異世界ヒロインが召喚される世界で好き勝手する話 作:もう万体
ティアナはセラと手を繋ぎ、深い森を歩いている。邪魔な下草に足を取られ、四方八方に伸びた枝を潜りながらの移動は舗装された道に比べて何倍も労力がかかる。知らず知らずのうちに体力を削られる。セラを保護する前から、ティアナは歩きづめだったのでかなり疲労している状態である。それでも休憩を挟みながら、セラが走ってきた方角を辿って進んでいく。
セラがどのようなルートを通ってきたのかは定かではない。
下草がびっしりと生えた地面に足跡は残らないし、セラ自身もどこをどう通ってきたかなど覚えていない。どこを見渡しても同じような景色が続く森の中で、何の目印もなく歩き回れば道に迷うのは当然だ。残念ながら、頼りになりそうなのは獣道くらいのもので、後はクロスミラージュに頼る他ない。
ティアナたちが使う魔法の利点は、デバイスに様々な魔法の行使や状況判断を預けることができる点にある。特に森の中のような視界が塞がれた環境は、デバイスの有無で攻略難易度が大きく変わる。ティアナが探知の魔法を維持する必要が無いというのは、非常に大きなメリットだし、だからこそ探索に出ることができる。いざとなれば、クロスミラージュに記録したルートを逆に辿って拠点に帰ることもできるのだ。
セラの母親の反応はまだクロスミラージュにはない。
モンスターとの遭遇戦を避けているので時間もかかっている。
ゆっくりとした歩みですでに二時間。
このままでは本当に日が暮れる。
(いや、もう夜か)
クロスミラージュに内蔵された時計によればすでに夜更けである。《森》の中は時間の流れが不透明だ。空がほとんど見えず、昼間でも暗い。太陽の動きは分からないし、星空だって樹上まで行かなければ満足に見ることはできない。見えたところで、それが現実の空と連動しているのか不明である。
これだけ広大な異世界を構築できるのは、非常に厄介だ。時空管理局なら、ロストロギア級の危険物として扱っても不思議ではない。
「セラちゃん、大丈夫?」
「うん、平気」
声を潜めてセラは答えた。
一緒に行動しているうちに、ずいぶんと心を開いてくれた。
セラにはティアナしか頼れる大人がいない。
だからだろうか。
母親のことが心配だろうに、気丈に笑みを浮かべるセラに感心してしまう。
(子どもって強いわね)
ティアナはセラの手を握り直して、姿勢を低くしながら木々の間を進む。
《森》は植物族や獣戦士族、昆虫族といった種族のカードモンスターを強化する。生物としては獣戦士族が危険で、力が強い上に聴覚や嗅覚、視覚も人間以上である。ティアナたちが身を隠しても、視覚以外の感覚で居場所を察知されてしまう。
植物族と昆虫族はカードモンスターとしてだけでなく生物としても生態が人間と違い過ぎて対処の仕様がない。分からないのでこちらについては行き当たりばったりだ。クロスミラージュがなければ、移動にはもっと時間と労力が必要だっただろう。
さらに二時間。
いよいよティアナは疲労で苦しくなってきた。足が攣りそうだ。セラは体力が有り余っているのか、思いのほか軽快な足取りで歩いている。
「ずいぶんと体力あるわね、セラちゃん」
「わたし、かけっこ得意なの。男の子にも負けたことないんだから」
「そうなんだ、すごいね。でも、ここは危ないから、そんなに……危ないって」
言っている傍から、セラは巨大な倒木をよじ登る。直径だけで3メートルはあろうかという苔むした木だ。枯れ枝を足場にしてセラはあっという間に倒木を登り切った。
頂上で自慢げに胸を張るセラ。
「ふふふ、どうお姉ちゃん」
「危ないでしょ。いくら、周りに敵性反応がないからって、何が起こるか分からないんだから」
無邪気で元気な子どもの行動力にティアナはため息をつく。
相方のスバルなら、おそらくセラの面倒もきちんと見られたのだろう。スバルの精神年齢はセラに近いので、同じ目線に立てるのではないか、とティアナはここにいない相方に失礼な評価を下す。
「ほら、セラちゃん、下りてきなさい」
「ええー、お姉ちゃんがこっちに来て」
「こら、我が儘言わない。危ないんだから。お母さんを見つける前に怪我でもしたらどうするの?」
「大丈夫だよ、こんなの平気平気」
まるで巨木を遊具のようにして、セラは楽しげに笑っている。さっきまで落ち込んでいたので、元気になるのはいいのだが、危機感が足りない。もしかしたら不安の反動で明るく振る舞っているだけなのではないだろうか。
ともかく、セラを自分の手元に連れ戻さなければ安心して森を歩けない。
クロスミラージュが危険を教えてくれても、セラが離れたところにいてはすぐに助けに行けない。
「セラちゃん、ちょっといい加減に……」
「お姉ちゃん、こっち、こっちだよ、こっち……あッ」
「あ、ちょッ!」
セラが苔に足を取られて後ろに倒れる。セラのような小さな女の子が3メートルの高さから真っ逆さまに落ちたら大けがでは済まない。
