しい。それでやっぱり旦那さんはヤマハのギターを中心に、古い日本製ギターを集められているそうだ。で、姉さんがビザール時代のピックアップを集めていて、グヤのゴールドフォイルや『LG-50(マロリーの元になったギター)』のピックアップを再現しているのだそう。
そしてその旦那さんが言うには、私達学生という世代を考慮してギターを薦めるなら、断然ヤマハのパシフィカかアイバニーズのタルボ、フェンダージャパンのストラトかテレキャスがお薦めなのだそうだ。スケールの問題が無ければ、私もそうだろうなと思う。それで自分の学校ではジャグマスターの人気がある事と、日本の女の子はショートスケールのモデルを選ぶ場合が多いように思うと話した。
『え~っ! 日本の女の子って君やエルヴァより小さいの?』
だって。それで今年か来年の11月には日本に来て、長野県松本市界隈にある『T's』や『SUGI』といった、ギターの工房や工場を見学したいのだそう。
『『T's』の『Ark』が気になるんだよ』
旦那さんもマニアックな人だった。この旅行は姉さんや旦那さんとたくさん話せたし、パミちゃんとも仲良くなれた。何よりギターの色々な事が知れて、とっても楽しかった。そして学園卒業後にアメリカに行く決心が完全に着いた旅でもあった────。
儂ら3人は鉄格子の隙間から見える家に圧倒されておった。それはどのくらいじゃろ? タクシーが去った後……1分は呆然としておったと思う。すると、突然姿なき者より声を掛けられた。
『失礼。マキリ殿とイリヤスフィール殿ですな?』
『ルビーちゃんを飛ばした!』と喚こうとするルビーの口を、空気を読んだイリヤスフィールがサッと圧えよった。
「そうじゃ。ヌシは……アオレアールのアサシンか?」
『左様です。しばしお待ちを。今、仲間が家人に声を掛けておりますので』
そう英語で言い残して声は消えた。気配なぞ何も感じんかった。じゃが、このステッキの身体に備わる機能が、イリヤスフィール以外の英霊独特な霊波をちゃんと捉えておった。それに儂らはエルマのアサシンで慣れておる。じゃから、イリヤスフィールも慌てなんだんじゃ。
しかしアサシンが居るが故よな、格子の門に何ら魔術が掛けられておらん。格子の奥に見える建物は、幻視でも虚像でもなく見えたそのままじゃろう。となるとどれだけ大きな家なんじゃ。とは言え前庭はそれほどでもない。他人の目を避けたい魔術師の家と思えば不思議な造りじゃ。
「門番の彼以外にも大勢いるわね」
「そうじゃな」
やがて、人が2人連れ立って門のところまで来た。人好きのする微笑を湛(たた)えた美男美女の青年じゃった。両人とも見た目はアジア人じゃ。ただし、男の方の霊波は英霊で間違いない。
「お待ちしておりました」
どこぞの拳法家のような衣服の男は慇懃にマーと名乗り、チャイナドレスのような衣服の女は涼し気な笑みを湛えてコウと名乗った。男が門を開き、女が儂らを敷地内に促し、敷地に足を踏み入れるやいなや、再度丁寧に礼をしてくれた。男が先頭で儂らを導き、女は最後列から今の姿では歩幅の短いルビーを気遣い手を差し伸べておった。こういう行為をルビーは素直に喜ぶ。まるでエルマのように自然じゃったから、ルビーもはにかみながらも手を繋いでおった。
こんな大邸宅に似つかわん狭い庭を抜けると直ぐに玄関じゃった。それは敷地面積一杯に家を建てておるんじゃから物理的に当たり前の事なんじゃが、玄関の扉を開けると直ぐにリビングなのは驚いた。しかも屋内はエアコンが利いておるのかかなり涼しい。ステッキと英霊である儂ら3人には関係ないが、やはり5月ともなれば香港は結構暑いのじゃ。確かに外では先程もセミが鳴いておったの。
そんな儂にコウと名乗った美人は笑顔でこう言った。
「この家は来客が多いので、玄関ホールを潰してこのように致しました」
またまた英語じゃ。確かに広東語なぞ儂は話せんし、香港じゃと英語が通ずるのもわかっておった。じゃが、違和感があるのぅ。
「ゾウケン。あの人の英語、ドイツ訛りがある。それにどことなくエルヴァに似ているような……」
やはり。となるとこの女人(にょにん)がアオレアールなのか? 促されるままにソファーに掛けておると真っ白な看護師か修道女のような洋服を身に纏った、白人少女とアジア人少女がリビングの奥からこちらを覗いておった。それをマーが咎めると、コウが立ち上がりその2人の少女をこちらに連れて来おった。
丁寧に挨拶をしてくれおる少女達の年の頃は11~12歳じゃろうか? 冬木のイリヤスフィールやクロエと変わらんように見えた。その真っ白い衣装はどこぞの学校の制服なのじゃろう。左胸にその学校の名の頭文字らしきものが図案化されて描かれておる。丸い襟には赤いリボン。なるほど基督教系の学校なのじゃろう。最初、修道女のように見えたのはそういう理由であったか。
