異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
常勝不敗のクロガネ大公国もいよいよ旗色が悪くなってきている。
歴史倒れの小国と侮ったノワールの予想を超えた抵抗に直面し、敗走を続けている。
最大の要因はクロガネ大公国の主戦力であるヒロインと魔法使いがまったく機能しなかったことだ。
この世界では魔法使いとヒロインの力がそのまま軍事力になる。クロガネ大公国が有するヒロインと魔法使いの質と量は、ともに最高レベルと言っても過言ではない。ヒロイン一人が場合によっては一国を下すこともあり得る世界で強大な国力を維持できたのも、ヒロインと魔法使いを維持管理する体制ができあがっていたからでもある。
ノワールにも近年、ヒロインが集まるようになったというが、それでも正面からの戦ではクロガネ大公国に分があるのは火を見るよりも明らかだった。
それ故に、この戦局の悪化は想定を大きく上回るものであった。
投入したヒロインの多くが行方不明となり、北方路の攻略に当たっていた魔法大隊は壊滅状態。南方路でもディアナの失踪を皮切りに、魔法騎士団が瓦解し手痛い敗戦を喫した。
ある程度、ノワール領内を進むと魔法が弱体化していくので空戦もできず、地道に山道を攻略するしかなくなる。
北方路も南方路も、一進一退の戦いの中で自分たちの魔法が機能するラインを見極めることができたため、今はそこを越えないように防衛線を構築しているという有様だった。
攻め込んできたはずが、いつの間にか防衛戦を強いられているという状況は、大国の正規軍のプライドをいたく傷付けるものではあったが、魔法に依存した軍備である以上、魔法の有無はそのままクロガネ大公国の軍事力そのものを決定づける。
幸いなことにノワール軍の実力は高いとは言えない。
弱体化したクロガネ大公国軍でも、戦線を維持できる程度であった。
ノワール側のヒロインがあまり戦場に顔を出さないのが奇妙だが、戦闘タイプとはいえピンキリだ。大軍相手に戦うのが苦手なヒロインなのかもしれない。
北方路を攻めるクロガネ大公国軍の前には、高さ十メートルにもなる石の門が聳えている。左右の斜面にも木と岩を組み合わせた頑強な壁が並び、見る物を圧倒する。壁の総延長は五百メートル。この巨大構造物は戦の前には存在しなかったものだ。
「はあ、今日も疲れました」
一人、静かにため息をついたのは銀の髪の魔法使いだ。
戦の最前線には場違いな小柄な少女だ。
彼女の名はイレイナ。
クロガネ大公国でマジックアイテムの生産を手がけてきた生粋の後方担当である。戦場に顔を出したことがないわけではないが、最前線に来るのはこれが初めてだ。
クロガネ大公国で一般的に使われている西洋魔法を得意とする魔法大隊が壊滅したことで、北方路の魔法使いたちは大打撃を受けた。
肉体的な怪我は後方に下がり魔法やマジックアイテムで癒やすことができても、メンタル面までは簡単には癒やせない。
ここまで手酷く敗走するという経験がなかったこともあり、軍全体でも単純な戦力の喪失以上のダメージを負っている。
その証が、北方路を遮断する形で構築された城壁だ。
ここから先は魔法が著しく弱体化する領域であり、城壁そのものがクロガネ大公国とノワールの魔法使いが五分五分に戦えるラインを表している。
ノワールとクロガネ大公国を分断するように延々と五百メートルも、北方路だけでなく斜面にまで延長し、コの字型にした陣城とも言うべき壁は、送り込まれたイレイナが最初の一日を費やして魔法で築いたもので、さらにその後も増改築が繰り返されて肥大化している。
戦に負けるということは命の保証はないということ。
しかし、だからといって逃げ帰るというわけにもいかず、最前線で踏みとどまるしかない。
では、どうするかと言えば、ひたすら守りを固めて、「死なないようにする」。
幸い、魔法使いは全滅したわけではない。
材料にできる手つかずの自然も山ほどある。
彼らは眼前のノワールをどう攻略するかということよりも、如何にして最前線で安全を死守するかということに腐心した。