ティアナは慌てて地面を蹴った。枯れ枝を足場にする必要はない。鍛え抜いた身体能力は、3メートル程度は楽に飛び越えられる――――はずだった。
「え……!」
蹴ったはずの地面がない。
ぽっかりと足下に穴が開いている。底は見えない暗闇で、何らかの魔力が下へ下へとティアナの身体を引きずり込もうとしている。
(しまった、罠ッ)
重力と魔力に引かれてティアナは漆黒の井戸の底に落ちていく。
「クロスミラージュ!」
『アンカーショット』
平坦な機会音声とともに、銃口から橙色のアンカーが撃ち出される。ティアナが撃ち出したアンカーは、大木の幹にしっかりと打ち込まれ、それ以上の落下を防ぐ。
「重ッ」
『罠カード《落とし穴》によるものと推定』
「見りゃ分かる、わよ!」
ギリギリと穴の底に引きずり込まれそうになっている。
ただ敵を穴に落とすだけでなく引きずり込む引力まで発生させている。
「ふう、この……舐めんな!」
とはいえ、これしきの重圧に負けるような柔な訓練はしていない。
教官の砲撃をもろに喰らった時のほうが、何万倍も痛い思いをした。ただ重圧が全身に掛かる程度で根を上げる訳がない。
ティアナはリンカーコアから魔力を捻出して、アンカーを一気に引き上げる。身体中の骨と関節が軋む音がしたが、バリアジャケットはそうした圧力からティアナの生身を守り抜いた。こと生存性にかけてはミッド式魔法は非常に優れているのだ。
穴から飛び出た瞬間に、ティアナの身体を襲っていた重圧は綺麗さっぱり消えてなくなった。それと同時に《落とし穴》の効果も消えたらしく、穴そのものが消滅した。
そして、倒木の裏に佇むセラを目が合った。驚いたような残念そうな、そんな表情だ。
『残留魔力から《落とし穴》の発動者は、セラと推定します』
「でしょうね。彼女、人間」
『今観測できるデータ上は人間です。ですが、《落とし穴》発動時の魔力の波長はモンスターカード特有のものです』
「モンスターカードから召喚されたモンスター?」
『データベースと照合。カード名は《セラの蟲惑魔》。技術開発局危険物管理棟から紛失した一枚と同種のカードです』
「この《森》と同じってことね」
アンカーを消してティアナは着地する。
セラとの距離は10メートルほどだろう。
クロスミラージュを構えたティアナは、いつでも銃撃できるように魔力を巡らせる。
「驚いた。お姉ちゃんは空を飛べなそうだから、《落とし穴》でやっつけられると思ったのにな」
「まんまと騙されたわよ。可愛い顔して、こんな悪いことするなんてね。誰がマスター?」
「言わない」
「でしょうね」
ティアナは引き金を引いた。加速した魔力弾がセラの頭を狙う。モンスターだと分かれば、速やかに倒すのが吉だ。
橙色の魔力弾はセラを撃ち抜く前に霧散する。
突如現れた触手が間に割って入り、セラを庇ったのだ。
「逃げられないよ、お姉ちゃん」
触手がいつの間にか周囲を取り囲んでいる。先端には透明な水滴がついている。獲物を絡め取る粘液だ。セラは植物族のモンスター。その生態は、モウセンゴケに酷似している。少女の姿で敵を誘い、粘液のついた触手で絡め取るのだ。
「それじゃ、いただきまーす」
触手がティアナに殺到する。
粘性の高い触手に囚われた後、どのような目に遭うかはなかなか想像しづらい。肉を融解して捕食するのか、あるいは魔力を吸い尽くすのか。彼女の捕食がどのような形で行われるのか分からないが、ろくなことにならないのは明確だ。
周囲は色に囲まれて逃げ場がない。セラはティアナをここで仕留める算段だ。そのために、この地点までティアナを誘導してきたのである。生半可な覚悟で、ここを切り抜けることはできまい。
「バリアジャケットパージ!」
触手がティアナに触れるその瞬間、ティアナは敢えて防御を捨てた。
全身を守るバリアジャケットを内側から破裂させたのである。魔力で編まれたバリアジャケットは、あらゆる物理的、魔術的な攻撃に対して術者を守る鎧である。それを外側に向けて爆発させることで、攻撃に対するカウンターを放つことができる。理屈としては爆発反応装甲と同じだ。四方八方を囲まれたティアナにできる起死回生の一手であり、この爆発で触手の勢いが大きく削がれた。
「そこッ」
橙色の軌跡が闇を斬り裂く。
うねる触手を貫いて、人一人分の脱出路を確保し、考えるよりも先に飛び込んだ。
かくして、ティアナは触手の猛攻を凌ぎきり、囲いの外に脱出した。クロスミラージュの計算とティアナの判断。その両輪によって為された、3秒に満たない攻防はティアナに軍配が上がった。
「嘘、出て来られるの……わッ」
銃撃を触手で防ぐセラ。
触手の一斉攻撃は、入念な準備によって発動する罠だ。それを破られたセラの脅威度は著しく下がる。
ティアナはバリアジャケットを再生し、すかさずシュートバレットを連射する。
(反撃の余地を与えない。このまま手数で押し切る!)
