胡蝶しのぶは猛烈な喉の渇きで目を覚ました。明らかに飲みすぎの症状。何度か目をしばたたかせて、昨日の事を思い出す。
―――昨日は確か不死川さんと飲んで、その後はよく覚えてないけれど、たぶん自力で帰ってきたんでしょう。
目の前に移る天井が見慣れた寝室のもので、理性を手放した後の行いに我ながら感心する。いやまあ、当然だ。なんてったって私ですし義勇さんと違ってちゃんとしてますし、と心の中でつぶやき、しのぶは体を起こす。いや、起こそうとしたがそれは叶わなかった。がしゃりという音がするだけで、両腕両足ともほとんど動かなかった。
「………は?」
「起きたか」
冨岡義勇と胡蝶しのぶは昨年から同棲していて、ここは寝室。おいてあるのはダブルベッドと、空きスペースがなんか寂しいという理由で設置した学習机のみ。
その椅子に腰かけて机上でなにやらがしゃがしゃやっていた冨岡義勇が、のっそりとしのぶを見据えていた。
―――じゃなくて!
「なんですかこれ!」
両腕をがしゃりと鳴らす。明らかな拘束具、手枷足枷。なんでこんなものをつけられているのか、そもそもどこから調達したのか、それらをひっくるめての質問だったが、冨岡はいつも通りの凪いだ目を外して、そのまま部屋から出てしまった。
「え、ちょっと義勇さん! ねぇ!」
このまま放置とか普通に死ねる、と思って背筋が寒くなったが、幸い冨岡はペットボトルの水を持ってすぐに帰ってきた。
「喉が渇いただろう」
「それより先にご説明を!」
「聞け。飲酒後の水分補給は急務だ。血管が詰まったらことだぞ」
言っていることはまともだが状況が奇天烈すぎて頭がついていかない。だいたい。
「これでどうやって飲めと」
「ん?」
「そしてなんであなたが飲んでるんんっ!」
突然唇を合わせられて、しのぶは抗議も忘れて目を白黒させた。わからないわからない、何が起こっているのと混乱しているうちに舌をねじ込まれ、冷たい水を流し込まれる。心中はどうあれ体が水を欲しているのは事実で、そして半分ぐらいは口内に満たされた水に溺れかけて、しのぶは夢中で嚥下した。
飲み終わったあともたっぷり一分ほど口内を蹂躙され、ようやっとのことで唇を離される。
「義勇さん! なんなんですかさっきから一体!」
「………終わってない」
「は⁉」
「入れた酒の量を考えればまだまだ不足だ。最低でもこれの半分は飲んでもらうぞ」
十分の一も減っていないペットボトルを掲げて冨岡は言う。
「はっ、はんぶんって……、うそですよねちょっとまってんんっ!」
「はっ、はっ、はぁぁ、っは」
―――あの朴念仁、半分どころか一本全部やりやがった。
相変わらずの大の字状態で、胡蝶しのぶは乱れ切った息を何とか整えようとしていた。それを横目に、冨岡はしのぶの右腕の拘束を解く。
「はっ、はぁ。やっと、終わりですか。というか早く、ご説明……」
「勘違いするな」
しのぶの右腕を持ってそれを曲げ伸ばし、もみほぐしながら冨岡は言う。
「血管が詰まったらことだと言っただろう。とりあえず両腕両足、一本ずつ揉んでいく。マッサージしておけばしばらくは保つと調べたら書いてあったが、痺れが来たら言え」
「いや、これ全部解いてくれたらいい話じゃ……」
ダメだもう、一向に話が見えない。前後関係もわからない。義勇さんがこんな凶行に及ぶ兆候なんてなかったはずだ。お互い多少の言い合いはあってもいつも通り、上手くやっていたはずだ。最近起こったイレギュラーなんて………。
「……昨日の?」
しのぶの独り言に、てきぱきと作業をこなしていく冨岡が反応した。
「思い出したのか?」
「なにをですか! 昨日は確かにちょっと飲みすぎましたけど自力で帰って自力で寝たはずですそうですよねそうに決まってますよね!」
「………そういう補完がされているわけか。ところでしのぶ、昨日は確か同期と女子会と言っていたよな」
「はいそうですとも」
「顔面に刃物傷の走った女子はいなかったか?」
「………い、ませんけど」
「サネミちゃんと言うらしいが本当に女子だったか?」
くそうばれてる、なんて意地の悪い!
