異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
朝の目覚めは快調だった。
美しい乙女に囲まれての睡眠なので、当然と言えば当然だ。
トラムと交わり、その封印を完全に消し去った後も、宴は続いた。同伴した少女たちを交えた乱交で消費した体力は一晩のうちに回復した。これも、生来の絶倫体質のおかげであろうか。よほど気分が乗らなかったり、体調を崩したりしていなければ、セックスで疲労困憊ということにはならないし、一眠りすればすっかり調子を取り戻している。
異常なまでの回復能力は、雄としての機能の優秀さを物語っている。
「おはよう、マオ君」
「トラム、起きてたのか?」
「ついさっきね」
ベッドに寝そべるブロンドの少女が微笑む。
「身体の調子は?」
「問題ないわ。かつてないくらいに快調。マオ君が封印を解いてくれたからかしらね」
起き上がったトラムは一糸まとわぬ姿である。白銀の右腕が朝日を反射している。
マオが起きた気配を感じ取ったのか、他の三人もそれぞれ目を覚ました。
「おはようございます」
と、初めにハルカが口にする。
マシュとスピカが後に続き、ブラ・ダルジャン神殿での朝が始まった。
古の町レイヨン。往時には四千人が暮らしていたという。中心部の教会を中心に円形に広がる町並みは、峠道を越えてやってくるノワール人にとって長旅の疲れを癒やす絶景そのものであった。
今は、その当時を偲ばせるものはほとんど残っていない。
戦火に包まれたレイヨンは完膚なきまでに破壊され尽くした。背後に背負う山体が半ばまで両断され、地盤が浮き上がるほどの強大なエネルギーが飛び交ったのである。逃げ遅れ、巻き込まれた住民は軒並み死体も残さず蒸発するか、召喚された大量の使い魔たちの餌食となった。
朝食を終えたマオたちは、揃って神殿の外に出た。
広大な森は湿度が高く、不自然なくらいに気温が高い。
かつての戦争の影響は、地形だけでなく環境そのものも大きく変えてしまったようだ。本来ならば雨が少なく、温暖で乾燥している季節である。しかし、この一帯は熱帯雨林のような高温多湿であった。
「そこかしこに、魔力の淀みがあるみたいです。気をつけてください」
と、マシュが警戒心を露わにして言った。
「その淀みってのが何か分からないから警戒することも難しいんだけど、この息苦しさはやっぱり湿度だけじゃないんだな」
マオはシャツの胸元を掴んで空気を肌に送り込む。
じっとりとした暑さで空気が重い。立っているだけで、汗だくになってしまう。
「何というか、視線のようなものを感じますね」
と、いうのはハルカである。
魔術やら魔法といったものは門外漢である彼女だが、数多くの戦場をくぐり抜けてきた彼女にとって、目に見えない何かを感じ取ることは造作もないことであった。動物のそれとは違う何かが肌にビリビリとした感覚を湧き上がらせるのだ。
「改めて見てみると、凄まじい環境ですね。そこかしこによくないものが渦を巻いている……。怨嗟の念ですね。まるで冥界、煉獄のようです」
天界から来たスピカは、自身と相反する不浄には敏感なのか、その本質を言い当てた。
スピカの言及に頷いたのはトラムである。
「千年前の戦争で土地に焼き付いた怨嗟の念。指向性のない呪いみたいなものよ。普通の人間は、この環境下ではすぐに調子を崩してしまうでしょうね」
「俺は?」
「マオ君は大丈夫よ。マシュとわたしが加護してるから。それに、そうでなくてもヒロイン由来の呪いなら、あなたにはそもそも効果ないでしょう?」
騎士団を連れてこなかった理由の一つがこれである。
屈強な騎士であっても、目に見えない呪い、悪意、そういった超常の力が渦巻く環境では、力を発揮できない。下手をすれば、ブラ・ダルジャン神殿があっという間に野戦病院になってしまう。マオの力を効率よく拡大する技術があれば、この森林を制圧することも不可能ではないが、ミコトの結界も大がかりな儀式をしてやっとノワール全土を覆ったのである。
