※この作品はR-18です。

異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話   作:もう万体

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第六十七話(エロなし)

 おーーん……。

 どこからか響く地鳴りのような音。

 どこまでも続くかと思うほど広大な草原の夜は、草木も眠るというようなものではなく、むしろ小さな生き物たちがせわしなく活動する活気ある音に満ちている。

 今、聞こえてきた音もこの草原に暮らす生物の声だ。

 おそらくは、生態系の頂点を争う大型の魔獣の類の声だろう。その意味は分からないが、争っているかのような殺伐さを感じない。仲間とコミュニケーションを図るための遠吠えのようなものだろうか。

 この日は満月で、青白い光が淡く草原を照らしていて、発光能力を有する虫の一団が、地上に銀河を描いていた。

 

「うわー、すごい綺麗。こんなとこがあったんだね」

 

 虫たちが生み出す光の芸術に目を輝かせる年若い乙女は、標高二十メートル程度の丘の上にいる。

 黒髪を肩よりも上で切り揃えた、やや童顔の愛らしい女だ。身長は高いとは言えず、体躯も華奢だ。

 そんな彼女は――――クロメは、初めて目の当たりにした大草原の神秘にいたく感じ入ったようで、風に揺れる地上の星々に視線を巡らせている。

 視界を遮るもののない平野続きの地形を丘の上から見下ろすので、美しい自然を文字通り一望できるのだ。

 観光業が盛んな土地であれば、この景色だけで十分な利益を生み出すことができるだろう。惜しむらくは、この景色は一過性のもので、年に七日も続けばいいほうだということと、人里から離れすぎて辿り付くことすら困難だということだ。

 クロガネ大公国の広大な領地の中には、多数の危険生物が棲息しているのだ。そういった生物については、人間が普段利用する範囲は騎士団が、日夜、駆除に当たっているが、そこから離れれば如何に大国の領内とはいえ、身の安全は保証されない。

 人間は生き物としては脆弱だ。

 魔法やマジックアイテムの助けがなければ、凶暴な魔獣には太刀打ちできない。

 広大な草原は、生命に満ちているのは確かだが、だからこそ人間にとっては厳しい環境と言っても過言ではなかった。

 

「幻想的といえば、そうね。実態は虫なわけだけれど」

 

 と、感動に震えるクロメの隣で冷めた口ぶりで答えがあった。クロメと同年代のようだが、こちらは大人びて見える。風に靡く長い黒髪を手で押さえる様には色気すら感じる。眉目秀麗、深窓の令嬢といった風情の少女だが、怜悧な視線やけだるそうな表情は、近寄りがたい印象を周囲に与えることだろう。

 

「虫でもいいじゃん。遠目に見る分には。霧葉はロマンがないよ」

「そうかしら。わたしはこう見えてロマンチストだと思うのだけど?」

「どうかな。わたしはリアリストだと思うけど」

 

 クロメのそう評された彼女――――妃崎霧葉は心外とばかりに肩を竦める。

 ニヒルな表情は、やはり深窓の令嬢とはほど遠い。

 

「こういうの、医月はどう思う?」

 

 クロメは背後を振り返って尋ねた。

 二人の会話を眺めていた茶髪の女は、急に話を振られて驚いた様子だ。髪を束ねて帽子の中に隠しているのか、ぱっと見は少年のようだ。よくよく見れば鼻筋は通りぱっちりとした目をしていて、十人が十人は振り返る美少女と言えるだろう。

 

「まあ、わたしはいいと思いますけど……やっぱり虫は、ちょっと」

「医月も? 虫だめなの?」

「虫がだめっていうか、小さくてどこにいるの分からないっていうのが嫌なんです。見た目キモいってのも、そうなんですけどね」

 

 薬丸医月は、腰を掛けるのにちょうどいい大きさの岩に座っている。傍らに置いた水筒を開けて、一口だけ水を飲んだ。

 医月は熱を帯びた脹ら脛を揉んだ。

 歩き疲れてさすがにヘトヘトだ。ここで半日、休息を取ったが、その程度で復調するほど頑強な身体ではない。少なくとも、目の前の二人のような人並み外れた身体能力を持っているわけではなく、身体のスペックは年相応の人間だ。少しばかり修羅場をくぐり抜けた経験があるというだけで、別の世界で最前線で戦う訓練を積んだ「戦士」と同じ運動量を期待されても困る。

