「兄ちゃんが帰ってくるなんて珍しいな」
「あァ、もうすぐ年末だしなァ。部屋の整理でもと思ってよォ」
「大掃除は来週やるって言ってなかったか?」
しかもなんで掃除に胡蝶先生も?
もちろん来ること自体は全く問題ないし、むしろ妹弟や母ちゃんはすげー喜ぶだろうけど、兄の行動にはなんとなく違和感を覚える。
とはいえ、久々に見る兄の変わらぬ顔に、不死川玄弥はそっけなく返しながらも内心は安堵していた。
「ちゃんと飯食ってるみたいで安心したよ」
「なに言ってんだ、お前らの体は半分ぐれぇ俺の料理でできてんだろうが」
「いや、兄ちゃん放っておくとおはぎばっか食うじゃん………」
そして実弥の後ろに控えるカナエにちらりと目をやる。
「胡蝶先生が見てくれてたんですよね。ありがとうございます」
「い、いやあ。そんなことないわよ。いつも私の方こそ実弥くんにはお世話になってるから………」
「はあ、そっすか。それは、えーと」
「つーかもうこいつは胡蝶じゃねぇんだけどなァ。そろそろ呼び方直せよ」
「いやちょっと名前呼びは……」
そして不死川実弥は内心でほくそ笑んでいた。
―――いやあ面白ぇわ。
もうさっきから顔は赤いし下を向くしで、普段と比べると明らかに挙動不審なカナエ譲であったが、極端に女性に対する耐性の低い不死川玄弥もまた下を向きっぱなしなため奇跡的に気づかず。
お見合いかな? とでも首をかしげたくなる状況に、実弥の嗜虐心が首をもたげた。
「あぁそういえば、荷の運びだしとかやるかもっつーのに段ボール忘れてきちまったな。近場のスーパーまで取りに行くか。おい、玄弥、カナエ。お前らもついてこい」
「ちょっと実弥くん⁉」
「は? それぐらい一人で……」
「い、い、か、ら! ついてこい」
強引に弟の首に肩を回し。
カナエに関してはポケットに手をやる素振りを見せるだけで封殺し。
不死川実弥の楽しいお散歩が始まった。
「………っ!」
カナエは、一瞬びくりと体を震わせた。
見ると実弥の手はポケットでごそごそと動いており、見なくてもその頬は持ち上がっているのだろうというのがわかる。
ちらりと顔を上げ、玄弥にバレていないことを確認して、カナエは再び伏し目になった。
―――実弥くんのばかっ! というかいつの間にあんなの買ってたの………。
ネットショッピングはもっぱらカナエの担当だったはずだ。アカウントも家計簿もカナエの管轄下に置かれている。
だとしたら別のアカウントを作ったか、直で買いに行ったか。
下着の中に仕込まれたそれが思い出したように再び震えて、カナエは危うくひざを折りそうになる。
「どうかしたかァ? カナエ」
「……なんのことかしら?」
「なんか体調悪そうじゃねぇか? なあ玄弥」
白々しく顔を覗き込んで、話を振る不死川実弥。
玄弥はといえば、ぱちぱちとカナエを数度見て、純粋に心配そうな顔をした。
「そういえば、なんかいつもより顔が赤いような………?」
「妙にふらついてるしなァ」
「ていうかなんか汗かいてませんか? この冬場なのに。胡蝶先生、どこか具合でも悪いですか?」
―――無理無理恥ずかしくて死んじゃう!
どこまでも味を占めて責めを緩めない不死川実弥と、どこまでも純粋に顔を近づけてくる不死川玄弥。
考え得る限り最悪の組み合わせ、しかも裏通りとはいえ外。
羞恥でますます顔を赤くして、カナエは逃げ出したいのを必死でこらえていた。
「……だ、いじょうぶよ。心配かけてごめんなさいね?」
「いやでも、明らかになんか変ですよ? 兄ちゃん。スーパーなら俺が行ってくるから先生連れて帰れって」
「あー、いやでもさすがにそれは悪いしなァ。どうだ、カナエ?」
どうだ、と聞くならそんなあくどい顔をしないでほしい。
ポケットに入れた手を今すぐ出せと言ってやりたい。
「問題ないわ! ぱっと行ってぱっと帰りましょう!」
半ばやけくそ気味に叫んで、カナエはずんずんと家から遠ざかっていく。
ぱっとは行けたがぱっとは帰れなかった。と胡蝶カナエはじくじくと疼く体を引きずって帰り道を歩いていた。
きっかけは段ボールを横抱きにした実弥の「そういやァ買い出しって済んでんのかァ?」という一言で。
実家に連絡を入れ、ああそれならあれとこれと、なんて指示を大量に受けた結果、混雑したスーパーを縦横無尽に歩くことになってしまった。
「あの、胡蝶先生……。やっぱりなんか疲れてるんじゃ」
「だ、大丈夫。だいじょうぶだから!」
玄弥の優しさがどこまでも刺さる胡蝶カナエ。
そして元凶は通話を終えて、スマートフォンを左ポケットにしまった。
「もう大丈夫だってよ。モールまで歩く必要はなさそうだ。良かったなァ」
