※この作品はR-18です。

異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話   作:もう万体

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幕間2(エロなし)

 満月が天高く輝いて地上を照らしている。

 雲一つない空に浮かぶ月は、天に空いた大きな穴のようにも見えて、少し不気味だ。

 月明りの下を一人の少女が歩いている。

 十代半ばといった年齢だろう。

 ボブカットの黒髪を飾り気のないカチューシャで留めている。目鼻立ちははっきりしており、可愛らしい顔つきで、些か勝ち気な性格が滲み出ている。

 冬でもないのに空気は冷たく、草木は揺れていないのに風だけは感じている。

 否、これは風ではなく魔力の流れ。彼女の基準に合わせるのならば、霊気(ルン)というべきだろう。生命エネルギーというべきもの。学問やヒロインによっては、魔力、霊力、妖力、精神力、気、存在の力など様々な呼び方があり、そういった目に見えない力全般を漠然と魔力という単語で表現するのが一般化しているようだ。

 ともかく、彼女――――遠岡アキラにとっては、霊気という呼び方が慣れ親しんだ呼び方であり、完全に同じとは言えないまでもそれに類する力がこの一帯に流れているのであった。

 明るい月光のおかげで視界は良好ではあるが、それは夜にしてはという程度である。木々の影は暗く深く、何が潜んでいるのかは一目では分からないし、自然の影が何か危険な獣の影のように見えてしまうこともある。

 少なくとも普通の人間であれば、例え月明りがあるとはいえ、この時間に出歩くことはまずない。まして、魔獣が跋扈するこの世界で、人里離れた草原ともなればなおさらだ。

 都市から都市へ移動する商人たちですら、未開の草原を行くことはありえない。どれだけ予定から遅れようとも、安全が担保されない道を行くのは命を捨てるのと同義である。この世界では未だに自然の力が人間のそれを大きく上回っているのだから。

 この辺りは開けた土地ながら、疎らに森があり、明らかに自然のものではない大小様々なクレーターが無数に点在している。

 黒く焼けてガラス化したところもあり、凄まじい高エネルギーが大地を焼いたことを表している。

 これらはすべて、数十年前にここを主戦場にして勃発した小国同士の戦争の痕跡だ。

 投入されたヒロインの強力な力がぶつかり合って、多くの犠牲を敵味方に出したという戦争は、最終的に両国の共倒れによってうやむやになったのだとか。

 今となっては、後継国家もなくまったく別の国が両国の領土を治めているというから嘆かわしい。何のための戦争だったのか、誰一人として説明することができないままに歴史の闇に葬られてしまったのである。

 そういう曰く付きの土地なのだ。

 アキラは、足下に視線を落とす。

 枯れ草の下に白い骨の欠片が見えた。

 錆びて崩れた鎧の残骸と一緒に眠るかつての騎士の骸だろう。

 大地の惨状を見れば、むしろ遺骸が残っていることのほうが奇跡だ。

 

「ほんと、嫌になるわね」

 

 ため息と共に、アキラは身を翻す。

 振り抜いた肘が鈍い音を立てる。

 背後から襲いかかってきた何者かを、肘打ちで殴り飛ばしたのである。

 鉄と骨が砕ける音が響く。

 年若い少女の姿からは想像できない強烈な一撃は、その何者かを一撃で打ち倒していた。

 地面に倒れ込んだ人型は錆びた鎧を着込んだ騎士だった。

 アキラの肘鉄で兜は見るも無惨に砕け、頭蓋も原形が分からないほどに破壊されていた。

 

「分かってはいたけど、古戦場だからって湧きすぎでしょ」

 

 呆れを含んだ乾いた言い回しは、アキラを取り囲む騎士たちに向けられていた。

 生者ではない。

 この戦場に命と呼べるものは皆無(・・)だ。

 彼らは淀んだ霊気を纏った古い騎士の死体である。それが、自ら立ち上がり武器を持ってアキラに敵意を向けている。

 動く死体(アンデッド)は魔獣として、この世界では古くから知られており、ヒロインやその系譜に連なる技術で人工的に作成されることもあるのだが、アキラを取り囲む動く死体(アンデッド)は、特殊な成立過程を経て誕生したこの世界にとっても異常というべき現象の一つだ。

 この動く死体(アンデッド)の正体は「屍」と呼ばれる魔獣である。この世への未練を糧にして動く死体であり、この世界にもともと存在しなかった外来種というべき魔獣であった。

 屍の数は十体。

 武器は剣や槍、斧で鎧に統一感はない。それどころか鎧と呼べる部分が朽ちて残っていない者も少なくなかった。

 

「ちょっと懐かしいわね、この感じは」

 

 常人であれば身が竦む状況でも、アキラは臆することはなかった。虚空から取り出した黒く長い鉄の棒は、見る者が見れば、ライフルだと一目で分かるだろう。この世界には存在しない異世界の技術の産物である。

 アキラは向かってくる屍に徐に発砲した。

 銃声はなく、弾丸が空気を切り裂く風切り音だけが耳に届く。騎士の鎧に無数の穴が空き、頭部が消し飛んだ。

 

「まさか異世界に来てまで屍退治なんてね」

 

 銃声が響き、マズルフラッシュが夜闇にアキラの姿を明滅させる。

 一つ、二つ、三つと屍を数えながら、その頭を的確に撃ち抜く。

 少女には重い銃の反動も、アキラはまったく感じさせない。

 獲物と見込んで襲いかかってきた屍たちは、その実、誘蛾灯に引き寄せられた虫でしかなかったのだ。

 人間の姿からは想像もできない速さで屍は動く。 

 普通の人間では手も足も出ないほど、屍は強い。人間的な理性もなく、人間を殺すことに躊躇がない上に元人間らしく知恵も回るという厄介さだ。

 

「九つ!」

 