セラは高位のカードモンスターではない。
ティアナの基本的な技でも十分に勝機はある。
「くう……この、バンバン撃ってきて、悪いお姉ちゃんだな」
「あなたに悪いとか言われたくないわ」
「もー、こうなったら、奥の手出しちゃうもんね」
「させるかッ」
セラは動かず触手で守りを固める。
突破するには威力のある攻撃が必要だが、ここはセラのテリトリーだ。魔力をチャージする時間は、そのままセラが力を使う猶予となりかねない。
やむなく弾数を増やして、セラの動きを制限するしかなかったが、ティアナのシュートバレットは地中から飛び出してきた一際太い植物に邪魔をされて弾かれた。
「固い……!」
頑強な植物。それは大きな葉だ。平たい葉が内側に折りたたまれている。葉の隙間からは粘液が滴り、粘っこい音とともに葉が開く。
「な……に」
愕然とした。
葉が開き、内側に溜った粘液が大量に地面に溢れ出る。モウセンゴケの一種にハミルトミーという品種があるが、葉の形状はそれに近い。触手だけでなく葉そのものが捕らえた獲物が包み込むのだ。
葉が獲物を包み込むということは、折り畳まれた葉の内側には無残な犠牲者の姿があって然るべきだ。
「あ……う……ぁ……うあ……」
金色の髪の少女が葉にびっしりと生えた触手の粘液に捕らえられて磔になっていた。
美しい顔から表情は消え、瞳は焦点が合わず、唇はうわごとを呟いている。
「アニス……そんな」
アニスフィア・ウィン・パレッティアの変わり果てた姿がそこにあった。
♪
明朗闊達だったアニスは、今や白く柔らかい肌を余すところなく外気に曝し、全身を満遍なく粘液に包まれた姿でティアナの前に掲げられていた。《森》に取り込まれる前のあの表情を知るからこそ、その姿はあまりにも痛々しい。
「アニスに何をしたの!?」
「見ての通り、美味しくいただいちゃった。だって、こんなに美味しい魔力がたっぷりあるんだもの」
セラはアニスの乳房を握る。粘液はセラの体液のようなもので、セラがくっつくということはないようだ。セラにとってはローションのようなものだろう。
セラはアニスの乳房を握ったまま、その乳首を甘噛みする。
「ひぃ、ひゃ、あん♡ あ、ああん♡」
色艶のある声でアニスは喘ぐ。腰を逸らして、身悶えするアニスにセラはあざ笑うかのように凶悪な笑みを浮かべた。
「ふふ、おいしー。アニスお姉ちゃんの魔力、さーいこう。このまま魔力が尽きるまでずっとここで消化してあげるね、れろれろ」
「あ、んふ、ああ♡」
「可愛い、ちゅー」
「ん……んあ……ああ、あ」
「もう、抵抗しない」
唇を閉じたアニスの乳首を乱暴に抓るとアニスはまた嬌声を上げた。乳首がよほど敏感になっているのだろう。触れられただけで腰をひくつかせ、軽イキを繰り返す。
セラはアニスの開いた口に舌を差し込み、激しくディープキスをする。
「ん……じゅる……ちゅ……ん、んんぅ♡ あ、ん♡ ん、んんん♡」
「アニスお姉ちゃん、ほら、蜜あげる。いっぱい飲んで元気になってぇ。舌、もっと出して、んー、れろれろ、れろぉ♡」
「んく……あ、ちゅ……れろ、れろ……れろ……はう……んあ……あ……」
「美味しい?」
「あう……おい、しい……れす……ちゅ……れろ……」
「かわいー、きゃあ」
ティアナの魔力弾がセラに当たる寸前で触手に弾かれる。
「危ないってぇ」
「巫山戯ないで、アニスを解放しなさい!」
「するわけないじゃん。こんなすっごい魔力の塊。……《森》の維持にはアニスお姉ちゃんがいればいいから、ティアナお姉ちゃんには興味なかったけど……まあ、養分は多いに越したことないもんね」
