どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
「×$△&#……? %□$○……#×%&……」
「えっ、えっ?」
マァルは、混乱していた。
少年が何かを伝えようと必死に話しかけてくるのだが、その言葉を何一つとして理解できないのだ。
初めは「まだ寝ぼけてるっすかね……かわいいっす」などと微笑ましく思っていたマァルだったが、時間が経つにつれ、それが間違いであることに気が付いた。
すでに少年は完全に目を覚まし、はっきりとした口調で話しかけてきている。
にも関わらず、マァルはその言葉を全く理解できないままなのだ。
少年の話す言葉は、マァルがこれまでに聞いたどんな言葉とも違う、全く未知の言語だとしか思えなかった。
「ど、どういうことっすか……?」
動揺を抑えられず、マァルは震える声で呟いた。
シャーラからは、少年は貴族の生まれであり、しかも両親に深い愛情を与えられながら育てられたと聞いていたのだ。
だがそれならば、王国の共通語を話せない訳が無い。
また少年は、病気療養の為『医療都市テルハドール』に向かう途中で盗賊に攫われたということだったが、もし病気のために幼い頃から教育を受けられなかったのだとしても、家族で会話をしていれば言葉など自然と覚えるはずである。
それなのに────
「□×……$○&#……」
瞳に不安の色を
「あ、姉御に、確認しなきゃっす……っ」
自分たちは、なにかとんでもない間違いを犯しているのではないか。
しかし────
「□&○……」
「うっ……」
ひとり残されることに不安を感じたのか、マァルの服の裾を少年がキュッと掴み、その動きを止めた。
「ダ、ダメッすよ……姉御と話を……」
「…………」
手を離してもらおうと振り返ったマァルの顔を、少年がジッと見つめてきた。
これだけ間近で見つめられれば、いくら前髪で隠しているとはいえ、マァルの容姿が醜いものであることは少年にも分かったはずだ。
だというのに、少年は目をそらすことも、その瞳に嫌悪や蔑みの色を浮かべることもなかった。
天使のように美しい少年が、自分に対して悪い感情を
……いや、それどころかむしろ、頼りにしてくれている。
「し、仕方ないっすね。姉御と話すのは、キミが落ち着いてからにするっすよ」
結局、少年の懇願に
◇
「…………」
「…………」
シャーラと話し合うのは少年が落ち着いてからにしようと決めたものの、テントの中は気まずい空気に支配されていた。
初めのうちはマァルに対して何かを訴えかけていた少年も、自分の意図がまるで通じないと分かると、ションボリと肩を落として膝を抱えてしまっている。
そしてマァルもまた、そんな少年になんと声をかければいいのか分からず、かといって沈み込んでいる少年を一人テントの中に残していく訳にもいかず、その板挟みから何もできなくなってしまっていた。
(ど、どうすればいいっすか……
中にあるのは水や栄養価の高い保存食、消毒液や包帯などの簡易治療器具、予備の武器そして────
「あっ……」
指先に触れた感触にマァルは声を上げ、それを取り出した。
出てきたのは、紙とペン。
未踏の場所を訪れた際に、地形などをマッピングするため用意したものだ。
もちろん、用途はそれだけではない。
「……あ、あのっ! 紙とペンがあるんすけど、字は書けるっすか? 書けなくても、絵とか……」
なんとか少年に話しかけるきっかけを探していたマァルは、イチかバチかそれを少年に差し出した。
すると、
「……? ……△%&×!」
紙とペンを見せられた少年の顔が、パァーッと明るくなった。
そして「いいの?」とでも言うように、マァルの顔を上目遣いで見上げてくる。
反則的にかわいい。
「も、もちろんいいっすよ! 好きに使っていいっす!」
少年の可愛らしい仕草に顔を赤らめながら、マァルは紙とペンを手渡した。
すると少年は一度ペコリと頭を下げ、受け取った紙を地面に置くと、その上に覆いかぶさるような姿勢で何かを書き始めた。
どうやら、文字は書けるらしい。
(ほんと、どうなってるんすかねぇ………)
言葉は話せないのに、文字は書ける。
いったいどういう境遇で暮らせば、そんな人間が出来上がるのか……
この美しい少年の謎は、ますます深まるばかりだった。
「□%○×&」
「ん……おっ、書けたっすか?」
ものの数秒で、少年は紙をマァルに返してきた。
紙には王国共通語の文字、そしてその横には人の絵のようなものが描かれている。
「……これって」
そこに書かれている文字を読んだ瞬間、マァルは息を飲んだ。
書かれていたのは────
ミゼル
ルナ
アレックス
マリアベル
そして、リディア
少年がともに暮らしていた、
そして五人の名前の横に描かれているのは、おそらく少年の自画像なのだろう。
その全てが、一つの大きな丸で囲われていた。
それが意味するものは────
「…………」
マァルは、少年の顔を見た。
おそらく、この美しい少年に出会ってから初めて、真剣に少年の瞳を見つめた。
そしてマァルはその黒い瞳の中に、家族に捨てられてひとりぼっちになり、不安と悲しみでいっぱいだった頃の自分を見た。
捨てられてもなお、家族のもとに戻りたいと心から願っていた、幼い頃の自分を…………