どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
黒蛇
街を、駆けていた。
人通りの少ない裏道を選び、全力に近い速さで。
背中にはずっしりとした重さを感じるが、むしろ、それが彼女の足を速める要因となっていた。
「はっ……はっ……はっ……」
呼吸を繰り返すたびに、喉の奥からは血の味が
足を踏み出すたびに筋肉が悲鳴を上げ、心臓や肺には痛みが走った。
なにせ、半月以上も飲まず食わずで、しかも身動きがとれないような場所にじっと潜んでいたのだ。
体の内も外も、弱りきっていた。
だが────その甲斐は、あった。
「はっ、はははっ……!」
B級冒険者チーム『
できる限り目立たずに行動しなければならないのだが、声を抑えきれなかった。
抑えきれる訳が無い。
9割以上の確率で失敗するだろうと予想していた、命懸けの仕事を成し遂げたのだ。
その達成感と開放感は、これまでにこなしてきたどんな依頼を成功させた時よりも大きかった。
しかも、ギルドを通さない非正規の依頼とはいえ、いつもの汚れ仕事とは違い、今回は
良いことをして、金も貰える。
これが笑わずにいられようか。
「はぁっ、はぁっ…………よし、ここまでくれば、もう大丈夫だろう」
自分の庭ともいえるセバルの
そして背嚢の口を開け、中に入っている
「どれ…………うん、問題ないようだね。呼吸は乱れてないし、脈も正常だ」
中から現れたのは、夜のような黒髪をもつ美しい少年だ。
冒険者として長い年月を過ごし、世界中を旅してきたシャーラですら、一度も見たことがないほどの美少年である。
目をつぶり、静かに呼吸を繰り返すその少年の口元や首筋に手を当てたシャーラは、健康状態に異常がないことを確かめると、用意しておいた清潔な毛布の上に少年を横たえた。
「あんたも、大変だったねぇ。そんな小さな体で、冒険者の────しかも『
シャーラは、少年の黒髪を優しく指で
その声に込められているのは、嘘偽りのない慈しみ。
そして、痛みや哀しみを知る者が、同じような苦しみを持つ人間に対して向ける、同情と
「でも、もう大丈夫だよ。アタシが、ちゃんと連れて行ってあげるからね。
あんたのことを待っている────────
最後にもう一度、少年の縮れた黒髪をかき上げると、シャーラは優しく囁いた。
そして束の間、その天使のように整った美貌に見とれていたが、すぐに「ふっ」と自嘲の笑みを漏らすと、乱れた少年の前髪を軽く整え、音を立てないように離れていった。
魔物のように恐れられ、誰からも忌み嫌われる自分のような女が、いつまでも触れていていい存在ではない。
あの家から連れ出す際、初めて彼の姿を見たときにもそう思ったが、今もまた、あらためてそう思った。
ベッドから数歩離れたところで、シャーラは少年が目を覚まさないことを確認しつつ、フードを捲くりあげた。
その下から現れたのは────────
────────最も醜い種族とされるエルフ族の中でも、さらに異質な存在。
人ならざる黒い肌を持つ、ダークエルフの姿だった。
◇
「────はぁ?
時は
「もちろん、本気です、シャーラ殿。この願いを聞き届けて下さるのは…………そして、この依頼を成し遂げられるのは、『黒蛇』と
そう確信しているからこそ、こうして無理を承知でお願いしているのです」
そう言って深々と頭を下げる貴族の女に、シャーラは「ちっ」と舌打ちをすると、腕を組んでもう一度依頼内容とその経緯を頭の中で反芻した。
貴族の女いわく────
○息子を病気療養の為に、医療都市として名高い『タルハドール』に送り出したのだが、盗賊の襲撃に遭って攫われてしまった。
○息子の行方は今まで
○買ったのは、A級冒険者パーティー『
○息子は白金貨100枚という大金で取引されており、とてもではないが地方貴族に過ぎない自分が用意できる金額ではない。
しかもその金額から察するに、そもそもリディアは息子を解放するつもりが無いとしか思えない。
○今も息子は、リディアやその仲間たちによって慰みものにされているはず。
心労のあまり夫は倒れ、また自分の子は攫われた息子ただひとりの為、このままでは家名が途絶えてしまう。
○なんとしても取り戻したいが、貴族の子が奴隷に落とされたなど
○もはや万策尽き果て、縋るような気持ちで裏の
────と、いうことだった。
確かに、A級冒険者が拠点としている家に忍び込んで人をひとり連れ出してくるなど、潜入と隠密に特化した能力だけでB級に到達したシャーラ以外には不可能だろう。
だがそれも、ほかの冒険者なら成功率0%のところを、シャーラであれば5%くらいに上昇する、といった程度でしかない。
同じ冒険者でも、A級とB級にはそれほどの
その差は、現在30万人近い冒険者が存在する中で、B級到達者ですら約3000人、A級到達者に至っては50人にも満たないということを考えれば、容易に想像できるだろう。
しかも、長命種であるダークエルフのシャーラですら、150年という人生のほとんどを費やしてなおB級の壁を越えることはできずにいるというのに、
どれほどの才能が、どれほどの執念が、彼女たちをその若さでA級まで押し上げたのか…………
シャーラには、その片鱗すら想像できなかった。
A級冒険者
……だから、断るべきだ。
九割五分まで失敗すると分かっている依頼など、絶対に受けるべきではなかった。
しかし、
「…………分かったよ、やるだけ、やってみようじゃないか」
子供のために頭を下げ続ける母親の願いを断ることは、シャーラにはできなかった。
いや、これが例え母親本人から依頼されたことでなくても、結局シャーラは引き受けただろう。
子供は、守られるべきだ。
そして、幸せであるべきなのだ。
それが、シャーラの冒険者としての信念であり────
────今は亡き