ショタ主(しょたるじ)さまがプリンセスたちとコネクトしまくる話 作:古井京魚堂
今回はエロなしですが時にはタメが必要なのです。
1 非エロ
それは初恋にも似た憧れだった。
その日キョウカは借りていた本を返しにフォレスティエに来ていた。
ギルドハウスに併設された児童館の図書室で、返却手続きをしてから新たに借りる本を何冊か見繕った後、帰る前に挨拶をして行こうとギルドマスターの執務室を訪ねた。
フォレスティエの執務室は、執務室という言葉から連想される堅苦しい雰囲気とは程遠い、主人の気質を反映した開かれた空間である。
幼児の描いた絵や工作物が無数に飾られている他は、角にクッションの巻かれた執務机一つをのぞいて、子供の怪我に繋がりそうな家具や調度品は一つも置かれていない。
威儀の面から苦言を呈されることもしばしばであったが、部屋の主人は子供たちが気後れすることなく遊びに来れる空間を保つことを優先した。おっとりとしているようで、こういう所ではしばしば強情であった。
フォレスティエの現在のリーダーであるミサトは、同時にエルフの森の保育士としても働いていて、キョウカもまたかつての教え子だった。
キョウカが律義者であることを差し引いても、広く教え子みんなから慕われている先生で、毎日のように誰かしらが遊びに来ている。
「今日もミサト先生は慕われているなあ」
だから、執務室でミサト先生と話している先客を見た時も、キョウカも最初は、自分と同じ元教え子が先生の御機嫌伺いに来ているのだろうと思った。
白い髪の小柄な女性だ。それとも子供だろうか。
初めて見る女性だが、エルフの森も狭いようで広い。自分が知らないお姉さんお兄さんも沢山いるだろう。
しかし、すぐに違うことに気づいた。
「わあっ! なんて綺麗な
キョウカは思わず声を大にして叫んでいた。
振り返った彼女のなんという美しさ。
白磁の肌に白絹の髪。紫のさした赤い瞳はまるで柘榴石のように煌めいている。不用意に触れればたちまち壊れてしまいそうな儚げで神秘的な美貌のエルフがそこに居た。
この辺りではあまり見ない古風な装束を着て、一輪の魔力を宿した花が雪白の髪を飾っている。
浮世離れした天上の人。
大陸最大の都市である王都ランドソルに隣接するエルフの森の住人たちはかなり『都市化』されている。言い換えると「俗っぽい」。これほどの超俗の雰囲気を纏う佳人がいれば、嫌でも耳に入って来る。
この人は自分たちとは違う人だ。
まるで御伽噺の上なるエルフ。絵本に出てくる妖精のお姫様みたいだと思った。
一目見るなり魅入られてしまった。鬼才の手になる工芸品を前に圧倒される鑑賞者の如く、口をポカンと開けて、まじまじと目の前の女性を見つめ続ける。
先日八歳になったばかりの自分よりは年嵩だが――三つ四つ年上だろうか――それでも世間的には子供と呼ばれる年齢だろう。事実、後で十一歳だと教えられた。
その年齢で、既に完成された美しさを誇っている。
麗人だ。言うなれば玲瓏たる風の化身。あるいは月の光の下を舞う夜光蝶。
いつもの優等生な彼女らしからぬ、ぶしつけではしたない振る舞いだという自覚はあったが、それも無理からぬことだった。
だって。こんなに幻想的な人を見たのは初めてだったから。「仕方がないことなんです!」とキョウカは心の中で誰にともなく言い訳をした。
それくらい彼女は美しい人だった。
平均して顔貌美しく、他種族からしばしば妖精にたとえられるエルフの一族であるが、キョウカの目をひきつけてやまない『お姫様』は、その中でも飛びぬけた美貌の持ち主だった。
「あら。こんにちはキョウカちゃん」
立ち竦むキョウカに気づいたミサト先生が、『お姫様』との対話を一旦止めて、彼女にキョウカを紹介し、またキョウカに彼女を紹介した。
