どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
シャーラは、闇の中にいた。
感じ取れるのは虫の声、風に揺れる木の葉の音、そして、
それだけだ。
他には何もない。
誰もいない。
一片の光すらもない。
だが、高い木の枝の上から周囲を見下ろすシャーラの目には、星明かりすら存在しない暗い森の様子が、はっきりと写りこんでいた。
────ダークエルフは、夜の種族なのだ。
その褐色の肌は闇の中で自然の迷彩として機能し、その黒い眼球の中で妖しく輝く紅い瞳は、光のない場所でこそ十全に働く。
もっとも、その能力の代償が『怪物と見紛うような外見』という
それでも、守らなければならない対象がいる今の状況においては、夜を味方にできるのが有利なことに違いはない。
「…………」
少年をマァルに託し、テントの周囲を転々と移動しながら警戒を続け、二時間近くが経過した。
ようやく全方位をつぶさに見て回り、『脅威はない』という判断を下したシャーラは、音も立てずに地面へと飛び降りる。
そして、テントのある方角とは
もちろん、あてもなく
移動しながら、シャーラは自分の後ろにあらかじめ集めておいた枯れ枝や枯葉など、踏むと音がするものを落としていく。
戻る前に、テントを中心として円を描くように、簡易的な『警報装置』を設置しようとしているのだ。
これで誰かが近づいてくれば、枯れ枝を踏みしめる音でどの方角から接近して来るのか、それが何人なのかを把握でき、逃げ出すための予備情報を得ることが出来る。
もちろん、相手がこれに引っかかる程度の腕前であれば、の話だが。
「……こんなところかね」
大きい円、中くらいの円、小さい円と、三重の簡易警報装置を一時間ほどかけて設置したシャーラは、ようやくテントに向けて歩き出した。
体力の戻っていない体には十分すぎるほどに過酷な労働であったが、気力は満ちている。
その理由は言うまでもない。
自分でも現金だとは思うが、あの美しい少年のために働いていると思うだけで、体の奥底から限界を超えて力が湧き上がってくるような気がするのだ。
初めての気持ちだった。
自分の中でどんどん大きくなっていく少年に対する感情は、これまでに助けてきたどの子供に対するものともまるで違う。
触れたいと、初めて思った。
触れて欲しいと、初めて思った。
そして、自分を見て欲しいと、初めて思ったのだ。
肌と肌、手と手、唇と唇で触れ合い、互いの息がかかるような距離で微笑み合うことが出来たら、どれだけ幸せだろう。
そう、思ったのだ。
…………思って、しまったのだ。
絶対に叶わぬ願いだと、知っているのに。
◇
少年のいる場所に近づいている。
だが、直接会うことはできない。
心の中で
どうやって歩いてきたか覚えていないなど、らしくないことだ。
「なにやってんだい……」
自嘲気味な呟きを漏らしたシャーラは、深呼吸をして意識を切り替え…………そこで、気がついた。
念の為に残しておいた、マァル宛のメモがなくなっている。
それはつまり、一度マァルが外に出たということだ。
「なにかあった……ってほどでもないんだろうね……」
もし緊急事態が発生したのであれば、すぐに合図を送って自分を呼び戻したはず。
それをしなかったということは、『なにか確認したいことがあった』程度の要件だったということだ。
だが、急を要するものではないとはいえ、自分になにか話があったのは間違いない。
シャーラはこのまま外で体を休めつつ寝ずの番をするつもりだったが、一応、念の為にマァルに確認しようとテントに近づき……
「……ぁ……っ……ぅぁ……ぃっ……」
テントの中から漏れ出てくる、微かな声に気がついた。
このテントは、防音性と遮光性に優れた特注品のテントだ。
それなのに声が漏れてくるということは、中でかなりの大声を上げているということである。
「いったい、なにを……?」
不審ではあったが、シャーラはあまり用心もせず、そっと覗き込むようにテントの入口を捲り上げた。
すると、そこには────
「あ゛ぁ゛っ!♡ あ゛っ!♡ あ゛っ!♡ …………あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!♡♡ 」
────少年に後ろから貫かれ、獣のような声を上げて絶頂する、マァルの姿があった。