異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
ブリンクウォール国内でのレジスタンス活動は日に日に劣勢を強いられるようになっている。
ヒロインに対抗できるのはヒロインのみ。
それも、並みのヒロインでは太刀打ちできない強大な力を持つヒロインが敵方にいるという状況で、義憤、正義感のみで事を為すのは不可能と言っても過言ではない。
長いレジスタンス活動の中で指導者は入れ替わり、初期のメンバーは一人もいなくなった。ブリンクウォールに君臨するバージェス家の圧政を覆すことを目的とした解放運動だったが、そもそもバージェス家への反発というのは、ブリンクウォール国民の総意というわけでもない。
実際に、ブリンクウォールを発展、成長させてきたのはバージェス家の力によるものであり、バージェス家がなければ立ちゆかない状況だった時代もあった。ヒロインを研究するという非人道的な行為も、一般庶民には縁がない話だ。
庶民にとって、ヒロインとは手の届かない高嶺の花であり、おとぎ話の中の偶像であり、この世界のどこかに湧いて出た赤の他人でしかない。一般的感覚での同情はあるものの、この国は大々的に奴隷の取引を行っている国だ。実験材料となる「誰か」への同情も、「奴隷に堕ちてしまうのは、可哀想かもしれないね」というくらいだ。
リドルは自分たちの行いのとりわけ酷い部分は国民に見えないようにしていたし、その悪影響を国民は被っていない。
これはおかしいと立ち上がったのは外部からやってきたヒロインとそれに感化されたごく一部の国民でしかないのだ。
それでも戦い続けることができたのは、バージェス家の圧政が国内の各所で国民生活に影響を与え始め、実際に辺境地域から衰退が進んでいることや戦争続きの日々への不安と不満、そういった声の受け皿となるよう理念を修正して対応したレジスタンス上層部のおかげであった。
だが、そこまでしてもレジスタンス活動は草の根活動の先には進まなかった。
ブリンクウォールを統べるリドル・バージェスは不老不死を実現したと内外に知られている女王であり、事実八十年の長きに渡って容姿が変わることなく玉座にあり続けている。彼女に仕えるヒロインも、強大無比。対外戦争では常勝不敗であり、内乱は力で押さえつけてきた。レジスタンスのヒロインたちも、何人も敗北を重ねて脱落しているし、その事実が国民の間に反政府活動が広がらない原因となっていた。
負けると分かっている戦いに身を投じる者は、まずいない。
おまけに、ブリンクウォールの五つの主要都市においては、今の政治体制への不満も聞かれない。これらの都市は、現政権下で成長、発展した都市であり、その恩恵を受けているからだ。
ブリンクウォールの経済は、エルドラドを中心とした五つの主要都市が七割を締めており、その他の地域への富の再分配はほとんどない。中央と地方の経済格差は日に日に高まり続けており、貧富の差は目に見えて明らかだ。
レジスタンス活動を支えるのは、地方の人々である。だが、圧倒的軍事力を有する中央政権には、地方都市が保有する戦力が束になって掛かっても勝ち目はない。
「もう少しだ、頑張れ!」
声を張り上げるのはリリアナ・クラニチャール。白い顔は煤けて、トレードマークだったポニーテールも解けてしまっている。激戦をくぐり抜けてきた証左であった。
彼女が祐理とともに引き連れているのは、老若男女合わせて三十人あまりの集団である。全員が疲れ切っており、足取りも重い。活力を与える水薬はすでに使い切っており、レジスタンスの拠点に逃げ延びるまでに何人が脱落するかという状況だった。
(さすがに、住む場所も家族もなくしての長旅は堪えるか。このまま、追っ手がかからなければ、いいが)
