異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
ジャンヌ・オルタが屈服し、彼女と契約を交わしたことで砦を取り巻く問題は終わった。
ブリンクウォールとトラブルを起こし、あちらのヒロインに負けて逃げ込んできたらしい。
「ブリンクウォールのリドル・バージェスね。噂に名高い現代の魔王の一人か」
「マスター、現代の魔王とは?」
セクストゥムが尋ねる。
「千年前に悪逆を為した魔王にあやかっていつの間にかそう呼ばれるようになった三人の王のことだ。共通してるのは、三人とも不老不死だってことだろうな」
「不老不死? しかし、この世界の人間なのですよね?」
「そうらしい。けど、どうしたのか分からないが、魔王様方は不老不死になった。事実、リドル・バージェスは八十年在位しているが、まだ若い容姿を保っているらしいからな」
リドル・バージェスの領地は比較的ノワールとも近い。ジャンヌ・オルタが川を伝って逃げてきたように、この川の上流に、彼女の治めるブリンクウォールがある。
「他の魔王も同じなんですか?」
「方法は違うらしいが、不老不死なのは一緒だ。三人の中ではリドルが一番まともだって話。なんせの他の二人は人間を完全に辞めているって噂だからな」
「人間を辞める? 魔物になったということですか?」
「どんな魔物かは知らないけどな。その時に人間だったときに常識とか良識とかもぶっ飛んだみたいで、彼らが治める国は死の都になった。今じゃ周辺諸国とヒロイン生協がずっと戦争を続けているって状況だ」
バージェス家はそんな先達二人の過ちを見て、人間としての理性を残したまま不死を得る方法を探し続けた。リドルの代で、方法は不明ながら不死に辿り着き、今は背徳都市として独特な経済圏を形成している。
「ジャンヌ・オルタ。このまま、パラディクレールにお前を連れて行く。いいな?」
「……好きにしなさいよ」
「では、そうしよう。セクストゥムの転移魔法なら一瞬だ」
セクストゥムの魔法は本当に便利だ。
個人の実力に左右されるとはいえ、この魔法が広まるのはやはり危険だろうか。
「マスター、森から火の手が上がっています」
「何?」
セクストゥムの言葉に顔を上げる。
見張り台から外を見ると、川の上流にある森から煙りが上がっているのが見えた。
「魔女の森が燃えてるだって? 何があった?」
燃えているのは、通称魔女の森と呼ばれる平野部の森林だ。
イステネブルの土地ではあるが、魔女が住居を構えてからは事実上放置されていた。
好戦的な魔女ではないものの、だからといって言うことを聞くわけでもなく、自分の領土だと言わんばかりに森を周囲から閉ざしていたので、ほぼ治外法権状態だ。
ノワールとしては諸外国との緩衝地帯になってくれているので、都合が良かった。
その魔女の森が黒煙を上げて燃え上がっているというのは、異常事態である。
真っ当な人間ならば、森の結界に阻まれて不埒なことはできないはずだ。
「ヒロイン級の敵に襲われたか、よほど強力な魔獣が出たか」
魔女の結界をものともしない何者かによる襲撃と見るべきであろう。
光が乱舞し、轟音が響く。何かが連続して爆発しているのが分かる。
「何か来ますね」
光の筋が燃える森から飛び上がったかと思えば、まっすぐこちらに飛んでくる。
よくよく見れば、それは少女だ。
白い服を着た黒髪の少女が、光の翼を広げて飛んでくるのだ。
「やっと見つけた。ジャンヌ・オルタ!」
