※この作品はR-18です。

異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話   作:もう万体

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第八十九話(エロなし)

 出港から僅かの間に、明らかな敵対勢力による介入を受けた。それもモンスターカードを使用したことからも、それなりの経済力を持つ何者かが背後にいることは間違いない。襲撃を受けてから二日が経ち、航海そのものは安定している。途中で海棲魔獣と出くわして戦闘になることもあったが、青眼の白龍ほどの脅威ではなく、ちょっとスリリングなアトラクションという程度の感覚で切り抜けることができている。

 クルーザーの乗組員は、アリサを除いて第一線で活躍できる実力者たちが揃っている。今のところ、航路上の海域で確認されている海棲魔獣ならば、概ね問題なく対処できる。

 問題は、やはり襲撃者の存在だ。

 港を出てからさほど時を置かず襲撃してきた。それも海の上のクルーザーに的を絞って青眼の白龍を送り込んできたことからも、一行の動きを把握した上での襲撃であろう。金銭目当てではなく、活動を妨害するのが目的か。そうだとすれば、ヒロイン生協の内部に、手引きした者がいるとしか思えない。

 それがブリンクウォールやクロガネ大公国と繋がりのある何者かによるものなのか、それともカリムの政敵による妨害工作なのか、あるいは両方か。

 ヒロイン生協が一枚岩ではなく、複数の派閥に分かれているのは周知の事実であり、反カリム派は何かと足を引っ張ってくる。妨害自体は今に始まったことではない。さすがに表だって行動するようなことはないが、もしかしたら今回の襲撃の裏に反カリム派がいるという可能性は排除できない。

 

「生協のことは、カリム様にお任せするしかないか」

 

 ティアナはため息をつきながら窓の外を眺める。

 穏やかな海面が遥か彼方まで煌めいている。

 大陸全域で戦乱が広がりつつあるというのに、海は何事もないかのように穏やかだ。この世界の海は人の手が及ばない人跡未踏の地だ。だから、人の目から見たら穏やかに見えるのかもしれない。もっとも、実際には人の目の届かないところで、多種多様な生き物たちの激しい生存競争が続いているのだろうが……。 

 

「ティアナ、ちょっと相談いい?」

 

 話しかけてきたのはアリサだった。

 

「何かあった?」

「航路の話」

「航路?」

「ヒロイン生協の中にあの竜を送ってきたヤツの仲間がいるかもしれないって話してたでしょ」

「ああ、うん」

 

 まだ可能性の話ではあるが、事実だとすれば、アリサを身内の揉め事に巻き込んだようなものである。非常に申し訳ないことだし、契約の見直しや破棄も考えられることだ。

 

「別に確定ってわけじゃないし、これで契約がどうとかは言わないわよ。正直、癪に障るって言うか、何というか、人様の邪魔をするようなヤツに負けたくないでしょ」

「ぎゃふんと言わせたい?」

「そうそう。……ま、それはそれとして、ちょっと困ったことがあってね」

「困ったこと?」

「この二日で大分、エンジンに負荷を掛けちゃったから、ちょっと休ませないといけなくなりそう」

「どこかに寄港するってこと?」

「そうなるわね。マジックエンジンのこともあるし、魔力結晶も消耗したからね。多少は自己修復もできるけど、この先の航海を考えると無理はさせられないわ」

 

 マジックエンジンはクルーザーの心臓部だ。魔改造されて軍用のマジックエンジンと同規模の出力を出せるようになっているが、だからこそ負荷を掛けた時のメンテナンスは重要だ。青眼の白龍や海棲魔獣との連戦では、エンジンが焼き付く寸前まで無理をさせているし、同時に搭載されている防御魔法や攻撃魔法も使用している。クルーザーが悲鳴を上げるのも当然だ。

 どれだけ強化改造しようとも、もともとは民生品のクルーザーだ。激しい戦闘行為を何度も継続するのはリスキーである。

 

「分かった。仕方ないわね」

 

 ティアナはアリサの提案を飲んだ。

 海の上では船長が権力者だ。このクルーザーを知り尽くすアリサが必要だと言えば、受け入れるのがルールである。

 

「それで、どこに寄るの?」

「あと半日もすれば、コールの港に着くわ。そこで、そうね……三日は滞在したいわね」

「そんなに?」

「この機会に食料品も追加しておきたいし、あなたたちにも休息は必要でしょ? そっちは、海の生活に慣れてないでしょ」

 

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。

 アリサやジータと違い、ティアナたちは長期間の船旅の経験がない。無意識下でストレスが溜っているということは十分にあり得る。

 