ここからモールまで歩くとしたら片道三十分はかかる。
それを想像してゾッとするカナエを引きずるように、不死川一同は帰路につく。
「兄ちゃん、最近学校はどう? 仕事大変なのか」
「あー、まあぼちぼちだ。お前らの代が卒業してからだいぶ楽になったけどなァ」
「まあ俺らの代はな。ちょっと強烈だったよな。あんなに赤色灯乗っけた車が乗り込んでくる学校初めてだ」
「バンド騒ぎと、あと謝花の兄貴が普通に捕まったりしてたよなァ。……カナエはどうだァ? おまえんとこのクラス、何か騒がしくねぇか?」
「……あ、ええ。そうね。小鉄くんと時透くんがちょっと大変なことはあるけど。でもみんな良い子よ」
「胡蝶先生の下でならみんな良い子になりますよね」
「過保護の間違いだろ。テメェはうっかりしてるとクソみたいなことしでかすからなァ」
「兄ちゃん、言い方」
そして未だにカナエを直視するのに抵抗がある玄弥は、信号を挟んで道路の反対側に、見覚えのある二人組が立っているのを見つけた。
「兄ちゃんあれ。冨岡先生と胡蝶先輩じゃねえ?」
玄弥が指をさす方を見ると。
恋人の腕にしがみつくように腕を絡めて何事か言っている胡蝶しのぶと。
結構な体重をかけられているに違いない体勢なのに全く体幹のぶれていない体育教師、冨岡義勇がいた。
あっちもこっちも目の毒だ、と玄弥はぐりぐり首の位置を変える。
「あの二人、付き合ってるってマジだったんだな。つーか胡蝶先輩相変わらずパーソナルスペース狭いなー。ほとんど寄りかかってるじゃん」
「いや、あれは本当に寄っかかってんだろうな」
「は?」
「……あれ? なんでしのぶも………?」
「うわ、胡蝶先生今度は真っ青ですよ大丈夫ですか⁉」
そして信号も青になり、あの日あの時、連行されて以来の邂逅。
既にこちらに気付いていた胡蝶しのぶは不死川実弥に掴みかかった。
「この腐れ白髪! 姉さんに何してるんですか!」
「あァ? 見りゃわかんだろうが、買い出しだよ」
「嘘です絶対嘘ですだって姉さん明らかに普通じゃない顔してます!」
「普通じゃない顔………」
快楽に漬け込まれた、言い換えれば情事の時にしているであろう顔を普通じゃないと言われ地味に凹むカナエ。
実弥は鼻を鳴らしてしのぶに顔を近づけた。
「だってなんだよ? それにしても、ずいぶん暑そうなコートだなァお前」
「…………このっ!」
「なあ、お前もそう思わねぇか? 玄弥」
「え、玄弥くん⁉」
「ど、ども」
実弥とカナエの陰に隠れていた玄弥が顔を出し、それに顔を引きつらせ奥歯を噛み締める胡蝶しのぶ。
絶対に内輪から出せない話題ゆえに言葉を失っていると、ずっと黙っていた義勇がしのぶの肩を抱いた。
「しのぶ、もういいだろう。先は長い。行くぞ」
「え、ちょっと義勇さんちょ、ちょっと待ってください! というかなんかおかしくないですか。最下位って私だったんじゃ……っ!」
「待たない。引きずってでも連れていく」
そしてコートのボタンの間から手を差し込むと、そのままずるずると引きずって行った。
残された玄弥はあっけに取られて呟く。
「冨岡先生強引すぎんだろ。つーか今どこ掴んでたんだ?」
「中に取っ手でもついてんじゃねぇの?」
「ねえ実弥くん。いまなんかしのぶ変なこと……。っん! なんでも、ぅ、ないですっ……」
違和感に気付いたカナエをスイッチ一つで黙らせて、不死川は先を急かす。
そして玄弥に千円札を三枚渡した。
「そこ曲がったらいつも行ってた駄菓子屋があんだろ。それで弟妹に好きなもん買ってってくれねぇか?」
「あ、ああ」
実弥の気配にただならぬものを感じたのか、素直に言うことを聞く玄弥。
そしてモヒカンの弟が去ってから。
裏路地に恋人を引きずり込み、実弥は右ポケットに入れっぱなしのスイッチを強に入れた。
「んぅ! 待って実弥くんっ! ここ、そとぉっ」
「外だな」
「外だな、じゃなくて! ぅあ!」
「人通りのないに等しい場所を選んでやっただけありがたいと思えよ」
「ぅぅぅ! ぅぅううんんんん!」
それきり何を言っても実弥は聞く耳を持たず。
焦らされていたためすぐに限界を迎え、カナエは電柱を掴んでがくがくと震えた。
「………なんで兄ちゃんのほうが帰ってくんの遅いんだよ」
「まあちょっといろいろあってなァ」
もうなにかがおかしい事には気づいている不死川玄弥の目線をスルーして、実弥はカナエを引きずるように二階の自室に叩き込んだ。
階下で実弥の弟妹たちの騒がしい声を聴きながらベッドに組み敷かれ、カナエは顔を真っ赤にして首を振る。
「ごめんなさいやっぱり許して許して無理ですっ!」