マオたちから二十メートルほど上空で静止して、見下ろしてくる。
「誰?」
「バンビエッタよ、バンビエッタ・バスターバイン! 前にも名乗ったはずなんだけど!?」
空中で地団駄を踏むバンビエッタ。
「知り合いか?」
「ブリンクウォールでドンパチやってたときに何度か顔を合わせたくらいよ。別に会話をするほどの仲じゃないわ」
声を潜めてマオはジャンヌ・オルタに尋ねた。
ブリンクウォールの活動は最近活発化している。元から悪名高い国ではあったが、ノワールとも近いので無視しているわけにはいかない国の一つではある。
「ブリンクウォールのヒロインってことは、最近、クロガネ大公国で暴れ回ったヤツか?」
「あんた何?」
「失礼。俺はマオ・パンガイア・ノワール。ノワールで領主やってるもんだ」
「ノワールの領主? てことは、一国の主じゃないの。こんなとこで何して……ああ、ジャンヌ・オルタか」
ノワールとイステネブルの国境線がどこになっているのかバンビエッタには知るよしもなかったが、ジャンヌ・オルタが逃げ込んだのがノワールでマオがその問題解決に動いていたのだという程度の想像はできた。
「ノワールの領主様はフットワークの軽いことで。クロガネ大公国に派遣されてたのはあたしじゃないわ。あんな狂犬と一緒にされちゃ堪んないわ」
「森を焼いたのは何でだ?」
「邪魔だったから。こっちに飛んでこようとしたのに妙な結界で邪魔してくれたじゃない。だから、吹っ飛ばしただけ。ノワールには関係ないでしょ」
さも当然とばかりに言うバンビエッタ。
確かにノワールには関係がない、他国の出来事ではある。
危険な匂いのする少女だ。
戦って人の命を奪うことになんら嫌悪を抱かないタイプである。ヒロインの中で見れば珍しくはない。何らかの戦争と関わっていたヒロインならば、こういった割り切りをする者もいる。
「じゃあ、答えてあげたから今度はこっちから言わせてもらうわ。そいつはあたしらの国で好き勝手に暴れ回った罪人なのよ。引き渡してくれたら、こっちからはそれ以上何も言うことはないわ」
と、ジャンヌ・オルタを指さすバンビエッタ。
ジャンヌ・オルタがブリンクウォールと対立していたのは聞き知っていることだ。できることなら、ノワールにいることを知られずに済ませたいところではあった。
「ジャンヌ・オルタがそちらでどう暴れたかは知らないが、このジャンヌ・オルタとは別人だろう。サーヴァント系ヒロインの特殊性は周知の事と思うが、同一のサーヴァントが同一の時代に召喚される事例が過去に報告されている。このジャンヌ・オルタが貴国の追うジャンヌ・オルタと同一である証拠はなく、言いがかりも甚だしい」
「はああ!? 何巫山戯たこと言ってんの? さっき、思いっきりブリンクウォールがどうとか話してたでしょうが!?」
「噂話くらいは聞くこともある。白い服着て空飛ぶヒロインはそういないしな」
「この優男面して、とんだ屁理屈男だわ。引き渡さないっていうなら、相応の覚悟はしてもらうわよ!」
飛翔したバンビエッタが、光の羽を広げる。
強大な魔力が彼女に集中するのが分かる。
「そちらこそ、相応の覚悟はしてもらうぞ」
「――――ッ」
バンビエッタの後方に現れたセクストゥムの蹴りがバンビエッタを襲う。
辛うじて羽で受け止めたバンビエッタだったが、衝撃すべてを防ぐことはできない。そのまま蹴り飛ばされてしまう。
