苗床
こちら側限定
害虫蔓延る樹海の深域、木々の合間に鮮やかな桃色が踊る。艶やかに輝き舞う髪に続けとばかりに魔力の塊が跳ね回り、害虫らを命と引き換えの一筋の光輝へと変じてゆく。
夥しい数の蛾害虫に取り囲まれながらも、戦模様は花騎士が優勢。しかし標的とされた花騎士は、部隊から逸れてしまった事を抜きにしても酷く怯えていた。
「ひいいいい! 嫌アアアアア!」
一方的に害虫を殺戮しながら嫌悪に満ちた絶叫を放つのは、オズの神霊樹林を保護する魔女の一人であるバーバスカム。元々温和な彼女が、これほど明白に悪感情を他者に叩きつけるのは非常に珍しい。相手が幾ら害虫であったとしても。
その理由は、彼女目掛けて群がる大量の蛾害虫の行動故であった。
バーバスカムの髪色を更に派手にしたような体毛をわさわさと生やし、腹部先端から長大な触手状の発香器官コレマータを何本も伸ばして飛びかかる蛾共。一匹残らず雄個体で構成されたこの群団は、なんとも奇妙な事に、人間であるバーバスカムに求愛行動をしているのだ。
髪の色がグラデーションを含めてこの害虫の雌個体の羽根色に酷似している事。髪から放たれる特性コンディショナーの香気成分と彼女自身の体臭が混ざり、この蛾の雌の誘引フェロモンに極めて近くなっている事。そして上質な魔力。それらにより、バーバスカムは非常に魅力的な雌の蛾害虫と勘違いされていた。
ただし、バーバスカムは害虫らの目的が自分を犯し孕ませる事とはまだ気付いていなかった。彼らが性的アピールとして行う触手の擦付け、それを唯一にして最大の自慢である髪の毛に行われた事を厭っての強烈な抵抗であり、害虫の威嚇か示威行動としか思っていなかった。
「あああああ! やだあああ! 助けて! 団長さま! キャプテン・プランタ……ひいっ!?」
偶然攻撃をすり抜けた一匹が髪に取り付き、悍しき触手状発香器官コレマータを擦りつける。蛾害虫の雌には効果のあるフェロモンを放ちながら。
無論バーバスカムには効かない。種々雑多な汚物を混ぜ込んだような、不快極まる悪臭としか思えない。
この地方では手に入らない特殊な整髪料を神霊樹林から持ってくるほど髪に拘りと自信を持つ彼女にとって、正に地獄の鬼の如き悪逆非道であった。
「私の髪に触らないでぇぇぇ!」
絶叫、涙と共に放出した魔力により、身の程知らずの醜い虫はたちまち死に至る。だが周囲の虫共は、より興奮した様子で飛び来たる。
気性は荒いが体格も良く、仔の滋養となる魔力も膨大で、手を出さない方がおかしい程の良い雌だ。と、どいつもこいつもそんな事を考えていた。同類が無惨に虐殺されている事など、彼らにとっては寧ろ自分が彼女と交尾出来る可能性が上がるから好都合とすら思っている。
そして遂に一部の蛾共は、興奮の余り、並び立つコレマータの中央、腹部先端から、生殖器官を激しく屹立させた。
自信は無くとも確かな実力者であるバーバスカムはその淫猥な意志の現れを見咎め、害虫らの意図に気付いてしまう。最悪のタイミングで。
「害虫の……おちん……? え……っ!? そんな、私に、まさか……!?」
普段他者と関わる機会の少ない彼女でも、一部の害虫が花騎士を苗床や番いとしてしまう事は聞き及んでいる。だが大多数の者同様、自分がその対象とされた時など深く考えていなかった。尤も、そのような事態は考えたくもないというのが一般的な反応であろう。
知らない内に目前に迫っていた、身の毛もよだつ悪夢。想像の中の自分が、蛾共に覆い被さられ、髪の毛に悪臭触手を絡みつけられながら犯されていく。つい先日の騎士団長と結ばれた初夜の思い出を踏み躙る悍しき想像図。身が強張り、更なる恐怖が焦りを招く。
そうして生まれた隙に、陽物をいきり立たせた害虫が飛び込む。魔力塊で迎撃されたそれは、上半身だけ中途半端に吹き飛ばされ。慣性のままバーバスカムにぶつかった下半身は、衝突の拍子に陰茎の先から精液を噴き出した。
彼女の大切な、髪の毛へと。
「あっ……? あ……あ……?」
思考が止まる。唾棄すべき害虫の仔の素は、まるで死してなお彼女を孕ませようとしているかの如く髪の毛にべっとりとへばりつく。