先日、ブリンクウォールの騎士の一団が、地方の荘園を強襲するという事件があった。
ブリンクウォールの地方領主が保有する荘園の一つだが、持ち主の領主に仕えるジョゼフという貴族の企みにより自警団が解散させられており、無防備な状態となっていた。
ジョゼフは一人の女を手に入れるために、主人の土地をリドルに売り渡していたのだ。こうした身勝手な振る舞いも、すでにリドルの威光を背景に力を増したジョゼフを諫められる者はおらず、事実上、この地域はジョゼフの支配下におかれることとなっていたのだ。
騎士団が荘園を襲撃した理由は不明確だ。
金品の略奪はあったが、もとより財産を隠し持てるような富貴な地域ではない。日々の暮らしに一杯一杯なのだから、騎士身分の者たちが財産目当てで襲撃する理由に乏しい。
だが、それでも襲撃は現実に発生した。
その横暴を察知したリリアナたちが急行したときには、すでに多くの血が流れていた。襲撃した騎士たちは、単に金品を奪うだけでなく、家に火を放ち、領民を殺害して回っていたのだ。
そこまでする理由は分からない。
リドルに正式に権限が移管されたことを知らしめるためだとしても、あまりにも無体だ。ブリンクウォールが国全体として繁栄していこうという意図がないことは明白であった。
レジスタンスで用意した難民キャンプの一つまで、まだ十キロはある。休み休み進んでも、このペースなら一日はかかるだろう。
飛翔術で一人一人運ぶという手も、追っ手の事を考えると躊躇せざるを得ない。
魔術でのごまかしも相手にメディアがいる以上は、どこまで有効か怪しいものだ。
(伝説の大魔術師が敵に回るなんて、悪夢だな。『まつろわぬ神』でないだけマシと考えるべきか、サーヴァントという特性を考えれば、時点で似たようなものだが)
と、その時、前方を歩いていた祐理が慌ててリリアナを振り返る。
その表情が、リリアナの霊感を刺激した。
元の世界において祐理の霊視能力はその時代における頂点を争うほどであった。リリアナもまた、祐理には及ばないものの、同様の資質を備えた魔女だ。
危険察知能力に秀でたこの二人が同時に危機を感じ取るというのは、由々しき事態であった。
「リリアナさんッ、もう来ます!」
「分かってる! イル・マエストロ!」
リリアナがその手に呼び出したのは、元の世界から共にやって来た魔剣だ。サーベルの形状をしたしなやかな「柔」の剣である。
「ローマの秩序を維持するため、元老院は全軍指揮権の剥奪を勧告する。
続けて、リリアナは呪力を高めて結界を展開する。
リリアナが保有する呪術の中で最高硬度の防壁だ。
リリアナが元老院最終勧告を展開した直後、壮絶な衝撃と轟音が襲いかかってきた。何処からか飛んできたブラダマンテが拳が、結界に衝突したのである。
「ぐ……! ブラダマンテ卿……!」
「あはは、リリアナさん、久しぶり! 卿は止めてよ、くすぐったいなぁ」
変わり果てたかつての戦友にリリアナは顔を歪める。
サーヴァントの拳の一撃で結界は半壊している。
シャルルマーニュ伝説に謳われる聖騎士その人だ。世界は違うが、彼女はリリアナにとって憧れの騎士の一人である。それが、このように黒く染まるなど信じがたい。
リリアナとブラダマンテの視線が交錯する。
「が……く……ぅ」
リリアナの全身に怖気が走った。
強烈な悪寒はリリアナの霊感を通じて流れ込んできたブラダマンテを犯す極大の呪いだ。その一端を魔女にして巫女であるリリアナは感じ取ってしまったのだ。
(なんだこれは、邪神そのものが取り憑いたかのような。こんなもの、人の身で背負えるようなものじゃないぞ)
リリアナはただ視ただけだ。
