どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
────その後、マリアベルは部屋から出て、セバルの街をひとり歩いていた。
どこか目的地があるわけではない。
強いて言うならば、歩くこと自体が目的だと言えた。
自室に篭もり、どれだけ頭を悩ませても何も進展がないのであれば、いっそのこと外に飛び出して体を動かすことで、偶発的にでも閃きが降りてくれば、と思ったのだ。
しかし……
「ふぅ……」
歩きながら静かに吐くため息は、その心と同じように、重い。
当然のことだろう。
かれこれ一時間ほども歩き続けているが、結局、犯人に繋がるようなことは何も思い出せずにいるのだから。
暗い気持ちのまま、マリアベルは足を止め、ふと空を見上げる。
太陽は隠れ、灰色の雲が空に蓋をするように、セバルの街を覆っていた。
まるで、少年を失った自分たちを示唆しているかのような、暗く憂鬱な空模様だ。
(……っ、いけない、こんなことをしている場合じゃないのに……)
束の間立ち止まり、思考停止していた自分を責めるように頭を振ると、マリアベルはまた歩き出だそうとして────足を止めた。
やはり、このまま無目的に放浪を続けたところで、事態が好転するとは思えなかったからだ。
(……せめて、私が訪れたことのある場所を巡ってみましょう。その方が、記憶を刺激されるでしょうから。でも……)
そう、決意したものの、どこに向かうべきかとマリアベルは思案する。
彼女がこの街で仲間や少年と共に暮らし始めたのはつい最近のことで、それ以前にはあまり訪れたことがなかった為、向かうべき場所の候補自体は少ない。
しかし、その数少ない向かうべき場所の候補というのが、この街に住む貴族や豪商の邸宅ばかりなのが問題だった。
まだマリアベルが
前者であれば誇りと使命感、そして仲間たちに会える喜びを胸に訪れることができたが、後者の場合はそうではない。
居丈高に呼びつけられ、到着するなり治療を命じられ、それが終われば野良犬でも追い払うかのような態度で追い出されることが常であった。
そんな、自分のことを便利な道具程度にしか考えていない人物の下に私用で訪ねて行ったところで、
むしろ悪しざまに罵られ、建物が見える範囲に近づくことすら不快だと拒絶されるだろう。
今のマリアベルには、『天使教』という後ろ盾すらないのだから。
(でも、他に行くべき場所なんて…………あっ)
苦い思い出に眉を
そして驚きの形に薄い唇を開いたまま、その光景をじっと見つめ続ける。
それは、曇天にわずかな切れ間が生じ、そこから地面に向かって一筋の光が射しこんでいる光景であった。
「あそこは……」
無意識に言葉を漏らし、マリアベルは視線を光が指し示す場所へと移した。
そこがどこなのか、土地勘のないマリアベルには分からない。
だが気づけば、止まっていた足は、いつの間にか動き出していた。
自分が向かうべき場所はあそこなのだという、確信にも近い直感が、彼女の体を突き動かしたのだ。
歩みはすぐに小走りへと変わり、マリアベルは焦燥ともいえる心のざわめきに逆らうことなく、セバルの街を駆けていった。
まるで、なにかに導かれるかのように────
◇
「────はぁっ、はぁっ、はぁっ」
光に向かって走り続けたマリアベルが息を切らしながらたどり着いたのは、薄暗い路地だった。
セバルに点在する、貧民街への入口の一つだ。
「はぁっ、はぁっ…………ここは……」
息を整えながら、マリアベルはゆっくりと目を閉じる。
そして静かに魔力を放射すると、その反射から周囲の風景を読み取っていった。
「…………」
集中し、無言で記憶を探っていく。
わざわざ目を閉じ、魔力反射で周囲を確認したのは、少年に出会う前のマリアベルが自らの目を閉ざして生きてきたからだ。
人生の大部分を暗闇で過ごしてきた彼女にとって、記憶する風景とは魔力の反射によって得られた、色彩のない絵画のようなものに他ならない。
「奉仕活動で訪れたのでは、ありませんね。確か、これは……」
そして、一枚の風景画が、頭の中に浮かび上がった。
それは、マリアベルが私的に行っている支援活動。
私財を投げ打って児童養護施設へ支援金を援助するにあたって、そこが正しく運営されている施設なのかどうかを調べるために、自らの足でこっそりと施設を訪れた際の映像であった。
「この貧民街にも、施設が一件あったはずですね……」
風景を思い出したことをきっかけに、様々なことが頭に浮かんでくる。
施設への道のり。
挨拶をした際に交わした、従業員との何気ない会話。
子供達の元気な笑い声。
そして────施設の運営責任者である、一人の冒険者の名前。
その名前を思い出した瞬間、マリアベルの心臓は音を立てて跳ね上がった。
B級冒険者チーム『
直接会ったわけではないが、彼女は確か────
「ダーク、エルフ…………」
ドクドクと、血の流れる音が耳元に響く。
頭の中で、少年の誘拐犯である謎のエルフと、黒蛇のシャーラが重なっていく。
「……っ」
マリアベルは躊躇することなく貧民街へと駆け込んだ。
戦闘能力のない彼女には危険な地域であるが、そんなことを気にしている場合ではないし、いざとなれば
記憶を頼りにマリアベルは複雑な路地を駆け抜けていき……
「!!」
その建物に辿り着いた瞬間、確信を得た。
かつて顔を隠しながら訪れ、その誠実な運営に納得し、今でも毎月支援金という形で援助を続けている児童養護施設。
そこに張られている、簡易的な『人払い』の結界に込められている魔力は、間違いなく────
「見つけ、ました……っ」
────少年を連れ去った犯人のものと、同一であった。