GENSHIN IMPACT
「いい? 動かないで、「神の目」も使用しないでね。……爆発するかもしれないから」
「ばっ!?」
「だから動かないでって──あ」
カァーッと紅潮する彼女の頬を見て、私は正確な未来を幻視した。
錬金術、というものがある。
世界共通貨幣であるモラを媒介に行う物質転化術で、単純な上位互換品や合成品を作る他、それぞれの材料から出は考えられない効果を持つ薬剤やアイテムの類を作り出せる技術──であると、私達は認識している。少なくともモンドの民は、と言った方が良いか。
そんな錬金術を扱う人々を錬金術師と呼び、モンドではそのほとんどが西風騎士団に所属している現状にある。首席はアルベドさん。前に一度だけその姿を見た事があるけれど、「なるほど、そうっぽい」と「あんなに若いのに?」が混在する、不思議な人だったことを記憶している。
錬金術は物質転化の術。けれど、それだけではないと力説する人がここに一人。
「だから、錬金術は生物の幅を広げ、世界をより豊かにすることが出来る技術でもあるの」
「はぁ」
「"創造"よりも"改造"に重きを置いた錬金術。それを"生物錬金"って呼んでる」
「ええと」
「だからね、レデスパル。ちょっと貴女を診せて欲しい。貴女の、そのカラダを」
「あの──!」
私に迫る、緑髪の少女。彼女の名はスクロース。
西風騎士団が首席錬金術師アルベドさん、のアシスタントたる彼女もまた、錬金術師だ。しかしその分野はアルベドさんのそれとは違うらしく、会って早々こちらの手を握ってきた彼女は、興奮冷めやらぬ様子で何やらを語り始めた。
「先日解析を頼まれた赤い塗料、それ自体の効果はよく知られた物だったけれど、一度生物に浸透した後だからか、普通とは違う結果が出たの。でも、イノシシやウサギに浸しても同じ結果は得られなかったから、貴女が特別なのかな。だから、少しばかりの試験をさせてほしい」
「その……辞退させていただきます」
「えっ、どうして?」
「あれは、あんまり思い出したくない出来事なので……」
ヒルチャールに浚われ、あわや食べられそうになった日の事。既の事に助かった……助けられたけれど、その後身体に塗られた件の塗料により、誰もが憧れる西風騎士団が代理団長のジンさんを……性的に襲ってしまった事。
被害者であるジンさんも、治療を施してくれたバーバラちゃんも仕方のない事だと言ってくれたけれど、当の私は罪悪感でいっぱいである。
そんなほとんどトラウマな象徴と言えるあの赤い塗料についての実験を、私でさせてほしい、なんて。受け入れられるはずもない。
「でも、まだ症状が出ているんでしょ?」
「うっ、どうしてそれを」
「貴女のご両親から西風騎士団に相談があったみたいね。要約すると、治療してくれた事は大変ありがたいのですが、未だ熱に浮かされている様子が見られるのでもう少し詳細に診断してはいただけませんか、って」
「……」
余計なことを、とは思わない。むしろちゃんと見てくれているんだなぁ、と目頭が熱くなる。……それほど分かり易かったのかもしれないけれど。
そうだ。スクロースさんの言う通り、赤い塗料の症状はまだ抜けきっていない。
深夜から朝方にかけて、どうもぼーっとするというか、カーッとなるというか。他にもモンドでジンさんやバーバラちゃんを見かけるたびに身体が火照ってしまうし、最近では女性とすれ違っただけで甘い痺れが下腹部に広がる。
その度にいつかファデュイに言われた淫乱、変態という言葉が脳裏を駆け巡っていくのだ。
明らかな異常ではあった。赤い塗料が原因であるのは多分間違いなかった。
けど、そうでなかった場合が怖い。西風教会に診てもらって、何も問題なしで、ただただ私がえっちなだけ、と診断された場合が余りにも怖くて、行けなかった。
「その症状を完全に抜くためにも」
そう迫られては、私とて頷くほかないのである。
それで、実際に何をするのか、という話になる。
要するに件の赤い塗料が「小動物を通過した場合」と「人間を通過した場合」と「私を通過した場合」の三種類の実験結果を得たいとのことで、前述の通り「小動物を通過した場合」は実験済み。「人間を通過した場合」も過去の記録が残っているとのことで、あとは「私を通過した場合」の実験結果が得られたら検証が出来るのだと。