それだけで、ブラダマンテを蝕む壮絶な呪いに意識を持って行かれそうになった。
「その壁邪魔だね」
ブラダマンテの手に槍が現れる。
その槍が鞭のように撓って、リリアナの結界をあっさりと切り裂いた。
あらゆる魔術を無効化するという第二宝具
それを知っていたリリアナは、結界ごと貫かれないようすんでのところで回避できた。
「あははは、リリアナさん、も、こっちにおいで。楽しいよ、すごくすごく楽しいよ」
「お断りします。とても、楽しそうには思えませんので」
火花が散る。
ブラダマンテの槍をリリアナはサーベルで弾く。軽やかな身のこなしでブラダマンテと対峙するリリアナではあるが、内心の焦燥は隠しきれない。
ブラダマンテには戦闘を楽しむ余力がある。間違いなく彼女は本気の三割も出していないだろう。対するリリアナは一杯一杯だ。
稀代の天才と謳われたリリアナではあるが、それは同年代の中ではという程度だ。将来性はあるものの、人知を超えた存在であるサーヴァントに真正面から対抗するのは、非常に難しい。おまけにリリアナが駆使する多種多様な呪術は、ブラダマンテには一切通じない。相性がとことん悪すぎた。
「ぐ、が……あッ」
ブラダマンテが少し力を込めて振るった槍を受け止めるだけで手首が折れそうになる。まともにやり合えば持たない。
「万里谷祐理、みんなを連れて逃げろ。ここはわたしが何としてでも食い止める!」
「そんな!」
「つべこべ言ってる場合じゃない! このままだと全員殺されるぞ!」
リリアナの悲壮な叫びに祐理は唇を噛んで、頭を下げた。
リリアナは体内の呪力を高めて、雄叫びを上げるように言霊を叫ぶ。
「王のモーセに命じ給えるがごとく、彼の者ら、ミデアン人を攻め撃ちけり!」
青い光がリリアナを包む。
人間を超えた瞬発力でブラダマンテに攻めかかるリリアナ。聖なる殲滅の特権を与える聖絶の言霊は、欧州戦闘魔術の最高秘技。リリアナであっても、その性能を完全に引き出すことはできないが、一時的には神獣と渡り合えるだけの力を発揮できる。
イル・マエストロを薙刀状の長柄の武器に作り替え、踊るようにブラダマンテに斬りかかる。
「すごい、迅い! そんな技があったんだ!」
ブラダマンテはバックステップを踏みながら、リリアナの斬撃を斬り払う。
凶相を浮かべたブラダマンテは、決死のリリアナの攻撃をあざ笑うようにすり抜ける。
ブラダマンテが跳躍し、かかと落としを放つ。リリアナはイル・マエストロでこれを受け止めたが、衝撃で膝を突いてしまう。
「重いッ……!」
「それ!」
着地したブラダマンテの蹴り。
リリアナは咄嗟に護身の術で身を守りつつ後方に跳んだ。
「がッ、かはッ」
トラックに跳ねられたかのように宙を舞う。
それでも、リリアナは宙で身を翻し、イル・マエストロを長弓に変換する。
「彼の国の者ら、掠めしもの奪いしものを携え、モーセのもとに詣でけり!」
言霊を唱えて弓を引く。
放たれた光の矢は数十に分れてブラダマンテの頭上に降り注いだ。
聖絶の特権を込めた矢は、『まつろわぬ神』すら傷付ける猛毒だ。サーヴァントであろうと直撃すれば十分な打撃になる。
着地したリリアナは立ち上がろうとして、踏ん張りが利かず前のめりに倒れた。
「聖絶の言霊も限界か」
急激な体力の低下。無理を押して最上位の呪法に手を出した代償だ。視界が紅く染まり、息が続かない。イル・マエストロを持ち上げる手も動かなくなる。
(まだだ。まだ、倒れるな。まだ万里谷祐理もみんなも安全圏に脱していない。ブラダマンテ卿の速度なら、すぐに追いついてしまう)
リリアナはイル・マエストロを支えに立ち上がる。
聖絶の言霊を帯びた矢の爆撃で舞い上がった粉塵をブラダマンテが斬り払った。
「無傷か。さすがに、堪えるな」