その結果が、山中に築かれた巨大構造物であった。
「とっとと逃げ帰ればいいんですよ……」
と、本人たちを前にして言ってのけるほど、イレイナも図太くはない。
傭兵ならばまだしも、クロガネ大公国の兵卒は貴族たちの寄せ集めだ。特に最前線にいるのは、戦を任務とする騎士団か前線で使い潰される弱小貴族とその家臣たちである。後ろに控える上の人間が、撤退命令を下さなければ、とても撤退などできるはずがなかった。
イレイナは宛がわれた小部屋の片隅で、赤黒い液体が入ったガラスの小瓶の蓋を開ける。
甘いアルコールの香りがするそれをイレイナは一口で飲み干す。
近くで取れた野生のブルーベリーを使った薬だ。
服用するとすぐに気持ちが楽になる。
陰鬱としていた心が少しばかり落ち着く。ともすればマイナス方向に思考が傾きそうになるが、薬が効いている間はまだ前向きでいられるのだ。
酒によく似た風味のマジックアイテムであり、服用者の精神に作用するこれは戦場の必需品だ。
戦況次第では正気ではいられなくなる。
そういう時に、精神に作用する薬品というのは重宝する。
例えば、戦いに恐怖した兵であっても、気分を盛り上げる薬品を使用することで、一時的に恐怖を取り払い、最前線で戦うことができる。
今、イレイナが服用したのはそれとは逆の気持ちを落ち着ける効能を持つ薬品だ。
イレイナも命は惜しい。
好き好んで戦に参加したわけではないし、人の生き死にに関わりたいとも思わない。
それでも、こうして最前線にまでやって来たのは、クロガネ大公国以外に行き場がないからだ。この地で生じたしがらみ、知り合いが死んで欲しくはないという当たり前の感情に囚われている。
くだらないと蔑みながら、かといって自分が手を貸せば助けられる命もあるかもしれないと思えばこそ、背を向けることができない。
思えば、そんな風に人を助けようとしては何度も命を取りこぼし、時に石を投げられて追い立てられ、傷心のまま彷徨い続けた先に辿り着いたのがクロガネ大公国だった。
ほんの数年で、自分の価値観は何度も大きく変わっている。
純粋に夢に向かって旅を楽しんできた頃が懐かしい。
かつてのイレイナならば、大公の指示に唯々諾々と従うことはなかったのではないか。
あの頃の想いを思い出そうにも、霞を掴むようで手応えがない。
旅はもういい。
どこを訪れても上手くいかないことばかりで、もう旅する気力もない。何もない日常を淡々と送れていれば、もうそれでよかった。
だというのに、結局こんな最前線だ。
美しい銀の髪は、ストレス続きでくすんだ灰色になった。目の下の隈も、張り付いたまま取れていない。死んだ魚のような目に皮肉げな表情。何もかも嫌になったのに、それでも意地を張って魔法使いを続けている。
服薬の効果が出てきたのか気持ちが落ち着いて頭がすっきりしてきたので外に出ることにした。
外の空気を吸うのは二日ぶりだ。
部屋の中に篭りきりになるのは、平時と何ら変わりがない。むしろ、戦場の特異な空気感は嫌悪の対象であって、できる限りこの場にいたくないので、いつも以上に太陽から離れた生活になる。
イレイナの仕事は将兵と密な連絡を取らなければできないものではない。
強固な陣城を築いた時点でイレイナの仕事はほとんど終わったようなものだ。
こちらからノワールに攻め込む気概は、今のクロガネ大公国軍にはない。
ノワールに攻め込んでおきながら戦場のど真ん中で立ち往生し、亀のように守りに入っている。
攻め手が防衛線を作って守りに入っているのだから、皮肉なものだ。
魔法使いたちの土木工事により、陣城の中はちょっとした町のようになっている。山を切り開き、雨風を凌ぐ建物を並べている。クロガネ大公国軍の魔法使いがその気になれば、短期間に町を作ることは不可能ではない。特に今は、少しでも多くの安心を積み重ねなければならないから必死だ。
道幅は五メートル前後で、曲がりくねった山道に沿って長屋が建ち並ぶ。左右の崖にも加工を施し、トンネルや階段、坂道などを設けて山中まで続く陣城とのアクセスを容易にするよう工事された。
城壁を巡らせ、中に町を造り、自然を切り拓く。
これだけを見れば戦争ではなく植民に来たようではないか。
