※この作品はR-18です。

異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話   作:もう万体

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第二十五話(エロなし)

 暗い闇の中で、少女は目を開いた。

 深い夜を濃縮した黒曜石のような瞳である。

 年の頃は十代の半ばくらいだろうか。

 少なくとも外見だけで見れば、幼さを感じさせる年齢に見える。

 月光を溶かし込んだかのような白銀のショートヘアをさらりと払い、少女は玉座を立った。

 ゴンドワナ大陸の南にあるアリアナ海に突如出現した岩石島の主が彼女である。自らの権能を駆使して築き上げた岩の城は、近づく者を圧倒する威容に満ちていて、常識の埒外にある島であると強制的に認識させるものであった。

 古き死と再生の女神にして、天空と大地を統べる女王を自認する彼女にとって、地上のすべては塵芥に等しい。

 

「ふふふ、まさか妾の闇を砕く者がいようとは。度しがたい不敬者よな」

 

 言葉とは裏腹に、少女――――女神アテナに怒りはない。

 アテナに目的意識というものは特にない。この世界の運行が自分のいた元の世界とは異なるものだとしても、自分がまつろわぬアテナである事実に変わりはなく、そのように振る舞うだけだ。

 アテナは軍神であり、死と再生を司る《蛇》の女神であり、知恵の女神でもある。

 かつての世界では、神話や物語から抜け出して、現世を気ままに練り歩く『まつろわぬ神』に対抗できるのは、同じ『まつろわぬ神』か神を殺して権能を簒奪した神殺しだけであった。この世界にもあるいは同様の好敵手がいるかと思い期待していたが、今のところ善戦できたのはワルキューレの三騎だけである。それも、サーヴァントという人間に使役されることを前提とした肉体構造に落とし込まれた不完全な姿で、本来の英霊であればまだしも、サーヴァントに堕した状態でアテナに勝利するのは難しかっただろう。

 逃げ延びたヒルドに差し向けた権能の一欠片。闇の力を凝縮した分身を砕かれた。方法も理屈も不明だが、この世界の貧弱な男が見事に成し遂げて見せたのだ。

 アテナですら見通せない黒い靄に覆われた認識不可能領域。どうも、そこの領主であるらしい。

 

「奇怪なことだ。妾の目でも、あそこだけは見通せぬ」

 

 フクロウを飛ばして様子を見に行かせたが、黒い靄のような領域に入ると音信が途絶えてしまう。どうもアテナの力そのものが通じていないようだ。権能すらも遮断する高度な能力によるものか。アテナと同規模の力を持つ何者かが控えているのか。知恵の女神にとって分からないというのは屈辱だったが、同時に楽しみでもあった。

 ヒルドがあの男の元に逃れたのならば、何れは石と化した姉妹を救うために舞い戻ってくるだろう。

 

「ならば、それに相応しい陣容を整えるのも一興か」

 

 アテナが右手を虚空にかざす。すると、俄に青い輝きが湧き上がり、大きな氷の塊が出現した。そこにあるだけで、空気すら凍結しそうな強い冷気を放つ氷塊は、その内側に一人の少女を閉じ込めていた。

 

「かつての魔王とやらに仕えた人形よ。此度は妾に仕え、その力を振るうがいい」

 

 アテナの力が強引に氷塊に罅を入れる。

 千年前の戦いで凍結封印され、アリアナ海溝深くに沈んでいたヒロインを引き上げたのである。

 封印をあっさりと握りつぶし、粉々に砕く。飛び散った氷の欠片は、術式が壊れたことで霧散してしまった。

 残ったのは、自由を取り戻した少女だけである。

 

「あなたの名を聞かせてもらおうか」

 

 起き上がった少女は千年ぶりとなる自由にも喜びの感情を浮かべることもなく、無感動な表情のまま口を開く。

 

「セクストゥム。水のアーウェルンクス」

 

 

 

 ■

 

 

 

