異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
降伏したノエルを待っていたのは、地下牢での幽閉生活だった。地下といっても、意外なほど待遇は悪くない。白い壁に囲まれた部屋は外が見えないようになっていて圧迫感はあるものの、プライベートが保護されているという安心感もある。おそらくは、愛歌たちからは見えるようになっているのだろうが、ノエルから外が見えないというだけで、常時監視されているという不安感は多少和らぐ。
ベッドも悪くない。きちんとベッドメイキングされていて、柔らかく寝心地はいい。この世界に来てから、一番のベッドかもしれない。奇妙なくらいに待遇がいい。この世界の戦争捕虜の扱いは、国にもよるがかなり劣悪で、餓死や衰弱死する捕虜は珍しくないという状況だ。国家間の取り決めも特にないので、どこまでも残虐に扱える。そう考えるとノエルは厚遇されていると言えるのではないか。あるいは、ノワールが捕虜の扱いに気を回すだけの開明的な国家なのかもしれない。
設備は確かに清潔で整っており、無機質だ。前時代的な技術ばかりが目立つこの世界のものとは思えないほど近代的で、牢獄というよりも病院の無菌室といった印象である。おまけに、ノエルの身体を拘束するものもない。部屋の中を自由に動き回ることもできるのだ。
「ふぅー♡ ふぅー♡ はあぁ、はぁ……ん、はあ……♡」
切ない吐息を漏らしてノエルはベッドの上で震えている。
確かにノワールの捕虜の扱いは人道的だ。暗くジメジメした土壁に囲まれた地下牢に押し込まれることもある世界で破格の待遇である。しかし、だからといって、すべてがノエルの元の世界の国際基準に合致したものかというとそうではない。
ノエルの生活環境がマシというだけで、捕虜を辱めることを禁じているというわけではなかった。人体実験もレイプもある。拷問も前時代的な価値観を踏襲するだろう。設備がいいというだけで、他はかなり非人道的な運用をされているようだ。
すなわち、ノエルの苦難はまだ始まったばかり。愛歌とマーリンという怪物に直接命を奪われる危険こそ回避したものの、生殺与奪はすべてノワールの領主の胸三寸というわけだ。
(か、身体がヤバい……熱い、燃えるみたい。指が止まんない)
卑猥な水音がずっと絶え間なく響いている。
この牢に入れられてからどれだけの時間が経ったのか分からない。時間経過を確認できる指標になるものがこの牢の中にはないからだ。
ノエルを苦しめているのは、溢れんばかりの性欲だった。
オナニーしてもオナニーしても、満足できないほど性欲が昂進している。
捕虜となって牢に閉じ込められていながら、オナニーに耽ってしまうという異常事態は、愛歌かマーリンかあるいはその上にいる者かもしれないが、それらの悪趣味の産物に違いない。
呪いか薬物か、特定のしようがないが、性欲に作用する何かがノエルを苦しめているのは確実だった。
(もう少し……もう少しで来そう、ヤバめの、早く……あ、クル♡)
乳首とクリトリスを摘まみながらノエルは白目を剥く。
「んお゛♡ ぉ、おほぉ♡」
戦に駆り出される前の自分が見たらドン引きするだろう。これほど醜い声を漏らし、はしたない顔をして敵地でオナニーするなど、受け入れられるはずがないのだ。
だが、それも仕方がない。
完全に敗北を受け入れたノエルの心に抵抗の二文字はない。与えられるものは何であれ享受し、相手の望むままに振る舞わなければ命の保証はない。
「い、イグ……ぉ、んくふぅ♡」
瑞々しいマンコから溢れる愛液でシーツが濡れる。
最初の頃は羞恥に手心を加えていた指先も、二度、三度と絶頂を繰り返している内に、より強い快楽を求めてGスポットを引っ掻き、クリトリスを弄り、媚肉を刺激するようになった。絶頂の予感があれば、躊躇なく、性感帯を愛撫して快感の奔流に身を任せた。
思い切りイクことの何と気持ちがいいことか。
頭がふわふわとして、何も考えられなくなる。
