どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
────翌日。
商業都市セバルの一角にあるリディアの家のリビングには、新たに合流したマリアベルを含めた
「さて……」
と前置きの言葉を口にして、リディアが仲間たちの顔を一人一人確認するように目を合わせていく。
ミゼル、ルナ、アレックス、マリアベル────
全員が、以前とは比べ物にならないくらい強い光を込めた視線を返してくる。
(皆、いい顔になったな……)
お世辞ではなく、本心からリディアはそう思った。
優れた知識と魔力を持ちながら、自分に自信を持てなかったミゼル。
卓越した技能を持つ狩人でありながら、その長い生に希望を見いだせなかったルナ。
比類なき戦闘能力を持ちながら、怒りに心を蝕まれていたアレックス。
最高位の癒し手でありながら、自らの傷を癒すことのできなかったマリアベル。
A級冒険者である彼女たちは確かに強かったが、同時に脆い部分を持ち合わせてもいた。
現にリーダーであるリディアなど、絶望から死を選ぼうとしたくらいだ。
だが、今は違う。
まるで世界がひっくり返ったかのように、何もかもが違う。
あの頃の暗い気持ちが思い出せないくらいに、毎日が楽しくて仕方がなかった。
以前は目が覚めるたびにまた一日が始まるのかと憂鬱な気分になったものだが、今では眠る前から早く明日にならないかと待ち遠しいくらいだった。
朝になれば、また彼の笑顔を見ることができる。
彼に語りかけ、彼を抱きしめ、彼にキスをすることができる。
そう、彼だ。
あの日、リディアが黒髪の少年を手に入れてから、すべてが変わった。
リディアと仲間たちは、ようやく生きる意味を手に入れたのだ。
「────ィア? リディア?」
「おいリディア、いきなり遠い目をしてどうした?」
「……たぶん昨日、ベッドの中で一人で頑張りすぎたんだと思う」
「〈
「…………いや、大丈夫だ」
……本当に、変わったと思う。
仲間たちとの距離が縮まったというか、遠慮がなくなったというか……
それは間違いなくいい変化ではあるのだが、ルナ辺りはもう少し遠慮というものを覚えてもいいのじゃないかと思うリディアであった。
◇
「────コホン、それでだ、こうして集まってもらったのは他でもない。これからの私たちの行動方針について話し合いたいと思うんだが……まずはなにか意見のあるものはいるか?」
「はい」
一度咳払いをして話を仕切りなおしたリディアからの問いかけに、マリアベルが手を挙げて答える。
「ん、なんだマリア」
「意見……という訳ではないのですが、私はファムールの家を処分してこちらに住まわせていただきたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん構わない。そのために用意した部屋だってあるしな。だが、司祭としての仕事はどうするんだ?」
「辞めます」
「……そ、そうか」
「というよりも、すでに辞めました。今朝起きてすぐに、教会本部の上司である大司教様に〈
「…………」
ニコニコと笑顔でそう告げるマリアベルに、リディアは返す言葉を持たなかった。
「……まあ、そのことは了解した。他には誰か何かあるか?」
「あ、私もちょっといいかしら」
と、ミゼルが豊満な胸の谷間から何か紙のようなものを取り出してテーブルに広げる。
「羊皮紙か? ん、何か魔法陣が書かれているが、これは……まさか〈
〈
魔法陣の書かれた羊皮紙にあらかじめ個人情報を登録しておかなければ、魔術的にも物理的にも、どのような手段を用いても結界内に出入りできなくなるという、極めて強力なものである。
「ええ、これからどうするにせよ、とりあえず方針が決まるまではこの家で過ごすんでしょう? 用事があって外に出るにしても、誰かは家に残るから問題ないとは思うんだけど……一応念の為にと思って」
「いや、その通りだ。用心するに越したことはないだろう。異存のある者はいるか?」
「ないぜ。よく分からんけど」
「……異議なし。……ただ、馬鹿トラは馬鹿なんだから黙ってればいいと思う」
「あぁんっ!? なんだとこのチビエルフ!」
「あの方をお守りするためです。異存など、あるはずもありません」
反応はそれぞれだが、全員異存はないようだった。
「よし、いいぞミゼル。やってくれ」
「分かったわ。じゃあ皆、この中央の部分に血を一滴垂らしてもらえるかしら」
ミゼルの指示通り、リディアたちは指先を切って血を垂らす。
すると、落とされた血に反応して羊皮紙の上に描かれた文字が次第に光を帯びていった。
そして、その光が最高潮に達したところで、ミゼルが力ある言葉を紡ぐ。
「〈
言葉とともに溢れ出した光は収束し、光の柱となってまっすぐに天井へと伸びていくと、そのまま吸い込まれるように消えていった。
「……うん、成功したみたいね。これで、血を垂らしたことで
「ふむ、流石はミゼルだな。家の周囲を取り巻く膨大な魔力を感じる」
「あの……ミゼルさん。あの方は
「大丈夫よ、ちゃんとあの子も登録してあるから」
「……指、切った?」
「そんなことしないわよ。濃い体液ならべつに血じゃなくてもいいから……」
ミゼルの言葉に、全員が「あぁ」と理解を示した。
濃い体液でいいのなら、少年からは問題なくいくらでも採取できるだろう。
「よし、じゃあ結界の設置も済んだし、他に何かあるか? ないならこれからの行動方針を……」
と、リディアが再度仕切り直そうとしたところで、
「…………○×&#□?」
寝ぼけたような少年の声が聞こえ、全員がその方向に振り返る。
視線の集まる先には、体にシーツを巻きつけてよたよたと歩いてくる少年の姿があった。
かわいい。
「すまないな、起こしてしまったか?」
「……きっとバカ虎のせい。……体だけじゃなく声もでかいから」
「てめぇ……」
「もう、やめなさいよ二人共……リディア、どうする?」
「彼が起きたのだから、話し合いは後回しだな。朝食にするか」
「あの、今日は私がお食事を用意させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん、そうか? じゃあ頼めるか、マリア」
「はい、腕によりをかけてお料理させていただきます」
「……じゃあわたしは、彼と一緒にお風呂に入ってくる」
「おれも行く」
「私も行きたいところだけど、外の結界の様子を見てくるわ。範囲が広くなりすぎて敷地からはみ出してたら大変だし……」
わいわいと楽しげに少年を囲む彼女たちの顔には、例外なく幸せそうな笑みが浮かんでいた。
結局重要な話をすることはできなかったが、それを不満に思う者は一人もいない。
少年とのふれあいより優先することなど、ひとつもありはしないのだ。
彼女たちの心を救ってくれた一人の天使を中心としたこの『家族』は、これからもこうやって仲良く暮らしていけるだろう。
それを成し遂げる自信が、その自信を裏付けるだけの決意と実力が、彼女たちにはあるのだから。
だが、その自信がほんのわずかな慢心を生むことを、彼女たちは予想していなかった。
今この時も少年に近づく影の存在に、彼女たちは気づくことができずにいたのだ。