異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
クルーザーの走り出しは好調だ。
ティアナにとって大海原に繰り出すのは初めての経験だ。
空の上から眺めることはあっても、実際に船で海上を行く機会はほとんどなかったのである。
さすがに海を行くのは、空を飛ぶよりも効率面では劣る。
ティアナを含めヒロイン生協がノワールに送るのは三人だけなのだから、飛行機が使えれば飛行機で行くのが一番手っ取り早い。
しかし、国際情勢を考えると上空を飛行するというのは、藪を突いて蛇を出すことにもなりかねないので、効率が悪くても海上輸送を選ぶのが一般的ではあった。
クルーザーは巡航速度を維持し、波をかき分けて西に向かって進んでいる。
魔力結晶から魔力を抽出して燃料とするマジックエンジンは低音かつ高出力で安全性が高いと評判で、多くの船で採用される一般的なエンジンだ。
帆船の形をしていても、風はあくまでも補助的な動力であって、実際にはマジックエンジンで航行するのが主流である。
B&Gトラベルが採用するマジックエンジンは大型貨物船に搭載する規格の代物であって、本来はクルーザーに積むようなものではないのだが、知り合いのエンジニアが興味本位に魔改造したことで、クルーザーの外見に似合わない高速化が可能となった。
もちろん、それに耐えうるだけの強度も必要だ。そういった物理的な障害は、魔法に物を言わせて解決している怪物クルーザーであった。
これだけの設備を用意するには、並大抵の資力では叶わない。
船も魔法もタダではない。
今回の使節派遣を担当するようになったことからも、B&Gトラベルはヒロイン生協の上層部ともかなり上手く付き合っているようだ。
基本的な運転は魔法の精霊に任せている。船長であり操舵手でもあるアリサは席に座っているものの、その手が舵を取るわけではない。
ふよふよと漂う小さな愛らしいデフォルメされたネズミのような何かが舵を操っている。
「それが人工精霊?」
操舵室を覗き込んだティアナが尋ねるとアリサは得意げに話してくれる。
「そう。行き先と行程をインプットすれば、後は九割お任せ。気象情報も海中の岩礁も読み取って最適な航路を選んでくれる。ま、AIみたいなものかしら。あなたたちが持ってるアレも似たようなものだけど」
「インテリジェントデバイス?」
「そうそれ」
ティアナたちの世界の魔法は、古いおとぎ話の魔女が使用するようなファンタジー要素のある魔法ではなく、どちらかというと科学技術に近い考え方で成り立っている。
魔法は秘匿するものではなく日常的に存在し、魔法の杖はデバイスというより高度な記憶媒体を介して扱われるのだ。
そのデバイスの中でもAIを搭載した高級品がインテリジェントデバイスと呼ばれる。
使用者の魔法発動を補助するだけでなく質疑応答も可能であり、状況によっては自発的に魔法を発動することもある。
上手く付き合えれば最高のパートナーとなりうる存在である。
アリサの友人でありティアナの上司に当たる人物もインテリジェントデバイスを所有者だった。
そしてティアナ自身が持つデバイスもまた、インテリジェントデバイスである。
AIに船の操作を任せるという技術について言えば、ティアナの世界ではありふれた考え方であり、違和感はない。
「社長、そろそろお昼の時間ですよ」
操舵室の外からジータが顔を覗かせる。
時計を見ればもう少しで正午になる。
「了解、すぐ行くわ」
アリサは伸びをして背中を反らす。凝り固まった背骨が軽い音を鳴らす。長い航海の旅だ。アリサはすっかり慣れたが、不慣れな者にとっては辛い旅になる。クルーザーは魔法のおかげで揺れが少なく、移動そのものは快適だが、やはり陸が見えないくらい沖に出ると不安感を覚えることは少なくない。
食事は精神の安定を維持するためにも必要なのだ。
数少ない船上での娯楽である。