 だが、アキラは屍を圧倒する。

 十対一という圧倒的不利な状況を、易々と覆した。

 人間を超える身体能力を持ち、手足は疎か臓器すらも再生する屍という脅威に対して、アキラはルーチンワークのように軽々と対処する。

 九体目の屍の頭を撃ち抜いて、アキラは一呼吸ついた。

 

(やっぱり弱い)

 

 アキラの抱く感想だ。

 普通の人間にとっては脅威であるというのは変わらない。

 だが、アキラは元の世界でも屍と戦ってきた経験がある。培ってきた知識と経験から、この十体の屍は、非常に脆弱であると感じていた。

 屍にも強弱はある。

 現世への未練が強いほど、屍は強力な呪いを生み出し、強大な存在に変化していく。翻って、この屍たちはどうか。理性も知性もなく、「呪い憑き」もいない。それどころか、元の世界の屍に比べてもかなり脆い。

 もっとも、グリズリーが猪になったからといって、人間が白兵戦で勝てるわけではない。

 駆除するには、専門の知識と装備が必要だ。

 

「ラスト」

 

 最後の一体に銃口を向ける。

 彼我の距離は十メートルといったところで、相手の武器は錆びた剣だ。屍の身体能力ならば、一瞬の距離ではあるが、それでもアキラが引き金を引くほうが速い。

 銃口から火花が噴き出し、銃声がこだまする。

 熱い鮮血が月光に舞い、草原に赤黒い点を打った。

 

「はッ――――く」

 

 苦悶の声はアキラの口から溢れた。

 何が起こったのかを考える余地はなく、霊気の乱れを感じて飛び退る。

 僅かに衣服が裂けて、腹部に裂傷が生じた。

 アキラの顔色は急速に青ざめていく。月明りの冷たい光の下でも分かるほどに頬が色をなくしていく。

 右腕の肘から先を失い、大量に出血しているのだから当然だろう。

 ライフルも右腕と共に地面に転がっている。

 

(油断した。コイツ、呪い憑き……!)

 

 強力な未練を持つ屍が、その未練に応じた特殊能力を発現することがある。そうした特殊能力を呪いといい、呪いを持つ屍を呪い憑きと呼ぶ。

 騎士の剣が淡く光った。

 大気が揺らめき、霊気が乱れる。

 咄嗟に伏せたアキラの頭上を何かが通り抜けていく。少しして背後で岩が砕ける音がした。目に見えない風の斬撃だ。

 

(この感じ、呪いじゃないわね。魔法ってヤツ? そういうのもアリなわけ?)

 

 こればかりはアキラの先入観の敗北だ。

 アキラは屍退治の専門家であり、屍の知識はこの世界で最も深い。だが、それは元の世界の屍を基準としたものだ。

 元の世界の屍が持つ超能力とは呪いでありそれ以外にはない。だが、この世界には魔法があり、魔術があり、そのほかにも様々な異能が存在している。中には学べば誰でも、才能の偏りがあるとはいえ習得できるものもあるのだ。

 屍が生前に魔法を習得していた場合や生まれつき何らかの異能を有していた場合も、想定しておくべきだった。

 呪いの気配感じなかったので、遠距離攻撃はないと決めつけていた。

 銃を落としたことで一気に不利になった。アキラに遠距離攻撃の手段がなく、敵には魔法があるからだ。

 

「オ、オ、オ、オオオオォ」

 

 朽ちた顎から漏れ出るのは言葉とも思えない呻き声だ。

 屍になってから、それなりの年月が経っているはずだが知性らしきものは感じない。本能のままに、生き物を襲う化け物だ。

 言葉を交わすことは不可能だ。できたとしても、屍と分かり合うことは決してできない。

 空気の揺らぎを感じてアキラは飛び退る。

 草原が切り裂かれ、土埃ば舞った。

 遮蔽物がなく見晴らしのよい平原は、遠距離攻撃手段を失ったアキラには不利だ。

 屍そのものは脆弱だが、不可視の斬撃は厄介で、本能のままに乱発しているだけでも、十分な脅威となる。

 知性はなくとも血に飢えた闘争本能は健在。むしろ、理性をなくした分、他者を傷付けることに躊躇がない。

 森に生きる肉食獣でも、ここまで無秩序に殺意をばらまいたりはしない。

 生物の枠組みから外れた魔物。 

 この世にいてはならない異物。

 それが、屍だ。

 

「ほっとくわけにもいかないでしょ、さすがに」

 

 この屍が人里に来る可能性は十分にある。そもそも、屍は人間の命を奪い、殺戮を是とする歪んだ本能の持ち主ばかりだ。

 迷い込んだ旅人も犠牲になるだろう。

 為すべきことは明白だ。

 アキラはここで初めて前に踏み出した。

 上空から弧を描いて襲いかかってくる風の刃を躱し、強く地面を蹴って跳んだ。

 屍の剣が光を放つ。魔力が次なる魔法の燃料として燃えているのだ。

 アキラは魔法を放とうとしている屍に向かって、全力で石を投じた。 

 

「ぎ、ごあッ」

 

 握り拳大の石は、目にも止まらぬ速さで剣を握る屍の指を砕いた。そして、そのまま柄を粉砕し、腹部にまでめり込む。常人ならば即死の大ダメージだが、屍ならば掠り傷だ。それでも、アキラが近づく時間を稼ぐには十分だ。

 屍が腕を鞭のように振るった。腐った外見とは裏腹に、普通の人間の頭ならば、簡単に粉砕することができるそれを、アキラは左腕一本で受け流してみせる。

 足払いをかけて屍の体勢を崩したアキラは、全身のバネを使って()()()()()()を振り抜いた。

 握り拳が兜を砕き、まるで水風船を割ったかのように脳漿を破裂させる。

 頭をなくした屍は、二度と動くことはない。

 屍を動かすのは未練であり、未練は脳に宿るからだ。屍を倒すのならば、脳を潰すのがセオリーだ。

 屍からただの死体に戻った騎士は、数十年ぶりの眠りに就く。

 腐臭のする血のついた手を振って、アキラは気分悪そうに顔を顰めた。

 

