異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
クロガネ大公国との戦争が膠着状態に入ったことは、国内にも広く伝わっている。戦況がどうなっているのかというのは誰もが気にするところである。特にノワールは小国で、攻め込んでくるのは押しも押されぬ大国である。いくらホープ市を占領した成功経験があったとしても、安心して勝利を信じられるほど国民ものんきではない。
単純な国力差は歴然なのだから敗北は必至。そう考えるものは国内にも少なくはなかった。
地形の有利とマオの異能、そしてヒロインの力がその下馬評を覆した。
クロガネ大公国は南北に展開した両軍ともに前に進めず、ノワール軍が見事に押し返している。ヒロインの力を全力でつぎ込めば、ノワール側に勝利の天秤を傾けることも難しくはない。問題はどのタイミングでこちらの手札を投入していくか、だ。
クロガネ大公国は内憂外患に苛まれている。ノワールで手酷く敗北すれば、当面は次の戦争を起こす余力はなくなる。それはマオにとって喜ばしいことだが、一方であまりにもクロガネ大公国がガタガタになってしまうと、それはそれで困ることもある。クロガネ大公国の国民が難民化し、ノワールに流れ込んでくる可能性があるからだ。そうなれば、ノワールの統治にも支障が出る。
結局、地続きの隣国である以上、クロガネ大公国がどうなろうと知ったことではないと割り切るわけにはいかないのだ。
そのためにヒロイン生協という強力な組織との繋がりを深めようとしているのだ。
軍事力でも政治力でもヒロイン生協は魅力的な組織だ。
若干、宗教色があるので扱いが難しいが、味方につければ非常に頼りになる存在だ。西部地域で孤立しているノワールにとって、ヒロイン生協が後ろ盾になってくれるのであれば、国内外に正当性をアピールできる。
ヒロイン生協にとっても、ブリンクウォールとの対決を見据えるとノワールは必要不可欠な国なので、今のところ持ちつ持たれつの関係を構築できそうだ。
(大公子飼いのヒロインもかなり堕とせたし、今回の戦争は得るもののほうが大きかったな)
ディアナ、アリーシャ、イレイナ、ベアトリクス、クロメ、霧葉、ノエルと貴重なヒロインを数多く味方にすることができた。クロガネ大公国としては大損害だ。軍事力を支えるヒロインは一人失われるだけでも大損害に繋がりかねないのだ。
そういえば、静謐のハサンや愛歌もクロガネ大公国から流れてきたヒロインだった。そう思えば、かの国はノワールの国力増強にずいぶんと協力してくれているようだ。
「マスター、ヒロイン生協の船がもうすぐ来るよ」
霊体化を解除して現れたヒルドが、開口一番に言った。
ワルキューレ達には空から国内を見回ってもらっている。哨戒任務中に航行中の船を発見し、乗組員に事情聴取を行ったのだ。
「聞いてた特徴の船だったから、もしかしてって思ったけど、その通りだったよ」
「そうか。予定通りだったな。天気も悪かったから、少し遅れるかもしれないと思ったんだけどな」
「運び屋さんもプロってことじゃないかな。ただ、途中で何回か妨害があったみたいで疲れてるっぽいから、まずは休ませてあげた方がいいかもね」
「大公がそっちにも手を回してたってことか?」
「どうだろう。生協の人たちもはっきりとは分かってないみたいだったよ」
「そうか。まあ、そうだろうな」
クロガネ大公国が妨害したという可能性も無きにしも非ずだが、ヒロイン生協と正面から敵対するのも悪手だ。その辺りを何とも思っていないのはブリンクウォールの方だろう。いずれにしても、ヒロイン生協とノワールが繋がることを快く思わない者がいるという証左である。
ヒロイン生協と関係を深めることは、そういった敵を作ることでもある。マオとしては旗色を明確にしてはいないが、将来的にはブリンクウォールを敵とすることも覚悟しなければならない。
