飲み会で色々やらかした挙句に暴言まで吐いたしのぶを、罠を用意したうえで抱きつぶしたのが昨日のこと。
冨岡義勇は二日酔いの抜けたすっきりした頭で、凹凸を強調された自らの恋人の肩を叩く。
「さて、行くか」
日曜日、午前九時。
日常的な動きを妨げない程度に、しかしあらゆる動作で体が締め付けられるように胴体を戒められたしのぶは真っ赤な顔を左右に振った。
「義勇さんちょっと、本当にちょっと待ってください! 馬鹿ですよねこんなので出歩けるわけないじゃないですか!」
「コートを着るだろう」
「それ以外にもいろいろと問題が……んんっ」
うっかり激しく動いてしまい、声が漏れる。
「何をしているんだ?」
「なんて言い草! というかせめて! せめて結び目だけは外してください! なんでこんなところに……、絶対機能的に要らないですよねこことか!」
青筋を立てて叫ぶものの。
義勇は凪いだ声で淡々と言う。
「ここ、とはどこだ? 具体的に言ってみろ」
「こ、この………っ!」
言えるわけがない。
もう満足だろう、とでも言いたげな顔で義勇はしのぶの手を握った。
「時間も押している。町内とはいえ二十キロぐらいあるからな。もう行こう」
「あれって言葉の綾じゃなかったんですか! 嘘ですよね……。本当に、え、え、え、ねえ義勇さん………?」
「………」
「目を! お願いですから目を合わせてください義勇さんっ!」
早くも心が折れかけているしのぶを完全に無視して。
冨岡夫妻の町内一周が幕を開けた。
嘘をつかない代わりに言葉を選ばない冨岡義勇は、今回も決して嘘などついていなかった。
平たく言えば、本当に町内一周分しのぶを歩かせる気でいた。
ただ、人気も見どころもない外周をくるりと回るのは散歩としてはつまらないだろうと、ルートについてはいろいろと考えていて。
よって。
「あ、あの………」
「なんだ」
「町一周なんですよね? なんで中心部なんですか……、というかなんで学校なんですか……っ」
しのぶの母校であり義勇の職場である高校の近辺を訪れていた。
制服を着て品行方正にふるまっていた過去の自分と、ド級のプレイを強要され体を丸めて歩く今の自分を嫌でも対比してしまって、ちょっと涙が出てしまいそうな旧姓胡蝶のしのぶさん。
苗字と共にとんでもない性癖を植え付けやがった問題教師を恨みがましく見上げた。
「義勇さんなんてもうPTAに首を落とされれば良いんです………」
「PTAに斬首刑はないぞ」
「冗談に決まってますよね⁉ んぅっ……」
叫んだ拍子に腰が揺れ、自分で自分を苦しめる。
のぼせたみたいに顔を赤くしている自らの恋人を見て、義勇は片頬を持ち上げた。
とはいえしのぶの言っていることも的外れではなく。
常にリーチがかかっているような義勇のこと、ばれたら冗談抜きで軽処分ぐらいは下りそうだったが。
自己評価は低いくせに胆力は人並み外れている体育教師は、それについては自爆だから甘んじて受けようと腹をくくっていた。
そして校門の前あたりで、二人の耳をクソデカボイスが突き抜ける。
「誰かと思えば冨岡と胡蝶ではないか! 休日に会うとはよもやよもやだ!」
「煉獄か」
「れ、煉獄先生………」
「ん? 冨岡はともかく胡蝶もなんだか反応が薄いな! 共に過ごす時間が長くなって互いに影響されたのだろうか! 願わくば冨岡の方に社交性が移ってくれれば良かったんだがな!」
好き勝手言わないでください! とうっかり恩師に叫びそうになってギリギリでこらえる。こんな声量の人にバレたら一発で高校中に知れ渡る。
「煉獄はどうしたんだ?」
「今日はこれから狛治とジムに行くのだが、待ち合わせはいつも高校なのだ! あそこは良いぞ。設備も良いし値も良心的だ。胡蝶と冨岡も今度行ってみるといい!」
義勇は錆兎と一緒にメンバーズカードを取得しており。
しのぶに至っては誰かさんの情事に耐えるため通い詰めた結果、汚れきったゴールド会員であることを煉獄は知らない。
そして間もなく狛治が到着した。
「あれ? 冨岡先生に、胡蝶さん?」
「…………」
「こ、んにちは。狛治さん」
なにかしゃべれよ社会人、と恨みながら軽く会釈を返すしのぶ。
同級生の狛治を前にしてますます顔が赤くなる。
「二人は偶然通りかかったのだ! 行こうか狛治!」
「ええ……でも、うーん」
「な、なんですか」
「いや、なんか胡蝶さん。前より顔が赤いというか、なんか風貌にも違和感が……」
