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俺の名前は騎士団長、春庭を股にかける奇食ハンターだ。
遥か千年前、この世界にいた益虫達は、隔絶された世界の外から現れた侵略者、死にゆく世界の支配者アグレッサの呪いで害虫へと変じ、我々人類と争い始めた。
戦乱は苛烈なものであり、無数の命が奪われ、国が滅び文化が喪われる凄惨な死闘が繰り広げられた。だが人々が生きている以上、文化は消えるばかりではない。生活の知恵、日々の暮らしを豊かにするべく新たな文化が生みだされてきてもいる。
奇食とは艱難辛苦の中で生み出された文化の一つであり、生き抜かんと欲する命の躍動が形を成したもの。
俺はそんな奇食に魅了され、春庭の光と闇、社会の表と裏に遍く存在するそれらを制覇せんと日々努めているのだ。
「団長さん……いきなり何もない所に話しかけだして、どうしたんですか?」
気がつくと、怪訝そうな顔で本日の同行者が俺を見つめていた。
我が騎士団の副団長。花騎士のパクチーと言えば通じるだろうか。かつてバナナオーシャンで開かれたイベント、はらぺこバトルにおいて、あの暴食で有名なコデマリに一対多数のハンデ有とはいえ勝ったという、食の猛者だ。
本来俺は奇食の旅路に誰かを同道させる事は無い。誤解を恐れずに言えば、他人の目が気になるからだ。我が騎士団の花騎士達の。
彼女達の内に魔力による外見詐欺をしている者はおらず、誰もが実際にうら若く、食の好みと言えば今流行のマリトッツォやクロッフル、半生カステラといったスイーツが主。パクチーのように甘味より肉料理等を好む者もいるが、此度の目的となるような怪しい食材、奇怪な料理を好む者は流石にいない。
そう思ってこれまで俺は自身の奇食趣味を隠してきた。俺が部下達に嫌われるだけならまだ良いが、その所為で花騎士達の統率が乱れ、害虫討伐に支障が出てしまっては彼女達自身が危険に晒される。害虫に怯える無辜の民もだ。それだけはあってはならない。
だが今回、俺自身のうっかりと手違いにより、パクチーに奇食探求趣味、そして今日の奇食遠征がバレてしまった。しかし彼女はそれに動揺する様子を見せたものの、此方の思惑とは違い自分も同行したいと言い出した。
「私も食には一家言ありますので。ありふれた食材に手を加えて一味違った味覚を味わうのも良いですが、滅多に手に入らない食材を求めるのもまた醍醐味……」
俺と二人でいる時の落ち着いた様子や、顔を引き攣らせながら団員達に指示を出す時とうって変わって瞳を輝かせるパクチー。
「……まぁ後は、その、これで団長さんともっと仲を深めて、他の花騎士達に先んじれたらなぁーなんて、思ってないこともなかったり……」
うん? 今何か言っただろうか? 良く聞こえなかったが、パクチーの頬に朱が注がれている事から察するに、きっと興奮しているのだろう、何を食べられるのか楽しみで。
だが今回の食材は文字通りの奇異な食材。きっとパクチーが喜ばないであろう、一部の物好きだけが求める調味料……蝿蜜だ。
まず大多数の人々が知らないであろうその名を聞き、パクチーは首を傾げた。
「はえみつ……蝿蜜?」
蝿蜜とは、その名の通り蜂蜜の蝿版だ。基本的に腐肉食性である蝿害虫の内の極一部が、幼虫用の餌として集める半固形の粘体の事である。ベルガモットバレーの一部地域に伝わる発酵奇食、臭豆腐をそのまま液状にしたらこんな感じになる。
長年その蜜の正体と生産する蝿害虫は公になっておらず、実体を知る者が皆して口を閉ざす謎の多い食材。害虫の巣から集めなければならないという特性上、一般には流通せずかなりの高級品扱いされているのだが、正直味が良いとは言い難い。疲労回復、精力増強の効果があるとされ、貴族の中には好き好んで買い漁る者もいるというが。
一部のフンコロガシ、いやコガネムシ類害虫と並び不浄の申し子とされる蝿害虫が関わってくると知り、パクチーは嫌そうに顔を顰める。
試しに俺の秘蔵の蝿蜜を一口食べて貰った所、確かに身体に魔力が漲ってくる感覚こそあれど、臭いと味が酷すぎて今にも吐きそうだとの言葉が返ってきた。
「うっぷ……なんでこんな気持ち悪いものを……」
