トリックフラワーという生物がいる。スライムのような元素そのものである元素生物でなく、植物が元素力を扱うようになったタイプの生物……元素植物である。学界においてはその他ある元素植物の中でも高等生命形態とされ、自律移動、無害な植物に擬態、元素力を放出するなどといった狩りのための進化を遂げている。
時には農作物に混じって、時には自ら獲物を探しあてて地中から飛び出し、その攻撃性を以て狩りを行う捕食植物。それがトリックフラワーだ。
現在確認されているトリックフラワーは氷元素と炎元素の個体のみであり、それぞれが霧氷花、烈焔花から進化し、そして急凍樹、爆炎樹になるのではないか……と噂されていたり、いなかったり。
とかくトリックフラワーとは明確な捕食意思を以て対象を襲う危険生物であるのである。
で。
「……マズイ」
そう呟くはモンドの冒険者が見習いこと私、レデスパル。
かつてモンドを襲った龍災……風龍トワリンに纏わるアレソレを解決した栄誉騎士……に憧れて最近冒険者になった、一般モンド市民である。
ありがたい事に「神の目」は私に応えてくれて、モンドの民としても誇らしい風の元素を操る事が出来るようになった。元素力を扱えるようになってから今までの生活が一変したのは言うまでもないだろう。特に風は便利な元素で、些細な事でも風を用いてラクが出来るようになった。物を取ったり動かしたり、と。
昔から得意だった風の翼を併用し、短期間ながら空中で気流を発生させて超長時間の飛行を可能に。新人ながらモンド全域を悠々と飛行し、まだ誰も見たことの無いような場所にまで行けるようになったのである。
行けるようになってしまったのである。
「うぅ、サイリュスさんのばか……」
遡るは一日前のこと。
モンドの冒険者協会支部長であるサイリュスさんは、筋骨隆々な如何にも冒険者、といった風体の男性である。私は彼にある相談をした。それは、私が飛行中に見つけたある洞窟について。
洞窟、と呼べるほど広くは無いのかもしれない。切り立った崖の裏手にある出っ張り。そこに人一人が入っていける程度の洞穴があり、中からは微かに元素を感じられた。その時は装備が整っていなかったこともあって、一旦探索を取りやめ帰還。
ここについて入ってみても大丈夫そうかを問うたところ、サイリュスさんは「なんで入らなかったんだ!」と私を叱咤した。冒険者とは星と深淵を目指すもの。危険だから、危ないから、怖いからといって逃げ帰るようでは冒険者とは呼べないと。
私はガツンと頭を打たれたような気がした。モンドの一般人であった頃の私は、とにかく危険なものに近寄らず、どうしても危険にさらされなければいけない場合は念入りに準備をしろ、と口を酸っぱくして言われて育ってきたから、危険に自ら飛び込むなんて考えはなかったのだ。
流石はサイリュスさんである。私は彼の話を聞いた翌日、つまり今日にこの洞穴へと向かい、特に装備も整えず穴へ入った。
入って。
「寒い……」
青と白の輝き。ゆらゆらと蠢く光。それらの見つめる先にいる、獲物。いや私。
洞穴の中には、ギッシリ。ギッシリだ。所余すところ無く、地面にも壁にもありとあらゆるところに──トリックフラワーがいた。トリックフラワーだ。氷元素のトリックフラワー。本来僻地にひっそりと佇んでいるか、地面に植わっているはずの彼らが所狭しと蠢いている姿は圧巻の一言。そして彼らの吹き出す冷気が洞穴全体を冷やし、ここだけドラゴンスパインを思わせる冷凍空間になってしまっている。行った事ないけど。
洞窟の最奥にあるのは、急凍樹を思わせる枯れ木。図鑑で見せてもらったそれよりは些か小さく、そもそも死んでしまっているようだが、幹から発せられる冷気と圧倒的な氷の元素力は未だ衰えていない。確か、極寒のコアといったかな。アレがまだ中にあるのだろう。
洞穴へと意気揚々と侵入した私を待っていたのはこの光景で、当然驚いた私は驚きの声を上げ、結果トリックフラワー全体にターゲティングされてしまった。下に蠢くトリックフラワーの全てが私を見ている。時折氷元素の弾丸を発射してくる個体もいれば、その花弁を地面へと突き刺し、周囲の壁から氷の棘を突き出してくる個体もいる。
私の今いるここ……この洞穴の中心部にして天井付近につり下がった鍾乳石が丁度それら攻撃を防げる位置にあるから無事でいられるけど、もしここで手を離してしまうか、あるいは天井からの攻撃方法を彼らが思いつくかした暁には私の身体が八つ裂きの串刺しになることは安請け合いである。
「どうしよう、ほんと」
上を見上げる。3m程だろうか、現在位置より高い位置にある入り口がそこにある。私の入ってきた穴であるそこには今分厚い氷が張られていて、簡潔に言うと閉じ込められている、と表すことが出来るだろう。トリックフラワーは高等生命形態たる捕食植物。スライムのような能無しとはワケが違う。
……むざむざ巣穴に突っ込んできた、哀れで愚かな
無論私は「神の目」を持っているから、あの程度の氷であれば砕くことは可能だ。けどそれには一度地面へ着地してから氷を破壊しないといけない。風の翼の使用中は武器を取り出せないから、順序は逆にできない。
「着地……」
下を見る。
早く降りてこいと言わんばかりのトリックフラワーと目が合った。無理無理無理!
