異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
ゴンドワナ大陸の中東地域に、海に突き出た半島がある。およそ千八百平方キロ程度と、決して大きくはないが、海岸線は入り組んだリアス海岸であり、浅い岩礁が半島を取り囲むように広範囲に広がっているという特徴的な地形である。また、半島全体が平坦で起伏が少なく、なだらかな丘陵と平地が大半を占めている。
海沿いには、河岸段丘にもよく似た階段状の傾斜地がよく見られ、その地形からテラス半島と呼ばれるようになったと伝わる。
そして、このテラス半島は、その全域をヒロイン生協が治める特別自治区に指定されている。
ヒロイン生協の成り立ちは古い。千年五年以上も昔に、パンゲア帝国内部に創設されたヒロインの互助組織だ。特定の領地を持たなかったが、千年前に勃発した魔王との戦いの中でヒロイン生協も機能が強化され、特別自治区として今の土地を与えられた。ヒロインの互助組織は、パンゲア帝国の軍事組織としての側面を得て、当時の魔王軍と対峙したのである。
それ以来、パンゲア帝国滅亡後も、ヒロイン生協はこの特別自治区を中心に活動を続けている。
白亜の港湾都市ユニオニア。
それはテラス半島最大最古の要塞都市であり、その中心に白く輝く神殿のような風格の巨大建造物は、千年前から鎮座するヒロイン生協の総本山であった。
力と権威を兼ね備えたヒロイン生協の総本山というだけあって戦火に侵されることはなく、
人口は十万人を数え、大陸全土で見ても非常に大きな都市であることが分かる。
半島でも最も大きな入り江を見下ろす位置にあり、交易が盛んな貿易都市でもあった。
ヒロイン生協は、その特殊な成り立ちから大陸屈指の権威を持ち、多くのヒロインが所属することで強大な軍事力を保有している。そこに加えて、経済力まであるのだから、その最大都市が栄華を極めるのも当然と言える。
この世界ではヒロインの力と数はそのまま国家の力となる。
彼女たち個人の能力だけでなく、彼女たちが異世界からもたらす知識や技術もまた重要な資産である。それらの集積地でもあるユニオニアは、ゴンドワナ大陸で最大級の影響力を有するのは言うまでもないことであろう。
「ふう……」
吐息を漏らし、窓の外に目を向けるのは長い金髪の女だ。
ヒロイン生協の総代を務める若き指導者――――カリム・グラシアである。
ここはヒロイン生協総本山である行政庁舎。その最上階である。周囲に視界を遮る建物がないので、海の水平線まで見通すことができる最高の眺めだ。仕事に疲れた時に、気休めに外を眺めると、それだけでも十分な休憩になったと思えるくらいだった。
「カリム様、少し休まれたほうがいいのではないですか?」
赤毛の女が心配そうに声をかけた。
短めのツインテールで勝ち気そうな目をしている。
「大丈夫ですよ、ティアナ。休憩ならさっき済ませましたよ」
「さっきといっても、ほんの二十分程度ですよ。昨日も夜遅くまで仕事をされていたわけですから、纏まった休憩が必要ですよ。倒れられたら、結局、仕事が溜るわけですから」
「それは、まったくその通りなのですけども」
何もカリムとて身を粉にして働いて、倒れても本望というようなワーカホリックではない。
休めれば休むし、プライベートを謳歌したいと思うことも普通にある。ただ、今は手が離せないというのが実情だった。
「わたしが代わりにできるところは進めておきますよ?」
「ふふ、ありがとうございます。ランスター執務官は、頼りになりますね」
「止めてください。そういう冗談」
「執務官になったって話、まだ信じてないのですか?」
「そうだとしても、それは別のわたしじゃないですか。実感もないですし、記憶もありません」
カリムの言葉をにべもなく返すティアナ。
総長の秘書として、事務仕事に励むティアナは、カリムとは同郷だ。本来、同じ世界出身だからと優遇しては、様々な世界のヒロインが集まるヒロイン生協の内部に不和を生じかねないが、今はブリンクウォールの脅威が大きくなり、さらに屍の勢力拡大など、世界の敵と認定した勢力との戦いが激化する中で、ヒロイン生協も人手不足が顕在化してきた。同郷出身とはいえ、優秀な事務能力のあるティアナの採用は、必要な人事だったし、ティアナもそれを承知した上で引き受けた。必要以上に堅苦しくカリムに接するのも、同郷を優遇しているとあらぬ噂を立てられないようにするためだった。