「気持ち悪」

 

 血が手にこびり付いて気持ちが悪い。

 最悪、土で擦り落とすしかないだろう。近くに清流でもあればいいが、屍の血肉は環境にも毒だ。本来ならば、専門の僧兵らによる浄化を必要とするが、その知識はこの世界に伝わっていない。アキラにも、その類の術は使えない。それに近い力を持つヒロインの手を借りる他ないが、今は近くにはいないので、こればかりは仕方がないだろう。

 再生した腕は、斬り落とされる前と何ら変わることなく機能している。

 トカゲみたいだなと自分でも思う。

 今し方倒した屍と同種の再生能力。斬り落とされた腕を押しつければ、癒着するし、その気になればこうして新たに腕を再生することもできる。

 それは、アキラが普通の人間ではなく、屍と同種の存在であることを示している。

 違いがあるとすれば、それは人としての理性の有無。

 未練を残して死に、屍となるところを、特殊な術式で人の理性を保った状態で復活した。それがアキラたち屍姫であった。

 本来であれば、屍姫の存在を維持する霊気を送る契約僧と二人一組で活動するのだが、この世界にやって来たのはアキラだけだ。それでも、彼女が屍姫として理性を維持できているのは、この世界の環境そのものが、アキラに必要な霊気を与えてくれているからだろう、と考えてはいる。あるいは、アキラが理解できない理由があるのか。僧兵でもなければ魔術師でもないアキラに、その真実を解き明かすことは難しそうだ。

 アキラが暮らしていた元の世界ならば、まだ世の中は明るい時間帯だ。高層ビルが建ち並び、人工の明かりで夜空の星が掻き消されるほどの光量があったが、この世界は違う。多くの町が日が沈むと同時に眠りに就く。人里のある方向に目を向けても、深い闇が続くだけで明かりなど欠片もなく、その代わりに日本ではとうの昔に失われた、満天の星空が夜空をスクリーンに輝いている。

 見た目だけならば、その美しさに圧倒されたことだろうが、屍が跋扈し、死臭の漂う環境下では、そのような感傷に浸る気分にはならない。

 

「こちらは終わりましたか?」

 

 背後から声を掛けられた。

 振り返るときらきらと光る粒子が人の形となって、一人の少女が現れた。

 薄い色の髪の着物を着た剣士だ。

 

「この辺りの屍はこれで全部です。沖田さんの方はどうでしたか?」

「わたしの担当区域も片付きましたよ。アキラさんが言っていた呪い? 異能の類を使う屍はいませんでしたし、不逞浪士より簡単でした」

 

 セイバーのサーヴァント、沖田総司は返り血一つ浴びることなく屍を斬り伏せてきたようだ。

 屍姫として人間離れした身体能力を持つアキラだが、サーヴァントと呼ばれる一部のヒロインたちの戦闘能力には舌を巻く。

 

(沖田総司って……)

 

 アキラは総司の頭のてっぺんから足のつま先まで視線を這わせる。どこからどう見ても和服を着た普通の女の子にしか見えない。が、しかし、その名前はアキラの知る日本の歴史においても極めて多大な知名度を持つ偉人の名であり、聞くところによれば性別の違いはあるものの、まさしく新選組の沖田総司その人であるという。

 異なる世界、異なる時代からこの世界にヒロインたちはやってくるので、時として教科書の中の偉人と顔を合わせることもあるということだ。

 まだ慣れないが、そういうこともあると強引に納得する。

 よくよく考えてみれば、アキラが元の世界で戦った屍にも、歴史上名を馳せた偉人がいた。過去の偉人と顔を合わせるということは、すでに経験済みであった。

 互いの状況を報告していると近くで魔力が揺らいだ。

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

「わたしは一番遠方から駆けつけてきましたので、これは実質一番乗りでは?」

 

 同時に現れたのは、またしてもサーヴァント。白磁のような肌と白い髪をポニーテールにした巴。そして、槍を肩に担いだ長尾景虎。いずれも日本史に名高い英雄であり、アキラの時代から遥か昔に名を馳せた人物だ。

 景虎の性別がアキラの知識と異なる点については今更語るべくもない。世界が違えばそういうこともある。サーヴァントのいた世界はそういう歴史だったのだろうと割り切るだけである。

 

「さて、当初の予定通り敵拠点を潰して回ったわけですが、異論がなければこのまま次に進みたいと思いますが、どうですか?」

 

 と、話を切り出したのは景虎だった。

 

「特段、異論はありません。叩けるときに叩くべきかと存じます」

「そうですね。作戦に動員できる人員が、今はこの四人しかいませんから、時間をかければ相手に失地回復の余地を与えてしまいます。一気呵成に攻め込んで、領主の首を取る他ないかと」

 

 巴と総司が景虎に同意する。

 景虎はアキラに視線を向けた。

 

「屍退治の専門家としては、如何です?」

「わたしも同意見です。手下を補充されると、いたちごっこになりますから」

「では、このまま敵地に乗り込み、領主を討つという当初の予定に修正なしですね」

 

 現在、四人が集まる草原から北に向かうと小さな町が現れる。かつて、九百名の人口を擁した地方の町である。取り立てて目立った産業があったわけではなく、小さな寺院を中心に円形に町が広がっている。

 町の名前をアークウィルという。

 三十年前に滅び去り、地図から消えた死の都である。

 

 

 

 不老不死の探求。

 それは定命の権力者が等しく行き着く人類の夢であり、呪いといってもいいだろう。この夢に挑み敗れていった者は枚挙に暇がなく、それはこの大陸すべてを統治したパンゲア帝国の皇帝であっても同じであった。

