今をときめく大学3年生、胡蝶しのぶには一つだけ、恋人の冨岡義勇に秘密にしていることがあった。
悪いとは思っていない。嘘、ほんの少しは思っている。義勇さんにも、姉さんにも。
「じゃあとっととやめろやァこんなこと」
ジョッキを傾けて、不死川実弥は呆れたようにため息をつく。
胡蝶しのぶの隠し事、それは姉の夫である不死川実弥とのサシ飲みであった。
しのぶはビールを煽るとジョッキを勢いよくテーブルに叩きつける。
「無理ですよ、あなたにはわからないですよね、義勇さんのために毎日奔走させられる私の苦労が」
「テメェが選んだんだから文句言うなよ」
「嫌ですとも言いますとも!あの人都内に連れてったらどこ行っても逆ナン状態ですよふざけないでくださいよ!」
「慣れてるだろ、お前カナエの虫除けもやってたんだから」
「その前は振り込め詐欺まがいの電話に「そうか、財布を落としたのか。しのぶも大概抜けているな」なんて笑ってたんですよ馬鹿じゃないですか!わたし!リビングに!いるのに!!」
「ごしゅーしょーさま」
雑な不死川の対応が憎い。姉さん相手だったら絶対もっと親身になるのに、くそう。
店員に大声でイモ焼酎のオーダーを飛ばし、しのぶはテーブルをばんと叩いた。
「真面目に聞いてますか不死川さん!」
「聞いてるきいてる」
「じゃあ私がなんて言ってたか言ってみてくださいよ」
「トミオカだいすきー」
「ぶっ殺しますよ!」
「要はそう言うことじゃねえの?だいたい付き合い始めたのもお前からなんだから」
「だって顔が良い」
「うーっわ」
不死川の冷めた目を受け流しつつ、しのぶはイモ焼酎をかっくらう。
嘘、本当はもっと色々ある。話を聞いていないようで聞いてくれているところとか。車道側を歩いてくれたり、人混みではぐれないように手を繋いでくれるところとか、決して無理させないように気遣ってくれるところとか。たまに笑うときの青い目が、まっすぐに私を見てくれることとか。
不死川さんと呑むのだって、取るに足らない少しの不満で、義勇さんに当たりたくないから。
絶対に、ぜったいに、誰にも言ったりしないけれど!
そして不死川実弥は、バカバカと度数の高い酒を開けてしこたま酔いが回った義妹を、呆れきった目で見つめていた。
「だいたい義勇さんは自分の魅力に気づいた方がいいんですよねえ、まず顔が良い時点でホイホイ状態なのに、天然で庇護欲を煽るわ底無しに優しいわでもうとんでもないことですよ!わかりますか!」
「ワカッテルヨ」
「嘘ですわかってないです!」
(もうマジで帰らせてくんねぇかな)
カナエもそうだが、胡蝶姉妹は酒癖が悪い。目の前の惨状を目の当たりにして、実弥はキレそうになるのを必死で押し留める。
ピンと伸びていた背筋はくったり曲がりきってテーブルに頬擦り状態、右手は懲りもせずイモ焼酎を掴んでおり、絶対に首を痛める角度でぐりんっと実弥にすわった目を向けている。
「でも義勇さんが自覚するのも問題です!そしたら絶対こんな可愛げのない彼女捨てて新しい女のところに行っちゃいますもん!わかりますかこのデッドロック状態が!」
「じゃあ今のままでいいんじゃね」
「人の話を聞いてたんですかこのすかぽんたん!姉さんのこと意識しまくって職場でろくに声かけてないの知ってるんですからね、この雰囲気童貞!」
(こいつは義妹だ腐ってもカナエの妹だ、キレるな耐えろ耐えろ)
シィィィー、と得体の知れない呼吸で怒りを静める実弥に、不意にしのぶが背筋を伸ばした。
「不死川さん」
「あん?」
「姉さんをめちゃくちゃに犯すのは楽しいですか?」
「ぶっ殺されてえのかテメェ!」
キレてしまったが、実弥の頭は妙に冴えていた。ついにここまできたかと。
と言うのもこの女、酔いが回りきると閨での話をぶっ込んでくるのだ。半分は姉の性事情への興味で、半分は冨岡のアレがいい、これは不満なんて愚痴である。
「真面目に聞いてます。ねえ、やっぱり好きな女をめちゃくちゃにしたいって思いますか?」
「なんでテメェにそんなこと答えねえといけねえんだよ」
「思うんですね。じゃあ質問を変えますけど、義勇さんにもそういう欲、あると思います?」
「さあねえ」
「不死川さん!」
これ以上詰め寄られると酒臭くて死にそう、と不死川は横を向いて答える。
「まあ、男なら多かれ少なかれあるんじゃねえの?冨岡のことなんざ知らねえけど」
「やっぱり、、、。でも義勇さん、いっつも優しいんです、気味が悪いぐらい気遣ってくれて、痛くないか辛くないかって、、、私、満足させられてないんじゃないかって、」
「雑に扱われるよりはいいだろうがよ」
「もっと激しくしてくれてもいいじゃないですか!一回ぐらい気絶するまで責められてみたいです!義勇さんが満足するまで!」
酒が入って最後の最後に出てくるのがコレなあたり、しのぶは相当に冨岡が好きなんだなあと、不死川は軽く畏怖を覚える。本当にマジで、あれのどこをこんなに好きになれるのだろうと。
でもまあ困ってるようだし、ちょっとはまともに聞いてやろうかと体を向け直したところで、しのぶが再び口を開いた。
「姉さんから聞いたみたいに、朝まで抱き潰されることもコスプレ奉仕させられることも縛られるようなことも一切なくて、、、もっと激しくしてくれてもいいのに、、」
「お前ほんとぶっ殺すぞ」
