「いい風ね……」
実家での食事後、エリィ・マクダエルは夜道をゆっくりと歩いて、冷たさを含んだ風に当たっていた。
ここのところ慌しさが勝って、中々休みを取ることも出来なかったが、たまにはこうしてゆっくりと寛ぐ日があるのも悪くはない。だが、そんなエリィの穏やかな気分を、聞き覚えのある声が妨げる。
「げ、あの時のオマワリ…」
「マジか…」
「また俺たちをマークしてやがるのか?」
引きつった声の主を見れば、恰幅の良い男、細身の軽薄そうな男、中背の傲慢さが顔に出ている男の、どこかで見た顔三人組であった。揃って彼らは一歩あとずさる。彼らの方に目を向けたエリィは、自らの記憶の中を探る。
「貴方達は…」
確かハイブラッズ、と名乗る連中である。隣国カルバートの大企業の役員の息子とその取り巻きとあって、甘やかされて育ったらこうなる、といった悪い見本みたいな連中だ。悪党という程ではないにせよ、重罪に問われないからといって迷惑行為を繰り返すのはクロスベル警察としては見過ごすことの出来ない連中である。何故ここに、という疑問が湧き出るが、考えてみれば彼らが住まいとしている住居は、自分の実家の隣である。鉢合わせること自体はおかしいことではない。
「また何か、悪さをしたのかしら?暴走行為はいい加減懲りたのではないかしら?」
毅然とした警察官としての面を見せれば、ハイブラッズの三人は一瞬うっ、と詰まる。車は先日オシャカにしたばかりである。ばつの悪そうにした恰幅の良い男レジーは、何もしてねぇよ、と体に見合わぬ小さな声で呟く。
「だ、大体、俺たちの悪さなんて、あの時のガキの脅しに比べりゃ可愛いもんじゃねぇか?」
なぁユーリ、と細身の男、サイクスは大将である傲慢そうな男に声をかける。ユーリは何か思い出したのか、ぶるりと体を震わせる。
「そ、そうだ。あんなこと、許されるのか?この国で」
エリィはサイクスの言葉から記憶を手繰る。
「あの時のガキ…ああ、あのネコの時の…」
以前、ネコの捜索でハイブラッズが理不尽な要求を支援課のメンバーに突きつけた時に、捜査にひょんなことから協力していた、赤い星座の少女が彼らの胸倉を掴んだことがある。ある意味では自業自得なところではあるが、本物の猟兵の殺意の一端を感じることになったのは、少々気の毒ではあるところだろう。
「そうね…。確かにやりすぎではあったわ」
非を認める言葉を口にすれば、だろう?とすぐにユーリは言葉を重ねようとする。が、ユーリの眼前にあったのはエリィの下げられた頭である。
「ごめんなさい。恐ろしい思いをさせたことについては謝るわ」
真摯な声色に、ユーリはうっと言葉を紡ぐ。御機嫌取りに近い謝罪は受けても、真摯に謝罪を受けることには馴れておらず、戸惑いの表情を浮かべる。わ、わかればいい、とぶっきらぼうに言葉を返すことが精一杯の反応である。でも、と、戸惑っているハイブラッズに対して、目を細めて釘も刺す。
「あのような無茶な要求をすることは、とても褒められたこととはいえないわね。」
「む、無茶?」
「覚えていないのかしら?」
冷たい視線に晒されながら、今度はハイブラッズの側が記憶を手繰る。サイクスが、あ、あれじゃね?と一番早く声をあげた。
「ほら、裸踊り…」
「ああ、そういえば…」
言葉にしなくていいですから、と睨むエリィを余所目に、納得した表情の三人は、思わずエリィの肢体を視線でなぞる。存在を誇張するような量感のある乳房がまず目を引き、思わずゴクリと生唾を飲む。
「…反省してないわね。全然」
いわゆるジト目で睨むが、露骨な視線に少々顔を赤くするエリィ。が、その反応はむしろハイブラッズ達を喜ばせるだけである。
「いや、だってさ、見れば見るほどっつーか…」
「だな。オマワリが悪いんだぜ?そんな体してよ…」
「…逮捕、されたい?」
笑顔で冷たい一言を放つとハイブラッズも言葉を詰まらす。はぁ、とエリィはため息をつき、そうね、とひとりごちる。
「ま、まあ、あれだよ。失礼なこといったお詫びに、ワインでも開けていかないか?」