今回この食材を選んだのは、我が騎士団の所属するリリィウッドに在るエレンベルクの樹海に、この蝿蜜を集める種類の蝿害虫がいるという情報を得たからだ。
実際俺も臭いがどうにも好きになれない為、気は進まない。だがしかし、奇食の正体を知る機会を得たのに行動しないなど奇食ハンターの名折れ。いずれ春庭の奇食を制覇する男として、引く訳にはいかんのだ。
駐屯地より現地に向かい、ガイドを努めてくれる花騎士と合流する。リリィウッドを愛する余り、観光大使を自称し自主的に広報までしているネモフィラという花騎士だ。
だがその幼げな顔に浮かぶ表情はなんとも苦々しい。どうも我々の目的が原因らしいが。
本当に蝿蜜について何もご存知でないのですね、と強く詰問された後、案内自体は構わないのですが、と前置きし。
「騎士団長と花騎士だからお解りかと思いますが、害虫は時にとんでもない事を仕出かします。何を見ても驚いたり余計な行動をしないように、しっかり心構えをお願いします。それと此方の方が重要ですが、蝿蜜は決してリリィウッドの特産品などではありません! それだけは、絶対に、勘違いしないで下さいね!!」
「は、はぁ……」
何か嫌な思い出でもあるのだろうか、俺とパクチーが気圧される程に語気荒く詰め寄る姿に、二人揃ってただ首肯する事しか出来なかった。
そうして怒気溢れるネモフィラの案内の下、エレンベルクの樹海を突き進む。
息を潜め、害虫との遭遇を回避しつつ進むこと約数時間。辺りに便臭に似た不快な臭気が立ち込め始め、体感出来る程に見かける害虫の数が少なくなってきた。それどころか見かける害虫らはいずれも臭いを嫌がっているような鳴き声を放ちながら場を立ち去っており、中には我々と目が合いながらも真横を擦り抜け、悪臭区域からの脱出を優先するものまでいた。
濃くなる臭いは遂に腐乱死体のそれすら上回り、頭痛や咳まで誘発するまでに至った。
「うえぇ……酷い臭い、目まで沁みてくる……誰ですか、蝿蜜なんてものを最初に食の歴史に加えてしまった最低最悪の愚者は……ぐぇっ」
涙目で悪態をつくパクチーは、大きめのハンカチでマスクのように鼻と口を覆っているが、当然ながらこの年単位で掃除されていない便器すら芳しく思えてきそうな汚臭を遮り切れずにえづいている。
「もうすぐ着きます……うぅ、我が愛しく美しき故郷、リリィウッドに潜む、唾棄すべき汚点に……」
ネモフィラも半泣きであるが、どちらかと言えば蝿蜜農場がリリィウッドに存在する事自体に悲哀を覚えているが故のようだ。
何故そこまで嫌悪するのか、と思っていた俺の耳に、微かに甲高い音が飛び込んできた。まるで人の叫び声のようだが。
音は更に先に進んだ所にあった洞窟から聞こえてきていた。進もうとした俺の腕を掴んで引き留め、戻るならまだ間に合いますよ、と小声で忠告してくるネモフィラは本当に嫌そうで、正直ここまで嫌悪されていると正体を知るのが不安になってきた。
だがこんな所にまでわざわざ案内してもらっておいて、しかもパクチーまで巻き込んでおいて逃げ帰るなど許されん。
「いや、やめましょうよ団長さん……う゛お゛ぇっ……なんだか、凄く嫌な予感がするんですよ……花騎士の、勘的に……」
パクチー本人には否定されてしまったが、それでも奇食の秘密を明かさずにはいられない。それは奇食ハンターとしての本能が故だ。
尻込みするパクチー、気乗りしないネモフィラを背に、しかし確かに俺も嫌な予感はするので音を立てないように進行し、蝿害虫の住処であろう腐臭満ちる洞窟をこっそりと覗き込む。
思わず絶句した。
「びに゛ゃぁあっ♡ ナナのっ、ナナの中から、おお゛おっ♡ 害虫、産まれ、る゛ぅぅっ♡ 家族っ、また増えちゃ……あ゛う゛う゛う゛う゛う゛っ♡」
「えへっ、えへへへへっ、また、またこんなに蛆虫産んじゃった……私……害虫の苗床としてもエリートなのね……」
意外と浅い洞窟内、そこに広がっていたのは、一部の害虫共が用いる涜神的な繁殖方法の実践所、即ち人間の女性達が苗床にされている地獄絵図だった。
