異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
イステネブルの王都エハングウェンから見て北東のはずれに、平均標高100メートル程度の丘陵が存在する。高いところでも150メートルそこそこで起伏は少なく、草木が生い茂る森林地帯となっている。国土の大半が湿地帯のイステネブルにとっては、標高の高い、乾いた土地というのは非常に重要なのだが、居住地としてはほぼ手つかずだ。
宝の持ち腐れといえばまさにその通りなのだが、それには理由があった。
森に踏み入ってしばらくすると、そこかしこに森林とは不釣り合いな白い石を見ることができる。大きさはまちまちだが、大きいものでは一辺が5メートル以上にもなる巨岩もある。年月が経過して苔むしているが、明らかな人工物の名残である。
かつて、この丘陵一帯を治めた王国の成れの果てである。かつて王都であった場所には、黒々とした巨大なドームが鎮座している。未知の鉱物で建設されたドームは、千年前のヒロインが魔王との戦争の中で作り出したものだとされる。ドームの周囲には、数多くのゴーレムが蠢き、侵入者を迎撃する。一体一体が極めて強力でヒロインでも一筋縄ではいかない怪物である。
王国は滅び、人がいなくなった丘陵を木々が多い、ゴーレム達が縄張りとして守護する。そのような危険な土地を好んで開発するものはおらず、結果として千年もの長きに亘って無主の土地となっていた。
そんな森の中でいくつもの爆発が起きる。木々が砕けて舞い上がり、濛々と土煙が立ち上る。漆黒の魔力が刃となって、地上に降り注ぎ、縄張りを荒らされたゴーレムは火を噴いて抵抗する。ゴーレムは六本脚の蜘蛛を思わせる。ドームと同じ素材の金属を装甲として纏っており、超高温のレーザーを侵入者に照射している。
レーザーの威力は凄まじい。
その超高熱は射線上の木々も岩も関係なく融解、焼却してしまう。
森は燃える前に灰になり、いくつもの焼け焦げた直線が丘陵に刻まれる。
この世界の人間は言うに及ばず、並のヒロインでも攻略は困難であろう。そんなゴーレムは、一体や二体ではなく次々と目覚めては出撃している。ドームはゴーレムの巣であり、森に展開済みのゴーレムだけでは対処できないとして援軍を派遣しているのである。
もっとも、数多くの侵入者を屠ってきたゴーレムと雖も、今回ばかりは相手が悪かったようだ。
灼熱のレーザーを押し返す漆黒の闇。
大地も森の木々も巻き込み、ゴーレム達を根こそぎ粉砕する規格外の大魔力砲撃だ。
ゴーレムはその身に特殊な防御壁を纏っていたようだが、紙くずも同然に引き裂かれた。大地を穿つ闇が消えた後には壊滅したゴーレムの残骸が転がっている。辛うじて生き残ったゴーレムもダメージは深刻だ。ろくに動くこともできず、しかしプログラムに従って何とか攻撃を継続しようとするが、侵入者は無慈悲で容赦が無い。死に体のゴーレムの最期の反撃を許すことなく、槍を突き刺してとどめを刺した。
「ば、化物過ぎる」
岩陰に身を潜めて、冷や汗を流すのは金髪の少女だ。肩より上で髪を切りそろえ、瞳は青く、肌は色白である。次々と吹き飛び、破壊されるゴーレムを目の当たりにして、侵入者の巨大な力を前に思わず脱力しそうになっている。
「マズいって、あれは流石にレベルが違い過ぎる!」
「見りゃ分かるわよ。ああ、もう目が覚めたと思ったらこれって何なのよ!」
毒づくのはもう一人のヒロインだ。こちらは腰まで届く長い金髪をポニーテールにしている。
彼女たちはヒロインだ。
ショートヘアの少女はフロリス、ポニーテールのほうは藍羽浅葱という。それぞれ異なる世界の出身であり、出会ったのはつい二日前のことだ。
そして、今は二人揃って追われる身である。
「浅葱、あのゴーレムどれくらい保つ?」
「あと20体」
「それだけか」
「ナラクヴェーラ20体って、かなりのもんなのよ。ちょっとした国には喧嘩売れるくらいの古代兵器だってのに」
轟、と熱風が吹き荒れる。
飛び交うレーザーをものともせず、ナラクヴェーラが爆破される。
「なんなのよあれ。真祖級かそれ以上って、どんな化物よ。ああ、もう。この時代でも魔王ってか」
浅葱は絶句するしかない。
浅葱がこの世界にやってきたのは千年前だ。当時はそれなりに栄えていた丘陵の王国で生活し、魔王を名乗るヒロインによる世界を二分する戦いに巻き込まれたのである。戦争に備えて王都をまるごとドームに改築したものの、紆余曲折ありコールドスリープ状態で今までドーム内の空間で眠っていたのである。
ドームに侵入したフロリスが冒険の末に浅葱を起こしたのが二日前だ。現状を把握してドームを出たところで、侵入者の襲撃を受けた。
「フロリスさんの『翼』は?」
「もういける。手出して」
フロリスは浅葱の手を掴んでジャンプした。両肩に装着した霊装『翼』を展開して、滑空するように飛行する。