冷静に考えればしのぶに非がある流れだが、その前のこともあって冷静さを失っているしのぶは盛大に逆切れした。
「バレてるなら最初から言ってくださいよ恥かいたじゃないですか!」
「ちなみに拘束具その他諸々は件のサネミちゃんの私物になる。いい友人を持ったな。しのぶの願いを叶えるために、カナエには使うのをためらったあれやこれやも快く貸してくれたぞ」
言われてしのぶの頭が回りだす。冨岡から十分なヒントを得て、才女の頭は残念なことに本人のストップを無視して回り切ってしまう。
昨日の内容を知っているかのような義勇さんの口ぶり。
起きた直後、学習机の上でがちゃがちゃやっていた、その内容物。
自分で都合よく保管していた酔った後の行動が、実際にはどのようなものだったのか。
絶対に、ぜったいに言わないと決めていた、そして自分でも認めるのを拒んでいる欲が、まるでバレているかのような、状況。
「安心しろ」
しのぶの好きな青い目が、まっすぐにこちらを見つめている。そして、初めて見る、笑み。
「恥をさらけ出すのはこれからだ」
ちょうどきっかり、最後の左足のマッサージが終わったところだった。
いったいあれからどれぐらい経ったのだろう。壁掛けの時計は、しのぶの首の可動範囲外にあるし(というかめちゃくちゃ首が痛い。変な角度で寝たのだろうか)、目の前にあったとしても認識できるか怪しい。体の中心で強く響く水音に体を狂わされ、しのぶはもう何度目かもわからない収縮と弛緩を強要された。
首を抑えて至近距離で目を合わせてくる義勇さんは、いつもと違う、気遣うよりも急くように唇を合わせてくる。
「意識はあるか」
もういっそ狸寝入りでもしてやろうかと思ったが、あいにくと負けん気の強い性根が邪魔をする。
「はっ、はっ……。誰が、あっ!」
「それはよかった」
「お、面白がってますよね! 人をおもちゃか何かだと勘違いして、は、うあ、う、っく」
「そんなことはない。しのぶは可愛い」
だからその可愛いが面白いにしか聞こえないのだと! キッとにらんだ瞬間に中で指を曲げられて、激しく擦られる。くそくそくそ絶対に確信犯だ普段は何にも考えていないような顔してるくせに!
「あ、あ、あああ! っ!」
はっ、はふ、と過呼吸みたいになっているしのぶに満足したのか、冨岡は指を引き抜く。太ももが粘性を感じて火が出るほど恥ずかしい。
力なく腕を揺らして、がしゃりと音を鳴らす。
「も、う。満足したでしょう。不死川さんと二人きり飲んでたのは謝りますから………そろそろ、離して」
「何を言っているんだ」
心底不思議そうな己の恋人の頬を思いっきり引っ張ってやりたい。
「なにって! 不快だったんでしょう私が嘘ついてまで他の男と飲みに行ったのが!」
「ああ、不死川はそんなことを言っていたが、俺は止める気はない。しのぶに不満があるならそれは俺のせいだし、その発散の方法は不貞でもない限りしのぶに一任する。今後も不死川と飲みたいのであれば気にすることはない」
「え、じゃあ、………は? なにがどうしてこうなったんです?」
「不死川に聞いた。お前は気絶するほど責められたいと」
「なっ………!」
あの腐れ白髪!