 イステネブルの暗躍を退け、悩ましい外患への対処を終えた後は、往々にして内憂に悩まされるというのが、国家の歴史のようなものだ。対外関係が安定すれば、統治者の目は国内に向く。パンゲア帝国という強大な統一国家が滅び、秩序が崩壊したゴンドワナ大陸で、ノワールは安定した統治を続けてきたわけだが、イステネブルのように悪意の手を伸ばしてくる外敵は残念ながら存在する。そして、外敵は必ずしも外からやってくるものばかりではない。

 マオがトラムの救援要請に応じてパラディクレールを出発した後、やはりというべきか、多少の問題が発生した。

 それが、ノワールの貴族とイステネブルとの内通疑惑である。

 厳密に言えば、兼ねてから噂されていた内通疑惑が、白日の元に曝されたということである。

 問題となった貴族はイステネブルとの国境に領地を持つエドヴィン・ロスブロアを筆頭とした四家である。

 彼らは由緒あるノワールの貴族であり、遡ればパンゲア帝国の皇族の血を引くという名門中の名門であった。

 血統で言えばマオとも並ぶというだけあって、発言力は国内でも有数であった。

 ところが、近年、マオの「個人的な軍事力」が拡大傾向にある中で、貴族たちの発言は徐々に力を失っていった。

 ハルカの加入に始まり、ヒロインたちが続々とマオの配下に収まった。かつての予言の通りとなったわけである。

 戦闘型のヒロインは一人いるだけでパワーバランスを崩しかねない。それが、複数人ともなれば、合議制など形だけのものとなるだろう。

 統治者が固有の戦力を持たないのであれば、貴族たちの合議制で国家を運営できる。ノワールは伝統的にそういった政治形態であった。

 マオが個人で運用する騎士団が極めて少人数なのも、ノワールの軍事力を貴族が担うからである。

 領主は国内の統治の旗頭でしかない。

 その形が大きく揺らいでいる。

 ヒロインを戦力として、独自の道を進み始めたマオに対し、エドヴィンを初めとする有力貴族の態度は友好的とは言いがたい。

 中には、政治活動をボイコットし、領地に引きこもる者もいるくらいであった。

 それでもノワールが揺らがないのは、マオに協力するヒロインたちの力が強力だったということに尽きる。

 一部の貴族が反乱を起こしたところで鎮圧できる戦力が、マオにはある。

 もはやマオにとって貴族というものは、それまでのような政治的に必要不可欠な存在ではなくなっていた。

 それが表面化したのが、イステネブルの侵攻だ。

 イステネブルの騎士たちは、ヒロインを相手にするには力不足ではあっても、それを度外視すれば戦闘経験豊富な強力な軍団だ。

 それをヒロインの力のみで殲滅し、さらに新たなヒロインを奪い取ってしまったマオの力は、貴族たちを戦慄させてあまりあるものであった。

 その奇怪な力を前にすれば、自分たちが積み重ねた既得権益など皆無に等しく、マオの気分次第で如何様にも処分されてしまう――――そんな未来予想図すら描けるほど、マオと貴族たちの戦力差は歴然のものとなった、ように見えていた。

 もともとマオとの関係が冷えてきたエドヴィンらにとっては死活問題であった。状況を打破しようにも、イステネブルはミコトのスキルによって二千人の兵を失ったばかりだ。

 エドヴィンにとっての想定外はヒロインたちの力を見誤っていたことであろう。()()()()()()()()()()()()()()()イステネブルの騎士団を相手にして、そこまで圧倒できるとは考えていなかったのである。

 おまけに、新規加入のマーリンの目は誤魔化せない。

 エドヴィンとイステネブルの密約は戦後早い段階で浮上していた。

 有力貴族の裏切りは看過できない。しかし、明確な証拠がなければ逮捕できないということもある。ヒロインの力を使って強引に解決という方法は最後の手段である。

 かくして、ノワールの「現首脳部」が動き出したのは、マオがトラムの支援のため、パラディクレールを発った、その日の午後からであった。

 