進めば死ぬ、逃げても罰は免れない。
ならば、ここに留まる他にない。
(これも、後どれくらいでしょうかね)
冷えた頭で回りを見回す。
警邏の将兵以外は外には出ていない。
いつの間にか日は沈み、空には綺麗な満月が浮かんでいた。空気は冷え冷えとしていて寒いくらいだ。朝には霜が下りているかもしれない。
一見すると戦場とは思えない町並みだ。ここ数日、多くの将兵がひたすらこの町の造営に腐心していた。
それも目の前の死からの逃避だったのだろう。
指揮系統はまだ復旧していない。
とにかく、新しい体制が整うまでは、積極的な攻勢はしないという方針で守りを固めている。もっともらしい理由で、できる限り時間を稼ぎたいという現場の思いが透けて見える。
そして、そんな現場の思いというものを後方の偉い人たちはまず理解しない。
南方軍と戦果を奪い合う関係にある以上、少しでも早くパラディクレールを陥落させようと奮闘するだろうし、遠くない未来に再び総攻撃命令が出るだろう。
その時、ここにいる騎士たちは命令に逆らうことはできない。
立場の弱い弱小貴族や傭兵である彼らの中には、魔法による契約で縛られた者もいるからだ。魔法が普遍的にある世界だ。本人の意思を無視して契約を履行するよう強要する非人道的な魔法は珍しくないし、軍の中でもそういった契約は横行しているのが実態だし、自ら進んでハイリスクな契約を受け入れることで忠誠心を示し、出世の足がかりにしようとする者もいる。
結果、彼らはこのノワールで消費されることになる――――かもしれない。
伝令が必死にこちらの戦況を伝えているが、それがどこまで通じてくれるか。
正直、こういう時はあまり賢明な判断は期待できない。
この場に駐屯する騎士たちも頭のどこかでそれを分かってはいるのだろう。
イレイナは当て所なく山道を下る。
二キロほども歩けば、門に行き着く。
味方の脱走を防ぐために設けられた無粋な関所だ。
そんなところまで下るつもりはまったくなく、夜気を浴びて気ままにぶらつくくらいのつもりだった。
ぶらぶらと歩いていると大きな笑い声が聞こえてきた。
別におかしなことではない。
非番の騎士たちが夜通し酒を飲み交わして愚痴を楽しむのは日常茶飯事だ。
ここに来るまでの間にも、そこかしこからそれらしい声は漏れ聞こえていた。
とはいえ、今聞こえてくる声はやたらと大きい。
ずいぶんと酔いが回っているのか、ゲラゲラと笑って楽しそうだ。隣近所の部屋を割り当てられた誰かには同情する。それとも、隣近所で集まっているのだろうか。
警邏中の騎士も眉を潜める程に笑い声が大きいのは如何なものかと思う。曲がりなりにも戦場だというのに緊張感の欠片もない。
(こんなところを襲われたら一溜まりもありませんね)
すれ違う騎士と呆れたとばかりにアイコンタクトを取ってため息をつき、通り過ぎようとしたところで足を止める。
何かがおかしいと思ったのだ。
強烈な違和感があった。
笑い声が異様に大きいということは、酒を飲んでいればよくあることだ。悪酔いする騎士が集まれば羽目を外してこういう集団になることもあり得るだろう。
だから違和感はそこではない。
笑うという感情の発露には必ず原因がある。
酔って気分が高揚したとしても、何もなしに笑い続けるということはあり得ない。一人二人ではなく、複数人となればなおのことだ。
そう、イレイナが耳にする笑い声には、それを誘発する会話らしきものがまったく入っていない。
「ただ笑うだけ」というのは、さすがに異常ではないか。
気になったイレイナは杖を取り出して、長屋の壁に向けた。
簡単な透視の魔法である。
薄い壁を透過してその中を覗き見るのである。
自分の脳裏に壁の向こう側の映像が浮かび上がる。
戦場で即席で拵えたにしては、長屋の造りは悪くない。魔法の力と有り余る材木のおかげだ。部屋の広さは大の大人が三人も横たわれば満員という程度で、そこに五人ばかりの身体の大きな男が集まって談笑している。
むさ苦しい空間だ。
筋肉質な騎士たちは、円形のテーブルを囲んで楽しげにしている。
(お酒は飲んでないんですか?)