何せ、イステネブルもクロガネ大公国も事実上ブリンクウォールと結びついているのだ。
ヒロイン生協もブリンクウォールを敵視しているので、どうあってもこの道から外れることはできないと思うほかない。
♪
ヒロイン生協のクルーザーの到着はヒルドの報告から二時間ほど後のことだった。
ヒロイン生協のトップに立つカリム・グラシアの親書を持ってきたのは、ティアナ・ランスターという生真面目そうなヒロインだ。明るい赤毛のツインテールで、キリッとした目が勝ち気な印象を与える。見た目がいいだけでなく、地頭もよさそうだ。ただのカリムからの伝書鳩ではなく、彼女自身の言葉で仕事の会話ができるというのはポイントが高い。ヒロイン生協トップが指名するだけのことはある。
「君は元の世界でもこういった仕事をしていたのか?」
と、マオはティアナに尋ねた。
「そうですね。当時のわたしの仕事は、罪を犯した人を捕まえ、裁判にまで持って行くことでした。この国では騎士の皆さんがなさっていることでしょうか」
「戦うこともできるのか」
「むしろ、そちらが本業でした。といっても、あくまでも一対一になりますが」
「意外にも武闘派か。いや、心強い。何せこちらは、四方を敵に囲まれているからね」
「我々もできる限りの支援をさせていただきます」
「それはこちらの台詞だよ。ヒロイン生協の助力を得られるのなら、これ以上の支援はない」
すべては、持ちつ持たれつである。
ヒロイン生協にとっても、ブリンクウォールに対抗するためにはノワールの助力が必須だ。
そして、ノワールにとってもヒロイン生協との繋がりは重要な意味がある。
ノワールは歴史こそ古いものの辺境の国であることに変わりない。そして、辺境ほどヒロインの権威は強いのが一般的である。ヒロイン生協はヒロインを崇める地域の人間からすれば信仰の総本山。ゆえにマオがヒロイン生協と正式に繋がることを内外に示すことは、マオの権威を強めることにも繋がるのである。
そして、反撃の狼煙を上げる準備もほぼ整った。
カリムの親書を受け取った以上、だらだらと戦いを長引かせる理由はなくなった。ヒロイン生協を完全に味方にしたことで、ノワールの政治的な位置づけが上がった。虎の威を借る狐ではないが、「大公」を相手にしているのだから、相応の箔は必要だ。
「ところで、クルーザーには五人乗っていたと聞いたが、後二人はどこにいるんだ?」
マオと謁見しているのは、ティアナの他にステラとアニスがいる。どちらもティアナに負けず劣らずの美少女だ。そして、強い。事前情報では、ステラが戦闘特化、アニスは戦えるが基本は研究職とのことだ。ティアナは戦える指揮官といったところで、パーティのバランスは取れている。
それに加えて、二人のヒロインがノワールに入っているはずだ。
「二人はヒロイン生協の所属ではありませんので、クルーザーに待機してもらっています」
「なるほど、それはそうか」
クルーザーに残る二人は民間の運び屋だ。公的な身分を持っているわけではない。政治の場に無関係の人間を置くことはないのは当然だ。馬車が貴人を運んだとして、その御者まで屋敷に招くかと言えば普通はノーだ。
とはいえ、相手はヒロインだ。仕事上関係がないとはいえ、無碍にするわけにはいかない。何せ、ヒロイン生協と手を結んだマオはヒロインを尊重する姿勢を示さなければならないからだ。
「それでは、その二人も含めて部屋を用意しよう。もしかしたら、住み慣れたクルーザーの方が快適かもしれないが、この国で生活するからには拠点は必要だろうから」
♪
クロガネ大公国に攻め込まれている小国ノワール。到底覆せない国力差、戦力差を地形を駆使して何とか互角の戦況に持ち込んでいるという割には、パラディクレールの空気に陰鬱さはない。
