※この作品はR-18です。

どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた   作:布施鉱平

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恵まれし者の孤独

 シャーラとマァルは、テントの前に到着した。

 間近で見ると、横幅はもちろんだがやけに高さがある。

 

 周りには同じような形のテントがいくつも並んでいるが、それらに比べ、明らかにこのテントだけが縦方向に大きい。

 

 この集団のリーダーであるアイーシャのものだから、というのはあるのだろうが、それにしては入り口の部分までが高く作られていた。

 

 身長の低い彼女ならば、馬に乗ったままでも通ることが出来るくらいの高さがあるだろう。

 

「中に入れ。アイーシャ様がお待ちだ」

 

 シャーラとマァルがテントを見上げて立ち止まっていると、背後からオルガにせっつかれた。

 

「……わかったよ」 

 

 言われるままに、シャーラはテントの入り口に下げられた分厚い布を捲る。

 

 そして、一歩中に足を踏み入れたところで、

 

「なっ……」

「うわっ……」

 

 二人は同時に、驚きの声を上げることになった。

 

 正面奥に備え付けられた豪奢(ごうしゃ)な椅子に腰掛けるアイーシャの横に、全身をフード付きの黒いマントで覆い隠した、見上げるほど背の高い人影が立っていたからだ。

 

(だから、こんなに天井の高いテントが必要だったのかい。……しかし、アタシより(約170センチ)も、頭一つ分以上はでかそうなヤツだねぇ。それに……)

 

 と、シャーラは長身の黒マントを見つめたまま、息を飲む。

 

(この、背筋にゾクゾクと寒気が走る感じ……はぐれ者たち(マーヴェリックス)の拠点を偵察しに行った時とよく似てる。……まさか、このでかいの、あいつらと同じくらい……?)

 

 全身に、鳥肌が立っているのが分かった。

 

 実力に差がありすぎるため、正確にはぐれ者たち(マーヴェリックス)と黒マントの強さを比較することは出来ないが、少なくとも自分とマァルが二人がかりでも太刀打ちできないオルガより、さらに数段上の実力者であることは間違いなさそうだ。

 

「どうした。早くこちらにくるがいい」

 

 二人が黒マントの威容に立ちすくんでいると、アイーシャが声をかけてきた。

 

 その顔に浮かんでいる笑みは、先ほどシャーラを仲間に引き込もうとしてきた時の蠱惑的(こわくてき)なものとは違い、自慢のおもちゃを見せびらかしている子供のような無邪気さがある。

 

 わざわざテントの高さを調節してまで側に置くほどだ。

 よほど黒マントの実力と忠誠を信頼しているのだろう。

 

 アイーシャにとって、腹心的な存在なのかも知れない。

 

 言われるままシャーラとマァルが近づいていくと、数歩進んだところで「……そこで止まれ」と声がかかった。

 

 黒マントの声だ。

 

 長身にふさわしい、地の底から響いてくるような声だった。

 

 再び足を止めたシャーラとマァルに、またアイーシャが声をかける。

 

「まあ、楽にしろ。といっても、客を迎えるための用意は無いから、床に直接座って貰うしかないがな」

 

 そう言って二人を座らせると、次にアイーシャはオルガの方を向き、

 

「ご苦労だったオルガ。お前は原隊に戻って、いつ彼女たち(・・・・)が現れてもいいように準備をしておけ……ああ、もちろん、背負っている彼はそこに置いていくんだぞ?」

「はっ」

 

 指示を出してオルガを下がらせた。

 

 不安そうな表情を浮かべている少年が、その場に残される。

 

「さて……君には色々と怖い思いをさせて、申し訳なかったな。本当にすまない。だが、君を救うためにも、こうする以外に方法がなかったのだ。どうか、許してほしい」

 

 アイーシャは椅子から立ち上がると、まっすぐに少年のもとに歩いて行き、手を取って謝罪を口にした。

 

 しかし、その声に真情(しんじょう)が込められているとは、シャーラには思えなかった。

 

 なぜなら、アイーシャが少年の様子を探りながら、言葉を選んで話しているように見えたからだ。

 

 直接語りかけられていた時には、その圧倒的な美貌に魅了されていたために分からなかったが、こうして第三者としてアイーシャを見たとき、シャーラが感じたのは『アイーシャは演技をしている』ということだった。

 

 シャーラと話していたときには、心から世界を憂(うれ)いている演技を。

 そして今少年と話しながら、その境遇に心を痛めている演技を。

 

 そうやって、その場その場で相手に合わせた演技をすることで、アイーシャは人の心に入り込み、表に並んでいる黒騎士たちのような『信者』を増やしてきたのではないだろうか。