奇妙というのならば、やはり彼らが何を楽しんでいるのか分からないことだ。談笑と始めは思ったが、そもそも会話がない。不自然な笑いの中心はテーブルの上の植物のようだ。それは一輪の白い花だった。割れた酒瓶を花瓶にして、綺麗な花を咲かせている。見たことのない種類だが、百合に似ていると思った。
戦場のストレスでついに頭がおかしくなってしまったのだろうか。
見た目が厳つい男だからといって、花を愛でる自由を否定しないが……。
一瞬、そんな風に微笑ましくも哀れに思ってしまったが、それもすぐに疑念に変わる。
(あの花、何かおかしい)
この状況は、あまりにも不自然極まりない。
酒もなく一輪の花を囲んで騎士たちが大笑いを続けているというのは、誰がどう見ても異常を疑うに決まっている。
そんなイレイナの懸念はすぐに確信に変わる。
花から強い魔力が溢れ出したからだ。
酒瓶の底が割れて根がテーブルの上に広がっていく。さらにそれと同時に普通の植物とは比較にならない成長速度で茎が伸びていく。瞬く間に長屋の天井にまで花が到達する。男たちはそれを見て楽しそうに笑っている。彼らは正気ではなくなっていた。
「当たったらすみません」
イレイナは杖を振った。
植物の魔物ならば、普通に考えれば火が有効だ。
火球を放ち長屋の壁を粉砕して花を炎上させる。
火柱は屋根を突き破り、夜の駐屯地を明るく染め上げる。騒ぎを聞きつけた騎士たちが次々と外に飛び出してくる。
濛々と立ち上る煙の中からイレイナは男たちをはじき出した。
火球を花に当てるのと同時に男たちは風で守っていたので火傷もない。
「あはははは、イヒヒ、ふは、あは、あははは!」
五人の騎士たちは壊れたように笑っている。立ち上る火柱も、肌をひりつかせる熱にも関心を示していない。ただ笑うという感情以外を喪失したかのようである。
「火事だ! すぐに火を消せ! 魔法使いはいるか!」
大声を上げる誰かの声が聞こえる。
イレイナは杖を一振りして、水を火柱の上から流し込んだ。火柱に変わって水蒸気が噴き上がった。大量の水が変わり果てた長屋から流れ出て、道を濡らしていく。
「イレイナ様、これは……何があったのですか?」
「分かりません。ただ、この人たちが奇妙な花を囲んでいたので、マズいと思い火を放ちました」
警邏の騎士が駆けつけてきて、イレイナに話しかける。
先ほどすれ違ったばかりの騎士である。イレイナが火柱に絡んでいるとすぐに分かったのだろう。
「……おい、お前たち、どうした? 何をそんなに笑っている?」
「ひは、あははは、あ、ああ、ああぁ……き、気持ちイイなぁ、あははは、最高の気分だぁ、天国が、ミエルるぅ」
「くそ、完全に目がイッちまってる。薬でもキメたのか?」
「多分、わたしが焼いた花が魔獣か何かだったのだと思います。きちんと調べてみないと分かりませんけど」
「花の魔獣。そんなの持ち込んでたのか」
「どこから拾ってきたのか分かりませんが、かなりのキワモノですね」
「治りますか?」
「分かりません。わたしは医師ではありませんし、あの魔獣を見るのも初めてですから」
何らかの精神攻撃を受けた可能性のある五人の騎士たちは駆けつけた他の騎士たちに担架に乗せられて救護室に運ばれていく。
この駐屯地を取り囲む山の中には、多くの魔獣が棲息している。その中には、ノワールに飼い慣らされて番犬として使役されているものもいるらしい。