びくっ、と飛び上がりそうになった。
正確さが特色の素流師範代の目で近寄られ、思わず一歩後ずさる。
なにこの人怖い、と顔を背けるとさらにそこに回り込まれて、ぱちりと長いまつ毛が眼前に迫った。
「熱、でしょうか。でも呼吸は普通ですし、焦点もぶれてはないですね」
「いや、本当に何でもないですから……」
「うーん、重心も前かがみではありますが芯は通ってて。でも、いま後ずさった……? そういえば、ずいぶんパーソナルスペースが広くなりましたね。しかもうつむきがち、とすると心理的な、自信の喪失……。いやもっとシンプルに、恥ずかしい、ぐらいですか?」
うそでしょなにこの人………。
そしてその横でぱしゃりと音がした。
狛治が顔を向けると、そこには携帯を構えた冨岡義勇がいて。
「真菰はお前の妻と知り合いだったな」
「え、ええ」
「この画はいかにもしのぶに迫っているように見えないだろうか」
どう思う? と真顔で問われて顔を引きつらせる狛治。
どこまでも空気を読まない煉獄は豪快に笑う。
「確かにな! 狛治、お前はちょっとなんというか、頭が悪いな! 恋雪さんには苦労を掛けているだろう!」
「否定はしないですが、慶蔵さんと同じ結論に至るの早すぎませんか………」
「何かあったらまた宇髄に頼ると良い! ではな冨岡、胡蝶。俺たちはここで失礼する!」
駐車場への去り際、煉獄は溌溂としのぶに言った。
「俺も胡蝶は少し太ったと思う! やはりジムに行ってみたらどうだ!」
「それは誤解で! ……っう!」
―――あなたたち両方ともとんでもない大馬鹿ですよ!
縄で一回りコートが押し上げられているしのぶは、煉獄に叫び返す途中でかっくりと腰を折り。
「リード代わりにちょうどいいな」
快楽の毒が蓄積するのも構わずに、しみじみと呟く義勇に腹パンをキメた。
「…………ん、っう、ん」
一撃決めたはいいもののその代償は大きく。
体の中心から痺れが走ってきたしのぶは、半ば義勇に体重を預けるように歩いていた。
「ぎ、ゆうさん。そろそろ、帰りません、か」
「何を言う。まだ半分も歩いていないぞ」
ちゃっかりインストールした距離メーターを見て、義勇は首を振る。
次に向かった先は。
「……鱗滝道場」
経年劣化が味になる良質な木材に彫られた黒文字を、しのぶは茫然と読み上げる。
義勇に引きずられるようにずんずんと中に入っていき靴を脱ぎ。
他人にぶつけるための覇気じみた声と地鳴りのような踏み込み、こちらまで汗ばんできそうな熱気渦巻く道場内部に到達する。
「あ、義勇にしのぶちゃん。久しぶりー」
「真菰さん……っ!」
道着姿の真菰が近づいてきて、しのぶは悲鳴を上げそうになった。
「義勇は最近なかなか稽古に来ないと思ったらしのぶちゃんといちゃいちゃやってたのかー」
「いつもより多くないか」
「それはねー」
「合同練習だ」
そして錆兎まで来てしまってもう声も出せずに固まる。
「桑島さんのところと日程が合ってな。年末ということもあって試合納めをさせてもらっている」
「ああ、それでか」
義勇の呟きと。
どんがらがっしゃん! という派手な音が道場に響いたのはほぼ同時だった。
皆の視線が注目するにもかかわらず、その声の主は汚い高音で叫ぶ。
「いぃぃぃやぁぁぁぁ! なんで冨岡先生がいるの意味が分かんねぇよ俺もう卒業したのにまぁだ追っかけに来たのかよふざっけんな助けてぇぇぇえええええええええ!」
生徒の時にしこたま殴った黄色い頭の絶叫に、錆兎はため息をついた。
「我妻善逸、だったかな。あいつはなぁ……。試合になれば強いんだが、その前後の振舞いがな。軟弱すぎて見ていられん」
「しかも隣にしなだれかかってんのは元三大美女の胡蝶先輩じゃねぇかよぉぉ! ふざっけんなよ暴力教師のくせにいいとこ全部かっさらっていきやがって! 炭治郎といいこの道場やべぇやつしかいねぇじゃねぇかよ、ぎゃああああああ禰豆子ちゃぁぁぁぁん!」
「禰豆子ちゃん来させなくてよかったね。いたら絶対途中で泣きついてたよあの子……」
道場に倒れ込み、がくがくと震える善逸を半眼で見る錆兎と真菰。
一方、善逸が思いっきり叫んだせいでこっちもこっちで注目を集めてしまった三大美女の名声名高い胡蝶しのぶは、正座をしているわけでもないのに足の感覚がなくなりつつあった。
―――お願いだから見ないで今日だけは見ないで! 私この下……っ!