「ち、違うんです義勇さん誤解です! 仮に私が言っていたとしてもそれはお酒に飲まれての発言であって! というか大の男が二人がかりで女子大生をはめて恥ずかしくないんですか!」
「二対二だったし、俺と不死川は我慢した。そういうこともあるだろうと二回は我慢したんだ。
昨夜が三度目。お前がめちゃくちゃにされたいと言ったのも三度目。カナエが不死川を独占したいと言ったのも三度目だ。言い逃れはさせん」
冨岡は机の上に目をやって、少し嫌そうな顔をしてベッドサイドのゴムを手に取った。
「玩具を使いたがる気持ちはよくわからないな。しのぶもそうは思わないか」
「拘束したがる人の気持ちもわかりませんけど!」
「そちらについては不死川と友達になれそうだ」
「いや友達だと思っているの、ぜったい義勇さんだけ………ってちょっと待ってください休ませてください!」
「いやだ」
そんなこどもみたいな、という反論は叶わず、冨岡のものを受け入れるしのぶから出るのは嬌声だけで。
いつもとは違う、どこまでも冨岡のペースで開始された抽挿に、すぐに連続して声を出す余裕もなくなった。
「まっ、まって、まっ、あああ! ぎ、ゆ……さんっ」
「俺がしのぶに満足していないということは全くないが、手折ってしまいそうで気遣っていたのは事実だ。見破られあまつさえ不満を抱かせるなど、まったく情けない」
絶対思っていないでしょうとか、なんでそんな淡々とした声で話すんだとか、私だけバカみたいとかいろいろ思う所はあったけれど、とりあえず急場で伝えたいことは一つだけで、しのぶは漏れ出る「あ」と「う」の中間音の合間に必死に言葉を紡ぐ。
「むり、っむりです、っは、死んじゃう、意識、がっ………!」
「そうか、よかったな」
また、その顔。
義勇さんの青く凪いだ目。しのぶの好きな目の奥に、今日はいつもより奥行きがあった。深く奥底で燃えているようなそれを、欲と呼ぶのだろうか。だとしたら私は。
―――とんでもないものを引き出してしまったのかもしれない。
願わくは義勇さんが、それを制御できますように。それだけを最後に、しのぶは言葉を放棄した。
義勇さんが欲を吐き出すまでには、普段よりずいぶんと時間がかかった。果てた回数は一〇
回から数えるのをやめた。
自分勝手にやったほうが長引くってどういうことと叫びだしたい気分だったが、もう喉もか
らからでろくに発声できない。
二本目のペットボトルも口移しで飲ませられ、しのぶは鉛のような体をくたりと横たえた。もうなんか謎の達成感で笑いそうだった。
相変わらず涼しい顔に一筋汗を垂らして、義勇さんも水を飲む。くそやっぱり、憎たらしいほど顔が良い。男のくせに色気がすごい。義勇さんのところだけ切り取ったら雑誌の表紙にできそうだ。生まれたての小鹿みたいに震えているこっちとは比べ物にならないちくしょう。
「意識はあるか」
悔しくて悔しくて、とにかく精一杯の虚勢で答える。
「っええ、なんとか。誰かさんのおかげで、死にそうでしたけどっ!」
「そうか」
義勇さんはそれだけ言うと薄く笑った。笑って二個目のゴムを開封した。
「確かにまだ、意識があるな」
そしてしのぶは、自分のミスを悟った。不死川さん曰く、酔った私はなんて口走っていたっけか。
―――気絶するまで。
「え、あの、冗談ですよね………。可愛い彼女にあんまりな仕打ちじゃありません? よく考えたら飲み会明けでシャワーも浴びたんだかよくわかりませんし………。ここは一回仕切り直しというかそういう武士の情け的なのがあってもいいじゃないですか、ね………?」