そもそも、クロガネ大公国軍の北方路攻略は、魔獣の強襲によって頓挫した。魔獣は最大限に警戒すべき相手のはずだったのに、どこからか拾ってきた花が魔獣だったというのはあまりにもお粗末だ。
黒焦げになった長屋の一室はまだ煙っている。
しっかりと消火しないとまた火が出るかもしれない。
イレイナは念のためにまた水を掛けた。
「とりあえず、後はお任せします」
「了解しました」
イレイナはローブに杖を仕舞ってその場を後にした。
後片付けまで一緒にいる必要はない。
魔獣は燃えて、心を病んだ騎士は運ばれて治療を受ける。焼け跡は、当番の騎士と魔法使いで何とかするだろう。
思わぬ騒ぎに巻き込まれたイレイナだったが、最後まで付き合おうとは思わなかった。それは自分の仕事ではない。領分を守り、明日からの仕事のために身体を休めるべき時間だ。
イレイナは部屋に戻って扉を閉めた。ベッドに戻り布団を被って瞼を閉じる。外に出る前に飲んだ薬品のおかげか、魔獣との遭遇戦の直後でも気分に変わりはない。ゆっくりと忍び寄ってくる睡魔に身を任せて、意識を闇に沈めていった。
■
耳をつんざく轟音で目を覚ました。
近くで何かが爆発したような音で、部屋がガタガタと揺れている。
最近のイレイナの眠りは浅い。
これほどの轟音にたたき起こされては、寝ぼけるということもあるまい。
イレイナはベッドから飛び降りて椅子の背もたれにかけていたローブをひっつかんで袖を通しながら外に飛び出した。
「ッ……」
イレイナは目を見張った。
月を背後に大きな百合の花が咲いている。
大木のように太い茎は、無数の蔦が絡み合って形成されているようだ。地面から花までざっと二十メートルにはなるだろうか。
地上から花に向かって炎や雷が放たれている。魔法使いたちの攻撃で、蔦が千切れて緑色の汁が飛び散っている。
イレイナを起こした轟音の正体は、魔法使いたちの大魔法だった。
並の魔獣ならば一発で消し炭になる火力を一身に浴びても花魔獣は倒れることがない。傷ついた箇所は別の蔦が補い、瞬く間に修復されていく。花本体にも魔法は当たっているが、こちらは強固な障壁で跳ね返されている。
「何ですか、あれは」
間違いなく先ほどイレイナが焼き払ったはずの花魔獣だ。何倍にも巨大化して駐屯地を大混乱に陥れている。
花魔獣の足下から蔦が鞭のように振るわれて、魔法使いたちがピンボールのように跳ね飛ばされた。魔法騎士が剣を抜いて斬りかかるも質量と物量の差は歴然だ。蔦の鞭は速くしなやかで、攻撃範囲は百メートルには達するだろ。周囲の長屋がほんの僅かの間に木くずに早変わりだ。魔法使いも騎士も為す術なく、殴り飛ばされて、壊滅していく。
「逃げろッ。距離を取れ。ここはもうダメだ」
「なんでこんな化物がいるんだ」
「た、助けて、ぐああ」
長い蔦が暴れるだけで、花魔獣本体は微動だにせずに周囲を囲む騎士たちを粉砕してしまった。
花魔獣の「身体」が解れて、大量の蔦が四方八方に伸びた。それらは魔法使いや騎士を捉えると、万力のように締め上げていく。
「ぎゃああああああ!」
悲鳴があちらこちらから聞こえてる。
男たちの断末魔だ。
防御魔法が施された鎧が拉げ、バキバキと鉄と骨が砕けていく音がする。
男たちの血は流れ出ることはなく、蔦が一滴残らず吸い上げる。干からびてミイラのようになった死体は、そのまま握りつぶされて砂のように朽ち果てた。
女たちの末路もまた悲惨である。
この場にいる多くの女が魔法使いだ。
一般人を遥かに上回る魔力と魔法の知識があり、並の魔獣ならば単身で倒せる猛者も少なくない。