「カリム様、予言のほうは何か掴めましたか?」
と、ティアナは話題を逸らすように尋ねた。
カリムは希少技能
それだけを聞けば脅威的な能力だが、予言は予言。未来予知ではなく、詩文という形を取るために解釈が分かれやすく、抽象性もあるので、よく当たる占いという程度のものだ。それでも、方向性を定める助けにはなるし、カリムが総長にいるのも、この指導者向きの能力を評価されてのことだ。
カリムの予言はどのような未来を描く物であれば、詩文で表現されるものになる。
ところが、今年の予言はそうならなかった。
文字一つ浮かび上がらず、ただ墨を塗りつけたかのように真っ黒な予言書ができあがった。さすがに、カリムも背筋が凍った。
「わたしが一年後にこの世にいません、ということならシンプルなんですけどね」
「縁起でもないことを言わないでください」
自分の未来を予言するというのならば、真っ黒は予言すべき未来がないことを意味すると解釈できる。だが、カリムの能力は自分だけでなく世界情勢にまで目を向けたマクロな予言だ。そんな単純な読み方にはならないだろう。
そうであるのなら、世界の未来が真っ黒ということか。
世界が滅び予言する未来がないというのは最悪の解釈だ。
ただ、カリムの直感はそうではないと告げていた。根拠はないが、世界の滅亡を予言するのなら、それこそ詩文で表現されているべきだ。
カリムの能力は未来を詩文で予言するのだから、真っ黒というのはそもそも能力自体が正しく機能していないということではないか。
何となくだが、それが一番近い回答な気はする。
「やっぱり、公開はできないわね、今のところは」
「そうですね。もともと、予言は不確定なものですが、今年のはあらぬ誤解を招きそうです」
「わたしの予言は、未来を確定するものではないし、回避もできるから、そこまで悲観しなくてもいいものだけど、誰がどう受け取るか分からないものね」
例え予言が分かりやすく明記してあるものだとしても、穿った読み方をする者も出てくるだろう。まして、真っ黒となれば、どのような噂が流れるか分からない。場合によっては不安を不必要に煽ることにもなるだろう。
「予言については、何か原因があるはずだから、引き続き調べるとして、クロガネ大公国方面を何とかしないといけませんね」
「そうですね。ジャンヌさんの報告では、ノワールとの戦争は一進一退で、クロガネ大公国側が必ずしも有利というわけではないようです」
「はあ、まったく。ブリンクウォールの危険性を知りながら大公閣下は何をなさっているのか」
クロガネ大公国ともあろう大国が、ノワールのような小国にここまで敵愾心を剥き出しにするというのは想定外だった。クロガネ大公国が、ブリンクウォールと手を結んだことも、ヒロイン生協を困らせていた。
このままでブリンクウォールの思うままになってしまう。疑似聖杯の完成は、ヒロイン生協としても、何としてでも阻止しなければならない。
疑似聖杯の本質やそれに伴う犠牲を考えれば、ブリンクウォールの所業はまさしく世界の敵である。下手をすれば、屍王のような災厄をもたらす結果にもなりかねないし、何よりもブリンクウォールはヒロインをあまりにも無残に扱いすぎている。ヒロイン生協の理念とも相容れず、反ブリンクウォールの旗色を明確にするのに時間は掛からなかった。
「ノワールに援軍を向かわせますか?」
「戦力としてはジャンヌたちもいますが、事ここに至ってはクロガネ大公国はブリンクウォールと同等の脅威として扱う他ありません。そうですね、ティアナ。特使としてノワールに向かってもらえないかしら」
「わたしが、ですか?」
「ええ、わたしの右腕なのですから、これ以上ない人選でしょう? クロガネ大公国がこれだけ旗色を明確にしたのですから、わたしたちの立場もはっきりさせないといけません」
「……承知しました」
ティアナは神妙な面持ちで頷いた。