以前、香港に寄ったのは何年前じゃろうなぁ。あの頃も白人は多かったが、地元の者達と相容れん見えぬ壁のようなものがあった気がする。じゃが、今はこういう学校も増え、人種を越え机を並べておるのじゃろう。
「黄春鈴です」
「アオレアール・フォン・アインツベルンです」
そう英語で自己紹介してくれおる少女達に儂ら3人は目を丸くした。黄色人の少女も『コウ』なのかえ。まぁ、コウと顔が似とるから姉妹なのかも知れん。それよりもじゃ……。
「ヌ、ヌシがアオレアールじゃと……?」
儂の言葉に白人の少女が怯み、コウと名乗った少女が背中で庇おうとした。
「む……済まぬ。驚かせてしまったようじゃ」
『下がっていなさい』とでも年長のコウは言ったのじゃろう。彼女の合図で2人の少女は気まずそうに奥へ行った。それをルビーが追いかけて行きおった。
「良ければ許してやって貰えませんか? きっと、お友達になりたいのだと思います」
イリヤスフィールがコウにそう言った。コウは優しく微笑みながらそれを了承した。その後、少女達を咎めてから姿が見えなんだマーが盆に茶器を載せてやって来た。
「わざわざ済まんのぅ」
儂がそう言うと、マーは白い歯を見せて笑った。それが本当に人懐こい良い笑顔なのじゃ。
「大したものはありませんが、せめてものおもてなしです」
儂はマーがいれてくれた茶を、ひと口喫した。うむ、良い味じゃ……。お茶請けは蜜で漬けた棗(なつめ)の実じゃった。たしかこういう蜜で漬けたお茶請けを『蜜餞』と言うんじゃったかな?
「ウマい。この茶は何と?」
「喜んでいただけて幸いです。この茶は安徽省の銘茶、太平猴魁(こうかい)ですよ」
見せてくれた茶葉は、一つ三寸(9cm)はあろうか。その大きさにぎょっとする儂とイリヤスフィールじゃった。
中国茶は醗酵の段階に応じて六種類程に分けられる。醗酵度合いの少ない方から緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶となり、微生物によって後醗酵させた黒茶じゃ。それに蒸すのでなく煎る事で香りを引き立たせ、味でなく香りを楽しむのが中国茶なのじゃ。なので馴染みある『緑茶』という種類でも日本のそれとは全然違う。合う合わんはあると思うが、機会があるなら一度試さん手はないぞ。
マーに聞けば、緑茶には龍井茶、碧螺春、緑牡丹、黄山毛峰などがあり、今頂いとる太平猴魁も緑茶だそうじゃ。ほぅ~。白茶には銀針白毫や白牡丹などがあるそうで花の香りがするそうじゃ。黄茶じゃと君山銀針という銘茶があるそうじゃ。他は北港毛尖、霍山黄大茶と言うとったな。そして次の青茶が誰もが知っとる烏龍茶の事で、凍頂烏龍、鉄観音、武夷岩茶、黄金桂、水仙、色種、東方美人など様々あるらしい。鉄観音は知っとるし、凍頂烏龍も聞いた憶えがあるが、他は憶えがないぞい。
その上の紅茶は祁門紅茶、正山小種などだそうじゃが、イリヤスフィールが言うには祁門は凛が好み、桜もよう飲んどるそうじゃ。そうなのかい、全然知らなんだわい。それで最後の黒茶じゃが、これには普洱茶、六堡茶などがあり普洱は『ぷ~あ~る』と読むそうじゃ。そういう事じゃったのかいと納得した。ちなみに儂の好きな黒豆茶は中国じゃと少し違うものになり、豆は食べんそうじゃ。
その昔、海を渡ってやって来おる茶の葉は希少な高級品じゃった。じゃからと言って薬にはならんと思うが、それだけ高価なものだったんじゃなぁ。なので冬木村の庶民は葉でなく茎を蒸して茶にしておった(茎茶。成長しきって硬くなった葉で作られるのが番茶)。そして日にちが経てば焙じて香りを取り戻しておったものよ(ほうじ茶)。儂はこのほうじ茶が好きでのぅ。村のもんと『一服しようかい』となるといつもほうじ茶じゃった。じゃが、これだけ様々な茶葉が楽しめる中国では、儂の好きなほうじ茶はないようじゃった。残念じゃが、流石は茶の故郷よな。
「いやぁ、マーさん。随分とためになるお話でしたわい。して、このような茶の知識は貴方様の時代から?」
「はぁ……気付いておられたのですね? 失礼しました。マーは馬の事です。日本の方なら『馬謖』と名乗った方が通りが良いでしょうか?」
おお! 『泣いて馬謖を斬る』のあの馬謖かえ。そういう事かい。それは名乗りたくない名じゃろうな。
「左様でしたか……。心中お察し致しますじゃ。然し乍ら、当方が知りたいのは貴方様の正体ではなく、アオレアール殿の事でしてな。何かあったのではないですか?」
すると馬謖はコウを見た。コウはそれに頷き、儂らに事のあらましを話してくれようとした────。
じゃがその前に二度手間を省こうと、儂はエルヴァから得とる、あ奴の推測込みの話と、儂の推測を話した。そして儂が元『蟲遣い』である事と、イリヤスフィールが英霊である事などを明かした。これは儂らがエルヴァから信任を得とる証(あかし)であり、妙な考えを裡に秘めておらん証になると考えての事じゃ。