食堂にはいい匂いが溢れている。女子しかいない昼食なので軽めに済ませる。ハニートーストと新鮮なサラダ、そしてリンゴジュースだ。
「わぁ、これ美味しい。ジータ、どうやって作るの?」
感嘆の声を上げたのはアニスフィアだ。身を乗り出してジータに尋ねる。
「パンを切って、バターつけて焼いて蜂蜜塗るだけだと思うけど」
「ハニートーストはそうなんだけど、厨房には誰もいなかったでしょ。じゃあ、自動なのかなって」
「そうだよ。この船は基本的に人工精霊で自動化しているからね。食事も決まった時間に献立通りに用意してくれるんだ」
「へえー、便利ぃ」
出航してから半日も経っていないが、仲良くなるには十分な時間だ。
案の定、アニスフィアがムードメイカーになって会話が弾む。
「人工精霊ってわたしでも見えるようなもの?」
「見えるよ。時々実体化して掃除してたりするし。ああ、そこにもいる」
ジータの視線を追いかけると、ちょうど人工精霊の一柱が食堂の隅で実体化していた。半透明な小さなネズミのような生物もどきである。船の魔力で動く実態を持つAIといったところだ。本物の精霊とは異なりあくまでも魔法で作られた使い魔だ。
「おお、可愛い! いいなぁ、しかも掃除までしてくれるんだ! わたしも欲しいなぁ……ステラはどう、人工精霊」
「ええと、わたしはうちにいるよ、人工精霊」
口に含んでいたサラダを飲み込んだステラは漂う人工精霊を目で追いつつ答えた。
「ほんとに? これ、もしかして珍しくない?」
「珍しいとは思うけど、ヒロイン生協はこういう技術はたくさん持ってるから。うちにいる子は部隊の先輩からもらった
「ヒロイン生協の報酬って巻物とかもあるんだ。じゃあ、わたしこの任務終わったら巻物もらおうかな」
期待感を込めてアニスフィアはティアナを見つめる。
ティアナは食後のコーヒーを啜りながら、
「昔は物品の報酬もあったけど、今は現金に一本化してるから、必要なら自分で買うか人からもらうかしかないわ」
「そうなんだ。大体どれくらいするの?」
アニスフィアはティアナに尋ねる。
「結構高いんじゃなかった?」
「ピンキリだけど、いい物だと一等地にお屋敷を建てられるくらいには。用途を絞った汎用モデルだと、一般家庭でも多少は手が届くと思う」
ティアナに話を振られたステラが答えた。
「ひえ、高いんだ。うーん、借金まみれのわたしには遠いなぁ」
「人工精霊って言ったって結局は使い魔だからね。優秀な魔法使いは自前で何とかするし、一般家庭は導入するほどのメリットもない。使い魔を用意できない上流階級が使うくらいだから、市場の原理が働かないのよ」
人工精霊を自分の屋敷で使うのは完全に趣味の範疇だ。
魔法を使った便利グッズは少しずつ規制が緩和されて世に出回るようになってきているが、「誰でも安全に使用できる」使い魔の作成は非常に難しく高額になりやすい。そして、そこまでして購入しても任せられるのは家事や事務の代行といった程度なら、一般家庭はわざわざ手を出さない。
「じゃあ、このクルーザーはかなりのもの……」
「残念。うちの人工精霊は汎用タイプ。そんな召使いみたいな人工精霊なんて必要ないでしょ」
アリサがにべもなく否定する。
「実際のところ何が違うの?」
アニスフィアの質問に答えたのはステラだ。
「汎用というのは、人工精霊に任せる仕事を特定して、事前にインプットしておくタイプのこと。決められた仕事以外はできないから、本来の召使いみたいな感じで使うことはできないけど、そこまで幅広くお願いする必要がない人には便利なの」
「用途を限定するのって汎用って言うの?」
「使いやすいって意味では汎用なのかな。一般化するのなら、こっちだと思うし」
高級な人工精霊は意思疎通が可能で召し使いとして使用できる。仕事の面では汎用性があり柔軟性もある。経験を積むことで本当の人間を相手にしているかのようにやり取りができるまでに人格を成長させることもある。ただ、前述のとおりこういった人工精霊は導入コストが高すぎて一般的ではない。用途を絞り機械的に仕事をこなすだけの人工精霊のほうが導入コストが低く抑えられるし、仕事を丸投げできるというメリットがある。