今が戦時下であるということすら忘れてしまいそうなくらいの日常が続いている。
戦争をしているという意識がないのだろうか、と言えば情報は伝わっているらしい。ただ、状況を楽観視しているような感じだろう。戦争の実態が分からないということもあるのだろう。ノワールは長年戦火に曝されずに平穏を保っていたというから、この地に住まう人々は牧歌的て戦争を実感できない体質になってしまったのではないだろうか。
マオと謁見するまでの僅かな時間で、アニスもステラも平穏な街の空気から国民の気質を感じ取った。厳しい戦いを知る二人にとっては、望ましいと同時に不安にもなる危機感のなさだ。
「アニスさんはどう思いますか、この街」
ステラがアニスに尋ねた。
マオへの謁見の後、案内された広大な屋敷は、マオの屋敷と渡り廊下で繋がる離れだ。この国に暮らすすべてのヒロインが、この屋敷の一室を宛がわれているのだという。長く活躍しているヒロインの中には、こことは別の場所に別荘を設けている者もいるらしい。いずれにしても、この屋敷がマオに仕えるヒロイン達にとっての始まりの場所というわけだ。
この日、ノワールにやって来た五人のヒロインもまた、同じく屋敷の一室が与えられた。
「いいところだよ。何か、時間が止まってるって感じで」
「あー、確かにそんな感じがしますね」
多くの時間を戦場で過ごしてきたステラにとって、この街の空気は止まっていると感じられた。アニスも同じだ。ヒロイン生協でもクルーザーの中でもせわしない日々だった。命の危機すら何度もあった。そういう緊張感が、パラディクレールにはないのだ。
一方で、この街に戦火が迫ってきているという現実がある。
さらには、その先にブリンクウォールによる破局的な危険もある。
後者は一般には伝わっていないが、前者――――クロガネ大公国との戦争は、すでに周知の事実だ。パニックにもならず日常が続いているというのは、それだけ政治がしっかりしている証だ。
(それだけでも為政者としては合格点って感じかなぁ)
と、アニスはマオを分析する。
いろいろあったがかつては王女だった。国民の目に政治がどう映っているのか、という点はアニス自身も気にしていたことである。
その観点では、マオは暴君ではないし暗君でもないのだろう。
国家の危機的状況下で、国民に不安を抱かせずに安定して政権運営ができている。少なくとも、ノワールの政治的安定性は高く、マオは国民から信頼された君主という評価でとりあえずはいいのだろう。
「うーん、領主様はやっぱり太っ腹。一人一部屋って言うけどめっちゃでかかったよね。この屋敷も無駄に大きいし」
「三代前の領主様が建てた時には、使用人の方々がもっとたくさんいらしたそうです」
「へえー、こんなにいる? わたしが王宮にいたときだって、こんなに使用人はいなかったよ」
「そういえばアニスさん、王女様だったんですよね」
「まあ、でも、こっちじゃ何の役にも立たないからね。向こうでも王女だから何って感じではあったけど。いろいろやらかしてたしね」
昔を懐かしみながら、廊下を歩く。
ステラとの雑談は、彼女が自分の部屋に帰ったことで終わった。アニスの部屋はステラの部屋からさらに五部屋分進んだ三階の廊下の突き当たりだ。
東と南に開けていて、朝日と夕陽がばっちり入ってくる。広い海が見渡せる最高のロケーションである。ちなみにティアナはアニスの部屋の真上、四階の角部屋だ。大切なヒロイン生協の使者ということで、眺めのいい部屋を選んで宛がっただろうか。
自室の扉を開けようとして、手を止める。甘い花の香りがした。
「どなた様?」
と、アニスは尋ねた。
白銀の美女だ。
非常識なくらい均整の取れた顔に、妖しい赤い瞳。
(うわー、信じられないくらいの美女! でも――――人間じゃないか?)