「コールってどんなところか知ってる?」

「寄港地としては有名よ。農地がすぐ近くにあるから、新鮮な野菜も手に入る。それを売りにして、商船を誘致しているくらい」

「それなら、食べ物には困らなそうね」

 

 スケジュールの問題はあるにしても、途中でクルーザーが動かなくなっては元も子もない。

 クルーザーの行き先は、特段の議論もなく決定した。

 

 

 

 クルーザーが港に入ったのは、日が暮れてからだった。

 港には数え切れない数の大小様々な船が停泊している。その大半が商船で、多くの荷物と人を輸送していることが窺える。

 暗くなってしまったので細部までは分からないが、町は大きな山か丘の麓に形成されているようだ。斜面にそってポツポツと人家の灯りが見えるし、月明りに照らされた石造りの家々が蒼く浮かび上がっている。

 

「けっこう大きな町なのね」

 

 と、デッキで夜風を浴びながらティアナは呟いた。

 

「この辺りでは一番大きな町の一つですよ、コールは」

 

 答えたのはステラだ。

 

「この町のこと、知ってるんだ」

「ここから少し離れたところにある村までは仕事で行ったことがあるんですけど、そこではコール産の新鮮なフルーツを、祝い事とかおもてなしに使う風習があるそうです。コール周辺は特に農業に適した土地が多くて、立派な港もあるので、農産物の供給地にもなっているんですよ」

「へえ、そうなんだ。ユニオニアではあまり聞かなかったな」

「ユニオニアは食糧自給率も高くて、農産物は輸入に頼ってませんからね。ドライフルーツが嗜好品として入ってきてるくらいじゃないかと」

「それもそうか」

 

 気候も似ているので、採れる農産物も近いものになる。ユニオニアもまた農業が発達しているので、コールと貿易相手としての繋がりは薄いのだ。

 一方で、コールからすればユニオニア――――ヒロイン生協は魅力的な取引相手だ。日が沈んでからやって来たクルーザーがヒロイン生協のものだと分かった途端、最低限の検疫だけしてあっさりと港に通したのも無用な波風を立てたくないからだろう。

 ヒロイン生協に睨まれても何のメリットもない、というのは世界各国よく理解している。

 

「明日は上陸できるんですか?」

「そこは問題なし。入港許可は下りてるし、町に入ることもできるわ。町から外には出られないけどね」

 

 セキュリティの関係上、外国人が自由に活動できる範囲は決まっているのが通例だ。ティアナたちに許可されているのはコールの町中だけで、コールから陸路で出ることはできない。検問所を通るための許可は別に必要になる。

 

「じゃあ、みんなで散策しよう」

 

 さらに背後から会話に割り込んできたのはアニスフィアだ。腰に手を当てて仁王立ちになっている。意思の強そうな目には明らかな好奇心の火が爛々と灯っている。

 

「遊びに来たわけじゃないからね」

 

 と、ティアナが言うが、

 

「どうせマジックエンジンってのが復活するまで動けないし、わたしたちもリフレッシュが必要でしょ? じゃあ、もう行くしかないでしょ?」

「……ま、それもそうなんだけどね」

 

 アニスフィアの言うことはもっともだ。

 どの道、クルーザーが調子を取り戻すまではティアナたちにできることはない。いつでも出港できるように準備を整えていれば、他は特段することはないのだ。

 宿泊先を探す必要はない。クルーザーの居住空間は快適だ。安全面を考慮しても、基本的にはクルーザーを拠点として活動すべきだが、日中の行動にまで制限を設ける意味もない。ストレス発散もまた、この寄港の目的の一つであるというのは、まさにその通りなのだ。

 

「分かった。すぐに連絡が付くようにしてくれれば、いいわよ」

「ティアナも来るんだよ」

「わたしはいいから」

「みんなって言ったじゃん」

 

 アニスフィアには人を惹き付ける奇妙な魅力がある。強引なところもあるが、それが上手くチームを纏めるのに役立っているのだ。

 四六時中誰かと一緒にいると息が詰まるという者も世の中にはいるが、幸いにして乗組員たちはクルーザーという狭い空間での生活にも慣れてきたところだ。これからも当面はこの面々で生活を共にするのだから、交友を深めるのは有益ではある。

 ティアナからしても、実のところ断る理由はない。皆がそれでいいのなら、付き合うだけだ。無理に距離を取って空気を悪くする愚を犯す必要性は、もっとないのだから。

 