フロリスはヒロイン生協の一員である。戦闘能力は高くないが『翼』による移動能力を買われて敵地への潜入や輸送を担当していた。ドームへの潜入調査もその一環で、千年前のヒロインに関わる遺産を調査し、可能ならば有益な情報やアイテムの回収または破壊するのが任務であった。まさか、その当時のヒロインが氷付けになっているとは思わなかったが、それ以上にブリンクウォールのルシフェルが襲撃してくるとは予想外だった。
確かにルシフェルは王都エハングウェンを拠点にしてイステネブル各地を制圧中で、各地の反対派達は為す術なく倒されている。ヒロインの中でも特に強い力を持つ一人なのだから仕方がない。ともかく、フロリスが調査に訪れた丘陵は、エハングウェンから距離があり、ルシフェルの影響下には入っていない地域のはずだった。
「フロリスさん、なんであんなのに襲われてんの!?」
「知らない! でも、理由なんかたぶんない! あいつらが何考えてるか、本当に分かんないからね!」
「なにそれ、どういうこと?」
「あいつはルシフェルって言って、今わたしたちがいるイステネブルの隣国の幹部。で、残念ながらイステネブルはルシフェル一人に滅ぼされましたってのが、つい最近の話」
「滅ぼされたって」
「ルシフェルのいるブリンクウォールって国は、かなりヤバい連中の集まりで、虐殺とか虐待とかそういうのを国家ぐるみでやってるとこ。イステネブルは丸ごと連中の狩り場になったようなもんだね」
「ちょ、それ意味が分かんないんだけど」
フロリスから聞いた話に、浅葱は絶句する。
「千年前に魔王名乗ってたヒロインも相当だったって聞いたけど?」
「そりゃ、まあ、そうだったけど、千年経って状況が何にも変わってないって、最悪過ぎるって。ああ、もう、こっちは寝起きだってのに!」
浅葱が構築した防衛プログラムの大半がすでに焼き払われている。ルシフェルの攻撃性能は、ドームの防衛能力を上回っている。
(反応が遅い。さすがに経年劣化してるか)
浅葱が再現したナラクヴェーラは、千年前から変わらず稼働し続けている。そのためか構築当時比べてパフォーマンスが著しく低下している個体が少なくない。酷いものはそもそも動かないというほどに老朽化している。浅葱としてもまさかドームだけ残って国はとうの昔に滅んでいたというのは予想もしていなかった。
ドームは来る魔王軍との戦いに備えて構築した防衛システムの中枢であり、浅葱は多くの兵器を同時運用するために自分自身を処理装置に組み込んだ。
戦いが終わり平和になったら解凍されるはずだったのに、国が滅んで浅葱のことは地上から忘れ去られていた。結果、フロリスが見つけるまで千年もの時間を眠って過ごすことになったのだ。
浅葱が目覚めたことで、ドームはそれ単体で情報処理をしなければならなくなった。浅葱という生体パーツを失った時点で、ナラクヴェーラを含む防衛システムは機能が60パーセントにまで低下する。そこに千年分の時間の蓄積だ。正常に稼働すること自体が奇跡だ。
「何となく状況は分かったけど、この後どうすんの?」
と、浅葱は尋ねた。
『翼』の霊装による高速飛行で森の景色がどんどん過ぎ去っていく。自分の知っている国の形はもうどこにも存在しないようだ。色々と思い返したくもなるが、今は命の危機だ。感傷に浸っている場合ではない。
「この先で別の娘と落ち合うことになってるから、そこまで逃げる。で、その娘を拾ってもっと逃げる。とにかくキャンプまで」
「戦うってのは、さすがに無理って訳ね」
「相手が悪すぎるから。キャンプまで行けば、他のヒロイン達もいるから何とかなるはず!」
フロリスは必死の表情で叫んだ。
ルシフェルの強大さを目の当たりにした今、キャンプ地のヒロイン達を結集しても勝てるかどうかは分からないから希望的観測だ。
ヒロインの中でも突出した力を持つ者でなければ、安心はできない。
単純な強さだけで勝敗が決するわけではないというのは、フロリスも経験上よく知っている。銃弾一つで命を落とすような脆弱な人間が、拳一つで世界を変えることもあるのだ。
とはいえ、この世界でそれは望めないし、そんな主人公のような存在を期待できる状況でもない。奇跡に縋るより前に、現実的な方法を積み重ねていくしかない。
「フロリスさん、あたしを置いてっていいわ。あなただけなら逃げられるでしょ」
「言うと思った。でもお断り」
「あたしなら大丈夫だから。ここはまだあたしの庭みたいなもんよ。ナラクヴェーラ以外にも、防衛プログラムはあるわ」
「ナラクなんちゃらはあの蜘蛛のこと? あれ以上があるんならもう使ってるでしょ」
フロリスの言うとおり、浅葱の手持ちの武装は枯渇している。ナラクヴェーラはジョーカーなのだ。それ以上の兵器は今はなく、この丘陵に隠された武器庫にある自立稼働可能な兵器を起動させるのが関の山だ。その自立兵器もナラクヴェーラには及ばない。当然、ナラクベーラが束になっても叶わないルシフェルが相手では、足止めになるかどうかも怪しい。