「ちなみにこのクルーザーの人工精霊は操舵と料理、あと掃除ね。それぞれ別の人工精霊で、他の仕事はできないわ。RPAだったらクラス1ってとこ」
「RPA?」
「わたしの元の世界の用語」
「何か聞き覚えがあるようなないような。まあ、ようするにわたしが欲しいタイプはめっちゃ高いし実用性がないってことだね」
「実用性はあるんじゃない。何事も使い方次第だし」
「それもそうか。で、後は金か。世知辛い世の中だ」
アニスフィアがため息をつくとティアナが、
「あなたが研究室を壊さなければ世知辛いことにはならなかったんだけどね」
と、言った。
返す言葉もありません、とアニスフィアが項垂れる。
自分の持物ではなく、ヒロイン生協の公共物を破損させたのだから、責任を問われるのは当然のことだった。
もっとも、給料五年分に相当する借金もアニスフィアの実力があればもっと早期に返済できるだろうという見込みはある。ただ働くだけでなく、彼女にはマジックアイテムの開発面でも活躍を期待できる。危険な戦闘任務は高額報酬があるため実力者ほど手を出しがちだが、有用なマジックアイテムを開発してもらったほうが組織としてはありがたい。
アニスフィアには、どちらかというと研究職で結果を出して欲しいところではあるが、研究室を破壊してしまった以上、当面は研究職からは外れてもらう他ないのであった。
癖の強いヒロインというのは決して少なくない。問題を起こす割に人に好かれるタイプが比較的多く、ヒロインという「偶像」が成立する背景には政治的理由の他に、彼女たちのカリスマ性が関わっているのは間違いないのだろう。
根っからの主人公気質というのだろうか。
ティアナにはない才能で、昔の自分ならうらやんだことだろう。
今のティアナは無い物ねだりはしないし、自分の長所と短所を客観的に分析するだけの余裕があるが、昔の自分ならアニスフィアと自分の能力を比べて自己嫌悪していたかもしれない。
アニスフィアのような天才は、周囲と軋轢を生みやすいし誤解もされる。本人にその気がなくても嫉妬されてトラブルになる可能性も否定できない。まして、本人がトラブルメーカーならなおのこと。フォローする周囲は大変だ。
(ブレーキ役のパートナーがいればいいんだけどね)
と、ティアナは思う。
天才は孤立しやすいものだ。
支えになってくれるような相棒がいれば心強い。
かつて、一人で抱え込んで暴走しがちだった自分に寄り添ってくれた仲間たちの顔を思い出す。
ティアナ自身は自分を天才だなどとは露ほども思わないが、天才には天才の責任や不安、期待が付きまとうものだということは十分に学んでいる。
アニスフィアは、今のところは問題なし。
前の世界では一国のお姫様だったというが、この世界では以前の肩書きは通じない。
彼女の今の立場やこれからを思えば、気をつけておくべきことは多々ありそうだ。
(危なっかしいのは、アニスだけじゃないけど)
ティアナは次にステラの様子を窺った。
非常に高い戦闘能力を持つヒロインにもかかわらず、長く戦線を離脱している。以前は、対屍戦線の最前線で戦っていた猛者だ。可愛い顔をしているが、本人の自己申告通り、真っ当な人間ではないらしい。もっとも、人間ではないヒロインというのは珍しいことではないのだから、そこはそういうものとして流せばよい情報ではある。
問題なのは、戦線を離脱した理由だ。
(心神衰弱による長期の療養。原因は、彼女が所属した部隊の壊滅。彼女自身も敵の捕虜となり、虐待を受けた……か)
酷く重たい情報だ。
指揮官のティアナだから知ることのできる極秘情報である。