 

(そうかい……あんたは、そういうヤツかい……)

 

 少年に対してなおも労るように言葉をかけ続けるアイーシャを見ながら、シャーラは彼女の本質に触れた気がした。

 

 

 空虚なのだ。

 

 

 本当に熱意と理想を抱いている人間ならば、言葉を語るときに演技をする必要など無い。

 ただありのままの自分を、思いを口にして、胸の内をさらけ出せばいいのである。

 

 だがそうはせず、相手の反応を見ながら演技をしていると言うことは、『さらけ出すべき本心がない』ということに他ならない。

 

 なぜ、アイーシャほどの美貌の持ち主が、心に空虚なものを抱いているのか……

 

 シャーラには、朧気(おぼろげ)ながらではあるが、その理由が分かるような気がした。

 

 おそらくアイーシャは、子供の頃から何一つ不自由しない生活を送ってきたのだろう。

 

 誰も彼女の言葉を否定せず、望めば全てが思い通りになってきたのだろう。

 

 アイーシャの美貌であれば、それも当然のことだ。

 

 あの顔で微笑まれて、あの声で話しかけられて、それでも彼女に心酔しない人間など、そうはいない。

 

 だが、そんな生活を送る中で、いつしかアイーシャは気づいてしまったのではないだろうか。

 

 

 誰もが自分の容姿を褒め称え、誰もが自分の声に聞き惚れるが、その反面、誰も自分の内面など見ておらず、誰も自分の言葉など聞いていないのだ、ということを。

 

 

 だとすれば、シャーラとアイーシャの二人は全く対照的な存在に見えるが、『外見によって差別されてしまう』という一点においては、ひどく似通っていることになる。

 

 シャーラはその醜さ故に人から愛されることがなかったが、アイーシャはその美しすぎる容姿故に、人の愛を信じることが出来なかったのだ。

 

(アンタにはきっと、『芯』が無いんだねぇ……だから、『世界を変える』なんて無理難題をその代用品にして、孤独を紛らわせようとしている……)

 

 芯がない…………それはつまり、心の寄る辺がないということだ。

 

 シャーラの心に育て親である『シェーラ』の存在があるように、安心して心を預けられる存在がいて初めて、人は自分の価値を肯定できる。

 生きる意味を見つけられる。

 

 だがアイーシャには、それがないのではないか。

 

 どれだけ褒め称えられても、愛を囁かれても、『それは自分が美しいからだ』という固定観念が邪魔をして、相手の言葉を信じることが出来ない。

 

 褒められれば褒められるほど虚しくなり、愛されれば愛されるほど疑いたくなる。

 

 だから、集めているのだろう。

 

 世界を敵に回す危険と天秤にかけてでも、自分と共にいることを選んでくれる存在を。

 

「────決して君を危険な目に遭わせたりしないし、不自由な思いもさせないと約束する。

 どうだ、私と共に来てくれないか?」

 

 熱心に少年を口説き続けるアイーシャを見ながら、シャーラは彼女がわざわざはぐれ者たち(マーヴェリックス)をおびき寄せようとしている目的を理解した。

 

 おそらくは少年を先に懐柔して仲間に引き込むことで、芋づる式にはぐれ者たち(マーヴェリックス)も自分の手駒に加えようと考えているのだろう。

 

 それにもし交渉が決裂したとしても、ここではぐれ者たち(マーヴェリックス)を始末することができれば、後顧(こうこ)の憂い無く、堂々と少年を様々な目的(・・・・・)の為に利用する事が出来る。

 

(でも、アンタの思い通りにはならないだろうねぇ。はぐれ者たち(マーヴェリックス)も、それにその子も……)

 

 確かに、アイーシャのとった作戦は、理にかなったものだろう。

 

 少年がアイーシャに心酔し、彼女と共に生きることを自らの意思で選んだならば、はぐれ者たち(マーヴェリックス)とて強硬な手段はとれまい。

 

 だがそれは、あくまでも少年がアイーシャに口説き落とされたら、の話である。

 

「さぁ、返答を聞かせてくれ」

 

 アイーシャが、少年の瞳をのぞき込むようにしながら、返答を迫った。

 

 あの美貌が間近に迫ってきたら、普通の男であれば話の内容がどんなものであろうと『はい』と頷かざるを得ないだろう。

 

 しかしシャーラには、少年が頷くはずがないという確信があった。

 

 自分やマァルのような女と情を交わしてくれた、特殊な好みの持ち主だから、というだけではない。

 

 なぜなら────  

 

 

「……□%$○&?」

 

 

 ────そもそも少年には、アイーシャの言葉など通じていなかったのだから。

 

 

 

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