ただし「人間を通過した場合」の実験結果は他人の手によるもののため、出来得るのならもう一度自身の手による実験を行いたい所らしい。
「それじゃあ、もう一度あの塗料を身体に塗ると……? 抜いてくれるって話じゃ」
「勿論剥離剤は用意してあるから。表面のと、深く浸透してしまった場合の剥離剤の両方。じゃあ、準備はいいかな」
「その、無抵抗に縛られておいてなんですけど、縛る必要がありましたか?」
「あの塗料は興奮剤の役割をして、その効果は貴女が身をもって体感済みって聞いたけど、違った? ただでさえ耐性が無いなら、あらかじめ準備しておくのは大事だよ」
「それは……そう、ですね」
あの時、ほとんど自分が自分じゃない感じだった。
あの自分を制御できる自信はない。だから縛られ固定されているこの状況は、確かにありがたいのかもしれない。
塗料を塗りやすい様に、手足とお腹、背中を露出した格好……そんな、少し破廉恥と思わないでもない己を女性であるスクロースさんに見られている事が、その、また……えっちな気分にさせてくる。
「じゃあまず、手から行くね」
「……」
ぺた、と。それそのものは冷たい感覚。液体らしい冷たさが手の甲に乗る。あの時のようなゴワゴワしたものでない、しっかりと毛先の整えられた筆は、どこかスクロースさんの髪先のようで、……ああ、いけないいけない。
「どう?」
「……塗られた部分が、熱くなってきました」
「熱いって、どんな感じ? ほかほか? ぬくぬく? それともカーッと?」
「カーッと、です。そこだけ爆炎樹に突っ込んだんじゃないかってくらい、熱くて……」
「ふむふむ……ありがと、じゃあ剥離するね」
莫大な熱を持ち始めた右手に、またも冷たい筆先が乗る。けれど今度のソレは先ほどの物と違い、なぞった個所からありありと熱の消えて行く、不思議な感覚がした。なぞられた部位から熱が奪われ、どころかあの日以降ずっと感じていた甘い痺れのようなものも消えて行く。
凄い。これが、錬金術師か。
「……」
私が勝手に感動している中、けれどスクロースさんは険しい顔だった。
彼女の見ているもの。それは、剥離させたのだろう赤い塗料を閉じ込めた瓶。剥離剤と完全にセパレートしている状態で浮かぶその赤は、最初に塗られた時より多少ピンクがかっているように感じられた。
「あの……?」
「じゃあ足もやるね」
「あ、はい」
そう言って私の足元に屈みこむスクロースさん。
うぁ……スクロースさんってバーバラちゃんと同じくらいの身長で、けど折り畳まれた太腿はスクロースちゃんの方が少しだけ太くて、肉感的で、真剣な表情の彼女には悪いけれど、そのくらいの背の子が私に傅いている事に興奮を抑えきれない──おっと。
ふぅ、はぁ。
「ふぅ──ひゃぁっ!?」
「あ、ごめんね。くすぐったかったかな?」
「は、はいとても、ひゃんっ」
「もう少しだから」
形成、逆転。
私の妄想の中で跪かせていたスクロースちゃんが、私の足先を筆で弄ぶ。角度的に自身の足のせいで彼女の顔が見えなくなったのも原因の一つだろう、私の妄想の中でスクロースちゃんが突然あくどい顔をし始め、私の弱いトコロを筆でちょんちょんして遊んでいるような幻覚を覚える。くすぐったい。くすぐったい。くすぐったいけど縛られているせいで暴れられない。
足の指の間、足裏、健の周辺、膝裏……。
そういうところを柔らかな筆が縦横無尽に通っていく。なんならあのヒルチャール・シャーマンでさえ塗らなかった細部の細部まで、細やかな筆が通る。
「どうかな?」
「あ、っつい、です。カーッとなる、だけじゃなくて、炎スライムに足を突っ込んでるみたいに、全体から、全身へ向けて炎元素が昇っていくみたいな感覚が、うぅ、ふぅっ……んん」
「なるほど。それじゃあ剥離するから」
言って、今度はヘラのようなもので大胆に剥離剤を塗りたくってくる彼女。細くないから先ほどのようなか細いくすぐったさは無い。が、一度に来る面積が多いせいで膝裏や足裏に来た時の物凄いくすぐったさに、笑いと……そして快感が抑えきれない。