「はあ、はあ、はあ、んん、おかしい、これ、すごぃ♡ はあぁ、最悪、ん……はぁん♡ あ、イイ……ん、ふう、あの娘、わたしに、何を、ぉ、ん、指、止まんない、くぅぅ♡ また、い、ぐぅ……お、んおお♡」
腰を跳ね上げて絶頂して潮を吹く。
「はひ♡ あひ、ぃ♡」
目の前がチカチカする。
絶頂の瞬間に意識が飛びそうになる。これほどの快感を今まで自慰で得たことはない。それどころか、過去に経験したあらゆる快楽を超えた即物的な肉欲だ。
修道院はもとより日常生活でも曲がりなりにも聖職者だったノエルは、肉欲に溺れることができなかったし、その必要もなかった。
ノエルの中に積もりに積もった鬱憤が、引き出された結果でもあるのだろう。
「あら、酷い。すっかりエッチになってしまって」
やってきた愛歌がノエルを見ていた。いつ現れたのかは、今となっては詮索の意味はない。彼女の能力ならばドアをいちいち開ける必要もないのだから。
「わ、わたしに、何かしましたか?」
「あなたにかけられていた魔法の契約に少し手を加えただけよ。苦痛を快感に変換する術式を噛ませてみたのだけど、気持ちイイ?」
「それで、こんなに……」
愛歌の能力ならば、ノエルの契約を断ち切ることも簡単だろう。だが、そうはせず、そのままノエルを縛る鎖として利用したのだ。
ノエルは今でも契約主を裏切った罰を受け続けている。それが苦痛から快感になったのは、愛歌の趣味だ。
「この部屋で待っているだけだと退屈だろうから、気持ちよくしてあげていたのだけど、余計なお世話だったかしら?」
「い、いえ、さ、最高に気持ちよかったです。あはは……ほんとにこんなの初めてで、恥ずかしいですけど、そのそろそろ止めてもらっても?」
「そう、気持ちよかった? なら、よかった。気持ちイイのっていいことよね。あなたの身体のことを考えて、快感の程度を下げていたのだけど、気に入ってもらえたのなら、もう一段階上げても大丈夫そうね」
「あ、あの、止めて、もら、え、お゛、お゛、くひぃ!?」
明らかに今までを上回る快楽がノエルを襲った。
裏切り者を罰するための苦痛を快感に変換したのだと愛歌は言った。ならば、オナニーで一応の発散ができる程度の快感だったのがそもそもおかしい。この契約魔法が裏切り者に与える苦痛は、のたうち回り、発狂するほどのものだ。ならば、それを快感に変換するのなら、それに相応しい快感と考えるべきだ。
「あ、ご、れ、イッて、りゅ、あああ!? ひ、はッ、あはッ、ひはッ、あ、あ~~~~♡」
舌を突き出してノエルは白目を剥く。
オナニーに逃げることもできない。そのような余裕はなく、ノエルは何もしなくても全身の細胞が快感に震えて悶絶する。
「イグッ、おへぁ♡ あ、あ、イッて、あ、んああ、気持ちイイぃ♡ とめ、止めて、これ、気持ちよすぎて、おがしく、ほへぁあ♡ あ、ああ、とまらな、あああぁ♡」
ベッドの上でひっくり返るノエルは絶叫しながら潮吹きする。
快感に脳が焼かれ、理性を崩壊させる。
泣き叫ぶほどの快感ならば、それは最早苦痛と変わらない。いや、人間の脳は快感に耐えるようにはできていない分、苦痛よりも悪辣だ。
「いぃぐうううううううううううううう♡」
嬌声を上げてノエルは仰け反る。腰をヘコヘコ振ったかと思えば、両足をピンと伸ばして痙攣した。強烈な快感が肉体の自由すら奪った。筋肉は自動的に収縮と弛緩を繰り返し、酸欠になった脳は意識を朦朧とさせる。
やがて精神の限界を突破したノエルは、アヘ顔のまま動かなくなった。
緩くなったマンコから愛液を垂らしながら気絶したのである。
意識を手放した今も快感が彼女の身体を炙っている。
「さすがにやり過ぎたかしら?」
ノエルの肉体強度を考えれば、もう少し段階を上げてもよかったのだが、人間は誰でも限界近くまで頑張れるわけではない、ということまで愛歌は考えが及ばなかった。カタログスペックはあくまでも指標の一つでしかない。英雄やサーヴァントならばともかく、ノエルにそのレベルの精神性を求めるのは酷だ。
