「……妊娠したらどうする」
「私の実家に置いてもらって育てるわ。もちろんあなたも一緒。就職したら妊娠している暇なんてないでしょうし、産むなら若いうちのほうがいいと言うし、それなら学生の間に産んでおくほうが合理的じゃないかしら?」
「雪ノ下、お前、そんな先のことまで考えてくれてんのか」
「もちろん……と言いたいところだけど、これは後付けの理屈。本心は今言ったとおり……」
雪ノ下が俺を抱き寄せ、蠱惑的な声でささやいた。
「避妊具なしであなたとセックスしたい」
頭の血管が何本か切れたんじゃないかという気がした。
「おま……お前……そんなこと言われたら……」
「比企谷くんは……どう?」
「したいに決まってるだろ。でも、本当にいいのか? 大学は?」
「今から妊娠するとちょうど来年度の後期が始まるあたりで出産になるけれど、必要な教養科目は1年次のうちに全部履修しているし……」
「そうじゃねぇよ。大学の付き合いとか、産んだ後通えるのかとか、そういうのあんだろ」
「確かにあるわね。でも、そういうのを全部差し置いても、今はあなたと、直接つながりたい。……あなたの子供がほしい」
そこまで言われて我慢などできるはずもなかった。
つばを飲み込み、既に露をあふれさせている先端を雪ノ下の膣口にあてがう。おそらくそう長くは持たないだろうという予感があったが、その一方で、雪ノ下の中で果てたいという気持ちが急速に膨れ上がってきていた。
「……い、いくぞ」
「え、ええ……」
ゆっくりと先端を押し込んでいく。雪ノ下の膣は熱く潤み、このぬかるみとペニスが溶けあっていくような気がした。すぐに腰の奥から熱いものがこみ上げてきそうになるが、こんなに早く出すわけにはいかない。亀頭が入り切ったくらいのところで腰の動きを止め、波をやり過ごす。
「比企谷くん……?」
「……雪ノ下の中がよすぎて出そうになった」
「いつでも出して……と言いたいけれど、今だけはもう少し頑張って」
「ああ……。痛くないか?」
「痛いというより苦しいと言うほうが近いけれど……私の中にあなたが入り込んできてるって思うと、なんだか満たされる」
雪ノ下のその言葉で不意にやってきた二度目の波もなんとか耐え切り、さらに押し込んでいく。
膣内のひだを押し広げて雪ノ下の中に入っていくのは、もちろんペニスに絡みつく膣壁による性感も大きいが、達成感や征服感も大きい。「雪ノ下雪乃は俺の女だ」。そんな独占欲と征服欲を混ぜ合わせたものが、意識の中で大きくなっていく。
どうにか射精をこらえたまま最奥部に到達し、いつの間にか止めていた息を大きく吐いた。雪ノ下は苦しそうに眉根を寄せていたが、一番奥にたどり着いたのを感じてゆっくりを目を開いた。
「全部入ったみたいだ。お疲れさん」
「お疲れなのはあなたのほうでしょう? ……私たち、ちゃんとつながれてる。ひとつになれてる」
「ああ。……雪ノ下、お前がなんだかめちゃくちゃ愛おしく感じるわ」
「私もよ。なんなのかしらね、この気持ち。いつまでも感じていたくなる」
互いの唇をついばみ、舌を絡め、唾液を交換する。射精もしていないのに、今まで感じたことがないくらいの幸福感が湧き上がってくる。少しでも雪ノ下と肌の触れ合う面積を増やそうと、自重を片腕だけで支えるようにし、雪ノ下の腰に空いた手を回す。雪ノ下も同じことを考えたらしく、片手をわきの下を通して俺の背中に回してきた。俺の腰に巻き付けた脚もさらに締めて、腰をぴたりと密着させる。
あとはもう本能のままに互いを貪り合うだけだった。
雪ノ下の舌を味わい、雪ノ下にねっとりと上あごを舐め上げられる。雪ノ下の頬の内側の柔らかい粘膜を舌で蹂躙し、雪ノ下は雪ノ下で俺の舌をペニスに見立てて奉仕することさえした。その間も、俺は雪ノ下の長い黒髪に手を入れてサラサラとした髪の感触を楽しむ。首筋、鎖骨から胸へと指を滑らせ、乳首を弄ぶように指先で転がしてやると、雪ノ下はビクビクと背筋を反らし、鼻にかかるような声を上げた。俺たちはつながった状態でのキスに溺れ、二人ともだんだん意識がぼんやりし始めた。夢中になって口と舌でまぐわっている間に、雪ノ下の膣は何度も収縮して精液を搾り取ろうとしてきたが、最後の理性を振り絞って耐え忍んだ。