さらに結界の範囲を広げるには、時間も技術も足りない。
「日差しの下では、あまり動きはないけれど、夜はまた違うのよ。呪いが形を得て、幽霊みたいになって彷徨っているの」
「千年間、南側から敵軍が攻めてこなかった理由が分かるな」
昼も夜もこんな状況では、軍隊でこの森を抜くのは不可能だ。よほど強力なヒロインを連れて、並み居る呪詛や魔獣を蹴散らしながら進軍するのなら話は別だが、費用対効果に見合うかというと疑問である。
皮肉にも千年前の戦争が、ノワールにとって極めて強力な自然の防壁を作り上げていたのだ。
獣道をかき分けて進んでいると、不意にマシュが足を止めた。
「これ骨、ですよね」
マシュの視線の先には、骨の欠片が落ちていた。表面がガラスのように反射しているので、すぐにそれと分かった。超高温に曝された証拠だ。
「そうね。目をこらせば、そこかしこに落ちてるわ。千年経っても、けっこう残ってるものなのよ」
「そうですか……」
千年前の誰かの遺骨の欠片だ。
その人生に思いを馳せるには、時間が経ちすぎていた。
「トラム殿、そもそもここで起きた戦争というのは、どのようなものだったのですか?」
戦争というものが、どれほどの惨劇を生み出すのかをスピカはよく知っている。人間同士の戦争ですら、どこまでも悪辣な悲劇が振りまかれるのだから、この地で発生したという大規模な戦いの悲惨さは想像するにあまりある。
マオ曰く、大陸における千年前は「暗黒時代」であるという。
神話やおとぎ話として伝わる戦争の詳細を伝える記録がほとんど残っていないからだ。戦火を免れたノワールですら、その記録は当時の貴族や領主の日記や手紙の記述に頼るしかない。
パンゲア帝国、ひいてはゴンドワナ大陸の文明そのものが千年前のある時期を境に著しく退行してしまったのだ。
人口の大幅な減少だけでなく、ヒロインが持ち込んだ様々な技術が失われ、パンゲア帝国は冬の時代を迎えた。
「レイヨンを滅ぼした戦争は大陸全土を巻き込んだ戦争の中の局地戦でしかないわ。それでも、最大級の激戦地になってしまったのは間違いないみたいだけどね」
「局地戦でこれですか」
「きっかけは分からないわ。わたしがこの世界に来た時には、十年続いた戦争の後半戦だったからね。ただ、今の群雄割拠の時代と違うのはパンゲア帝国と反乱軍の二大勢力による戦いだったってことかしらね」
「反乱……」
「わたしはパンゲア帝国側の将軍をやってたわ。反乱軍のことは魔王軍って呼んでたわね」
「魔王……! この世界にも、そのような悪逆の徒がいたのですね?」
魔王の言葉に反応するスピカ。
天界の神騎として、悪魔たちと戦ってきた彼女にとって魔王とは不倶戴天の敵だ。
自分のいた世界の魔王と同一のものではないとしても、それに類似するものである以上は敵愾心を抱かずにはいられないのだ。何せ神騎とは、魔王を打ち倒すべく創造主が作り上げた戦士なのだから。
「悪逆、ええそうね。彼女もまたヒロインの一人だったわ。ただ人間ではなかったと思う。恐ろしく強大な力を使って南方に独立勢力を築いた彼女は、方々に侵攻し、勢力を広げていったの。ヒロインの中には魔王に就く娘もいて、大陸中がしっちゃかめっちゃかになっちゃったのよ」
「では、レイヨンを滅ぼした戦いは魔王軍との戦いなのですね?」
「そう」
トラムは頷いた。
「ノワールを滅ぼそうとした魔王軍とノワールを守ろうとしたパンゲア帝国軍が正面衝突したのが、レイヨンだった。レイヨンは帝国軍の最終防衛ラインだったのよ。昔は広大な平原で、障害物らしい障害物はなかったからね、この辺」
戦争の影響で地形も環境も変わってしまったために、今でこそ視界を遮る一面のジャングルだが、かつては木々の疎らな平原だったというのだから驚きだ。