 時の皇帝は、この難題を解決し、不老不死を手に入れようと三人の学者に不老不死の確立を命じ、富と領地を与えた。一人は西、一人は北、一人は東に領地を賜り、それぞれのアプローチで不老不死の探求を始めた。

 それが悲劇の始まりであり、結果的には帝国の崩壊に繋がる悪手でもあった。

 東国の領地を得た学者――――マグナス・ドッグヴィルは、ヒロインたちの記録から屍姫の存在に着目し、その制作方法を記した屍法姫経典を作成することで不老不死を実現できると考えた。 

 死んだ後、未練を核に動く死体となる屍に理性を残したまま変化する屍姫は、同僚が研究していた吸血鬼化に比べて弱点が少なく成功すれば人間だった頃とほとんど変わりなく生活することができる上に、異能を発現することも可能となる理想的な不老不死化の秘術であった。

 マグナスはこの世界の人間ではあったが、魔法に造詣が深く、技術者としては間違いなく天才だったのだ。

 皇帝から領国防衛のためと称して屍姫を回してもらい、彼女たちの肉体から魔術的な要素を抽出して、逆算し、オリジナルの術式を特定し、足りない部分は別の魔法体系を組み合わせ、偽・屍法姫経典を作り出した。

 おそらく、マグナスは他の二人の学者に先んじて不老不死の扉の前に辿り着いていた。

 偽・屍法姫経典はそれほどまでに完成度の高い逸品だったのだ。

 しかし、その研究結果が皇帝の元に届くことは終ぞなかった。

 研究は失敗の連続だ。

 失敗を許容し、次に向かって改善を続けていくことで目的を達するものである。

 偽・屍法姫経典もまた、高い完成度を有してはいたものの完成には至っていなかった。

 

「結局、マグナスの術式では、人間を屍にすることはできても、屍姫にすることはできなかったという話ですね」

 

 アキラは苦虫を噛み潰したような表情で言った。

 アークウィルに向かう道中である。

 星明かりのみを恃みにした旅路ではあるが、足下の不安はまったくない。アキラも同行する三人も人間の枠を超えた超常の存在だ。

 

「つまり、人間としての理性を保つことができなかったと。不老不死にはなれますけど、あのゾンビみたいな状態になるのは嫌ですよねぇ」

 

 総司が対峙した屍たちも、獣ように唸り声を上げて襲いかかってくるだけの魔物だった。屍に知性を感じることはなかったし、中には異形化した個体もいて、とても生きていた頃の理性を保っているとは思えなかった。

 いくら不老不死になったといっても、化け物になるのでは意味がない。

 

「屍化は、この世界にはなかった現象と聞きますし、それを独力で再現したのは、それだけの技術があったからでしょう。屍姫を再現できなかったのは、何が原因なのでしょうね」

 

 巴がアキラに尋ねる。

 アキラは肩を竦めた。

 

「そこまでは分かりません。わたしは僧兵じゃないので、術式の細部を承知しているわけではありませんから。ただ、屍姫の術式は、そもそも不完全なものだと聞きます」

「不完全?」

「はい。もともとは光言宗の開祖が、死んでしまった愛娘のために編み出したのが屍姫の術法です。しかも、その術式を弟子たちも理解できなかったので、オリジナルの術式は開祖の一代限りのものとなったようです。わたしも含めて、後の時代の屍姫は、すべて弟子たちが一部分を流用した不完全な術式に過ぎません。ですので、屍姫にできるのは、開祖の娘と同年代の女で星の巡り近しい死体だけっていう条件付きになっています」

「つまり、屍姫を調べたところで、できあがるのは不完全な術式までということですね。しかも、件の御仁は男性。そもそも術式の対象外なれば、まっとうな不老不死など夢のまた夢」

「それでも屍にはなれた。結果、被害は彼の領地一つに留まらず広範囲が汚染される大災害になったってわけですが」

 

 それがパンゲア帝国崩壊の十年ほど昔の出来事だ。

 東国で生じた大災害は多くの流民を出し、連鎖的に東国の貴族を巻き込んだ混乱を発生させた。突然発生したアンデッドの襲撃。死した人間が屍となって蘇り、さらに屍を生み出す連鎖の悪夢は、事態を重く見たヒロインたちと周辺諸国の連合軍により何とか抑え込めたものの、これは帝国の基盤を弱体化させるには十分であった。大災害は直接の原因ではないものの、パンゲア帝国の崩壊の遠因の一つではあろう。

 

「屍とやらが発生するようになったのも、その大災害の影響ということですか。確かに、ここの空気は悪い。汚泥の中にいるような気分ですよ」

 

 景虎の表情にも不快感が見て取れる。

 進めば進むほどに、空気が濁っていく。科学的な測定には何ら反映されないが、間違いなく「空気感」が変わっている。普通の動物は絶対に近づかないし、人間であれば体調に異変を生じるだろう。理解不能な根源的恐怖が襲いかかってくるのだ。それは、「死」の気配だ。死者であるサーヴァントや屍姫には影響しないが、生者には常に強烈な精神的負荷がのし掛かる。

 

「まさに屍の国ってところですね。一体一体の屍はわたしがいた世界の屍に比べればずっと弱いですけど、環境面では最悪です。生きた人間がいない広大な忌土地なんですから」

 

 不吉を重ねて人が寄りつかなくなった土地を忌土地と呼称する。こういう土地は屍が好むことが知られており、当然ながらそこに住み着く屍はより強力になっていることが予想される。

 現在、活動している屍姫はアキラ一人だけだ。

 アキラが現れるまでは、屍についての知識は大半が失われていた。

 屍姫をマグナスが独占したためである。

 そのため、屍への効果的な対処も適わず、手探りでヒロインと周辺諸国は屍の国の拡大を食い止めてきた。

 パンゲア帝国崩壊の混乱もあり、初期の時点でヒロインたちを戦線に投入できなかったのが痛かった。今となっては汚染地域はマグナスの領地から四方に広がり、三つの小国が飲み込まれていた。