 

 エドヴィン・ロスブロアの屋敷は、海を見下ろす切り開かれた丘の上にあった。

 屋敷の周囲には堀を巡らし、前後の門は固く閉ざしてある。

 ノワールとイステネブルの国境を流れる川の河口付近一帯が、エドヴィンの領地である。古くはイステネブルとも度々戦ってきた経緯があり、ノワール国内でも有数の軍事貴族であった。

 

「夜分遅くにごめんなさい。お邪魔するわね」

 

 と、不意に眠ろうとベッドに向かったエドヴィンは、部屋に突然現れた少女の言葉に息を呑む。

 沙条愛歌。

 鎧の町を発展させ、クロガネ大公国を混乱させた稀代の怪物であり、今はマオのメイドとして働くただの少女である。

 エドヴィンはそういった愛歌の詳細は知らされていない。

 ただ、彼女が突然室内に現れたことに対する驚愕に、言葉を失い狼狽するばかりであった。

 

「ミスター。こんな時間で申し訳ないのだけど、同行してもらえないかしら。理由の説明は、必要かしら?」

「……他人の私室に、無断で入ってくるとは。マオの躾がなっていないと見えるな」

 

 愛歌が何者かというのは、この際問う意味はない。

 彼女がマオに仕えるヒロインの一人であり、ノワール随一の警戒態勢を敷いているエドヴィンの屋敷に簡単に侵入できる異能を持つのは明白であった。

 軍事貴族というだけあって、エドヴィンの肉体は鍛え上げられた戦士のものだ。身長は二メートルに達し、腕は丸太のように太い。

 エドヴィンが右手で虚空を握ると、その手に一振りの大剣が現れた。

 転送の魔法である。

 愛歌が乗り込んできた以上、仲良く懇談しようなどという平和的な解決を模索しているわけではないのだろう。どこまでエドヴィンとイステネブルの癒着を把握しているかは分からないが、エドヴィン排除にマオが乗り出したのは最早疑うべくもない。

 月明りを背景に立つ可憐な少女は、剣を構えて抵抗の意思を示すエドヴィンに酷薄な視線を向けた。

 

「あなた如きがマオさんを呼び捨てにするなんて、無礼にも程があるわ。今からでも床の頭を擦りつけて謝罪なさい。そうしたら、そうね……十秒くらいは、走馬灯を堪能する時間をあげてもいいわ」

「先祖代々我が一門がノワールを守ってきたのだ。我らを蔑ろにしたこと、今に後悔することになるぞ」

 

 愛歌の影から湧き出た異形の使い魔三体を、エドヴィンが剛剣の一振りで斬って捨てる。刃からは雷撃が迸り、轟音とともに壁が吹き飛んだ。

 

「あら、面白い魔術……いいえ、魔法を使うのね」

 

 壁が消えて、潮風が吹き込んでくる。破壊の痕跡のただなかに、埃一つ被ることなく愛歌が佇んでいる。

 エドヴィンは内心で舌打ちをした。 

 使い魔と一緒に愛歌も討ち取るつもりで剣を振るったが、少女の柔肉を抉った感触がまったくなかった。そう上手くいかないとは思っていたが、やはり一筋縄ではいかない異能者であるらしい。

 

「悪鬼羅刹を退ける神鳴流の秘技、その身で味わえ」

 

 刀身に「気」が集中し、紫電を放つ。

 二百余年前、ノワールを訪れたヒロインが伝授したと伝わる退魔の剣術は、ヒロインではない騎士でも素養があれば習得できるという利点からノワールの騎士の間で広まったものだ。

 エドヴィンは神鳴流ノワール派とも言うべきこの剣術の、当代最強の使い手であった。

 

「雷光剣ッ」

 