彼女たちもやられてばかりではなく魔法や剣で魔物に抵抗をしているが、焼け石に水だ。
巨大植物と化した花魔獣に、彼女たちの攻撃はほとんど意味を成していない。
炎も雷も氷も、花魔獣の表面を傷付けるだけで致命傷にはならないし、すぐに再生されてしまう。
襲いかかる無数の蔦を処理しきる攻撃力が、この駐屯地には存在しない。
黒いローブを着た女魔法使いの足に蔦が絡みつく。そのまま逆さに吊り上げると身体中に蔦が巻き付き始める。
「いやあああああ! 許して! 離してぇ!」
泣き叫びながらなけなしの魔力で手当たり次第に魔法を放つ。しかし、パニックになった彼女の放つ魔法の矢程度では、とても花魔獣に傷を付けることはできない。
抵抗も空しく衣服の中に入り込んだ蔦は、彼女の穴という穴に潜り込んだ。
口、マンコ、アナルを同時に犯された彼女は、涙を流して激しくむせる。
「おごッ、んご、おお、おおおお!?」
口を塞がれては何を言っているのかも分からない。
太い蔦が喉まで届き、そこで甘い蜜を先端から放出する。強制的に蜜を飲まされた女は目を見開いた後でとろんとした表情を浮かべた。
「あ……へ、えへ、んおお! しゅごいぃ、きもちいぃい」
蔦が引き抜かれた口から溢れ出したのは、悦楽に堕ちたメスの嬌声であった。
十数秒前まで恐怖に歪んでいた顔は、すっかり快楽に染まっている。空中で犯され、蔦にマンコとアナルを犯されているのに、心底から嬉しそうな表情だ。
「もっとぉ……もっとくだしゃい……あまりのほしいよぉ……んお、んほぉ!」
膣奥と直腸を蔦が突き上げ、はしたない声を上げる魔法使いの女。すでに目の前の蔦を敵と認識しておらず、自分からしゃぶりついてしゃぶりついて蜜を吸い始める。
地獄と化した駐屯地は、やがて女たちの淫らな嬌声に埋め尽くされる。男たちは姿を消し、女たちは蔦に取り込まれて魔力を吸い取られ、延々と絶頂させられる。女たちを捕縛した蔦は次第に膨らみ、花を咲かせて、実を付ける。
実の一つ一つに強い魔力が蓄えられている。女たちから絞り出した魔力が形を為したものだろう。
クロガネ大公国軍の駐屯地が壊滅するのに、十分とかからなかった。急速に成長した花魔獣は駐屯地のほぼ全域に蔦を張り巡らせていて、千人を超える将兵をあっという間に食い尽くしたのである。
「何ですか、何ですか、あの化物は……! あんな魔獣がいるなんて、聞いてないですよ!」
全滅を喫したクロガネ大公国軍の中で唯一、未だに正気を保っているイレイナは決死の逃避行中だ。ありったけの防御魔法を全身に掛けて、身体能力を強化し、気配を消して駐屯地から逃げている。空を飛んで逃げられればよかったが、箒を取りに行く余裕はなかった。長屋の屋根に飛び移り、崖地を駆け上って森の中へ駆け込む。
花魔獣に囚われた仲間の中には知り合いもいる。助けたい気持ちはあるが、たった一人で挑む無謀さは持ち合わせていない。
この北方路に花魔獣が居座るのなら、クロガネ大公国軍は何が何でも討伐しなければならない。イレイナが無理に花魔獣に挑むより、増援を要請するために麓まで走ったほうがいい。
走るイレイナの背後で爆発が起こった。
逃げる途中で仕掛けていたトラップが炸裂した。何かが触れると強力な炎を上げる接触式の地雷魔法である。
(やっぱり、追ってきますか)
花魔獣が女魔法使いから魔力を摂取するのをイレイナは見ている。花魔獣は魔力を栄養源にしているのは明らかで、そうなるとイレイナというご馳走をみすみす逃がすとは考えられない。必ず、追いかけてくるとは思っていた。