「我妻。殴られたくなかったら稽古に戻れ」
「どういうことなんで俺にそんな命令口調で、はいすいません戻りますからっ‼」
義勇の鶴の一声で稽古に戻っていく面々に、ようやくまともに空気を吸えるようになる。
ド変態はしれっとした顔で錆兎に真面目なことを尋ねた。
「戦績はどんな感じだ」
「我妻はシンプルに早いから格下相手には無敵だな。あともう一人、勾玉の飾りをつけている奴はバランス型な上に限りなく黒寄りのラフプレーが合わさっていて嫌な強さがある」
「なるほど。お前は」
「無敗だ。男だからな」
「そうか」
「あーでも禰豆子ちゃんに聞いたんだけど、時系列的にはあの善逸って子より錆兎の方が男になるのは遅かったみたいだよ。錆兎は女々しい兎ちゃんだからねー」
「あいつ殺してくる」
―――は? なんだよアンタさっきやったじゃん! ボコボコにされたじゃん俺! なんで構えんだよ意味が分かんねぇよ痛い痛い待ってせめて防具はつけさせてぇぇぇぇぇ‼
「………帰るか」
「はい………」
暴行事件の現場にいたらこっちも別件で捕まりそうなので。
金髪頭に直でバカスカ打ち込まれる我妻を尻目に、義勇としのぶはそそくさと道場を後にした。
「いらっしゃいませ! あ、しのぶさん! その、先日は大変失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした………」
「い、良いのよアオイ。こちらこそごめんなさい」
―――アオイにとってはもう先日の出来事なんですよね………。私も早く終わってほしい……。
続いて訪れたあおぞら食堂では、レジカウンターに座っている神崎アオイをどこか別の世界の住人のように感じていた。
馬車馬のように店内を回しながら、嘴平伊之助も声を張り上げる。
「おいしのぶ! お前からも言ってやれ、そいつまだ体調悪いくせにずっとそこにいやがるんだ! おいアオイ! お前はもう帰って寝ろって!」
「そういうわけには行きません! これ以上迷惑は掛けられないです!」
「つーかしのぶなんか甘ったるい匂いすんな! なんかされてんのか?」
―――このひと人間レーダーでした忘れてました!
もうさっきから言い訳しすぎて舌が回らなくなっているしのぶを後ろに隠すように、義勇は伊之助に言う。
「新しい香水を下ろしたそうだ。席は空いてるか」
「あ? んなもんテメェで探してテメェで座れ」
「伊之助さん接客!」
「ハッ! 自分の縄張りも自分で張れない弱味噌は木の根でも食ってろ! ここの飯は上手いんだぜ! 欲しけりゃちったぁ努力しやがれ!」
どういうスタンスの店? とどこまでも首が傾いでいきそうな伊之助の理屈だったが、それを聞いた常連さんたちは一様に笑い声をあげる。
「いい店だな」
「すいません伊之助さんが失礼を! でも、……そうですね。ありがとうございます」
なんとも和やかな良い雰囲気で、でも一人きりコートの中は縄化粧。
カウンターから遠い場所に席を見つけ、しのぶは悔しさにこぶしを握り締めた。
「もう………、もう………っ! 本当にもうほんっとうにっ………っ! せめて、汚れてないときに来たかったです……っ!」
「しのぶはいつもきれいだ」
「そういう意味じゃないんですよっ! んうっ!」
座った拍子に結び目が敏感なところを抉り、メニューに顔を隠して必死に唇を噛む。
鮭大根定食なんてニッチなメニューも扱っていて義勇はご満悦な様子だったが、しのぶにはとても味を楽しむ余裕なんて残っていなかった。
その後、偶然にも不死川家に会い、姉がどうやらなんかやられているようだと察し。
人通りの少ないところで、しのぶは義勇に掴みかかった。
「義勇さんっ!」
「なんだ」
「私が最下位って言うのは、嘘ですよね!」
「嘘ではない」
「じゃあなんでっ!」