 本来ならば、光る虫たちの乱舞に、医月も目を奪われていたかもしれないが、疲労感のほうが強い。せっかくの光景にも特段心が動かなかった。

 最後に村を出てから四日が経ち、かなり奥地に来てしまった。ここから、一番近い村に帰るのにも四日かかると思うと気が重い。

 生粋の都会育ちの医月からすれば、こんな何もない大自然を何日も彷徨うのは狂気の沙汰以外の何物でもなく、さらに言えばそこかしこに命の危険があるのだから心身の負担はかなり大きい。

 大公に命じられた任務だから仕方がないが、できることならキョウで薬物の研究を続けていたかった。

 

「ところで、いましたか?」

 

 医月はため息をつきながら聞いた。

 

「残念ながら、見える範囲にはいなそうね」

 

 と、霧葉が答える。

 

「もう、あのなんか動いてるのでいいんじゃないですか?」

 

 医月はふてくされたように視線の先を指さす。

 夜空をバックに、地平線近くを何かが動いている。

 地平線近くでこれだけはっきりと動いているのが分かるのだから、相当な巨体だ。

 

「あれはいらない。草食の大人しい魔獣なんでしょ?」

「ギガントテリウムというらしいわね。一日中、草を食べ歩いているだけの無害な魔獣。なんでも、ギガントテリウムがいなくなった土地は木々が生えて森に遷移するらしいわ」

 

 医月は、ゆったりと動く巨大生物を遠目に見る。

 明るい月夜であっても、背景が夜空なので巨大生物も黒い点のようにしか見えない。動いているので生物だと分かる程度だ。

 草地を踏みならし、木々が生えるのを防ぐという草食動物は、その巨体から生態系の頂点の一つに数えられる程度には強い。

 だが、凶暴性は皆無に等しい。戦わずして勝つという選択をしたためだろう。彼らはただ歩くだけで、十分な脅威となるのだ。

 

「大きな魔獣を狩るっていったって、こんなだだっ広い草原なのに全然見えないじゃないですか。本当にそんなの棲息してるんですか?」

 

 医月たちの目的は、この近辺に棲息しているというとある魔獣の駆除である。その巨体から、周辺の村々で大いに恐れられ災害に等しい存在として扱われている危険な生物である。

 十年ほど前に騎士団の奮戦で手傷を負い、それ以降は人里に近づかなくなったというが、それを大公はわざわざ討伐するように命じたのである。

 

「棲息しているのは確かでしょうね。それこそ、ギガントテリウムの死骸の発見報告もあるわけだし。この辺りでギガントテリウムを捕食できるのなんて、他にいなくてよ」

「あのデカ物を捕食できるようなのを討伐するのに、なんでわたしが駆り出されているのか……」

 

 胃の奥がキリキリ痛む。

 クロメも霧葉も嫌いではないが、任務の内容が自分の能力に見合っていないのは明らかで、早く帰りたくて仕方がなかった。

 そもそも魔獣とかいう訳の分からない生き物が跋扈する環境で生きていける自信はまるでない。クロメと霧葉に守ってもらわなければ、ここに到着する前に行き倒れていただろう。

 この旅の中で役に立ったことと言えば、湿地の水から安全な真水を分離したことくらいだ。

 肉食魔獣に襲われれば、他の二人はともかくとして、医月は死を覚悟するしかない。

 

「なんて言いましたっけ? その魔獣」

「アステロイド・ヴラフォス。または、スター・タートル」

 

 医月の問いに霧葉が答えた。

 それが、今回の狩りのターゲットとなる魔獣の名だ。

 

「ずいぶんと長い名前ですね」

「生き物の正式名称なんて、大抵そんなものではなくて?」

「そうかもしれませんけど……タートルってことは亀の仲間?」

「さあ、どうかしら」

 

 霧葉は肩を竦める。

 

「見た目が亀のように見えるから、そう呼ばれているという話だけれど、何に分類されるのかは分からないわ」

 

