異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
マーリンが愛歌の迎撃に出る一日前にハルカは首都を出てイステネブルの対応に当たった。
マーリンの千里眼のおかげで、イステネブルの出方はすべて見えていた。
イステネブルは、ヒロインを単騎でノワールに向かわせつつ、その背後から騎士団を送り込んで国境線を脅かすつもりのようである。
イステネブルが動員した兵力は二千人程度。ノワールに攻め込んでも、大した戦果を得ることはできないだろう。
「国内の引き締めが終わったから、国外に打って出ようということなんだよ。今のイステネブルは以前よりも騎士団の発言力が大きくなっているからね」
と、マーリンは肩を竦めて言う。
「彼らが欲しいのは女と労働力と食料。要するに、略奪が目的なのさ」
それを聞いてマオはなるほどと得心がいった。
ノワールは戦争にはあまり縁がない。豊かな国ではないが、貿易ができるし気候も安定していて、良くも悪くも時が止まったような環境である。しかし、イステネブルは内戦で人心が落ち着かず、土地も痩せている。騎士団の支援を受けてクーデターを成功させた現国王の次の一手が、外国の富に対する収奪だというのもそう考えれば不思議ではない。
イステネブルの軍はノワールの首都までは入ってこない。その代わり、国境の村々を襲い、少なからぬ犠牲を生むだろう。
マオはノワールの領主である。
ヒロインを屈服させ、快楽を貪る生活をしているものの、統治者としての仕事を放棄するわけにはいかない。
攻め寄せてくる敵に何もしないとなれば、統治者としての信用に関わる。
略奪と聞いて落ち着かない表情を浮かべたのは立香だった。
「マオさん、わたしたちにできることはありませんか。その国境の村を回って、避難を呼びかけるとか」
「心配しなくても、もうマーリンとミコトで村々に伝令を飛ばしている。こういうときは、近くの砦に避難することになっている」
「でも、軍隊が来るんですよね?」
「ああ。だから、こっちも手を打つ。ハルカとミコトに対応してもらうから、立香とマシュはここに残って、いつも通りに過ごしていればいい」
何か言いたげな立香だったが、ここは押し黙った。特異点を駆け抜けていた頃の立香は、目の前で命を奪われそうな人がいれば、自分の不利益も考えずに飛び出していた。今もそうしたい気持ちはある。しかし、ここはマオの指示に従う。マオの言葉に強制力を感じるのは、肉体関係を持つうちに、心身共にマオに従うようになったからだろうか。
何もできないというのは歯がゆい。しかし、マオの指示に背いたところで、立香の足で国境の村々を走って回るのは不可能だ。単純に時間が足りない。それでも、いざ戦いとなれば役に立つことはできるだろう。立香のシャドウサーヴァントの強みは何と言ってもその多様性である。攻撃手段だけでなく、防御も治癒も、それに相応しい能力を持つサーバントの影を召喚して対応できる。だからこそ、マオは立香を徒に前線に送りたくないのだ。
マシュも同様だ。彼女には、首都防衛という重責を担ってもらわなければならない。
「鎧の町から来るヒロインは、マーリンがするとして」
「それ、けっこう危ない娘だからね。ちゃんと成功したら、ご褒美を期待したいなぁ」
「俺の力が効くのは確認済みなんだろ?」
「そうだけどね」
マーリンはノワールに来る前に鎧の町のヒロイン、沙条愛歌の屋敷に宿泊したという。そこで、愛歌がノワールの結界を透視できないことを確認している。それはつまり、彼女にマオの能力が効くという証である。
つまり、よほどのことがない限り、マーリンの苦戦はない。
すでにマーリンの中でも勝利の方程式は構築済みだ。
さらりと流されたマーリンは唇を尖らせて不平を露わにする。そんなマーリンを見て、思わずマオは欲情してしまう。この妖艶な美女は、マオの性癖に刺さりすぎる。仕事がなければこの場で押し倒していただろう。
やはり、イステネブルは邪魔だ。
余計な仕事を増やし、ノワールの民を危険に曝す彼らは目の上の瘤でしかない。
ここは一つ、痛い思いをしてもらおうと、イステネブルに敵愾心を燃やした。
♪