数多くの美少女を見てきたアニスの基準でもトップクラスの美女だ。顔は綺麗と可愛いが同居していて、怖いくらいの完成度だ。あまりにも顔立ちが整っていて、人間性を感じない。というか、十中八九人と同じ姿をしているだけの別の生き物だろうとアニスの直感が告げている。
「はじめましてだね。ボクはマーリン。宮廷魔術師さ」
「宮廷魔術師?」
「マスター……領主様のアドバイザーも自負しているよ」
「そうですか。初めまして、ヒロイン生協のアニスフィア・ウィン・パレッティアです」
「はじめまして。今日の謁見の場には所用で同席できなくてね。だから、ヒロイン生協から来た皆に挨拶しないとと思ってね」
「そうなんですね。今後ともよろしくお願いします」
「当面は君たちもここを活動拠点にするんだろう? あまり堅苦しく思わず、自分の家だと思って過ごして欲しい」
「ありがとうございます。気を遣ってもらって。マーリンさんは、領主様には昔から仕えているんですか?」
「いや、そうでもないよ。ボクは元々は根無し草でね。まあ、興味本位にこの国に立ち寄って、マスターを気に入ったから居着いてしまったんだよ」
「マスターって、領主様のことですね」
「ああ、ボクはサーヴァントに分類されるヒロインなんだよ。ヒロイン生協にいたのなら、サーヴァントとマスターの関係性は知っていると思うけど」
アニスは首肯してマジマジとマーリンを眺めた。
サーヴァントなる属性のヒロインについては、元の世界には存在しなかったものであって、この世界に来てから知ったものではある。人間から魔力供給を受けることで生命活動を維持すると考えると、アニスの世界だと精霊が近いのだろうか。
「マーリンみたいな美人さんに気に入ってもらえるなんて、領主様が羨ましいですね」
と、アニスは言った。
お世辞ではなく心からの言葉だ。
男性よりも女性が好みというのがアニスの性癖だ。男性が嫌いなのではないが、性的な観点では苦手である。王女として生まれたことで、どうしても世継ぎの問題や政略結婚の可能性を意識しなければならなかったからである。そのため女性に走るというのも極端ではあるが、そうなってしまったものは仕方がないのだ。
「新しい土地で暮らすのも大変だろうから、悩みがあれば相談してくれたまえ。もちろん、生活以外のことでも構わないよ」
ウィンクしてからマーリンが姿を消した。噂に聞く霊体化というものだろう。可愛らしく、同時に妖しいマーリンの微笑みは、同性のアニスからしてもドキっとするほど魅力的だ。
ノワールは小国とは思えないくらいにヒロインの層が厚いらしい。それもマオの代になってから数を増やしているというから不思議だ。ヒロインの出現は完全なランダムだ。それ故に国土の広い国ほどヒロインを集められる可能性が高くなる。辺境の小国に力のあるヒロインが集まるというのは、レアケースといっても過言ではない。周囲の動乱もあるのだろう。マーリンもそうだが、他国から移住したヒロインも少なくないのだろう。そうなると、やはりこの国はヒロインにとって過ごしやすい環境ということなのだろうか。
数ヶ月前に先に到着していたジャンヌ・ダルクらに話を聞いてみよう。ヒロイン生協の一員である彼女達は、アニスたちと同じような立場で今まで暮らしてきたのだから。
♪
マオとの謁見を終えたティアナは、肩の荷が下りて一息ついた。まだまだ仕事は続くが、最も大きな山場を越えたと言ってもいいだろう。
クルーザーの旅は快適ではあったが慣れない船旅だったし敵の襲撃に警戒する必要もあった。それに比べ、上陸した今は気を抜くこともできるようになったし、何よりも親書をマオに渡せたので精神的にはかなり楽になった。
生来の生真面目さから責任を強く実感していたので、開放感と達成感は非常に大きなものとなった。
一度、クルーザーに戻ったティアナはマオからの提案をアリサとジータに伝えた。二人は驚いた様子であったが、マオの提案を引き受ける方向で検討することにしたようだ。
彼女達にとっては、ヒロイン生協だけでなくノワールも顧客にするチャンスでもある。相手から好待遇の提案があれば、前向きに考えるのは当然だ。
