異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
びゅうびゅうと吹き荒れる季節外れの寒風が肌を刺す。
ブリンクウォールの北部にある低い山が連なる丘陵地だ。
道を往くのは一人の女だ。
艶のある長い黒髪を、一つ結びにしている。
風と寒さから身を守るために身につけたローブが風に煽られる中、たった一人で山道を歩いている。
緩やかな斜面に作られた一本道からは、辺り一帯を一望することができる。麓を流れる川は穏やかで、陽光をキラキラと反射してしる。時折、野鳥が急降下しているのは、水面下の魚を獲るためだろう。世界は違うが、こうした景色は彼女の世界でもありふれたもので懐かしさすら感じた。風に揺れる木立から木の葉が舞い、ざわざわと耳障りのよい葉擦れの音を届けてくれる。
近くの人里まで、直線距離にして半日はかかる距離だ。道が悪く高低差もあるために、実際にはその数倍の時間を必要とするだろう。
そんな中を女が一人歩きするのは異質な光景であった。おまけに、この道はずいぶんと昔に放棄されたと思しい。人が行き来している様子はなく、荒れ果てて草木が生い茂っている。途中でいくつも土砂崩れの痕跡があった。それを踏み越えての旅路である。
女でなくても移動するのは困難な悪路だというのに、彼女は表情一つ変えず、息も切らしていない。
女の一人旅の危険性は、地域によって様々だが一般に危険とされる。まして、人跡未踏にも等しい山野を一人で行くのは自殺行為だ。森の中には肉食の獣もいる。これだけ人里から離れていれば、超常の力を振るう魔獣の類もいるだろうし、生態系に含まれない闇の住人も日が暮れれば出没しうる。そのため、普通であれば一人旅などできるはずがない。比較的安全な整備された道ですら、行方不明者が出ることも珍しくないのだ。
人の声を最後に聞いてから丸二日。
視界が開け、三つの丘に囲まれた盆地を望む場所に来た。
「何もないな」
呟きは風に乗って消える。
草むした一本道は丘を下って盆地の中にまで続いている。
そして、そこでぷっつりと途絶え、その先は巨大なクレーターとなっていた。
「本当に何もない」
女はクレーターの縁にやってきた。
跪き、地面を指でなぞる。
「高熱に焼かれた風でもない。それどころか、爆風が生じた様子もないか。不可解な光景だな」
巨大なクレーターができるということは、その中心でそれだけ大きな爆発があったということだ。普通であれば、それによって発生した高熱で地面は焼けただれ、周囲の山々にも破壊の痕跡が残るはずである。しかし、周囲には炭の欠片も見当たらないし、周囲の山並に爆風で破壊された痕跡も存在しない。それどころか、クレーターを取り囲む
「これではまるで……」
「ここにあったものが、まるごと消えてなくなったかのようですね」
女の後を受けて、別の声が割り込んできた。
何かしらの異能を用い、隠していた姿を現したのだ。
背の低いショートヘアの少女だ。白い衣装はこの世界のものではなく、彼女の本来の装束であり、その手にある錫杖は、極めて強力な力を有したマジックアイテムの類だ。
「ヘカテー。これはお前の世界の術か?」
尋ねられた少女は、錫杖を鳴らして頷いた。
「はい。改変されているようですが、間違いないでしょう。都喰らい。人も土も木々もすべてを
「生きとし生けるものだけでなく、その場にあるすべてを喰らい尽くすか。しかも、喰われたものは存在そのものを忘れ去られるとは」
「存在の力を食われた人間は、存在そのものがなかったことになります。世界そのものから消失し、歴史は初めから、その人間がいなかったものとして修正されます。それが町全体を対象とした結果、かつてここにあった町は存在そのものが消えてしまいました」
ヘカテーが取り出したのは羊皮紙の地図だ。人里で購入した昔の地図には、ここに至る一本道は記載されているものの、町は抜け落ちている。誰もが、この道がどこに繋がっているのか分からず、その必要性も認識していない。