けど、残念なことに、もう手が痺れ始めている。
このテイワットに生きる者ならだれでもが知っているだろう、身体に付着した元素の効果。陰熱の炎は持続的に身体を焼き、停滞の水は元素の流れを滞らせる。嗜欲の雷は全身の元素を減少させ、そして凝結の氷は──持久力を奪う。
今こうして鍾乳石を掴んでいる手、抱き着いている腕や足の力。それぞれが段々とふわっとした、「力が入らない」ってこういうことを言うんだろうなぁ、なんて呑気な感覚に至るそれに移りつつあるのだ。このままいけば、いずれ手を離し、トリックフラワーの元へ落ちてしまうのは目に見えた未来と言えるだろう。
本当に、どうしよう。
「炎元素か、岩元素だったらなぁ」
氷のトリックフラワーの弱点である炎元素であればこの程度の状況は苦ではなかったのだろう。対象の元素に反応して結晶を生成し、自身の防護膜へと変換できる岩元素であれば戦い様もあったのだろう。けれど風の元素は対象の元素を拡散して周囲へ影響を与えるものであり、氷元素しかない場においてはあまり役に立たない。氷元素の「神の目」を持っている人に比べたら、少しのやりようはあるんだろうけど……。
神より賜った「神の目」を否定したから、だろうか。
ふと、浮遊感が体を襲った。
「え?」
間の抜けた声が出る。
気付けば右手が、ピクピクと痙攣するばかりで鍾乳石を掴めていない。右手、だけじゃない。
全身だ。ひしっと抱き着いていたはずの身体が、力を込めていたはずの身体が──何も。
落ちていく。無数の氷花の中へ。
落ちた。
冷たい。身体が冷たい。
冷たくて──ベトベトしたものが、身体を覆っている。
「う、ぁ」
身体を動かす気概が起きない。重くてダルい。氷元素が身体に浸透してしまったのだろう、生物が本来持っている持久力の回復が起きない……というか、起きているけれど回復した分と生命活動に使う分が吊り合ってしまっている、ような感覚。だから筋肉を動かすにまで回ってこないんだ。
冷たい。寒い、とはまた違う。冷たい。ぬるぬるで、ベトベトしたものが身体を包んでいる。それは……服の中にまで、入り込んで。
気持ちが悪い。
ただでさえ人間にとって元素力は毒なのだ。元素が付着したり、元素を身体に取り込んだりすると不調が起きる。「神の目」によって制御できるのなら話は別だけど、基本的に付着し続けていいものではない。
それが、全身を。体の至る所を覆っている。
ううん、それだけじゃない。このぬるぬるが……服の内側とか、内股とか、そういう敏感な所に入り込んで、酷く気色が悪い。
まるで肌を舐められているかのような感覚に身を捩ろうとして、けれど出来なかった。拘束されているのだろう、四肢の全てに圧迫感がある。冷たい紐……違う、蔦かな。トリックフラワーに捕まって、花蜜をふんだんにかけられているらしい。
トリックフラワーの食性や生態のほとんどは未だ解き明かされていない。学界では日夜議論が続いているとかで、分かっているのは彼らがあくまで植物であるということだけ。捕食する植物。とはいえその体に歯があるわけでも、溶解液があるわけでもない。
じゃあどのようにして獲物を食べるのか。
それは、行動によって示された。
「ひ、ゃあっ!? ぇ、げほっ、う」
口を大きく開いたことによって侵入してくる花蜜に思わずむせた。むせたけど、今はそれどころではない。
下腹部……ううん、足の付け根、よりも、もっと内側。
余人に触れさせることの無い、自分で触る事だってほとんどない場所に……冷たい球体のようなものが侵入してきたではないか。
