冬休みに入って最初の週末、夜の九時。
「それではこれより、女子会を開催したいと思います!」
カナエとしのぶの号令により、気心知れた中で予定のついたメンバーが、お金を持ち寄ってシティホテルに集結した。
「本日の司会はわたくし、胡蝶カナエが務めまーす。参加者は右からしのぶ、蜜璃ちゃん、カナヲ、アオイでお送りします!」
わーぱちぱちぱち、と。
テンション高めのカナエの手には酒が握られていて。
ごみ箱の横にはすでに大量の空き缶が転がっていて。
「カナエ姉さん、そんなに飲んだの………?」
「大丈夫よー、明日まで宿は取ってるもの」
「そうよカナヲ! それからアオイに甘露寺さんも! 細かいことは置いといて、一緒に飲みましょう」
しのぶとカナエに挟まれて、残る三者もアルコールに口を付ける。
大学生のカナヲとアオイ、それから現役の画家である甘露寺はなかなか予定が合わず。
今日もこの時間まで三者三様に頑張っていて。
なんとか都合をつけて集まってみれば、先に待っていたしのぶとカナエはすでにかなり酔っていた。
「今日は猥談です」
そして、全員ほろ酔いぐらいになったところで、カナエは唐突に切り出す。
「わいだん、ですか?」
「そうよーアオイ。みんな恋人いるんだし―、お互いどんな感じになっているか気になるじゃない。だから洗いざらいぶちまけちゃいましょう!」
その言葉に如実に肩を震わせたのは、甘露寺蜜璃と栗花落カナヲ。
一方、しのぶはもうしたたかに酔っていて羞恥心もマヒしているのか、びしっと手を上げた。
「はい! まずは私から。というか姉さんへの文句も込みで!」
「あら、なにかしら」
「義勇さんが最近、緊縛に目覚めたんですけど!」
だんだんと椅子を叩いて、しのぶは悔しそうに歯ぎしりする。
「もうほとんど毎回! 両手両足ぎしぎしにされて動けなくされて好き勝手されて! 私は玩具じゃないです!」
そしてカナエを指さす。
「義勇さんに聞きました! もとは不死川先生に借りた手枷足枷が原因だって! いったいどんなことしてるんですか姉さんたちは!」
赤裸々すぎる発言、というかそんなことになっていたの、と。
ほろ酔い三人衆の頬が引きつるのを無視して、カナエはほんわりと笑う。
「えーだって実弥くん、そういうことしたほうが私のことを見てくれるんだもの―。しのぶだってまんざらじゃないんでしょう?」
「誰が!」
「だって義勇くん、ちょっとずれてるけどしのぶが本当に嫌がることはしなさそうじゃない? どう思うカナヲ」
「え、あ、うーん……」
長女に話を振られた末女は、次女から目線を外して答える。
「確かに最初は、許せないと思っていたけど……。しのぶ姉さんも、まんざらではなさそうな気は、してる」
「ちょっとカナヲ!」
唐突な裏切りにしのぶは目を見開くが、そういえば、と口を開いたのは甘露寺だった。
「あの、しのぶちゃん。先日宇随先生のところにお邪魔する機会があったのだけれど」
「あ、すいませんちょっとお手洗いに」
「ドンキで夜伽用の巫女服買ってたって、ホント?」
ひゅっ、と。
変な息して動きを止めてしまった胡蝶しのぶの反応が、全てを物語っていた。
「え、嘘ですよねしのぶさん。まさか学徒の鏡のような姿勢を貫いてらしたしのぶさんに限って、そんなことはないですよね……」
「しのぶ姉さん………」
嘘だと言って、と半ば懇願するような年下二名の眼差しがひたすら刺さる。
カナエは次女の秘密を知ってご満悦であった。
「なあんだー、しのぶもやることやってるんじゃない。安心しちゃった。しかも自分で買いに行くなんて度胸あるー」
「姉さんにだけは言われたくない!」
「私は全部ネットショッピングだもの」
けらけらと笑う胡蝶カナエ、青筋を立てているものの、内容はちゃんと全部自己申告して場を回す胡蝶しのぶ。
そしてほろ酔い三人衆は顔を見合わせた。
え、うそでしょ。本当にこのノリで続くの。
「あの、すみません。梅酒ありますか。原液で」
「アオイ。私にもそれ頂戴」
「度数が40%超えてるやつ、あるかしら。スピリタスでもいいわ」
そして神崎アオイ、栗花落カナヲ、甘露寺蜜璃の三人は、なんとか自分の番までにタガを外そうとぐいぐい飲む。
そしてぐいぐい、飲みに呑んで。
順番まわって栗花落カナヲ。
ほろ酔いを通り越して顔を真っ赤にして甘い香りを振りまくカナヲは、むすっとした顔でつぶやいた。