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胡蝶(正確には不死川だが)カナエは一つだけ、夫の不死川実弥と妹の胡蝶しのぶに秘密にしていることがあった。
「それでね冨岡くん、実弥くんったら口ではなんだかんだ言ってしのぶのことを妹みたいに思ってるみたいでね、色々世話焼いてくれるのよ」
「、、、」
「でもやっぱり2人っきりで家にいる時ぐらい私のことを見て欲しいっていうか、ほら、実弥くん兄弟も多いじゃない?だからなかなか思考がそっちから抜け出して来れないみたいで」
「、、、」
「ちょっと寂しいのよねー、」
対面の恐ろしく顔の整った男は、聞いているんだかいないんだかわからない顔で居酒屋にあるまじくほうじ茶をすすっている。
胡蝶カナエの隠し事、それは妹の恋人である冨岡義勇とのサシ飲みであった。
「不死川は、胡蝶のことを愛していると思う」
冨岡くんとの飲みは、楽だ。基本的に黙って話を聞いてくれるし、こちらが黙ったらスッと、会話を回す一言だけを口にしてくれる。そして異性の意見も答えてくれる上に、しのぶに惚れていて勘違いさせることもない。相手として、これほど優良物件はいないだろう。
「でも職員室でもろくすっぽ話しかけてくれないのよ?確かにちょっと席離れてるけど、何だか無視されてるみたい、」
夫である不死川実弥に不満はない。優しいし頼り甲斐のある素敵な旦那様だ。だけど最近、どうも恋人としての甘い時間が不足している気がする。カナエとしては2人きりの時ぐらいもっとくっついたりしたいし何なら2人きりじゃなくてもべたべたしていたい。
「なぜそれを本人に言わないんだ」
「変に無理させちゃうのも嫌だし断られるのも悲しいもの」
、、実は同様の理由で、最近実弥くんと体を重ねられていないのだけれど、こっちは冨岡くんにも言えないわね、とカナエはウイスキーを流し込んだ。
「実弥くんにはずっと私のことを見てて欲しいの!」
「落ち着け」
ああ、やっぱりこうなった。と冨岡義勇は5杯目のほうじ茶で心を落ち着かせた。
しのぶもそうだが、胡蝶姉妹は酒癖が悪い。そして呂律が回らなくなる。さっきの言葉も原文ママなら(しゃへひふんひひゃすっひょわひゃひのこひょみひぇひぇほしひの)である。何で会話になってるんだと周りから奇異の目を向けられて久しい。まあ、美人のカナエがくったりとしているのも、みられている原因かも知れないが。
「なのになんでいつも玄弥くんとかの話になっちゃうのかしら、そして何で私もしのぶとかカナヲの写真で応えちゃうのかしらこれじゃ一生2人きりになれないじゃない!」
「落ち着いてくれ頼むから」
「付き合った頃はコスプレとか縛られたりとかたくさんやったのに最近はそういうのもないのよ!疲れただろォって寝かしつけられるのばっかりだし何でそれで寝ちゃうのよ私のバカ、実弥くんの長男!」
最後のそれは悪口なのだろうか?そして思いがけず不死川の性事情が明らかになってしまったわけだが、カナエが続けて「カーセッ、、」まで言ったところで口を塞いだ。どれだけ酔っていても美女の口から出てはいけない単語がこの世には存在する。
「不死川は、胡蝶のことを意識しているんだろう」
「今の流れで何でそうなるのかしら」
「職員室で話しかけられないのは、集中が切れるからだ。俺もしのぶの授業の時は苦労をした。今はしのぶと喧嘩した次の日に栗花落の授業があると苦労するが」
「ああ、カナヲは不満があると延々無言で睨んでくるものね、、、。じゃなくて!」
「、、、?」
「じゃあ、実弥くんが私を遠ざけたりわざと兄弟の話を向けたりするのは照れ隠しってこと?」
「そうだろう。俺がおはぎを持って行った時も、照れ隠しに握りつぶしたり、、、」
「納得できない!」
冨岡が言い終わる前に、カナエがグラスをテーブルに叩きつけた。
「そんな理由で避けられてたの!本当に悲しかったのに、もう許さないわ!」
「待て、待ってくれ落ち着いてくれ酒が溢れている」
「来週から職場でべたべたべったべたしてやるー!」
「、、そうか」
冨岡はカレンダーを思い出して、少しだけ笑う。今日は金曜日だから、土、日と。
「来週まで待たなくても良いかも知れないぞ」
ぽそりとつぶやいたが、カナエは言うだけ言って満足したのか酔い潰れていて、その声は届いていなかった。
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そして不死川実弥と冨岡義勇は、酔い潰れたお互いの恋人と共に、シャツに忍ばせていたペン型の録音機材を交換した。
「冨岡ァ、お前毒々しいほど愛されてるなァ」
「不死川は思春期を早く脱するべきだと思う」
「ぶっ殺すぞお前らバカップル!」
この胡蝶姉妹の秘密(だと本人たちは思っている)飲み会の録音ももう3回目ほどだ。実際は、3回ともほぼ同じことを言っていたが。
「しっかし、毎回送迎されといてよくバレてないと思うよな」
「胡蝶家は、酔うと記憶が飛ぶようだからな」
「まあ便利だから良いけどなァ。そんじゃまァ、帰りますかねェ」
運転はほうじ茶ばっかり飲んでいたという冨岡に任せ、実弥は録音に耳を澄ませる。隣の冨岡もイヤホンぶっ刺してムフフと笑っている。考えていることは同じだろう。
ーーー帰ったら覚悟してもらおうか、カナエ
ーーーお望み通りにいじめてやろう、しのぶ