さて、クルーザーに戻ったティアナは自室から大きな四角い鞄を持ち出した。ずっしりと重く、重量軽減の魔法がなければティアナの細腕で持ち運ぶのは気が滅入る作業になっただろう。
クロワッサン港から屋敷まで、それなりの距離がある。急勾配の坂道を登らなければならないので、思いのほか億劫だった。
街の人々が遠巻きにティアナを見ている。あまり注目される機会のなかったティアナは好奇の視線は苦手ではあったが、悪意のあるものではないので次第に慣れるだろうと無視する。
ヒロインということもあるが、戦時中に突然やってきた余所者なのだ。
人々が気にするのは当然といえば当然である。
初めての街並みを眺めながら、屋敷に戻ってきたティアナは、 一息ついてから、四階まで一気に階段を上がった。エレベータやエスカレータが欲しいところだが、この世界にはまだ普及していない概念だ。
(魔法はあるのに、そういう技術はまだまだなのよね)
ティアナの世界では魔法を動力にした様々な機械が普及し生活基盤を為していた。
この世界は土地ごと、地域ごとに魔法の種類も普及具合も違う。一部の特権階級が魔法を牛耳っていたり、軍事的な方向にばかり発展させていたりする。ミッド式魔法も西洋魔法も民間に普及させれば生活環境を激変させるポテンシャルがあるのに、ともどかしく感じる。
封建制の影響は大きい。
技術を自分の土地の中で、それも特権階級のみで独占しようという意識が働いている。どこの国でも大なり小なりそういう風土がこの世界にはあって、だからこそ技術革新が遅れている。
国民が無知で非力な方が統治しやすいということだろう。ティアナの価値観とは大きくずれているが、民主主義という価値観の普及の難しさはティアナも多くの次元世界を亘る仕事についていたので理解はしている。この世界におけるヒロインの危険性は、このような全く異なる価値観を突然持ち込んでくることにある。価値観の摩擦を容易に引き起こすので、やはり統治者からすれば扱いにくい存在なのだ。
(ここの領主様は、その辺りの舵取りが上手いってことかな)
出身世界すら異なるヒロインが共存するのは難しい。
同じ世界ですら異なる国では社会制度も常識も違うのだから、世界も種族も違えば諍いが生じるのは火を見るよりも明らかである。
ヒロイン生協内ですら、時に殺伐とした空気が流れることはある。
我の強いヒロイン同士の諍いの仲裁ほどキツい仕事はない。
ここではどうだろうか。
聞くところによれば、ヒロイン同士の大きなトラブルはないようだ。
表に出ていないだけかもしれないが、力のあるヒロイン同士が本気でぶつかればその痕跡を隠すことは不可能だ。
ただでさえ重要な任務を遂行しなければならないのだから、人間関係のトラブルに巻き込まれたくはない。ギスギスした環境でないことを祈ろう。
屋敷の四階はティアナに宛がわれた部屋があるが、今回は廊下を反対に進んだ。突き当たりを右に折れて、進むと廊下の窓がなくなる。斜面に作られたこの屋敷は、一部が斜面にめり込んだ構造になっている。具体的には、斜面を横に掘って、地下室を作っている。限られた空間を最大限に活かそうとしたのだろうが当然、自然の光は入ってこないので常にランプの明かりが必要だ。
ティアナが廊下の暗がりに足を踏み入れると、急に視界が広がった。
柱に設置されたランプに灯りが付いて、昼間のように明るくなったのだ。
魔力をエネルギー源にした魔法のランプだ。人間が活動するのに申し分ない光量を実現している。
ティアナは廊下のギミックに少し驚きながらも歩を進め、予め教えられていた部屋の前に辿り着いた。ノックしてから扉を開き、部屋に入る。
「お疲れ様です、ティアナ」
「外は暑かったでしょう。水をお持ちしますね」
出迎えてくれたのはジャンヌとエクシールだ。共にヒロイン生協のヒロインであり、以前からノワールに入って活動していた言わば先遣隊である。
この部屋はヒロイン達の生活空間とは別に、マオがヒロイン生協の拠点として提供したものであった。ヒロイン生協の一員として活動する時には、ジャンヌやエクシール、そしてのどかはこの部屋に集まるのだ。