「…下心、丸出しね」
「い、いいじゃねぇか。あのシャーリィとかいう小娘のことは悪いと思ってるんだろう?」
「それは、その…」
「じゃあ、付き合ってくれよ。それでお互いチャラ、でいいんじゃないか?」
シャーリィの件をつかれて怯んだエリィに畳み掛ける男たち。エリィは再びため息をついて、わかったわ、と返答を返す。
「一杯だけ、一杯だけよ?」
そうしてエリィは実家の隣の屋敷に、三人の男に招かれるのであった。
「そんじゃ、乾杯!」
「乾杯!」
三人の男と一人の女がソファにもたれかかりグラスをかかげる。グラスに口をつけて葡萄酒を傾ければ、唇の間に薄い紅色がそそがれる。
「あ、美味しい…」
「だろ?そりゃ上等な酒だからな」
「その点は流石ね…」
葡萄酒のラベルを一瞥して、少しづつグラスを傾けるが、杯に注がれた液体も残りわずかになってしまう。
「前言撤回して、もう一杯でもいいんだぜ?」
うっと悔しそうにしてハイブラッズを睨むが、ほんのりと頬を上気させた女は、素直にその言葉にしたがう。
「も、もう一杯」
「よしきた。レジー、他の酒も出しておこうぜ?」
「だな……結構いける口なんじゃないかるオマワリは」
「ま、まあ嫌いではないけれども……」
そういいつつ酒をグラスに注がれると、ありがとう、と礼をいって煽るように飲んでしまう。
「いい飲みっぷりだぜ、オマワリの印象が変わるな」
「もう、一言余計なんだから…。貴方のも美味しそうね。いただいていいかしら…」
「ああ、もう一本もって…」
用意しようとした矢先に、サイクスが口をつけたグラスを傾けて一口だけ飲む。
「美味しい…」
「おいおい、こりゃ出来上がってんな…」
そう呆れたようにみせつつ、サイクスは唇のあとがついたところと同じところに唇を重ねる。間接キスというやつでも、興奮はするらしい。
「あ、ずりーぞ、サイクス」
鼻唄でごまかすサイクスと、羨ましそうに見つめるレジー。
「おい、こっちの酒もいい酒だぜ?」
ユーリはすかさず自分のグラスをエリィに差し出す。すると同じように唇をつけて一口だけ含む。
「ちょっと甘いかもしれないわね。これは…」
「あ、ちょ、オマワリ、俺のも…」
出遅れたレジーはあわてて杯を差し出すのだった。
「やば…飲みすぎた」
「俺も…」
そんなこんなでもう日付が変わりそうな時刻である。ハイブラッズの三人はエリィにあわせたせたせいで酔いの回るのが早かった。
「だらしないわね…まあ、いいお酒いただいて言うことではないけれども」
「オマワリ、すげぇな…」
「まあ、自慢できることでもないけれど。」
ほんのりと白い肌を上気させたエリィはくすりと微笑む。
「まあ、私を酔わせるのは出来ても、酔い潰すのは無理って思っておきなさい」
「身に、しみたぜ…」
辛そうにしてテーブルに上半身を預ける三人と、ソファに背中を預けるエリィ。
「これでシャーリィさんの件はチャラ、ね」
「くっ…」
少し勝ち誇った様子のエリィに悔しさを滲ませるユーリ。そんな顔しないの、と告げたエリィは、足を組んで三人をまじまじとみる。
「少しは、期待してたんだけど、ね?」
「…期待?」
訝しげにエリィを見上げる三人の男。エリィの吐く吐息の温度も高そうである。
「そう、期待……本当はね、あなた達の言葉にどきってしてたのよ?あの時」
「…あの時?」
「ええ。私に言ったでしょ?土下座か、裸踊りって…」
「あ、ああ。誠意ってのを見せてもらう権利があったからな…」
「その言葉きいたせいで…大変だったんですからね?」
「たいへん?…」
「…妄想しちゃったの。何回も。夜な夜な、ね」
「へ?」
「ここでね、貴方たちの前で、裸踊りすること…」
「「「は?」」」
顔を赤らめて言う言葉に絶句するが、三人の男たちの息は荒くなる。しゅるりとストッキングに手を掛けて器用にずらして、むっちりとした生足を露にした。
「させてくれる?ハイブラッズの前で、裸踊り…」
普段は絶対発しない甘えた声に、男たちは一も二もなく頷くのだった。