ルシフェルに追いつかれれば命が危うい。本気で逃げるのなら浅葱を置いて逃げるという選択肢もあるが、それは良心が咎める。そもそも浅葱を目覚めさせたのはフロリスだ。その責任がある――――かと言われると怪しいが、それはそれとして放置はできない。第一引き受けた仕事は遺跡の調査と有意義な情報の回収。浅葱を放置するのは、仕事を放棄したも同然だ。
弱音を吐きそうになるときは、とりあえず責任を負う。自分が頑張る必要がある理由を探す。なければ作る。そうでなければ、何もかも投げ出して逃げ出したくなってしまう。その先には何もない。この世界で一人でやっていけるほど、フロリスの能力は高くない。組織に属して、その中で生きていくのが一番楽だし、確実だ。ヒロイン生協は、彼女が知る組織の中では最もホワイトだ。任務は過酷だが、この世界のピンからキリまである封建領主達に拾われるくらいなら、ヒロインに理解のあるヒロイン生協がずっとマシだ。
『翼』を稼働させながら、フロリスは木の幹を蹴って跳躍する。
『翼』とは言うが、自由自在の飛行まではできない。
イメージとしてはグライダーが近い。魔力による加速や方向転換が可能だが、鳥のように羽ばたいて好きなように飛び回ることには向かない。
それに、木々の間を駆け抜けるようにして飛んでいる。高く飛べば、ルシフェルの砲撃に狙い撃ちされるリスクがある。
幸いなことにこの辺りは故郷イギリスの気候に近く森の雰囲気もかつて駆け抜けた森に近いものを感じる。下草は少なく、木の間も詰まっていない。身を隠すのには向かないが、低空飛行にはもってこいだ。
「ヤバッ」
背後から迫る魔力を感じて、フロリスは振り向かずに木を蹴って強引に方向を変えた。
直後に漆黒の魔力の奔流が駆け抜け、森を吹き飛ばした。
爆風に煽られてコントロールが乱れる。
「クソ、このッ……!」
魔力を制御し、姿勢を保持する。
速度を緩めて何とか着地すると、10メートルばかり走って勢いを付けて再び跳躍する。
「浅葱、さっき言ってた防衛プログラムっての使って!」
「もう出してる!」
浅葱の言葉のとおり、森の中からミサイルらしきものが射出されて後方で爆発している。小型ドローンが飛翔して、四方八方からルシフェルを狙う。
そして、それら防衛プログラムはルシフェルの猛烈な魔力砲によって瞬時に蒸発して撃ち落とされる。
「出鱈目ッ」
「マジで化物過ぎるッ」
威力を抑えた魔力砲を複数同時発射したらしい。40機のドローンと15発のミサイルがほぼ同時に薙ぎ払われたのだからそう言いたくもなる。
「酷い言い草ですね」
ねっとりとした甘さのある声がすぐ隣から聞こえた。ぎょっとしたフロリスと浅葱は、声のした方に視線を向ける。
白と黒の翼を広げた金髪の女が二人と併走している。
グラマラスな女だ。人間離れした美貌に成熟した肉体美は、女の目から見ても淫らに映る。
「早……あッ」
ルシフェルが振るった巨大な槍を咄嗟にフロリスは短槍で受け止める。
凄まじい衝撃とともにフロリスと浅葱は跳ね飛ばされる。
それはまるでトラックに撥ねられたかのようで、魔術も異能もなければ即死は避けられない。
「なんて馬鹿力ッ」
フロリスは痺れる右手を庇いながら着地する。浅葱を下ろして、槍を構え直す。
「その細腕でよく防ぎますね」
「……速さには自信があったんだけど、ずいぶんと足が速いんだね」
「ふふ、あなたが遅いわけではないですよ。わたしもそのままでは分が悪いので、少し武器を変えました」
そう言ってルシフェルは槍をくるりと回す。
「グラウベンとわたしの世界では言うのですが、いくつか種類があるのです。例えば、この『獄槍ステュクス』は、装備するとスピードが上がるんですよ」
ルシフェルが軽く地面を蹴ると、もうフロリスの目の前に現れた。凄まじい速さに目で追うことができなかった。
「お休みなさい。目が覚めるまでに、最高の快楽を用意してますからね」
ルシフェルが槍を突き出す。フロリスの反応はとても間に合わない。フロリスの身体が真横に突き飛ばされた。浅葱がフロリスを庇ったのだ。何の防御も持たない浅葱の身体をルシフェルの槍を貫く。
「浅葱!」
フロリスが絶叫した直後、浅葱は地面に倒れ込む。フロリスが浅葱の服を掴んで引っ張り、後ろに跳んでルシフェルから距離を取った。
「浅葱、大丈夫!?」
「何とか」
驚くべきことに浅葱は意識をしっかりと保っている。それどころか血も出ていない。
「ほ、本当……? 刺されたんじゃないの……?」
「う、うん、刺されたような気がしたけど、大丈夫そう」
服の背中が真一文字に切れている。どうやら、刃が背中を掠めただけだったらしい。浅葱が貫かれたのは見間違いだったのだろうか。
「フロリスさん。あたし、多分だけど、簡単には死ななそう」
「どういう……ああ、そういう能力ってこと?」
「正直、自信ないけど、心当たりはある感じ」
「そっか。なら、ちょっとは安心か」
浅葱の異能の源泉である『カインの巫女』としての能力が作用しているのだろう。ここは絃神島ではないが、ドームを形成する上で地脈にまで手を加えたことが奏功したのだろう。恐らく、千年という月日がドームを中心に丘陵を絃神島と魔術的に類似した環境にしたのだ。今回、