ティアナは鞄を置いて、エクシールが持ってきてくれた水を飲んだ。
「遅くなってすみません。こちらが、新しい通信装置になります」
ティアナが鞄を開けると、そこには金属製のタブレットのような物体が入っていた。
「それが、通信端末?」
「はい。ジャンヌさんたちが持ち込んだものより、かなり小型化しているはずです」
「そうですね。小型化というより、まったくの別物という感じですが」
ジャンヌは壁際に置いてある通信機に視線を向ける。それは机と同程度の大きさの金属の塊である。モニターが付属した学習机といったところだろうか。大きな機械の割に耐久性が低く、最近は通信にノイズが入るようになっていた。対して、ティアナが持ち込んだ通信端末は手で持ち運べる程度の大きさの板で、それが二枚入っているだけだ。
「耐久性も通信の安全性も、従来型よりも上だそうですよ。何より、こちらは映像と音声で通信できます」
「それは便利ですね」
ジャンヌが持ち込んだ従来型は、文字情報のやり取りしかできない。
それも羊皮紙に手書きした情報を相手に送るというやり方だ。ジャンヌの世界で言うところのファクシミリが近いか。
それに対して、映像と音声で送受信ができるとなれば大きな技術革新だ。ファクシミリからWEB会議に時代が進んだようなものだ。
「それでも通信はカリムさんとしかできないわけですよね?」
「はい。基本的には一対一の復信です。対応する端末をカリムさんしか持っていないので、こことカリムさんしか通信できません」
この世界では通信設備は整っていない。魔法を使った念話技術はあるが、やはり通信というのは統治をする上で重要な要素なのだろう。この分野の技術開発が規制対象となっている国は少なくない。ヒロイン生協であっても、便利な通信技術の開発と普及には賛否が分かれているくらいだ。
遠方の様子を調べるというだけなら、それこそ魔法で代用できるということもある。
魔法があって、個人でどうにかできる者もいるので技術革新が進まない。このような状況下で通信機器を手で持ち運べるくらいに小型化したというのは、画期的な発明だ。今のところは趣味の領域。この発明の意義を理解するヒロインは大勢いるだろうが、この世界にはまだ馴染まない。
ティアナが通信タブレットを机の上に設置する。小型化したとはいえ、外見は分厚い鉄板である。見た目以上の重量がある。二枚のうち一枚はモニターになる。そして、もう一枚はキーボードだ。ケーブルで二枚のタブレットを繋ぎ、さらに付属機器を接続していく。本体以外も含めると、まだまだ付属品が多く改善の余地がありそうだ。特に目立つのがタブレットに接続した立方体の金属塊。魔法陣が刻印されたこの装置は、送受信機の役割がある。発信者と受信者で同じ装置が必要であり、刻印も特注であるため市場に出回るようになるのはまだ先のことだろう。
セッティングを終えてタブレットを起動する。
タブレットに接続する魔力供給装置に、ティアナが魔力を送り込むことで使用可能となる。
タブレット下部がオレンジ色に明滅する。
「今、どういう状況ですか?」
と、イクシールが尋ねた。
「オレンジ色の時は呼び出し中です。カリム様の執務室の端末を呼び出しているところです」
そう行っている間にタブレットの表示が変わった。オレンジ色の光がグリーンに変わる。これは向こうが応答しようとしていることを示す。この後、自動的に認証が行われ、ようやく通信が可能となる。
十秒ほどしてから、タブレットが遥か遠方にいるカリムの姿を映し出した。
「あ、あー。ティアナ執務官、聞こえていますか?」
カリムの声が明瞭に聞こえる。映像とともに問題はない。
「はい、ばっちり聞こえています。映像、音声ともに異常ありません。――――あ、少し遅延はありそうです」
「ああ、確かに音声が若干遅れていますね。ですが、想定の範囲内でしょう」
タブレットの画面を覗き込むジャンヌとイクシールにカリムが視線を向ける。
「ジャンヌとイクシール。二人とも、顔を見るのは久しぶりですね。」
「お久しぶりです。カリム様」
「お元気そうで何よりです」
性格的にも彼女達は気が合う。