「炭治郎、最近いじわるに拍車がかかった。目を隠されて、全身触られて、ろくに反応できない私で絶対遊んでる……」
「そんなまさか、あの炭治郎さんが……」
「うちの可愛いカナヲになにしてくれてるんですかねぇ。不死川先生といい、まったくどいつもこいつもですよ」
いちいち衝撃を受ける神崎アオイと、しゅっしゅっと拳を出し入れする胡蝶しのぶ。
原液の梅酒をぐい飲みし、カナヲはさらに言葉を続ける。
「この前なんて、脱がされたあと立ったまま目隠しされて、動いちゃだめだよって耳とか舐められたり、前から後ろからたくさん触られたり、もうっ、どうしたらいいの………っ!」
「炭治郎くん………」
「炭治郎さん………」
裏表無し溌溂少年、竈門炭治郎の評価が急速に塗り替わっていく。
カナエだけはのほほんと言う。
「なんとなく炭治郎くんって実弥くんと同じ匂いがするわねー。やっぱり長男だからかしらね。私もたまに手かせ足かせ目隠しで弄られちゃったりするわよー?」
「あの腐れ白髪!」
もうこれは不死川、義勇さん、炭治郎くん三人そろって下剤の刑ですあるいはシャンプーを除草剤に変えてやりましょうか、なんておっかないことを言い始めたしのぶをさておいて、カナエはカナヲにするすると近付く。
「それで? どうだったかしら。カナヲは嫌なの? やめてほしいの? 炭治郎くんのことが嫌いなのかしら?」
「わ、たしは………」
「どうなのかしら? ねえねえ、ねえねえねえ」
「私は! そんなたんじろーも大好きです!」
選手宣誓かな? と疑いたくなるようなぐらい声を張り上げるカナヲを抱き留め、カナエはにっぱにぱ笑う。
「そうよね! そうよねー! よかったわカナヲがこっち側で。しのぶも体はこっち側なんだけど、いつまで経っても認めないから困っちゃうのよー」
「だれが! 義勇さんに白旗なんてあげますか!」
「やーい緊縛巫女ー」
「ね、え、さ、んっ!」
半分入った缶チューハイを姉の顔面にぶん投げるという暴挙に走る胡蝶しのぶ。
その投擲物を横から難なく掴んで飲み干し、甘露寺蜜璃はカンカン、と楽器がわりにして注目を集める。
「はいはーい! 伊黒さんはとっても優しいです! 絶対私の嫌がることはしないし痛いこともしません! だからつぎ、アオイちゃん!」
「待ってください」
と自分の順番をスルーしようとする甘露寺を、カナヲが止めた。
「あの伊黒先生が、そんなただの優しい人で終わるわけがありません。そもそも甘露寺さん。伊黒先生と初めてしたのはいつですか?」
「え、あ、い、一か月前」
「え? 伊黒先生って何歳………」
ほら見たことか、と鬼の首を取ったような笑顔を浮かべるカナヲ。しのぶもちょっと興味があるのか、甘露寺に詰め寄る。
「優しくって言いますけど、伊黒先生ってなんかこうネチネチしてるじゃないですか。この前、体力的に不安を感じているって話も伺いましたし。本当はめちゃくちゃやられているんじゃないですか?」
「え、そ、そんなことないわよ! 伊黒さんはいっつも紳士的だわ! 痛いことされた記憶なんて一つもないもの! ただまあ、ちょっと………」
「ちょっと?」
「な、がいかなあ。とは、思うけれど」
「具体的にどれぐらいですか」
「……十六、時間」
「………………え?」
場が凍る。
十六時間って、え? 六時間じゃなくて? じゅうろく? そんなの文字通り一日中だし、連続ってもうフルマラソンよりきついんじゃ………。
ぎぎぎ、と機械仕掛け人形みたいな挙動になった全員の視線が集中するのを感じて、甘露寺はやけくそ気味に叫んだ。
「あああもうわかったわよ言うわよお! 伊黒さんは絶対に痛くしたくないからって理由で物凄い前戯に時間をかけるの耐えられないぐらい! だからはっと気づいたら十五、六時間経ってるのよ!」
軽い音を立てて缶チューハイをごみ箱に投げ入れ、甘露寺は両手で顔を覆ってなんとも形容しがたい声で呻く。
そして他の女性陣は、珍しくカナエも含めてドン引きであった。
「十六時間って、ええ………」
「伊黒先生……」
「もうほんとに、変態ばっかりですよまったくもう」
「ヘタレ先生……」
「もういい加減にしてよお! 良いじゃないそれでも私は優しくて紳士的な伊黒さんが大好きなんだからぁ!」