 霧葉はヒロインの中でも魔獣には詳しい方だ。元の世界でも魔獣の専門家として活躍したために、知識を準用できたからだ。

 世界そのものが違うので、霧葉の知識が役に立たない部分も当然あるが、それは学習と応用の積み重ねで対応できる。

 そもそも、魔獣とは魔力を任意で運用する能力を持つ動物の総称である。

 生存のために魔力を燃料としているだけの動物から、魔法のような攻撃手段を持つ者まで多種多様だ。

 事前の知識を深めるのは当然として、応用力もなければ魔獣の相手はできない。

 

「はあ……こんなに時間かかるなんて思ってなかったなぁ」

 

 医月は露骨にため息をついた。

 魔獣退治を命じられた時に、霧葉とクロメが一緒にいるのなら、すぐに片付く任務だと思ったのだ。

 まさか、魔獣を発見するという段階で苦戦するとは思ってもみなかった。

 

「もっとこう、魔術とか魔法とかそういうのでパパッと見つからないもんですか?」

「これだけ広いと難しいわね」

「ですよね」

 

 魔術的分野には医月は詳しくない。「科学サイド」の能力者ということもあって、魔術とは相性が頗る悪い。ものによっては全身に激痛が走り、血管が裂けて出血する可能性もあり、場合によっては死に至る。以前、クロガネ大公国に伝わる魔法を試したところ、壮絶な激痛に苛まれて諦めたのだった。

 それ以降、魔術には関わらなかった医月だが、人間の技術の延長線上のものである以上、影響する範囲が広ければ広いほど難易度が上昇するのは想像に難くない。

 まして、研究もろくに進んでいない魔獣を広大な自然の中から探し出すというのだから、それは非常に困難なミッションだ。

 

「動物のドキュメンタリーも、何ヶ月も森の中に篭ってたりするもんね。あーあ、失敗したなぁ」

「ここまで来れば、後は運を天に任せるだけね。生息域の特定は済んでいるわけだし、これだけ視界が開けているのだから、相手が動けばすぐに分かるはずよ」

 

 と、霧葉は言うが、問題はアステロイド・ヴラフォスの動きはまったく感知されないということだ。これは霧葉たちの探し方が悪いということではなく、アステロイド・ヴラフォスは、魔術的な感知能力を無効化する能力を持っている可能性が指摘されているのである。

 三人の中で魔術を使えるのは霧葉だけで、霧葉自身も何も手を打っていないわけではないが、事前の情報の通り、霧葉が放つ式神も感知魔術もまったく手応えがない状況であった。

 幸いにして、透明化まではしない。つまり、目視で捜索することは可能だ。使い魔も同様にその視覚を利用する範囲においては効果がある。だが、それにも関わらず、これだけ探してもアステロイド・ヴラフォスが見つからないのは、狩りの時以外動かない生態のためでもあるのだろう。 

 あるいは、クロガネ大公国が気づかないうちにすでに死亡しているのか。

 

「あまり時間、ないですよね?」

 

 と、医月は聞いた。

 

「もうすぐ戦争、始まっちゃうからね」

 

 クロメが答える。

 ノワールと戦争になるというのは、彼女たちにも伝わっている。

 そして、クロガネ大公国内のヒロインたちに動員がかかることも分かっている。

 この魔獣退治も、そのための布石だ。国内に巣くう危険な魔獣を退治して、余計な戦力を割かなくてもいいようにしつつ、クロメを強化するのが狙いだろう。

 

「ていうか、ぶっちゃけどうなんですか。二人とも、戦争のことは」

「あら、不満?」

「そりゃ、まあ……そんなことになるなんて聞いてないですし」

 

 戦争や殺し合いにまったく無縁だった人生というわけではない。

 医月は裏社会に関わる人間だ。

 人の命を奪うこともあったし、一歩間違えば自分が殺される可能性もあった。

 そのため、戦争そのものを頭ごなしに否定するほど、博愛主義でも平和主義でもない。が、それはそれとして、進んで危険に身を置こうと思うほど酔狂でもない。

 裏社会に中てられて、大分捻れてしまったが、根は普通の女子なのだ。もっとも、裏社会に身を落とした者の多くは、ただの一般人なのだが。

 