 夜の闇にその光はいっそう眩しく輝く。屋敷への被害など二の次だ。斬撃のみならず、強力な電撃による破壊は、対人ではなく対魔獣で用いるべき威力である。

 エドヴィンは躊躇うことなく、最速最大の一撃を愛歌に放つ。彼女の力が見た目通りの少女のものであれば、何もここまでの過剰な火力を叩き込む必要はないが、魔術師や魔法使いなどという異能者は、戦闘型のヒロインの中でも危険性の高く、主導権を握られると何をされるか分からない。

 戦闘型のヒロインとは極力戦わないのがセオリーだが、もしも戦闘に発展するような場合では、先手必勝が最適解であった。

 

 

 

 

 

 愛歌は、制圧した屋敷をつまらなそうに見て回る。屋敷の警戒に当たっていた騎士や家臣たちも軒並み捕縛され、治安部隊に引き渡してある。

 エドヴィンの配下には、神鳴流の使い手が何人もいる。それだけで、この国の根幹をなす戦力なのは間違いなく、それを一人で制圧した愛歌の力に、共に派遣された治安維持部隊は慄然とするほかなかった。

 しんと静まりかえった屋敷は、薄らと焦げ臭い臭いが漂っている。三階建ての広大な石造りの屋敷である。

 愛歌が向かったのは地下である。

 重い鉄扉を言葉一つで開く。視覚を強化して、暗闇を見通すと、そこには彫刻や絵画、壺、装飾剣といった美術品が所狭しと並んでいるではないか。

 

「これは、運び込まれたのはつい最近ね」

 

 これが、エドヴィンのもう一つの顔である。

 彼は本国の外れの河口付近を領地に持つという地理的特性を活かした密貿易で利益を上げていたのである。

 この地を流れる川は国境に沿って内陸深くまで遡れる。ノワール本国とは山脈を挟むため、不正な取引が見つかる心配は少ないし、エドヴィン自身の軍事力をノワールは頼らざるを得ないので、不正が明らかになったところで、力でマオをねじ伏せられるはずであった。

 想定外だったのはマオがヒロインを次々と配下に加えたことだ。パワーバランスの崩壊し、エドヴィンの不正への対処が始まるまでのカウントダウンが始まった。エドヴィンが焦るのも無理はない。

 

「あらら、人身売買までしてたのね」

 

 不正の証拠となるリストが残っていた。それまでは美術品のやり取りだったのが、ある時期を境に人身売買にも手を染めていた。

 それは、マオがマーリンを配下にした時期と重なる。

 マーリンは世を騒がせる世界的に有名なヒロインである。その美貌で王や王子を籠絡し、王国を傾けたことは数知れず、卓越した魔術を駆使してのらりくらりと逃げ回り、高額の懸賞金までかけて行方を追う国もあるくらいの曰く付きだ。

 それが、マオに付き従うようになった。経緯はどうあれ、この宮廷魔術師の加入はエドヴィンの危機感を強めたのだろう。

 この地下倉庫の壁には、透視を防ぐ護符が何枚も張ってある。無論、マーリンや愛歌の目を誤魔化すほどの御利益はないが、そうしてまで隠そうとしたのは、やはり、マーリンの力を恐れての対策だろう。

 目的は個人で保有する戦力の増強であろう。

 特にヒロインを手元に置こうと業者に多額の資金を渡している形跡がある。

 戦闘力のあるヒロインを購入して、自分の力を高めようとしたのだろう。マオの能力をきちんと把握していれば、逆効果だと分かっただろうが、マオの能力を正しく理解している者など、マオ本人を除けば、それこそ屈服させられたヒロインたちくらいだろう。