今の話を聞いて、その相手が優しくて紳士的だなんて言われても信じられるわけないよね、というアイコンタクトがかわされているのに気づかず、髪を振り乱す甘露寺蜜璃。
そしてその甘露寺の横で、神崎アオイはひそかに追い詰められていた。
―――え、どうしよう順番まわってきちゃうけど、みんなもう本当にとんでもない抱かれ方してた! わたしぜんっぜん伊之助さんに不満無いしめちゃくちゃまともだし、なに話せばいいのねえ伊之助さん⁉
錯乱してここにはいない恋人に助けを求める神崎アオイ。
何を隠そう彼女だけは。そして一番めちゃくちゃなことやっていそうな彼女の恋人、嘴平伊之助だけは、大方の予想に反して極めて紳士的にアオイを抱いていた。
それ自体はとてもうれしいのだが、今回に関しては言うことがなさ過ぎて固まるアオイ。
すると、助け舟なのかは怪しいが。
それに比べてですよ! としのぶがびしりとアオイを指さした。
「女性の扱い方に関しては伊之助くんの右に出る者はいません! さあ言ってあげなさい! 彼の紳士的な言動の数々を」
胡蝶しのぶだけは、以前に相談されたことがあったから嘴平伊之助の心根を知っている。
さあさあ、と甘露寺の前においてあるスピリタスのショットを差し出して、笑顔で迫る胡蝶しのぶ。
神崎アオイはそれをぐいっと飲み干すと、一瞬で熱くなる頭のままに口を開いた。
「い、のすけさんはですね! 私の体調が悪いときは絶対に手は出さないですし身の回りのこと全部やってくれます!」
「ほうほう、それで?」
「抱くときだって、すごいんです。恥ずかしいって言ったら暗くしてくれるし、感覚が鋭いから私の息遣いとか全部わかってて、呼吸が乱れないように注意しながら抱いてくれます!」
「素晴らしいですね」
合いの手に勇気づけられ、アオイは最後まで言い切る。
「そ、れで。不満はないのかって聞いたら、笑ってさえいればお前は最強だって、慰めるみたいに、抱いてくれて………。だから! 私は伊之助さんに不満なんてないんです!」
一息に言いきって荒い息で肩を揺らす神崎アオイ。
そして胡蝶しのぶと甘露寺蜜璃は二人感じ入っていた。
「きゃあそうなのね! 伊之助くんとっても素敵だわ。もうキュンキュンして胸が痛くなりそう!」
「見ましたか! 伊之助くんこそがまさに王道、最強の男です。今の話を参考に、私たちも自分の恋人たちの奇行をもう一度見つめ直して矯正するべきなんですというかもういっそ去勢するべきなんです!」
そしてすさまじい熱量のしのぶの演説に対して、胡蝶カナエと栗花落カナヲはというと。
「えー、なんか退屈そう」
「優しい一辺倒って、つまらなくないですか?」
まさかのダメ出しであった。
しのぶの熱量を真正面からマイナスに持っていくがごとき淡白な反応。
しれーっとした態度でくぴくぴと酒を流していく二人に、胡蝶しのぶは口を開けたまま唖然として固まる。
そして怒髪天を突いたのは神崎アオイであった。
「ふざっけないでくださいよカナエさんだからってえ、言っていい事とぉ! 悪いことがあります! いのしゅけさんは顔も性格も日本一、いや世界一なんです! あなたのところの傷だらけの白髪と一緒にしないでください!」
「あらあらー、実弥くんを悪く言うなんて喧嘩売ってるのかしら」
「そしてカナヲ! 真性の変態行為でしか満足できなくなったあなたの尺度でいのしゅけさんを計らないでくださいこの異常者!」
「わ、わたしは異常者じゃない!」
取っ組み合いつかみ合いの喧嘩になりそうになるのを、甘露寺蜜璃と胡蝶しのぶが慌てて静止する。
かと思いきや、こっちはこっちで何かが琴線に触れたのか。
アオイの肩を掴んでぐりんと至近距離で目を合わせた。
「世界一は伊黒さんです! それだけはゆずれないわ!」
「容姿で言えばぶっちぎりで義勇さんです。当然ですよね」
「嘘です馬鹿です離してください、絶対絶対いのすけしゃんです! がるるるるる!」
恋人の影響を受けたのか獣化の進んだ神崎アオイと、急所狙いで確実に潰しにかかる胡蝶しのぶ。さらに天然の百万馬力、甘露寺蜜璃の取っ組み合い。
さらに変態の汚名と、恋人の汚名を払しょくしようと栗花落カナヲと胡蝶カナエもそれぞれ参戦したもんだから、もうしっちゃかめっちゃかで。
気づけばバトルロワイヤルになってしまった猥談は、アルコールと疲労で全員が前のめりに倒れるまで続いていった。