寄生
乗っ取り
欲望を暴走させる害虫毒素を含む食料を口にしたコデマリが引き起こした、バナナオーシャン民総コデマリ状態化の危機。
字面としては馬鹿馬鹿しくも、確実に迫りつつあった滅亡は、ガーリックバインとパクチーの奮戦、そしてアナベルの想定外の不味すぎる料理によって未然に防がれた。
その騒動から数日後、駐屯地に戻ったガーリックバインはこれまで味わった事の無い胃の不調により、床に臥せっていた。
「うぷっ、うえぇっ…なんだこれぇ…わからんこれぇ…」
身体の奥からせり上がる強烈な異物感を何度も飲み下しつつ、その度に腹部全体が膨張していくような不快感の増大を自覚する。
もし近くに誰かがいれば、それが単なる感覚によるものではなく、実際に腹全体がじわじわと膨れ上がっていっているのが視認出来ただろう。
しかし今彼女が所属している騎士団には医療従事者が少なく、しかも遠征の為に大多数が出払っていて、ガーリックバインの異変に気付けるものはいない。
それだけではない。彼女は以前、雪を食べて腹を壊した経験がある。しかも今回はこうなるまでの経緯が経緯であった為、皆が笑い話同然に認識し、単なる食べ過ぎだと胃薬を渡されて、さほど心配もされなかった。
尤もそれは、ガーリックバインが普段から……害虫との戦闘で苦戦してしまった後や、新人の加入時など……意図せず辛辣な言葉を皆に向けてしまい、少々付き合いにくいと思われているのも一因なのだが。
故に彼女の様子を見に来るものは殆どおらず、異常は見過ごされていく。
「いたい、おなか…きもちわるい、ゲホッ、う゛お゛え゛っ」
薬は意味を成さず、ガーリックバインの体調は時間と共に更に悪化し、半ば気絶に近い形で眠りに落ちる。
そして数時間後、身体を奥から溶かされていくような奇異極まる感覚によって叩き起こされたガーリックバインは、起き上がろうとして目に入ってきた自身の腹に目を疑った。
「なに、この、お腹」
性的行為をした覚えの無い彼女自身が見ても、妊娠の一言が即座に思い浮かぶ程に膨れ上がっている腹部。
体内の悍ましい感覚と、視覚から襲い掛かる肉体的な異変に混乱するガーリックバインは、しかしそれらを上回る新たな悪性変化に精神を強制的に向けさせられる。
胃の辺りからグゥーッと間の抜けた音がして、喉の奥が抉じ開けられたような錯覚がした。いや、錯覚ではなかった。
「ごぽっ」
食道を這い上がる一瞬の違和感の後、間抜けにさえ聞こえる声と共に、奇怪なものがガーリックバインの口から身を覗かせた。
何本も触手を生やし肉色の粘液を滴らせる、節だった虫の頭。
はらぺこバトルで調理師害虫や給仕害虫が精神暴走毒入り料理を運んだ際、彼らも気付かない内に混入させてしまっていた害虫の卵が、ガーリックバインの体内で孵化したのだった。
「………っ? ………ぅお゛っ!?!?!?」
流石の彼女といえど、この状態を全然わからんだけで済ませられる訳もなく、細長い触手を振り回す害虫頭に恐慌と疑問で頭を満たす。
一方、ガーリックバインの体内に潜んでいた害虫は、どこか怪訝そうな様子で周囲を見回していたが、やがて自身の現れた穴に目を向け、唖然とする花騎士と感情を読み取れない無機質な目を合わせた。
その邂逅で何を理解したか、害虫は高い声で一つ鳴くと、すぐさま自身の現出した所……ガーリックバインの蛙腹の中に戻っていく。
「お゛え゛え゛え゛え゛え゛!」
反射反応で嘔吐くガーリックバインの口からは、こぽこぽと得体の知れない肉色の汁が溢れるばかりで虫は影も形も見せない。
四つん這いで正体不明汁を吐瀉し続ける。出てこないならばとボテ腹を殴りつけ、中にいるものを抹殺しようとまで試みている。
しかしそれが気に障ったか……それとも元よりそうする生態だったのか……害虫は想像もしていなかった方法で抵抗を封じる。
「ぃぎぃっ!?」
膨れ腹の中から背骨に沿い、肉を裂きながら細長いなにかが頭に向かって伸びる感触。やがてそれは頭に到達し、ぷちゅぷちゅと細かな破裂音をさせながら更に深奥へと邁進、続けざまに頭頂から爪先までを槍で貫通されたような衝撃が襲う。
細かな所作は解らないものの、されている事は理解できた。脳が侵されているのだ。
「や、やめ、ろおぉぉぉ!?」
唯一動く口でなにをしようとも、既に魔手は目的地に着いている。無駄な足掻きだった。