「体は俺が拭いた。テーブルに突っ伏してできたであろう顔面の木目も今朝がた消えた。それに俺はしのぶを愛している。二日三日湯浴みをしていなくとも揺らぐことはない」
「私が揺らぐというか砕けるんです! 女は女でいるために女を捨てなきゃいけない時間があるんですよ、あなたの隣で見劣りしないように私がどれだけ苦労しているか!」
「気にすることはない。しのぶは誰よりも綺麗だ」
「鮭大根! 鮭大根作りますからああああ!」
「運動後の方が、きっとうまい」
全部終わった後に料理なんて絶対に無理、というかたぶん立てない。
次から奥歯に睡眠薬でも仕込むべきかなという一瞬の現実逃避ののち、しのぶは冨岡義勇に吞まれた。
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胡蝶カナエはしのぶと違い、泥酔した影響がほとんど翌日に残らない。喉は乾くがそれも普通の起床時とほぼ同じで、ただ泥酔時の記憶だけがぽろっと抜け落ちている。そして毎回思うのだ。とりあえずシャワーも浴びているようだしパジャマだしいつもの寝室だし、だからきっと大丈夫! と。その大丈夫を用意するのに、毎夜誰が苦労をしているかなんて知る由もないのだった。
そして今日とていつも通り、焼き立てのパンの匂いにつられてリビングに向かう。
「おはよう、実弥くん」
「ああ、おはよう。昨日は楽しかったかァ」
「楽しかったわよ。なんかすっきりした感じ」
コップ一杯のお水を渡されて、とりあえず飲んでから答える。飲み会の次の日はどんな内容でもアサリのお味噌汁がついてきて、そういうところも好きだなあと思う。
頂きますと手を合わせて、パンと目玉焼き、ベーコン、お味噌汁を食べながら、ふと不思議に思う。
「実弥くんは食べないの?」
「俺はさっき食べたからな。そういえば昨日の飲み会って誰とだったんだ?」
「大学同期との女子会よ」
実弥くんには冨岡くんとのことは言っていない。言ったらきっと嫉妬させてしまうから。
「へぇー、何人で?」
と思ったら、なんだか雲行きが怪しいかしら?
カナエは素知らぬ顔で食事を続けるが、内心ちょっと焦っていた。詰問調になるとき、実弥くんはだいたい機嫌が悪い。
「四人よ」
「四人か、そっかそっかァ。俺はてっきりサシ飲みだと思ってたけどなぁ」
ぎく。
「そもそも相手は女だったのかァ? 妙に顔立ちの整った男とかだったんじゃねぇのか?」
ぎくぎく。
あれ、もしかして。
「………バレちゃった?」
「バレてねぇと思ってるのがお前ら姉妹のすげぇところだよなァ」
完全に悪役の笑みを浮かべて実弥はカナエの朝食を強引に切り上げさせた。
「ん、ふぁ、あ、あ、あああぁ!」
今日の実弥くんはいつにも増して強引で、やっぱり嫉妬したんだなと一瞬考えてカナエは再び果てた。寝室に戻るなり服をすべて奪われ、ベッドに縫い付けられて獣のように貪られる。
「ハッ、これに懲りたら冨岡とサシなんて馬鹿なことは考えないことだな」
なんて実弥くんは言うけれど、逆効果に近いって気づいているのかしら。私は実弥くんに見ていてほしいんだから、こうなるってわかっていたらむしろもっと………。
体は悲鳴を上げつつも優越感を覚えたカナエだったが、次の一言で立場が逆転する。
「………なんて言うと思ったか?」
「え? ………きゃっ」
