異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
表だった動きはないものの、ヒロイン生協がブリンクウォールを敵視し始めているらしい。ヒロイン生協はまだ帝国が健在の時代から存在する自治組織でもある。国家とは言えないが、各地の領主の間に立って力関係のバランスを取る役割を担ってきた。目の上の瘤ではあるが、大陸の秩序を維持するためには不可欠な中間管理職のようなものである。
それも、ここ数十年の戦乱で存在意義が薄れてきた。
彼女たちは特定の国家への肩入れはできない。
ヒロインという強大な戦力の自治組織なので、基本的には周辺諸国にしてみれば危険物だ。そのため、大陸中の国家が不利益になれば真っ先に潰したいと常々思っている。ヒロイン生協もそれを分かっているので、中立を維持し、大陸全土の公共の福祉に適う範囲で活動している。内政干渉などできるはずがない。それでも、特定の国家を敵視するということは、その国家が地域あるいは大陸全体にとって害悪になり得ると判断されたということである。
ヒロインの力を投入して、対処しなければならない災厄を招く可能性があると判断すれば、彼女たちは独自に戦力を送り込む。失敗した二人の賢者が、その対象として有名だが、リドルとしては、あれらと一緒にされるのは、甚だ不愉快であった。
バージェス家の崇高な目的は、パンゲア帝国の皇帝からの命を受けてのものだ。皇帝亡き後もその遺志を継ぎ、夢の実現に向けてすべてを擲ってきたのである。財も国民もヒロインもすべて、不老不死という生命の極みに至るための材料に過ぎない。
人道に反するという程度の理由で、ヒロイン生協が重い腰を上げるとは思えない。心当たりがあるとすれば零菜を保存していることくらいか。
あれはヒロイン生協に属していたから、自分の不死との関連から零菜を手元に置いていると気づかれたのかもしれない。ヒロイン生協の構成員に手を出せば、報復の口実にはなるが、その暇が彼女たちにあるだろうか。
八十年も前に行方不明になったヒロインの一人が、この国で囚われているかもしれないというだけで動くにはヒロイン生協の本拠地からこの国は遠すぎるし、何よりも喫緊の問題はいくらでもある。それこそ、魔物に堕ちた賢者たちの対処がまだ終わっていない。ヒロイン生協も疑わしいというだけで大々的に戦力をこちらに送り込めるほど、余力があるわけではないだろう。
総じて、リドルの計画に大幅な修正は不要であろう。
ヒロイン生協の面々がレジスタンスに紛れているということも織り込み済みである。厄介ではあるが、彼女たちの立場は不安定だ。大陸の西の外れでどれだけの行動ができるものか。
とはいえ、ヒロインというのは単騎で一国を滅ぼすことも可能な怪物が時折現れるのも事実である。
こちらにはアンジェリカという最強戦力の他にも、メディアも折紙もいる。いざとなれば、奴隷に堕とした元反抗的ヒロインたち、凛子や紗矢華、バンビエッタのような者たちを招集し、戦力化することもできる。
「まあ、念には念を入れておくか」
リドルは、新戦力の補充を進めることにした。
強化兵はヒロインには通用しないと考えるべきだ。
戦力は多いに越したことはない。
手間を掛けずに支配可能なヒロインというと、やはりメディアを介して召喚するのが一番手っ取り早いだろう。
収容所地下深くの旧実験室が、今のメディアの工房である。異界化した空間は、本来の広さの三倍程度に拡張されていて、多種多様なマジックアイテムや魔獣の身体の一部などが保管してある。
普通の人間ならば、空気中の濃密な魔力に中てられて、卒倒することも考えられる。許可なく立ち入ろう者なら、竜牙兵か結界の餌食となるだろう。神々の支配下にあり、神秘の充溢していたギリシャ神代ですら魔女と恐れられた魔術師メディアの工房は、もはや神代の大神殿に匹敵する魔術要塞であり、この国で最も安全な場所と言っても過言ではなかった。
そんな工房の床には、複雑精緻な紋様が描かれていた。