気づいた頃には顎も舌も疲れ切り、体重を支えていた腕は感覚がなくなっていた。二人ともマラソンでもしたかのように息が上がって汗みずくだ。雪ノ下は汗まみれの全身を紅潮させ、頬には髪が張り付き、髪を幾筋か口にくわえていた。頬を撫でて髪を除け、とめどなく流れ続ける涙を指で優しく拭う。長い睫毛が震えた。
「ねぇ……ひきがやくん……」
「なんだ?」
「なまえ……ゆきの、って……よんで」
「……雪乃。……っおぁっ」
膣壁がぎゅっと締まり、射精を促すように蠕動した。これが続けばもう耐え切るのは無理だ。
「雪乃……雪乃っ……」
「はちまん……はちまん……っ」
彼女を強く抱き締め、耳元で名前を繰り返しささやき、とうとう我慢できなくなって腰を振り始める。彼女も同じように俺にしがみつくようにして抱き着き、俺の名前をささやきながら高みに昇ろうとしている。一刻も早く絶頂に昇り詰めたい感情と、彼女のことを気遣う理性が最後のせめぎ合いを繰り広げ、彼女と一緒に絶頂を迎えること以外なにも考えられなくなった。
「はっ……はちまん……わた、しっ……も、もうっ……」
「俺も、出る……っ!」
自分のペニスから精液が彼女の……雪乃の中に送り込まれていく感覚がはっきりとわかった。雪乃の膣は何度も痙攣するように収縮し、俺の精液をもっともっととねだっているかのように感じられた。十や二十できかないのではないかというほど雪乃の体内に何度も精液を撃ち込んで、俺はたまらず彼女に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
さっき手で射精させてもらったときのような強烈な眠気は一瞬のことで、すぐに意識は冴えた。しかし全身がひどくだるい。特に腰と腕は確実に筋肉痛になりそうな疲労感が溜まっていたが、今はとにかく雪乃に体重をかけないようにしなければならない。
雪乃は未だにオーガズムから帰ってきていないようだった。涙を流し続けている目は呆けたように宙をさまよっているが、胸は酸素を求めて激しく上下し、俺に巻き付けた手足はがっちりと俺をホールドし、腰と膣を何度も震わせていた。
俺のペニスはまだ硬さを保ったままで、もっと彼女の身体を味わいたいのが本音だが、今の雪乃にさらに注挿してはまた息苦しい思いをさせてしまうだろう。俺は呼吸の妨げにならないように雪乃に顔を近づけ、髪を撫でながら耳や首筋にキスを落としていった。
そうしてしばらく待っていると、雪乃はようやく
「ひき……八幡……」
「大丈夫か。雪乃」
俺に下の名前を呼ばれて、雪乃は膣壁を締め上げた。
「
「そうか? 俺はうれしいが」
「……馬鹿」
唇を重ねるだけのキスを交わす。
「……雪乃とのセックス、最高だった。お前に溺れちまいそうだ」
「私も……最高に気持ちよかった。……ねぇ、帰ったら、できるだけ運動するようにしない?」
「毎日? ……こういうことを?」
「確かに毎日セックスしたいけれど……そうじゃなくて、体力つけるために走ったりとか、そういう運動よ。あなたとセックスしてしまったら私、今の体力のない状態ではその日はもう使い物にならないと思うし、それに……」
「それに?」
「体力をつければあなたともっと長く楽しめる……でしょ?」
思わずペニスを跳ねさせてしまった。
「っ……八幡がまだ満足しきれてないのはわかるのだけれど、ごめんなさい。私、今日はもう限界みたい」
「そうか……」
「そんなに悲しそうな顔しないで。これからずっと、何度も機会はあるんだから」
「……そうだな。いや、すまん。無理強いしたいわけじゃないんだ。あまりにもその、お前が魅力的だから、どうしても欲しくなる」
「ええ。わかってる」
最後にもう一度唇をついばみ、俺たちは身体を離した。雪乃の体温がなくなり、接していた部分が汗の気化熱で冷えていく。
「ねぇ比企谷くん……あ」
「……呼びにくいなら無理しなくていいぞ」
「そのことなのだけれど、せめて結婚するまで、セックスしているとき以外は今までどおりにしない? やっぱりその……照れるわ」
「……おう」
あの後、私は泥のように眠り、八幡に……比企谷くんに起こされたのはチェックアウト30分前だった。せっかく彼と初めて迎えた朝だというのに、余韻や感慨深さを感じる暇もなく、慌ててシャワーを浴びて身支度を済ませ、バタバタとホテルをチェックアウトすることになってしまった。
まだ昨夜の疲れは残っているが、その元凶であるところの比企谷くんはと言えば、目の下に隈を作って助手席で死人のように眠っている。