するとコウは『少し違う』と言い、想像もつかん話をし始めたんじゃ。
「時系列を追いながら、外堀から話しましょう。そもそも『アオレアール』という名は、『エルヴァ』の偽名です」
「偽名? そのエルヴァとは?」
「そちらに馴染み深い倫敦のエルヴァではありません。その元だった者の事ですよ」
あぁ……そうであったな。ややこしいが、あの者の名が『エルヴァ』じゃった。皆、『エル』と縮めて呼んどるので、いつの間にかそういうものだと慣れきっておった。しかし『偽名』とは?
「そこも話しましょう。『エルヴァ』は空想遊びが好きな子供でした。それは赤ん坊の頃から2歳頃まで、ホムンクルス用の培養槽の中で育てられていたからです。そして3歳になろうかという年に、2人の乳母とともに産まれた屋敷を出ました。これは培養槽育ちで世間知らずなところを、アインツベルンの総裁が危惧されたからです。事実、屋敷の中は総裁と数名の執事以外は、皆んなホムンクルスだったからです。同世代で心ある人間同士の交流が無ければ、心が育たないと熟考されての処置だったそうですね」
ふむ、そうじゃな。儂は顎で話を促した。
「その御蔭で友人もでき、今も交流のある親友が郷里にいるそうですね。ですがそういう社交性もあるのに、生来の空想好きは治らず、一人の時はあれこれと頭の中で想像しては楽しんでいました。とは言え、総裁候補としての帝王学や経営学、並びに魔術の修行もみっちり積んでいた訳ですから、現実と向き合う視点もきちんと学んでいました。そして5歳になったある日、アインツベルン宗家に伝わる宝具を得るために、総裁へ直談判し、その宝具を得る資格があると証明するために自らの左腕を切り落としたのです」
これは儂もエルヴァから聞いとる。総裁の資格ではないんじゃ。『ラインの黄金』を得る資格があると証明するためだったんじゃ。つまり幼い『エル』は、総裁なぞ絶対なれるものと信じておって、アインツベルンの今後にはその『ラインの黄金』が必要不可欠と、とっくに調べ確信しておったのじゃ。つまり先の先を見ておったんじゃな。
じゃが、ほとほと感心するのは僅か5歳の子供が、自らの腕を切り落とすなぞできようかというところにある。儂が自らの身を蟲に喰わせ蟲となったのは成人して後じゃ。しかもそうせぬと生きられぬと悟ったがゆえ。止むに止まれぬ事情があったのじゃ。儂の血肉を分けた子や孫にしても自ら進んで蟲蔵に入った者はおらん。その意味で儂は『エル』を気に入っておったし、そんな儂の事情や心情を識っており、儂を気遣ってくれおるエルヴァを気に入っておる。勿論、エルマもな。
「そこから話されるのは、つまり宝具を得た事と関係があると?」
「そうです。そこから始まった事なのです」
儂は大きく頷いた。その宝具は大きく分けると『時間停止と状態停止の掛かる無限空間』『宝具同士の連絡と中身の交換・配送』という便利な倉庫機能と、『魔力の吸収・簒奪・生成』『人心掌握』などのこれまた便利な機能を有しておる。この宝具を持たんエルヴァですら、マジックドレインは得意としておるし、空間転移に於ける空間把握能力は尋常でないほど高い。
おそらく前者はルビーに備わっとる第二魔法の術式も使われとる筈じゃ。そして後者の魔力に関しては、第一魔法、第二魔法と第三魔法が少しずつ絡んどるに違いない。しかし掌握術に関しては謎じゃった。エルヴァが言うには『エル』という魔術師個人が生来持っとる能力らしいのじゃが……。
ともあれこの宝具はエルヴァ並みの基本能力がなければ扱えんし、どう扱うかも思い浮かばんシロモノであろう。じゃが、ある程度理解した魔術師どもが、真に恐れるのは英霊にまで効く『人心掌握』であろうなぁ。
「あの宝具には、想像しただけの人物を精神体として、新たに独立活動させる能力があります。つまり宝具で生成したエーテルなり、新たに鋳造したホムンクルスの素体を使えば、この世に人を創り出せるのです」
やはり……の。そこが第一魔法と絡むのか……。いや、まだ奥があるじゃろう。
「だけでは無かろう。限定的かも知れんが、宝具は世界を『創造』できるのではないか?」
その延長上に『現象化』、即ち天地創造可能とする『神化』があるのではないのか? アオレアールは『何か』をした。それは『現象のエル』の意に沿った事だったじゃろう。そしてそれは決して利己的なものでなく……。
「アオレアールは生きとるのか? いや、ヒトとして存続しとるのか?」
コウは目を伏せ、『生きている』と言った。そして自身の名を改めて名乗った。
「私の名は『黄春鈴(コウ・シュンリン)』です」
「それは先程の子供の名ではないか?」
「はい。あの少女の私とアオレアールは、バックアップです。生きているのはわかるのに……倫敦から戻って数日も経たずに、アオレアールは忽然と……」
消えたのか!? よもや『現象』にでもなったと言うか?