フロリスは、魔術に知識に当てはめて今発生した現象をギャンブルの勝率を上げる術式のようなものと解釈した。外れれば死ぬ以上は頼り切ることはできないが、浅葱が巻き込まれて死ぬリスクが減るだけありがたい。
「じゃあ、後はこいつを何とかして、ここを切り抜ける」
短槍を構えたフロリスにルシフェルは慈愛すら感じさせる笑みを浮かべる。
「可愛らしいですね。どうぞ、全力で抵抗してみてください」
「舐めんな」
再び距離を詰めてくるルシフェル。上段からの振り下ろしだ。長柄の武器を扱う上で、最も威力が出るのがこの振り下ろしである。ルシフェルの腕力と莫大な魔力を以てすれば、単純に槍を打ち付けるだけで大抵の敵は粉砕できてしまう。
驚愕したのはルシフェルだった。
一見して華奢なフロリスがルシフェルの槍の一撃を受け止めたからだ。
「くぉ……の、馬鹿力ッ、だああッ」
「――――!?」
フロリスが槍を押し返し、ルシフェルは踏鞴を踏んだ。
「『
フロリスは呪文を唱えて身体能力を強化する。この世界に来てから覚えた西洋魔法だ。魔力があれば使える西洋魔法の便利さには感動すら覚える。覚えられる呪文には相性がある上に纏まった修行の時間が取れないので、フロリスが覚えているのは基本的な初級魔法が中心だ。
下がったルシフェルにフロリスから仕掛けた。
「おりゃーーーー!」
気合いを入れて短槍を突き出す。ルシフェルの槍をぶつかり豪快な音が鳴り響く。油断していたルシフェルはフロリスの思わぬ反撃に機先を制され、さらに後退を余儀なくされる。
「意外にも力が強い。『戦いの歌』だけではないですね。その槍、やはり何らかのマジックアイテムの類ですか」
「あんたが知ってるか知らないけど、わたしの世界の伝説にトールって神様がいるんだ。古代の農耕民から信仰を集めた、何でもありの全能神。わたしのこれは、トールの伝説を模倣する」
短槍に装着したレバーを引き、『鋼の手袋』を展開する。金属の穂先が手のように開き、周囲に漂う黒い魔力を集約する。
「返すよ」
ルシフェルがばらまいた魔力を『鋼の手袋』が掴んだのだ。そして、ラクロスのショットをするように『鋼の手袋』を振るって魔力を投げ返す。
破滅をもたらす黒い光が、ルシフェルに牙を剥いた。
■
(これはなかなかの拾い物でしたね)
と、ルシフェルはほくそ笑む。
イステネブル北方に古きヒロインが残した遺跡があることは知っていた。ただ、ルシフェルは過去の遺物に興味は無い。今を生きる人々を快楽で救済するのが生き甲斐で、千年も前のヒロインのことなど眼中にはなかったのだが、イステネブルの完全制圧のための軍事行動中に、物見遊山がてら来てみたらヒロインが活動しているらしき情報が入ったというのが彼女がここにいる理由だ。本当にただの偶然で、フロリスと浅葱の二名を発見したのである。
どちらも見目麗しい少女である。是非とも真の快楽を教えてあげたい。ルシフェルからすればこれは布教活動の一環であり、圧倒的な力の差は歴然だったために戦いという意識もなかった。
それでも、フロリスは思いのほか善戦している。
逃げ回ってばかりだったので戦闘タイプではないと思ったが、それなりの力を持つヒロインだったようだ。
エデンズリッターではない。
別の世界のヒロインで使用する能力に見覚えもない。
ルシフェルの知らない全く新しい概念。全く新しい魔術である。大変興味深い。
「いいですね、あなた。その力、わたしの下で振るいませんか? 世界を救う、とてもすばらしい仕事に関われますよ?」
「あなたがイステネブルの人たちにやってることを知ってるんだけど、それで世界を救うとか冗談にも程があるでしょ!」
けたたましい轟音と衝撃。
フロリスが怪力の加護で大岩を投げ飛ばし、ルシフェルが槍で飛来する大岩を粉砕したのである。
「最初は皆そう言うんです。ですが、一緒に来ていただければ分かります。快楽による救済こそ、人も淫魔も関係なく救う唯一の道なのだと」
「さっきから快楽快楽って、何なのよ。カーマスートラが教本か?」
「ああ、知ってますよ、それ。でも生憎とわたしの救済は情欲が原理原則。それを重視しない性典なんて、見るだけ無駄ですねぇ」
「やっぱりただの変態じゃないのよ! 当然、協力できるわけないっての!」
『翼』を駆使した人間離れした移動に森の木々を有効活用したヒットアンドアウェイ。ルシフェルを圧倒的格上を理解した上で、地形を活用してフロリスは上手く立ち回っている。『鋼の手袋』による怪力の加護は、ルシフェル相手でも十分に通用している。危険視すべきは破壊光線。あればかりはフロリスに対処方法がない。だからこそ、木々を隠れ蓑にして狙いを絞らせないようにしている。
ルシフェルの槍に魔力が集中している。そうはさせじと怪力で岩や魔力、粉塵を手当たり次第に掴んでは投げ付け、魔力のチャージをキャンセルする。必要なら素早く踏み込んで短槍を叩き付ける。