「最後がどうなったのかはわたしは知らない。わたしの戦争はここまでだったから。神話では、帝国の皇太子殿下が、魔王を倒したことになってるわね」
「そんなことができそうな人だったのか?」
マオはふと気になってトラムに尋ねた。
ヒロインの力は強力だ。個人差が大きいとはいえ、まっとうに鍛えただけの騎士では歯が立たない。まして、相手はヒロインの中でも突出して強大な魔王である。パンゲア帝国の皇太子ならば、ヒロインの血を継いでいるだろうから何らかの異能を発現していたかもしれないし、帝国式の魔法を使えたかもしれない。しかし、魔王からすれば、その程度は何ら脅威にならないだろう。
マオのような極端な異能があれば話は別だが。
「あの子にそんな特殊能力はなかったかなぁ。まあ、脇を固めるヒロインのみんなは強かったわ。魔王とも戦えるくらいにはね」
と、トラムは語った。
どのような経緯を辿ったのかは今となっては分からない。
厳然たる結果として、魔王は滅びた。
パンゲア帝国はその後も千年、存続したのだ。神話そのものがすべて真実を語っているわけではないだろうが、パンゲア帝国が戦争の勝利者であることは確かだ。
「神話だとレイヨンの戦いの後、そう時を置かずに魔王との最終決戦があったらしい。ここでの戦いで、魔王軍も相当数のヒロインをなくしたから、反撃のきっかけになったとなってるな」
「要するに、わたしたちの頑張りも無駄じゃなかったってことね」
少し誇らしげにトラムは胸を張った。
木陰に隠れる鳥たちが一斉に羽ばたいたのは、そのときだ。
マオたちの上空に現れた漆黒のワイバーンに驚いたのである。
縦に裂けた瞳孔が、マオを睨む。翼開長は三十メートルにはなるだろう。
「マシュ」
「はい!」
ワイバーンが鋭い足の爪を突き立てようと襲ってくる。マシュは体重差をものともせず、前方に展開した結界でこれを受け止める。
「大丈夫か?」
「はい。思ったよりも軽いです!」
マシュは受け止めるだけでなく、大盾を振るってワイバーンを弾き飛ばす。まさかの反撃にワイバーンは受け身を取ることもできずに背中から地面に落ちた。
マオの能力を付与したマシュの盾は、ヒロインの能力に連なる力を掻き消すのだ。この土地のワイバーンはその源流がヒロインの使い魔まで遡れるので、マシュの盾が突破されることは、万に一つもない。
「後は任せて」
前に進み出たのはトラムであった。
「リアファルの咆哮」
銀の腕がさらに輝きを増した。この瞬間に、トラムの戦闘能力が跳ね上がったのである。トラムの姿が消え、ワイバーンの巨体が宙を舞った。如何にも頑丈そうな鱗が粉々に砕け、血肉をばらまきながら数十メートルは吹き飛んだ。
目にも止まらぬ速度で踏み込んで、ワイバーンの胴体を殴る。トラムはただそれだけの動作で、ワイバーンを即死に至らしめたのであった。
トラムのスキルは、シンプルな自己バフである。時間経過で溜まっていく「コスト」を消費して、消費したコストに比例した能力強化を行うものである。
「休み明けだから、エンジン全開とはいかないわね」
「まだ上があるんですか?」
「今のは精々が
トラムの世界の能力評価の一つに「鉄」「銅」「銀」「金」「白金」「黒」の六段階評価がある。多くが生まれた時の才覚に依存し、この色が変わることはほとんどない。
トラムは珍しい二つの色を持ち、白金と黒の両方の力を振るうことができるのであった。
「この辺りは、ずいぶんと竜が多いようですね」
スピカがワイバーンの心臓に槍を突き刺してとどめを刺した。
マオの能力もあって、魔獣に後れを取ることはまったくなかった。
歩き始めて一時間も経った頃には、倒したワイバーンの数は二桁に達した。ワイバーンだけでなく、四足歩行の魔獣もいたが、概ね襲いかかってくるのはワイバーンが多い。