「ノワールとイステネブルは川を国境線にしているんだ。で、お前がいたのは川のどっち側だったかな」
「こいつッ」
バンビエッタの光弾をセクストゥムは躱す。着弾した地面が爆ぜて大爆発した。威力は極めて高く、直撃は危険だ。
「国境侵犯はいけないな。ジャンヌ・オルタの罪を問う前に自分の罪を自覚しろ、バンビエッタ・バスターバイン」
敢えて挑発的に笑って見せる。
バンビエッタは自分の力と立場に自信を持つタイプと見た。ならば、こうして見下されるのは腹に据えかねるものがあるだろう。
「どきなさいよ、この白髪!」
「どきませんよ、無礼者」
魔法の矢と爆撃が激突し激しい爆発が生じる。
爆発の中をセクストゥムは瞬動で駆ける。一瞬のうちに距離を詰め、バンビエッタに崩拳を放った。
「こんのッ」
バンビエッタは防御姿勢を取る。そこで、セクストゥムは遅延魔法を解除した。
「
凍える爆風がバンビエッタを襲う。至近距離での炸裂は、並みの人間ならば一撃で全身を粉砕されてもおかしくないほどだ。
セクストゥムは勝利の余韻に浸る間もなく、振り返ると同時に全身に魔力を巡らせる。積層多重魔法障壁に氷盾を展開する。
「ぐッ!」
大爆発が起こった。
地形を変えるほどの爆発は小規模な地震を引き起こし、山が揺れる。大穴が大地に穿たれ、川の水が流入していく。
セクストゥムは右腕の袖が破れた程度で大した傷を負っていない。
「あー、今の凌ぐの。鬼道、じゃなくて魔法ってヤツか。むかつくわ。マジでなんなの?」
バンビエッタが苛立たしげに顔を歪める。
セクストゥムの背後を取り、練り上げた霊子の弾丸を撃ち込んだというのに、セクストゥムは相変わらずの無表情のままだ。
「むかつく、なるほど、そうかもしれません」
「ん?」
「あなたの爆弾でマスターからいただいた服の袖が破れました。不愉快、です」
セクストゥムの周囲が白く霞む。
ヒリヒリとした冷気が立ちこめて、大気中の水分が凍結していく。水面が凍り、霜が降りて木々の葉が白く染まる。
「お怒りってわけ。人形っぽい割に、そういうのもいけるんじゃない。だったらッ」
と、霊子の光を滞空させたバンビエッタの頭上に黒炎の礫が落ちる。
爆発で冷気が吹き飛び、大量の水蒸気が発生する。
「あんたの狙いはわたしでしょうが。勝手に盛り上がってんじゃないわよ!」
「自分から来てくれるなんて、手間が省けてよかったわ。ノワールのご主人様のところで、大人しくしてた方が良かったんじゃないの?」
「誰がご主人様だって? あんなのはね、そう、ただのマスター。それ以上でもそれ以下でもないわ!」
獄炎を纏った旗を叩き付けるジャンヌ・オルタ。
マオがマスターになったことで、霊器の出力が向上している。
ジャンヌ・オルタとバンビエッタの攻撃で水柱が何本も上がり、セクストゥムの冷気が瞬時に水柱を凍結する。
三人の実力は伯仲といったところだ。
戦い方、能力の違いで有利不利はあるものの、一撃の殺傷力はバンビエッタに軍配が上がり、総合的な火力はジャンヌ・オルタ、技巧ではセクストゥムに軍配が上がる。
マオは三人の戦いを上から眺めていた。
バンビエッタがここまでジャンヌ・オルタを追跡してきた意図は分からないが、彼女はブリンクウォールのヒロインだ。
その力の一端を見ることができたのは僥倖だ。
下手にバンビエッタを倒してしまうのも、ブリンクウォールの出方が分からないので得策ではない。
戦争するにも理由がいる。