屍との戦闘中に第三勢力の介入があり、ステラの所属部隊は彼女を残して全滅した。部隊の指揮官だったヒロインは現在も行方不明。ステラを捕虜にした組織に囚われているか、すでに命を落としているかのどちらかだとされている。
復帰後最初の仕事がノワールへの使節というのは、重たいのではないだろうか。
そんな懸念を内心で抱きながらも、なるようにしかならないと腹をくくる他ない。すでにクルーザーは出航し、ノワールに向けて突き進んでいる。
生真面目にティアナには、色々と気に掛かる部分が見え隠れする面々なのだが、これも経験だと自分を納得させる。
人となりも実力も十分に評価できるというのは間違いない。今、カリムが用意できる人員としては文句なく最高峰なのだから、後は如何にして無事に任務を達成するかを考えるべきだ。
とはいえ、航海そのものはアリサとジータに丸投げだ。
今のところティアナが対応しなければならない事案はなく、寄港先でトラブルさえ起きなければノワールまでは予定通りに到着できるだろう。
ティアナの仕事は――――というよりも使節団の仕事そのものは、ノワールに到着してからが本番だ。
神経をすり減らすのは、ノワールの領主であるマオやその側近たちとの交渉を始めてからでも遅くはない。
△
クルーザーが風と波を切り裂いて大海原を疾駆する。
大陸を右手に見ながら、西へ西へと進んでいく。
澄んだ空気のおかげで遠くまで見通すことのできる良い天気だ。大陸側はうっすらと緑が見える程度の距離となって、人里らしきものはもう見当たらない。断崖絶壁の崖が延々と続いているのが見て取れる。
クルーザーのデッキに出たステラは、風に靡く髪を押さえて、海の向こうに視線を向ける。
特に何を思ったわけでもない。
クルージングを楽しめるほど、心に余裕があるわけでもないのだ。
今回の任務の重要性は理解している。
今の自分がどこまで役に立てるのか、という不安は否定できない。
一年間、ほとんど外に出ることもなく、何日も日の光を浴びないということも珍しくはなかったからだ。
復帰からいきなりの重大任務。
選択肢が少なかったという事情は知っているが、それでも自分に声がかかったのは意外ではあった。
後ろから階段を人が上がってくる音がする。
振り返ると赤毛のツインテールが跳ねて、階下からティアナが顔を覗かせた。
「ステラ、ここにいたんだ」
「ティアナさん、何かありましたか?」
「一人だけ姿が見えなかったから、どうかしたのかなって思って。邪魔だった?」
「いえ、そんなことありません。全然。ただ、海を見てみたくって」
「……海?」
「はい。町から見る風景とはずいぶん違いますよね。船に乗ってる人って、こんな景色を見てたんだなって、ちょっと感動してました」
空元気ではない。これは、ステラのまごう事なき本心だ。
「体調は、特に問題ないのよね」
と、ティアナは尋ねる。
「はい。心配させてすみません」
「いちいち謝らないでいいわよ。ただキツいと思ったらすぐに言って。他の娘たちにも言ってることだけどね」
「ありがとうございます」
ティアナはステラの隣に立ち、柵に肘を乗せる。
ティアナとしてはステラの状態が最も気がかりだったのだ。
「ティアナさんは、わたしの事情をご存じですよね」
「……概要くらいね。踏み込んだことまでは、さすがに知らないわ」
「不安なんです。わたしは一年もお仕事を休んでましたから、いきなりこんな大役を務められるか」
ステラの事情を勘案すれば一年で復帰するというのは早い方ではないかと思うティアナだが、それを言ったところで慰めにもならない。ステラの不安は長期休養を終えた者ならば誰でも抱くものだ。解消するためには、仕事ができるという実感を持ってもらうしかない。小さなことからでも、少しずつ自信を積み上げていくことが必要になる。
この一年、ステラには常に影が付きまとっていた。
恐怖と不安、そして怒り。
カードモンスターである彼女は人間と同じ外見をしているものの、人間そのものではない。その一方で精神的にも肉体的にも人間と大きな違いはない。