根源接続者として超越的視点を持つ愛歌だが、この世界、特にノワールに来てからは全能性はなりを顰めている。おかげで、ノエルに対しても多少の心配をするという程度には、人間性を獲得している。
今度からはノエルが楽しめる程度の強度に調整しておこうと、愛歌は魔法に手を加えたのだった。
■
愛歌がノエルと対峙している時、クロガネ大公国軍の先鋒は峠道を突き進んでいた。狭い山道に大挙して押し寄せる騎士の軍団は、さすがに大陸西部を纏める盟主の軍勢だけあって強壮であって、統率が取れている。
ノワールの騎士たちの激しい抵抗も、彼らの進撃を食い止めるには至らず、進路上の砦を三つ陥落させた。
それでも、当初の想定以上に時間を費やしているのは否めない。
道が細く険しいので大軍の利が活かせず、逆にノワールは地形を駆使して抵抗している。
その上、山道に踏み込んでから魔法の出力が大幅に低下するという正体不明のトラブルに見舞われていた。
十中八九、ノワール側の魔法であろう。
ヒロインの手によるものなのか、非常に強力で系統を問わず魔法に制限がかかっている。しかも、ノワール側は魔法の使用に影響がないらしく、戦況を互角に近いところまで持ち込まれていた。
数的優位が確立できない状況で、地の利はなく、魔法でも不利な状況と攻めるクロガネ大公国側にとっては厳しい戦況だ。
じりじりとクロガネ大公国が圧している。
しかし、ノワールの抵抗で被害も拡大中だ。
矢弾の他に煌びやかな炎や雷、氷や風が飛び交っている。
クロガネ大公国のプレートアーマーは中級魔法程度ならば、直撃にも耐える強度がある。そのおかげで、逃げ場のない狭い山道で狙い撃ちされても軽微な被害のまま進軍できている。
さすがに、ノワールの騎士とは練度が違う。
大きな戦いのない日々を長らく続けてきたノワールの騎士と大陸の緊迫した情勢を戦い抜いてきたクロガネ大公国の騎士とでは戦に対する心持ちも技術も経験も何から何まで隔絶している。
すでにノワールは一部で統制がとれておらず、逃げる者もいれば、功を急いて打って出るものとばらつきがある。
当然、足並みが乱れればこれ幸いに一気呵成に攻め寄せて、ノワールの騎士を討ち取り、崖下に追い落とす。
アリーシャ・ディフダは唇を噛み締めて、その光景を目に焼き付ける。
ただ一介の騎士に過ぎない彼女に、この戦を止める手立てはなかった。
クロガネ大公国に拾われた義理を無碍にするわけにも行かず、筋が通らない戦だと理解しながら戦場で武勇を示している。
せめて、早くこの戦を終わらせることが犠牲を最小限にする方法であると信じずにはいられない。
「離れろー!」
味方の怒号。
直後に大爆発が起きる。
クロガネ大公国の進軍を阻んでいた第三の砦に猛烈な炎熱魔法が放たれたのだ。
目を潰さんばかりの眩い火の玉は、灼熱の爆風で木々を焼き、地形すら歪める。
事前にこちらにも魔法障壁を展開していなければ自軍を巻き込んでいただろう。
粉塵が張れた後に残されたのは、クレーターと焼け焦げた地面、そして炭化した木々だ。砦は魔法障壁ごと根こそぎ消し飛んだ。ノワールの騎士も、爆発には巻き込まれたことだろう。
「これが
それは、西洋魔法における最大規模の魔法の一つだ。
元の世界には、これを個人で扱える魔法使いもいるというが、この世界の魔法騎士にそこまでの運用はできない。それでも改良に改良を重ね、クロガネ大公国は五十人一ユニットとして、同時詠唱による大魔法の発動を可能とした。
その一撃は上級ヒロインの放つ大魔法に匹敵する。アリーシャとて、直撃を受ければただでは済まない。
森を包む結界の圧力を受けながらも、極大魔法はその目的を正しく達成した。
高湿度な環境のおかげで周囲への延焼はなく、アリーシャたちはそのまま軍を進める。
牛頭をした巨人の魔獣を鎖で引きずり倒し、首を刎ねる。騎士たちの奮闘を見ながら、アリーシャは周囲をしきりに警戒する。
進軍は遅滞しているものの、確実にノワールの防衛線を突破している。
ヒロインという超常の存在を考慮しなければ、このままの勢いでパラディクレールまで侵攻することもできるだろう。
(なぜ、敵はヒロインを出してこない?)