ジャンヌやエクシール、のどかは使節としてノワールに入ったが、対ブリンクウォールという姿勢は隠していた。基本的に内政不干渉がヒロイン生協のルールだからである。だが、クロガネ大公国がブリンクウォールと結託してノワールを襲うのならば、話は別だ。正式にヒロイン生協としてもクロガネ大公国を敵国と認定しなければならない。
それだけ、ブリンクウォールのあり方は危険だと考えているからである。
「それと、景虎さんと巴さんにはガラニアに向かってもらいましょうか」
「屍の対処はいいんですか?」
「マティルダさんが穴埋めをしてくれますよ。いえ、させます」
にこやかにカリムは言う。
先日、屍王マグナス・ドッグヴィルの領土に攻め入ったとあるヒロインが、カリムの指示を無視して盛大に敵城を破壊してしまった。本来はそこを拠点にして軍を展開するはずが、思わぬ形で足止めを食ってしまったのだ。
強大な屍の領主を討つためではあったが、城を跡形もなく吹き飛ばしてしまったら、再利用できないではないか。
いくら魔法が広まった世界でも、城を魔法で建てるのは難しい。特殊技能職の魔法使いは人件費だけでも馬鹿にならないし、戦場に送り込むのならそれだけ危険手当も嵩む。
カリムが攻撃的な笑顔をするのも、無理もないことだった。
「あの人なら、多少の無理は押し通してしまいそうですね。確かに」
「本当に無茶ならヴィルヘルミナさんが止めるでしょう。今回はどうして止めなかったのか不思議ですが」
マティルダとヴィルヘルミナ。
この二人は、ヒロイン生協の中でもトップクラスの戦闘力を持つヒロインだ。
対屍の戦線はこの二人だけでも相当な戦果を上げていた。
敢えて、その勢いを殺してしまうよりは、このまま突っ走らせたほうがいい。マティルダは特にそういう性質のヒロインだ。生き急いでいるわけではないが、戦いに悦びを見出す戦士タイプである。よほどのことがなければブレーキをかける必要はないだろう。
もともと、景虎と巴は遊軍的なポジションで戦っていたので、抜けたとしても直ちに痛手にはならない。戦線からサーヴァント二騎を喪失するというのは確かに大きいが、他のヒロインや魔法騎士の運用で穴埋めできるし、景虎と巴の作戦目標は達成されている。
「……カリム様。あまり、無理をしないでください」
「わたしよりもあなたですよ、ティアナ。道中、気をつけて。あなたなら大丈夫だとは思いますが、危険なことに変わりありませんからね」
「はい」
神妙な面持ちでティアナは頷く。
ここからノワールは、かなりの距離がある。ノワールは、大陸の西の端にある国なのだ。直線距離だけで見ても、最も遠くに位置する国の一つと言えるだろう。おまけに、クロガネ大公国が間に横たわっている。
陸路で向かうのは不可能で、海路以外にないだろう。
旅行気分で行き来するような距離ではないし、ノワールに到着したら終わりという任務でもない。
ここに戻ってくるのは、数ヶ月は先になりそうだ。
■
巴御前と長尾景虎は、カリムからの指示を受けてガラニア王国にやって来た。
クロガネ大公国がノワールに戦を仕掛けたことはヒロイン生協にとって容認できない暴挙である。ブリンクウォールの悪行を伝え聞く限りでは、絶対に与することなどあり得ない。ノワールとの争いの中で後継者を失ったというのが戦の要因ではあるのだろうが、他の勢力からすれば迷惑極まりないことではあった。
サーヴァントである二騎は、普通の人間のような飲食を必要としない分だけ移動の制約が少ない。本来はマスターなしでは現界できないはずが、この世界では野良サーヴァントでも魔力が一定量回復する傾向があり、日常生活を送るのに支障を来さない。そのため、指示を受けてすぐに出立し、ガラニア王国に急行することができるのだった。
王宮を訪ねた二騎は、歓待されて謁見の間で形式的な挨拶を終えた後、女王の私室に通された。
ガラニア王国のパトリシア・アマノヴィオラは、美しいと評判のヒロインにも負けず劣らずの美貌を持つ女王だ。そして、気骨もある。自分よりも遥かに力のあるサーヴァント二騎を前にして、共に円卓を囲むというのは、無防備が過ぎるというものだ。自分と契約をしたサーヴァントならばまだしも、巴も景虎も家臣ですらない。