「いいえ、すばらしい攻撃でした。ともすれば、わたしも倒されていたかもしれませんよ」
ブラダマンテは手元で光の盾を弄んでいる。
第一宝具たる魔盾を掲げてリリアナの決死の攻撃を防いだのだ。リリアナの基準で見れば不滅の神具に匹敵するマジックアイテムだ。そんなものまで持ち出されたら、とても勝ち筋は見えない。
「もう戦えないでしょう。本当は怖がらせたり苦しめたりしなさいって言われてるんだけど、同郷のよしみってヤツで、さらりと討ち取ってあげる」
槍を掲げたブラダマンテがリリアナに歩み寄ってくる。
満身創痍のリリアナはそれでもブラダマンテにサーベルを構えた。
身体中に鉛が絡みついているかのように重い。指一本動かすのも辛いほど、疲弊している。
「ブラダマンテ卿、あなたは、彼らの命を奪うつもりですか?」
「そうだね」
「なぜ?」
「んー、そうしろって言われてるから。楽しいし、美味しいよ。恐怖と絶望の怨嗟の声は、わたしの中で醸成されて、より高純度の魔力になる。わたしはサーヴァントだからね。そういう力を糧に強くなるんだ」
「……ならば、この先に進ませるわけにはいかない。みんなの命も、あなたの名誉も、これ以上傷付けさせはしない」
「名誉? あはは、ははははッ。何を言っているの? わたしにそんなもの、もう、何も関係ないよ? この身はアベンジャー。誉れも栄光もない血と怨念を積み上げる殺戮機構に過ぎないの」
ブラダマンテはリリアナを槍で打ち据える。イル・マエストロを弾かれ、よろけたリリアナを、さらに横殴りの一撃で跳ね飛ばす。
「おしゃべりはここまで。あなたの魂もわたしの中に受け入れてあげる」
切っ先をリリアナの首に向けて、ブラダマンテは槍を振るう。
「そうはさせません!」
突如飛来した刃がブラダマンテの槍を弾いた。
颶風を纏い飛び込んできた青い長髪の女騎士が大剣を振るってブラダマンテと切り結ぶ。
瞬発力も筋力もブラダマンテとほぼ互角だ。
「あなた、誰?」
「初めまして、ブラダマンテ。わたしは神騎エクシール。ご覧の通り、あなたの敵です」
「そう、なんだ。羽があるから天使様かと思いました」
エクシールと名乗ったヒロインは片刃の大剣を軽々と操ってブラダマンテの槍と打ち合った。
人を超えた壮絶な攻防は、常人の目には光の軌跡としか移らない。剣と槍の激突で生じる轟音は、まるで爆弾を破裂させたかのようであり、過剰なエネルギーは四方に拡散して地面を抉り、大気を引き裂いて暴れている。
ここに来て、ようやく救援が来たのだと理解したリリアナはがっくりと脱力した。
(まだ終わっていないぞ。安心した途端にこれでは、ダメだろう)
気力が萎えてしまい、四肢に力が入らない。
命の危機を脱したことで、身体が安堵してしまったのだ。
「大丈夫ですか、リリアナさん!」
そんなリリアナに戻ってきた祐理が駆け寄ってきた。
祐理の隣にもう一人ショートカットの少女がいた。同年代くらいのヒロインで、アジア系の顔立ちだ。
「万里谷祐理。なぜ、戻ってきた。みんなは?」
「救援に来てくださった方に引き継ぎました。嫌な予感がしたので、無理を言って戻ってきたんです」
「そうか、すまない。でも、どうやって」
祐理は治癒の呪術をリリアナに施す。
「あなたは?」
と、リリアナは祐理の後ろにいた少女に尋ねた。初めて見る顔だった。
「宮崎のどかです。エクシールさんと一緒に普段は行動させてもらっています。詳しいことは後で説明しますね」
気弱そうな少女と思えば口調はしっかりしている。
リリアナと同い年くらいに見えるが、修羅場はそうとう経験していると見た。
のどかはローブの袖からメモ帳を取り出す。
それが極めて高度な術式によって成り立つマジックアイテムの類だとリリアナは見て取った。
