どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
シャーラとマァルは、テントの前に到着した。
間近で見ると、横幅はもちろんだがやけに高さがある。
周りには同じような形のテントがいくつも並んでいるが、それらに比べ、明らかにこのテントだけが縦方向に大きい。
この集団のリーダーであるアイーシャのものだから、というのはあるのだろうが、それにしては入り口の部分までが高く作られていた。
身長の低い彼女ならば、馬に乗ったままでも通ることが出来るくらいの高さがあるだろう。
「中に入れ。アイーシャ様がお待ちだ」
シャーラとマァルがテントを見上げて立ち止まっていると、背後からオルガにせっつかれた。
「……わかったよ」
言われるままに、シャーラはテントの入り口に下げられた分厚い布を捲る。
そして、一歩中に足を踏み入れたところで、
「なっ……」
「うわっ……」
二人は同時に、驚きの声を上げることになった。
正面奥に備え付けられた
(だから、こんなに天井の高いテントが必要だったのかい。……しかし、アタシより(約170センチ)も、頭一つ分以上はでかそうなヤツだねぇ。それに……)
と、シャーラは長身の黒マントを見つめたまま、息を飲む。
(この、背筋にゾクゾクと寒気が走る感じ……
全身に、鳥肌が立っているのが分かった。
実力に差がありすぎるため、正確に
「どうした。早くこちらにくるがいい」
二人が黒マントの威容に立ちすくんでいると、アイーシャが声をかけてきた。
その顔に浮かんでいる笑みは、先ほどシャーラを仲間に引き込もうとしてきた時の
わざわざテントの高さを調節してまで側に置くほどだ。
よほど黒マントの実力と忠誠を信頼しているのだろう。
アイーシャにとって、腹心的な存在なのかも知れない。
言われるままシャーラとマァルが近づいていくと、数歩進んだところで「……そこで止まれ」と声がかかった。
黒マントの声だ。
長身にふさわしい、地の底から響いてくるような声だった。
再び足を止めたシャーラとマァルに、またアイーシャが声をかける。
「まあ、楽にしろ。といっても、客を迎えるための用意は無いから、床に直接座って貰うしかないがな」
そう言って二人を座らせると、次にアイーシャはオルガの方を向き、
「ご苦労だったオルガ。お前は原隊に戻って、いつ
「はっ」
指示を出してオルガを下がらせた。
不安そうな表情を浮かべている少年が、その場に残される。
「さて……君には色々と怖い思いをさせて、申し訳なかったな。本当にすまない。だが、君を救うためにも、こうする以外に方法がなかったのだ。どうか、許してほしい」
アイーシャは椅子から立ち上がると、まっすぐに少年のもとに歩いて行き、手を取って謝罪を口にした。
しかし、その声に
なぜなら、アイーシャが少年の様子を探りながら、言葉を選んで話しているように見えたからだ。
直接語りかけられていた時には、その圧倒的な美貌に魅了されていたために分からなかったが、こうして第三者としてアイーシャを見たとき、シャーラが感じたのは『アイーシャは演技をしている』ということだった。
シャーラと話していたときには、心から世界を
そして今少年と話しながら、その境遇に心を痛めている演技を。
そうやって、その場その場で相手に合わせた演技をすることで、アイーシャは人の心に入り込み、表に並んでいる黒騎士たちのような『信者』を増やしてきたのではないだろうか。
(そうかい……あんたは、そういうヤツかい……)
少年に対してなおも労るように言葉をかけ続けるアイーシャを見ながら、シャーラは彼女の本質に触れた気がした。
空虚なのだ。
本当に熱意と理想を抱いている人間ならば、言葉を語るときに演技をする必要など無い。
ただありのままの自分を、思いを口にして、胸の内をさらけ出せばいいのである。
だがそうはせず、相手の反応を見ながら演技をしていると言うことは、『さらけ出すべき本心がない』ということに他ならない。
なぜ、アイーシャほどの美貌の持ち主が、心に空虚なものを抱いているのか……
シャーラには、
おそらくアイーシャは、子供の頃から何一つ不自由しない生活を送ってきたのだろう。
誰も彼女の言葉を否定せず、望めば全てが思い通りになってきたのだろう。
アイーシャの美貌であれば、それも当然のことだ。
あの顔で微笑まれて、あの声で話しかけられて、それでも彼女に心酔しない人間など、そうはいない。
だが、そんな生活を送る中で、いつしかアイーシャは気づいてしまったのではないだろうか。
誰もが自分の容姿を褒め称え、誰もが自分の声に聞き惚れるが、その反面、誰も自分の内面など見ておらず、誰も自分の言葉など聞いていないのだ、ということを。
だとすれば、シャーラとアイーシャの二人は全く対照的な存在に見えるが、『外見によって差別されてしまう』という一点においては、ひどく似通っていることになる。
シャーラはその醜さ故に人から愛されることがなかったが、アイーシャはその美しすぎる容姿故に、人の愛を信じることが出来なかったのだ。
(アンタにはきっと、『芯』が無いんだねぇ……だから、『世界を変える』なんて無理難題をその代用品にして、孤独を紛らわせようとしている……)
芯がない…………それはつまり、心の寄る辺がないということだ。
シャーラの心に育て親である『シェーラ』の存在があるように、安心して心を預けられる存在がいて初めて、人は自分の価値を肯定できる。
生きる意味を見つけられる。
だがアイーシャには、それがないのではないか。
どれだけ褒め称えられても、愛を囁かれても、『それは自分が美しいからだ』という固定観念が邪魔をして、相手の言葉を信じることが出来ない。
褒められれば褒められるほど虚しくなり、愛されれば愛されるほど疑いたくなる。
だから、集めているのだろう。
世界を敵に回す危険と天秤にかけてでも、自分と共にいることを選んでくれる存在を。
「────決して君を危険な目に遭わせたりしないし、不自由な思いもさせないと約束する。
どうだ、私と共に来てくれないか?」
熱心に少年を口説き続けるアイーシャを見ながら、シャーラは彼女がわざわざ
おそらくは少年を先に懐柔して仲間に引き込むことで、芋づる式に
それにもし交渉が決裂したとしても、ここで
(でも、アンタの思い通りにはならないだろうねぇ。
確かに、アイーシャのとった作戦は、理にかなったものだろう。
少年がアイーシャに心酔し、彼女と共に生きることを自らの意思で選んだならば、
だがそれは、あくまでも少年がアイーシャに口説き落とされたら、の話である。
「さぁ、返答を聞かせてくれ」
アイーシャが、少年の瞳をのぞき込むようにしながら、返答を迫った。
あの美貌が間近に迫ってきたら、普通の男であれば話の内容がどんなものであろうと『はい』と頷かざるを得ないだろう。
しかしシャーラには、少年が頷くはずがないという確信があった。
自分やマァルのような女と情を交わしてくれた、特殊な好みの持ち主だから、というだけではない。
なぜなら────
「……□%$○&?」
────そもそも少年には、アイーシャの言葉など通じていなかったのだから。