うつ伏せに押し倒され、のしかかる蝿に犯される女達。その大多数は姿から察するに恐らく騎士学校を卒業したばかりの准騎士であろう。屑鉄同然になった官給品の鎧兜を殆ど引っ掛けるような形で纏い、苗床にされる現実に耐えきれなかったのか揃って白目を剥いたまま声も上げられずにいる。蝿害虫が生殖器を前後させる度に衝撃で手足が振り回され、自我と生気の感じ取れない有様は注視しなければ死体と勘違いしかねない程だ。
そんな壊れてしまった新人達の中に、見覚えのある姿を見つけた。金髪を三編みにし、新人には珍しく鎧ではなく赤いひらひらした衣服を着た幼い少女。見開いた両目から涙を溢れさせながら甲高く叫び散らし、膨らんだ腹の中で育んでいた蛆虫共を何匹も産み落とす。
我が知人の騎士団に配属されたばかりの花騎士見習い。確か名前はアナナスだ。作戦行動中に行方不明になったと聞いていたが、こんな所に攫われていたのか。
無論残酷な運命に襲われているのは新人ばかりではない。
半壊した棘付き小手を嵌めた金髪の少女。虚ろな瞳で虚空を眺めながら、無表情でブツブツ何事か呟いている。俺の記憶が確かならば、アナナスと同じ騎士団に所属し、アナナスと共に行方不明になったという花騎士キンポウゲ。
それだけではなく、また別の知人の騎士団の花騎士であるタチアオイまでもがおり、今正に醜悪な大型蝿害虫に組み敷かれて交尾を強要されていた。既に孕まされてしまっているらしく、他の女性ら同様に無惨な臨月腹を携えているのだが、害虫は容赦無く抽挿を繰り返している。
「ダメっ♡ ダメぇぇっ♡ ボクのお尻にっ、そんなモノっ……あひっ、はひいいいいっ♡ オマンコと一緒になんてぇぇっ♡」
得体の知れない粘液で覆われた地面に獲物を押し倒し、胎内を蹂躪している巨大蝿。同時に口吻を伸ばし、タチアオイの肛門から腸内へと差し込み蠢かせている。口吻といっても、基本的な蝿害虫……いや、蝶型や蚊型も含めた口吻を持つ害虫のものとは違い、異常なまでに太く長く、さながらかのミズウォルムの色違いが口から飛び出しているようにすら思える。
そんなとんでもないものをタチアオイの肛門、腸管は受け入れている訳なのだが、裂傷などが生じたりしている様子は無く、その上まるで腸管が生殖器になったように快楽を生んでいるように見てとれた。
「な……ん、ですか、これ……」
唖然とする俺とパクチー、閉口するネモフィラの前、蝿と交尾しながら喘ぎ悶えていたタチアオイが、一際甲高い嬌声を上げて肛門を開いていく。
同時に蝿害虫も口吻を抜き去り、脚の一本で己と繋がっている花騎士の腹を強く押す。
「きっひいいいっ♡ ボクのっ、ボクのパンパンに張った、お腹の中身っ♡ ウンコ袋の中身っ、ハラワタの中身ぃぃぃっ♡ ぜっ、全部ぅっ♡ でぅっ、出るうっ、全部出ちゃううううっ♡」
あの凛々しい花騎士の口から出たとは信じられない、聞くに堪えない汚言。そして聞いているだけで耳管が腐りそうな程に汚らしい音と共に、大量の粘体がぶちまけられていく。
汚汁の噴水。撒き散らされたそれにより更に悪臭は濃くなり、気を抜いたら今にも意識が途絶えそうな程に嗅覚を通じ脳を殴りつけてくる。パクチーは衝撃的な光景に恐れをなしたようで、俺の腕にしがみついて震えていた。
「あはぁぁあ……♡ まりょく、おなかから、ぬけたぁ……♡ ぜんぶ、ぜんぶ……でちゃったぁ……あ゛ぁぁ……♡」
陶然とした表情の花騎士に繋がっている蝿害虫が奇妙な呻きを漏らし、全身を震わせる。恐らくタチアオイの胎内に射精したのだ。
自らも汚物噴水に塗れながらの射精を果たした蝿だったが、ここで大多数の害虫とは異なる行動をし始めた。
タチアオイから生殖器を抜き去り、洞窟内にぶちまけられた彼女の排泄粘体を集め始めたのだ。アナナス達の産んだ蛆虫達が粘液を掻き集める成体の周りに集い、その粘塊を物欲しそうに見つめる。周囲の土や小石も混ざっているが、あの色合いは正しく……。
「はい……あれが、蝿蜜です」
陰鬱に沈んだ声音で、ネモフィラが囁いた。腕を通じ、パクチーの体が強張ったのを感じた。
だが……ああ、なんと冒涜的な。
蝿蜜とは、特殊な蝿害虫に腸内改造された花騎士の、世界花の加護の力と魔力を吸着した腸液らしい。
「こうして蝿蜜は作られます。回収させられるのは、借金や政治的な都合等で追い詰められた花騎士。いくたりかが犠牲となりながら回収した蝿蜜は、その正体を知りながらも買い求める頭のおかしい貴族達に市場を支えられて」