「まさかと思うが、『現象』に?」
「いえ、それはありません。それなら私や他の者が気付きます」
ここでイリヤスフィールが怪訝な顔をした。きっと儂もじゃろう。
「理由はあります。根拠は私を含む4人がアオレアールのバックアップだからです」
む? これは?
「あの子供達を除いてか?」
「そうです。私の姉が『黄春燕(コウ・チュンヤン)』。彼女の友人が『王一诺(ワン・イーヌオ)』と『朱思涵(シュウ・スーハン)』です。そして私『黄春鈴(コウ・シュンリン)』の4人がアオレアールのバックアップなのです。春燕と一诺に思涵がレイドでその論理演算部のバックアップが私ですから」
『こんぴゅうたぁ』で例えてくれたらしい。紙に簡単な図を描いてくれなんだらさっぱりじゃった。そしてそれは儂の蟲の使い方の遥か先を行く方法じゃった。どうも『エル』の世界で、アオレアールが香港に住まうようになったのは6歳頃からだったらしい。料理の研究と言っておるが、どうもそれ以外の何かがあるようじゃ。
そこは何かわからぬが、ともかくアオレアールは一人香港で生活しておった。そして『エル』からは汎用性のある素体を10体ほどと、それなりの金、そして『ラインの黄金』の複製品を与えられておったらしい。そして最初の数ヶ月は今はなき九龍城塞で暮らしておったそうじゃ。そこで子供のアオレアールは活動範囲を拡げるために、『春燕』と『一诺』、『思涵』という保護者になれる姉的存在を創造しおった。次に学校に通おうとなって、友人となる『春鈴』を創造したらしい。
「つまり、子供の頃のアオレアールは家族を欲したのか?」
「……はい」
そんな子供がどうして一人香港に?
「アオレアールの、真の目的は何だったのじゃ?」
たっぷりと2分は間が空いた。そして『春鈴』は苦し気に喉から絞り出すように言った。
「大衆を掌握しての革命です」
「何じゃと!?」
どうやらそれがアオレアールに与えられた、『エル』からの使命であったようじゃ。そして僅か1年でその革命を成功させたらしい。共産党の独裁体制を崩壊させ、表向きは自由経済社会にしつつ、中国をアインツベルンの草刈場にしおったらしい。しかし、その先にあるものは全人類の繁栄と共存にあった。その理想のために『エル』はロシアと早くから手を組み、アメリカを脅しつけ、炙り出される『あ奴ら』を始末していたという。
「それがアインツベルン総裁の仕事と?」
「とは言いませんが、神秘を秘匿し魔術を守る手段でもありました」
そこはわからんでもないが……余りにも『やる事』の規模が桁外れじゃ……。時計塔も手が出せん。器が違い過ぎる。痛快ではあるが、それは今の儂が感じる事で、間桐臓硯としてみれば恐怖でしかないぞい。げに恐ろしきは『エル』じゃな。そもそもアオレアールが『エル』の分身じゃろう? その分身が『春鈴』という分身を持つ……どうなっとるんじゃ?
「そも、あの子供達は? 『ばっくあっぷ』の『ばっくあっぷ』なのかえ?」
「何か意図があると思いますが、先月急にあの子達が現れ……」
「では子供達を創造した後に魔眼蒐集列車に?」
「みたいです」
もう一つ何かの情報が足りん。儂はそう感じたのじゃった。