おぞましい負の念がたっぷりと濃縮された怨嗟の泥で描く召喚陣である。正も負もメディアにとっては関係なく等しく魔力である。呪詛の泥であっても、メディアの技術があれば、純粋な魔力と同じように使用できる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
朗々と愛らしい声で、メディアは歌うように呪文を口ずさむ。
知る者がいれば驚愕するだろう。
この部屋で行われているのは、サーヴァントの召喚魔術だ。聖杯どころか英霊の座へのアクセスすら覚束ないこの世界で、メディアはサーヴァトを意図的に召喚しようとしているのだ。
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理ことわりに従うならば応えよ」
漆黒の魔力が胎動し、膨大な魔力源として消費されていく。封入されている怨嗟は、この世に何も産むことなくただエネルギーとして消費される運命にある。
もはや、ただの呪いの魔力となった誰かの声は、メディアに届くことはなく儀式は粛々と遂行される。
だが、サーヴァントの召喚など、この世界では不可能だ。
先述の通り、この世界から英霊の座へのアクセスは実現できていない。聖杯も、まだ完成しているとは言いがたい。この世界に召喚されるサーヴァントは、マスター不在のはぐれサーヴァントであり、誰かが意図的に呼び出したものではない。この現象の再現は今のところ不可能だし、なぜ、このような現象が発生するのかも分かっていない。
メディアが、敢えて冬木の聖杯戦争をなぞった召喚を行っているのは、世界の召喚とも、聖杯による召喚とも異なるプロセスによる召喚を強引に実行する以上は、可能な限り聖杯戦争の様式をなぞるのが効率的なのだ。
それに、聖杯戦争の様式による召喚は、召喚時点で主従関係が明確になる。それははぐれサーヴァントと契約するよりも手間暇が省ける。
「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
自らの血肉に魔力が滾る。
神言ではない、人間の発声での呪文詠唱は、いつ以来のことだろうか。気が遠くなるほど昔の話のように思えるが、上手くいった手応えはある。
用意した魔力源は根こそぎ消費されてしまった。
ブラダマンテから集めた魔力で生成した魔力結晶二十個に怨嗟の泥の魔力もすべて使い、サーヴァントを呼び出したのだ。
「あら、見た目は、記録にある通りですね。……一応、名前を聞いておきます。話はできますよね?」
「ランサー、宇津見エリセ」
「ええ、そう。そんな名前でした。よろしくね、ランサー。それとも、エリセと呼んだほうがいいですか?」
「どっちでも構わない。……呼び方なんて仕事には関係ないでしょ」
呼び出されたランサーのサーヴァント、宇津見エリセは、幼さの残る外見の少女だ。薄い一枚布の民族衣装と穂先の大きな矛を携えている。
深い死の気配が彼女から漂ってくるのは、怨嗟の念との相性の良さからだろう。もともと、エリセは邪念に好かれる体質であり、冥府神の力を継承するサーヴァントである。
ブリンクウォールが収集する怨嗟の念は、数え切れないほどの命の結晶であり、生命のスープでもある。その内部にはこの世界の人間もヒロインも関係なく溶け込んで、一つのエネルギーとして渦巻いている。
この地で果てたヒロイン。特に魔力で心身を構築しているサーヴァントは、この怨嗟の念の材料として珍重されていて、ブリンクウォールで死したサーヴァントは、ほぼ必ず取り込まれている。エリセもまた、その内の一騎であり、サーヴァントの召喚を模した儀式によって、泥の中からサルベージされたのが、今、召喚陣の中央に佇むエリセであった。
どうやら、彼女は能力的に死や呪い、呪詛と相性がいいらしい。
怨嗟の念をたっぷり使った泥を魔法陣の生成や魔力源にも用いていたので、泥の中からエリセが召喚されたのも必然というところだろう。
「さて、と、わたしたちのことは知っていますか?」