つい最近、ロドポリスまで遠征したばかりで、今度は北方というのは準備にしても人心の面からしてもよくはない。ノワールは戦争慣れしていないのだ。
「あの二人、シナジーないな」
個の力では互角以上に戦えるはずなのに、二人がかりでバンビエッタを仕留めきれない理由は明白だ。
連携不足、さらに能力の相性の悪さだ。
バンビエッタもギリギリのところで凌いでいるのは、彼女の戦闘能力の高さの表れであろう。が、それ以上にセクストゥムとジャンヌ・オルタの相性がよくない。
水と油ならぬ水と炎。互いに能力を阻害し合っている。近接戦闘を仕掛けても、連携が取れていないのでバンビエッタをあと一歩で取り逃がす。
セクストゥムにしてもジャンヌ・オルタにしても、そもそも強力な能力を持っていて他者と共闘する必要がなかった上に、セクストゥムもジャンヌ・オルタも「人類の敵」だったヒロインだ。いきなり連携なんてできるはずがないのだった。
「この辺にするか」
マオは爆発と氷結が飛び交う戦場に向かって丘を下った。
ヒロイン同士の戦いに普通の人間が飛び込むのは自殺行為だ。マオは従えたヒロインから様々な魔術やら加護やらを重ね掛けしてもらっているので、そうそう殺されることはないにしても普通は異能者同士の戦いに首を突っ込むことはしない。
そもそも、彼女たちの戦いは早すぎて目で追うこともできない。遠目から見れば、何とかなっても近くでは瞬間移動を繰り返しているように見える。
マオは巨岩の上によじ登ると、大声を上げた。
「そこまでにしろ! これ以上の戦闘は国家間の問題に発展するぞ!」
マオの声かけに、さすがに加熱していた戦闘に水が差される。
バンビエッタは川の浅瀬に着地して、呆れたような顔をした。
「あたしたちの戦いに口挟む度胸は買ってあげるけど、さすがに無謀が過ぎるんじゃない?」
「どうかな。これでもノワールの領主なんでな。ままごととはいえ、地形を変えられたんじゃ堪ったもんじゃない」
「へえ、ままごとねえ」
はぐれヒロイン同士の喧嘩ならばまだしも、国家に属するヒロインが能力を使って殺し合えばそれは、戦争をしているも同然になってしまう。
今回の戦闘は偶発的な要素が強いのだから、これ以上の戦いは両国にとって不利益だ。
「……まあ、でも、一国の王様がうかうか出てくるのも問題よね。あんたが死ねば、いろいろと困ることになるんじゃない?」
光の矢がマオに鏃を向ける。
バンビエッタにも選択肢がないわけではない。
国家間の問題など無視して、ジャンヌ・オルタを討伐するという目的を達する。マオも一緒に倒し、セクストゥムも倒す。そうすれば目撃者はなく、ノワールもがら空きになる。乱暴な発想だが、実現できない話でもない。
「お前に俺を殺すことはできないぞ」
「へえ、やってみる?」
「できることならな」
あくまでも平静を維持するマオの態度にバンビエッタは苛立ちつつも頭を働かせる。自分たちの戦いをマオは見ていたはずで、マオが異能者でもない限り、バンビエッタの攻撃を防ぐことは不可能だ。リドルのような不死身の能力を持っているのか。
可能性は多岐にわたる。
マオが一世一代の大勝負に出ている可能性も無きにしも非ずだが、今命を賭ける意味はない。
「あまり時間を掛けない方がいい」
と、マオは言った。
「ここは俺の国だ。お前は言わば侵入者。こっちが見逃す体でいるうちに撤退するのが身のためだ」
「ふぅん、言うわね。ふんぞり返って座ってるだけじゃないってわけ……だったら、試し、に」
ぐらり、と視界が揺れた。
(何……?)