(砲撃はさせない。わたしのスピードなら半径20メートルを維持すれば、魔力チャージに干渉する余地がある)
フロリスは円を描くようにルシフェルに対応できる距離を維持しながら戦いを継続する。隙を見て逃げられればいいが、『翼』の全力稼働中でも追いつかれたことを考えると、簡単には逃げられないだろう。
「さて、少し面倒になって来ましたね」
「そう、わたしはもっと続けても良いんだけどね!」
火花が散る。
フロリスがルシフェルに斬りかかると同時に木の陰に飛び込む。森の中を野ねずみのように駆け回るフロリスにルシフェルは困り顔を浮かべる。
「やはり森が邪魔ですねぇ」
ルシフェルは槍を持ち替えた。今まで使用していた槍を消して、新しい槍を取り出したのである。
魔力のチャージ速度が飛躍的に速まった。フロリスは舌打ちして地面に伏せる。頭上を魔力の砲撃が通り抜けていく。
「そういう槍かよ!」
「野ねずみは隠れ家ごと焼いてしまいましょう。ふふふ、あなたたちなら死にませんよね?」
「反則、過ぎるだろッ」
天槍ペトールを装備したことで奥義の回転率が上昇し、フロリスの一撃離脱戦法が通じなくなる。
漆黒の魔力砲が辺り一帯を薙ぎ払っていく。木々も岩も、浅葱のなけなしのドローンも関係なく消し飛ばす無軌道な暴力。戦略も戦術も無関係だ。一撃で勝敗を決する理不尽の極みである。
「きゃあッ」
いよいよ隠れるところがなくなったフロリスは、ルシフェルの槍の連撃に曝される。逃げ道を塞ぐように砲撃が飛び、足を止めれば速やかに踏み込んでくるルシフェルの槍撃を防ぐので手一杯になってしまう。周囲を薙ぎ払われれば、ドローンの援護も望めない。ついに、ルシフェルの膝蹴りを腹部に食らって、片膝を突いてしまった。
「はあ、はあ、はあ……うぐ、ふう……はあ」
鳩尾に強烈な膝蹴りが入って、死ぬほど苦しい。息が止まりそうで意識が飛びそうなところを何とか踏みとどまる。嘔吐する余裕もない。今、そんな隙を曝せばルシフェルに致命的な攻撃を食らうだろう。
事ここに至って、ルシフェルには遊ぶ余裕があるというのが癪に障る。
(戦闘ってのは、やっぱり苦手だ)
かつて所属した組織でも、フロリスの仕事は輸送が主だった。正面からの戦闘は、もっと向いている仲間に任せていた。
降りかかる火の粉は払うし、できる限り逃げるのがポリシーだが、ルシフェルが相手では如何ともしがたい。降服すれば良いかと一瞬考えたが、それこそルシフェルがイステネブルで現在進行形で進めている制圧作戦を見れば自分達がどういう扱いになるかは想像できる。
「さぁて、いよいよ大詰めですね。楽しかったですよ。あなたの力が見られて、満足です。後は、ゆっくり時間を掛けて、わたしの理想を理解してもらいましょう」
ルシフェルが槍を振るう。
フロリスを身体強化魔法や『鋼の手袋』の上から叩きのめすためだ。
「あら」
ぱちくり、とルシフェルは目を瞬かせた。
ずしん、と重量感のある音を響かせた打ち下ろした槍がフロリスの『鋼の手袋』に受け止められたのだ。
怪力の加護は把握している。その上で、フロリスの処理能力を超えた力を叩き付けたはずだったのに、フロリスは膝を突くこともなく受け止めた。
「わたしたちの魔術は、多くの場合神話や伝説なんかを下敷きにして、自分なりに再解釈なんかして発動させるものでさ、まあ、しっかりした
フロリスがルシフェルの槍を押し戻す。ぶおんと風を切って『鋼の手袋』を横薙ぎに振るい、ルシフェルを2メートルばかりも後退させた。信じがたい膂力にルシフェルは目を細めて訝しむ。
「あなたの魔術は使えているようですが?」
「使えないわけじゃない。癖が変わるってだけ。そこはわたしも理解できてないんだけど、ヒロインの皆もそんな感じでしょ。特にこの『鋼の手袋』は、『わたしの霊装』として認識されているみたいで、前の世界と同じように使える。要するに、これは魔術というよりもわたしの能力としてカウントされてるってこと」
フロリスの速さが上がっている。力も同様に急上昇している。身体能力の大幅な上昇とともにフロリス自身の魔力も跳ね上がる。ただの身体強化魔法でここまでの急激な変化はできない。肉体のスペックを越えた身体強化はどの魔法でも禁忌だ。フロリスはそこまで肉体強度が高くない。こんな急激な身体強化は、本来不可能だ。
「妙な力を使いますね。それがあなたの本当の力ってことですか」
「そう。これがわたしの魔術。
ルシフェルの顔が苦悶に歪む。今日初めての表情だ。フロリスの『鋼の手袋』による打撃が、ルシフェルの力を上回り始めたのである。
「別に難しい話じゃない。北欧神話がない世界で、無理矢理北欧神話系の魔術を使ったって効率が悪い。だったら、
「そうですか。皆さんが知ってる物語のほうが、力を引き出しやすい。信仰心とか知名度……そういうものを力の源とするタイプの魔術。サーヴァントのようなものですね」
「うん、似てる。かなり近い。その認識は間違いじゃないね」