「もちろん。ブリンクウォールのことも、あなたたちがこれまでしてきたことも知ってる。泥の中にいたからね」
「ええ、ですが、今はわたしがマスターです。命令は絶対。そのことを肝に銘じておいてくださいね」
「了解。……本当は、あなたに真っ先に斬りかかるべきなんでしょうけど、そんな気がしないのは、あなたの魔術の所為?」
「召喚に応じた時点で契約が成立しています。霊核そのものが、わたしをマスターと認めているのです。サーヴァントって、そういうものなんですよ」
メディアが儀式に入れ込んだ絶対服従の契約。
この方法で召喚されるサーヴァントは、ほぼ全員がブリンクウォールに敵対して消された者たちだ。まず、何の対策もしないで儀式に挑めば、すぐに反旗を翻される。そのため、召喚された時点で契約が締結され、マスターとして認めるという前提条件が仕込まれていた。
「サーヴァントになるってだけでも、頭が痛いのに、マスターはあのメディアだなんて、何かの冗談としか思えないけど、なるほどね。そういうものね」
エリセは、一人で得心したと頷いた。そして、自分の状態を確認するように、魔力を全身に行き渡らせる。
「分かった。うん、で、わたしは何をすればいいのかな?」
「あなた方の仕事は、外敵の排除です。召喚された時点で、わたしたちの知識は付与されていますよね?」
「ヒロイン生協を含む、ブリンクウォールの敵全般。正直、わたしの手に負えるとは思えないけどね」
自信がないというわけではない。
エリセはもともと汚れ仕事を得意としている。
ただ、ヒロイン生協には偉大な英霊も所属しているし、異世界の実力者も多数いる。簡単に排除と言われても、大手を振って任せてくれとは言えない。
現実主義かつ卑屈なのがエリセだ。それは泥からサルベージされた彼女でも、変わりはなかった。
「別に一人ですべてに対応せよと言っているわけではありません。泥から召喚したサーヴァントは他にもいます」
「そうなんだ。それ、何騎?」
「あなたを含めて増員は三騎です。三騎士クラスが揃ったのは、よい傾向ですね」
「わたしが最後? 出遅れたってことかな」
「そう思うのなら、仕事で帳消しにしてくださいね」
「分かりました。じゃあ、さっそく行かないと。戦争、するんでしょ?」
エリセは淡く微笑む。
メディアを通じて流れ込む膨大な魔力供給は、エリセに潜む邪念を大いに満たしている。彼女が内側から浸食されることはない。その代わり、かつて彼女を蝕んでいた邪念以上の強い衝動がエリセの胸の内にある。
戦う事への忌避はない。
むしろ、エリセは血と戦いに飢えていると言ってもいいのだろう。
召喚されたばかりということもあるのだろうか。少しばかり、抑えが効かない。部屋の壁が軋む。エリセの邪念が牢獄内の怨念に共鳴している。メディアの結界を通してすら抑えきれない負の情念だ。
正直なところ、メディアはエリセのことがよく分からない。メディアが召喚されるよりも前に、この地で倒れたヒロインだからだ。
当時のブリンクウォールはサーヴァントの霊核を引きずり出して、強力な魔力炉として利用し、その力で高次存在に至る研究を行っていた。
魔力を無効化するリドルの力も対サーヴァント戦で活躍した。
サーヴァントという燃料を手に入れることに成功したリドルだったが、それを活用する技術がなかった。メディアがリドルに敗北し、その傘下に入ったのはそんな時期だった。メディアは聖杯による大規模な魔術儀式を提案した。これは、ブリンクウォールが探求してきた高次存在への移行とサーヴァントの霊核を燃料とするという発想の両方の要素を持ちつつ、それを実行可能とする妙案であった。
だが、リドルが集めた霊核だけでは十分な燃料にはならない。
本来の聖杯ならばサーヴァント七騎分もあれば、人間一人を不老不死にすることは可能であろうが、この世界はそもそも聖杯戦争の舞台となった世界とは異なる。第三魔法を疑似聖杯で達成するのは不可能であり、それに近い形で不老不死を実現するには、さらに膨大な魔力が必要であることが分かった。