 結果的に、エドヴィンがヒロインを手にすることはなかった。

 もともとヒロインの絶対数が少ないので、市場に出回る機会はごく少数だ。その中でも戦闘能力を持つヒロインが出品されることなど、滅多にない。強い力のあるヒロインは売り物にならない。本人を手懐けるのも一苦労だし、国家が管理するのが基本なのでオークションに掛けるより国に掛け合って引き取ってもらい、見返りを求めた方がいいからだ。結果、奴隷商人が取り扱うヒロインは戦闘能力を持たない見た目の優れたヒロインが圧倒的多数となる。こうした事情もあって、エドヴィンが求める人材は、終ぞ手に入らなかったのだ。

 愛歌は周囲の美術品や刀剣類に眺める。中には強い魔力を発しているものもあり、愛歌で言うところの魔術礼装として使用できそうだ。

 エドヴィンの不正な商取引には、複数の貴族が参入している。ここにある物品の中には、そういった貴族からの横流し品も含まれている。

 そういった様々な物品が並ぶ地下倉庫の中でひときわ強い魔力を放っているクリスタルの彫像を愛歌は無感動に眺める。

 

「こういうのを悪趣味って言うのよね」

 

 これといった好き嫌いのない愛歌は何も思うところはないが、立香やマシュが見れば眉を潜めただろう。

 それは少女を象った等身大の彫像である。

 衣服を着ていないので裸婦像とも言えるだろう。

 彫像としての出来は非常に優れていて、まるで生きているかのような臨場感と生気を感じる出来なのだが、その卑猥な姿は裸婦像というにはあまりにも性的だ。美術品というよりも、性的欲求をかき立てる嗜好品といったほうがいい。

 少女は全身をくねらせて、髪を掻き毟るようにして悶絶した姿をしている。表情まで仔細に彫り込まれていて、絶望と快感でよがり狂った姿を忠実に表現している。

 ニッチな愛好家の間で人気のある「敗北した少女像」というジャンルの一品だ。市場に出回るのは、石像が多いが、ごく希にこうしたクリスタルの彫像が出品されることがある。

 見る者が見れば、このクリスタルの彫像が強力な呪詛を帯びていることが分かるだろう。

 それは、強制的な変身の強要であり、石化の一種とも言えるだろう。

 無残にも快楽に敗北した一瞬を切り取り、永遠に保存する悪趣味な呪詛。この少女はそれを浴び、この姿のままで永遠の時を過ごすことになったのだ。

 

「まあ、でも、パラディクレールに運べば何とかなりそう」

 

 呪詛がどうあれ、ヒロインの力に由来する異能ならばマオの力で対処可能だ。ノワール国内はヒロインの力が著しく制限される。敗北した少女像が本物ならば、その身体をクリスタルに変化させている呪詛も解呪できるだろう。

 必要な魔力は彫像そのものが発している魔力で補える。愛歌はとりあえず、パラディクレールの私室に彫像を転移させることにした。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ――――十年前。

 

 西クレーネは、ゴンドワナ大陸の中央からやや西に逸れたところにある小国である。

 王は存在せず、統治は北の大国アンタレアから派遣される執政官が務めるのが習わしだ。このように西クレーネは、アンタレアの領国の一地方に等しい扱いを受けているものの、軍事面でもアンタレアに依存しており、国民の大半は王が統治していた時代を忘れてアンタレアの統治を受け入れていた。

 緩やかに西クレーネは国としたの体制からアンタレアの地方としての体制に移行しつつある。国民の意識からも、西クレーネ国民という意識は薄れている。アンタレアの統治は公平で、西クレーネ人だからといって差別はなく、そのため民族意識が表面化することなく緩やかに融和してきたのである。

 国の外では戦争が頻発しているが、西クレーネの中は比較的穏やかだ。背後のアンタレアの力があるおかげで外敵から戦争を仕掛けられることがない。アンタレアも内政を重視しているので、ここ数年は落ち着いた日常が続いていた。

 そんな西クレーネの地方都市、セレスアゴラは行商人が行き交う商業都市として栄えている。西クレーネの西にある山地から流れる川の恵みが宿場町としての発展を支えた。

 セレスアゴラの大通りを旅の四人組が歩いている。男が二人と女が二人だ。 

 