「コッコロさん、ご紹介しますね、この子はキョウカちゃんです。この近くに住んでいる女の子で、とっても賢くて勉強熱心な子なんですよ。それに心根の優しい友達思いな子でもあります。キョウカちゃん。こちらはコッコロさん。遠い、この森とは別の氏族の皆さんが暮らす里の長老様のお嬢様で、とても大切な使命を帯びてランドソルまで旅をして来られたのよ」
「長老の……ほ、本当に高貴な方だったんだ……!」
キョウカは驚くよりも納得した。これで職人や農家の子だと言われればそれこそ驚きだった。そんな風に幼子の無邪気さゆえの偏見をまぶされた幾らか差別的なことを考える。
「御紹介に預かりましたコッコロでございます。キョウカさま、以後よしなにお願い申し上げます」
コッコロと呼ばれた少女は一礼すると、キョウカの目を見つめながら挨拶をする。その声は耳に優しい低音だった。「声まで綺麗……」キョウカは聞き惚れた。ぼうっとして。反応を返し損ねる。
「キョウカちゃん?」
「はて」
二人分の怪訝な視線に慌てて反応する。
「はい! お姫様!」
「おひめさま……でございますか?」
はてなとコテンと首を傾げるコッコロに、キョウカは泡を食って挨拶をする。
「あわわ。お初におめもじいたしますコッコロ様。さきほどミサト先生から御紹介に預かりましたが、わた……わたくし、キョウカと申します。高貴な方にお会いするのは初めてのことで、すご……とても緊張しております。無作法でいたらぬところがあるかとは存じますが、お許しください」
「高貴だなどと。とんでもない。ただの田舎娘でございます」
「で、ですが、長老様のお嬢様だとうかがいました。エルフの氏族はランドソルの国法でも独立国に準じる物として扱うことが定められています。なら、やっぱりお姫様なんじゃ」
不輸不入を初めとするエルフの森が有する特権的地位の根拠となる法律だ。少し前に学校で習った後、復習も兼ねて関連する参考書も読んだことがある。
「なるほど。たしかにそういう意味ではわたくしは『お姫さま』であるかもしれませんね。ですが。父は父。娘は娘でございます。それに、それを言うならば、これほどの大規模集落にあって長老会の一角を成すフォレスティエの、森番の長をお勤めになっておられるミサトさまこそ貴顕の人と申せましょう」
「い、言われてみれば! あの、じゃあ、その、ミサト……様? ミサト長老?」
「あらあら。なんだかとっても他人行儀で寂しいわ。もう先生とは呼んでくれないのね」
困ったようにミサトは苦笑した。別に彼女は長老ではない。この森の指導者層の一人なのは確かだが。
「えっと、あの、そうじゃなくて……ど、どうしよう……」
「キョウカさま。失礼ですが、その話し方にはあまり慣れてはおられぬ御様子。どうぞ御無理をなさらず、御友人と日頃話されるのと同じように接して下さいませ。ミサトさまに対しても、これまで通りに振る舞われるのがおよろしいかと」
「は、はい。コッコロさ……ん」
「はい。キョウカさま。その上で、お許しください。わたくしのこれは身に染みついた癖のようなもの。隔意あってのものではないのです。その旨、どうかご了承ください」
「はい。分かります」
コッコロにとってはそれが自然な振る舞いなので、ざっくばらんな態度は逆に不自然となるのだった。
キョウカもまた、コッコロほど極端ではないが丁寧な振る舞いが身に付いた少女である。少なからず共感を覚える言葉だった。
「あの。コッコロさん……!」
キョウカは勇気を振り絞って提案した。
「よければ私に森を案内させてもらえませんか」
「それは願ってもないこと。甘えさせていただきます。どうぞよしなにお願い申し上げます」
コッコロは少し驚いた表情を顔に浮かべた後、にっこりと微笑んで、キョウカの厚意に甘えることとするのだった。
フォレスティエ、エルフの氏族周りはこの世界ではそうなんだくらいで流してくだされば幸いです。