「別にいいんじゃない? 敵は斬る、仲間は守る。それだけのことでしょ?」

 

 医月と霧葉の会話にクロメが入り込む。

 当たり前のように、クロメは戦争を受け入れている。

 外見こそ同じ人種のように見えるが、やはり暮らした世界と立場が違うので価値観も違う。

 クロメは戦争そのものを経験している。しかも、戦争が日常にある不安定な社会の裏側で暗躍した剣士だ。

 

「それとも医月は裏切るの?」

「……そんなわけないじゃん」

「だよね!」

 

 僅かに滲む不穏な気配に医月は肝を冷やす。

 「仲間」に対する依存心が強い一方で「敵」への攻撃性が高い。

 兵士としては理想的だが、一度敵と認識されるとかつての味方であろうと刃を向けることに躊躇がない。

 クロメがそういう危険性を孕んでいることは、さすがに気づいていた。本来は関わらないようにしているタイプだが、仕事上の絡みが続くと無関心ではいられないものだ。自然とプライベートでの関わりも増えてきて、友情を感じる程度には付き合いが続いている。

 「仲間」を欲する気持ちは医月も同じというわけだ。

 ただ一人きりでどことも知れない異世界に飛ばされたのだ。出身世界こそ違えど、その一点についてヒロインたちは同じ境遇と言えるし、これにより容易に仲間意識や親近感を抱くのである。 

 今回の任務だけで、相当の日数をこの三人で過ごしている。仲間割れできるような余裕はなく、どうしたところで一蓮托生の仲間になる。

 四方を見回しても大きな動きはない。

 月がゆっくりと傾いていき、月光の下で虫たちが放つ光の乱舞が淡い光跡を闇夜に刻む。そんな光景が、延々と続いている。

 

「今日も長丁場になりそうですね」

 

 医月は眠気に襲われる頭を働かせながら呟いた。

 

「そうでもなくてよ」

「え?」

 

 霧葉の言葉に医月は顔を上げた。

 その瞬間、遠くで暗闇を斬り裂く閃光が見えた。

 ごく短時間ながら、横一文字に駆け抜けた紫電の如き閃光だ。それから少しして、強烈な破裂音が鳴り響いた。

 音に驚いたのか、虫たちが一斉に飛び周り、草陰に隠れていた小動物たちが駆け回る音がそこかしこから聞こえた。

 

「今の、もしかしてあれですか?」

「ええ、間違いないわ。アステロイド・ヴラフォスの狩り。あの光の発生地点に、間違いなくいるわ」

 

 長旅の終わりが見えてきた。

 霧葉もそこはかとなく嬉しそうだ。

 

「いよっし、行こうみんな! 逃げないうちに、一気に片付けよう!」

 

 クロメが頬を叩いて気合いを入れた。

 まさにここからが正念場だ。

 アステロイド・ヴラフォスを見つけるだけで終わりではない。倒さなければ、ここまで遠路はるばるやってきた意味がないのだ。

 

 

 運動能力という観点でいうと、医月がパーティの中で最も低い。クロメと霧葉は、同じ人間だということが信じられない身体能力を持っていて、一緒に走るととても追いつくことはできない。かといって、この場に医月だけで放置されても、他の魔獣の餌食になりかねない。そこで、医月は霧葉に抱えられる形で現場に向かうことになったのだった。

 風を切って走るクロメと霧葉は、自家用車が道路を走るのと同じくらいの速度は出ているように感じられた。

 魔術やマジックアイテムで身体能力を底上げしているのだが、それを知っていても、人間がこの速度で普通に走っているのが信じがたい。

 

(能力者が能力を使ってっていうのなら、別に変じゃないけど)

 