人間と同じように人を愛するし、恨みもする、怒りも抱く。不安に押し潰されそうになることもある。
ステラの悲惨な過去に、軽々と踏み込むことはできない。
昨日今日会ったばかりの他人でしかないティアナが、簡単に元気を出せと言えるわけがないのだ。
(なかなかしんどいわね)
ティアナは内心でため息をつく。それはステラを思ってのことであり、ステラとの関係をどう構築していくかというティアナの今後を見据えた愚痴でもある。
ステラは前向きに仕事をこなそうとしている。何事もなければ、淡々と仕事を終えて帰国するだけで済むだろうが、そうはいかないのが世の常である。
「外に出ていてよかったわね」
北から何かが飛んでくるのが見えた。
小さな黒い点は次第に大きくなり、形がはっきり見えるようになるまでに時間は掛からなかった。
白く輝く美しい竜だ。
大きな翼を広げて力強く風を切って向かってくる。
周囲に他に船はなく、明らかにこのクルーザーを狙っているようだ。
「まさか、
ステラが思わず口にするのは、カードモンスターの世界で知らぬ者のない強大なモンスターだ。ステラ自身、目にするのはこれが初めてだが、同じカードの世界にいた者として
「カードモンスター?」
「はい。同郷です」
「強い?」
「同じカードモンスターとして比較されたら、わたしは勝てません」
ステラはヒロインとしてこの世界にやって来たので、カードモンスターの性質を持ちながら、カードのルールに完全に従っているわけではない。一方の青眼の白龍は、ヒロインにはなり得ないので間違いなくカードモンスターとして召喚された存在だろう。
カードモンスターはカードのルールに沿って対応すれば勝てるので、準備さえできていれば勝ち目はある。ただ、カードそのものが高級品だ。都合良くカードモンスターにカードで対策するというのは困難だし、何より青眼の白龍は最高ランクの攻撃力を誇るモンスターの一体だ。
カードのルールに従えばステラに勝ち目はない。
「とにかく、すぐ船内に!」
「はい!」
クルーザーの中に飛び込んだ二人。
船内の警報が鳴り響いたのはほぼ同時だ。
アリサが窓から外を覗きながらジータに尋ねる。
「最大戦速で振り切れる!?」
「ちょっと無理かな。空飛んでるほうが全然速い!」
クルーザーがエンジンを全開にして文字通り飛ぶように海上を疾駆したとしても、それはあくまでも船の速度にすぎない。空を飛ぶ青眼の白龍は、クルーザーを遥かに上回る速度で迫っている。
「アリサさん! 撃ってくる!」
ティアナが叫ぶ。
青眼の白龍の口に光が集まっている。
多くの竜の十八番、竜の息吹だ。青眼の白龍もその例に漏れず強力な攻撃手段を持っているらしい。
「速力落とせ! 余剰魔力を防御結界に集中! 最大出力! デコイもばらまいて!」
人工精霊に指示を出すアリサ。
主人の指示を受けて、人工精霊たちがクルーザーの防御結界の出力を急上昇させる。マジックエンジンが悲鳴を上げる音がする。速力を維持しながら防御結界の出力を上げれば、マジックエンジンにかかる負担は一気に跳ね上がる。そのために速度を低下させてでも守りを固める必要があった。本物の軍船であれば、船を動かすマジックエンジンと魔法を制御するマジックエンジンは別に搭載するのだが、生憎とこのクルーザーの性能はそこまでに至っていないのだった。
それでも、防御結界の頑強さは目を見張るものがある。
クルーザーが防御結界を展開した直後、激しい光と轟音が海上に発生した。海水が蒸発して水蒸気爆発を引き起こし、雨となって再び海に降り注ぐ。
滅びの
青眼の白龍が放つ一撃は、大半のモンスターは為す術なく消し飛ぶ威力を誇る。そして、その威力が発揮されるのは、同郷のカードモンスターだけに留まらない。
濛々と立ちこめる霧と降り注ぐ雨は、それだけの海水を瞬時に蒸発させる熱量の攻撃だったことの証だ。普通の人間ならば、跡形もなく蒸発してしまうし、クルーザーとて例外ではない。それが、普通のクルーザーであれば、だが。
