「雪ノ下。その前に言っとかなきゃならんことがある」
鼻先が触れそうな距離のまま、雪ノ下は目で先を促した。普段なら言うのに勇気がいることのはずだが、今の雪ノ下なら信じて話すことができる。
「その、言いにくいんだが……あの暴発以来、勃たなくなっちまったんだわ。すまん」
「謝らないで。……そんなにショックだったのね」
「あのときはな。でも今はたぶんそれほどじゃない。だから、お前に求められてうれしいんだが、まぁ、勃ったらラッキーくらい思ってくれ」
雪ノ下は一瞬悲しげに眉根を寄せたが、すぐになにか思いついたのか、挑戦的な目を俺に向けてきた。
「比企谷くん、勝負をしましょう」
「勝負?」
「私があなたのものを大きくさせることができたら私の勝ち。できなければあなたの勝ち。勝ったほうは負けたほうに何でもひとつ言うことを聞かせる」
「……いいぞ。その勝負、乗った」
勝負という形にすることで、俺に気負わせることなく勃たせてくれようとしているのはすぐにわかった。どこまでいい女なんだこいつ……。一生を捧げるどころでは済まないくらい惚れてしまいそうだ。
雪ノ下は再び妖艶な目つきを見せて俺に口づけ、今度はおずおずと舌で俺の前歯をノックしてきた。彼女の髪の甘い香りと温かい舌の感触に、俺はすぐに夢中になった。
もっと体温を感じたくなって雪ノ下の後頭部と腰に手を回そうとすると、雪ノ下は少し腰を浮かせて俺が手を回す隙間を作ってくれた。もっと深くつながろうと差し入れてくれる舌に自分の舌を絡ませ、今度は俺が彼女の口内に深く深く侵入する。
雪ノ下の口の中は少しだけスペアミントの味がした。ホテルのアメニティの歯磨き粉だ。風呂から上がってくるときに歯を磨いてきたのだろう。今後一生スペアミントの味を感じるたびに、雪ノ下とのこのキスを思い出すのではなかろうか。キスは今まで何度もしてきているのに、この激しいキスはそんなことを思うくらいに鮮烈な印象を残した。
興奮のあまり息が苦しくなってきて、お互いにゆっくりと絡めた舌をほどき、顔を離す。俺と雪ノ下の名残惜しさを表すかのように、唾液が糸を引いて、そして切れた。
雪ノ下も俺も、すっかり肩で息をしていた。雪ノ下の頬は湯上がり以上に上気して桃色に色づき、首筋までその赤みが広がっている。トロンとした目は涙で潤み、口は放心するように開けられている。
「だ、大丈夫か?」
「え、ええ。こんなに深いキスをするの、久しぶりだったからすごく気持ちよくて……あなたはどう?」
「最高だった。もっとしたい」
雪ノ下は色っぽく微笑んでまた顔を近づけるが、俺はそんな雪ノ下を手で押し留めた。
「その前に、そのな……服を脱いで、裸で抱き合いたい」
「……私のこと、脱がせたい? それとも脱いでほしい?」
ここでそんなこと聞く? 興奮しすぎて鼻血が出そうだ。
俺がどぎまぎしていると、雪ノ下はまた俺の頭を抱き寄せ、いつもより少し低めの色気ある声でささやいた。
「ねぇ、どうしたい……?」
「ぬ、脱いでくれ……」
「ええ」
耳元に熱い吐息がかかり、ぞくりと背筋に震えが走る。
2年弱付き合った自分のパートナーが、こんなに男心をくすぐる声を出せることを初めて知った。そして、バスローブを脱ぐために離れていく雪ノ下の艶然とした表情から、俺は目を離せなくなっていた。
雪ノ下の色仕掛けに、俺はもうなにがなんだかわからなくなりつつあった。今なら無条件で俺のすべてを雪ノ下に差し出す契約書にすら喜んでサインしてしまいそうだ。
「よそ見しないで、ちゃんと見ていてね」
そう言って雪ノ下はベッドの上で膝立ちの状態になって、バスローブの帯をゆっくりと解いた。
はらりと帯が落ち、雪ノ下が上目遣いで恥ずかしそうにこちらを見ながら少しだけ襟を開く。首筋からデコルテ、へそ、内ももと、身体の中心線に沿って雪ノ下の白く透き通るような肌がチラリとのぞき、その合間に清楚な白のレースの下着が見て取れた。
俺の視線は雪ノ下の身体に釘付けになった。心臓が頭の中に移動してきたみたいにドクンドクンと脈打つのを感じる。雪ノ下のこの美しい姿を、いつまでも覚えていたい。
「ど、どうかしら」
「ど、どうって……綺麗だ。もっと見たい。見せてくれ」
「そ、そう……」