「そういうこと。じゃあ、あなたを倒して、アニスは返してもらうわ」
「それはアニスお姉ちゃんが帰りたいって言ったらの話だよね」
銃撃を防ぎながら、セラはアニスの頬を舐める。
「ねえ、アニスお姉ちゃん。あの、ティアナお姉ちゃんが虐めるの。何とかして、ね」
ちゅ、とアニスの頬にキスをする。
すると、アニスの頬に薔薇のタトゥが現れた。
アニスの身体が触手から離れ、解放される。ただ、それは触手から解放されたというだけで、セラの呪縛はまだアニスを縛り付けている。
「アニスッ……ッぁ」
ティアナは勘任せに横に飛んだ。空気が焼ける臭いがする。熱風がティアナの身体を叩く。バリアジャケットがなければ、重篤な火傷を負っていただろう。
アニスがマナ・ブレイドを膨大な魔力で極大化して振り下ろした。ただそれだけの斬撃で地面が沸騰し、大気が爆ぜた。
「デタラメな」
アニスの瞳に光はなく、洗脳されているのが一目で分かる。
(魔力容量が違い過ぎる。下手したらなのはさんより単純な魔力量は上……?)
アニスが莫大な魔力を保有する規格外の存在であるということは知っている。その上で、なぜか魔法が使えないというハンデを抱えているとも聞いた。これまでの行程で、アニスの天才性と実力を把握した気でいたが、どうやらティアナが触れたアニスの実力はほんの一部に過ぎなかったらしい。
アニスが前傾姿勢を取る。
すかさず、ティアナは空中に魔力弾を形成する。
「クロスファイアーシュート!」
二十発に達する誘導弾が、それぞれ異なる軌道を描いてアニスに襲いかかる。
弾速はシュートバレットに勝るとも劣らず、それでいて魔力弾は網のように動きながら面的にアニスを取り囲んでいる。
橙色の魔力弾が円を描くのに対し、アニスは至極単純にまっすぐにティアナに向かって突進した。
クロスファイアーシュートが二十発の魔力弾を放とうと、前方から飛来する魔力弾はそのうちの一部でしかない。
瞬時に、アニスはティアナの攻撃の穴を看破して対応した。
爆発を思わせる魔力の噴射。
アニスの尋常ならざる加速を魔力弾は止めることができない。マナ・ブレイドによって斬り裂かれ、足止めにもならないのだ。
「クロスミラージュ!」
『ダガーモード』
クロスミラージュの銃口と銃把から魔力刃が形成される。クロスミラージュの近接戦闘形態だ。ティアナ特有の魔力光で構成された刃がマナ・ブレイドを受け止める。
「ヤバッ」
咄嗟に、ティアナは身体を逸らした。
ジュッと音を立てて魔力刃が半ばから焼き切れる。まるで、魔力の結合そのものを斬り裂かれたかのように滑らかにアニスの斬撃はティアナの魔力刃を斬り落とした。
「相性が最悪すぎる」
嵐のようなアニスの連撃をティアナはギリギリで避ける。
マナ・ブレイドは魔力すらも斬り裂く。
ダガーモードで形成する魔力刃も例外ではないし、何ならバリアジャケットもプロテクションもバインドすら両断するだろう。
魔力そのものを扱うミッド式の魔法は、アニスのマナ・ブレイドとことん相性が悪い。
マナ・ブレイドの切っ先が掠めたバリアジャケットが少しずつ削られている。
必死に魔力刃を固めても、受け止められるのはほんの数秒といったところか。馬力が違うので、出力勝負では押し巻けるのは目に見えている。
「これ、本当にどうしたもんかしら」
追い詰められすぎて、笑みが出てしまう。
アニスを救出したいが、手を抜いたらこっちがやられる。
セラは高みの見物で、ティアナがアニスに倒されるのを今か今かと待っている。
どうしてこう貧乏くじを引く機会が多いのか。
ティアナはこの何度目かになるため息をついて、アニスに銃口を向けた。