 少なくとも、医月には身体能力を増強する能力はないので、彼女の身体能力は普通の女子が身体を鍛えて届く範囲にしかない。

 目的地まで、小休止を挟みながら三十分弱か。一直線に走ってきたが、そこそこの距離があった。

 草原の草が踏み倒されて、地面がいくつも掘り返されている。

 所々で火が燻っていて、焦げ臭い。そして、風に乗って流れてくる大量の血の臭いに鼻が曲がりそうになる。

 それは明らかに戦いの痕跡だった。

 大型魔獣同士の血で血を洗う生存競争だ。

 互いに魔力を使うから、その戦闘は常に大規模になりがちだ。

 そして、その戦いの結果もすでに出ていた。

 地面に伏しているのは長い毛が全身を覆う四足歩行の魔獣だ。全長は二十メートルにはなるだろうか。太い四肢は短めで、五本の鋭利な爪は人間の大人の腕の長さくらいはある。

 ギガントテリウムの成獣である。

 草原の生態系の頂点に位置する巨大草食魔獣は、胸に大穴を開けて血に倒れ、息絶えていた。

 そして、一回り小さい魔獣が、ギガントテリウムの腹部に顔を突っ込み、内臓を貪っている。

 見た目は巨大な岩かカタツムリだ。ゴツゴツした殻は見るからに頑強そうで、動物というよりも鉱物といったほうが近い外観だ。ギガントテリウムほどの大きさではないにしても、殻の頂上までは7、8メートルはあるだろう。十分に巨大生物と言える巨体である。

 見晴らしのいい草原は、人間の背丈ほどの障害物すらほとんどなく、身を隠すことはまず不可能だ。それでも、霧葉たちは妨害を受けることなく至近距離にまで近づくことができた。それは、霧葉が姿を隠す魔術を習得していたおかげであった。

 魔獣との戦闘を想定して構成された術式だが、物理的に透明になっているわけではなく、臭いや物音を消し、光を歪めて一時的に相手の視界から消えるというだけのものではあるが、アステロイド・ヴラフォスは食事に夢中だ。

 自分の倍以上もある巨大な獲物の肉に一心不乱に食いついている。

 

(ひどい臭い)

 

 運の悪いことに風下であった。血と内容物の生臭い臭いは強烈で、吐き気を呼び起こす。クロメと霧葉は表情を変えていないが、医月はさすがに厳しく、できる限り息を止めて臭いを嗅がないようにしていた。

 一行は足を止めて、アステロイド・ヴラフォスの様子を観察する。

 長い首の先についている頭は身体に不釣り合いのほど小さい。鋭い鉤爪状の牙は細かく口内に並んでいて、ヤスリのように獲物の肉や骨を削り取っている。

 見るからに危険な魔獣だが、果たしてクロガネ大公国で恐れられるほどだろうか、と医月は疑問に思った。

 大きな身体も頑丈な殻も普通の生き物としては規格外だが、魔獣として見れば、この規模の体格を持つ者は珍しくない。それこそ、ギガントテリウムがいい例だ。

 魔獣が他の生物以上に恐れられるのは、魔力を運用することができるからだ。特に攻撃手段として魔力を利用する方向に進化した魔獣は、ヒロインと同種の危険性を有する。

 

「やるなら、今じゃない?」

 

 と、クロメが言った。

 

「そうね。あれが食事に夢中になっている今が好機ね」

 