ノワールとイステネブルの国境は、内陸から流れてくる川を境に定められている。ノワール側は峻険な岩山が連続する地形で、川はこの岩山に沿って蛇行している。この川は暴れ川であり、度々洪水を起こしてイステネブル側に大量の水と土を送り込んできた。
長い年月を掛けて広大な湿地を作ってきた原因の一つが、この洪水だ。イステネブル国内には、暴れ川と呼ばれる川がいくつも通っているのである。
その川をスピカは悠々と飛び越えた。神騎の身体能力を以てすれば、翼を使わなくてもこれくらいは朝飯前だ。
イステネブルの騎士では迂回しなければならない岩山も、スピカは軽々と踏破する。
スピカにとってこの程度は「険しい」のうちに入らない。
(人間の徒歩では首都まで十日以上はかかると聞きましたが、この程度のなら何と言うことはないですね)
本来、こうした潜入工作のような仕事はスピカの得意とするものではない。
彼女はもともとは天界の騎士であり、魔王と対峙する神騎である。
性格的にも暗殺や情報収集といった地道な仕事は苦手だったりする。それでも、義理堅いスピカに裏切りはない。一度騎士として仕えると決めた以上は、イステネブルのために槍を振るう。
イステネブルは大いに荒れている。人々は困窮し、不安の中で生きている。傾いた国を力で立て直すという方法論に思うところはあるものの、先代国王の放漫経営を正し、強い国を作るのは王族の責務であると語るルドルフに嘘はないと思った。それに、先代国王に仕えながら、イステネブルを裏切りノワールに走ったのが、よりにもよってハルカだというのが、スピカには信じられなかった。
その話を聞いたとき、ハルカの問題はスピカとは本質的に関係のないことではあるが、頑固で真面目なスピカはごく自然にハルカの問題を解決するのは自分であるという意識が芽生えていた。
かつて、同じ組織に属し、共に戦った仲間だった彼女。
そんな彼女が裏切りの不名誉を背負うなど、耐えられない。何か理由があったはずだ。ハルカですらどうしようもない理由で、仕方なくノワールにいるというのなら、まだ納得もできる。ルドルフに掛け合って、裏切りの罪を許してもらい、帰参することも不可能ではない。
国境を跨ぎ、道なき道を踏破するスピカ。翼を広げて飛行しないのは、どこに監視の目が潜んでいるか分からないからだ。
せっかく、単騎での潜入なのだ。それも、普通の人間が使うことを想定しない進路を取っている。わざわざ自分の居場所を相手に知らせる必要はない。点在する砦も、村もすべて無視して首都パラディクレールまでの最短距離を突っ切る。
次第に雲行きが怪しくなってくる。
周囲に薄らと霧が湧いて、ひんやりと肌を冷やす。
広葉樹が少なくなり、松やトウヒが多数派を占める針葉樹林に変わった。
長いポニーテールを靡かせて、倒木を踏み越える。足場の悪い山道も、障害物などないかのようにスピカは軽快に進んでいく。
山を一つ越えたところで、目の前に現れたのは巨岩であった。森の中に不自然なゴロゴロとした巨岩がいくつも転がっている。
「不思議な光景でしょう。急に、こんなに大きな岩が現れるなんて」
「ッ……!」
澄んだ鈴のように綺麗な声が霧の中から聞こえてくる。
聞き覚えのある声だった。
「ハルカ殿」
「やっぱり、スピカさんなんですね。それも、イステネブルにいるなんて」
「わたしのことは、ご存じですか」
「お互いダイビートに属した経験があるみたいですね。起点となった世界が同一かは分かりませんが、少なくともあなたはわたしの知るスピカさんと変わりないありませんね」
「……起点となった世界?」
どういうことかと思ったが、スピカがいた世界でも複数の世界が入り交じっていた。そもそも、ハルカは別の世界から召喚されたのではなかったか。別の世界の同一人物ということも、否定できない。平行世界などというものだ。
この時点で彼女がスピカと同じ世界のハルカだという保証はまったくない。
だが、この話しぶりはスピカの知るハルカとまったく同じだ。
なればこそ、問わなければならない。例えスピカの知るハルカとは別人なのだとしても、ハルカならば悪逆に手を染めてはならないのだ。
「ハルカ殿……なぜ、イステネブルを裏切ったのですか?」
霧の向こうにうっすらと見える、黄金の髪。凜々しく美しい閃忍は、記憶にある戦装束をそのままに身につけていた。
「裏切り。確かに、そう言われてしまうと否定はできませんね」