 しかも、厄介なことに、この汚染地域で死亡した者は高確率で屍になる。ヒロインも例外ではなく、屍となったヒロインによる被害は、通常の屍の被害とは比較にならない甚大なものになる。そのため、汚染地域に派遣されるヒロインは、原則として()()()()()()()ヒロインに限定せざるを得なかった。

 アキラは対屍戦闘のエキスパートとしての起用だが、それ以外をサーヴァントで固めたのは、万が一殺されても死体は魔力となって霧散するので、屍化しないからである。

 投入できるヒロインが限定されてしまうため、対屍戦線は深刻な人材難に陥っている。ヒロインという強力な戦力を運用しながら、マグナスを討伐できていないのも、この「屍化の陣地」の効果を警戒しながら戦うしかないからであった。

 とはいえ、状況は間違いなく改善している。

 アキラの登場により屍の特性を再確認することができたし、屍に力を与える忌土地の浄化方法も様々な魔法や魔術を組み合わせて確立した。

 世の中も安定してきて、ヒロイン生協も動きやすくなってきた。

 一人の屍姫と三人のサーヴァントを投入するこの作戦は、長年の一進一退の状況を変えるための一手。反攻作戦の第一段階であった。

 

 

 

 空が白み始めた頃、四人は目標としていたアークウィルを視界に収めるところにやって来た。

 小さいながらも立派な城郭都市だったのは昔の話。今や城壁は崩れて瓦礫となり、多くの屍が行き来する地獄の様相を呈していた。

 もちろん、生きた人間は一人もいない。この深度では、魔獣すらも屍になるようで、巨大な犬のような魔獣の屍が人間の屍を捕食しているところが見て取れた。

 

「なんとまあ、これはまさに地獄さながらの醜悪さ。目に余るとはこのことですね」

 

 巴は眉ねを寄せて不快感を露わにする。

 忌むべき死の濃密な気配が辺り一帯に充満している。生態系を塗り替えるほど強力な呪いは、生きとし生けるものの命を奪い屍という怪物に作り替える悪質極まりないものであり、これ以上マグナスの陣地を拡大させるわけにはいかないのは明白であった。

 マグナス単独で、国を覆うほど広範囲に呪いをばらまくことはできない。

 マグナスは自分が力を与えた屍を媒介にして、呪いを振りまくことで国を跨いだ広範囲を汚染したのである。

 マグナスを屍の王とするのなら、力を与えられた屍は領主である。彼らは陣地の外側に進軍し、占領した土地を中心にしてさらに陣地を拡大するという方法でこれまで勢力を拡大してきた。

 それは、蟻や蜂が生息圏を広げていくように、屍たちは人間の国々に勢力を伸ばしたのだ。

 これを防ぐには、マグナスを倒すというのは当然ながら、その前段として、陣地が拡大しないように、その原因となる領主を討ち、土地を浄化する作業が必要となる。

 ヒロイン生協が攻勢に出たことで、七人いた領主のうち二人がすでに討ち果たされている。

 

「さて、それではどうしますか?」

 

 総司が尋ねた。すでに抜刀しており、彼女はいつでも斬り込めることをアピールしている。

 

「わたしにいい考えがございます」

「巴さん、それは?」

「はい、すでに空は白み、妖魔の類の苦手な日が昇る頃合いです。屍といえども油断をしておりましょう。そこで、払暁の内にあーくうぃるの町を焼き討ちし、逃げ惑う屍を一気呵成に討ち果たすというのは如何でしょう」

「や、焼き討ち……?」

 

 凛とした美女の口から出るにはあまりにも物騒な言葉にアキラは戸惑った。

 

「なるほど、焼き討ちですか。少々乱暴な嫌いもありますが、悪くはないですね」

「こちらが寡兵であることを考えれば、むしろ最善かと。待ったところで増援が期待できるわけではありませんからね」

 

 一方で、巴の提案は総司と景虎には受け入れられたようだ。

 

「しかし、問題は火力ですね。生半可な火ではあの魔性どもを炙り出すには至らないでしょう。曲がりなりにも人外の魔なわけですから、野原に火を放つ程度ではこちらの襲撃を知らせる狼煙にしかなりません。となれば、やはり……」

 

 景虎の問いに巴は弓矢を召喚して頷く。

 

「無論、そこはわたしの宝具にて。これでも我が宝具は、義仲様への愛を以て燃えさかる対軍宝具なれば、あーくうぃるほどの小さな町ならば、二、三も矢を放てば、かの屍どもを焼き出すには十分の火事となりましょう」

 

 巴が身の丈ほどもある弓を見せる。

 普通の人間では引くこともできない強弓である。巴御前と言えば怪力無双の女武者と名高く、彼女が扱うに相応しい異形の弓であった。

 ただの弓矢で町を攻め落とすのは不可能だが、対軍宝具となれば話は別だ。

 まして、彼女の宝具は炎をまき散らして炸裂する。

 魔力を伴う炎は容易には消えず、町中に燃え広がるだろう。

 

「他、ご意見は?」

「巴さんの意見に異論なしです」

「わたしもそれで構いません」

 

 総司とアキラは同意した。

 夜討ち朝駆けを卑怯の振る舞いと蔑む者もいる。しかし、勝機を見出しながら道理を説いてこれを掴まないのは敗北に直結する愚行である。何より、屍を相手にして誇りある戦いも何もない。生きるか死ぬかの生存競争に、情けは無用だ。

 

 

 巴の身体が焔に輝く。

 大弓に矢を番えた美々しい女武者は全身に膨大な魔力を漲らせている。その力は僧正級の僧兵を上回り、敵対していないにもかかわらず身震いするほどであった。

 