近年のブリンクウォールの圧政はこうして始まった。
△
乾いた風を切って騎馬が大地を駆ける。
大きな馬体は一歩に並みの馬の五倍は進む。尋常の馬ではないのは明らかで、その乗り手もまた凄まじい技術の持ち主だ。
馬を駆るのは黒髪の少女だ。
普通の人間なら、とうの昔に振り落とされているであろう超速の疾走を危なげなく実現する彼女は、人ならざるサーヴァントである。
クラスはライダー。
真名はヒッポリュテ。
かつてはアマゾネスの女王として君臨した戦神の娘である。
ヒッポリュテは手綱を引き、愛馬を九十度急旋回する。ほぼ直角のターンを、彼女の愛馬は見事にやってのけた。
その直後、大地が爆ぜて大量の土砂をばらまいた。ヒッポリュテが直進していたら、彼女も愛馬も粉々に砕けていたであろう。
空を無数の光が切り裂いた。
灼熱を纏った矢の雨が、ヒッポリュテの進路を塞ぐように降り注いでくる。
「舐めるな」
馬を操り弓矢で敵を射るのが騎射戦術がアマゾネスの真骨頂だ。ライダークラスであろうとも弓矢の技能が失われたわけではない。
矢継ぎ早に放つ三本の矢が、火矢を射貫いて爆散する。
即座にヒッポリュテは愛馬を炎と煙の中に突っ込ませた。矢の雨に空いた穴を一息で飛び越えると、敵射手に向けてお返しとばかりに矢を放つ。
ヒッポリュテの矢は巨岩を軽々と射貫き、砕く威力がある。まともに食らえばサーヴァントとて無事では済まない。
「なるほど、アーチャーなだけはあるか!」
驚きはない。
敵もまたサーヴァントであり、アーチャーのクラスで召喚された英霊だ。身の丈ほどもある長大な強弓から放たれる矢はヒッポリュテの矢と比べても遜色ない威力であり、さらに炎熱が付与されていて殺傷力を高めている。
ヒッポリュテは父の加護による神気によって矢の威力を向上しているが、彼女はどうもその血に魔性を宿しているらしい。混血の末裔であるアーチャーは、魔としての特性として火炎を操る力を持つようだ。
「魔に堕ちることなく英霊に至ったのだろうに、そのざまか。哀れだな、アーチャー!」
「オオオオオオオオオオオオ!」
彼我の距離は、およそ百メートル弱。火炎を背負うアーチャーの雄叫びが耳に届く。まだ弓が有利な間合いではあるが、敢えてヒッポリュテは槍に持ち替えた。
「行くぞ!」
愛馬の腹を蹴り、片手で手綱を握る。
猛然と愛馬が地面を蹴った。
騎兵突撃。
単騎による突撃だが、ヒッポリュテの突進は万の軍勢の一斉突撃にも比する大威力だ。百メートル程度の短距離ならば、瞬きの間に駆け抜ける。
もちろん、ヒッポリュテが超常の存在というのならば敵アーチャーもまた超常の存在だ。
炎熱を纏う鬼神もかくやとばかりに荒れ狂う魔力の渦が集束し、矢を強化してヒッポリュテを狙う。
有利な距離をむざむざと失うようなことはしない。
ヒッポリュテを近づけないようにするための牽制でありながら、人外の膂力で引き絞られた弦に押し出された矢は、重力の影響をまるで受けていないかの如く直進する。
鉄をも溶かす灼熱の炎弾となった矢は、もはや宝具にも匹敵する威力だ。
ただの人間ならば抵抗も許されずに焼き払われる。サーヴァントでも無策に食らえば消滅は免れない。だが、ヒッポリュテは進路を変えずにそのまま炎の突っ込んだ。
「この程度、ヤツの矢に比べればどうということはないッ。侮ったなアーチャー!」
ヒッポリュテの右腕に巻き付けられた帯が神々しい神気を発して、彼女と愛馬を包み込む。それは宝具であり、ヒッポリュテと愛馬の能力を大幅に向上するシンプルながら強力な強化能力を有していた。膨大な神気の発露はヒッポリュテの霊格、神性の上昇を意味しており、この状態で振るう槍の一閃はまさに宝具級の威力となる。
アーチャーが放った牽制の矢など、露を払うように軽々と斬り払える。
爆炎の向こうで驚愕する顔が見える。
白銀の長髪の鎧武者だ。
「覚悟ッ」
横薙ぎに振り抜く豪槍が颶風を巻き起こしてアーチャーを打つ。
