どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
憤怒の戦士
────大陸北部に位置する小国、ミンス。
世界最大の強国であるティナーク王国の支配領域の外にあるこの国は、常に厳しい寒さと魔物の脅威に晒されていた。
ティナーク王国が、わざわざ攻め込んでまでその領地を手に入れる必要はない、と判断するほどにである。
年中通して雪が降り積もり、晴れ渡った空が見える日など何日もない。
世界は残酷なまでに白く、冷たく、その過酷な環境に適応した魔物たちは強大で凶暴だった。
暮らしているのは、主に獣人族。
この世界の人類としては最も身体能力に優れている反面、魔力に乏しい種族だ。
魔術という武器を持たない彼女たちは大陸の中央から徐々に追われ、このような僻地に国を作ることになったのである。
世界に獣人の国は三つあるが、残りの二つも似たようなものだ。
一つは世界最大の魔獣生息地である南の樹海に。
もう一つは生命を拒絶する西の大砂漠に存在した。
どれが一番
…………だが、アレックスほど悲惨な故郷を持つ者は、数える程しかいないだろう。
ミンスの南方にある雪原の只中で、A級冒険者パーティー『
凍えるような冷たい空気の中、彼女の装備は異様なほどに軽装だ。
肩に掛けているのは暖かい
彼女が装備しているものは、肩掛けと腰巻のみ。
しかもその肩掛けの前は大きく開いていて、下にある巨大な乳房が半分近くも露出している。
腰巻も同様だ。
覆っているのは腰の周囲だけに過ぎず、脚は全て外気に晒されていた。
いくら身に付ける物が少なければ少ないほど勇気の証だとされる獣人族だとしても、彼女の装備は軽装過ぎた。
ほとんど裸のようなものである。
これでは、魔物の攻撃を防ぐどころか、寒さすら凌ぐことも出来はしないだろう。
しかしアレックスは、寒さなど全く感じていない様子だった。
その高い鼻から吐き出される息は白いが、表情に耐えるようなものは見受けられず、体も震えてはいない。
ふぅっ、と何かに区切りをつけるように息を吐き出して、アレックスは視線を空から地面に下ろした。
その眼下に広がる光景は、凄惨なものだった。
アレックスの周囲一面に、血と肉と臓物が散らばっているのである。
もちろん、彼女のものではない。
雪原に生息する魔物、
しかもその数、十数匹。
一匹を討伐するのにB級冒険者がひとチームは必要だとされる魔物の群れを相手に、アレックスはたった一人で、それも無傷で勝利を収めたのだ。
アレックスが手を振るうと、その手や爪にこびり付いていた血が飛んで、雪原に新たな赤を追加した。
戦士としては偉業とも言っていいほどの快挙を成し遂げたにも関わらず、彼女に喜びはない。
心に渦巻くのは、むしろ怒りだ。
自分に手傷も負わせられないような魔物が相手では、勝利の高揚で心をごまかすことも出来はしない。
苛立たしげに雪を蹴り飛ばすと、仲間の死体に隠れていた殺人白兎が驚いて飛び出し、そのまま逃走にかかった。
追いつこうと思えば容易いが、アレックスは動かなかった。
逃げるものを追って殺すほど、血に飢えてはいない。
だが、それもいつまでもつか分からなかった。
幼い頃から抱き続けている怒りは年を追うごとに増大し、アレックスの心を蝕んでいた。
…………もはや、魔物を引き裂くだけでは静まらないほどに。
◇
アレックスという名前を聞いても、ほとんどの人間はそれが獣人の名前だとは思わないだろう。
獣人族には『ナグム』とか『カダル』というような、独特の響きを持つ三文字の名前が多いからだ。
彼女が『アレックス』という『人間』の名前を持っているのは、獣人でありながらも獣人の国で生まれ育った者ではないからだった。
南方に住む
アレックスは、捨て子だった。
まだ物心もつかぬうちに川に流された彼女は、樹海の外で旅芸人の一座に拾われ、そこの座長にアレックスと名付けられた。
拾われたのは、人道的な理由からではない。
その
事実、アレックスは拾われてからすぐに檻に閉じ込められ、衣服すら与えられずに好奇の目に晒されることになる。
見世物としての売り文句はこうだ。
『人と魔物の間に生まれた禁忌の子供』
『世にも醜い獣身の怪物』
『心を持たぬ人型の獣』
…………
獣人は人間から見下されているが、普通はここまでひどく扱われることはない。
獣の耳が頭の上に生えていたり爪や牙が鋭かったりする以外には、獣人は人間とほとんど変わらない外見を持つからだ。
だが、アレックスは違った。
アレックスは俗に言う『先祖返り』と呼ばれる存在で、普通の獣人よりも獣の特徴が強く出ていたのだ。
頭の上に耳が生えているのはもちろんのこと、前腕や膝下は虎と同系色の縞柄の体毛に覆われていた。
爪は石を削ることができるほどに鋭く、腰の辺りからは尻尾まで生えていた。
そのうえ、彼女の瞳は虎と同じような金色の輝きを持っていた。
もはや獣の特徴を持った人とは言えず、人の形をした獣と表現したほうが正しいような外見だったのだ。
だから、アレックスは獣として扱われた。
自力で脱出するまでの七年間、彼女は満足に動き回ることもできないような鉄柵の内側に押し込められ、周りを取り囲む数多の人間から侮蔑と嘲笑の視線を浴びせられ続けた。
それがアレックスの記憶にある、故郷と言える風景なのだ。