「そもそもホテルで解散した後、俺は不死川とも炭治郎とも連絡を取っていない。だから誰が最初に音を上げたかは知らない」
「このっ……! そんな屁理屈が! んあっ!」
ボタンの間から再び手を入れられ、敏感なところにつながる縄を前後にゆすられる。
「人気のない場所を選んだのは失敗だったな」
「ひ、きょうもの……っ!」
「卑怯とは心外だ。そもそもお前たちの失敗なのだから」
良いかよく聞け、と義勇は藤色の目を真正面から見つめる。
「先の一軒。電話を受けた不死川も一緒に行動をしていた俺も、あの時点で『ホテルに多大な迷惑をかけた高校教師』と先方には認識されただろう。炭治郎だって就職活動に影を落としたかもしれない。もししのぶたちが備品の一つでも壊していたら、罪に問われていた可能性もある」
「そ、れは………」
「冗談抜きで首が飛びかねなかったんだぞ。そうでなくとも、PTAに良い顔はされないだろう」
「いや、義勇さんのそれは元から、んんっ! んんあ、まってくだ、さい! ここ、そとですっ……!」
「それを内輪のじゃれ合いで許してやろうと言っているんだ。甘んじて受け入れるべきだと思うがな」
こんなのじゃれ合いの範疇じゃない! と言おうとしたが、義勇の言っていることも正論ではあり。
そして最初に信を裏切ったのは確かに自分であり。
二の句が継げなくなったしのぶを追い詰めるべく、義勇はますますその手を激しくする。
「んあ、んんんんん、ぅん、ぅあ! ぁぁぁあああんむっ、んんんんんんっ!」
ずっと生殺しで熟れていた体はすぐに限界を迎え。
大きな手に口をふさがれながら。
誰ともしれない民家の塀に体を預けて、しのぶはがくがくと全身を震わせた。
「マジックミラーフィルムか。想像し難かったが、なるほどああなるのか。外から見ると完全に鏡だ」
「カナヲ………」
「別にどうということはないな。中で何をやっているかなんてわからないだろう。………せいぜい違和感に通行人がちらりと目をやるぐらいだな」
「カナヲ………っ!」
その後。
様子を一応見に行くか、と炭治郎とカナヲが同棲しているアパートを、大通りからやけに長い時間眺めさせられて。
しのぶはようやく自分の家に帰ってきた。
玄関に入るなり、ドアに体重を預けてずるずると座り込むしのぶの頭を撫でて、義勇は尋ねる。
「反省したか」
「………はい」
「もうしないか」
「………もうしません。すみません、でした」
「そうか、ところで」
―――疼いているか?
抱きあげられて、耳元でささやかれて。
しのぶは返事をする代わりに、一度だけ義勇の頬に自分の頬を擦ってやった。
「んあ、あああああああああああっ! あ、あう、ぅあああああああっ!」
さっきの自分に会えたらぶん殴ってやる! と胡蝶しのぶは声を上げて体をのたうち回らせていた。
お互いの顔が見えるという理由で義勇が好む正常位での行為。
とくにいつもと変わりはない。縄もほどかれたし枷も使われていない。
なのにしのぶの体ははち切れそうだった。
心当たりは一つだけだった。
昨日の出来レースでは、一時間足らず焦らされただけで恐怖を覚えたのに。
今日はざっと概算で六時間ほど………。
義勇に中を軽く触られたときに走った電流のような快楽に、やばいと思うも時すでに遅く。
ゆっくりとした抽挿の一回一回に、しのぶの体は雷に打たれたように痙攣を返していた。
「昨日といい、しのぶは詰めが甘いな」
「このっ、悪童ぅぅぅうううううっ! あっ!」
「その呼び方は初めてだ」
俺の方が年上なんだが、と呟いた直後、酸欠になるほど深く強く口内を蹂躙されて。
「あ、はげ、し……ぅあ、は、ふぅ、うああああ、あああああああああああああっ!」
はじけ飛びそうなほどの快楽の渦に呑み込まれて、しのぶの意識は吹き飛ばされていった。