生温さと生臭さが髪に浸透してゆく。精神的衝撃に動きを止めた花騎士に、一匹、また一匹と害虫が悪臭放つ触手を擦り付け、精を迸らせる。そうして先の悪夢じみた想像に違わず出来上がった白濁粘液の繭の下、花騎士の口から断末魔すら思わせる絶叫が放たれ、森全体に谺した。
誇りの象徴であった自慢の髪ごと魂まで穢される。そんな錯覚と絶望の中、哀れな花騎士はくるりと白目を剥き、意識を途絶えさせた。
漸く抵抗を止めた雌を巣へと持ち帰ろうとする害虫の行いを止められるものは、この場にいなかった。
バーバスカムの叫びに気付いた騎士団長や仲間達の必死の急行も虚しく、そこに辿り着いた彼らが見つけたのは、消えゆく蛾の残骸と、夥しい精液溜まりに沈む桃色の帽子だけだった。
かのキャプテン・プランタはこう言った。『諦めるのはまだ早いぜ……ベイベー!』と。
ならばこの状況でも、まだ諦めるのは早いのだろうか。
「あぅ、は、ぁう、んっ……」
害虫の巣の中で艶めかしい喘ぎと水音が響く。常人ならば短時間過ごしただけでも肺を悪くしそうな汚臭と鱗粉が漂う空間で、四つん這いになった人間の女を二体の害虫が上下から挟み込む形で交尾していた。いや、肛門にも挿入されている為、交尾というのは間違いかもしれない。
害虫精液がこびりついた女の毛髪は固まり、まるで奇形の蛾の触覚と羽めいた外見に。下腹部は大きく膨れ上がり、四つん這いの姿勢を取っているのを傍から見ると、まるで害虫化したかのようであった。
連れ去られてきたバーバスカムは、手首を鱗粉を硬めて作った枷のようなもので戒められているものの、さほど厳重な拘束をしている訳でもないのに逃げ出す様子も無く、こうして従順に身を差し出している。
だが花言葉である臨機応変な態度に擬えて花騎士の本分を捨てたわけではない。この害虫鱗粉は世界花の加護の力を吸着し、花騎士の戦闘能力を抑え込む機能を持っている。それに加え、魔力を武器とする彼女は今、その最大の武器を振るう権限を奪われているのだ。
露出した腹部……気を失っている間に害虫の精を受け入れ、今はバーバスカムの自我から魔力の操作権を奪っているそこには、人と虫の間に成された仔が宿っている。今直ぐにでも産まれそうなほどの臨月腹であるが、こうなるまでに要した期間は一週間も掛かっていない。虫と人の血を混ぜた子は、母親から世界花の加護と魔力を吸い上げて、強引極まる成長を遂げていた。
「ああぁ……また、でてる……赤ちゃんに、かかっちゃう……」
花騎士の蛙腹を抱えるように密着し、膣に生殖器を挿送していた蛾がバーバスカムの最奥で動きを止め、震えながら精液を吐き出していく。子宮の入口に粘塊が叩き付けられ、花騎士の性感を刺激する。次いで背中に覆い被さっていたものが勢い良く陽物を突き上げ、腸奥へと粘塊を吐き出してゆく。
虚ろな目をしながらされるがままになっているバーバスカムから射精した蛾共が退くと、順番を待っていた次の蛾がそいつらを押し退けるようにして挿入する。表情の変化など無いにも関わらず、害虫共が淫猥極まる劣情を滾らせているのがバーバスカムに伝わっていた。
実の所、蛾害虫共は、既にバーバスカムが雌害虫ではなく人間の女であると気付いていた。擬似フェロモンを構成していたコンディショナーが抜けてしまい、勘違いであったと判ってしまったのだ。
だが、今尚哀れな花騎士は殺されたり棄てられたりするでもなく、害虫の共用財産として犯され続けている。
理由は幾つかあり、一つは単純に本来の交尾相手である雌の蛾害虫よりも性的な快感を得られるというもの。もう一つは花騎士だろうが仔を孕み、本来の相手よりも圧倒的に早く出産をするので生殖行為的には問題無いという事。
そして最後、これが最大の理由だが。
「んむううう! うぐううう!」
「ぐぐ、う、うっ」
巣の外から聞こえてきた、複数の女のくぐもった声。少なくとも、2、3部隊程度はいるだろうか。
ぼんやりと眼をそちらに向けたバーバスカムの視界に、見覚えのある人々が目に入る。
彼女の所属していた騎士団の花騎士達……それも、極限指定級と戦える程の実力者達が、バーバスカムが嵌められている手枷に似た鱗粉の塊を、首枷や猿轡のように至る所に貼り付けられた状態で、異容な蛾害虫達に囚われ攫われてきていた。