「ブラダマンテさん! あなたの戦い方、教えてくださーーい!」
のどかは大声でブラダマンテにそう呼びかけた。
のどかに呼びかけられたブラダマンテは、怪訝そうな顔をする。
「あの娘、いきなり何を言ってるんですか?」
「さあ、なんでしょう」
鍔迫り合いとなったエクシールは、含みのある言い方をする。
のどかもヒロインの一人ならば、何かしらの能力があると考えるのが普通だが、あまり細かいことを考えると疲れる。
狂乱に身を任せ、殺し尽くす。シンプルに考えればいいのだ。
槍を跳ね上げ、ブラダマンテはエクシールに突きかかる。
膨大な魔力を背景にしたジェット噴射のような刺突だ。上級サーヴァントでも、上半身に風穴を開けて殺害できる威力の刺突を五連撃。そのすべてをエクシールはギリギリのところで回避する。
「あははッ、身軽ッ。これならどう?」
今度は鞭のように槍を撓らせる。
エクシールを囲い込むような打撃の檻を作り上げた。
「セイッ」
エクシールはこれすらも凌ぎきる。それどころか、回避直後に空中で回転してブラダマンテに蹴りを入れる。
「う……」
よろけるブラダマンテに、エクシールが追撃する。
大剣を横薙ぎに振るい、ブラダマンテが姿勢を低くして回避すると、それに合わせてで回転斬りを放つ。
「何? 急に動きが変わった? うく……!」
攻守のバランスが崩れた。
徐々にエクシールの攻撃がブラダマンテを圧倒するようになる。
(先手を取られる。運動能力に大きな差はないはずなのに)
ブラダマンテの中で違和感が大きくなっていく。
刺突を放てば、そこにエクシールがいない。ブラダマンテが攻撃態勢に入ると、待ってましたとばかりに剣撃が打ち込まれて行動に移せない。
もともと考えるのは得意ではない。アヴェンジャー化に伴う狂乱が思考を邪魔している。身体に染みついた戦闘技能がエクシールの攻撃に何とか対応しているという状況だ。
「ブラダマンテさん! あなたがエルドラドで見て聞いたことを教えてください! なんでもいいので!」
と、のどかの声が聞こえてくる。
回答があるはずのない問いかけ。
ブラダマンテの意識を逸らすだけのかけ声に何の意味があるのか。
(もしかして、問うことに意味があるとか?)
ふと、思った。
そうすると電撃のように先ほどののどかの問いが浮かび上がってくる。
(さっき、あの娘は戦い方を教えてって言わなかったっけ? エクシールさんの動きが変わったのはその後だ――――まさか)
エクシールの斬撃をブラダマンテは盾で受け止めた。
衝撃で足下の地面がひび割れる。
「あの娘、読心術の使い手!」
「さすがに気づきますか」
エクシールの剣が青く発光する。
猛烈な魔力が剣に集中している。サーヴァントでいうところの宝具解放に匹敵する魔力量。
「ドーン・パニッシャー!」
莫大な魔力を加速して解き放つ光の斬撃がブラダマンテを押し流す。
大地を切り裂く一撃の果てに、ブラダマンテは血を流して跪いていた。
「盾で防ぎましたか」
「ぐ、ぅ……はあ……はあ……かはッ」
ブラダマンテの傍らにはひび割れた魔盾が転がっている。さすがは宝具というべきか。エクシールの必殺の一撃を受け止め、見事に主人を守って見せたのだ。
とはいえ、ブラダマンテのダメージは深刻だ。
対軍宝具に匹敵する大火力の斬撃は、如何に魔盾が強固であろうと完全に凌ぎきれる代物ではない。並みのサーヴァントならば消滅していただろう。
「降伏してください。あなたの身体を蝕む呪いを解く方法を探しましょう」
「ふふ、あはははッ、甘い、ね。こんなことで、壊れる身体じゃないんですよ。今の、わたしは」
骨が軋む音が聞こえる。
ブラダマンテの身体がマリオネットのように跳ね起きて、黒い魔力が傷を修復していく。