当然何者も受け入れたことの無い場所だ。そんなものが入るわけもなく……わけもない、はずなのに。
「あ! ぁが、い、痛っ……痛い!」
無理矢理押し込まれる。花蜜が摩擦を減らし、氷元素が力む事を許さない。未だ熱を持っていた体内の悉くを冷やしながら、その球体は私の奥へと突き進む。痛みに身を捩るも、先ほどと同じく強い拘束で抑え込まれてしまう。
ゴチュ、と。奥へ辿り着いた"音"が全身に響いた。
「ウ──ぶ」
その、奥へ。更に球体を抉り込まれて、思わず胃の中のものを吐き出してしまう。
冷たい。冷たくて、大きい。人の拳くらいはあるだろうか。ううん、もっと大きい。それが、私のおナカに入っている。それを運んできた葉は千切れておらず、まるで私の身体からそれが生えているかのような錯覚を覚えた。苦しい。とても。そして、冷たい。
体力が回復しない。抵抗する気が起きない。冷えて遅くなっていく思考の底で、なんとかしないと、という思いが段々と消えて行く。
……それを察知したかもしれない。
トリックフラワーの頭部についた葉が、チロりと寄ってきて……。
「ん、ぅ……?」
私の胸に、ぐるりと絡みついた。薄くて細い葉っぱだ。尖った先端。
それが私の胸の……先端のぽっちを、ざらりと撫でる。
「ゃ……」
ザラり、ザラり。植物らしい表面のザラザラが、服越しに、けれど花蜜で濡れてぴっちりと張り付いたそこを、ゆらゆらと撫でまわす。
生まれたのは、快感と……熱。
冷たい冷気で私の熱を奪うおナカの球体とは反対に、冷たい葉っぱは私に熱を取り戻させる。くねくね、くにくに、ちろちろと、先端だけを懇切丁寧にいじくりまわされる。
「くすぐったい……んんっ」
正常な判断が出来ているとは思っていない。
ただ、何故か。獲物を捕食するために狩りをしているはずのトリックフラワーから、「死なせてはならない」というような意思を感じた。
先端を責める葉は増えていく。一体だけではない。複数のトリックフラワーが私の上半身に群がり始め、胸や脇、首といった皮膚の薄い、感じやすい所をザラザラと撫でまわし始めたではないか。単純にくすぐったいだけの所もあれば快感を呼ぶ部位もあり、発汗と動悸と共に体温が上がって行く。
「ぃっ!?」
唐突に下腹部へも刺激が来た。下腹部。ううん、股の……一番、敏感なトコロ。
来ると思っていなかった、身構えていなかっただけに、大きく体を跳ねさせてしまう。ぐ、と四肢の拘束が強まった。自身が捕まっているのだということを思い出す。
冷たい葉っぱの先端が、触れるか触れないかという距離でそこに近づく。いつの間にか衣服がない。下半身があらわにされている。その羞恥に、さらに体温が上がった気がする。
カーッと熱くなっているだろうソコへ巻き付いてくるひんやりとした葉っぱ。優しい手つきで……突然、グ、と力を込めてきた。
「ひぃ、だ、だめ……」
さらに微振動。小さな小さなポッチを扱かれて、そのあまりにもな感覚に腰が砕ける。私のナカへと続く道へ入っている葉っぱも小刻みに揺れ始め、内からも外からも晒される快感にどうにかなってしまいそうだった。
ふと、ドクン、と。
何か──脈動した。何か、じゃない。
おナカの、球体だ。
「え、あ……何、え」
お腹が少しずつ膨らんでいく感じがする。上と下のぽっちへの責めが激しくなる。気持ちがいい。快感。だけど、お腹が……くるしい。
苦しいのだ。膨らんでいる。女の子の大事な、奥の奥。赤ちゃんを産むための部屋が、大きく膨らんでいる。
「い、痛い! ぎ、いい、いい!!」
痛い。快感じゃ追いつかない程の痛み。