「ワイバーンは当時からポピュラーな魔王軍の尖兵だったからね。もとの数が多いのよ。空を飛ぶって便利でしょう?」
「なるほど、確かに」
もともと飛行能力を持つ者であれば、そうでもないだろう。しかし、人間の多くは飛べないのだ。ヒロインも例外ではない。地上では並ぶ者のない戦士でも、空からの一方的な絨毯爆撃に倒されるということは珍しい話ではなかった。
ワイバーンは敵陣に上空に放ち、適当に暴れさせていれば一定の成果を上げられるのだから、敵味方を問わず、こうした怪物を召喚できるヒロインは重宝されたのだ。
そこかしこで破壊音が響き、地面が震動する。
ミコトが作成した金剛式鬼たちが、方々に散って目に付いた魔獣を駆除しているのである。また、マオたちの前方の道を啓開するのも彼らの仕事だ。
人並み外れた力を持ち、疲れを知らない金剛式鬼は、重機のように木々をへし折り、整地していく。便利なものである。
「トラム、目的地はまだか?」
「もうちょっと。金剛式鬼のおかげで、予定より早く進んでいるから」
確かに金剛式鬼の活躍で足下の状態は悪くない。邪魔な木々は丸太に早変わりし、今も豪腕を振り回して大木を砕いている。
とはいえ、山道も同然の道のりである。普段から鍛えているとはいっても、人間の域を出ないマオは、そろそろ息がきれてきた。
傾斜も急になってきて、足の筋肉がパンパンだ。休憩にしようかと思っていたところで、トラムが足を止めた。
到着したのは、盛り上がった丘の頂上であった。木々を金剛式鬼が切り倒したおかげで見晴らしがよくなった。
「あれは、なんでしょうか? 穴?」
ハルカの疑問はトラムを除く全員の疑問であった。
地面に巨大な穴が開いているのだ。掘り起こされた土砂が周囲に積もって、茶色い斑点になっている。それも、木々の背丈を軽々と超える土の山である。その量を見ても、あの穴がどれだけの深さになっているのか想像できる。
「どうみても、誰かが掘ったとしか思えないんだが?」
「もちろん、掘ったんでしょうね」
「あそこには何がいるんだ?」
「あの穴は、一ヶ月くらい前にできたものよ。その前は、あそこにはわたしが千年前に倒した竜王の骨があったの」
竜王は、魔王軍の幹部として現代にも伝わる怪物だ。神話では百の都市を滅ぼし、百人のヒロインと十万人の帝国騎士を殺戮したとされている。
「うん、そう。誇張じゃないわ。実際、それくらいの被害はあったかな。もちろん、彼女一人の数字じゃないけど」
「彼女っていうと、ヒロインみたいなんだが」
「ヒロインよ。見た目は人間とかけ離れていたし、そもそも人の言葉なんて理解してなかったと思うけど」
「ほんとにいるんだな、そういうの」
ヒロインの多くは人間の姿をしている。人間ではなくとも人語が解し、人の中に紛れても違和感のないものが大半だ。しかし、ごく希に人間と相容れない別物の生物が現れることがある。それがヒロインなのか、あるいは突然変異で誕生した魔獣の類なのか、はっきりしないことも珍しくない。言葉を交わすことができないので、こちらで推測するしかないのだ。
「竜王っていうのも、あくまでも帝国側の呼び名ね。ワイバーンと一緒に戦場に出てくることが多かったから自然とそう呼ばれるようになったってだけ。魔王軍の中では、ムートーって呼ばれてたかな」
「ムートー?」
「その辺にいるワイバーンの何倍も大きい、昆虫とは虫類を混ぜたみたいな外見かな」
「ヒロインって言われてもピンとこないな。で、その骨がなくなって大穴が開いたと」
「そう」
「原因は……」
「ムートーが蘇った、とか? わたしも封印されていたせいで、こっちまで出て来られなかったから詳細を把握していないのよ。気配だけは感じていたんだけどね。地震もあったし」
「そりゃ、これだけでかい穴を掘ってたら揺れるわな」
穴の直径は、百メートルくらいはあるだろうか。その穴に見合うだけの巨体であると考えると、ムートーという怪物がどれだけ規格外なのか分かるというものだ。