仰向けにされて、上から射すくめられるその目は嗜虐者のそれで、ひゅっと息が詰まる。
意地悪げに唇をゆがめて、不死川は言う。
「カナエが俺に不満があるっていうなら別に冨岡と飲もうが構わねぇぞ。俺も胡蝶妹とサシで飲んでたしな」
「え、あの、実弥くん……?」
「そんなわけで仕置きは終いだ。さあて今日もせっかくの休日だしなァ。可愛い妹弟共に顔見せにいくかァ?」
「だ、だめっ!」
「あ?」
何か文句があるのか、と言って首筋を撫でてくる手にぞくぞくとする。だけど目は私だけを見ていない。ベッドサイドの携帯電話を行ったり来たりしていて、その気になれば私に向いたこの手で発信ボタンを押すのだろう。
「………携帯、電源切って」
「なんで?」
「………いじわる」
「ふうん」
「うそうそうそです! いいじゃない平日全然話してくれないんだから! 休みの日ぐらい私だけ見ててくれても!」
手を握って必死に押しとどめると、ようやく実弥くんがこっちを向いた。
「………まあ俺にも非はあったっぽいしなぁ、胡蝶妹に指摘されたのが何とも腹立たしいが」
冨岡君と違う荒々しく猛る目に体の中心が熱くなってしまうようになったのは、いつからだろうか。
「動くなよ」
「う、っごいてほしくない、ふぁ、なら。いつもの使えばいいじゃないっ、」
「生憎とあれは先約があってなァ」
理不尽な命令と共に、携帯の電源を切った指が私の体に差し込まれた。
実弥くんの責めは、客観的に見てかなり苛烈だと思う。底なしの体力、おまけに嗜虐癖。これで長男って大丈夫なのと思わないでもないが、カナヲに聞いたところ炭治郎くんにもその気があるらしいから、長男っていうのは意外とそんな感じなのかもしれない。
正常位で一回、背面で一回を経てへとへとになった私の体力の限界を無視して、騎乗位で下から突き上げられる。もう声なんてとうに枯れた。まだ午前だけど、絶対今日はもう動けない。明日だって怪しい。月曜日には治っているだろうけど、そういう計画づくなところもしてやられているようでなんだかちょっと悔しい。しのぶなら絶対切れてる。
今だって、私が上にいるのに視線は相変わらず上から降ってくるようで。漏れる水音も体を見られるのも死ぬほど恥ずかしい。
「さ、ねみくっ、あんまり、……見ないでもらえないかしらっ、っん、っ!」
「へぇー、じゃあ俺は何見てればいいのかねぇ。お前のクラスの採点表でも見といてやろうか」
「い、じ、わるぅぅっは、あ、っ!」
「というか別に俺が動く義理もねぇのかァ?」
というと、実弥くんの突き上げが止まる。ちょうど果てる直前で。
信じられないひどいと睨むが、実弥くんは笑みを深くするだけだった。
「俺は満足したし、仕置きも終わってるからなァ、お前があくまでお前の都合で物足りないっていうなら、お前が自分で動くのが筋じゃねぇかなァ」
「ううう、」
「じゃあ昼飯にするか」
「ぅぅぅううううう!」
ここまで煽られると私だってかちんとくる。絶対に焦らせてやると思って腰を上げて下げてを繰り返すが、得られるのは実弥くんから与えられるのとは雲泥の刺激だけで、実弥くんも余裕そうで。
結局何回も持たずに限界を迎えた。
「……さ、ねみくん」
「あン?」
「…………動いて、」
「目は? 見てていいのか? そっぽ向いてほしいのか」
「………………見てていい、から、ぁぁあ!」
言うが早いが動き出した実弥くんに、すぐに翻弄される。本当に、本当にずるい!