立ちこめる霧を突き抜けて、クルーザーが飛び出してくる。事もあろうに、クルーザーは青眼の白龍に向かって一直線だ。
自我らしい自我のないカードモンスターであっても、さすがに驚いたのか、反応が鈍い。
「思った通りです! 今はわたしたちのターンです!」
デッキに出たステラが叫ぶ。
滅びの爆裂疾風弾は確かに強力無比な破壊光線だ。
だが、この世界はカードゲームの世界ではない。青眼の白龍のルール外で対処はできる。防御魔法もあれば回避行動も取れる。
アリサの判断が功を奏して、クルーザーは健在だ。
咄嗟にティアナが展開した幻惑魔法が青眼の白龍にも効いた。滅びの爆裂疾風弾は、クルーザーの僅かに後方の海面を貫いたのだ。その直後に生じた余波も防御結界で凌いだ。凄まじい威力の爆風を浴びることになった防御結界はラグを発してビリビリと明滅しており、次に直撃弾をもらうとマズい状況だが――――、
「あんたたち、ほんとに頼むわよ!」
アリサが祈るように叫ぶ。
速度を示す計器は振り切れていて、マジックエンジンは今度こそ限界まで回転している。
このままでは一気にエンジンが分解しかねないが、とにかく今は時間との戦いだ。
青眼の白龍は海上から約二十メートル上空に滞空している。クルーザーに追撃する様子はなく、距離を詰められることへの焦りも感じない。王者の貫禄か――――否だ。青眼の白龍は、動けないのだ。凶悪な攻撃性能に反して、カードモンスターはカードのルールに縛られる。攻撃を終了し、ターンを終えた今、青眼の白龍は当面、自分から動くことはできない。彼らの世界のターン制のカードルールが、一時的な硬直として再現されているということらしい。
ただし、それがどれだけの猶予になるかははっきりしていない。だからこそ、この硬直時間を最大限に活用して、攻撃をたたみ込むしかない。
最短距離を最大戦速で突っ切るクルーザー。
そのデッキの上にステラ、ジータ、アニスフィアが佇んでいる。
緊張した面持ちだ。特にステラは格上の敵との対決になる。
「じゃあ、行きます!」
深呼吸をしたステラの身体を淡い魔力の光が包み込む。
次の瞬間、ステラの姿は大きく変化した。背は高くなり、栗色の髪は淡い桃色に。身の丈を優に上回る巨大な豪槍を手にした戦士の姿になったのだ。
「ええ、何それ!」
「かっこいい! 変身!?」
アニスフィアとジータが目をまん丸にして驚いた。
「エクソシスターの特性といいますか、戦闘モードみたいな感じです。今のわたしはステラではなくカスピテルと呼んでください」
「へえ、名前も変わるんだ」
「背も高くなってる、いいなそれ」
「もう、今は前のことに集中しましょうよ」
困り顔のステラ改めカスピテルは、雑談を交しながらも青眼の白龍から視線を外してはいない。
もしも、こちらの攻撃が届く範囲外で硬直が解けたら、一気にピンチになってしまう。そうなれば、不利な状況から仕切り直しだ。
(よかった、間に合った)
青眼の白龍の硬直時間内に、攻撃地点まで辿り着いた。
ひゅっと吐息を小さく吐き出して、カスピテルがクルーザーから飛び出す。アニスフィアとジータがカスピテルを追う。アニスフィアの箒型飛行用魔道具は、操作が難しいものの爆発的な加速力が魅力だ。空を飛べないジータを背にして、アニスフィアが一息で急上昇していく。
青眼の白龍の視線はアニスフィアを追った。
(やっぱり、わたしは眼中にない)
カスピテルに変身したとしても、元々の攻撃力は青眼の白龍に及ばない。同郷だからこそ、カスピテルとの力の差を相手も熟知しているのだろう。
アニスフィアとジータは青眼の白龍にも情報がない。こちらのほうが脅威度が高いと感じ、上昇していく二人を目で追った。
(今のわたしは単なるカードモンスターじゃない。ヒロインとして、この世界にいる。だから――――!)