「リドルの目的は、莫大な魔力を集めて創造する万能の願望器だったか。理屈は理解できるが、ろくなものではないな」
「願望器に何か思い入れでもあるのですか、桔梗」
桔梗と呼ばれた女は憂いを秘めた表情で肯定する。
「わたしの世界にも似たようなものがあった。もっとも、それは本当の願いだけは絶対に叶えない、偽りの願望器だったがな」
「そうですか」
ヘカテーは特段の関心もなく口を噤んだ。
桔梗もヘカテーも口数は多くない。必要がなければ会話をしないというのが両者の共通点だろう。
ヘカテーは人間の存在の力を喰らう側だ。
本来、人間とは相容れない。
だが、この世界は
「都喰らいの確認はできた。
リドル・バージェスが不老不死を得るために疑似聖杯を作り出そうとしていることは、ヒロイン生協の中では周知の事実だ。
問題となるのはその計画において多くの人命が失われることと、大陸中に影響する大きな災厄が発生しうるということだ。
サーヴァントやサーヴァントと同一世界の魔術師からもたらされた情報から、リドルは疑似聖杯を使い、人間からより上位の寿命に縛られない存在に昇格することを企図していると考えられた。
莫大な魔力を用いて自身の魂に手を加え、不滅の存在に進化する。それが疑似聖杯を用いた不老不死だ。そのための燃料を集めるために、リドルは国内外で虐殺を働いている。
そうした派手な動きに対して、都喰らいは存在そのものが喪失することから隠匿性の高い術式だ。人間だけでなく、その土地のすべてを魔力に変換できるので手に入る魔力量は桁外れだ。これを繰り返せば、すぐに莫大な燃料を確保できそうなものだが、そうもいかないわけがある。
都喰らいは、その準備からして大変なのだ。
とにかく時間がかかる。
しかも紅世の徒ではないリドルでは、まったく同じ方法が使えないので代替手段を講じて世界を歪め、分解したはずだ。手間暇がかかるので国内の小規模な町でしか使えず、発動後は世界が大きく歪むので、その後に何が起こるか分からない。
都喰らいの影響でエルドラドの疑似聖杯に悪影響が及べば本末転倒だ。
あくまでも、都喰らいで魔力を得るのは最初のうちだけで、その後は着々と人命から魔力を収奪することにしたのだろう。
いずれにしても、リドルが作り出そうとしている願望器については、桔梗もヘカテーも思うところがある。
ふと、桔梗が背後を振り返る。
数百メートル離れた木々の合間を縫って、猛烈な速度で金色の光が襲いかかってきた。
間一髪、桔梗は身体を反らして避けた。金色の光と見違えた、それは槍を携えた金髪の少女騎士ブラダマンテだった。
「あー、避けた。おっかしいなぁ、不意打ちだったんだけどなぁ」
首を傾げるブラダマンテを見て、桔梗は眉ねを寄せた。
「ブラダマンテか。ずいぶんと変わり果てたものだな」
「ん? もしかして、わたしを知ってる人?」
「以前一度、会ったことがある。なるほど、それがブリンクウォールが集めている魔力か。四魂の玉すら可愛く見えるな」
おぞましい呪詛がブラダマンテの全身に満ちあふれている。彼女の変質の理由も読み取ることができた。桔梗は優れた巫女であり、呪詛の専門家だ。疑似聖杯の燃料として収集されている魔力が怨念をベースにしていることは知っていたが、ブラダマンテを狂わせた強大な呪詛には戦慄すら覚えた。
「さて、久方ぶりの再会だが、悠長におしゃべりしてくれそういないな」
「あはは、そりゃそうだよ。だって、あなたたちを殺さなくちゃいけないんだもん。あれ? ヒロインは生け捕りなんだっけ? でも、いいよね。どうせ、行き着くところは同じなんだし」
ブラダマンテの身体能力は桔梗を遥かに上回っている。
まともに戦えば勝ち目は極めて薄い。
本来ならば逃げの一手だが。
壮絶な金属音が響き渡った。
桔梗のすぐ目の前で、激しい火花と魔力が舞い上がる。
ブラダマンテの刺突を、ヘカテーがトライゴンで弾いたのだ。
「
ヘカテーがトライゴンの石突きで地面を突く。同時に彼女の周囲に水色の光球がいくつも発生し、一斉にブラダマンテに襲いかかった。
「こいつッ」