よくできました、と優しく頭を撫でてくる手の感触を最後に、カナエは呑まれ、意識を飛ばした。
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ひどい目にあった。本当にひどい目にあった。
先ほどまで繰り広げられていた地獄からようやっと意識を取り戻してシャワーを浴びせてもらって、しのぶはやっと一息ついた。時刻は既に夕方の五時。
キッチンには、しのぶ用の経口補水液をコップに入れながら、誰かと電話している冨岡がいる。
冷静に考えれば、自分にも非はある。そして本当に癪だけど、そして後半は欲に飲まれていたけれど、義勇さんの行動の根っこの部分はやっぱり善性で、もう怒る気にもなれなかった。次からは、お酒の飲みすぎは絶対にやめようと心に決めるだけだ。
「しのぶ」
「………なんですか」
「今日の件について謝る気はないが、無理をさせたとは思っている」
「はあ」
「これを受け取ってもらえないだろうか」
そう言って差し出してきたのはそこそこ高いバーの個室券で。
お酒の失敗で手ひどくやられた直後のことで糸が掴めず、首を傾げる。
「ええと、ふだんならありがたくと受け取るところなのですが。というかこれ、一人分ですよね? 個室に一人で入れと?」
「もう一人来る」
その一人って誰なんですかと聞くが黙りこくって返事は帰ってこず。
そもそも二夜連続でお酒飲めるかわからないですよと言っても迎え酒という言葉があるとしか言われず。
言うことを聞かない体ではろくに抵抗もできず、あれよあれよと言う間に連れてこられてしまった。
指定なのだろう、奥の個室にまで冨岡に付き添われ、そこにいた二人にしのぶは目の前がくらりとした。
足を組んで楽しそうに笑っている不死川と、借りてきた猫みたいになっている最愛の姉。
「こっ、この腐れ白髪!」
「誰が腐れ白髪だ酒精女が!」
だまれだまれ、しのぶはぎりぎりと歯ぎしりする。おのれ不死川さんさえいなければこんなことには。
と、普段ならそのまま口論になるところだが、義勇に肩に手を添えられて、ぞくりとする。先ほどまでのことが一気にフラッシュバックして、顔に熱が集まる。そのうえ首筋をゆるく引っかかれてはもううつむくしかなかった。
「不死川、待たせた」
「おう」
「では俺たちはお暇しよう」
「「えっ」」
私と姉さんの声が重なる。向こうも何も言われてなかったらしい。
義勇さんと不死川さんは、顔のタイプも性格も全然違うのに、こんなときばかり似たような意地の悪そうな顔をして、こう言った。
「閉店時間に迎えに来る。お互いに俺たちの愚痴を言い合うと良い」
「好きなだけ飲んで好きなだけかっくらえ。せめてもの詫びだからなぁ。ただまあ、また醜態さらして出てくるようなら、わかるよな」
それだけ言って、本当に二人とも帰ってしまった。
――不死川、世話になった。大事なものだろうから早めに返しておく。
――テメェ往来で広げんな冨岡ァァァ!
遠ざかっていくいがみ合うような仲良さげな声を見送って、私と姉さんは顔を見合わせ、口をはくはくと動かし、結局何も言えずにうつむいた。そして注文を取りに来たウエイターに小さな声でこういうしかなかった。
「「ウーロン茶、お願いします………」」
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「なんてこともあったなァ、確か三年前だっけかァ」
「ああ、俺がまだなかなか友達を作れていなかったころだな」
「お前は今も嫌われてんだろうがクソが」
「俺は嫌われていない」
冨岡と不死川は、結構サシで飲むことが多い。義兄弟であるから事務連絡ついでに飲むこともあれば、あれ以来アルコールを控えつつも続いている夫シャッフルサシ飲みでの情報交換のこともある。「あいつらなんだかんだ仲良しだからな」とはげらげら笑う宇随の言で、不死川はあいつも一回シメてやる必要があると思っている。
今日の飲み会の理由は後者で、だいぶ使い古された録音機材を交換したところで、タイミングよく互いの携帯が振動した。
「あァ、伊黒からか、珍しいな」
「俺は炭治郎からだ」
嬉しげな友達無し男、冨岡義勇を放置して不死川はメールの内容に目を通す。
そして笑う。
「不死川」
対面の冨岡も、わかりにくいが少し笑っていて。
ああ、こいつの表情が読めるようになるのなんだか嫌だなあと思いつつも、不死川は伊黒から来たメールを冨岡に転送し、炭治郎から来たというメールを受け取った。
これはまた、面白いことになりそうだなと思いながら。