雷蛍術師に開発されてしまったアソコとおしっこの穴が、深く反応をする。
「あ、そのっ、と、トイレに行かせてください!」
「うん、大丈夫。それも取るから……」
「え、え?」
「排尿は体内の水分の成分を見分けるのにとても良いデータだよ。今カテーテルを挿すから、安心してね」
「え、え」
言いながら、スクロースさんは細い管を持ち出す。そして私のホットパンツに手を掛け、なんでもないかのように管を入れてきた。勿論、中の下着もなんのその、で。
顔が紅潮するのがわかる。そんな事務的に、私がえっちだと思ってしまう女の子に、そんな、そんな、そんな。
「あ──」
でも、我慢は出来なかった。
出来なかった。
粗方の実験は終了した。手足腹背、そして排尿。塗料を塗られる度に興奮する体は、しかし剥離剤によって鎮められる。スクロースさんの持ってきてくれた浸透剥離剤もまた効果の素晴らしいもので、お風呂にそれを溶かし、浴びてきてと言われるがままに入浴してみたら効果覿面。あの日以降感じていた内なる熱が完全に鎮まったのがわかったのだ。
私がえっちな子になったんじゃなくて、塗料のせいだったと証明された瞬間でもあった。
私はそれはもういたく感動し、今までの恥ずかしい実験も全てコレのためだったんだと思えるようになり、スクロースさんに強い尊敬の念を抱くことになる。
……それがまぁ、ダメだったんだろうなぁ、って。
「それじゃあ、最後に一つだけ、実験に協力してくれる? これ、あの塗料の解析を頼まれたその日に作ってみたんだけど、まだ効果を試してなくて……。"風霊作成・二式絶雲唐一六"。もしよかったら、でいいんだけど」
「はい! 大丈夫です!」
「ありがとう。それじゃあ、また縛るね」
「はい! ……え?」
あれよあれよの間に縛り付けられ、今度は嫌に恥ずかしい格好……大きく股を開かれ、足は折り曲げられ、その足をそれぞれの手で持つような形で固定される。……下半身は、丸出しの状態で。
「あの、あのあのあの」
「じゃあ、動かないでね」
言って、彼女は私のお腹の上に、それを置く。
三角フラスコと呼ばれるソレ。それがお腹なんて不安定な場所の上にぺた、と置かれたのだ。
「……っ」
「簡単に説明すると、この赤い塗料の興奮効果を風霊に組み込んだもので、完成すれば投げた地点にいるヒトの物理攻撃力の増加が見込める……はず」
「そ、それを私で試す理由とは、そしてどうしてこんな、恥ずかしい格好を」
「まだ完成してないから、その前……常駐して興奮効果を指定範囲内だけに振り撒いて、消えると同時に興奮効果も消える、って仕組みの結果が欲しいって所かな。行けると思う?」
「恥ずかしい格好の理由がっ」
「興奮効果が発揮されているかどうか、一番検証しやすい所が見えるようにしておかないと」
ああ、わかっていて、やっているんだ。
それがいっそう──私を、えっちな気分にさせた。
「いい? 動かないで、「神の目」も使用しないでね。……爆発するかもしれないから」
「ばっ!?」
「だから動かないでって──あ」
動揺して膨れた腹が、三角フラスコを落とす。傾斜的に勿論、私を正面に捉えていたスクロースさんの方へ。スクロースさんが止めるまもなく、掴む間もなく、それは地面に落ち──。
カァーッと紅潮する彼女の頬を見て、私は正確な未来を幻視した。
フラスコが割れてから数分が経った。
相変わらず下半身丸出しのまま恥ずかしい格好で固定されている私の前で、頬を紅潮させたスクロースさんが地面にへたりこんだまま、動かない。未来の幻視は間違っていたのか。なら良かった。何も良くないけど。
少し怖いのは、スクロースさんが作ったという風霊……赤い塗料を組み込んだらしいそれは赤緑の光を放っていて、それが未だに消えることなくスクロースさんの目の前を生きている。
「神の目」によって元素生物や元素そのものたる疑似霊を作り出す人は何人かいて、例えば冒険者のフィッシュルさんなんかが良い例だけど*1、そういうのは基本的に長時間留まってはいられない。元素なんて巡っているものだから、一か所に固定する、というのは難しいのだそうだ。
だからこそ「神の目」というのは凄いんだけど。