アリーシャはふと疑問に思う。
今のところ、ノワールの騎士と使い魔と思しい魔獣だけが進路を妨害しているが、ヒロインの姿はまだ見えない。
ノワールには複数のヒロインが所属しているはずである。それも、相当な戦闘能力を有しているという情報もあるだけに、事ここに至ってもまだ顔を見せないのは疑問である。
(あるいは、直接戦闘をするタイプではないのかもしれないが……)
ヒロインの戦闘にも様々な種類がある。アリーシャのように槍を振るい最前線で戦う者もいれば、魔法使いとして後方支援に徹する者もいるだろう。
ノワールのヒロインがそういうタイプのヒロインばかりというのなら、まだ顔を見せないのも分かる。この森の結界を維持するので手一杯で、とても本格的な戦いにまで参加できないということかもしれないが、油断はできない。
少なくとも、クロガネ大公国からノワールに寝返った静謐のハサンという危険なヒロインの存在は要注意だ。
彼女の能力は把握しているが、その危険性は分かっているからといって確実に対処できる類のものではない。
罠や奇襲を警戒しながら、山道を進む。崖地を抜けて、ようやく比較的なだらかな場所に出た。道沿いだけでなく、左右の森の中にも軍を展開し、天幕を張った。面的に人員を配置できる環境があったのは幸いだった。周囲を警戒する拠点を造ることができる。
日が暮れるのが早い。太陽は山の陰に消えて、辺りはあっという間に暗くなる。間の悪いことに雨も降ってきた。標高が高く気温の低い山中で、雨に打たれるのは低体温症のリスクがある。しかも、夜ともなれば、より一層冷え込むだろう。こうなる前に天幕を張って夜営できる体勢を整えられたのは幸いだった。
魔法障壁を何重にも展開して、夜営陣地を固め、騎士たちはつかの間に休息を得る。
戦は精神的に騎士たちを追い詰める。
山道の行軍と昼間の戦いで、大いに疲労している。休める時に休まなければ、明日からの戦いについていけない。
アリーシャも仮眠を取ることにする。一軍の指揮官として振る舞わなければならない彼女も酷く疲れている。
浅い眠りに就いてからどれくらいの時間が経っただろう。
雨はいつしか止んで、月が雲間から顔を覗かせている。
魔法で気温が制御されていなければ凍えるほどの寒さが立ちこめる中、遠くから聞こえる喊声にアリーシャは飛び起きた。
「何事だ!?」
槍を持って天幕から飛び出した。
森の奥から剣撃と騎士たちの叫ぶ声が聞こえている。
「ノワールの奇襲かと」
「詳細をすぐに確認しろ。場合によってはわたしも向かう」
「はッ」
夜襲は織り込み済みだ。
数と練度に劣るノワールがクロガネ大公国に優位を取れるのは、この山道だけだ。地の利を活かせるうちに最大限に活用するためには、ここで仕掛けるしかない。当然、夜襲をしてくる可能性は高く、警戒もしていた。
ずん、ずんと地響きのような音がする。夜闇の向こうでカラフルな光が明滅する。多彩な魔法が放たれて、色鮮やかなイルミネーションと化していた。
「伝令、伝令! 敵性魔獣の襲撃で左翼第一陣が突破されました!」
駆け込んでくる騎士は肩で息をしながら跪く。
「魔獣の数と種類は!?」
「昼間の牛頭の魔獣と同種と思われますが、仔細は不明です。複数個体いると思われ、左翼の前線が同時に攻撃を受けています!」
「夜襲の警戒はしていただろうに……!」
歯がみするアリーシャだったが、喊声がただならぬ悲鳴に変わったことで決断する。
「わたしも前線に行く。態勢を立て直し、組織的に対処するんだ」
森の中で騎士たちが逃げ惑っている状況では、強壮な魔獣に追い立てられて殺されるだけだ。その力強さは昼間の戦いで垣間見た。魔獣一体につき騎士十人は必要と見ていた。その魔獣が複数同時に攻めてきたのだから、騎士たちがバラバラに立ち向かってもなぎ倒されるに決まっている。
(結界はどうした。あれだけ頑強な魔法障壁を張っていたはずなのに)
いつしか陣地を覆っていた魔法障壁が消えている。
森のそこかしこで火の手が上がり、騎士たちの悲鳴が聞こえてきた。