「腹が減ったな。そろそろ飯にしようぜ」

 

 と、リーダー格の男が言った。

 男の名はダグラスという。

 背が高く筋肉質で髪を短く刈り込んだ青年だ。

 

「そうね。もう、足がパンパンよ。せっかく、セレスアゴラに来たんだから、羽を伸ばしたいわ」

「同感。この町は、料理も有名だからな。特にセレスアゴラ産の牛肉は、アンタレアの王様の御用達だそうだぞ」

 

 うんうん、と頷くポニーテールの女はリオラ、続いて口を開いた黒髪の男がマルコであった。

 昼食を摂るには少し早いが、ここまで朝から歩き通しで体力を使った。町に到着したからには、足を止めて休憩したい。

 

「ユイ、あんたはどうだ?」

 

 ダグラスに問われた少女は、ユイといった。桃色のショートヘアで、柔和な顔立ちをしている。見るからに大人しく、引っ込み思案といった雰囲気であった。

 

「あ、わたしも休憩が欲しいと思ってました」

「じゃあ、決まりだな」

 

 ダグラスが手を叩いてパーティの方向性を決定した。

 

「んじゃ、適当に……」

「ちょっと、ちょっと、適当はダメでしょ。セレスアゴラの料理を楽しめる店にしてよね」

「分かってる分かってるって」

「いいや、そう言っていっつもゲテモノ出すような店を選ぶじゃない」

「んなことねーよ。なあ?」

 

 話を振ってくるダグラスにユイは苦笑いで応える。マルコも肩を竦めた。明言は避けたもののリオラの訴えを追認している形となる。

 

「はいはい、わーったよ。そんなに言うんなら、リオラが選べよ」

「そうね。だったら、もう行くところなんて一つしかないわ。一昨日、セレスアゴラに行くんならこの店ってのを調べといたからね」

 

 小さな紙片をひらひらと見せるリオラ。見れば、セレスアゴラの飲食店の名前が十店舗分は書いてある。

 その中で一番上に書いてある店に一行は向かった。

 

 

 ゴンドワナ大陸の各地には、多くの禁足地が存在する。

 一部の関係者しか立ち入ることを許されない私有地という意味ではなく、神聖さから俗人の立ち入りを認めない聖域という意味でもない。

 そこに立ち入ることが危険である、あるいは不吉であると見做され、人が近づかなくなった土地という意味だ。

 そういった土地の中には、千年前の大戦以前の文明の痕跡を残す遺跡となっているところも少なくない。有名なところではサントルージュの森がそうだが、千年前の大戦では人命だけでなく、高度な文明を支えた知識、技術も失われたのである。

 そういった過去の遺産が眠っていると思われる土地を巡り、調査し、時に遺物を回収する仕事に就く者をサルベイジャーと呼ぶ。

 それは、極めて危険な仕事である。人間が去った土地には動物が住み着く。特に魔物の類が住処にしていることも多く、簡単に一攫千金を狙えるほど甘い仕事ではない。

 ダグラスたちも、普段は危険な禁足地に踏み込むことはせず、ある程度全貌の見えている禁足地の定期調査や魔物の駆除が主な仕事であった。

 ユイが彼らに出会ったのは、今から一年ほど前のことである。

 この世界に召喚された直後で、右も左も分からず途方に暮れていたとき、怪我をして動けなくなっていたリオラを見つけた。

 リオラを治療したユイは、この世界のことを教えてもらい、行くあてもないのでダグラスたちのパーティに参加することになった。

 回復スキルを持つユイの加入は、ダグラスたちの行動範囲を広げ、ある程度は怪我をしてもすぐに動けるようになるので、より難しい仕事を引き受けられるようになったのだった。