通常の節足とは異なった人間のような腕。どういう理由かバーバスカムの被っていた帽子に似た頭部形状。世界花の加護を吸着し弱める特殊な有害鱗粉。既に産まれていた、バーバスカムの子供達だ。
春庭全体で見て上位の花騎士であり、清浄な気に満ちた神霊樹林に身を置いていた魔女という存在でもある彼女の胎は、害虫にとって優れた苗床と言えた。少なくとも、完全に成長しきっていない段階で、このように花騎士達を拐かす事が可能になる仔が産まれる程度には。
息子達に囚われてきた花騎士達に視線を向けたバーバスカムの眼が微かに見開かれる。共に僅かな間だけ正気の光が灯り、しかしそのまま陰鬱な悲哀に濁る。
被害者の中に、彼女がこの騎士団に来てから初めて友誼を結んだ花騎士達、人見知りのバーバスカムが勇気を出して作った友達がいた。害虫の腕の中で、弱体化の呪力に満ちた鱗粉の衣に塗れて無力化されたまま。
相手方は先にバーバスカムに気付いていた様子で、一人は悲しげに眉根を寄せ、もう一人は口惜しそうに涙を零す。バーバスカムの生存を信じ、諦めかけていた仲間達を激励してまで捜索していた彼女らにとっては、仲間を道連れにした形になり、ただ自分達だけが任務中に敗北して囚われるより心苦しいであろう。
丁度その時、バーバスカムの腹の中にいるものが身を捩り、父親達の精液に塗れた出口の方へ向けて蠢きだした。まるで母親が既に貶された先達として、仲間達に苗床としての手解きをするのを手伝うかのように。
「う、ぐ、うぅっ、お腹で、動いて……っ」
その言葉に蛾達は離れていく。花騎士らもその言葉と害虫の動きから何が起きるか感付き、揃って相貌に戦慄を浮かばせる。
「ああ、で、出てくるっ、産まれちゃ……うぅぅっ!」
そうして慣れぬ注目を浴びる中、既に仔を産むのに慣れてしまったバーバスカムの胎は、大した苦も無く新たな命を春庭に送り出した。
蛾の幼体、巨大な芋虫は、体を震わせて母親の髪に似るグラデーションがかった体毛から羊水を弾くと、気持ちの悪い産声を上げて母親の乳に擦り寄っていく。虫の足の代わりに生える、人間の乳幼児のような腕を用いて。
妊娠と出産により更に豊かになった乳房に臍の緒を引き摺りながら吸い付いてくる我が子。四つん這いのままそれにぼんやりと向けていた視線を、仲間達の方へと向ける。
ある者は自らも虫を産む末路を想像し、その余りの忌わしさに震え、またある者は花騎士が害虫を産む光景を自分とは異なる世界の話と思っていたかのように呆然と見つめ、中には鱗粉の口枷があるにも関わらず胃の中身を吐き戻し、鼻から吐瀉物を漏らす者もいた。
そしてバーバスカムの子供らを交えた蛾害虫共は、今しがた手本として見せつけられたばかりの花騎士の末路、苗床としての在り方を敗北花騎士達に実践させるべく、我先にと覆い被さっていく。
最初は勘違いから人間を苗床にした蛾害虫共だったが、今となってはそちらの方が色々と得であるとして、積極的に人間の雌を孕ませる事にしたらしかった。どれほど異常な害虫が産まれるかは分からないが、捕獲された彼女らも極限指定を討伐出来る実力者揃いである以上、恐らく、バーバスカムの息子らに引けを取らない凶悪なもの共が誕生するのではなかろうか。
羽音と鳴き声に混ざり、くぐもった絶叫や泣き喚きがバーバスカムに届く。お伽噺の英雄に憧れていた女の子に、お前が齎したのは味方への災厄だ、と思い知らせるように。
叩き付けられた現実に、バーバスカム自身の心が折れる音が聴こえた気がした。同時にジンチョウゲに言われた言葉が脳裏を過ぎり、思わず自嘲するように乾いた嗤いが漏れた。
キャプテン・プランタも、最初から英雄だった訳じゃない……でも、少なくとも、こんな風に、友達に、仲間に、破滅を齎したりはしなかった筈だ。
ああ、やっぱりわたしなんかじゃ、キャプテン・プランタみたいにはなれないんだな。
花騎士らの閉ざされる未来を示すように、諦念の内に虚ろに嗤うバーバスカムもまた、肉欲を滾らせた蛾の嵐に再び飲み込まれていった。