 霧葉も同意する。

 アステロイド・ヴラフォスは、ギガントテリウムの腹部に頭を突っ込んでいて外部が認識できそうにない。

 食事は野生動物に共通する無防備な瞬間だ。獲物を長く味わうほどに、自分が天敵の獲物になるリスクが上がる。

 もっとも、アステロイド・ヴラフォスは、全身を頑強な装甲で固めており、この草原に天敵はほぼ存在しないのである。

 頂点捕食者だからこそ、悠々と食事ができるのかもしれない。

 その隙を最大限に活かすのならば、今しかない。

 クロメが腰に差した刀の鯉口を切った。

 彼女の武器は一振りの日本刀である。

 人間が相手ならば十分な殺傷力を期待できるが、眼前の巨獣に対処するには、あまりにも心許ない装備である。

 向かい風が強く、草花が音を立てて靡く。月が雲に隠れ、草花のざわめきが大きくなった時、クロメが動いた。

 驚くほど静かに前傾姿勢のまま移動する。

 漆黒の衣装と黒髪が、夜の闇に融けていく。

 すでに抜刀は済んでいる。

 鈍い輝きを放つ日本刀型の帝具"死者行軍"八房こそ、この任務にクロメが選ばれた最大の理由だ。

 この刀で命を奪われた者は、生前の能力をそのままにクロメの意に従う骸人形となる。要は殺した相手がそのまま自分の使い魔になるということだ。

 その能力は、戦争を目前にしたクロガネ大公国からすれば最大限に活用したいものであろう。

 領内の厄介な魔獣を駆除すると同時に戦力に流用できるのだ。

 これほど都合のいい能力はない。

 平時は危険視され使用を限定される能力も、有事を前にすれば存分に利用を推奨されるのだから皮肉な者だ。

 クロメは卓越した身体能力で巨獣に接近する。

 八房の能力で骸人形を作るには、まず相手を斬り殺さなければならない。 

 殺傷能力としては、よく斬れる日本刀の域を出ない八房でアステロイド・ヴラフォスを殺すためには、確実に急所を突く必要がある。心臓ないし呼吸器、あるいは脳だ。それでいて上質な骸人形にするには、身体の欠損は少ない方がいい。

 よって、クロメが選んだのは首の付け根を狙った刺突であった。

 全力疾走の勢いをそのままに、体重を刀に乗せて突く。

 アステロイド・ヴラフォスの首は比較的細く、八房の刀身でも十分に致命傷を与えられるはずだ。

 

「――――クロメ、下がりなさい!」

 

 クロメが気づくよりも早く、霧葉が警告した。

 背後を見ることなく、飛び退ったクロメを掠めて大きな岩塊とも思える何かが飛来し地面を穿っていた。回避できたのは霧葉の警告と修羅場をくぐり抜けてきた経験のおかげだろう。

 飛んできたのはアステロイド・ヴラフォスの頭だ。

 三角形で出っ張りの下に、大きな目がぎょろりと光っている。

 

「こっちが頭!?」

 

 クロメは驚愕をそのままに、さらに十メートルも距離を取った。

 まさかの展開だった。

 クロメを襲った頭は、ギガントテリウムを貪っている側の反対側から伸びていた。

 前後が逆。この怪物は、尾で捕食する奇妙な生態の持ち主だったのだ。

 そうとは知らないクロメはアステロイド・ヴラフォスの正面から斬りかかる形になってしまった。

 気づかれて、反撃されるのも当然だ。

 血肉を貪っていた尾が鞭のように撓り、伸び上がる。体長の三倍はあろうかという長さで、先端は無数の乱杭歯を備えたサメのような顎がある。

 

「身体の前後に口があるなんて、ずいぶんと大食漢」

 

 尾はアステロイド・ヴラフォスのメインとなる攻撃手段のようだ。振り回すのではなく、先端の顎で噛み砕くのに使用する。

 強靱かつ柔軟な筋肉はゴムのような弾性を有し、獲物に向けて顎をまっすぐに射出する。尾顎の力も相当なもので、特別な強化を施されていなければ、鉄塊ですら噛み砕いてしまう。人間など一噛みで絶命させられる。

 とはいえ、それは普通の人間が相手の場合だ。

 クロメの動体視力と反射神経は、アステロイド・ヴラフォスの尾顎の動きを見切っていた。最小限の動きで尾顎を躱しつつ距離を取る。

 尾の速度に対して、身体のほうは動きが鈍い。ずんぐりむっくりとした体格からある程度予想はできていたが、動き回って狩りをするというタイプではない。

 

「めんどくさい……」

 

 舌打ちするクロメの頭上を尾顎を通り抜けていく。

 尾顎の伸縮速度が速く、クロメの運動能力を超えている。拮抗できるのはアステロイド・ヴラフォスから十二、三メートル程度までで、その内側に入ると、対処しきれない。

 トドメは八房で刺さなければならないので、刃が届かないというのはもどかしかった。

 

 

 

「苦戦してるわね」

 

 戦況を見守る霧葉が言う。

 

「大丈夫ですか? 加勢がいるんじゃ?」

「そうね。八房で斬って終わりだと思っていたけれど、簡単じゃないわね、さすがに」

 