もしも、本当に神話の怪物が蘇ったのだとしたら、それはノワールにとって重大事だ。
ムートーはノワールを滅ぼすために魔王が派遣した将軍なのだから、ノワールに攻めてくるかもしれない。
「あの、その竜王さんは、骨だったんですよね? 生き返るものなんでしょうか? しかも千年経ってからなんて」
話を聞いていたマシュがトラムに尋ねる。
「分からないわ。竜王はわたしがいた世界の出身じゃないし、言葉も通じなかった。知性は感じたけどね。骨から時間を掛けて復活する方法を持っていても、おかしいとまでは言えないわ」
「そういうものなんですか」
骨から再生するなど、あまりに破格な生命力だ。生物という枠組みを遥かに超越している。マシュが旅した特異点に生きる魔獣ですら、そこまでの生命力はなかった。死んだものは蘇らないというのは絶対の法則である。死者蘇生は、魔法でなければ実現不可能だ。
「わたしがしたかったのは現状把握と、可能なら今度こそ完全に倒しきること。マオ君の力があれば、竜王だって敵じゃないわ」
「その話を聞かされると、ノワールの領主として引くに引けないよな」
人でなしが基本にあるマオも、領主としての責任感は持ち合わせている。山を越えればノワールだ。推定するムートーの巨体ならば、山越えなど難しくないだろう。
「それじゃあ、とりあえずはここまでで。あの穴の中に入っていくのは、まだ危ないでしょうし」
「ちょっと待ってください。何か騒がしいような」
トラムの言葉を遮ったマシュの警告は目に見える形で現れた。
直線距離にして三キロほど離れたところで、爆発があった。ここが丘の上で見晴らしがよかったおかげで、目視で確認ができた。騒ぎを起こしたのは例の如くワイバーンであるようだ。遠くにもよく聞こえる咆哮が耳朶を叩く。
樹上を飛んでいるワイバーンの数は五体。それが、一点に向けて何やら攻撃を仕掛けている。
「縄張り争いでしょうか?」
スピカが目を細めて爆発した箇所を見る。
今も断続的に爆発が続いている。
白熱した竜の息吹が地上に向けて放たれる。超高温のブレスは、通常の生物であれば、簡単に灰にしてしまえるだろう。
それが、一回、二回と繰り返し放射される。
執拗な攻撃は、対象が沈黙していないことの証左だ。炎を掻い潜って、光の槍が上空に飛び、ワイバーンの一体を撃墜する。
仲間を落とされた怒りからか、さらに苛烈な攻撃をワイバーンは仕掛ける。
「今のは、魔術です。おそらくはルーン魔術。わたしの世界のもので間違いありません!」
声を発したのはマシュである。
つまり、ヒロインの誰かがワイバーンに囲まれているという状況なのだ。
「スピカ、先行して救援」
「はい」
翼を持つスピカならば木々を最も早く急行できる。
「ワイバーンはわたしに任せて」
トラムから凄まじい魔力が噴き上がる。白銀の光が青みを帯びて、彼女の銀腕に顕現したのは両刃の剣であった。
「新たなる輝きの剣!」
青い光が砲撃となって、ワイバーンを撃ち抜く。
トラムのスキルの中でも最大の火力を誇る遠距離攻撃である。消費コストを抑えたので、能力の増加率は控えめだが、それでもワイバーンを倒すくらいは造作もなかった。
「行って」
続けざまに剣を振るうトラム。
空を斬り裂く青い斬撃が、次々とワイバーンを斬り捨てる。
「行きましょう、マオさん」
「分かっとぁ!?」
マオはマシュに抱えられて丘を飛び降りた。心の準備ができていなかったので、死ぬかと思った。サーヴァントの身体能力に人間がついていくのは基本的に無理な話であって、マシュは平然としているが丘の上から超高速で駆け下りていくのは心臓に悪い。しかも、途中には崖もある。激しい上下運動で目が回った。
「飛ばします。口閉じてください、舌を噛みますから!」
「んぐッ!」