「参ります! 滾る私の想いの一矢(ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン)!」 

 

 巴が唱えたのは、アキラにも馴染み深い不動明王の真言だ。

 炎を操る巴の宝具に相応しい。破魔の炎ではなく、鬼種の血に由来する炎であっても、屍という魔性を討つのであれば、これほど適した真言は他にあるまい。

 真名解放とともに放たれた矢は、灼熱の火矢となって黎明の空を引き裂いていく。

 通常の矢の射程を遥かに上回る長距離射撃。そして、その威力は艦砲射撃もかくやとばかりの大規模な爆発が如実に示している。

 眩い閃光に遅れて爆音が耳に届く。

 地面が震え、木々がざわめいた。

 地上に太陽がもう一つ出現したかのような錯覚すらするほどに、その輝きは強烈だ。離れていても肌が焼けそうな熱気を感じる。着弾点にいた屍ならば、この比ではないだろう。

 

滾る私の想いの一矢(ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン)!」

 

 さらに、巴は弓弦を引き絞って二の矢を放つ。

 対軍宝具の連続使用は身体への負担が大きいのだが、大気中の魔力濃度の高さがそのリスクを軽減しているらしい。

 ともかく、一の矢を幸運にも生き延びた屍たちに、二の矢を防ぐ手立てがどれほどあるか。

 巴の矢は直前の矢が着弾した地点からやや遠く、町の反対側に着弾して光輝く。

 熱球が生まれ、直後に粉塵を舞上げて大気が捻れる。衝撃は四方に広がり、家々がなすすべなく粉砕される。

 さらに巴は三の矢を放った。ダメ押しの一矢は、被害を免れていた区画に突き刺さり、一帯を過たず吹き飛ばす。

 三発の対軍宝具により、アークウィルの町には三つのクレーターが刻まれた。これに加えて、まき散らされた炎が次々に引火して、延焼していく。

 鬼種の炎だ。

 水をかけて消えるような代物ではなく、強力な再生能力を持つ屍にも十分に効果がある。

 風に煽られた炎は、瞬く間に町中に燃え広がり炎の渦となった。

 そして燃え上がる町から逃げ出すように、屍たちが飛び出してくる。異形化した者が多いのは、それだけ生命力が強い証だろう。

 

「お見事です、巴さん。よーし、行きますよ」

「あははは、殺せー!」

 

 総司と景虎が刃を煌めかせて戦場に飛び込んでいく。

 目で追うことも困難な速度で斬り込む総司は、瞬時に屍の首を刎ねた。

 愛馬に跨がった景虎は、その突破力を活かして巨躯を誇る異形の屍を槍の一突きで粉砕した。

 空にオレンジ色の曲線が幾重にも描かれ、地上の屍が燃え上がる。

 歴史に名を残した伝説の英雄たちの活躍に負けじとアキラも引き金を引いた。

 銃弾が屍の頭蓋を吹き飛ばす。

 未練を生み出す脳を最優先で破壊することで、屍を確実に討ち果たすことができる。

 

「領主を探してください!」

 

 アキラが声をかける。

 町から逃げ出す屍たちの中に領主の姿はない。

 今回の強襲は領主の討伐を目的としたものだ。有象無象の屍を何体倒したところで、成功とは言いがたい。

 

「この町を基点に陣地を展開している以上、簡単に町から逃げ出すことはありません。まだ、領主はこの町のどこかに潜んでいるはずです」

 

 轟々と燃えさかる炎が上がる町を見て、アキラは言った。

 すでに炎は町全体に広がっている。

 大半の屍が炎に焼かれ、逃げ惑って討ち取られたが、その中に領主と思われる強力な個体は見当たらない。

 月毛の馬が景虎を乗せてやってくる。

 

「ぐるりと町の周囲を回ってみましたが、それらしい者もいませんでした。これは宝具で消し飛びましたかね?」

 

 赤黒い血を槍の先から滴らせた景虎は、血生臭い戦いの最中にありながらも、欠片も不安を感じている様子はない。世界は違えど戦国時代を駆け抜けた英雄なだけあって、殺し合いには慣れっこなのだろうか。

 

「これだけの炎ですからね……」

 

 アキラは燃えさかる町を見つめる。

 強烈な熱気は屍姫の肌すら炙る。いくら領主といえども、只では済まないのではないか。

 死体の確認ができないのは、少々面倒だ。

 鎮火するまでは、何時間もかかるだろうし、跡形もなく吹き飛んでいれば、領主を発見するのは不可能だ。

 最終的には、土地を浄化して屍がまき散らした悪縁を切ることができればよいのだが。

 

「逃げ出した屍は一掃した感じですね。後は、あの中にどれだけ残っているかというところでしょうか」

 

 鮮やかな一刀で異形の屍を仕留めた総司が、町を見て言った。

 

「領主が焼け出されてくるかと思いましたけど、そうでもありませんでしたね」

 

 町の外に引きずり出せれば、一気呵成に勝敗を決することもできた。

 こちらが寡兵である以上は、不意打ちからの大規模攻撃は無難かつ有効な手段だったのだが、領主を討ち取ることも踏まえると大味に過ぎたのかもしれない。

 

「皆様、お気を付けて。町中に何やら動きがあります」

 

 遠方から町を見張っていた巴が声を上げた。

 濃密などろりとした魔力が湧き上がり、アキラは季節外れの寒気に襲われた。

 

「なるほど、これが屍の領主というものですか」

 

 景虎の視線が正面から次第に空に向かっていく。朝日に照らされる大地に影が落ちた。落ちてくる瓦礫をアキラたちは慌てて避ける。

 

「いやいや、サイズ感間違ってるでしょう!? 町のどこにこんなのがいたっていうんです!?」

 