態勢は副官たちに何とか纏めてもらうしかない。雨上がりのぬかるんだ山道を逃げ戻るのは難しい。夜ならばなおさらで、しかもクロガネ大公国軍は大軍で侵攻している。我先にと逃げ出した騎士たちは倒れて折り重なり、追いついた魔獣が剣や棍棒の一撃を加えていくという凄惨な状況となっていた。
戦場の全体像が見えない。
どこにどれだけの騎士がいて、どれだけの魔獣がいるのか把握が困難だ。混乱は既に軍全体に広がっている。アリーシャが声をかけたところで、この狂騒は止めようがない。こういう場合は、広範囲に精神干渉の魔法を展開して冷静さを取り戻させるのがセオリーだが、その魔法を発動するはずの魔法使いたちの動きがない。
「ベアトリクスはどうした? 何をしている?」
真っ先に対応するはずの魔法使いの長はどうしたのか。強力な魔法を放てば、その閃光で居場所が分かるだろうに、そうした魔法による抵抗すら戦場全体で少なくなってきている。
魔法騎士も魔法使いも、戦うことを放棄してしまったのだろうか。このままでは総崩れだ。被害がより拡大してしまう。
一瞬、炎が上がった。
誰かが魔法を使ったのである。
炎に照らされて牛頭の魔獣の姿が浮かび上がる。一発、二発と放たれた炎弾が魔獣の胸を打つがひるみもしない。
(間に合え!)
アリーシャは猛然と駆け出した。
魔獣が金棒を振り下ろす前に、何とか射程に捉える。
「裂駆槍!」
唸りを上げる槍の穂先が、魔獣の胸板を刺し貫く。
すかさず槍を引き抜いて、首を断つ。
魔獣の生命力を考えれば、これだけやってようやく停止させることができる。
「やはり、ただの魔獣ではないか」
倒した魔獣は塵となって消えていく。通常の魔獣であれば、そのまま死骸が残るので、これは何らかの魔法で生成された使い魔だ。
これだけの使い魔を生産できるとすると、兵士の補充も容易なのではないか。数的有利すら、疑問になる。
「大丈夫だったか?」
「あ、ありがとうございます、アリーシャ様」
騎士の兜が砕け、顔が露わになった。額から血を流す少女だ。アリーシャと同じくらいの歳だろう。
「怪我をしているな」
「少し切っただけです。治癒魔法で治せますので、問題ありません」
「そうか、それだけならいいが……」
アリーシャは少女が無理をしていないか心配して様子を窺った。
顔色は悪いが、これは恐怖によるものだろう。失血による意識障害はなさそうだ。
「その甲冑は魔法大隊の者だな。ベアトリクスはどこか知らないか?」
「……申し訳ありません。わたしは結界が破られた時には、交代で休憩に入っていたので、何があったのか分からないんです。ただ、突然、あの魔獣が何体も現れて……部隊は散り散りに」
「そうか、分かった。自分を責めるな。このまま、わたしが来た方向にまっすぐ進めば本陣だ。軍の体勢を立て直すのにも魔法は必要だからな。助けに行って欲しい」
「承知しました。アリーシャ様は?」
「わたしは魔獣への対処と生存者の捜索をする。君のように、魔獣に襲われている騎士が他にもいるはずだからな」
クロガネ大公国軍とて夜襲をあのような怪物に仕掛けられれば混乱する。だが、立て直しはすぐにできるだろう。戦の経験を豊富に積んでいるのが、この軍の長所である。ならば、そこに行き着く前の逃げ惑う騎士たちの逃げ道を確保するのがアリーシャの仕事だ。
少女を送り出してからアリーシャは駆け出した。
戦闘がどこで起こっているのかは音と魔法の色で分かる。そこに向かって全速力で走り、そして魔獣がアリーシャに気づく前に渾身の奥義を叩き込む。正面から相手にする必要はない。魔法使いと騎士たちを追い立てる魔獣をアリーシャは側面から強襲して息の根を止める。
「退け! 退いて、態勢を立て直せ!」
魔獣は一体や二体ではない。牛頭の魔獣だけでなく山羊頭もいれば、人狼のような姿の魔獣もいる。アリーシャはその魔獣たちの注意を引き付けつつ、騎士たちに撤退を命じて回った。
「動ける者は動けない者に手を貸してくれ! 魔獣の相手はわたしが請け負う! 早く、撤退しろ!」
