どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
「□&%○$」
「…………ほう」
「#×□&○」
「…………ふむ」
少年とアイーシャ。
とは言っても、実際に喋っているのは少年ばかりで、アイーシャは相づちを打つだけだが。
「……アンタ、その子の言葉が分かるのかい?」
その光景をしばらく黙って見ていたシャーラだったが、たまらずに声をかけた。
シャーラの長い人生ですら、これまでに一度も聞いたことがなかった少年の言葉……
それをアイーシャが理解できるのだとすれば、外見が似通っていることもあるし、もしかしたら二人の間にはなにか繋がりのようなものがあるのではないか、と思ったからだ。
「……いや、全く分からんな」
「はぁ……?」
だが、アイーシャから返ってきたのは、全く期待外れの返答だった。
「アンタ、その子が何言ってるかも分からないってのに、『ほう』とか『ふむ』とか頷いてたってのかい?」
「うむ、あまりにも聞いたことがない、珍しい言語だったのでな。これでも数ヶ国語は嗜んでいるのだが、この少年の言葉はそのどれとも違うものだった。
つい興味深くて、聞き入ってしまったのだよ」
腕組みをしながらうんうんと頷くアイーシャに、シャーラはため息をつきながら「そうかい……」と力なく呟いた。
どうもこのアイーシャという美女には、案外お茶目なところもあるらしい。
だが、ほんの少しだけ上昇したアイーシャへの好感度は、次のセリフで急転直下することになった。
「本来であれば、ちゃんと言葉で説得したかったのだがな。しかし、意思の疎通が出来ないのであれば仕方が無い。
────私の体を使って、快楽の虜にするしかないだろう」
「なっ……!」
「そ、そんなのダメっす!」
シャーラとマァルは、アイーシャの発言に思わず立ち上がり、少年のもとへ駆け寄ろうとした。
しかし、
「……そこで止まれ、と言ったはずだ」
「がっ……!」
「うわっ……!」
一瞬で目の前に現れた黒マントの腕の一振りによって、テントの入り口辺りまで弾き飛ばされてしまう。
重い一撃だった。
軽く腕を振ったようにしか見えなかったというのに、体の芯にまで衝撃が浸透し、シャーラとマァルは立ち上がることも出来ずその場にうずくまる。
だが、その瞬間────
「□$○&×!」
焦ったような少年の声が、テントに響いた。
「……む」
その声で動きを止めた黒マントのもとに、短い足を一生懸命に動かしながら少年が走り寄ってくる。
「&○×$%! #□%○$!」
そしてあろうことか、少年は黒マントの前に立ち止まって両手を広げると、まるでシャーラとマァルを庇うかのように立ち塞がったではないか。
「…………」
黒マントが、腕を振り抜いた姿勢のまま、無言で固まった。
いや、それどころか、少年から強い視線を浴びせられ、じりじりと後ろに下がっていく。
「あ、あんた……なにやってんだいっ、そこをどきな……っ」
「う……じ、自分たちは大丈夫っすから……」
思ってもいなかった事態に動揺したのは、シャーラとマァルも同じだった。
『男はか弱く、女に守られるべき存在』
それは、この世界に生きる女であれば、本能レベルで刻み込まれている常識だ。
身を挺して女を守る男など……ましてやシャーラたちのように醜い女を守る男など、物語の中にすら存在しない。
危険や暴力に直面すると、震え上がって身動きも取れなくなってしまう。
それが男という生き物なのだ。
現に、二人の前に立ち塞がり続ける少年の声は、震えていた。
脚も、体も震えている。
だというのに、少年がそこをどく気配は、まるで無かった。
パチ、パチ、パチ、パチ……
場違いな拍手の音が響いた。
少年は両手を広げ、シャーラとマァルはうずくまり、黒マントは未だに固まっている。
となれば、あとはアイーシャしか残っていない。
「いいものを見せて貰ったよ、少年。君の行いはとても尊く、そして君の心はとても強い。
いや、感動させてもらった。久しぶりに心が震えたよ」
拍手する手を止めないまま、アイーシャが少年を褒め称える。
「おかげで、ますます君に興味が湧いてきた。本当はその美貌で、高位貴族や王族辺りを籠絡して貰おうと思っていたんだが……私個人のモノにするのも、いいかもしれないな」
そう言って唇をちろりと舐めると、アイーシャは胸元のボタンに手をかけ、ひとつひとつ、ゆっくりと外していった。
「言葉が通じなくても、わかり合える方法はある。いや、むしろ、言葉など通じない方がわかり合える事もある…………そうだろう?」
一番下までボタンを外し終えたアイーシャが、着ていた服を左右に広げる。
下着は、つけていなかった。
やや左右に開いた完璧な形の胸と、ふくよかで魅惑的な腹部が顕わになる。
「くっ……」
「う……う……」
ダメだとも、行かないでくれとも、シャーラとマァルは言うことが出来なかった。
痛みによって声を出しづらいから、というだけではない。
いくら少年の趣味が変わっているとはいえ、美しいものは誰が見ても美しい。
それは、否定しようのない現実だからだ。
肌を晒したアイーシャは、美しかった。
絵画や彫刻として残されている『天使ファナカ』の姿によく似ているが、同時にそれとはまるで違う、生の色気が漂っている。
同性である二人ですら目を奪われ、息を飲んでしまうほどの美しさだった。
「さあ、来るがいい、少年。私が可愛がってやろう。そして、決して他では味わえぬ快楽を与えてやろう」
ズボンもパンツも脱ぎ捨て、黒々とした陰毛の生えた下半身まで全て晒すと、アイーシャは両手を広げて少年に呼びかけた。
言葉など通じなくても、ここまでアピールされれば、誰だってアイーシャの意図は理解できるだろう。
そして、その誘惑に逆らえる男がいるとは、とても思えなかった。
「…………」
少年が、無言で広げていた両手を下ろした。
後ろにいるシャーラやマァルから少年の表情を伺うことは出来ないが、その視線がアイーシャに向けられている事だけは、容易に想像が付く。
二人は歯を食いしばりながら、視線を地面に向けた。
少年とアイーシャが睦み合う姿は、どのような絵画よりも美しく、官能的なものだろう。
だがふたりは、その光景を目にしたくなかったのだ。
少年がアイーシャの肉体に溺れ、心までも奪われてしまう。
それを想像しただけで、胸に鋭い痛みが走った。
すっ、と少年が自分たちの前から動き出す気配を、ふたりは感じ取った。
行ってしまう。
産まれて初めて、自分たちの醜さを受け入れてくれた男が、手の届かない場所に行ってしまう。
そう思った瞬間、シャーラとマァルは、自分たちがやったことの罪深さを、ようやく心の底から思い知った。
ほんの一時少年と情を交わしただけの自分たちですら、魂が引き裂かれるほどの喪失感を覚えているのだ。
少年と長い時間を共に過ごした
そして、ふたりが激しい後悔と絶望に
「…………ん?」
「…………あれ?」
────なぜか、ふたりの後ろに回り込むと、その影に隠れるようにしゃがみ込んだ。