フロリスはルシフェルを責め立てながら頷いた。
気分が高揚している。
試験的に開発した術式が上手く稼働している。フロリスの全能力が著しく向上し、機能が拡大していくのが分かる。
フロリスは『鋼の手袋』を握りしめ、ルシフェルの懐に飛び込む。
「フロリスの鬼退治って知ってる?」
凄まじい衝撃波とともに、ルシフェルが100メートル以上も吹き飛んだ。
♪
フロリスという名前のヒロインに纏わる伝説は大陸の東側に集中している。
古くは千五百年前に成立したお伽噺に見られ、そこでは鬼を退治した英雄として語られる。
実話かどうかは不明である。
あくまでも神話伝説の類である。
もちろん、フロリスというヒロインは存在しただろう。今ここにフロリスがいるのと同じように、同一のヒロインが過去にも存在しているというのは珍しいことではないし、ヒロイン生協のデータベースで確認できるだけでも過去に三人は存在していた。東国で召喚されたフロリスが、何らかの活躍をして現代まで語り継がれる伝説となったというのはおかしな話ではない。
「魔術一つでこうも変わりますか」
ルシフェルは血のついた唇を拭う。
敵の攻撃で傷ついたのはいつ以来だろうか。
今やフロリスの力は別人というレベルにまで跳ね上がっている。人外の魔力が陽炎のように小さな身体から立ち上っているのが視覚的に分かる。
「今度ばかりは死にかねませんねッ」
「だあッ」
フロリスの超速の踏み込み。そして、蹴り。空振りに終わった蹴りは空気を圧縮して砲弾となり、ルシフェルを穿つ。
「くはッ……ふう、さすがに滅茶苦茶しますね」
「あんたに言われたくないッ」
フロリスの猛攻をルシフェルが必死になって凌ぐ。形勢は逆転した。フロリスの力は無尽蔵とも思える膨大かつ異質な魔力に基づくものだ。人間では考えられない規格外の魔力を外部から呼び込んで自身の力としている。
今のフロリスは凄まじい力の塊だ。
拳一つ、蹴りの一撃で大地を割り、大気を引き裂くことも不可能ではない。
「『フロリスは村を苦しめる怪力の鬼を退治した』らしい」
『鋼の手袋』が空気ごとルシフェルを鷲掴みにして、そのまま投げ飛ばす。砲弾のように飛んでいくルシフェルは、木々をへし折りながら地面に叩き付けられた。
「く……なんて力ッ」
『鋼の手袋』にさらにフロリスの怪力が加わって、ルシフェルを遥かに上回る剛力となった。
怪力の鬼を退治するフロリスは、それ以上に怪力に違いない――――神話をそのように解釈した。
同じ術式を用いてもフロリス以外はこれだけの力を発揮することはできない。これはフロリスが自分自身に纏わる伝説を再解釈したから実現した、この世界でのみ使用可能なオリジナル術式だ。
術式の基幹を為しているのは「偶像の理論」だ。
姿形が似ている物はお互いに影響し合い、能力も似通ってくるという魔術理論である。
フロリスの世界の魔術では一般的な考え方であり、これを用いた魔術は山ほど存在している。
『魔術サイド』で聖人と呼ばれる者は、生まれながらに神の子と類似した身体的特徴を持ち、それ故に自身の肉体に神の力の一端を発現する規格外の存在となる。
この魔術理論を『フロリスの英雄伝説』に当てはめるとどうなるか。
フロリス本人が、伝説上のフロリスと照応することで、
名付けるのなら、疑似聖人化といったところだろうか。
身体が内側から沸騰、爆発するような強大な力に刃を食いしばりながらフロリスはルシフェルに飛びかかる。
「『フロリスは剣も矢も効かない竜を退治した』らしい」
『鋼の手袋』に魔力の刃が生成される。正真正銘の槍だ。ルシフェルの槍と打ち合うこと三合。見事に、ルシフェルの槍の柄を半ばから断ち切った。
「『フロリスは悪い王様をやっつける正義の味方』らしい!」
握りしめた右の拳に強大な魔力が宿る。フロリス個人の魔力量を上回る膨大な力。フロリスという英雄への信仰が力となった『断罪の右腕』だ。
全力でルシフェルの胸のど真ん中に右ストレートを叩き込む。
メキメキと骨が砕ける音がする。
「ぐぷ……がッ、あああああああああ!」
ルシフェルが血を吐きながら岩に叩き付けられた。ルシフェルに撃ち込まれた魔力が炸裂し、大爆発を発生させる。
悪と断じた者を打ち倒す右パンチ。今のフロリスが放てる最大火力だ。呆れた力だと使っておいて思う。少なくとも、自分がこんな力を持つわけがない。鬼を殺したとか竜を殺したとか伝わっているが、間違いなく脚色されている。本当に鬼や竜を倒したのだとしても、協力者がいたかよっぽど弱い固体だったかだ。『鋼の手袋』だけで、鬼殺しや竜殺しのような偉業を為したとは考えられない。
フロリスを主人公とする昔話の存在を知ったときには、顔から火が出るほど恥ずかしかった。教えてくれたカリムの悪戯心に満ちた顔は今でも思い出せる。
「痛ッ……ぁ」
フロリスの脳裏に竜の姿がぼんやりと浮かんでくる。見上げんばかりに巨大な竜が、大きな口を開いて叫ぶ、そんな姿だ。