 霧葉がそう言うや、手元の武器を肩に担ぐ。先端は二又に分かれた槍である。その形状は巨大な音叉のようだ。

 乙型呪装双叉槍(リチェルカーレ)という彼女が元の世界から所持している武神具だ。

 その能力は、魔力の増幅、蓄積、複製である。解析さえできれば、他人の能力を複製し乙型呪装双叉槍に保存できる。使い捨てだが、自分が使用できない強力な術も行使できる。

 霧葉は、槍の切っ先をアステロイド・ヴラフォスに向ける。

 

「せっかく、ここまで来たんだから、これで死なないでよ」

 

 そう嘯きながら、魔力を込める。

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!」

 

 二又の切っ先から放たれたのは、閃電の破壊光線だ。

 暴風を纏った雷が一直線に駆け抜けて、アステロイド・ヴラフォスの外殻を直撃する。

 乙型呪装双叉槍が霧葉の魔力を大幅に向上させて放たれた西洋魔法は、大魔法使いもかくやとばかりの威力で巨体を跳ね飛ばした。

 

「うわ、すご……!」

 

 医月は耳を押さえて、目を丸くする。

 単純な威力なら、かつて目の当たりにした電磁砲を上回るだろう。

 雷鳴の余韻が遠くに響き、閃電に払われた夜闇が戻ってくる。

 アステロイド・ヴラフォスの外殻が一直線に割れた。雷の暴風によるダメージかと思われたが、その考えはすぐに撤回されることとなった。

 外殻は割れたのではなく開いたと表現するのが正しいだろう。中から現れたのは、筒状の器官。赤黒く脈動しているのは、それが臓器の一種だからだろう。

 

「これはまずいわね」

「え、何が……きゃあ!」

 

 霧葉が医月を抱えて猛然と跳んだ。その直後、雷の暴風に匹敵する猛烈な閃光が走り、轟音とともに霧葉たちがいた場所が吹き飛んだ。

 

「な、何!?」

 

 医月は目を見開いて愕然とした。

 アステロイド・ヴラフォスの背中から現れたのは、肉と骨で形成された「砲」だったのだ。

 

「ちょっと、あんなの兵器じゃないですか!」

「もしかしたら、そうなのかもね」

「へえ?」

「あの砲の下、金属みたいなのが見えて? もしかしたら、人造生物なのかもしれないわね」

 

 霧葉に言われて見てみれば、砲を支えているのは肉とは異なる材質の二本の棒だ。遠目からはよく見えないが、金属製のように見える。

 普通の生物には存在しない人工物。それが骨格として持つというのなら、あの魔獣は人の手で作り出された生物兵器と言えるのではないか。

 

「これだけの生き物なのにデータがないから妙だとは思っていたのだけどね。軍事目的で作った生物兵器が管理できなかったのか知らないけど、野生化したってところかしら?」

「そんな外来種問題みたいなノリで生態系に入り込まれても困りますよ、あんなの」

 

 たった一体で繁殖できないというのが不幸中の幸いだったか。本来の生態系の頂点であるギガントテリウムを捕食するような力を持つ怪物だ。繁殖までしていたら、この草原の生態系は崩壊していただろう。

 風に乗って土が焼け焦げた臭いが漂ってくる。粉塵が消えた後にできたクレーターの表面は、赤黒く融解している。ギガントテリウムを仕留めたのは、間違いなくこの熱線だ。

 

「できるだけ傷付けないようにっていうのは難しそうね」

 

 余裕を持って駆除できる魔獣ではなさそうだ。

 霧葉は表情を引き締めて、槍を構えた。

 魔獣の砲の魔力が集中しているのを感じ取った。

 

「ヤバイんじゃ?」

「伏せてなさい」

 

 霧葉が言うのと同時に轟音と閃光が発生する。

 アステロイド・ヴラフォスの第二射だ。これを霧葉は鉄符を十枚投じて張った結界で受け止めた。

 

「――――ッ」

 

 乙型呪装双叉槍で魔力を増幅し、結界の強度を大幅に上昇させる。簡易的な術でも、武神具と組み合わせることで本来の性能以上の力を発揮することができるのだ。

 

「医月!」

「分かってます!」

 