痛くて痛くて痛くて痛い。
ぐ、と。
その膨らんでいるものが引き抜かれる感覚を得た。
「あ! ぐ、ぎぎぁ、が……いぃ、ひぃぃいい!」
ゆっくりゆっくりと引き抜かれていくソレに、まず赤ちゃんのための部屋の入り口がこじ開けられる。最初に捻じ込まれた時の何倍もの痛み。身体を引き裂かれるかのようなそれに、けれどのたうち回る事は出来ない。四肢と、そして上半身に覆いかぶさってきているトリックフラワーが、私が暴れることを許さない。
赤ちゃんの部屋の入り口は中々開き切らないのだろう、その部屋ごと、外に引き摺り出されていく感覚があった。骨盤をも押し出して、けれど力を入れることが出来ない。氷元素が私の身体から力という力を全て奪ってしまっている。
ズル、と。
内臓が、冷気に、外気に触れたのを理解した。
「が──ゥ、ア──」
部屋の根元に冷たい蔦が巻き付く。
そこをギュ、と抑えられ──一気に、球体が引き抜かれた。
「──」
言葉が出ない。そんな機能は失われてしまったように思う程、体力がない。あの球体に生命力さえも持っていかれてしまったような感覚。事実、そうなのかもしれない。
あれだけ私に群がり、快楽を与えていたトリックフラワー達も今やその球体にご執心のようで、私には見向きもしない。泡を噴いて赤ちゃんの部屋を股座から出して倒れている私を踏んでいる個体さえいる。
私のナカから取り出した球体。それは青白く光り輝き、周囲に生命を感じさせている。トリックフラワーはそれを天へと掲げ──自らに、取り込んだ。
瞬間、すべて。
すべてのトリックフラワーが、地中へと潜る。
私を踏んでいた個体も近くの地面へ潜り、そして。
そして、そこには枯れた急凍樹と、下半身丸出しで赤ちゃんの部屋をひり出した愚か者だけが残った。
奪われた体力が戻ることは無い。体の冷えが着実に心臓を弱らせていく。下半身が晒されている事でそれはさらに加速し、花蜜が如実に体温をも奪う。
私は動けない。
動けなかった。
「うわ~、オイオイ、大丈夫かぁ? オイラ、とても生きてるようには見えないんだけど……」
「大丈夫?」
ふと、温かいものを感じた。
首の後ろ……人の、肌のぬくもり。
「これはトリックフラワーの花蜜だな! ってことはコイツ、トリックフラワーに負けたのか?」
「パイモンなら勝てる?」
「えっ、いや、オイラだけじゃ無理があるだろ!」
「とりあえず、運び出さないと」
憧れの人の声がする。憧れの人がつれているペットの声がする。
夢だろうか。それなら、この……普通に生きていて感じるはずのない内蔵の冷たさは、なんだろうか。
「なんか別の生物みたいだな!」
「押し込んで治るものかな?」
「えっ、ちゃんとしたヤツに診せたほうがいいんじゃないのか?」
「やってみる」
「うわ~……」
その内臓に、圧力を感じた。先ほどまでの冷たいソレとは違う、温かさ。
けど、思いっきり掴まれて、思いっきり押し込まれる、なんてことを誰が想像できただろうか。
覚醒しかけていた意識が飛ぶのを感じる。同じ女の子なんだから、ソレが無理、ってことくらいわかってほしかった、なんて願いは宙へと消えて行った。
──次に目覚めた時、赤ちゃんの部屋はしっかり体内に戻っていて、付着した氷元素もすっかりなくなっていた事について、思う事は一つ。
私は憧れの人に、どんなことをされたんだろう……。
そんな感じで、普通に命の危機だった……死に掛けた経験と、かなり恥ずかしい思い出が、私の最初の冒険譚。これから始まるテイワット旅行記の最初の一ページである。
……そんな詳細には書かないけどね!