「いや、隣で裸のお前が眠ってるとな……気になるっつーか、つい見ちまうっつーか……」
「比企谷くん。私に下心に満ちた下卑た目を向けるのはいいけれど、私が起きているときにしてもらえるかしら?」
「そうじゃねぇよ。……なんだ、その、お前とこういう関係になれた幸せを噛み締めてたんだよ」
「それで朝まで起きていたの? 呆れた……」
なぜもっと早く起こさないのかと聞くと、彼はこんな言い訳をした。本当に呆れる。
そのおかげで私は今、あくびをしながら彼の車を運転して高速を飛ばしている。眠いだけならいいが、腰も腕も脚も全身が筋肉痛で運転がつらい。次のサービスエリアで彼を起こし、運転を代わってもらうこと決めた。
サービスエリアに車を停め、彼の肩を揺すって起こす。
「比企谷くん。起きて」
「……んぁ?」
「ちょっと休憩にするわ。あなたが眠っているから私も眠くなってきたの」
「ああ……今どこだ?」
「上信越道の横川サービスエリア。長野から群馬に入ったところよ。そういえばあなた、下仁田のこんにゃくをお土産に買うって言ってなかった?」
「あー……小町に頼まれてたんだったな。中見てくるわ」
「待ちなさい。寝癖。ほら、よだれも拭いて」
「へいへい。ありがとうな雪乃ママ」
「雪乃ママって……あぅ……」
今までならひと
私が車を運転し、彼が後部座席で子供の面倒を見る。もちろん運転に疲れたら交代だ。サービスエリアやパーキングエリアまで何kmもあるところで子供が「トイレに行きたい」と言いだして大わらわになったり、サービスエリアで苦労しながら子供にごはんを食べさせたり、子供が成長して手がかからなくなった後、比企谷くんと二人でそうした苦労話に花を咲かせたり……。
比企谷くんとのそんな未来を想像してしまった。顔が熱い。
「……照れられるとこっちも反応に困るんだが」
「……あ、あなたが急に変なこと言うからでしょう」
「さいですか。ほれ、飯食い行こうぜ。朝も食ってないし腹減ったろ」
サービスエリアのレストランで釜めしに舌鼓を打ち、腹ごなしに二人連れ立って売店を見て歩く。お土産の下仁田のこんにゃくは最後の2パックだった。雪で物流が止まっている影響だろうか。
運転手を比企谷くんに代わり、給油を済ませてサービスエリアを出る。しばらく走ると、高速道路は山を抜けて市街地に出た。
そうした景色の変化を眠い目で見ながら、私は昨夜から気になっていたことを比企谷くんに尋ねた。
「比企谷くん、ひとつ聞きたいのだけれど」
「なんだ、改まって」
「もしかして私以外とセックスしたこと、あるのかしら?」
「……はぁ? え、なにその質問」
「だって、ゆうべのあなた、その、すごく上手かったし……あなたにしては気遣いもできていたから。もしかして経験があったのかもって思ったのよ」
「んなもんあるか。奉仕部に入るまでどういう生活だったか知ってるだろ。それに初めてのときは失敗してるし」
「そうだけれど、もしかしたらってこともあるでしょう。それに、奉仕部に入った後の可能性だって……」
「ない。まったくない。この先もお前以外とすることはない」
比企谷くんは私を見据えて断言した。比企谷くんがこういう言い方をするのはめずらしい。
「運転中は前を見なさい」
「……不安か?」
「そうね。……そうかも。あなた、モテるもの」
高校のときも彼の周りには魅力的な人々が集まっていたし、おそらく大学でもそうだろう。今でも由比ヶ浜さんや一色さんとは親しい付き合いが続いているし、特に由比ヶ浜さんは依然として比企谷くんを好いている。
「お前が言うかね……。俺からも聞いていいか。初めてだったかどうか」
「あ、当たり前でしょう。……あなた以外となんて、考えられないわ」
比企谷くんの横顔を見つめる。本人が言うように目以外はけっこう整っているし、玉に瑕の死んだ目もこれはこれでかわいげがあると考えられなくもない。
私の視線に誘われるように、比企谷くんも私を見つめた。
「……前!」
私が指摘するや、比企谷くんは慌ててハンドルを切った。危うくカーブを曲がり損ねるところだった。
「っぶねぇ……」
「何やってるのよまったく……」
遠心力でダッシュボードの上を滑る眠気覚ましガムのボトルを開け、ひとつ口に入れる。
「俺にもくれ」
比企谷くんが視線を前を向けたままこちらに向かって口を開く。その口に、私は黒いガムの粒を入れてあげた。