「今更なに言ってんだよ。路上よりマシだろうが」
「絶対こっちのほうが無理、だって玄弥くんとかいつ入ってくるかわからないじゃない!」
「頑張って声我慢するんだな」
そして下着を抜き取って、強めに指をうずめて上下に動かす。
「お願いお願いゆるしてぇぇ、ぅぅぅんんんんん!」
「ちゃんと我慢できんじゃねぇか。偉いぞ」
そのままだと唇切っちまうな、ともう片方の指を口に差し込むと、カナエはその指に歯を突き立て、全力で噛んで声を我慢する。
ぎりぎりとする指の痛みをそのまま返すように動かす手を激しくすると、間もなくカナエは大きく体をのけぞらせた。
ぎし、ぎし、とベッドが揺れ、その音が階下に響いたのではないかと気が気ではないカナエを無視して、不死川実弥は財布から避妊具を取り出す。
「まって、むり、むり……。ちょっと待って、っは! ぅぅ、ふぁ、ぁぁ、っっっふあ!」
奥まで突いてやると、カナエは我慢できないかのように息を漏らした。
「おい、声漏れてんぞォ」
「が、まんできるわけ、ないじゃないっ!」
「できなくてもしろ。それぐらいが反省にはちょうどいいだろ」
「まってもうすぐまた、っあ、っふ、ぅ、ぅう……?」
そして、カナエが白い喉をさらけ出したタイミングで、動きを止めた。
何をされるかが予想できてしまって、壊れた人形のように首を左右に振るカナエを見下ろし、実弥は笑う。
「無理って言うならじゃあ。一番声が出そうなことはやめといてやるよ」
それから、三十分ほど生かさず殺さず焦らし続けて。
シーツは持って帰らねぇとな、とぼんやり思っていると、カナエが弱弱しく実弥の腕をつかんだ。
「さねみく、ん。もう、許して……」
まあ、もう充分かと思い、実弥はカナエの目にかかった髪を流して、最後に尋ねる。
「もう二度と酒で他人に迷惑かけねぇか?」
「かけない、かけないからあっ」
「誓うか? 次やったら本気で叩き出すからな」
「ごめんなさい、ぅあ、も、うしませんっ……」
「そうか、じゃあ許してやるかァ」
ちょうどそのタイミングで。
「兄ちゃーん? 今日夕飯どうするんだー?」
ドンドンとノックされたドアに、二人そろってビクゥ! と体を跳ね上げさせた。
「聞こえてるから入ってくんなよ! ぜってェ入ってくんなよお前!」
「そ、そうそう今ドアの前に本棚置いてあって危ないから入ってきちゃだめよ玄弥くん!」
「なんでそんな危ない配置にしてんだよ……。つーか、なんかさっきからおかしくないか二人とも」
「おかしくねぇつったんだろ飯も家で食うからお前もう黙って消えろぶち殺すぞ!」
洞察眼はポンコツだが推理力はそこそこな弟を思わず怒鳴りつける不死川実弥。
カナエからしてみれば、親族からぶち殺すなんて言われた日にはぽろぽろ泣いてしまいそうだったが、そこは純正の不死川一族。
罵詈雑言に耐性があるのか、玄弥は「へいへい」と言って階下に降りていった。
「よ、よかった………、んう! っはぁああ、んんんんん!」
そして胸をなでおろした瞬間に、実弥の全体重がカナエに突き刺さり。
「いやァ危なかったなぁ。もうヒヤヒヤさせんなよ」
「今の私のせいじゃな、っ、いいいいい、んう、んんんんんん、んんんっ!」
―――聞かれちゃダメ聞かれちゃダメ聞かれちゃダメ!
頭でそれだけがぐるぐると回る中。
最後の罰を受けて、声も快楽もすべてを体にため込み、カナエは軽く気を失った。
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そして、やけに長い掃除を終えて帰っていった実弥とカナエを見送り。
不死川玄弥は兄の部屋を訪れていた。
―――なんか妙な模様替えでもして内装ぶっ壊してないか確認しないとな。
風通しが悪いと思えば壁をぶち抜き。
冷蔵庫におはぎの保存スペースがないとなったら他の食材をプレスする兄のこと。
常識は身についたものの初手の発想がえげつないことを知っている弟は、内心びくびくしていたが。
ドアを開けてみると、そこにあったのは最後に見たのとほとんど変わらない兄の部屋で、逆に拍子抜けしてしまった。
「……というか、何が変わったんだ? これ」
胡蝶先生の花のような匂いが妙に濃く残っていることを除けば、一切の変化はないように見えた。
ここで仮に。
そこに炭治郎がいれば、鼻を犯すような甘すぎる匂いに全てを察したかもしれない。
そこに善逸がいれば、そもそも階下にいても二階の出来事を把握できたかもしれない。
だがしかし悲しいかな、その場にいるのは知識も経験もない玄弥一人で。
「まあ、壊れてなければいいんだけどよ」
不死川実弥の部屋は閉じられた。