飛び退くブラダマンテを星が追撃する。
ヘカテーの自在法
光がブラダマンテを取り囲み、四方八方から襲いかかる。
水色の爆発が生じる。
一発一発が、並みの戦闘型ヒロインを打ちのめす威力を有する。
光弾の数だけ爆発があった。幾重にも重なる爆音が、山々に轟き、鳥たちが一斉に飛び立っていく。
濛々と上がる水色の炎と土煙に大穴が空いて、ブラダマンテが飛び出してくる。目立った外傷はない。光輝く盾を翳して、前方の光弾を防ぎ、そのまま突進したのだ。
「アッハ、痛い痛い、痛いなぁ!」
閃電のような刺突。
ヘカテーはトライゴンで、これを受け流す。
見た目からは想像もつかないが、ヘカテーは近接戦闘においても一流だ。そうそう敗北することはない。
とはいえ、上手く立ち回らなければ危険であることは言うまでもない。
ブラダマンテがただの人間ならば敗北はないが、サーヴァントは人間の範疇には留まらない。まして、マスターからの莫大な魔力供給を受けることができるサーヴァントは、その性能を劇的に引き上げる。
今のブラダマンテは、ヒロイン生協にいた頃よりも格段にステータスが強化されている。彼女の放つ一撃一撃が、必死の威力を秘めている。
一秒間に数え切れない閃光が瞬く。
刃を打ち合う金属音が重なって聞こえるほどの高速の斬り合いは、人間の限界を凌駕している。人の姿をした者同士の戦いとは到底思えない、常軌を逸した刃の激突に物理法則が悲鳴を上げている。
ブラダマンテの嵐のような六連撃を捌ききったヘカテーは、一瞬の隙を突いて反撃に転じる。身体を反転させて勢いを付けて真横に薙いだトライゴンは、ブラダマンテの盾に阻まれたが、この衝撃で距離を取ることに成功した。
「汚い存在の力。そのような淀んだ力で、願いを叶える術法を実現しようというのですか」
「わたしに聞かれても分かんないよ。でも、わたしにこれを集めさせるっていうならそうなんじゃない?」
ブラダマンテから漂う力は極めて悪意に満ちている。
基本的には人間に恨まれる側であるヘカテーからしても、これは異常というほかないほどだ。
「やはり、何もかもが気に入りません。そのような穢れた存在の力で、創造神の真似事など、不遜も甚だしい。あまつさえ、他者の願いを踏みつけにして、一個人のために使おうなど言語道断。人間の営みに興味はありませんが、ブリンクウォールは滅ぼす他ありません」
珍しく憤怒の表情を浮かべたヘカテーは周囲に無数の星を生成する。
「
ブラダマンテを取り囲んだ水色の光弾がヘカテーの指示に従って降り注ぐ。
今度は盾の使用も考慮した誘導弾だ。
逃げるにしても撃ち落とすにしても、無傷ではいられない。
直後、目を見開いたのはヘカテーのほうだった。
水色の炎が上がることはなかった。
その代わりに現れたのは漆黒の泥だ。
目視できるほどに濃縮された呪詛。ブラダマンテの身体を侵し、その精神を狂わせた元凶であり、リドルが作成する疑似聖杯の燃料となる魔力である。
これが、溢れ出してヘカテーの星を喰らったのだ。
「わたしの自在法を喰らった……。存在の力を吸収するなんて、まるで
「あなたも一緒にどう? 魔力で身体を構成しているあなたなら、これで、わたしの仲間になれそう」
ヘカテーは顔を歪めて防護の自在法を組む。
本能的に黒い呪詛が自分の天敵になり得ると感じ取ったのだ。
サーヴァントと同じように魔力を身体の構成要素とするのが、この世界における紅世の徒の特徴だ。強大無比な王であろうと、身体の構造は変わらない。
気に入らないことではあるが、ブラダマンテが操る黒い呪詛は、ヘカテーと徹底的に相性が悪そうだ。
ブラダマンテがヘカテーに差し向けた黒い呪詛の蛇が、ヘカテーの防壁に食いつくと、その魔力を収奪して突破してくる。
「ッ……!」
飛び退るヘカテーを追撃する黒い蛇。五つの首に分かれて退路を断ち、大きな口を開ける。
今にもヘカテーが食らいつかれそうになったその時、一条の桜色の光が横一文字に駆け抜け、黒い蛇を消滅させた。
「なッ……!」
さしものブラダマンテも驚愕に目を見開いた。
