どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた 作:布施鉱平
(…………いったい、なんなのだ。この少年は……)
レアンは無表情を装いながらも、その内心は困惑に埋め尽くされていた。
無理もないことだろう。
屈強な冒険者の女ですら、レアンを前にすれば震え上がり、力を見せつければ逃げ去っていく。
それが普通なのだ。
まして男であれば、レアンの巨躯を見た瞬間に腰を抜かすか、泣き出してしまったとしてもおかしくはない。
だというのに、この少年は腰を抜かすどころか、冒険者ふたりを同時に弾き飛ばした自分の前に、勇敢にも立ち塞がって見せたのである。
少年の声は震え、同じように手足も震えていた。
それでも彼は、覚悟を秘めた瞳をまっすぐレアンに向け、その場に立ち続けたのだ。
初めてだった。
男に正面から、しかも圧倒されるような強さで見つめられたのは。
その黒く美しい瞳に見つめられた瞬間から、レアンの心はずっと揺れ続けていた。
「それ以上、近づくんじゃないよ……っ」
ダークエルフ────シャーラの言葉に、レアンはハッと我に返った。
いつのまにか、あと一歩で少年に手が届く距離にまで近づいていた。
「…………」
立ち止まり、無言で少年を見下ろす。
吸い込まれるようにふらふらと近づいてきてしまったが、アイーシャの命令通りに少年を犯すつもりなど、レアンにはなかった。
他の黒騎士たちであれば盲目的に従い、有無を言わさず少年を犯しただろう。
だが、レアンは違う。
こんなにも醜い自分を必要とし、居場所を作ってくれたアイーシャに対しては恩義を感じているし、それを返すためならば命を賭して戦う覚悟もあった。
だがそれは、あくまでも一人の戦士としてだ。
同じ獣人たちからすらも忌み嫌われる『先祖返り』として産まれたレアンにとって、自らの『強さ』は幼い頃から唯一拠り所にしてきたものだった。
その強さを、倒すべき敵ではなく弱者に向けて使ってしまえば、自分を自分たらしめていた最後の誇りすら失ってしまうだろう。
いくらアイーシャの命令であろうと、それだけは聞くわけにはいかなかったのだ。
ふぅ、と息を吐き、レアンはその場に腰を下ろした。
目線が、少年と近い位置にまで下がる。
今は不安げな表情を浮かべているが、それでもやはり美しい瞳だった。
しかもどういうわけか、素顔を晒したレアンを『醜い者』として忌避する気配がない。
「安心しろ、その子に手を出すつもりはない」
レアンは、少年の瞳から目を逸らさないまま、シャーラに告げた。
「……どういうつもりだい」
シャーラが、言葉の真意を疑うように問い返してくる。
「どうもこうもない、言ったとおりだ。私は彼を犯すつもりなどない」
「あんた、いったい……?」
レアンの言葉に嘘がない、と判断したのだろう。
まだ完全に疑いが消えたわけではないようだが、シャーラの声からは幾分か硬さが抜けていた。
「私は戦士だ」
シャーラが感じているであろう疑問に、レアンはただ一言で答えた。
もともと口が回らない
「……そうかい」
それでも、シャーラには通じたようだ。
ようやく安堵の息を吐き、肩の力を抜いたシャーラの横から、今度はドワーフのマァルが声をかけてくる。
「じゃ、じゃあ、自分たちのことはいいから、この子だけでも逃がしてくれないっすか?」
「…………」
マァルの言葉に、レアンはようやく視線を少年から外した。
首を傾けると、マァルは長い前髪の隙間から必死な様子でレアンのことを見つめていた。
そして、もう一度「お願いっすっ!」と懇願してくる。
だが────
「それはできん」
レアンには、そう答えるしかなかった。
「な、なんでっすか! このままここにいたら、この子、誰かに犯されちゃうっすよ! そうじゃなくても、あのアイーシャって女に利用されて……」
「そんなことは分かっている」
なおも言い募るマァルの言葉を、レアンは遮った。
そう、例え自分がやらなかったとしても、アイーシャは少年を黒騎士たちに犯させるだろう。
よほどのことがない限り、彼女が前言を翻すことはない。
「いずれ機を見て、彼を下げ渡して貰えるよう、アイーシャ様に頼んでみる」
「えっ……?」
「…………」
だが、その光景が頭に
アイーシャに対する恩義は、消えていない。
彼女の計画を邪魔するつもりはないし、そのために今後犠牲が出るであろうことも理解している。
しかし、自分をまっすぐ見つめてきた少年が誰かに犯されることを考えると、心が揺れた。
そしてアイーシャの意思に反してでも少年を助けてやりたいという気持ちが湧き上がり、自分でも無意識のうちに先ほどの言葉を紡いでいたのだ。
「……私が本気で望めば、アイーシャ様は彼の身を私に預けてくださるだろう」
なぜ、こんなことを言っているのか。
自分でもよく分からないまま、レアンは続けた。
「だが、それは今ではない」
いま少年を逃がせば、それはアイーシャに対する裏切りになってしまう。
しかし、下げ渡された少年をどうしようと、それはレアンの勝手だ。
少年ほどの美貌があれば、どこか………そう、天使教にでも預ければ、生涯何不自由ない生活を送ることが出来るだろう。
だが、いくらアイーシャからの信頼が厚いレアンといえども、少年を譲り受けるには『手柄』が必要だった。
そのためには────
「……アンタまさか、
「…………そうだ」
シャーラの鋭い指摘に、レアンは頷いた。
「だ、だめっすよそんなの! この子はきっと、
声を荒げるマァルの事を、レアンは見なかった。
ここまできては、もうどうしようも無いのだ。
そしてレアンがアイーシャの陣営に加わっている以上、レアンと
横から響いてくるマァルの声を聞き流しながら、レアンはふと、もう一つやらなければならないことがあるのを思いだした。
気は進まないが、少年の身柄をアイーシャから譲り受ける上で、どうしても必要なことだ。
「シャーラ、とか言ったな」
「……なんだい?」
マァルに比べて落ち着いているシャーラに、レアンは声をかけた。
彼女も自分と同じように醜いが、その
だからこそ、これは彼女に頼むしかない。
「お前に頼みがある。彼を────────射精させてくれないか?」
……………………
………………
…………
「はぁぁ!?」
テントの中にシャーラの驚愕した声が響き、その後ろに隠れていた少年が、ビックリしたのか小さくぴょこんと跳びはねた。
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