どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
「……………………」
「……………………」
「……………………」
目の前で起きた光景が信じられず、リディアたち三人は言葉を失っていた。
よもや
「…………なんというか、見てはいけないものを見てしまった気がするな」
少年に頭を撫でられながら、すやすやと安らかな寝息を立てるアレックスを見てリディアが呟く。
だがそれも仕方のないことだと言えるだろう。
アレックスは、
リディアのように娼館に行ってみたこともなければ、ミゼルのようにエロい本を読んだこともない。
ルナのように気配を消し、仲間から隠れて自慰行為をしたこともなかった。
アレックスは性的な欲求の全てを戦闘衝動に置き換え、魔物との戦いで発散していたのだ。
それが代替的な行為に過ぎないことは知っていたので、リディアはアレックスが少年に出会ったら、きっと戦いの時と同じように激しく求めるか、もしくは女としての本能に目覚めて少年を甘やかすだろうと思っていた。
だが、アレックスがとった行動は真逆だった。
普段は怒声や唸り声を発する口から甘えるような声を出し、少年にじゃれついていったのだ。
「獣人って、好みの雄を見つけると支配するために牙や爪を立てる習性がある、って本で読んだことがあったから心配してたんだけど…………」
ミゼルの言葉に、三人の視線がアレックスの手に集中する。
だが魔物の体をやすやすと切り裂く鋭利な爪は収納され、しかも少年を傷つけないためなのか、両手とも指先が丸められていた。
その手が時折にぎにぎと少年の体を揉むように動いているのは、夢の中でも引き続き少年に甘えているからなのかも知れない。
「…………猫?」
ルナがつぶやき、リディアとミゼルも「あぁ」と納得したような声を上げる。
確かにアレックスの行動は、どう見ても親に甘える子猫のそれだった。
「お前はずっと……誰かに甘えたかったんだな」
リディアの問いかけを肯定するように、アレックスの尻尾がゆらゆらと揺れた。
◇
その後も気持ち良さそうに眠り続けるアレックスだったが、ずっとそのままにしておくわけにもいかない。
なんとか三人がかりで引き剥がそうと試みてみるのだが、アレックスは柔らかくもがっしりと少年を捕まえており、その作業は困難を極めた。
食べ物の匂いで釣ろうとしてみたり、足の裏の肉球をくすぐってみたりしたが効果はない。
少年の洗濯前の肌着を囮にすることでなんとか引き剥がしに成功したのは、それから一時間後のことだった。
「……ふぅ、手こずらせてくれたな」
救出した少年を床に下ろして、リディアが額の汗を拭う。
「ちょっと可哀想な気もするけど、アレックスにはまず体の汚れを落としてもらわないとね」
「……バカ虎は汚れ過ぎ……このまま風呂に放り込む?」
「いや……それは流石にまずいだろう。アレックスは風呂嫌いだしな」
三人が少年の肌着に頬ずりをしながら床に転がっているアレックスをどうやってキレイにするか話し合っている中、少年はとことことアレックスに近寄ると、しゃがみこんで縞柄の尻尾を優しく撫で始めた。
「……んぁぅ」
眠りながら、アレックスが声を上げる。
普段であれば尻尾を触られると毛を逆立てて怒るアレックスなのだが、その声に嫌がる様子は見受けられなかった。
「ルナが触ると、眠っていても不機嫌そうに唸るんだがなぁ」
「……触ってみる」
「……………………ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ」
だが少年に代わりルナが触り始めると、途端にアレックスは声を低くして唸り始める。
「……誰が触っても大丈夫になった、というわけじゃないのね。それにしても、どうして触っているのがあの子なのか、そうじゃないのかが分かるのかしら?」
「気配で判断してるんだろうな。アレックスはそういうのに敏感だから」
「……にぎにぎ」
「ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ」
「…………もうやめてやれ、ルナ」
ルナが手を離して少年に代わると、とたんにアレックスは「んにぃ……」と気持ちよさそうな声を出して、また丸めた手を揉むように動かし始めた。
「……話が逸れたな。私は、アレックスが起きるまではこのまま放っておくしかないと思うんだが……」
「にぅ……にゃぅぅ……」
「私も賛成よ。でも肌着だけじゃすぐ匂いが消えちゃうかもしれないし、あの子の下着も握らせておいたほうがいいんじゃないかしら?」
「ふみぃ……なぁぅ……♡」
「……それは勿体無い。……わたしの靴下を代わりに握らせておく」
「それじゃただの嫌がらせだろう」
「あぁぉ♡ んぁぁぉ♡」
「……………………」
次第に少年に尻尾をいじられているアレックスの声が
「楽しいのは分かるが、それくらいにしておこうな?」
「◇$×○#?」
つぶらな瞳でリディアを見上げ、少年が首を傾げる。
かわいい。
だが可愛いからといってこのまま尻尾をいじらせていたら、アレックスが起きてしまう。
リディアは心を鬼にして、少年を抱き上げたままスタスタと歩き出した。
「あら、どこに行くの? リディア」
「……ん、いや、ここにいると彼がアレックスのことを気にしてしまうようだから、部屋に連れて行ってあげようかと思ってな」
「……そのままベッドに寝かせて、一緒に添い寝するつもりと見た」
ルナの言葉に、リディアの足が止まる。
図星だったのだ。
「それはずるいわ、リディア。…………私も行く」
「……わたしも」
「…………じゃあ、行くか」
結局ミゼルとルナもついてくることになり、三人は連れ立って少年を抱え、リディアの私室へと入っていった。
…………が、すぐにルナが一人でリビングに戻ってくる。
そしてルナは、少年の肌着を握り締めたまま眠り続けるアレックスに部屋から持ってきた薄い毛布を被せると、
「……おかえり、バカ虎」
一言そうつぶやき、またリディアの私室に戻っていったのだった。