穏健派であり平和を愛し、協調性があるという点で共通点があり、以前からよく話をする仲ではあった。だからこそ、ジャンヌとイクシールがノワールに派遣されたということもあるのだろう。
「それで、ティアナ。もう親書は渡してくれましたか?」
「はい、先ほど確かにお渡ししました。ノワールとしてもヒロイン生協と歩調を合わせる旨、確認しました」
「そうですか。それはよかった。一つ、懸念が払拭されましたね」
もちろん、いきなりこのような重要な話はできない。
事前に、ジャンヌ達を介して大枠を固めていたので、今日のやり取りそのものはパフォーマンスだ。
正式にノワールがヒロイン生協と同盟関係を持ったのが今日、この日だったということだ。
「あなたの目から見てノワールはどのような国ですか?」
「とても落ち着いています。侵攻を受けているとは思えません。クロガネ大公国の脅威が伝わっていないわけではないと思いますが、みんな戦争をあまり気にしていないようです」
「住民の皆さんはよい暮らしをしていると?」
「そこまで見て回ってはいないので。ただ、治安は悪くないと思います。この辺りは、ジャンヌさんとイクシールさんのほうが詳しいかと」
と、ティアナはジャンヌとイクシールに目配せする。
答えたのはジャンヌだ。
「治安は安定しています。事件、事故が皆無ではありませんが、所謂凶悪犯罪の発生率は、少なくともパラディクレール内では近年大きく減っているとのことです」
「やっぱり領主様の手腕に寄るところが大きいのでしょうか?」
「そうですね。経済的にも安定していますし、新たな治安維持組織を立ち上げたことも影響していそうです」
新たな治安維持組織とは騎士が常駐する交番だ。地区ごとに少人数の騎士を配置して、治安維持に当たるという制度はこれまでのノワールにはなかったものである。立香が自分の出身世界の制度をマオに紹介し、そこからパラディクレールを守護するマオの親衛隊の騎士達を交番に派遣することにしたのだ。
目に見えて犯罪率が下がるということはなかった。元々治安は悪くない街だからだ。それでも、騎士達と住民の距離が縮まり、より強固な信頼関係が構築されつつあるという効果はあった。
「戦時下でも下々の者達の生活水準が維持されているというのは、すばらしいことです。水面下で、皆さん努力されているのでしょう。一日も早く戦争を終わらせて、真に平穏を取り戻せるよう努めてください」
「もちろんです」
ジャンヌとイクシール、そしてティアナも同時に頷いた。
目的は大陸の平穏であり、その前段階としてノワールの平穏になることが重要だ。クロガネ大公国だけが問題なのではないし、本丸はその先にあるブリンクウォールだ。
「ところで、領主様はどのような方なのでしょうか?」
カリムは尋ねた。
文書では、マオの為人など踏み込んだ情報のやり取りはしていない。
「お優しい方ですよ。領主ではありますが、権威を笠に着て一方的な物言いをするということはありませんし、他者を尊重する姿勢をお持ちです」
ジャンヌの評にカリムはうんうんと頷いた。
この辺りはティアナの印象とも合致する。
まだ一度顔を合わせただけで評価を下すほどの交流はないが、第一印象では普通の人。顔はいいが、突出して強大な力を感じたり、有無を言わせぬ迫力があったりしたわけではない。失礼な感想だが、一歩外に出たら、一般人と見分けはつかないのではないだろうか。
だが、どことなく奇妙なカリスマ性を感じはした。それを言葉にするのは難しい。とても感覚的なものだ。
「ですが、ただ優しいだけではありません。時に果断に、冷酷に対処する覚悟もお持ちです。そうでなければ、この地を治めるのは難しいでしょう」
イクシールが補足する。
「一国の長ですからね」
「はい。それに、普段はそうでもありませんが、時に少々サディスティックなところも見えますね」
「やっぱりサディスティックな方なのね!」
「やっぱり?」
「いえ、そういう情報も多少は入ってきているので」
咳払いをしながらカリムは続けてと先を促す。
「為人というと、後は、まあ雄々しいといいますか」
「え、ええ、そうですね。あるいは獣じみた強さとでもいいますか。もちろん、戦闘力ではなく性格的な部分ですか」