バンビエッタの身体に悪寒が走る。
強烈な怖気は吐き気と頭痛を伴い、身体が痺れてくる。
バンビエッタの足に魚がぶつかった。川の流れに乗ってやってきた
バンビエッタは川の上流に視線を向けた。
百メートルほど先に、いつの間にか褐色の少女が座っている。少女は川の水に手首を浸していて、その下流では水草が変色して枯れ、魚がひっくり返って浮かんでいる。
「毒ッ」
「今なら二、三日寝込むだけで済むかもな」
「あんた、マジで最悪だわッ」
川底を蹴ったバンビエッタは飛び立った。
「大体、水に浸かってるのは仲間も同じでしょうが!」
「仲間の毒でどうにかなるわけないだろう。こっちのことより自分の心配をしたほうがいいぞ」
「……ぐ……く、覚えてなさいよ。あんたはあたしが殺してやるわ!」
バンビエッタは悪態をついて飛び去っていった。
静謐の毒も川水でずいぶんと薄まっていただろうし、バンビエッタの力ならば命に関わるところまでのダメージはないだろう。だが、その状態で三人のヒロインを同時に相手にするほど無謀ではなかったのだ。
「はあ、とんだじゃじゃ馬だな。あれも……」
マオはため息をついてバンビエッタの後を目で追った。
ワルキューレ三人組とどちらが早いだろうか。
「マスター」
密やかにしなやかにマオの元に馳せ参じた漆黒の乙女が跪く。
「静謐、よくやったぞ。タイミングも完璧だった」
「はい、ありがとうございます」
「手首は大丈夫か?」
マオは静謐の手を取った。毒血を流すために手首を切ったのだ。見たところ、もう傷はなさそうだ。
「傷はすぐに塞がります。サーヴァントですから」
「そうか。それはよかった」
「はい」
静謐はマオの手を確かめるように握り返し、手を繋ぐ。
「あの、マスター。もし、よろしければ、もう少し、このままで」
「ああ、手か。そんなんでいいなら」
「はい、手、温かい」
静謐は指を絡め、ぎゅっと手を握る。
今まで誰にも触れられなかったので、機会を見つけてはスキンシップを取ろうとする。
そんな静謐を見て、静かに魔力を滾らせるのはセクストゥムであった。
「マスター……」
マオの前に進み出るもセクストゥムはそれ以上の言葉を紡がない。
彼女自身も何を言いたいのか分からなかったのである。
「セクストゥムは怪我ないな?」
「はい。ですが、マスターにいただいた服が破損してしまいました。申し訳ありません」
「気にするな。それくらい、また用意する。また新しい楽しみができただろう。次、どんな服がいいか、考えておくといい」
「……わたしが、ですか?」
「そうだ。人に聞いてもいいけど、最終的にお前が着るんだからな」
「……はい。善処します」
セクストゥムは困惑しつつも小さく笑みを浮かべる。
アーウェルンクスシリーズの人形としては不要な感情の発露ではある。
「あんた、他にもいるの?」
「他というと?」
ジャンヌ・オルタの問いにマオは聞き返す。
「こういうヤツらよ。セクストゥムにしろ、そこのアサシンにしろ、みんな抱いてんでしょう?」
「ああ、そういう人数か。まあ、何人だろうな……」
「どっかで刺されるんじゃない?」
指折り数えるマオにジャンヌ・オルタはため息をつく。
自分もマオに堕とされた身である。人のことは言えない。こんなろくでなしでもマスターだ。そう認め、身体も許した。おまけにバンビエッタから自分を庇ったということもあり、ジャンヌ・オルタとしてはもうマオから離れることはできなくなった。心身で繋がった自覚があるからだ。
■
バンビエッタの体調が回復するまで、丸一日を要した。
身体に吸収された毒素は、非常に強力なものだったらしい。ヒロインの毒ということもあって解毒薬はなく、ベッドの上で気持ち悪さと戦う時間を過ごした。
「あー、くっそ、最悪」
カンカン照りの太陽の下を歩くのは病み上がりにはキツい。
バンビエッタは宮殿に入り、玉座の間に進む。
呼び出しを受けたのは今朝のことだ。
体調不良を言い訳に無視しようとも考えたが、敵の毒にやられて寝込んでいる等と知れたら恥もいいところである。
体調は回復している。万全とは言えないので、欲を言えばもう一日寝ていたいが、アンジェリカから嫌みを言われるのも腹が立つので、渋々自宅を出たのだ。
玉座に座るのは女王リドル。