花魔獣に捕らえられた女たちの輪に加わるのは絶対に避けなければならない。
背後の爆発が続いている。
花魔獣はイレイナの後を追って蔦を伸ばしているのだ。
杖を振って、手当たり次第にトラップを仕掛けながら走る。
自分の身に迫る明確な脅威を前にして頭が沸騰してしまいそうだ。
恐怖に心が引き攣る。
パニックに陥りそうになる。いや、もうパニックになっているのかもしれない。
月の光も疎らな暗い山道は、それだけで恐怖をかき立てる。
運動不足が祟ってすでに息切れしているが、生存本能に任せて走り回っている。道は分からない。土地勘などあろうはずもない。ただ、できる限り花魔獣から離れて山を下ることだけを考えている。
「あッ」
木の根に躓いたイレイナは勢いよく転んだ。
湿った地面に顔を打ち、擦った肌がジンジンする。
それでも、すぐに立ち上がって走り始める。足が棒になりそうだ。筋肉が切れてもおかしくないほど必死に走っている。箒も使わず、これだけの長距離を走り続けたのはいつ依頼だろうか。
乱立する木々をくぐり抜けると、急に視界が開けた。
「へ……ぇ?」
イレイナは足を止めた。
額から頬を伝う汗の雫を拭うこともなく、立ち尽くした。
目の前には道がない。ほぼ崖というべき急斜面だ。崖の下には、蔦に覆い尽くされ朽ち果てた長屋が建ち並び、巨大な花魔獣が月を背後に屹立している。
「ど、どうして……」
イレイナは必死になって花魔獣から距離を取ろうと走り回り、ぐるりと回って戻ってきてしまったのだ。
いつものイレイナであれば、自分が方向感覚を狂わせる魔術の影響下にあると気づき対策を取っただろう。しかし、この非常時にそんな余裕はなかった。蔦から逃げるので精一杯だったのだ。
崖を蔦が這い上がってくる。
後ずさりするイレイナの背後からもガサガサと音がする。
「こ、来ないでください。来たら燃やします。来ないで!」
蔦に人語が分かるはずもない。
イレイナの杖から噴射した炎は眩く夜闇を照らして蔦を燃やす。天才魔法使いが死に物狂いで放つ炎は、クロガネ大公国の西洋魔法使いの大魔法を凌駕するだろう。
炎に焼かれた蔦は一瞬に灰になる。
だが、四方八方から襲いかかってくる蔦を燃やし続けるのは不可能だ。
ついに蔦の一本がイレイナの足に巻き付いた。咄嗟に風の刃でそれを斬り落とすが、その僅かな隙に
別の蔦がイレイナの腹部に巻き付き、手足を拘束して引きずり倒す。
「きゃッ、く、この、こんな草なんかに」
バキ、と固い物が爆ぜる音がした。
嫌な予感に冷や汗が吹き出る。
握りしめた杖が半ばから折れてしまっていた。
「いや……なんで、こんなぁ」
強烈な絶望感が襲いかかってきて、涙で視界が歪んだ。
杖が折れるというのは魔法を使う使わない以上に、自分の魔法使いとしての存在意義を否定されたような気がした。
世の中に嫌気が差して、投げやりになった自分が最後の拠り所にしていたのが魔法だ。その証が杖である。それがへし折られた。イレイナの心を砕くには十分な衝撃だった。
「やだぁ! いや、離してください! こんな、こんな魔獣なんかに、いや、いやあああ!」
イレイナは宙吊りにされて花魔獣の方に連れて行かれる。蔦は強力な力でイレイナを縛り上げ、抵抗を許さない。
眼下にはおぞましい光景が広がっている。
嬌声を上げて蔦の愛撫を受け入れる女たちの成れの果て。誇りある魔法騎士も青春を学問に捧げた魔法使いも関係なく色情魔のような顔をして魔力を花魔獣に捧げている。
(わたしも、こんな風に……?)