立香から聞いたジェットコースターなる乗り物に似た上下運動だ。立香の世界ではこのような激しい高速移動が娯楽になっているのだというから、まったく理解できない。
残るワイバーンは二体。仲間が倒されたのに、それでも攻撃を止めないのは使い魔の血を引くからだろうか。生存よりも戦闘を優先する気性は、既存の生態系の埒外にいることを物語っている。
「はああああああああああああああ!」
地上からミサイルのように飛んだスピカがワイバーンの胸を貫く。
同時にハルカの投じたクナイから生じた閃光が最後の一体を撃墜した。最初の五体に加え、この騒ぎに集まってきたワイバーンを合わせて十二体を倒した。
超重量級の生物が地上に落ちて、豪快な音が響き渡るが、マオにはそれに驚いている余裕もなかった。
やっと目的地までの道のりは、ほんの数分程度だったというのに精神的にかなり疲れてしまった。
「すいません、マオさん。つい」
「いや、いい。そうか、立香はこういう旅をしてたわけだ……」
ただの人間でありながら、妙に肝が据わっている愛人の苦労が偲ばれる。
マシュから下ろしてもらい、根性を奮い立たせて地面に足を付ける。ともすれば膝がガクガクしてしまいそうだったが、そこを必死に堪えた。
「そうだ。ワイバーンに襲われてた娘はどこだ?」
「マオさん、こちらです」
ハルカが声を張った。
竜の息吹にくすぶる広葉樹の下で、傷ついた少女が倒れていた。
桃色のショートヘアの少女だ。愛らしい顔立ちなのだが、顔の半分が火傷で酷い状態であり、苦悶に歪んでいる。さらに衣服は傷つき破れ、血を流している。見るからに重傷だ。意識もない。本当にギリギリのところで間に合ったのである。
「ヒルドさん!?」
マシュが悲鳴にも似た声を上げた。駆け寄って膝をつき、少女ヒルドの顔を覗き込む。
「酷い……いったいどうして」
マシュの隣で脈を取るハルカが顔色を変える。
この緊急時にあって、マオにできることと言えば魔獣の出現に備えてヒロイン無力化の範囲をできる限り広げるくらいだ。
「酷い怪我。治療をしないと、危険です」
「治療って言ってもどうする?」
医療の専門知識があるわけではなく、治癒魔術も基礎的なものをマシュが使えるだけだ。
こんなことならせめて愛歌かマーリンのどちらかを連れてくればよかった。彼女たちなら、この状態でも十全の状態まで治療することができたかもしれないのに。
「とにかく、神殿に運びましょう。マオさん、すみませんがヒルドさんと仮契約をしてもらえますか?」
「仮契約?」
「ヒルドさんはサーヴァントなのでマスターがいるのといないのとでは、全然違うんです。マオさんがマスターになれば、それだけヒルドさん自身の快復力に魔力が回せますし、マオさんからの魔力供給もできます。意識さえ戻れば、ヒルドさんのルーンで治癒ができますから」
「それまでの繋ぎだな。分かった。どうすればいい?」
「わたしの盾を触媒にするので、盾に触れてください。それで、一時的にヒルドさんへのパスを繋ぎます」
マシュが手早く指示をするので、それに従って盾に触れる。サーヴァントのマスターというのは、魔術師でなくてもいいらしい。マオ自身も魔力があるので、それを使えばマシュの世界のマスターと同一ではなくても似た働きはできるということだ。
立香も魔術師ではないし、その辺りの自由度は外部環境に左右されるのだろう。
マシュがいるおかげでヒルドというサーヴァントとの契約が速やかに行われた。自分の中にある魔力が彼女に流れ込んでいくのが分かる。不思議な感覚であった。使い魔を使役するというのは、こういった感覚なのだろうか。
ともかく、これ以上ここに残っていても意味がない。今は一刻も早く神殿に戻り、ヒルドの治療と状況の整理をしなければならない。
マオはハルカにヒルドを運ぶように指示を出し、そしてマシュに抱えられて、先ほどよりもマシな速度で駆け戻った。