雪ノ下は少し恥ずかしそうに胸の前で腕を交差させ、襟を少し持ち上げて肩から落とした。白い肩と、彫りの深い鎖骨にかかるブラのストラップが露わになる。もう最高潮まで興奮していると思っていたのに、俺の心臓はさらに激しく拍動していた。
最後に交差させていた腕をゆっくり広げて後ろにやると、腕からバスローブが抜け落ちて雪ノ下は下着姿になった。
そんな男を誘うような脱ぎ方をしたというのに、当の雪ノ下は顔を赤らめて恥ずかしそうに俺を見ている。そのギャップに俺は完全に魅了されていた。
「へ、変じゃない?」
「変じゃない。それどころか……」
「比企谷くん?」
俺も立ち膝になって我知らず雪ノ下に手を伸ばし、彼女の細い二の腕からゆっくりと手を滑らせて肩に手をかけた。
「綺麗だ……それしか言葉が思いつかない。目に焼き付けておきたいくらいだ」
「馬鹿……」
照れるようにして雪ノ下が顔を横に反らすと、それに合わせてつややかな黒髪が一房、肩をつかむ俺の手の上を流れて前に垂れた。耳から鎖骨までの桃色に色づいた首筋は少し汗ばみ、幾筋か黒髪が張り付いて、ぞっとするほど妖艶だった。
今すぐにでもその首筋にむしゃぶりつきたいくらいだったが、最後の理性を振り絞って本人に断りを入れる。
「雪ノ下。お前の首筋にキスしたい」
「その前にあなたも脱ぎなさい」
その言葉を受けて、俺は自分の服を引きちぎらんばかりに焦って脱ぎ始めた。ボタンを外す手間すら惜しかった。
下着姿の雪ノ下が手伝おうと俺のベルトに手を伸ばし、そこで「あら」と小さく声を上げた。
「どうやら勝負は私の勝ちみたいね」
「あん?」
自分の下半身に視線をやると、ズボンがテントを張っていた。目の前でストリップをしてくれる雪ノ下を見ることに夢中で、自分が久しぶりに勃起していることにすら気が付かなかった。
「……負けちまったか」
「私が脱ぐのを見て興奮した?」
「興奮したなんてもんじゃない。頭の血管が切れるんじゃないかと思ったくらいだ」
「あなた、すごい目をしてたわよ。視線だけであなたに犯されているような気になるくらい」
雪ノ下の言葉に、俺の勃起したペニスがびくりと反応する。雪ノ下のこの煽りようは狙ってやっているのか、はたまた天然なのか。
雪ノ下は俺のズボンのベルトを外し、パンツごと一緒に脱がせてきた。勃ったペニスに布越しに雪ノ下の白魚のような細い指が一瞬触れたが、それだけで射精しそうになり、こらえるのに苦労させられた。
「あの、比企谷くん。もしかして少し出てしまったかしら?」
心配そうな目を俺の股間に向ける雪ノ下の視線をたどると、皮を被った先端が濡れて露を垂らしている。
「いや、その、あれだ、これはだな」
「落ち着いて。あなたが私に興奮してくれているのはうれしいから」
「……これはあれだ、精液じゃなくて……女と同じように男も興奮すると濡れるんだ」
「なるほど……」
雪ノ下が興味深そうに俺のペニスや玉袋をまじまじと見つめる。細い指で恐る恐る先端に触れられると、反射的に思わず跳ねさせてしまう。そんな様子を見て、雪ノ下はまた艶然と微笑んだ。
「なんだかかわいいのね」
「そう言われると複雑なんだが……」
「ねぇ、あなたのこれが『包茎』というものなの?」
「あー、まぁそうだな。ちゃんと剥けるから『仮性包茎』だけど」
「なるほど……剥いてみてもいいかしら?」
「お前にされたらたぶん出ちまうし……そんな面白いもんでもないぞ。ほれ」
自分で皮を剥いて見せる。雪ノ下は理科の観察でもするようにいろいろな角度から俺のペニスを眺め、においをかぎ、指先で触れた。
「比企谷くん、出したい?」
「ああ。出したい。お前に出させてほしい」
「どうすればいい? どうしてほしい?」
こんな魅力的な質問があるだろうか? 雪ノ下が「どうやって射精させてほしいか」と俺に尋ねているのだ。
いろんな妄想が一瞬にして頭を駆け巡るが、今はおそらくあっという間にこらえ切れなくなってしまうだろう。それなら今は雪ノ下にとって楽な方法でいい。これから何度もこういう機会はあると確信しているし、俺の妄想を実現するのはそのときでいい。
「手で、しごいてくれ」
雪ノ下がうなずき、幹の部分に彼女の白い指が優しく巻き付けられる。それだけでたまらなくなるが、歯を食いしばって耐える。
「ひ、比企谷くん?」