 総司はのんきな表情を崩さない景虎に叫ぶ。

 

「地面から出てきたように見えましたね。ええ、多分そうなのでしょう!」

 

 頭上から落ちてくる瓦礫と土砂は町の中にあった建築物の残骸だ。

 現れたのは身の丈四、五十メートルはあろうかという巨大な屍であった。

 もちろん、アークウィルにこれほどの巨体を隠すような建築物は存在しない。

 

「陣地の基点は間違いなくあれですけどッ……ぐッ」

 

 屍が振り下ろした何の変哲もない棍棒が地面を揺さぶる。衝撃でアキラは吹き飛ばされる。直撃を受ければ屍姫の肉体くらいは粉砕されるだろう。サーヴァントならば分からないが、アキラからすれば一発たりとも受けることはできない。

 アキラはライフルの引き金を引く。この巨躯に外すことはありえないのですべて命中したが、蚊に刺された程度の傷にしかならない。

 

「さすがにこのライフルじゃ厳しいか」

 

 魔力(霊気)の扱いは不慣れだが、そうも言っていられない。この世界に来てから学んだ技術の粋を結集し、ライフルを強化する他ない。

 アキラの通常火力では、何万発の鉛玉を食らわせたところで、目の前の巨体には何のダメージも与えられない。

 

「それにしても、でかい」

「どうやら、巨人種の屍のようですね。未練があれば屍になるというのなら、一定の知能があれば屍になるわけですから、こういうことも想定すべきでしたね」

 

 巨人という幻想種は日本にはいなかったが、似たような鬼ならば景虎の時代にも少ないながらも存在した。彼らに人間に匹敵する知性があることも知っているし、人間から変化するものもいるくらいだ。この世界の巨人か異世界から流れてきたのかは分からないが、この世に未練を残した死体が屍になるのなら、その対象は人間に限定するものではないのだ。

 屍になったことで、巨人は高度な再生力を手にしている。もともと頑強な肉体がさらに強力になり、巨体に似合わぬ敏捷さで、襲いかかってくる。

 一回の跳躍で、距離を取るアキラたちの頭上に飛び上がる。

 これだけの大質量ならば、軽く踏みつけるだけで敵を全滅させることは容易だろう。

 

「皆様、離れてください!」

 

 巴が叫ぶ。

 この日、四回目となる対軍宝具の発動だ。

 空中で巴の宝具が炸裂する。

 火球に押し戻されて、巨人が踏鞴を踏んで後退する。

 

「油断なさらぬよう。敵は未だ健在です!」

 

 巴の焦った声が響く。

 対軍宝具を受けた巨人の損傷は激しいが、みるみるうちに再生していく。砕け散った右腕も、耳に残る嫌な音を立てて生え替わった。

 

「チートってヤツでは?」

 

 呆れたように呟く総司にアキラも同意する他ない。

 景虎が馬上から巨人を見る。 

 

「あははは、まさか巨人とは。生前の戦とは聊か毛色が違いますが、これはこれで新鮮ですね」

「いやいや、景虎さん。そんな面白がってる場合じゃないでしょう。どうするんです、あれ」

「んー、ようは頭を抜けばいいのでしょう。足から順に斬り落としていけば、最後には頭が落ちてくるのでは?」

「そんなだるま落としみたいにいきませんよ。大体、あの分厚い足をどうやって斬るんです」

 

 巨人の足は分厚い上に、敏捷性が高い。巴の宝具もあっさりと直撃を許したわけではなく、咄嗟に防御姿勢を取っていたのだ。

 近づいてからが大変なのは言うまでもなく、近づくだけでも、相当な覚悟が必要な相手だ。

 

「あの、巴さん。さっきのヤツ、まだできますか?」

 

 アキラに尋ねられた巴は頷いた。

 

「はい。幸い、この辺りは魔力が濃い。しかし、威力を維持できるのは次の一矢まで。わたしの魔力はそれでいったんは打ち止めです。回復までには、しばしの暇が必要です」

 

 対軍宝具は魔力の消費が激しい。

 サーヴァントは生粋の魔力食らいで、魔力さえあればいくらでも活動できるものの、一度に使える魔力には限りがある。元の世界と異なり、大気中の魔力を糧にできるとはいえ、短時間に五発も使えば、さすがに小休止が必要だ。

 

「対軍宝具なり爆弾なりで一気に吹き飛ばせれば楽ですが、一発だけとなると無駄にはできません。確実に頭を潰していきましょう」

 

 如何に頭を潰すのか。

 それが屍対峙の基本であり、最も難しい問題だ。

 人間の死体ですら、屍となれば人間を遥かに上回る身体能力を獲得するのだから、巨人ともなれば、その力はまさに「山をも砕く」と言えるだろう。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 

 雄叫びを上げる屍が棍棒を振りかざす。魔力が急速に高まって、棍棒に町中の瓦礫を引き寄せられていく。

 

「まさか、呪い!」

 

 アキラが驚愕する。

 屍の中でもごく稀にしか現れない呪い憑き。特にこの世界の屍で呪いを有するものはごく少数だ。その僅かな例がよりにもよって、この巨人だ。

 瓦礫を操るサイコキネシスというのだろうか。シンプルな力だが、その規模は対軍宝具に匹敵する。

 

「とにかく散開!」

 

 景虎の合図で全員が一斉に四方に散る。

 巨人が棍棒を振り下ろしたのは、その直後だ。集められた瓦礫が直径二十メートル大の球となって放り投げられる。それが空中で分解し、瓦礫の雨となって降り注いだ。雑な攻撃だが、破壊力は申し分ない。人間の軍隊なら、これを繰り返すだけで全滅させられる。

 しかし、そこは歴戦の猛者たちだ。降り注ぐ瓦礫に臆することなく瞬時に安全圏を把握して、掻い潜っていく。

 