傍らにキャスター、メディアが佇んでいる。
そして、跪こうとした時、突如中空から現れた鎖にバンビエッタの四肢が拘束された。
「あ……ぐ、何ッ」
黄金の鎖の正体は、アンジェリカの宝具だ。
「何のつもり、アンジェリカ!?」
「貴様を逮捕せよとの命が下っている。不用意に殺しすぎたな、バンビエッタ」
「何のことよ?」
「エルプラータでの民間人の殺害が主な逮捕理由だが、貴様は陛下の臣民を巻き込みすぎた。この国の人間は須く陛下の所有物であるべきだ。貴様が自由にしてよいのは陛下から下賜されたものだけだ。まして、他国との勝手な交戦は許されない」
単独行動をしていたはずだが、バンビエッタがノワールで戦闘を行ったことを誰かが見ていたということか。
「けど、あれはジャンヌ・オルタを討伐するためで、ブリンクウォールにとって必要な対応だったし、戦争にもなっていない。逮捕されるほどのことじゃない。第一、戦争で民間人が巻き込まれるのは仕方ないじゃないの。レジスタンスどもは、そういう町に巣くってんだから!」
「そうかもしれないが、現実に陛下の臣が死んでいる。陛下はその事実に心痛められている」
心を痛めるなど笑わせる。
リドル・バージェスに他者を慮る心など皆無だ。
八十年の人生で何人の人間を食い物にしてきたというのか。地下に巣くっていたという怨霊も、本当はブラダマンテではなくリドルを呪いたかったはずだ。
「貴様には死刑判決が確定している。すでに上告はすべて棄却されている」
「は……? 何言ってんのよ、意味がわかんない、なんなの? 何かってに人を裁いてんのよ!? 上告? 裁判? 知らないんですけど!?」
「書類上の必要な手続きは終わっているということだ。貴様はこれからまっすぐ刑場に行き、本日中に刑が執行される」
「なん、ですって」
「あくまでも表向きはな。貴様の本当の行き先は地下営倉だ。そこで犯した罪を購うべく働いてもらう」
「地下、営倉……! ふざけんじゃないわよ! あんなところに行って堪るか! 冗談じゃない!」
地下営倉は罪を犯した女を閉じ込めて教育する専用施設だ。
収容所と施設を共有しており、捕らえたヒロインを調教するのが今のメインとなる使い道だ。
バンビエッタが表向き処刑され、地下営倉行きを言い渡されるということは、とどのつまりは性奴隷への転向を命じられたも同然だった。
陥れられたのは明白だ。
「リドルッ!!」
光の羽が鎖の拘束を引きちぎって顕現する。
激情に駆られ霊子弾をリドルに撃ち込む。
玉座に腰掛けるリドルには立ち上がる余裕はない。
バンビエッタの爆弾は、リドルの眼前で閃電によって切り裂かれ消滅した。爆発することもなく、虚空に溶けるように消えてしまったのだ。
リドルの手に顕現したのは一振りの槍だ。
黄金の雷撃を纏った槍が、バンビエッタの爆弾を消滅させたのである。
「あんたにあたしは殺せない。分かってただろ?」
「ぐ……ぐう」
再び襲ってきた鎖に絡め取られたバンビエッタは今度こそ床に転がされて動けなくなった。
「あたしはあんたを買ってたんだがなぁ、バンビエッタ。残念だよ。勝手に人の秘密を探ろうなんて欲を見せたら、見逃してやった罪をしっかり裁かないといけなくなるだろうが」
リドルは酷薄に笑って、バンビエッタの騒がしい反論を無視した。
「くそ、離せ、この……ふざけんじゃないわよ。なんで、あたしが、あんなところに、冗談じゃない、ねえ、ちょっと、止めてよ、お願い、止めて、止めて、ちょっとメディアッ! アンジェリカッ! 止めてってばああ!」
竜牙兵に運び出されるバンビエッタの声は暗い闇の中に消えていった。
これから時間をかけてバンビエッタは新しい人生を始めることになる。
「陛下、バンビエッタの罪を購わせるのは当然として、空席はどうされるのでしょうか?」
と、アンジェリカは尋ねた。
「煌坂がいる。派手さはないが、使い勝手はいいだろう。メディアのコントロールも効くしな」
「そうですね」
とメディアはいつも通りの笑顔を見せる。
先日捕らえたヒロインの一人は、メディアによる調教の末に堕ちて支配を受け入れた。今となってはリドルに従うことに疑問も感じなくなったという。
バンビエッタの更迭という一波乱があったものの、この後のブリンクウォールはいつも通りの日常に戻っていくのだった。