 

 

 ■

 

 

 

 別名『炭の街』として知られるコールは、石造りの街であり、最大の特徴は建材として使われる石材の大半が漆黒だということだ。港から全景を眺めると、建物だけでなく石畳の道まで黒くなっているのが分かる。

 炭の街というのは、まさにこの色からの連想だ。

 ただし、コールで使用される黒い石材は、光沢が強く炭という言葉で思い浮かぶような色合いとは異なる。どちらかというと黒曜石といったほうが近いだろうか。磨き上げられた石材の表面は鏡のように美しく光を弾く。雨の後、砂埃が取り除かれた町並みは、煌びやかに輝く絶景らしい。残念ながら、ここしばらくは好天が続き、雨上がりの街並みを見ることは叶わなかったが、それでも青い空を背景に浮かび上がる黒で統一された街並みは、異国情緒に溢れている。こういう景色に出会うことができるのも、旅の醍醐味ではあるし、代わり映えのしないクルーザーの旅の中では必要不可欠な心のオアシスとなってくれることは間違いない。

 

「想像以上の賑わいね」

 

 農産物の一大産地というから、船旅の補給基地としても優秀な港町だ。それだけに、多くの行商人が行き交い発展していく。

 海沿いや大通りには人が溢れ、油断するとすれ違う人とぶつかってしまうくらいだ。戦乱で住む場所を失う人が少なくない大陸ではあるが、その逆にこうして力を付けて経済成長を遂げる街もある。

 この街の特徴の一つが、飲食店の豊富さだ。大通りに沿ってずらりと何かしら飲食を扱う店が軒を連ねている。レストランもあれば、出店もある。威勢の良い客引きの声が、そこかしこから聞こえてくる。

 ティアナたちは人並みをくぐり抜けて、街を散策する。

 アリサとジータは残念ながらクルーザーの管理があるのでついてくることはできなかったので、ヒロイン生協の面々のみでの散策だ。

 

「品揃えが豊富だね。見て、これ。でっかい何かの実」

 

 アニスフィアが足を止めたのは、フルーツを取り扱う出店の一つだ。人間の頭一つ分はあろうかという巨大な果物が店頭に陳列されている。出店はその奥にある青果店のショーウィンドウも兼ねているようで、新鮮な野菜や果物を求めて多くの船乗りたちが品定めをしていた。

 船の長旅では新鮮な食料は飲料水と並び極めて重要な物資だ。特に野菜や果物を長期間摂取しないと必要な栄養素を補給できず甚大な障害を引き起こす。そういう意味でも農産物を港町が取り扱うというのはありがたいことで、商業船がこの港を寄港地に選ぶ最たる理由となっている。

 

「これ一つで何食分になるんでしょうね」

 

 興味津々といった様子でステラがそれを覗き込む。

 

「食べられるの?」

 

 よく分からないものを口に入れるのは気が引ける。そんな警戒心をありありと顔に浮かべたのはティアナだ。

 

「食べられるんじゃない? 龍の目っていうの? すみません、これってどうやって食べるんですか?」

 

 アニスフィアがちょうど通りかかった店員に尋ねた。 

 

「龍の目かい? 皮以外は全部食べられるよ。生でも食べられるし、ドライフルーツにしてもいい。ジャムにするってのもアリだな。一口サイズに切ったもんも扱ってる。どうだい?」

「じゃあ、いただきます」

 

 進められるままにアニスフィアは支払いを済ませて龍の目の角切りを受け取る。食べ歩きができるように筒状の容器に一口サイズに切られた瑞々しい果肉が入っている。

 

「見た感じはメロンみたいね」

 

 と、覗き込んだティアナは言う。

 

「では、さっそく」

 

 アニスフィアが果肉の一つを口に入れる。

 

「あ、美味しい。全然、イケる」

「もらっていいですか?」

「どうぞどうぞ」

「いただきます」

 

 ステラも横から果肉をもらう。

 

「うん、甘い。美味しい。でも、なんだか不思議な味ですね。ティアナさんもどうですか?」

「じゃあ、一つ」

 

 果肉をもらったティアナは、それを口に運ぶ。

 思いのほか柔らかい果肉だ。噛む前には蕩けていて、舌だけで押しつぶせるほどだ。水分は多く、溢れる果汁はジュースのようだった。

 甘みはしつこくなく、控えめだ。フルーツとしては糖度は低いほうなのだろうが、特徴的なのは、甘みの後にすっきりとしたハッカを思わせる爽快感が遅れてやってくることだ。

 なるほど、これは暑い時期には最適なフルーツだ。 

 