人狼の喉笛を槍で突き、山羊頭の魔獣を胸を穿つ。
鬼神の如くアリーシャは魔獣相手に一騎当千の戦いを展開した。
(この程度なら、わたし一人でも何とかなるが)
爆発音はまだ鳴り止まない。魔獣の襲撃範囲が広い。相当数の魔獣をノワールは投入しているようだ。アリーシャが単騎無双の働きをしても、槍一本で守れる範囲には限界がある。何とか撤退させた騎士たちが、体勢を立て直して残る魔獣たちを退けてくれるのを祈るほかない。
周囲の魔獣を一掃した後、次の魔獣に向かおうとしたところで視界の端に光るものを見た。
「ッ……!」
何かが飛来する。
それを本能的に察して槍を振るった。火花が散り、甲高い金属音が四つ鳴った。
地面に落ちたのは投擲用の短刀だ。鋭く磨かれた短刀は、魔獣が扱う武器というには洗練されている。
この武器を扱うヒロインに、心当たりがあった。
「静謐か」
闇の中から刃が飛来する。僅かな風切り音を頼りにアリーシャは身をかがめ、地面を転がるように木の陰に隠れる。
大公の後継者を裏切り多くの騎士とともに殺戮した悪名高いヒロインだ。
静謐の能力は毒と気配遮断。この二つの組み合わせは、対人戦において極めて脅威だ。暗闇はどこまでも静謐に優位に働く。姿が見えず、気配も感じられない。唯一、攻撃行動に移る時のみ気配遮断が低下するというから、アリーシャにできるのは静謐が攻撃する一瞬を読んで対処するしかない。
(厄介な……)
味方が魔獣に襲われ、ベアトリクスの所在も掴めない。そんな中で足踏みしているわけにはいかない。アリーシャは口惜しさに唇を噛んだ。
夜の森は暗殺者のフィールドだ。
静謐に大木を貫通する攻撃力がないのがせめてもの救いだろうか。障害物を使い、攻撃が来る方向をある程度狭めておけば、ギリギリで対応可能だ。
飛来する短刀をアリーシャは驚異的な反射神経で躱し、弾き返す。静謐が闇の中から撃ち出す刃は、銃弾も同然の速度と威力を有するが、それを投擲されてから咄嗟に反応するという絶技を見せる。
彼女自身が鍛練を重ね、戦場で磨いた技量と、この世界で身につけた身体強化魔法を組み合わせてより強く、速く戦えるようになったのだ。
だが、そこまでしても今は防戦一方。とにかく静謐の姿が見えず、どこにいるか掴めないというのは圧倒的不利だ。何とか隙を見つけて、一気に接近したいところだ。
月光を受けて煌めく刃を槍で弾く。これで、十五本目だ。
「ッ……!」
太ももにチクリとした痛みを感じて飛び退いた。僅かに刃が掠めたらしく、血が滲む。
しくじった、とアリーシャは顔を歪める。
毒使いの静謐を相手にするのなら、無傷で戦わなければならない。
さらに刃が飛来する。今度は二本同時だ。旋華――槍を回転させて、これを弾く。と、アリーシャは二本目の後ろに隠れた三本目に気づいて顔を振った。月光を吸うような黒塗りの刃は、夜闇に溶け込んで見えにくい。先に飛来した二本の短刀とは明らかに異なる造りである。視認しやすい短刀と視認しにくい短刀を組み合わせて投擲している。目に見える刃に対処させて、本命の刃を当てるのだ。静謐は毒使いなので、僅かでも傷を付けられれば勝敗を決することができる。アリーシャの太ももに傷を付けたのも、この黒塗りの短刀だったのだろう。
さすがは、アサシンのサーヴァントだ。
「ここまでだ、アリーシャ・ディフダ。あなたに勝ち目はない。降伏し、身柄をわたしに預けるのなら、身の安全は保証する」
闇の向こうから聞こえる静謐の言葉に、アリーシャは無言で答えた。
降伏というのは、到底聞けぬ要求だ。
「……なぜ、降伏しない。あなたの基本性能は把握している。この状況を打破する術をあなたは持たないはずだ」
「だとしても、降伏する理由にはならない。わたしには、槍を執った責任があるからな」
相変わらずどこにいるのか掴めない。
静謐が声を発したことで、この周囲にいるという雰囲気だけは分かるようになった。それは彼女が本気で隠れていないからだろうが。