「なぜ、あなたほどの人がそんなことを? イステネブルに戻りましょう。裏切りは罪。ですが、今なら、まだ戻れます。あなたの力ならルドルフ陛下も帰参を認めてくださるでしょう」
「ハウエル様はご逝去されたんでしたね。……いずれにしても、イステネブルはわたしの知るものとは違いますし、今更戻るつもりは毛頭ありません」
ハルカはハウエルにはよくしてもらったので、自分が抜けたことで彼の失墜が始まったのだと言われれば返す言葉がない。
とはいえ、だからといってイステネブルに舞い戻るというのも無理な話だ。自分はもうノワールから離れられない。そのような選択肢が頭を過ぎることすらないのだ。
「スピカさん、わたしがここに来たのは、あなたと一緒にイステネブルに戻るためではありません。あなたをパラディクレールに連れて行くためです」
「わたしに降れと?」
「はい」
「それこそ、ありえません。失望しました。あなたはわたしの知らない世界のハルカさんのようですね。大恩あるハウエル様を裏切り、国を捨てた挙げ句、反省の色もないなんて信じられません!」
スピカは槍の先端をハルカに向けた。馬上槍にも似た大型の槍である。銘は彼女の名と同じスピカ。数多の戦場を共に駆け抜けてきた愛槍を、ハルカに向けた。
「蒼天の星よ、来りて貫け!」
青い輝きとともに、強烈な衝撃波が山肌を抉る。射線上の木々が吹き飛び、巨岩が砕け散った。
「いきなり大技なんて」
「曲がりなりにもハルカ殿なのですから、死にはしないでしょう。少しのお怪我は勘弁してもらいますよ!」
ハルカに必殺技を躱されたスピカだが、動揺はない。ハルカの能力なら、躱すだろうと算段はしていた。
「イステネブルまで連行します。そして、そこで、みっちりお仕置きを受けてもらいます!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
ハルカに向けて猛進するスピカ。対してハルカは距離を取りながら、クナイを投擲する。弾丸のようなハルカのクナイをスピカは正面から弾き返す。雨のように矢や魔法が飛び交う戦争を経験してきたスピカにとって、この程度は朝飯前だ。
「だああああああああああ!」
豪快な槍の一閃。ハルカは素早く身を翻して槍のリーチの外に逃れる。獲物を逃した神槍は、ハルカの背後の岩を粉々に砕いた。
スピカは目を見開いた。砕け散った岩の礫の中にクナイが紛れ込んでいたのだ。聖鎧の胸当てをぶつけて辛うじて凌いだが、バランスを崩した。
「セイッ」
その隙をハルカは見逃さない。スピカの無防備なボディに跳び蹴りを放った。瞬発力において、スピカはハルカに到底及ばない。
「あ――――かはッ」
メキメキと骨が軋む音がする。二十メートル近くも跳ね飛ばされて、地面をゴロゴロと転がった。降り始めた雨でぬかるむ地面。泥だらけになったスピカは、口元の血を拭って立ち上がった。普通の人間ならば重傷は免れない一撃だったが、スピカは咳き込みながらも戦意は微塵も衰えていない。
「さすがに頑丈ですね」
スピカの聖鎧には傷一つない。頑強さはダイビートにいた頃からのスピカの長所だ。ハルカの攻撃でも、少し勢いの乗ったジャブ程度にしかならない。
とはいえ、ハルカがその気になればもっと強力な攻撃を超高速で打ち込むこともできる。お互いに手の内が分かっているだけにやりにくい。
(わたしは頑丈さがうりなんだから、後ろに下がってどうする)
自らを叱咤して、スピカは愚直に前に進み出る。青い閃光とともに槍を振り回し、ハルカを追う。山肌にいくつもの穴を穿って掘り返す。さながら歩く掘削機か耕運機だ。これが、見るからに年端もいかない少女の細腕による破壊行為だと誰が信じるだろうか。
「その愚直さ、以前から変わっていませんね。でも、それではわたしを捕えられませんよ」
「このッ」
「外れです」
「うく……!」
霧に紛れて高速移動するハルカをスピカは捕えきれない。ハルカを追おうとすると嫌がらせのように死角からクナイが飛んできて、集中が乱れる。
閃忍の面目躍如といったところか。障害物が多い上に霧で見通しが悪い環境は、ハルカの有利に働く。情報も地の利もハルカを利する。
「く、重い」
愛槍が重く感じる。ハルカを追う足も動きが悪い。心なしか全身に鉛がまとわりついているかのような、身体中が疲弊しているような、そんな不快感がある。