「あ、次はあそこ行ってみようよ」

 

 龍の目を食べ終えてすぐにアニスフィアがずんずんと次の標的に向かって歩き出す。今度は海の幸を狙っているようだ。風に乗って、食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。魚や貝、タコ、イカ、その他、見たことのない海産物を焼いている。

 日光の下を歩き続けているので、意識しないうちに体力を使っている。龍の目で水分補給はできたが、カロリーが十分ではない。

 端的に言えば、空腹を感じているのである。

 そんなところで香ばしい海鮮物の匂いというのは、反則だ。自然と足がそちらに向いてしまう。

 消費した分のカロリーをすぐに補給する。いや、それ以上に摂取してしまっているだろう。

 半日かけて大通りを探索する間に、きっと数日分のエネルギーが身体に入ってきたはずだ。それだけ、この街の食事は美味だった。

 ティアナたちは、街の喧騒から離れて小高い丘の上にやって来た。

 街並みを一望する好立地だ。観光業にも近年手を入れているというコールは、この丘を公園として整備しようとしているらしい。まだ整備途中ではあるが、休憩用の東屋や階段はすでに設置されている。

 

「観光って、実際どうなのかな。このご時世に」

 

 アニスフィアは公園予定地をぐるりと見回して呟いた。

 街の景色は最高で文句はない。

 光沢のある黒一色の街並みと青く澄んだ海のコントラストは、間違いなくコールだけの景色だ。平時であれば、この景色を売りにして観光客を呼び集めることもできただろうが、今は戦乱のまっただ中である。人間同士だけでなく人間と魔物との戦いも数十年単位で続く状況だ。観光を目的に旅をするのはよほど余裕のある者くらいであろう。

 

「狙いはいいんじゃない。海と陸の行商ルートが交差する街なんでしょ、ここは」

 

 良港を抱えるコールは陸側からの行商ルートの目的地にもなる。陸と海の道が交差するから、より多くの商品が集まることになる。それは人と富の集積場にもなるということでもある。

 

「戦乱から逃げてくる貴族とか富裕層もいますからね。豊かな街はどんどん発展していきますね」

「ここに来る間に武器を持ってる人が何人もいたし、治安維持にも相当力を入れてるみたいね」

 

 小さな街は自警団を組織して身を守るものだが、コールはしっかりとした行政機能が維持されている。領主が治安維持のために軍も置いている。それだけしっかりした街なので、さらに富が集まる好循環を生んでいるのだ。

 今はヒロイン生協との直接の繋がりは薄いが、このまま発展していけば自ずと経済的な繋がりは強くなっていくだろう。

 

「新鮮な果物に新鮮な魚、それが同時に手に入るってのは、港町としては滅茶苦茶いい立地なんだろうね」

「豊かな農地が近くにあるってことは水も豊富ってことだしね」

 

 長旅に必要な物資がこの街でまとめて手に入る。

 そういう好立地だからこそ、ここまでの発展ができたし、これからさらに発展することもできるのだ。

 ここだけを見れば平和に見える。

 実際、コールの治安は非常に良い。もうずいぶんと戦火に曝されていない街だ。このような街が大陸中どこにでもあればいいのだが、残念なことにそんなことはない。

 

「さて、と。そろそろ戻る?」

 

 ティアナはそう提案した。

 風が冷たくなってきた。 

 日が傾きかけているからだ。

 

「じゃ、そうしますか。さすがに、一日歩きまくったから、ちょっと疲れちゃったね。今日はよく寝れそう」

 

 アニスフィアが背伸びをした。

 今からなら、ゆるゆる歩いてもまだ日が出ているうちにクルーザーに戻れるだろう。

 

「今日の夕食は、お腹に入らないですね」

「食べ過ぎたねー。軽めにしてもらおうか。太っちゃうし」

 

 ステラとアニスフィアが軽口をたたき合う。

 すっかり打ち解けて気ままに話ができる仲になった。関係が深まるのは、いいことだ。まだ旅は長く、一緒にいる時間はこれからも続くのだから。

 

「いつまでも駄弁ってないで、足を動かすわよ足を」

 

 帰るというのに延々と立ち話を続ける二人にティアナは声をかける。

 放っておくと、夜までここでしゃべっていそうだ。

 ティアナがこれ見よがしに踵を返した時、背後から唐突に声を掛けられた。 

 

「まだ早いのに、もう帰ってしまうんですね」

 

