どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
リディアがマリアベルを迎えにファムールへと旅立った翌日。
家に残ったミゼル、ルナ、アレックスの三人と少年は、朝食を食べる為リビングに集まっていた。
今日の食事当番はルナ。
テーブルの上には彼女が作ったいくつもの料理が並んでいるのだが…………
「おいルナ。なんだこれ」
自分の目の前に置かれた料理を見て、アレックスが声を上げた。
その声には、多分に不機嫌な成分が含まれている。
「……それは朝食という。……朝に食べるご飯だ、バカ虎」
アレックスの睨みつけるような視線を意に介さず、ルナは野菜スティックをポリポリと齧りながらしれっと答えた。
その態度にイラッときたアレックスがテーブルを叩こうと拳を上げるが、同じテーブルで少年がご飯を食べていることを思い出し、息を吐きながらゆっくりと手を下ろしていく。
「……そういうことを言ってるんじゃねぇ。なんで草しかないのかって聞いてんだ」
アレックスの不機嫌の原因は、朝食のメニューにあった。
それは
だというのに、食卓に並んでいるのは野菜ばかりで、肉の切れ端すら用意されていない。
「……よく見ろバカ虎、葉物野菜だけじゃなくてちゃんと豆とかもある。……栄養バランスはバッチリ」
しかし、ルナは悪びれた様子もなくそう返してきた。
「おれは肉を食ってりゃバランスが取れるんだよ」
「……肉しか食わないから、バカは体だけ無駄に大きくなってしまった」
「お前が小さいんだよ! 草しか食わねぇから! っていうかいま、『虎』を省略したよな!? ただバカって言ったよな!?」
声を荒げるアレックスと、静かにからかい続けるルナ。
いつもどおりと言えば、いつもどおりの光景だ。
だが、これ以上ヒートアップすると少年の食事の邪魔になると思い、ミゼルが仲裁に入る。
「やめなさいよ二人共……アレックス、あなたもうすぐお母さんになるんだし、生まれてくる子供のお手本になれるように、野菜もその練習だと思って食べてみたら?」
「いいんだよ、おれの子供は肉を食って強く育てば。強くなって、おれと一緒におと…………こいつを守ることができれば、それでいいんだ」
「……いま、お父さんって言おうとした」
「うるせぇ、チビエルフ!」
「もう、やめなさいってば……ルナだって、アレックスの赤ちゃんのことを考えて、ちゃんと野菜も食べたほうがいいと思ったからこのメニューにしたんでしょ? それを伝えてあげないとダメじゃない」
ミゼルの言葉に、アレックスが目を丸くしてルナを見る。
「……そうなのか?」
「…………芽キャベとか、春菜がいいって聞いたことがある」
視線を逸らしながら、ルナが答えた。
テーブルの上を見てみれば、確かにルナが言った一口サイズの芽キャベや、青々とした春菜が多く見受けられる。
「……………………」
「……………………」
気まずさからルナは無言になり、アレックスの苛立ちもまた急速に萎んでいった。
「…………次は、肉も用意しとけよな」
そう言いながら、アレックスは目の前に置かれた野菜に手を伸ばした。
嫌がらせではなく、いたずらでもなく、不器用な優しさによって用意されたその朝食を、アレックスは「苦い」だとか「マズイ」などと文句を言いながらもあっという間に平らげていく。
それを横目でチラチラと見ていたルナが、
「……次は、もっと苦い野菜を用意しとく」
照れ隠しにそう呟けば。
「なら、お前が妊娠した時には、おれが山ほど肉を焼いてやるよ」
アレックスがそう切り返す。
「ほんと、二人とも素直じゃないんだから……」
そんな二人の掛け合いを見ながら、ミゼルは穏やかな笑みを浮かべた。
こんな幸せが、いつまでも続けばいいと思う。
心から思う。
だが、ミゼルとて忘れたわけではなかった。
リディアがマリアベルを連れ帰り、
森や湖の近くに引っ越すだとか、子供をたくさん作りたいだとか、そういった話はミゼルたちが一方的に抱いている『夢』であり、そこに少年の意思は含まれていないのだ。
本音を言えば、このまま少年を家の中に閉じ込めてでも、ずっと一緒に暮らしていきたい。
そう考えているのは、ミゼルだけではないだろう。
だがそれでは、少年のことを『奴隷』として扱っているのと何ら変わりない。
そんなことは、できなかった。
少年の存在は、ミゼルたちにとって『所有物』でも『性欲のはけ口』でもない。
『生きる希望』そのものなのだ。
その希望を、光を、自分たちよりも下の奴隷という身分に貶めておけるはずがない。
「ふぅ」
誰にも聞こえぬように、ミゼルは小さなため息をついた。
話し合いをすれば、おそらくは引越しの準備を進めつつ、並行して少年に文字を教えるという結論に落ち着くだろう。
そして、コミュニケーションが取れるくらいに少年が文字を理解したら、その時こそ少年の意思を確認することになる。
ミゼルは、願わずにはいられなかった。
少年が自分の意思を伝えられるようになったその時、どうか自分たちと一緒に生きる道を選んでくれますように、と。
ちらりと視線を動かした。
その視線の先にいる少年は、ただ幸せそうに、エルフ豆を発酵させた『ナットゥ』ご飯をむしゃむしゃと食べていた。