女王の隣にいるのは、ヒロイン生協から派遣されているラ・フォリアである。こちらは元の世界でも王女だったというだけあって、所作の端々に気品を感じさせる。文化が根本的にことなる日本の中世出身の景虎と巴でも、その品の良さを感じることはできた。
「改めまして、この度は遠路はるばる、よくお越しくださいました。お二人のご高名は、このガラニアにも轟いていますよ」
「これはご丁寧に痛み入ります。大国からの独立は、大変な勇気のいることだったと思います。よく成し遂げられたと感服しております」
巴が率直に感想を伝える。
戦いが日常にあった巴と景虎は、弱小勢力が強大な勢力に立ち向かう困難さを知っているからだ。
「未だ、道半ばです。ご存じの通り、クロガネ大公国への反攻作戦は、遅滞気味です。むしろ、ブリンクウォールの介入により、少しずつですがこちらが押されているという状況です」
「国境近くに所領を構える小規模な貴族は、中央政府への忠誠心はさほど高くはないものですから、こちらに勢いがあれば、鞍替えすると見ていましたし、内々に接触持っていたのですが、ブリンクウォールの虐殺が、状況を一変させてしまいました」
パトリシアに続き、ラ・フォリアが説明した。
決して、絶望的な戦況ではない。ガラニア王国は纏まっているし、同盟を結ぶ各勢力も抵抗を続けている。
しかし、ブリンクウォールがヒロインを投入すれば、旗色は悪くなる。ラ・フォリアは一騎当千の戦闘タイプではないし、反クロガネ大公国の勢力に属するヒロインが圧倒的に少ない。
虐殺も辞さないという強い姿勢に怯んだ地方貴族は、そうそうこちらに尻尾を振ることはないだろう。
クロガネ大公国が、底力と意地を見せつけた形になったわけである。
「大公閣下は耄碌された、という噂もありますが、実際はどうなのでしょう」
と、巴が尋ねる。
「そういった話もありますが、あくまでも噂です。実際は元気にされているようですよ。ただ、昔ほど人の意見に耳を傾けなくなったといった評判もありますね」
「歳を重ねるとそうなるというのは、まあ、よく聞きますね」
パトリシアの答えに巴は頷く。
景虎にしても巴にしても、そういった相手を生前に見ることは少なくなかった。力は目を曇らせる。乱世を戦い抜いた者ほど、その過程で恨みを買っている。復讐を恐れて、年々人間不信を強めるというのは珍しい話ではない。
「ブリンクウォール側もサーヴァントと動員しているのでしょう。ブラダマンテが、妙なことになっているらしいと聞きますが?」
次に景虎が尋ねた。
ブラダマンテと面識はないが、ブリンクウォールに味方をするような英雄ではないことは確かだ。もともと所属もヒロイン生協側でレジスタンス活動をしていたはずだが、ブリンクウォールに寝返り虐殺に手を貸しているというのは俄には信じられない。
「こちらにブラダマンテと直接対峙した者がいないので、仔細は分かりません。そもそも同一人物という証拠もありません。ヒロインの皆様は同時に同じ方が現れる場合もありますから」
「それは確かにそうですね。ですが、状況証拠で見れば……」
「残念ながら同一人物でしょう。ですが、変わり果てているというお話です」
サーヴァントは人間と異なり霊的存在でもあるので、霊器を作り替えられるということは可能性としてはあり得る。
そのような都合の良い技術はまず存在しないし、ブラダマンテ自身が高位の英霊なのだから、そう簡単に敵の手に落ちることもない。
ブラダマンテは決して虐殺に加担することはない。性質そのものが反転してしまったと考えるべきだろうが、如何なる手を使ったのか。
「確認になりますが、陛下の方針は、今までと変わりませんか?」
と、巴が尋ねる。
「もちろんです。そのための独立です。今後もヒロイン生協の皆様とは仲良くしていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします」
パトリシアにとって、ヒロイン生協との繋がりは必要不可欠だ。今後、独立を維持し、国民を守るためにも強力なヒロインを味方にしないといけない。自国には頼れるヒロインがいないのだから、ヒロイン生協から派遣してもらうしかない。