宙を蹴ったカスピテルは、青眼の白龍に肉薄した。
聖水を纏った豪槍を全力で叩き付ける。
凄まじい轟音が鳴り響き、青眼の白龍がバランスを崩した。
「痛ッ……この、ぉ!」
鋼鉄を殴ったかのような手応えだ。青眼の白龍の攻撃力だけでなく守備力にもカスピテルの攻撃力は届かない。モンスターとしては勝負にすらならないのだ。カードモンスター同士でぶつかれば、カスピテルが攻撃した瞬間に自滅する。そうならないのは、ヒロインとして存在しているからだ。
ビキビキと自分の骨に罅が入っていくような感覚がある。自分より格上のモンスターを攻撃した時の反動が、こういう形で跳ね返ってくるのだと今更ながらに理解した。
「だああああああ!」
力一杯槍を振り抜く。
青眼の白龍の巨体がぐらりと揺らぐ。
空中でバランスを崩した青眼の白龍に上空から急降下する一条の閃光。
「マナ・ブレイド!」
「テンペスト・ブレード!」
青眼の白龍の常識外の攻撃だ。
二人の刃が青眼の白龍の強靱な竜鱗を抉り、深々と突き刺さる。血液に変わり光輝く魔力の粒が溢れ出している。
それはまるで電動工具で鋼鉄を切断する様に似ていた。
「ぐ、しぶとい!!」
「まだ動けるの!?」
青眼の白龍はただでは倒れない。
二人の斬撃をその身に受けて、今も少しずつ竜鱗を斬り裂かれているのに墜落することなく、長い首を持ち上げる。
口腔に膨大な魔力の集中を確認。
「や、ヤバッ!」
アニスフィアが目を見開く。
青眼の白龍の口腔はアニスフィアに向けられている。
硬直が解けて、攻撃できるようになったのだ。
「アニスさん、手を離して!」
ジータの叫びを青眼の白龍の咆哮は同時だった。そして、それに僅かに先んじて橙色の閃光が青眼の白龍の横っ面を叩いた。
満を持して放たれた滅びの爆裂疾風弾は、またしても目標を捕らえることができず、明後日の方向に飛んでいく。
「今!」
ジータとアニスフィアが同時に魔力を練り上げ、自分の愛剣に注ぎ込む。
青眼の白龍が雄叫びを上げた。
内部から二人の魔力が体内を破壊していく。それは青眼の白龍にとって初めて味わう攻撃だ。ルールに縛られない攻撃。
「いやあああああああああああ!」
カスピテルが再び槍を振り抜く。青眼の白龍の背中を強かに打ち据えた衝撃で、ジータとアニスフィアの刃がより深く突き刺さる。
ついに青眼の白龍の瞳から光が消える。
体内を刺し貫いた二つの刃が、青眼の白龍の命に届いたのだ。
力強い白亜の竜は輝きを失い墜落していく。そして水面に叩き付けられる前に、青眼の白龍の身体は霧散した。
「おっと」
ジータを受け止めたアニスフィアが跨がる箒を滞空させる。
「消えちゃった」
「カードモンスターは敗れれば消えます。ただ、カードに戻っただけなので、何日かすれば再召喚できるようになります」
カスピテルの説明にアニスフィアとジータは渋い顔をする。
「それっていたちごっこじゃない」
「厄介だよね」
今と同じモンスターがまた出てくるというのなら、こちらが圧倒的に不利だ。カードは危険だとしてヒロイン生協でも厳しく管理されていたが、カードモンスターに襲われて、改めてカードの理不尽な利便性と危険性を実感することとなった。
クルーザーが向かってくる。
青眼の白龍を討ち果たした三人を迎えに来たのだ。
「ま、とりあえず先に進むしかないか」