 霧葉の後ろで医月が叫ぶ。 

 すでに能力は使用済みだ。

 医月の能力は液比転換(ミックスマスター)。液体の比重を操り分離する能力だ。それ自体に殺傷姓はないが、使い方次第では非常に攻撃的な運用も可能だ。

 突如、アステロイド・ヴラフォスの砲身付近で火花が生じた。そして、次の瞬間、巨獣の身体を炎が包んだかと思えば、その炎は僅かの間に膨張して大気を揺るがず大爆発となった。

 医月が能力を駆使して、魔獣の足下の水から可燃性物質を取り出した結果だ。純粋な水は下に沈み、燃えやすい不純物を高濃度で含む液体が浮上した。それが揮発し、砲身付近で着火して大爆発を引き起こしたのだった。

 爆発の衝撃で砲撃が止まった。

 砲身付近が爆心地だったこともあっただろうか。

 魔獣は生きている。怪我の程度は分からないが、雷の暴風の直撃を耐え抜いた身体が、ただの爆発で損傷するとは思えない。

 案の定、アステロイド・ヴラフォスは雄叫びを上げて黒煙から這い出てきた。

 四肢が外殻の側面についている構造からも、亀がベースの魔獣であろう。あまりに巨大なので、動く島のようにも見える。

 アステロイド・ヴラフォスの攻撃が霧葉と医月に向かっている間に、クロメのほうは反撃に転じていた。

 確かに、クロメの八房では魔獣の強固な外殻を斬り裂くのは至難の業だ。

 だが、八房の真価は刀としての殺傷力ではない。

 

「疲れるから、あまり使いたくなかったんだけどね!」

 

 斬って終わるのならそれに越したことはなかった。

 帝具の使用は体力を消耗する。全身に装備するようなタイプよりは多少マシだが。

 地面が盛り上がり、這い出てきた骸人形は全長三メートル程度のサイのような一角の魔獣だ。これが三体、一斉にアステロイド・ヴラフォスに突進する。死してなお、その能力は健在だ。サイの角が超速震動し、アステロイド・ヴラフォスの外殻を掘削する。霧葉が三体のサイを呪術で強化したことで、その掘削能力は飛躍的に向上した。

 あらゆる攻撃を弾き返すはずの外殻は、魔獣の突進を受け止められず破砕され、血しぶきを上げた。

 それでも、さすがに生物兵器として造られただけのことはある。アステロイド・ヴラフォスは尾顎でサイの一頭を噛み砕き、放り投げる。

 死闘を繰り広げる骸人形の上空を鉄の鳥が舞う。霧葉の使い魔だ。これが急降下して、アステロイド・ヴラフォスの目を執拗に攻撃するから堪らない。尾顎がするりと伸びて、鉄鳥を噛み砕いた。途端、尾顎が内側から火を噴いた。超高熱を放つ薬品が鉄鳥の中に仕込まれていたのだ。医月の力で直前まで無害だった二種の液体が、尾顎に捕食された瞬間に混ざって激しい反応を起こした。

 鉄をも溶かす高温で、尾顎は焼けただれた。これでは、満足に食事を摂ることも難しいだろう。

 

「畳み掛ける!」

 

 クロメが指揮をするように刀を振るった。

 今度は、巨人の骸人形だ。筋骨隆々な二足歩行の魔獣は、わざわざ他国まで行って狩ってきたものだ。筋力に物を言わせて暴れ回る厄介な魔獣だったが、その怪力は様々な場面で役に立つ。アステロイド・ヴラフォスに躍りかかった巨人は、丸太以上の太い豪腕で格闘する。

 猛攻を受け続けたアステロイド・ヴラフォスは、それでも激しい抵抗を見せる。

 さすがに、強靱な生命力だ。それが意図的に与えられたものか、ベースの魔獣がそうだったのかは今となっては分からない。

 非常識な生命力は、クロメたちの攻撃を何度も跳ね返した。

 結局、八房の刃がアステロイド・ヴラフォスの命を奪うのに、さらに小一時間もの時間を要したのだった。




クロメ……アカメが斬る
妃崎霧葉……ストライク・ザ・ブラッド
薬丸医月……とあるシリーズ
が原作。
戦に思うところはあるが、それぞれ裏社会で生きていたので、人命のやり取りも仕事として割り切れるというチーム。
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