ガラニア王国に協力することは、ヒロイン生協側にとっても利益のあることだ。むしろ、こうしてヒロインという戦力を方々に派遣することで、ヒロイン生協の有用性を維持してきたという側面もある。
弱小勢力もヒロイン生協と繋がることで、最低限の防衛力を維持できる。そうした繋がりは、毒のように政権に浸透し、やがてはヒロイン生協の派閥に取り込まれてしまうのだ。
そうした影響を嫌ってヒロイン生協と距離を置くという勢力も少なくない。が、ガラニア王国は、形振り構っていられない。もともと、ラ・フォリアを顧問として暗闘を繰り広げて、やっと独立に至ったのだからヒロイン生協との繋がりを今更断つことはできない。
ガラニア王国としては、情勢不安定な中でヒロイン生協との関係を強化したいと思うのは当然であり、ヒロイン生協としてもブリンクウォールとクロガネ大公国の二国に対処するためには、ガラニア王国に東の防波堤になってもらう必要があった。
ガラニア王国とヒロイン生協が結びつくのは自然の流れと言えた。
会談終了後、巴と景虎は王宮の一角に部屋を宛がわれた。当面、ガラニア王国で活動することになるが、その拠点は王宮の中に設けられることとなった。
部屋への案内はラ・フォリアを務めた。かつては王女であった彼女も、この世界では元の世界の地位を活かすことはできない。今はヒロイン生協から派遣される職員として、陰に日向にガラニア王国で辣腕を振るっている。
「ら・ふぉりあ様は、こちらでの生活は長いのですか?」
道すがら巴が尋ねる。
「ええ、独立に向けて地道に足場を固めているところからなので、三年になりますか」
「ずいぶんと前からガラニア王国に肩入れしていたのですね。こうなると分かっていたということですか?」
尋ねたのは景虎だ。
三年前にラ・フォリアが来たということは、それ以前からガラニア王家とヒロイン生協は接触していたということである。
それは、クロガネ大公国が疑問を差し挟む余地なく大陸西部の盟主として君臨していた頃であった。
「その当時は独立を支援するのではなく、あくまでもパトリシアに帝王学を学ばせるための派遣でした。戦闘を前提にするのなら、あなた方のような戦えるヒロインを送り込むでしょう?」
「なるほど。ですが、その後はこうして見事に独立したと」
「そうなりますね。今は立場を変えて、ヒロイン生協の大使として駐留し、パイプ役を担っているわけです」
ラ・フォリアは直接戦場で働くことはないし、ヒロイン生協の人間が独立前のガラニア王国に深入りしてクロガネ大公国からの独立を支援するというわけにもいかない。ラ・フォリアはあくまでもパトリシアの裏の相談役に徹し、情勢を見極めてヒロイン生協に逐次報告をしていた。外交というのは多かれ少なかれこういった様々な勢力の思惑が交錯するものだ。
ヒロイン生協がガラニア王国の独立支援を明確にするのも、クロガネ大公国の対応を見極めてからの判断だった。
もともとヒロイン生協とクロガネ大公国は仲がいいとは言えない。
小国にとってヒロイン生協はよい後ろ盾だが、大国にとっては目障りな存在になる。
クロガネ大公国とガラニア王国の関係を例に出すまでもなく、昔からこうだった。
「こちらが、景虎の部屋、そして向かいが巴の部屋です。もともと王侯貴族を迎える客間ですので、不自由はないかと思いますが、文化的な差異が気になるのでしたら、そこは慣れてください」
「問題ありません。この世界に来てから、わたしもそれなりの時間を過ごしていますので」
と景虎が言うと巴も同意した。
「このような立派なお部屋を用意していただけたのですから、文句があるはずありませぬ」
巴は源平合戦期の山深い木曽で生まれ育った。それなりの血筋とはいえ、このような煌びやかな宮殿に立ち入ることすらなかったのだから、何もかもが珍しく興味深い。文化の違いには、こちらの世界での生活の中で十分に慣れているので不満もない。
一通りの案内を終えてから、ラ・フォリアはその場を後にした。
ヒロイン生協からは大使としてこの地に派遣されている形になっているが、実態はやはりパトリシアの顧問なのだろう。色々と相談されていて、まだ彼女にも残務がある。