サーヴァントですら発狂させ取り込む呪詛の塊が、まるでなかったかのように消え去ったのだ。
ブラダマンテはヘカテーの後方に控え、戦闘を見守っていた桔梗を睨み付けた。桔梗の手には大きな和弓が握られていて、すでに二の矢が番えてある。
「お楽しみの所申し訳ないが、こちらは初めから二人組だ。卑怯とは言うまいな」
桔梗の手が矢から離れる。
矢は大気を切り裂きブラダマンテに向かってまっすぐに飛ぶ。ブラダマンテの周囲を固める黒い呪詛が、桔梗の矢が放つ清浄な光に触れて消し去られていく。
ブラダマンテは溜まらず距離を取った。
桔梗の矢は非常に強力な破魔の矢だ。
邪悪な魔力を無力化し、消し去ってしまう。呪詛の塊と化したブラダマンテにとっては、脅威となる力だ。
次々と放たれる矢が、ブラダマンテの放つ黒い泥を尽く消していく。槍を取って近づけば、ヘカテーがこれを妨害する。
「ああ、鬱陶しい。こんな、ただの矢なんかに!」
ブラダマンテは舌打ちをした。水色の光弾を掻い潜り、より深刻なダメージを与えてくるであろう破魔の矢にだけは近づかないようにする。そういった戦士としての駆け引きは、今のブラダマンテには大きなストレスだ。
かつてのブラダマンテならば、この状況をくぐり抜ける手はいくらでもあっただろうが、狂気に犯された彼女は戦術眼が低下している。拮抗状態を維持するのが精々で、それすらも精神的苦痛を伴うものであった。
故に、短絡的な解決方法に走った。
ブラダマンテは強大な力を一気に解放した。黒々とした呪詛を槍に込めて、ヘカテーも桔梗も周囲ごと吹き飛ばす算段だった。
「面倒くさいからッ、もう、全部、吹っ飛ばしてやる!」
直接呪詛を浴びたわけではない山の木々が枯れていく。空気すらも死んだかのようだ。これが、疑似聖杯が集める呪詛が引き起こす災厄の一端だ。これが外に溢れれば、なるほど確かに世界を揺るがす大災厄となるだろう。
ブラダマンテが指向性を持たせた呪詛は大きな蛇となり、地面を焼きながらヘカテーと桔梗に向かって疾駆する。
ヘカテーの防護の自在法では時間稼ぎにもならない。
故に、この一撃に対処できるのは桔梗だけだ。
桔梗はヘカテーの前に躍り出た。
心胆寒からしめる猛烈な呪詛の怒濤を前に、弓を振った。
「破ッ!」
清浄な光が瞬いて、黒い泥がはじけ飛ぶ。
「がああああああああああああああああああ!」
悶絶して倒れたのはブラダマンテだった。
彼女の身体は至る所に黒い染みが広がり、血を吐いて苦しんでいる。
「あ、が……ぐ……わ、わたしの、魔力を跳ね返したなッ……」
「わたしの国では、人を呪わば穴二つという言葉があってな、人を呪うのなら、それ相応の知識を身につけてからにすることだ。本来のお前には似合わないがな」
「く、ぅううッ」
ブラダマンテは悔しげに奥歯を噛み締めて桔梗を睨み付けていたが、戦闘を続けることは不可能だと察したのだろう。霊体化して、去って行った。
「あれを返しますか」
「呪詛は力任せに使えばいいというものではないからな」
ブラダマンテは感覚に任せて呪詛をばらまいているだけだ。本職の巫女と同じ土俵で戦って敵うはずがなかったのだ。
呪詛を返されたブラダマンテだったが、まだ撤退できるだけの力を残していた。呪詛の性質や量から考えても直撃すれば消滅させられたはずだが、いくつかの要因が絡んでブラダマンテは九死に一生を得た。
一つは彼女の対魔力並びに魔力を無効化する
ブラダマンテは少し休息を取れば復帰するだろう。もともと、彼女の肉体は呪詛に汚染されている。呪い返しの影響は長く続かない。
追っ手が掛かる前にこの場を去るのが懸命だ。
ブリンクウォールの奥深くまで、桔梗とヘカテーが入り込んでいると知られてしまったので、しばらくは姿を眩ませて行動しなければならない。
二人とも、それを重々承知していたし、この場に留まる理由は何もない。
示し合わせるまでもなく、揃って帰路についたのだった。
桔梗……エネルギー源が怨念しかない願望器は四魂の玉よりダメ
ヘカテー……人間が創造神の真似事という時点でダメ