 ある日、そんな彼らに舞い込んできた依頼が、千年前の大戦で放棄された古代都市の調査であった。

 千年前の大戦時に放棄された遺跡は数多いが、その中でもほとんど調査が進んでいない遺跡の一つである。

 どのような危険が潜んでいるか分からないので、着手金も相当な金額であった。

 おかげで、グレードの高い宿に泊まれるし、少し散財しても笑っていられる程度の余裕が今のダグラスたちにはあった。

 

「ユイ、どうかした?」

「ちょっと、食べ過ぎちゃいました」

「あんた、食べるの好きだもんねぇ」

 

 日が暮れて涼しくなった町並みをバルコニーから見下ろしていたユイにリオラが話しかけてきた。

 一等地に建つホテルは、この町では指折りの高級ホテルだ。行商人程度が宿泊できるようなところではないが、先立つものが十分にある今のユイたちにとっては、大した宿泊料ではなかった。

 これから、しばらくは雨風を凌げる場所を探すのも大変な環境に身を置くことになるのだから、英気を養うのは大切だ。

 

「ちょっと、ふっくらしてきたんじゃない?」

「そ、そんなことない。……ないけど、大丈夫、だよね?」

「あはは、冗談冗談。むしろ痩せてる部類でしょう、あなたは」

 

 急に不安になるユイにリオラは吹き出した。

 ユイは健康的な細身の体型だ。

 しっかりと栄養を取り、運動をして、体型を維持している。

 それは、この世界では幸運な人生に位置づけられる。

 ユイが暮らしたランドソルも様々な問題を抱えていた。一概にどちらが平和で、どちらが幸福かということは語れない。

 それでも、どちらの世界でもユイは、普通に暮らしてこられた。ともすれば、飢えや戦争がすぐそこにある世の中でそう思えること自体が、幸せなことなのだろう。

 

「もう明日にはここを出るんだよね?」

 

 と、ユイは言う。

 

「できれば、もう一日、二日はこの町でだらだらしたかったよね。まあ、お金もらってるから、仕方ないんだけどね」

 

 前金だけもらってとんずらというわけにはさすがにいかない。サルベイジャーに仕事を回してくるような人物は、ほぼ例外なく貴族や大富豪といった地域社会の有力者だ。今回の依頼主は、西クレーネの地方領主であり、資財を投じて千年前の大戦期の遺跡の発掘調査を行う物好きだ。

 

「まあ、でもユイが来てくれてから、わたしたちの仕事も増えたし、危ないことも減ったし、幸運の女神様だよ、ユイは」

「恥ずかしいこと、言わないで。わたし、そんな柄じゃないし!」

 

 褒められることにユイは慣れていない。ちょっとしたことでも、気恥ずかしくなって目を背けてしまう。

 

「ほんとのことだよ。というか、ユイがいなかったら、あたしは死んでたかもしれないしね」

「それは、たまたまだよ」

「だから、幸運なんだよ。運が良かったの。だから、明日もよろしくね」

「うん、もちろん」

 

 とにかく危ない橋を渡ることになるのは間違いない。

 それでも、仲間たちは全員、パーティの戦力は戦闘型ヒロインに比べると見劣りするものの、魔獣相手なら戦える戦力がある。大陸人の中では優秀な魔法使いでもあるのだ。

 ヒロインの末裔は、時にその血に由来する異能を発現することがあるし、魔法の類も学問として根付いているものもある。

 禁足地で活動するサルベイジャーには、そういった異能者が多い。異能の一つでも身につけなければ、禁足地で活動することなどできないからだ。

 彼ら、彼女らサルベイジャーは、数が少なく簡単に死地に送り込むことのできないヒロインに代わり、危険と隣り合わせの任務に就くという点で重宝されている。

 冒険の旅には慣れている。それなりの修羅場も潜ってきた。それでも、やはり危険だと分かっている未知の土地に乗り込んでいくのは恐ろしい。

 緊張も不安も消えることはない。それでも、新しい仲間たちが自分の力を必要としてくれているのなら、頑張らなければとユイは気持ちを引き締めるのだった。

 

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