歯を食いしばって耐えている俺に、雪ノ下が心配そうな目を向けた。痛がっているのではないかと不安なのかもしれない。
「大丈夫だ、痛くはない。……雪ノ下」
名前を呼びながら肩を抱き寄せ、首と髪の間から後頭部に手を回して唇を奪う。強引に舌をねじ込み、雪ノ下の口内を蹂躙した。舌を絡ませ、上あごを舐め上げ、歯列の内側をなぞる。雪ノ下はなまめかしく喉を鳴らし、片手を俺の後頭部に添えて俺の舌をせがんだ。
雪ノ下の肩に添えていた手を下に滑らせ、脇腹を撫でる。一瞬だけ雪ノ下の身体がびくんと震えて声にならない声を上げるが、やがて俺の愛撫を受け入れるように力が抜けていく。
ふと、俺のものをしごく雪ノ下の手が止まっているのに気づいた。キスや愛撫の感触に夢中になってくれたのだろうか。そうだとしたらうれしいが、俺には雪ノ下に気を遣っている余裕はもはやなかった。舌を絡ませながらも目で続けてくれるよう催促すると、彼女は蕩けた目で見つめ合ったまま手の動きを再開した。
その後しばらくは襲い来る快感と興奮に耐えつつ雪ノ下の舌を味わっていたが、もう限界寸前というところで雪ノ下が唇を離し、また俺にささやく。
「ねぇ、どこが気持ちいいの?」
「……先っぽの裏っ側の……っ、そ、そこだ」
俺の弱点を知った雪ノ下が目を細め、先走りを潤滑剤のようにして執拗に裏筋を親指で刺激する。もうひとたまりもなかった。
「ゆ、雪ノ下……もう、出る」
「いいわよ。たくさん出して……きゃっ」
今までの人生で感じたことのないような強烈な快感とともに、俺は雪ノ下の手で射精した。俺の精液が雪ノ下の顔、雪ノ下の髪、雪ノ下の胸、雪ノ下のへそを汚し、それでもしばらく止まらなかった。
雪ノ下は射精するペニスを興味深そうに観察し続けていた。
「すごいわ……こんなに出るものなのね」
強烈な眠気のようなものを感じ、急速に興奮が冷めていく。雪ノ下の声もどこか遠くから聞えるような気がした。
「比企谷くん? 大丈夫?」
「あ、ああ……こんな強烈な賢者タイムは初めてだ。ものすごく眠い」
「それって、やっぱりすごく興奮したから?」
「たぶん……悪いな、また顔とか髪にかけちまって」
「いいのよ。さっきも言ったけれど、私に射精してくれるとうれしくて、あなたが愛おしくなる。なんて言ったらいいかしらね……。自尊心が満たされるというか、好きな男性の欲望を私が満たしてあげられたんだと思えるの」
「……お前、そういうの狙って言ってんの?」
「なんのこと?」
天然だよ。天然の男たらしだよこの子。世が世なら国を傾けるどころか滅ぼしてるな。
眠い頭でぼんやりそういうことを思っていると、雪ノ下はなにを思ったか、自分の顔にかかった精液を指で拭い、手についた精液を舐め取った。すぐに不味そうな顔をする。
「おいしいものではないわね」
「当たり前だ。ほら吐き出せ」
枕元のティッシュを2、3枚取って雪ノ下の口元にやるが、雪ノ下はそれを押し留めて口の中のものを飲み下した。形のいい喉仏が上下する。
「なんて言ったらいいのかしら。とろろと砕いたゼリーを混ぜたような……」
「食べ物に例えるのはよせ。食べるときに思い出しちゃうだろ」
「でも、あなたの精液だと思うと悪くないわ」
「お前なぁ……」
天然の傾国の美女の破壊力ハンパねぇ。
雪ノ下を抱き寄せ、身体や髪についた精液を拭き取る。彼女の白く細い指や腕にも、見たことがないくらいの量の精液がついていた。過去最高記録ではないだろうか。
「比企谷くん、ちゃんと気持ちよかった?」
「ああ。今までの人生の中で一番気持ちよかった。……ありがとな」
「よかった。恥ずかしいのをこらえて頑張った甲斐があったわ。……もう大丈夫?」
雪ノ下が暴発事件のことを聞いているのはすぐにわかった。俺のわだかまりを取り除いた後は、失敗の原因になった射精まで導いてくれた。俺のトラウマや苦手意識を取り去ろうと心を砕いてくれたのだ。
とっくに心底惚れ込んでいると思っていたが、この期に及んでさらに坂道を転げ落ちるように雪ノ下に惹かれていくのがわかった。
「ああ。雪ノ下、今度は俺がお前にさせてくれ」
「ええ、任せるわ。……私をあなたの好きにして」
その一言だけで、かっと頭に血が上る。本当にいちいち言ってほしい言葉をかけてくれる。