「さすが、サーヴァント。伝説の英雄たちってところか」

 

 アキラは自らも瓦礫の猛威に曝されながらも英雄たちの戦いに目を見張る。

 戦闘能力の面で見れば、アキラは彼女たちには及ばない。が、だからといって足を引っ張ることはあってはならない。

 アキラはライフルを構える。

 先ほどと同じ銃だ。違いがあるとすれば、それは弾丸に込めた魔力の有無。

 

「ぐッ……!」

 

 砲撃もかくやとばかりの轟音が響き、アキラの上体が仰け反る。屍姫の身体を身体強化の魔法で保護して放った魔弾は、巨人の脇腹に直撃するや否や火を噴いて燃え上がる。まるで徹甲榴弾のように、敵を内部から破壊する徹底して対象の抹殺を突き詰めた魔弾である。

 巨人の屍に対しても、この弾丸は有効だ。

 アキラのライフル弾が脅威ではないと、先の戦闘で体感していた巨人にとっては不意打ちにもなった。

 

(魔力の扱いが下手だ。銃身がぶれて狙い通りに撃ててない)

 

 アキラは内心で舌打ちする。

 身体強化の魔法がうまく使えていないのだ。不十分な強化で引き金を引いたので、身体が反動に負けてしまった。魔弾が当たったのは、巨人が文字通り大きいな的だったからだ。

 

「今度こそッ」

 

 頭部に狙いを定めて引き金を引く。いつもの三倍にはなろうかというマズルフラッシュとともに魔弾が射出される。アキラの身体はぶれずに銃の衝撃を受け止めた。

 放たれた弾丸を巨人が棍棒を翳して防ぐ。炎が上がり、棍棒が砕ける。アキラはもう何度目かになる舌打ちをした。学習能力が思いのほか高いようだ。だが、アキラに巨人の意識が向いたことで、景虎が一気に巨人の足下に迫ることができた。戦力で見れば、アキラよりも彼女のほうが比重が大きい。

 放生月毛に跨がる景虎が槍を掲げる。

 

「いざ、参る! 毘沙門天の加護ぞあり! 毘天八相車懸りの陣!」

 

 八騎に分身した景虎が、各々の武具を構えて突撃する。

 彼女の代名詞たる車懸りの陣を単独で再現する宝具は、まさしく軍を相手に用いるべき神秘であり、その種別は対軍宝具。

 景虎は巨人の右足に向けて入れ替わり立ち替わり突撃し、強靱な皮膚も骨も関係なく粉砕してみせた。

 ぐらりと巨体が揺れる。

 巨体を支える二本の足の内、一本が砕かれた。バランスが取れなくなり、倒れるのは必然だ。

 この時を待っていたとばかりに巴はすでに射撃体勢に入っている。弓弦を目一杯引き絞り、炎熱を付与した鏃が燃え上がっている。

 大きく息を吸って、巴は真言を唱えた。

 

滾る私の想いの一矢(ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン)!!」

 

 炎が迸る。

 鬼種の火炎をまき散らし、猛烈な勢いで矢が加速していく。

 片足で立つこともままならない屍は前のめりに倒れていく。

 巴の矢から逃げることは不可能だ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 屍が吼えた。

 死してなお身の危険を感じる能力があるのだろうか。

 彼の呪いが大地を侵し、地面が揺れる。

 呪いに惹き付けられた瓦礫が屍の全面で岩石の塊に変化する。武器としていた棍棒すらも材料にした分厚い石の壁は巴の宝具との衝突で内から融解して爆散した。

 その様子を見ていたアキラが歯がみをした。

 屍は前のめりに倒れて両手を突いたが、頭部は無事だ。

 巴の対軍宝具は、屍が生み出した渾身の巨岩に防がれたのだ。すでに屍の足は再生を始めている。一呼吸の間に立てるようになるだろう。

 一時撤退も視野に入れることも考えなければならない。この地域の領主の正体を把握しただけでも大きな戦果ではある。

 そんな考えがアキラの脳裏に浮かんだとき、砕け散った巨岩の粉塵を突き破って総司が巨人の面前に躍り出た。

 瞬間移動とも見紛う速度。

 誓いの羽織に袖を通した総司は、その存在を巨人が認めた時にはすでに刃を巨人の頭部に突き立てていた。

 

「無明三段突き!!」

 

 いかなる物理防御も意味を成さない絶技。三つの突きが同時に発生する矛盾による事象飽和は、命中箇所を文字通り消滅させる。

 対軍規模の破壊は不可能。

 だが、屍の脳をくり貫くことは造作もない。

 未練を生み出す重要器官を破壊された屍は呪いを使うこともできなくなって滅びる他にない。

 地面に突いた腕から力が抜けて、巨人はそのまま大地に倒れ伏した。

 地響きが治まった頃には、屍はただの遺骸に戻っていた。

 

 

 領主を失ったことで、アークウィルを基点に展開していた呪いは消える。土地そのものは忌土地と化しているので当面は屍の好む環境になってしまうが、マグナスの呪いが後退した以上は、新たな屍が生まれる可能性は著しく低下した。

 アキラたちの任務は完了した。この後はヒロイン生協から忌土地を浄化できる力を持つヒロインや魔法使いなどが派遣され、この土地を浄化していく予定だ。

 気がつけば正午近くになっている。夜通しの戦闘で疲弊しているが、さすがに屍の死体だらけのここで一眠りというわけには行かない。安全な場所まで引き返してからでなければ落ち着かない。屍姫もサーヴァントも体力の消耗という部分は気にしなくてもよいが気力は萎える。どこぞからやってきた屍の残党との戦闘など御免被るのだ。

 巨人の屍が完全に息絶えているのを確認して、アキラたちは帰路についた。

 この日、ヒロイン生協は二つの屍の領地を制圧し、マグナス討伐にさらに一歩近づいたのだった。

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