イクシールとジャンヌが言葉を濁しながら語る。
横で聞いているティアナはマオについて語ることはできないので、ずっと黙っている。二人が語るマオの人物像は、ティアナが感じたそれとは乖離する部分が多々あるのだが、付き合いが長い彼女達のほうがマオのことをよく理解しているはずだ。
ティアナはまだ外交的な面しか見ていないから、まだ分からないのだ。
誰しも公私で違う顔を持つものだろう。
「ええ、ええ、よく分かりました。サディスティックで雄々しくて獣染みた面があると。そうでなくちゃ……と、ところで、領主様には婚姻のお話等は出ているのでしょうか? もしくはお相手の噂とか」
「カリム様、それは重要な情報ですか?」
と、ティアナは尋ねる。
「これ以上重要な情報はないでしょう!?」
「え、そ、そうですか」
珍しく強い口調のカリムにティアナは困惑する。
カリムも年若い女性だ。色恋に興味があるのはおかしくはない。
「同盟国の統治者の姻戚関係は大切な情報でしょう。英雄色を好むとは言いますが、それで道を誤る指導者は枚挙に暇がありません」
「ああ、確かに……」
「ええ、どこの馬の骨とも知れぬ娘が近づかないよう、よくよく見ていてください」
「は、はあ……」
カリムは酔っているのか分からないが、いつもと様子が違う気がする。
厳命されたティアナだが、どう受け止めればいいか分からないので気のない返事をしてしまう。
「カリム様、領主様についてですが色を好むのは確かにその通りですが、婚姻の話は寡聞にして聞きません。お立場がお立場なので、皆無というわけではないようですが、今は戦争のまっただ中で都合のいいお相手が見つかっていないようですね」
ジャンヌがティアナに変わって答えた。
マオの縁談は無きにしも非ず。ただ、周囲を固めるヒロイン達の存在やクロガネ大公国やイステネブルといった敵国に囲まれた状況下での婚姻には多くの障害があるのも事実だ。マオ自身、まだ身を固めるつもりがないということもあった。
「状況は分かりました。引き続き、ヒロイン生協とノワールの橋渡しをお願いします。それと、近々、早々にわたしも領主様にお会いしたいので、日程調整してください」
「承知しました」
ティアナは頷いて、メモを取った。
この通信端末があれば、一国の長同士が対面でやり取りできる。その点では、やはりデメリットを上回るメリットがある。
「でも明日とか明後日みたいな急な話はなしですよ。わたしの方も準備がいるんですから」
「もちろん、できるだけ余裕のある日程にするつもりですが、お忙しい方ですし、調整が難しいかもしれません。もし、すぐにお会いしたいとの申し出があった場合はどうされますか?」
「それはもうすぐにお会いします」
カリムは即答した。
ティアナが思っている以上にカリムはノワールとの繋がりを重要視しているようだ。それだけ、状況が悪いということだろうか。
クルーザーが襲撃された一件もある。
ブリンクウォールに絡んでよくない動きがあるのかもしれない。
「それでは、そのようにします」
「よろしくお願いします」
カリムはにこりと微笑んで、通信を終えた。
ティアナはため息をついて、タブレットのスイッチを切る。
「カリム様もずいぶんとこの件に入れ込んでいる様子ですね」
「どうしたんでしょうね。まあ、ブリンクウォールが気がかりというのは確かにそうですが」
ジャンヌもカリムの前向きな姿勢を感じていたらしい。
「目の届かないところで事態が進んでいるのですから、気を揉むのは当然ですよ。特に、問題は山積しているわけですからね」
イクシールの発言にジャンヌもティアナも首肯する。
ヒロイン生協のトップとしては、気にしなければならないことは山ほどある。それこそ、ブリンクウォールだけが大陸の抱える問題ではない。今こうしている間にも、様々な「破滅因子」蠢動しているのである。対処を求められるカリムの心労を思えば、まだティアナの仕事は楽な部類だ。
一先ずはカリムとマオの会談の日程調整に向けて動き出そう。できることを先延ばしにするのは信条に反する。カリムを安心させるためにも状況を前に進めていかなければならない。