「あ、も、だめっ、う゛、お゛え゛え゛え゛え゛っ!!」
苦々しい思いを顕にするネモフィラの解説を遮り、横から吐瀉音が響いた。
まさかパクチーが……と思ったが、彼女は青い顔をしながらも口元を押さえて嘔吐を堪えていた。
では誰が、と思いパクチーの更に向こうを見ると、叢の中に誰かが蹲っている。その背には白い羽があり、近くに掌程の大きさの二体の小人が浮いていた。
いつだったか、スワンボートレース大会の警備についたときに見た花騎士だ。金が、返済額が、と会場全体に響き渡る声で叫び続けていたからよく覚えている。恐らく今ネモフィラが言ったような、借金で追い詰められた者の一人なのだろう。
当然というべきか、吐瀉音に気付いた蝿達が借金花騎士目掛けて飛んできた。幸いと言うには薄情過ぎるかもしれないが、害虫の視界には俺達が映っていない様子だった。
「ひいっ!? ぐ、ごえ゛え゛っ! あ゛っ、まっでっ、そっちっ、そっちにもいますっ、花騎士っ、二人いるっ、だからそっちいって、こっちこないで、う゛お゛え゛え゛え゛え゛っ!!」
白い花騎士はこちらを指し示すが、害虫に人の言葉が通じる事はまず無い。嘔気に苦悶しながらの抵抗虚しく小人共々囚われて、苗床へと貶められていった。
俺達を囮に利用しようとしていたのか、それとも蝿蜜狩りに来た彼女と偶々タイミングが被っただけなのか……どちらにせよ、我々に今すぐ彼女を救助する手段は無い。多勢に無勢だ。
パクチーは既に失神寸前であるし、多少慣れていると思しきネモフィラの顔色も悪い。
アグレッサとの戦いを制したという、かの団長ならば、なんとか出来るやもしれないが……俺は彼のような英雄ではないのだ。
「げほっ、う゛えええ゛え゛っ! やめ、やめろおおおっ! 団長さんにまだかわいいって言ってもらえてないのにっ! いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
すまない、被害者達よ。出来る限り速く救助に来るから。無意味と知りつつ心中で謝罪し、その場から逃走した。
数日後、俺は他の騎士団の協力の下、あの蝿害虫の棲家を制圧していた。
蝿蜜を求める変態貴族の横槍が入るやも、と備えていたが、意外に何の口出しもされずに事は終わった。
だがそれは此処以外の場所にもここから巣立った蝿共がいるからなのだろう。産まれたばかりだった蛆虫がどこにも見当たらない事からそれが予想出来る。
「えへっ、えへっ、えへへへへっ♡ あんぜりか、いっぱい、いっぱい、おしりからすごいのでたぁ♡ おかね、おかねおしりからどぼどぼって、いっぱいいっぱいいっぱいぃぃ♡」
「ああ嫌だよ……俺のアンゼリカが……嫁が壊れちまった」
自身と害虫の体液、汚物に塗れた花騎士達を抱き締める団長らの表情は暗い。
あの白い花騎士……アンゼリカも地獄の臭気と虫による性的な拷問に堕ち、蛆に満たされた胎を膨らませたまま虚空に焦点の合わない瞳を彷徨わせて嗤うばかり。
「ちんぽっ♡ がいちゅうちんぽどこぉっ♡ ぼくにもっとがいちゅうちんぽぶちこんでぇぇっ♡ あかちゃんうませてぇっ♡」
「あかちゃん……わたしのあかちゃん……えいこうとえいよの……えりーとのがいちゅうあかちゃん……ふふっ、うひひふふふふふ」
「ななのあかちゃんとらないでぇぇ……ななのあかちゃんつぶさないでぇ……だいじなかぞく、ころしちゃだめぇぇ」
こんな有様のタチアオイ、キンポウゲ、アナナスですらまだマシな方で、何時何処の騎士団から攫われてきたかも分からない准騎士達は全員が廃人となっており、声をかけても全く反応が返ってこない。
副団長として俺についてきてくれたパクチーも、悪臭に苦痛を覚えながら被害者達に痛ましげな視線を送る。
これは他人事ではない。今回は蝿共がアンゼリカに集中していたから逃げられたが、もし奴等に人語を介する知恵があり、こちらにも向かってきていたなら……今頃俺は殺され、パクチーとネモフィラは蝿の苗床に堕ちていただろう。
パクチーが……。考えるだけで悪心が沸き立ち、絶望的な気分になる。
だが俺は、奇食探求を止める心算は無い。
例えこれ以上に悲惨な光景に出食わすとしても、これは俺の生き甲斐にして、生涯の使命なのだから。