 聞いたことのない声に振り返る。

 恐らくは若い女の声だ。

 それと同時に強い魔力の波が押し寄せてくるのを感じた。

 完全に不意を突かれた形になった。何かの攻撃だと察したときには、視界が暗転していた。

 

「な……ッ」

 

 身構えたティアナの身体には何の痛みもなかった。

 ただ、目の前に広がる異常は単なる攻撃以上の衝撃をティアナに与えた。

 空気が重く冷たく湿っている。

 ほんの一瞬で、太く巨大な木々に取り囲まれている。

 遠くを見通せない鬱蒼とした森だ。頭上には木の枝が幾重にも絡んで日の光は入ってこない。足下は湿った土で、踏むと水がしみ出すほどだ。

 

「これは、何?」

 

 頭に疑問符を浮かべながら、ティアナは身を翻して大木の影に身を隠す。

 すでにバリアジャケットを装着し、デバイス(クロスミラージュ)も起動している。攻撃を察知した瞬間に、無意識に戦闘態勢に移行したのは、これまで積み重ねた経験の賜物だ。攻撃の正体が掴めなくてもバリアジャケットを着ていれば、被害は最小限に抑えられる。

 

(アニスもステラもいない。引き離されたわね)

 

 周囲に二人の姿がない。森は静まりかえっていて、鳥のさえずりも聞こえない。

 ティアナは木の幹を指でなぞり、地面に触れる。感触はどれも本物と遜色ない。幻覚というにはできすぎている。一瞬で、これほど精巧な幻覚を作り出すのは難しく、極めて高度な魔法だ。では、本物か。瞬時に森を形成する魔法が存在しないわけではない。だが、それ相応の実力と魔力が求められる。それに、もしも本当に森を形成する魔法であれば、アニスとステラが近くにいないことが説明できない。転移魔法で散り散りに飛ばされたとすれば、やはり森を形成する魔法と転移魔法を同時に使用したことになるが、そんな大それた魔法を発動した気配はなかった。

 

「クロスミラージュ、検索お願い。ヒロイン生協のデータベースにこの状況に該当する効果のある魔法カードはある?」

『一件、ヒットしました。魔法カード《森》。技術開発局危険物管理棟の管理リストに搭載されているカードと同一の可能性があります』

「……管理リストにも載ってるの?」

『当該カードは三年前に紛失し、現在は行方不明です。なお、この検索結果は同一の効果を持つカードの可能性があることを示すもので、管理リストのカードと完全に同一であることを保証しません』

「分かってるわよ。でも、その可能性は高いわよね」

 

 三年前にヒロイン生協の管理下から消えたカードと偶然にも同じものを手にした何者かが、ティアナたちに牙を剥くというのは考えにくい。十中八九、《森》のカードはヒロイン生協から消えたものだろう。

 とすると、俄然、ヒロイン生協の内部に協力者がいる可能性が高くなってくる。

 青眼の白龍のこともあったので、魔法カードが怪しいと踏んだが、ビンゴだった。これだけカードを連発してくるとなると、それに精通した個人か組織が敵となる。

 

「テンバイヤか」

 

 油断なく周囲を見回すティアナは小さく呟く。

 カードを介して様々なトラブルを引き起こす個人とその集団を指す言葉だ。

 強力なカードは一般の市場に出回らず、カードを所持すること自体が取り締まりの対象となる場合も珍しくない。

 それ故にカードを持つことは富と権力の象徴にもなり、闇市場でこれを売買する者たちの多くは違法な手段でカードを手に入れていたり詐欺行為を働いていたりと問題が多い。近年は組織化して集めたカードを売買するだけでなく、実際に犯罪に使用することも辞さない者たちも増えてきた。

 相手がテンバイヤなら、複数のカードを所持していることもある。

 未だにティアナに攻撃がないのは、アニスフィアかステラの方が本命なのだろうか。

 いずれにしても、ヒロイン生協の正式な使節を相手に攻撃を仕掛ける時点で異常としか言い様がない。大きな組織のバックアップを受けている。それも、ブリンクウォール関連か、カリム関連のいずれかで対立している相手だ。

 深呼吸するティアナ。

 先手を取られた危機的状況ではあるが、アニスフィアにしてもステラにしてもそう簡単に負けることはない。

 まずは合流だが、先は長そうだ。

 何と言っても、魔法カードで構成されたこの森の広さは不明だ。敵の位置も味方の位置も分からない。

 努めて冷静さを維持しながらも、当面は敵に術中で踊るしかなさそうだ。

 

 

 

 

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