どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
短い手足。
ぽっちゃりとした肉付きのいい体。
縮れた黒髪。
丸く平たい顔。
小さな鼻。
太く濃い眉。
そして、夜空のように黒く透き通った瞳。
美しいとされる全ての特徴を集めたような存在が、そこにはいた。
「一番隊、オルガ・マゴット。任務より戻りました」
立ちすくむシャーラたちの横を抜け、オルガと名乗った黒鎧が美女の前に立つと、少年を背負ったまま帰還を報告をする。
「ああ、ご苦労だった、オルガ」
それに応える美女の声は、高音の中に少し掠れたような甘い響きが混じった、聞くだけで心が震えるような美声であった。
「さて……」
と、美女がシャーラに顔を向ける。
目が合った瞬間、シャーラは同性であるにも関わらず、胸の奥に甘い感情がよぎるのを感じた。
まるで魂に刻まれた何かに呼応するように、自分の意思とは関係なく心臓が高鳴っていく。
「お前たちが、
「……っ」
礼など言われる筋合いはない、そう言い返したかったが、出てきたのは声にもならないような短い音だけ……
そんなシャーラを見て、美女がその秀麗な顔に、にっこりと笑みを浮かべた。
「あの
どうだ────私の
「!?」
そして、信じられないような言葉を口にした。
シャーラにしろマァルにしろ、これまで容姿を見られた上で褒められた事など……ましてや仲間に誘われたことなど、同じ冒険者からですら一度も無い。
「ふふ、驚いた顔をしているな……まあ、無理もない。このように歪んだ世の中で、お前たちのような容姿の者がどのような扱いを受けてきたかなど、聞かずとも分る。
つらかったであろうなぁ……」
言いながら、近づいてきた美女がシャーラの体にそっと手を触れた。
「っ!!?」
それも、服に覆われている部分にではない。
誰からも忌み嫌われる褐色の地肌に、直接だ。
「……この世界は間違っている。そう思わないか? 優れた能力を持っているのに、容姿が醜いという理由だけで蔑まれ、成功への道を阻まれる。
そしてそれとは逆に、ただ容姿が美しいという理由だけで無能な者が賞賛され、自分より優れた者の上に立つことになる。まったく、嘆かわしい事だ……」
「…………」
触れられた肌から、じんわりとした暖かさが全身に伝わっていく。
その暖かさに、シャーラはだんだんと意識に
「お主、名はなんと言ったか」
「……シャー、ラ……」
シャーラの口が、勝手に名前を紡ぐ。
「そうか、シャーラ……よい響きの名だな。私はアイーシャという。……なあ、シャーラ」
「……はい」
美しい声で名前を呼ばれ、シャーラは素直に返事をした。
どこか夢の中にいるような、ふわふわとした心地だった。
「もう一度言うが、私の下に来ないか、シャーラ。私は、今の
容姿の優劣ではなく、能力の優劣が評価される世の中に。
真に優れた者が上に立ち、そうでない者が従う世の中に。
努力が認められる世の中に。
誰もが希望を持てる世の中に。
そして、誰もが幸せになる権利を持つ世の中に」
「……っ……っ」
肌から伝わる熱が、耳から伝わる声が、シャーラの意識を内と外から同時に溶かしていく。
「一緒に戦おう、シャーラ。
一緒に世界を変えよう、シャーラ。
報われぬ者の為に、救われぬ者の為に。
そしてもちろん、お前自身の為に。
その力を、私に貸してくれ」
アイーシャの言葉が、シャーラの脳裏に何度も木霊する。
それはとても優しくて、暖かくて────そして、逆らいがたい魅力を持っていた。
「さあ、
そうすれば、お前を苦しめる全てのものから、お前を守ってやることが出来る。
お前に希望を与え、お前に生きる意味を与えてやる事が出来る。
跪け、シャーラ。
私に忠誠を誓い、私の騎士となるのだ」
アイーシャが望むまま、シャーラは膝をゆっくりと折りたたんでいった。
それが、正しいことだと思った。
逆らう理由など見つからなかった。
目の前の美しい主に仕え、彼女のために命を捧げるべきだと。
そう
片膝をつき、シャーラは震える手を、アイーシャが差し出した丸く可愛らしい手に近づけていく。
だが、あと少し……ほんの数センチで指先が触れあう距離まで近づいたところで、
「っ」
シャーラは、ビクリとその体を硬直させた。
ずっと視界の端に
それが、もぞもぞと動き出すのが見えたからだ。
(ア、アタシは……なにを……?)
思考にかかっていた
心を埋め尽くしていた『アイーシャに従え』という想いが、次第に小さくなっていく。
そしてそれは、うっすらと
「……断るよ。アタシは、自分を騙した人間に仕えるほど、落ちぶれちゃあいないんだ。それに……」
なんとか声を絞り出してそう言ったシャーラは、一度言葉を切ってから立ち上がり、
「アタシは、
少年に向けていた視線をアイーシャに戻すと、その美貌を正面から見つめ返したまま、はっきりとした口調で言い切った。
「……ふむ」
シャーラの言葉に、アイーシャは一度驚いたように目を開いたが、またすぐにもとの魅惑的な笑顔に戻る。
「……面白いな。思っていた以上に、面白い。私の誘いをはね除けたお前もそうだが、お前にそう決断させたあの少年……やはり、強引にでも手に入れた価値はあったようだ」
そして、むしろ断られたことを喜んでいるかのような態度でそう言うと、アイーシャはオルガに「全員を私のテントに」と短く指示を出し、後方に見えていた仮設拠点と思われる大きめのテントへと去って行った。
「……ふぅ」
その背を見送り、シャーラはやっと張り詰めていた気持ちを緩め、息を吐き出した。
同時に、隣にいたマァルからも同じく息を吐く音が聞こえてくる。
直接語りかけられていた訳でもないマァルもまた、アイーシャの美貌と美声に魅了されていたのだろう。
少年が意識を取り戻し、その存在を思い出させてくれたことで、なんとかふたりは呪縛から逃れることが出来たのだ。
(もし、この子が目覚めてくれなかったら、アタシたちは今頃……)
隊列を組んだまま微動だにしない黒鎧の女────いや、アイーシャに仕える黒騎士たちを眺めながら、シャーラは自分とマァルがその中に加わっている姿を想像して、背筋を寒くした。
「いくぞ」
「あぁ、わかったよ……」
「は、はいっす……」
オルガに促され、シャーラとマァルは左右に立ち並ぶ黒騎士たちの間を通って、テントに向かって歩き出す。
そんな中、ただ一人状況をまるで分っていないであろう少年は、オルガの背で困惑の表情を浮かべながら、キョロキョロと周囲を見回していたのだった。