頭の中で異音が響く。液体を注ぐような音、何かの抜き差しを繰り返す音。脳自体に感覚は無い筈が、音の度に強烈な痛みが生み出され、状況と相まって絶望へと誘う。
「あが…あぎが…が…ぁ」
白目を剥いて膝立ちで仰け反り、呻きながら激しく痙攣するガーリックバイン。
脳が加虐される度に視界の中に有りもしない閃光が明滅し、耳を劈く爆音と無音で鼓膜を揺さぶられる。極限指定害虫に襲撃された直後の人里めいた血と臓物の臭気が鼻を冒したと思えば、有名料理店の極上の料理の芳香が満ちる。
狂った五感は害虫に侵害されていく脳の断末魔だった。泡を噴きはじめた彼女の中、弄られてでたらめになった電気信号が行き交い、意識と記憶が滅茶苦茶になっていく。
感覚器官の誤作動は次第に変化の感覚を狭め、脳神経が傷つき、血涙と鼻血が流れ出す。
「だ、ず、げ」
蚊の鳴くような声で、辛うじて呟いた言葉は、彼女の身体が大きくびくりと跳ねると共に中断された。
静止した身体はやがてがくりと頭を垂れる。そのまま動かなくなり、見ているものがいたならば死んでしまったのではないかと思わせたであろう凄絶な姿だった。
だが、彼女にとっては不幸な事に、生命は存続させられていた。その命は、ガーリックバインのものとは到底言えたものではなかったが。
硬直した四肢の内側をなにかが掘削し、這い進んでいく。それぞれの先端まで到達したそれらは、犠牲となった花騎士の腹腔内に蓄えられた得体の知れない妖液を四肢に充填し、外側をそのままに内を自身のものとして作り変えていく。
やがて蛙腹が凹むと、ガーリックバインはよろけながらもゆっくりと立ち上がる。手足に視線を走らせ、動かし方を確かめるように指や肘膝を曲げる。
一通り身体を確認すると、姿見の前までふらつきながら歩き、自身の顔を見て溜息を吐いた。
「あーあ、ニンゲンにはいっちゃったなぁ」
ぎこちなく、しかし面倒くさげな色がありありと感じ取れる声音で呟いた言葉は、花騎士だったものを操る害虫の意思であった。
寄生型のこの害虫は、実の所、人間ではなく同族…害虫に寄生する種類のもの。しかし調理師害虫か給仕害虫かは定かでないが、偶然にもそれらに入り込む筈だった虫卵がはらぺこバトルの最中にガーリックバインに取り込まれてしまったのだ。
普通に食事をしている際に取り込まれたならば、胃酸で卵が溶かされて終わっていたのだが、今回は折り悪くはらぺこバトルの最中での出来事。コデマリに対抗する為のだいぶ無理のある暴食の結果、完全に消化しきれないまま胃から腸へ卵が送られてしまったのだ。
結果、ガーリックバインは内側から壊されて身体を害虫に乗っ取られ、寄生害虫の方は本来の宿主ではない花騎士の中に入った所為で成体化を果たせないという、双方にとって不幸な状況が生まれたという訳だ。
尤も、完全に損だけをしているのは、ガーリックバインのみなのだが。
「セイタイになれないけど、まぁ、しかたない。タマゴはつくれるし、ザコムシどもはこのフラワーナイトのカラダでおさえつけられるから、ふえるならむしろユウリかな?」
そう言いつつ予行演習でもするように、喉奥から産卵用触手を伸長させる。
ヒドラ虫のような形をしたそれは先端に開いた産卵孔をパクパクと開閉し、三下害虫を餌食にしてやろうという欲望を行動を以って示していた。
ガーリックバインだったものがふと触手から視線を持ち上げると、鏡の中の自分の顔が酷く歪んでいた。自身の肉体を強奪された憤激と憎悪で満ち満ちている。その口元から触手は出ていない。実際はそんな事はなく、血涙と鼻血で汚れた無表情で口から触手をうねくらせている。
幻覚…完全に破壊されきってはいなかった、ガーリックバインの意識によるものだった。
だがこれは彼女に勝ちの目があるという話ではない。むしろ、完全なる敗北といえよう。
ガーリックバインはこれから、取り戻す手段も動かす方法も無い身体の中、この寄生害虫の行動の全てに付き合わされ従わされるのだ。身体が死を迎えるか、精神が擦り切れて今度こそ完全に壊れるかするまで。
鏡の中の肉体の檻に囚われた元持ち主の残影を嘲るように、不自然で禍々しく挑発的な笑みを浮かべ、新たな持ち主が言い放つ。
「きょうからよろしく! なかよくしようね、ワタシ!」