「我が主の前にあなたは無力だ。本来、わたしに多少なりとも抵抗できるということすら、あり得ざることだ。異能も魔法も等しく、あの方の前に屈するのが定めなのだから」
「何を言っている?」
「ルールだ。この国、いや世界の法。我が主が敷いた理は、唯一にして絶対。それを敢えて弱めた。愚かな敵軍を、山深くまで迎え入れるためにだ」
静謐の言葉の真意は理解できない。
だが、それはアリーシャが抱いていた疑念への解答でもあったのだ。魔法の出力低下に悩まされていたことは事実だ。ノワール独自の結界による妨害であると推測していたが、的を射ていたらしい。問題は、この魔法への制限が意図的に弱めた状態だったということ。それはつまり、いつでも強めることができるということでもある。
戦略を一から練り直さなければならない。魔法はクロガネ大公国の主力兵器であり、戦略の要だ。それが機能しないのであれば、今のままでは戦うことすらできなくなる。
「あ……ぐ」
アリーシャは足に力が入らず転んだ。
静謐の短刀で傷を受けた左足が痺れて感覚がない。
(毒、か)
静謐は猛毒を使う暗殺者だ。その毒性は強力で、僅かな傷でも致死量に達する。アリーシャは傷を付けられたときに即死しなかったことから毒刃ではないと判断していたが、そうではなかったらしい。
「マスターと沙条愛歌によって、わたしは毒性を変化させられるようになった。かつてのように無秩序に殺すことはない。ただ、あなたのその清廉な魂は、ここで終わらせることになるが」
霊体化を解いた静謐がアリーシャの前に現れる。
アリーシャは膝を突いたまま槍を突き出すが、その程度の抵抗が静謐に届くはずもなくあっさりと槍ははたき落とされてしまった。
「あなたは運がいい。これから、本当の幸せを知ることができるのだから」
静謐はアリーシャの頬を両手で押さえると、そのまま唇を奪った。
「ん――――ぐぅ、んん!」
アリーシャは目を見開いて突然の蛮行に抗議しようとして、手足の筋肉が痙攣し、背筋を反らす。
「ふぐッ、ん、ぐ、ふぅ!? んん!? ん、ふぅぅうう!?」
静謐の舌がアリーシャの舌を捉え、乱暴に舐め回す。舌を伝って静謐の涎がアリーシャの口内に流れ込み、その甘美な味わいに無意識のうちに喉を鳴らして飲んでしまう。
(あ、熱い、なんだこれは、身体が燃えるように――――)
口から喉、さらに胃に至るまで灼熱を帯びたかのような錯覚を覚える。静謐の涎に含まれる毒がアリーシャを犯すのだ。
本来ならば幻想種すら毒殺する猛毒だ。摂取すると人間ならば一秒とかからず、この世のものとは思えない多幸感に溺れながら死に至る。そこから致死毒の特性を封じたのが、アリーシャに注入した毒である。
(何か、来る、大きいのが、身体の奥から来て、頭が変に……!)
「んッ、んん……んんんんんんんんんんんんんんんんんん♡」
唇を塞がれているので叫ぶことはできないが、大いに悶えて絶頂した。
死にはしないが、死ぬほど気持ちよくなる。早い話が強烈な媚薬であり、麻薬でもあった。
「んんぅ、れる……じゅる……んふ、んあ、離れ、んあぁ♡ ちゅ……ん、ん、んぅぅ♡」
(ダメだ、止めろ、これ以上は変になってしまう。頭がと、飛ぶ)
静謐はアリーシャを離さない。
抵抗できない彼女を押さえ込んで舌をねじ込み、唇を啄み、上顎も内頬も舌も歯茎も舐め回す。たっぷりの涎をアリーシャの口中に塗りつけて、喉の奥まで送り込む。
こくん、とアリーシャはまた涎を嚥下する。飲みきれない分は僅かな唇の隙間から流れ出て、顎を伝って滴り落ちる。アリーシャの涎を混ざり合って毒の濃度は下がっているはずが、零れた涎が肌に触れるとそこも鋭敏になったようだ。
未だかつて味わったことのない陶酔感にアリーシャの全身が弛緩する。
熱い液体がアリーシャの太ももを濡らした。腰をひくつかせ、不随意に筋肉が痙攣を繰り返す。
濃密なキスを終えて、静謐が唇を離すと、アリーシャは微動だにしなくなっていた。舌を出し、幸せな絶頂を味わったままの表情で、意識を手放していたのだった。