想定外だったのは、アーチャーが瞬時に武装を弓から薙刀に切り替えたことだ。近接武器で対応してくるとは思っていなかった。弓術だけでなく、長柄の武器の取り回しも優れているようだ。
ヒッポリュテの一撃を受けた薙刀は、無残にも柄が砕けてしまったが、アーチャーが身を翻すだけの時間を稼ぐことはできた。
「弓使いながらに見事だ。東洋の英霊か」
「……ええ、巴にございます」
額から血を流し、アーチャーは深紅の瞳でヒッポリュテを見上げる。
「話ができたのか」
「無論、できますとも。ですが、ええ、今は特別。あなた様の一撃で、少しばかり頭が冷えました。が、この身を焼く呪毒は依然としてくすぶるばかり。すぐにでも、わたしを血に酔ったケダモノに引き戻すでしょう」
額の血が頬を伝い口元を濡らす。アーチャー――――巴御前は唇を舐めると弓を取り出し炎を纏う矢を番える。
「大人しく討たれるつもりもないみたいだな!」
「如何にも。サーヴァントとして喚ばれ、令呪の元に契約した以上は、この身は炎となって敵を焼き払うのみ!」
槍をぐるりと回して、ヒッポリュテは巴の心臓に狙いを定めて構える。薙刀が砕けた以上、巴の近接武器は太刀が一振りあるだけだ。ヒッポリュテの神気を帯びた槍を防ぐには心許ない。
ヒッポリュテの乗騎は神代の名馬である。神気で強化されることで瞬間的に高位の幻想種に勝るとも劣らない強大な力を発揮する。百メートルの距離でも槍の間合いに近づけたのだ。今となっては、ヒッポリュテと巴の距離は無に等しい。
巴が矢を放つ間際に、ヒッポリュテの愛馬が嘶いた。
「……ッ」
それは危険を察知したことの証であった。ヒッポリュテの類希なる反射神経と戦闘技能が思考に先んじて回避行動を取らせる。
黒い枝が空から襲いかかってきたのは、その直後であった。
ヒッポリュテの愛馬が広範囲に広がる枝の間を駆け抜ける。
「邪念の類か。鬱陶しい!」
ヒッポリュテは槍を弓に持ち替えて、手当たり次第に矢を放つ。神気を纏った矢は、黒い枝を撃ち抜き、粉々に砕き散らした。
黒い枝の猛威から逃れたヒッポリュテは、馬首を返して割り込んできた新手を睨めつける。
大矛を持った少女であり、彼女もサーヴァントであった。
「ブリンクウォールにランサーもいるとは聞いていなかったがな」
「さっき、召喚されたばかりなんだ。あなたのことは、聞いてるよ。古代ギリシャのアマゾネスの女王と会えるなんて感激だな」
「白々しい。そんなに殺意を溢れ出させている者の発言とは思えないな」
「ごめん。どうも、頭が重くて、あなたに失礼な物言いをしている自覚はあるんだけど、気持ちが定まらないんだ」
「バーサーカーでもないのに、狂化の呪いに犯されているのか」
「わたしたちのマスターは、そういう風に召喚陣を敷いたみたいだね。というわけで、わたしのクラスはバーサーク・ランサー。わたしの中の邪念たちが、あなたを食べたくてうずうずしてるんだ」
エリセが大矛に邪念を纏わせる。
サーヴァントの霊核を食らう邪なものたちの念だ。
冥府神に連なる神気を感じる辺り、彼女の力の本質は死に関わるのだろう。
「巴さん、傷、治してください」
と、エリセは薬品の入った小瓶を巴に渡した。
治癒魔術の触媒となる水薬だ。巴はそれを服用し、傷を癒やした。
その様子を見て、ヒッポリュテは内心で舌打ちをする。
一対一ならば負けるとは思わないが、サーヴァントを同時に二騎も相手にするとなると話は変わる。
体力、魔力共に消耗している。対する敵は、共に十全の魔力供給を受けている。おそらくはメディアがマスターなのだろうが、神代屈指の魔女がマスターである二人とはぐれサーヴァントのヒッポリュテでは、地力に差が生まれてしまう。となれば、継戦能力では大きく差が開いている以上は、瞬間火力で押し切るほかない。
アマゾネスの長として生きたヒッポリュテに戦いを恐れるという思想はない。命のやり取りなど、日常茶飯事であり、戦いに生きることこそ誉れの世界で生きてきた。
世界最強を知るヒッポリュテにとって、エリセと巴の二騎を同時に相手にするという状況すらもまだやりようはあると思えるほどだった。