咄嗟に術式を終了する。涙が出るほどの酷い頭痛が消えた代わりに全身に凄まじい筋肉痛が駆け巡る。無理な身体強化の反動が出ているのだ。
「やはり、リスクのある術式でしたか」
「あ……なんで」
ルシフェルが立っている。胸に抉れたような傷があり、口から血を垂らしながらフロリスの下までやって来たのだ。
「久しぶりに死ぬかと思いました。本当にやってくれましたね」
フロリスにルシフェルが何かを投げつける。地面に転がったのは、砕けた装飾品だ。大きく変形していて元の形は分からない。
「グラウベンの守りがなければ、もっと酷いことになっていたでしょうね。宝珠まで木っ端微塵です」
ルシフェルは防御力を上昇させる
さらにルシフェルは傷がみるみる塞がっていく。自己再生の能力だ。
「エルケーニッヒとなってからは使う機会のない力でしたが、ふふふ、昔のわたしは治癒が得意だったんですよ」
「マジか、やっぱり反則……」
「お疲れのようですね。まあ、無理もありません。あなたと伝説上のあなたが同一存在だからこそ成立する憑依魔術、と解釈しましたが、だとすれば飲まれるリスクもありますよねぇ」
フロリスは顔を歪ませる。
確かに、それは想定されるリスクだ。
偶像の理論はオリジナルからレプリカに力を与えるものだ。フロリスの場合は逆に
だからこそ、呪文で制限を加える。伝説をなぞりながら、「らしい」と一言加えて抽象化することで、フロリスと伝説上のフロリスの照応関係を僅かにずらすのである。断定すれば、力の流入量が跳ね上がる。本人であるが故に、フロリスの存在そのものが力の呼び水となってしまうので、制御弁が必要だ。
「今度こそ、終わりにしましょう。楽しませてくれたあなたには、最高の快楽をプレゼントします」
黒い魔力が渦を巻く。
地面から肉が盛り上がり、現れたのは身長3メートルに達する異形の怪物だ。
腹が大きく膨らんではいるが、手足は丸太のように太い筋肉の塊だ。額には山羊のような角が生え、肌は浅黒い。
そして何より目を引くのは、そそり立つ巨根だ。岩のようにゴツゴツとした亀頭の膨らんだ異形のペニスが隠れることなくフロリスの前に曝け出される。
「な……ひゃッ」
年頃の娘らしい反応とはいかない。状況が異常に過ぎる。動物のペニスを見たからといって羞恥することはない。異形すぎて現実感がないのである。愛らしい声は、驚きではあっても羞恥ではない。
「ふふふ、すごいでしょう。きっと気に入るわ。ほら、嗅いでみて。いやらしい臭いがプンプンしてる。はあ、いいわねえ。わたしが味わいたいくらい。ああ、そうだ。初めてだし濡らしてあげますね」
舌舐めずりしたルシフェルは、髪を掻き上げてペニスに涎を垂らした。興奮しているのだろう。ペニスがますます膨れ上がり臭気が強まる。
「う……あ……何、これ、臭い」
フロリスの身体から力が抜ける。
臭いを嗅いだ途端に身体が熱を帯びた。
ぺたんと座り込み、ペニスを見上げる。それはさながらペニスに服従したかのような姿勢だ。
「あらゆる世界でオークという魔物は女の敵。女を襲い、孕ませ、屈服させる象徴的な魔物として伝わっているらしいのです。そんな素晴らしい魔物をこの世界で再現したいと思って色々と試行錯誤しました。オークのイメージに近いゼノオーガの再現体をベースに、ヒロインの皆さんから抽出したそれぞれの世界のオークの情報を集約した最強の『オークチンポ』の持ち主。それがこの子」
「な、なに、それ……身体が、変……熱い、頭が……ぼうっとして、だ、ダメだ、何も考えられない」
ふらふらとしたフロリス。目がペニスに釘付けになっている。抵抗しようにも疲れ果てて弱り切ったフロリスにはその体力もない。引き寄せられるように顔を近づけてしまう。臭いを嗅げば嗅ぐほど、思考に靄が掛かっていく。
「ゼノオーク2号。対ヒロイン戦闘経験済みの非童貞。あなたの術式とよく似てるますね。『オークと女』の関係性に照応して圧倒的優位に立てます。『女騎士』なんて特別よく効きますよ。この前のセシリーちゃんの乱れ様はすばらしかったですねぇ。嫌々言っていながら、挿入した途端に堕ちちゃうんですもの」
恍惚の表情で最近堕としたというヒロインの名を挙げる。よほどゼノオーク2号の出来映えに満足しているのだろう。得意げにルシフェルは話を続ける。
「この子を作るの、すごく苦労したんです。何せ1号がとんでもない出来損ないだったから。起動した途端に強いヤツと戦うとか騒いでアカリちゃん達と脱獄なんてしてしまうんですもの。リドル様に大目玉をもらって大変でしたよ」
オークはすべて女好きという先入観が失敗の元だった。余計な要素を削除して、対女性に特化したオークを丁寧に製造したことで、最高のペニスを持ったゼノオークが誕生した。
「あなたの伝説の続きをわたしが書き記してあげますね。鬼と竜と悪者を倒した英雄フロリスの末路は、デカチンポに子宮までハメ倒されてアヘ顔ダブルピースでしたって。ふふ、そうしたら、二度とあの術式使えませんね」