そのまま二人の部屋に分かれるのも味気ないので、景虎の部屋で雑談をすることにした。
「一先ずは、無事に着陣したというところですか」
部屋をぐるりと見回した景虎は、衣からカプセルを取り出すと床に投じた。カプセルが弾けて、中から衣類や保存食や寝袋といった旅の道具が現れる。
巴がそれを見て、
「やはり便利ですね、これは」
と、呟いた。
景虎も同意する。
「兵站の確保にこれほどうってつけの道具はありません。これが越後にあったら、小田原攻めも楽だったんですけどね」
「同意です。兵站は戦の趨勢を決する重大事。我らも京に上ってから苦心しました。もっとも、かぷせるに封入する兵糧がなければ、元も子もないわけですが」
「確かに、飢饉の時は兵糧集めにも苦労します。わたしが生きた時代は特に不作が続いていましたからね」
そう言いながら、景虎は一升瓶を取り出した。
カプセルの中に入っていたものである。
「そのようなものを持ち込んでいたのですか?」
「戦場にあっては酒は数少ない楽しみの一つでしょう」
「米の酒ですね。懐かしい香りです」
日本を思い出す伝統の香りだ。
景虎はお猪口を自分と巴の分を用意した。
「わたしは酒精は苦手でして」
「魔力のないただの酒ですよ。サーヴァントなら酔いはしません」
「そうですか。それなら、一献いただきます」
清酒をお猪口に注いで、二騎で口に運んだ。
懐かしさを覚える味わいに巴は望郷の念に駆られた。
「美味しゅうございますね」
「でしょう。未だに我が国の酒とまったく同じとは言えませんが、よくできています」
「このお酒はどうされたのですか?」
「わたしが指示して作らせました」
「そうなのですか?」
「ええ、そうです。飲みたいじゃないですか、日本酒」
「お酒がお好きなのは知っていますが、作り方はどうしたのですか?」
「知っている者がいたので資金援助をしました。名は何と言いましたか。及川なんとか……」
「そこは名前をきちんと覚えてあげてください」
巴がお猪口を空ける間に、景虎はすでに三杯目を終えていた。
この酒をなかなか気に入っている様子である。
もともと、彼女は生前から酒好きとして有名で、この世界に召喚されてからもそれは代わらない。
ワインやビールといった生前には縁のない酒にも積極的に手を出して楽しんでいるようである。
「酒を作るのも試行錯誤の連続。それなりの金が掛かりますね」
「一から始めるのですから大変ですね。金策は……」
「そこは生協からの俸禄で十分に。他に使い道もありませんから。まあ、生前よりは気にすることが多いのが面倒ですが」
「そういうものですか?」
「生前は金勘定は家臣に任せればよかったので、わたしは直接関与することは少なかったですね。算術ができそうな家臣に何とかしてもらっていました。神余君とか、姉のほうは樋口君ですかね。確か惣右衛門尉とか」
「樋口ですか」
「そういえば、樋口君はあなたの血縁でしたね」
「そのようですね。厳密には、越後に渡ったのは兄の末のようですが」
「惣右衛門尉は勤勉な男でした。その子の与六は、わたしの景勝の右腕になってくれたようですし。ええ、まさか死んだ後で巴御前と酒を酌み交わすとは思っていませんでした。そうと分かっていれば、あれこれと土産話を持ってきたのですが」
「いえいえ、十分です。兄の家が続いていると言うだけで感無量ですよ。長尾殿には、改めてお礼を言わねばなりませぬ」
「何を言うのです。わたしのほうこそ上杉の名と家を残してくれたのは、あなたの縁者なのですから、礼を言うのはこちらの方です」
そう言いながら、景虎は巴に手酌する。
酒に弱いと自覚する巴だったが、神秘のない酒でサーヴァントが酔うはずもなく、酒の味とアルコールの香りのするジュースと同じだと分かれば断る理由はなかった。
巴はお猪口を一口で空にすると景虎は機嫌よく笑って酒を注ぐ。巴も景虎のお猪口に酒を注いで、笑いかける。
時代は違うが同じ国の出身。
すでに何度かこの世界でも死線をくぐり抜けている戦友でもある。
生前のことからこの世界での出来事まで、話題は尽きない。
ガラニア王国最初の夜を、二騎は酒を酌み交わして語り明かした。
樋口さんの血筋は現代でも大企業の会長を出しててちゃんと残ってるんだなって。