そんなのは御免だ。
嫌だ。
怖い。
こんな風に終わりたくない。
イレイナのローブの中に蔦が入ってくる。素肌を這い回る蔦の感触は気持ち悪くて仕方がなかった。
イレイナの眼前で別の蔦が鎌首を擡げた。
他とは違う形状。先端には無数の粒がついていて、甘ったるい香りがする蜜を滴らせている。
「ひい、そ、それ、そんなの入らない。やだ、やだやだ、たすけて、お母さん、助けてぇええ! いやああああああああ!」
イレイナの口に蔦が押し込まれる。顎が外れそうになり、気道を塞いで息ができない。喉を反らしたまま、イレイナは目を見開き苦悶の声を上げる。
「おぶ……おご、お、んおお」
ぐじゅ、ぐじゅ、と蔦が口の中で蠢き、蜜を口内粘膜に塗りつける。それは驚くほど濃厚な甘みがあって、舌が痺れるかと思うくらいだった。
(なんですか、この甘さ、ケーキなんかよりずっと甘くて、美味しくて、苦しいのに、気持ちイイ)
こく、こく、とイレイナは蜜を飲んだ。無意識のうちに蔦を舐めて蜜を吸い出そうとしてしまっている。理性はダメだと警告している。しかし、イレイナの瞳は蕩けて熱を帯び、頬を窄めて蔦を吸っている。
「じゅるる、じゅる、じゅる、ぐぼ、んぼぁ、じゅるる、んぶ……じゅぶじゅぶ」
涎と蜜が混じった液体が溢れている。
蔦が口から引き抜かれた後、イレイナの抵抗は見るからに少なくなった。ぐったりとしながら、どこか茫洋とした瞳は夢見心地になっているようだ。
そんなイレイナのマンコとアナルについに蔦が達した。小さな入り口を広げて、蔦がその内部に侵入する。
「うッ、くはッ、あ、何して、ひ、いやあああああ!」
挿入の衝撃で正気を取り戻したイレイナは再び泣き叫んだ。
「わたしの、わたしの初めてが、こんな、こん、な、ん、くお、おおん♡」
ずずん、と膣奥を突かれたイレイナは喉を反らせて呻く。
蔦は人間では届かない場所を人間ではあり得ない角度から責める。
膣内でも形を容易に変えて、表皮に浮かび上がったつぶつぶがさらにイレイナの性感帯を刺激する。
「おひッ、んひぃ、あひ、あ、んあ、おお! く、苦し、ひぃん♡ おふ、んおお♡ ふと、い、ひは♡ あ、深すぎます、それ、そんな、らんぼうはらめ、んへ、はへえ♡」
あっという間にイレイナはふやけた表情になってしまった。
膣奥と直腸を同時に蜜で満たされて、ぐちゃぐちゃに犯される。与えられる快感は恐怖でパニックになったイレイナに幸福を感じさせる。精神的に追い詰められたイレイナには、作られた快楽であっても抗いようがなく、むしろ、快楽に引き寄せられてしまう。
「あ、ふう……んふう……奥、ぅ、う、ふう、ふぐッ、魔力、わたしの魔力ぅ、んんんん!」
膣奥から蔦を通じて魔力が抜けていくのが分かる。直腸も同じだ。口からも。イレイナの穴という穴から魔力が抜けて、花魔獣に流れていく。
「んぶ、れろ、れろ、甘い、蜜……ぅあ、んちゅ……れろぉ、あむ、んんん♡ じゅるる、美味しい、美味しいれす、ちゅ……れろ、はあ、んはあ……れろれろ、もっと、いっぱい、気持ちイイの」
(もう頭がくらくらして……お腹の奥がジンジンする。……まあ、いいか。どうせ、もう全部終わりなんですし。疲れました。最後くらい、気持ちよく終わりたいです)
イレイナはそうして理性を手放した。
抵抗はしない。気持ちよければ何でもいい。全身を快楽の熱が包み込み、正気をなくしていくのも気持ちイイ。
人間として魔法使いとしてあらゆる尊厳を踏みにじられてただの魔力供給装置になる。
そんな未来も悪くはない。
なぜならば気持ちイイから。
もう何も悩まなくていいし、苦しまなくていい。
気持ちイイことだけを考えて、溺れていけばいいのだ。
「おぶ、んぶ……じゅぶ……んふぅぅ、イク、じゅる、んは、気持ちイイ、です、んちゅ、ん、ん、んん、んふううううう♡」
ぶっしゃあああ、とイレイナは潮吹きする。勢いよく愛液を吹いて、空中散布してしまう。無数の触手に集られて、嬌声と潮を振りまきながらイレイナは快楽の坩堝に溺れていく。何もかもを手放した今、イレイナは最高の幸せを噛み締めていた。