それが、数分間も形を保ち続けるなんて、正直あり得ない。
「ぁ」
と、スクロースさんが声を発した。
へたり込んだ姿勢のまま、ぁ、ぁ、と小さな声を発し続けている。
「ど、どうされました──あ」
私が声をかけたのが、これまた間違いだったらしい。
突然スクロースさんが顔を上げる。紅潮した頬は未だ健在で、瞳も胡乱気だ。というか、正気を保っていないのが手に取るようにわかる。
スクロースさんは幽玄の鬼が如くふらふらと立ち上がり──私の下腹部に、手を当てた。
「あ、あの」
「……えっち、しよう」
ああ、やはり未来は当たっていたらしい。
私が成った状態と全く同じその症状が出ている。身体が熱くなって、火照って、何も考えられなくなって……えっちがしたくなる。
えっちがされたくなるし、したくなるし、どうしようもなくなって、……目の前に無防備な子がいたら、襲いたくなってしまう。私の時のジンさんのように。
今回の、私のように。
「わぁ、綺麗なお腹……どう? 触られて、くすぐったい? それとも、気持ちいいかな」
「くすぐったいです……」
「うん……ちょっと待って、今脱ぐから」
ああ、正常でない。なるほど、ジンさんもこういう気持ちだったのか。これは確かに気の毒に思うのも頷ける。
スクロースさんは衣服を一枚一枚丁寧に剥ぎ始め、その肢体を露にしていく。
一枚、一枚と落ちていく衣服に脳内でカウントダウンを合わせながら、もう身を委ねる事にした。
だって私も、その……えっちな気分になっていたから。
さぁ、めくるめく女の子同士のえっちな世界を──。
「あだっ!?」
どすん、と。
目を瞑りかけていた視界の隅で、スクロースさんがずっこけた。
風霊がふ、と消える。
「うぅ、何……?」
「あ」
どうやら、剥離剤の入っていたバケツに足を引っかけたらしい。そのまま中身を全て被ってしまったようだ。ほとんど肌着だけとなったスクロースさんに水が付着したのだから、その布地は透け、ぴっちりと張り付いて肢体を晒す結果となる。
……興奮する。
「え……あれ、私」
残念なことに……違う違う、ようやく彼女は正気に戻ったらしい。戻ってしまった……じゃない、戻ってくれたらしい。
スクロースさんは自身の恰好と、そして私の恰好を見比べ、あたふたとしだす。自分の恰好はともかく私の恰好は正気の時にやった事じゃないのかな。それとも、赤い塗料の実験過程でスクロースさんもアテられていた、とか?
……ありそうではある。
「ああああ! あ、いや、えっとごめん、ごめんなさい! こういう実験をする時は換気をする事を第一に考えなきゃいけないのに、こんな密閉空間で……」
「えと」
「今解くから! こんなこと、自分で試す前に人にやらせないから!」
言って、自身の服を着る前にこちらの縄を解いてくれるスクロースさん。ああ、やっぱり正常じゃなかったんだ。
そして窓を開ける。ちなみにここはスクロースさんの研究室らしく、アルベドさんやティマイオスさんも入ってこないとのことで、だからプライバシーは保たれると今までの実験をしていた。
窓を開けた途端入ってくる新鮮な空気。それが、今までこの部屋の空気がどれほど淀んでいたのかを実感させてくれる。
そして、双方が双方とも、己の思考が己を刺す刃となって、羞恥に身悶える結果となった。
その後。
スクロースさんからお詫びという形で頂いた剥離剤及び浸透剥離剤により、凡そ一週間の時を経て、私は完全に快復する事に成功した。女性とすれ違ってもえっちな気分にはならないし、ジンさんやバーバラちゃんにも自然とあいさつが出来る程に、だ。
流石は錬金術師、と言ったところだろう。
流石にこれは旅行記のページには刻まない、ただの思い出。あれからスクロースさんとは会えていないけど、また新しい錬金術を……ええと、生物錬金だっけ? をやっているんだと思う。
私はてんでさっぱりだけど、彼女の行く末に幸あらんことを、とは祈っても……いいよね?
余談、だけど。
あの後、スクロースさんの研究室のお向かいにあるアパートメント。その住人のほとんどが、お盛んな夜を過ごしたとかなんとか。
なんでそんなことを知っているのかって。
それはまぁ、風の噂、というヤツである。