カードモンスターが襲ってくると言うことは、召喚者がこちらを襲わせたということだ。悪意を持って、ヒロイン生協の仕事を妨害しようとしているのは明白だ。
これは、想像以上に過酷な旅になりそうだ。
△
「青眼の白龍が負けましたか。強力なカードだったんですけどね」
ため息をついた少女の手には一枚のカードがある。青眼の白龍のカードだ。今はカードそのものが黒くくすんでいる。復活までしばらく時間が掛かりそうだ。
「う……ぐ……ぅ……ぁ……」
少女の足下には別の少女が倒れている。
身につけた鎧は砕けて、剣も手から離れている。
愛らしい顔立ちの金髪の少女は、悔しげに視線を上げる。
「ミカ、エリス……なんで」
少女――――ミカエリスは鈍く輝く剣を鞘に収める。
「ご主人様からの命令なんですから、仕方ないじゃないですか。それに、ステラもいますし、わたしにとってもこのお仕事は都合が良いわけです」
「ステラは、ずっとあなたを探してたんです。それが、こんな……」
「ふふ、そうですよね。だから、すぐにでも会おうとしたのに、竜騎士さんが邪魔をするから予定が狂ってしまったじゃないですか」
ミカエリスは変身を解いた。金髪は栗色になり、年齢も数年は幼くなったようだ。エクソシスターの一人、エリスである。ステラと同郷であり、ヒロイン生協でもチームを組んでいた同士である。
「竜騎士ブラック・マジシャン・ガールさん。まさか、あなたが出てくるとは思いませんでしたが、竜殺しの剣を持ち出していて正解でしたね」
同じヒロインという土俵に立った時点でカードモンスター時代と同じように攻撃力だけで勝敗を決するわけではないが相性はある。
ミカエリスと竜騎士BMGでは、ミカエリスの苦戦は免れなかっただろうが、それは真正直にぶつかったときの話だ。何かしらの追加要素で勝敗はがらりと変わる。今回はミカエリスが持ち出した竜殺しの剣が竜騎士BMGに特に相性がよかったのである。
「さて、同郷のよしみですから命を奪いはしません。ただ、反省はしてもらわないとけませんから」
エリスは一枚のカードを取り出した。
カードから召喚されたのは毒々しい瘴気を放つ壺だ。
「ドラゴン族封印の壺。わたしは経験したことがありませんが、この中はどうなっているんでしょうね」
「く……こ、の」
竜騎士BMGはドラゴン族に分類される。ドラゴン族封印の壺は、まさに天敵に一つである。
壺の魔力が竜騎士BMGを捕らえる。
抗うことは許されない。
「きゃああああああああ!」
壺の中に竜騎士BMGは吸い込まれていく。悲鳴もすぐに聞こえなくなり、静寂が山に戻ってくる。
ミカエリスと竜騎士BMGとの戦闘で破壊された木々と山肌が戦闘の苛烈さを物語る。野の獣たちもしばらくは戻ってこないだろう。
「あーあ、ステラはずいぶん先に行ってしまいましたね」
残念そうなエリス。
「楽しみが続くと思えばまあ、いいですかね」
気持ちを切り替えて、エリスは淫蕩な表情で唇を舐める。
カードを仕舞い、呼び出した使い魔にドラゴン族封印の壺を運ばせて、水平線の向こうに消えて行くクルーザーを追って山道を歩き出した。
最近出費多かったからタイトルホルダーで取り返すぜ!
タイトルホルダー無事ならヨシ!気持ちを切り替えてソダシちゃんで行く!
最近勝てそうな子が勝てないからリバティアイランドは見送り!
やっぱり強い子は強いんや!ソールオリエンスで負けを取り戻す!
( ;∀;)