「はあ、はあ、はあ、く、このッ」
槍を横に一閃。
邪魔な木々を切り倒す。
「どうしました。顔色が優れませんね」
余裕綽々といったハルカの態度が癪に障る。
スピカの攻撃は掠りもしない。
ハルカとの距離はつかず離れずで一定している。言わずもがな、この距離はハルカが選んだものであって、スピカは延々と追いかけっこを強いられている。
「まだまだぁ」
声を張り上げたのは、挫けそうな心を奮い立たせるためだ。
身体が思うように動かない。
最初に疑ったのは高山病だ。
勢いよく麓から駆け上がってきたので、身体が低酸素状態になったのではないかと疑った。
しかし、いくら人間界に毒されたとはいえ、スピカは天界に由来する正真正銘の神騎だ。八千メートル級の山に駆け上ったとしても、体調に異変を生じることはないだろう。
(ハルカ殿に何かされた? いや、そんなそぶりも気配もなかった。これは、いったい……)
明らかに不自然な状態異常。
ハルカのスピードにまったくついて行けない。それどころか、いつの間にか攻め立てていたはずのスピカは防戦一方になっていた。それも、ハルカがかなり手加減しているのが分かるほどだ。
「はあ、はあ、んく……きゃあ!」
槍を掻い潜ったハルカの拳が鳩尾に入る。
頑丈さに自信のあるスピカは、さすがに意識が飛びかけた。呼吸が定まらず、吐き気と目眩で立ち上がれない。
「さて、この辺りでおしまいにしましょう。スピカさん。これだけ深みに嵌まってしまえば、あなたはもう満足に戦うことはできないはずです」
「深み……」
ハルカの言葉に違和感を覚える。
スピカの体調不良のことを言っているのだろうか。やはり、この身体の異常をハルカは承知している。逃げに徹していたのは時間稼ぎだろうか。
「でも、わたしは、負けません。イステネブルにあなたを連れて帰る。それができないのなら、せめて!」
「スピカさん?」
「せめて、ノワールの戦力をそぎ落とす! ハルカさん、申し訳ありませんが、お覚悟!」
スピカの全身から青い光があふれ出す。切り札である「蒼天の星よ、来りて貫け」の発動なのだろうが、明らかにエネルギー量が違う。
ハルカを道連れにして、辺り一帯を吹き飛ばす算段だ。
「ッ……!」
ハルカもさすがに顔を青くする。マオの力を借りれば、スピカの能力を無効化することは可能だ。しかし、その場合、助かるのはハルカだけだ。スピカ自身はただではすまないだろう。無意味な自滅をするだけだ。
「間に合わない。いえ……!」
神槍を炸裂させる。その刹那、スピカにはハルカが消えたように見えた。
「あ――――がッ」
気づけば仰向けに倒されていた。
全身の痛みと痺れは、ハルカの必殺技を受けたからだろう。技の発動も見えなければ、攻撃を食らったという実感もないままに打ち倒されていた。
(いったい、何が……)
指一本動かせないまま、スピカの意識は闇に落ちていった。
気絶したスピカの容態を確認し、ハルカは一息ついた。
「危なかったですね」
そう声を掛けてきたのはミコトだった。
「助かりました」
「必要なかったかもしれませんが」
「いえ、そんなことはありません。ミコトさんがスピカさんを「停止」してくれなければ、少なくともスピカさんは危なかったでしょう」
スピカがハルカを見失ったのは、ハルカの移動速度が急激に速まったからではない。
戦闘の推移を見守っていたミコトが、破邪封印の結界を張ったからだ。これは一定範囲内の敵の時間を停止するという強力なスキルだ。効果時間は五秒と短く、一分のインターバルを必要とするのは欠点だが、停止時間中に仲間が高火力の攻撃を叩き込めば勝敗は自ずと決する。
「ところで、そちらは大丈夫でしたか?」
「はい」
ミコトは頷いた。
国境を侵したイステネブルの騎士団はミコトが対応した。といっても、姿を見せる必要はない。ミコトの金剛式鬼を暴れさせるだけで、この世界の一般騎士には十分だ。それに、ミコトには破邪滅殺の結界がある。騎士が徒党を組んできたところで、カモにしかならないのだ。
ミコトは金剛式鬼にスピカを担がせて、ハルカと帰路についた。イステネブルの略奪は村を三つ焼かれる被害が出たものの、負傷者はなく、送り込まれたイステネブル騎士の全滅という結果に終わった。