フロリスの眼前にペニスの裏筋がある。たらりと滴る先走りが糸を引いて地面に落ちる。フロリスは雫を目で追った。臭気だけでなく粘度もすごい。これが子宮に注がれると思うと、きゅんきゅんする。女の本能が見ただけで負けを認める。このペニスは、フロリスを従えるためにあると思わされる。
フロリスが忠誠のキスをしようとした時、彼方から小瓶のようなものが飛来した。
ゼノオークがそれを拳でたたき割ると、大量の煙が発生した。
「煙幕のつもり?」
十中八九、浅葱の妨害だろう。この森にいる他のヒロインは彼女だけだ。今更、戦えないヒロインに何ができるのか。フロリスを従えた後は浅葱を堕とすだけだ。
風がないので煙幕が滞留している。鬱陶しいが、魔力で状況は把握できる。次の動きを待ったが、大規模な魔力の波動は感じない。
煙幕の中に誰かが飛び込んできたのは感じた。大きな魔力を感じないので脅威度は低いが、新手だ。フロリスへの援軍だろう。勘任せに薙いだ槍をすり抜けられた。煙幕の中でもしっかりと見えているらしい。戦闘タイプのヒロインで間違いない。
「フロリスさん! しっかり!」
何者かがフロリスの手を取る。
「どいてください!」
白刃が煌めき、ゼノオーク2号が苦悶の声を上げる。黒い血しぶきが噴き出した。
「きゃあああああああ!!」
ゼノオーガ以上の悲鳴を上げたのはルシフェルだ。
彼女の視線は舞い上がったゼノオーク2号の切れ端に向けられる。
それは、ルシフェル自慢の巨根だった。
「わ、わたしが丹精込めて作った至高のオークチンポが!!」
ルシフェルの絶叫に耳を貸さず、侵入者はゼノオーク2号を追撃した。
「若雷!」
強烈な掌底がゼノオーク2号の腹部を叩く。内側に流し込まれた霊力がゼノオーク2号の内部から破壊し絶命させる。
「こ、この、許しませんよ。ラスト・ジャッジメント!」
エデンズリッターが相手であれば、その聖痕を強制的に起動させて無力化する奥義だが、単純な破壊光線としての側面も有する。
槍先から放たれた魔力砲は、地面を蒸発させながら不躾な侵入者に襲いかかり、次の瞬間には雲散霧消してしまった。
「何ですって!?」
決して本気の一撃ではなかったとはいえ、奥義を掻き消されたことには驚きを隠しきれない。
真っ白な光をルシフェルのラスト・ジャッジメントは粉砕できなかった。防御されたというよりは、消滅させられたといった方が正しい。力と力のぶつかり合いでも、防御力を上回れなかったということでもない。
光が消えた後には、フロリスを庇って立つ黒髪の少女がいた。白い槍を構えたヒロインだ。
「雪菜。ごめん、助かった」
「フロリスさん、飛べますか!? あの人の攻撃はわたしが食い止めるので、逃げましょう」
「分かった。やってみる」
フロリスが『翼』を広げる。
雪菜を抱えて飛ぶ。
体力も気力も使い果たしたフロリスの飛翔は、当初に比べればあまりにも遅い。このまま浅葱と合流したところで、そう遠くに逃げ果せることはできないだろう。
「さすがにお遊びが過ぎましたね」
舌打ちするルシフェルは胸を押さえる。ダメージの蓄積はルシフェルにもある。フロリスと浅葱だけなら追いかけて掴まえられるが、万全の状態のヒロインが一人追加となると厳しい。まして、あの力――――。
「まさか、リドル様と同じ力? 追いかけるのは、さすがにハイリスクですね」
負傷したルシフェルの身体に神格振動波を叩き込まれたら命に関わる。
ラスト・ジャッジメントすらあっさりと消し去ってしまうのだから魔力無効化は本物だ。
神格振動波で付けられた傷は魔術でも簡単には治せない。
脅威的な治癒能力をフロリスに見せつけたルシフェルではあるが、だからこそ神格振動波に彼女の治癒能力が阻害される可能性があることを理解している。
優れたヒロインを堕とせるチャンスだったが、リドルと同じ力の持ち主だと知ってしまった以上、諦めるしかない。
後ろ髪を引かれる思いでルシフェルは戦場を後にした。イステネブル国内、後どれだけヒロインがいるだろうか。隠れている者や侵入した者もいるだろうから、まだ少しは潜んでいるだろうが、今回取り逃がした三人のような魅力的なヒロインがいてくれると嬉しいのだが。
ゼノオーク
ルシフェルが異世界のオークのあり方を知り、全部合体させたら最高のチンポができるッと奮起して作成した最強の『オークチンポ』を持つ淫魔。ベースはエデンズリッター世界のゼノオーガを再現した個体で、様々なヒロインが持つオークの情報を注ぎ込んだもの。ペニスは『女』を強制発情させて屈服させるが、『女騎士』には概念レベルで相性が良い。『く……殺せ』系の発言をするとさらに相性がよくなる。セシリー・キャンベル氏は秒殺された模様。
なお1号は、手元にあるすべてのヒロインが持つオークの情報を使用した結果、アイギス世界のオークが原因で大失敗した。『強いヤツ』に固執し、閉じ込められているヒロインは弱いと断じて手を出さず、牢を守る強い方、つまりブリンクウォール側にばかり襲いかかった。この騒ぎで何人かのヒロイン達が脱獄したらしい。