「前もって予習してたんだよ」
「……セックスの?」
彼はうなずいた。
「暴発の一件の前だけどな。あるだろ、そういうハウツー本が。それを読んで実践したってだけだ」
「意外ね。あなたがそういう本を読むの」
「そりゃあ……あれだよ……失敗できねぇだろ。まかり間違って望まない妊娠なんてさせたら事だし」
「そうね。初めてセックスしようとしたときは失敗して、2回目のトライではむしろ積極的に子作りセックスをしたカップルとしては、耳が痛いわ」
「雪ノ下さん? あなた言うことがどんどん大胆になってない?」
「こういうことに関して、もうあなたとミスコミュニケーションしないように心掛けているの。……あんなこと、もう嫌だから」
「……そうか」
「そうよ」
話が一段落ついたところで、私のスマートフォンが鳴動した。昨夜眠る前に母に送ったメッセージの返信だった。
「比企谷くん、2日の午後は空いている?」
「ああ。なにもない。……結婚の挨拶の話だろ?」
「ええ。母が2日の14時に挨拶に来いって。向こうもどういう話か察しているみたいね」
「午前中は2日初売りのデパート行って手土産見繕ってくるか。ご両親はなんか嫌いなものとかあるか?」
「特にないはずだけれど……ようかんとかフィナンシェとか、そういう普通の手土産でいいんじゃないかしら。それよりも問題は母に学生結婚を納得させられるかどうかね。お金と子供の話はまず間違いなく聞かれると思うわ」
「お前の親父さんの仕事を継ぐっていう将来の話も絡んでくるかもな……」
「そうね。想定問答集を作って考えておきましょう」
昨夜の夢のような快楽に対する代償は決して小さなものではない。とはいえ、プロムの一件から私は母と和解する努力をしてきたし、母もそれはわかっているはずだ。感情的な反発があるとは考えにくい。幸いにしてわが家は裕福なので、学生の間は子供も含めて養ってもらうことに経済的困難もない。母が気にするのは私たちが本気で将来を考えているかということに絞られるだろう。
「焦点になるのは学生の間の結婚生活をどうするか、そしてその後の見通しがちゃんとついているかということでしょうね。学生の間は親のすねをかじらせてもらうしかないけれど、その後どう考えているのかはどんな質問でも答えられるようにしておかないと」
「まぁ、二人とも就職するよな。そんで勤務先の近くに部屋借りて」
「そもそもあなた、就職する気あるの? そしてできるの?」
「失礼な。あるわ。超あるわ。そしてできるわ。社畜サラブレッドだぞ俺は。大学もまあまあいいとこだし」
「では、私たちが二人とも就職できたとして、バラバラの勤務地になったら?」
「どっちかが子供連れて、どっちかは単身赴任だな。それ以前に長距離転勤があるようなところに就職しないという手もある」
「私たちのどちらかが、あるいは子供が、病気や事故で寝たきり生活になったら?」
「……配慮してもらえる職場に移るしかないな。それでやっぱり実家の世話になるしかない。つまり実家とはうまくやっていく方向で前向きに検討する」
「なによそれ……」
比企谷くんとのこういう「打てば響く」ようなやり取りは心地いい。それだけではもちろんないが、こういうところも含めて、やはり私は彼が好きだ。
私と比企谷くんはその後も母対策を考え続け、終わる頃には東京外環道に入っていた。千葉はもう目前だ。
「雪ノ下。うまくやりおおせたら、その……ご褒美くれ」
「ご褒美?」
「高校の制服、まだ持ってるか?」
「……変態、助兵衛、異常性欲者、八幡」
「ちょっと? 『八幡』は悪口じゃないからね?」
私はわざとらしく大きくため息をついて見せた。
「たぶんまだあるから着てあげるわ。どうせホテルのコスプレ用の制服を見て考えていたんでしょう。でも私だけ着ても片手落ちだし、あなたも着てくれるのよね?」
「ああ……え、着てくれんの?」
「ほかならぬパートナーの頼みだもの」
「ありがてぇありがてぇ……」
「言っておくけれど、明日上手くやりおおせたらの話よ?」
「……今回は屁理屈も姑息な手段もなしだ。正面から頼みに行く。絶対成功させるとは約束できんが、最善は尽くす」
「ええ。成功すると信じているわ、八幡」
言った私も、言われた彼も、二人揃って頬が赤くなる。
「……あとちょっとだし、安全運転で帰るぞ」
比企谷くんはそう言ってハンドルを握り直した。