どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
聖堂を後にしたマリアベルは、心に悲しみを抱いたまま夜のファムールを歩いていた。
深夜だからということもあるが、天使教の総本山であり、かつて『天使ファナカ』が降り立った聖地だとされるこのファムールには、繁華街や歓楽街が存在しないのだ。
(私は、どうしたら……)
マリアベルは暗闇の中をひとり歩きながら、リディアから送られてきたメッセージのことを考えていた。
自分を愛してくれるかも知れない男性。
それは、かつてマリアベルがずっと求めていたものだ。
マリアベルは、家族が欲しかった。
両親を失ったあの日から、心にはずっと虚ろな穴が空いたままで、信仰はそれを埋めてはくれなかった。
回復術の習得に必死になっていたのも辛い現状から目を背ける為の逃げ道に過ぎず、高位回復術まで習得してしまったあとは、次に必死になれるものを探して冒険者の世界に飛び込んだ。
そこで自分と同じような苦しみを持つ仲間と出会い、生まれて初めて友人と呼べるような存在を得ることができたのは幸運だったが、それでもマリアベルは闇から抜け出せずにいた。
かつて幸福であったからこそ、それを失った傷は深かったのだ。
それを癒すためには、奪われたものを取り戻すしかない。
それが、家族だった。
だが、死んでしまった両親を取り戻すことなど、回復術を極めたマリアベルであろうと不可能だ。
だから彼女は、両親のようにお互いを心から愛し合う伴侶、そしてその伴侶との子供を求めた。
しかし…………
(絶対に無理だと、諦めていたのに……)
それを手に入れることもまた、不可能としか思えなかった。
自分のように醜い外見の、しかも他人から向けられる視線を恐れて自らの目を閉ざすような臆病な女を、だれが愛してくれるというのか。
その思いは、慈悲深い者が多く住むこの聖王国にすら、マリアベルを受け入れてくれる存在がいなかったことで確信に変わった。
呼びつけられて治療をしても、時には感謝の言葉すら貰えないこともあった。
美の頂点である『天使ファナカ』を信仰の対象とする天使教において…………いや、『勇者ファナカ』に救われたこの世界において、醜いということはそれだけで罪なのだ。
それを嫌というほど味わったからこそ、マリアベルは自分の幸せを諦めるしかなかった。
もし自分を愛してくれる存在がいたとして、共に幸せになどなれるはずがない。
罪人である自分と夫婦になるということは、夫に苦難の道を歩ませるということに他ならないのだから。
リディアからのメッセージを受け取ったマリアベルが恐れたのは、その少年に自分が愛されないかもしれないというだけではなかった。
報われないと知りつつ、自分が少年を愛してしまうことを。
そして万が一の可能性として、自分が愛されるかもしれないことを、マリアベルは恐れたのだった。
◇
気づけば、マリアベルは家の近くまでたどり着いていた。
住宅街から随分離れたところに建てられているマリアベルの家は、彼女の稼ぎからは考えられないほど小さく、質素なものだ。
それはマリアベルが冒険や回復術で得た稼ぎのほとんどを、いくつかの児童養護団体に匿名で寄付しているからだった。
「…………っ」
マリアベルが、不意に足を止めた。
目は見えなくても、魔力による反射で周囲を認識できるマリアベルは、家の扉の前に人がいることを感じとったのだ。
マリアベルの顔に緊張が走る。
こんな時間に、しかも普段から人が寄り付くことなどない彼女の家に訪れてくるのが、まともな人間であるはずがない。
「……誰ですか?」
硬い声で尋ねた。
今までにも、マリアベルのことを快く思わない何者かから刺客を差し向けられたことがある。
手に隠し持った
「私だよ、マリア」
聞こえてきたのは、彼女が最も信頼する人物の声。
A級冒険者パーティー『
「リ、リディアさん……驚かさないでください」
「驚かせてすまない。だが、一応前もって〈
「あ……」
言われて、マリアベルは小さく声を上げた。
確かにあの緊急招集のメッセージ以降も、数日おきにリディアからはメッセージが届いていたのだ。
だがマリアベルは、二通目以降のメッセージを開いてすらいなかった。
「……すみません、リディアさん。私……」
「いいんだ、こっちも決断を急かすような真似をして悪かった。……もっとも、結局はこうして直接会いに来てしまったが」
「…………」
決断。
リディアのその言葉が、マリアベルの胸を締め付けた。
理性では、このまま少年と会わずに仲間たちとも距離を置くべきだと思っている。
しかし、心の中の空虚な部分は、狂おしいほどに少年との出会いを求めていた。
「とりあえず、中に入って話そうか」
「……はい」
リディアに促され、マリアベルは家の扉を開けた。
迷い、苦しみながらずっと先延ばしにしてきた答えを、とうとう出す時が来たのだ。
それがどのような結果になるかは分からない。
だがリディアが訪ねてきてくれたことで、マリアベルの心は少しだけ軽くなったような気がしていた。