「まだまだ、戦えますよ。わたしは――――!」
エクシールの大剣を睨み付けるブラダマンテの視界の端に漆黒の点が映り込んだ。
それを見とがめた瞬間、ブラダマンテが対処するよりも速く、ブラダマンテの懐にまで飛び込んできていた。
「あ――――がッ」
鎧も骨も砕ける壮絶な音が響く。
音速すらも超えて矢のように突進してきた少女の蹴りがブラダマンテに突き刺さる。その勢いのまま、ブラダマンテと少女は実に百メートルも飛んで、
「だああああああッ」
少女は、中空でさらに漆黒の靴でブラダマンテを蹴り飛ばす。
エクシールに気を取られたブラダマンテにとっては完全な不意打ちとなり、ボールのように小さな身体が跳ね飛んでいった。
「リナリーさん、助かりました」
「いえ、ちょっとやり過ぎちゃったかもしれませんが」
黒い衣装に身を包む細身の少女はリナリー・リー。
空中戦を得意とするヒロインである。
綺麗な黒髪のツインテールを揺らして、リナリーはエクシールの隣に舞い降りた。
「ブラダマンテさんなら、多分大丈夫です」
「そうみたいですね」
二百メートルほど先でブラダマンテが立ち上がろうとしている。相当のダメージを負っているはずだが、彼女を取り巻く黒い魔力は肉体の修復をすでに始めている。
「回復するのなら、回復しなくなるまで叩きのめすか……」
「大威力の攻撃で消滅させるしかないのでしょうね」
リナリーとエクシールの見解は同じだ。
ブラダマンテの再生能力は脅威的で、いつまでも戦い続ける殺戮機構として十二分な性能だ。
ここでブラダマンテを終わらせるという選択肢も現実味を帯びてくる。
それは、できることなら決して選びたくない選択肢でもあった。
特に仲間思いのリナリーにとっては、面識のない相手でも同じ目的のために戦う同士である。敵の手に堕ちたのなら、殺してしまうよりもどうやって助けるかを検討すべきだと思う。
『――――お二人とも、ブラダマンテさんを殺めてはいけません!』
戦闘を見守っていた祐理の声がエクシールとリナリーの脳裏に響く。
精神感応の力で送り届けられた念話だ。
精神感応は祐理の得意とする呪術であり、のどかが読み取ったブラダマンテの心をエクシールに伝達したのもこの力を利用したものだ。
『嫌な予感がします。ブラダマンテさんと同化している黒い呪力が膨れ上がっているような……。これ以上、攻撃したら取り返しのつかない事になりかねません』
「それってどういう……」
リナリーが祐理に問いを返した直後、激しい魔力の奔流が湧き上がった。
倒れたブラダマンテがその源流だ。
(何……黒い何か)
魔術の知識が乏しいリナリーには、魔力や呪力などと言われてもイメージしにくいが、それでも今は、本来ならば目に見えない力の流れが黒い泥のようなものとして見て取れた。
魂を吸い込まれてしまいそうなほどの強烈な怖気が走る。
「これは、いけません!」
エクシールは鋭敏にその危険性を感じ取っていた。
ブラダマンテと融合していた凶悪な呪詛が、ブラダマンテの傷ついた肉体から溢れ出そうとしているのだ。
「ブラダマンテさんの身体の中で呪詛の気配が膨れ上がっている。まるで風船。それもギリギリまで空気を入れて膨らみきったもの」
「ええと、つまり、破裂しそうってこと?」
リナリーの答えがすべてを物語っている。
ブラダマンテの体内ではち切れんばかりに膨れ上がった呪詛が傷口から滲み出る。
「ぐう、あああああああああああああああ!?」
ブラダマンテの叫び声は、汚水の濁流に掻き消される。
ダムが決壊したかのように、膨大な魔力が噴き上がる。漆黒の泥として現実に顕現した怨念の濁流が、四方八方に流出していった。
リナリーはツインテ。結晶型だろうと関係ない。誰が何といようと絶対にだ。